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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
第三章 【奉納祭】(~三年前)
41/78

奉納祭~前夜~

【17】




ーーー『奉納祭(ほうのうさい)


それはブランノア(こく)(ねん)一度(いちど)(おお)きな祭典(さいてん)であり武力(ぶりょく)国家(こっか)象徴(しょうちょう)として(いくさ)勝利(しょうり)祈願(きがん)する(ため)に、天地(てんち)武器(ぶき)を『奉納』するという行事(ぎょうじ)である。


その『奉納』の儀式(ぎしき)(まつ)りの一番(いちばん)(はじ)めに大神殿(だいしんでん)大広間(おおひろま)(おこな)われ『奉納』する武器は『(つるぎ)』『(やり)』『(ほこ)』の三種類(さんしゅるい)


それらの武器は『天』に(おさ)める(ぶん)と『地』に納める分で(ふた)つずつあり、『祝福(しゅくふく)聖乙女(せいおとめ)』と()ばれる乙女が貴族(きぞく)から3(めい)市井(いちい)から3名の15(さい)以上(いじょう)未婚(みこん)(わか)女性(じょせい)(なか)から選出(せんしゅつ)され、それぞれ(かく)武器を担当(たんとう)し『奉納』するというしきたりになっている。


そんな『祝福の聖乙女』はブランノアの若い女性達の(あこが)れの(やく)どころで、(えら)ばれた(もの)は国から様々(さまざま)恩恵(おんけい)()けるだけではなく、(もっと)(きよ)らかで(うつく)しい女性として世間(せけん)からも賛美(さんび)され、しかも結婚(けっこん)良縁(りょうえん)約束(やくそく)されたようなもので、(とく)に市井()の女性などは貴族から求婚(きゅうこん)される(こと)(おお)く、(ひそ)かに羨望(せんぼう)されている役どころらしい。


そして厳選(げんせん)されて選ばれた聖乙女達は、祭りの二日(ふつか)(まえ)から初日(しょにち)の儀式が()えるまでの(あいだ)、たとえ肉親(にくしん)であろうと異性(いせい)との接触(せっしょく)一切(いっさい)(きん)じられ、大神殿の神女(しんにょ)の館に事実(じじつ)(じょう)監禁(かんきん)状態(じょうたい)()かれる()まりになっている。


そんな神女の館に今回(こんかい)選ばれた聖乙女達5(にん)(とも)何故(なぜ)かそこに『(わたし)』がいるーーー


しかも舘内では乙女達は(みな)身分(みぶん)など関係(かんけい)なく同等(どうとう)(あつか)いの(ほか)(おな)部屋(へや)寝食(しんしょく)を共にする規則(きそく)になっている。しかし、そんな祭りの前夜(ぜんや)になって、貴族(がわ)から選出されている聖乙女の一人(ひとり)であるブランノア国第三(だいさん)王女(おうじょ)アニエスが自分(じぶん)要求(ようきゅう)(とお)らない事や市井の(むすめ)(たち)と同等の扱いが不満(ふまん)らしく一人、部屋で(さわ)いでいた。



「ああ、(しん)じられませんわ!! どうして王女であるこの(わたくし)下々(しもじも)の者達と同等に扱われなければなりませんのっ!? しかも侍女(じじょ)すら()れて()てはいけないだなんて !神女の世話(せわ)(やく)だけでは()()かなくて(よう)()りませんのよっ!! (しろ)使(つか)いをやって(わたくし)の侍女を連れて来なさい!!」



しかし年長(ねんちょう)神女(しんにょ)(ちょう)はそんなアニエスにも(おく)する事なく、毅然(きぜん)態度(たいど)(せっ)する。



「それは出来(でき)ません。聖乙女は身分関係なく同等の扱いが規則です。勿論(もちろん)、侍女を連れてくる事も禁じられています。ですからアニエス(さま)()(まわ)りのお()(つだ)いは(わたし)(ども)(いた)します」



その言葉(ことば)にアニエスは神女長をキッと(にら)みつける。



「だからあなた達では用が足りないから、()っているのですわ! それに(わたくし)の身の回りの世話など、(まった)くやってはいないではありませんの! 湯浴(ゆあ)みにしても(からだ)(あら)いもしないし、(かみ)()かす事もしないし、ドレスの着付(きつ)けにしても最小限(さいしょうげん)でしか手を()さないし、こんな(やく)(たた)たずの侍女なんて、(わたくし)なら即刻(そっこく)解雇(かいこ)致しますわ!」



アニエスのそんな(いきどお)様子(ようす)にも神女長は(きび)しい真顔(まがお)表情(ひょうじょう)でその態度は()わらない。



「アニエス様。(わたし)(ども)は“侍女”ではございません。ですから最低限(さいていげん)のお手伝いは致しますが、ご自分で出来る事は(すべ)てお一人でやって(いただ)きます。この館内ではそれが『規則』です」



それを()いたアニエスはますます(いか)りを(あらわ)にして苛立(いらだ)つように大声(おおごえ)()げる。



「この無礼(ぶれい)(もの)っ!! お(まえ)(だれ)()かってそのような生意気(なまいき)(くち)をきいていますの!? (わたくし)はこの国の第三王女であり、フォルセナ王家(おうけ)一族(いちぞく)でもある最も高貴(こうき)血統(けっとう)王族(おうぞく)ですのよ!? お前のような下々の者がそのような口をきいてよい相手(あいて)ではありませんわ!


王女である(わたくし)に、立場(たちば)もわきまえずにそんな生意気な態度を()るのであれば、即刻、母上(ははうえ)(もう)()げてお前を(わたくし)への不敬罪(ふけいざい)(ばっ)して(いただ)いてもよいのよ!?」



しかしアニエスのそんな(おど)しとも言える言葉にも神女長は()()ぐな姿勢(しせい)起立(きりつ)したまま、はっきりとした口調(くちょう)(こた)える。



「アニエス様。(わたし)()(ちが)った事は(なに)(ひと)つ申し上げてはいないと認識(にんしき)しております。ここは王城(おうじょう)ではございません。この大神殿の舘では規律(きりつ)が最も(おも)んじられており、(かみ)(つか)える者達がそれに従事(じゅうじ)()まう場所(ばしょ)。そしてアニエス様のご要求はどれも規律違反(きりついはん)にあたります。


それでもご不満であれば、王妃(おうひ)(さま)に申し上げて(くだ)さっても結構(けっこう)です。ですが、ここでは“治外法権(ちがいほうけん)”が適用(てきよう)されております。国の法律(ほうりつ)では大神殿に(ぞく)する(わたし)を罰することは出来ません。私を唯一(ゆいいつ)罰する事が出来るのは国王(こくおう)(さま)大神官(だいしんかん)(ちょう)(さま)のみだけです」



「なっ、なんて生意気な!!」



わなわなと(かた)(ふる)わせて(かお)()()にしながら怒りを露にするアニエスと、その対面(たいめん)で毅然とした態度を(くず)さず、真顔のまま厳しい表情を変えない神女長。そして部屋の(すみ)で小さく(ちぢ)こまって、その様子を()(まも)っている市井出の聖乙女達。



そんな私はというとーーそんなものはどうでもいい。(いま)はそれどころではないのだ。他人(たにん)を気にする余裕(よゆう)があるのなら、“これ”を確実(かくじつ)(あたま)と体に記憶(きおく)させなければーーと、複数(ふくすう)(つづ)られた羊皮紙(ようひし)一心不乱(いっしんふらん)直視(ちょくし)したまま、一人、ブツブツと(つぶや)いていた。


そしてアニエスが何やら一人で大騒ぎをしているようだが、全くもって(かか)わりたくないので、無視(むし)()()んではいるものの、その(かん)(だか)(かな)()り声が否応(いやおう)なしに(みみ)(ざわ)りに(ひび)いてくるので、こちらの(ほう)次第(しだい)苛々(いらいら)してくる。



ーーったく、何を騒いでいるのよ! 明日(あす)には城に(もど)れるのに、たった二日(ふつか)(かん)が何だと言うの? 多少(たしょう)()自由(じゆう)我慢(がまん)しろっていうのよっ! (おさな)子供(こども)でもあるまいし、あんた我儘(わがまま)すぎるのよ!! こっちはそれどころじゃないっていうのに!


私はあんたよりもやる事がいっぱいあるのよ!? しかも騒いでいるのはあんた一人だけじゃない! ーーくっ、駄目(だめ)だ。こっちに集中(しゅうちゅう)しないとーーー



私はそんなアニエスに向かって(おも)わず(さけ)びたくなる衝動(しょうどう)(おさ)えながらも、しかし(こころ)の中では文句(もんく)を言いつつ、とにかく羊皮紙を()()るように()()える。



ーー本来(ほんらい)ならば私は、この()にいる人間(にんげん)ではない。私の役目(やくめ)は『奉納祭』の儀式の(はじ)めと終わりに『祝福の聖乙女』達が(うた)予定(よてい)であった独唱(どくしょう)部分(ぶぶん)を『特別(とくべつ)(わく)』という(かたち)で聖乙女達の代表(だいひょう)で歌うというのが私の『役割(やくわり)』だった。


だから私は『祝福の聖乙女』などではなく、(さら)に言えば、私の年齢(ねんれい)は12歳であり聖乙女選抜(せんばつ)規定(きてい)では15歳からなので私にはその資格(しかく)(もと)より()い。ーーであるから私は奉納(ほうのう)()だけを(おぼ)えて、当日(とうじつ)までに歌えるようにするだけでよかったーーはずだった。


それが突如(とつじょ)、選ばれた聖乙女達が大神殿に入る二日前の当日の(あさ)に、貴族側の聖乙女が一人欠如(けつじょ)したという理由(りゆう)から、その代役(だいやく)急遽(きゅうきょ)私が選出された。


その欠如したという一人はあのアリシア=プリンヴェルで、どうやら私が儀式で歌う事になった為、神殿側の方から王女である私に配慮(はいりょ)しアリシアを聖乙女の(にん)から解任(かいにん)したという事だった。


(たし)かにアリシアの顔を見るのは(いや)だが、私達の『計画(けいかく)』の為にはどうしてもアリシアに接触しなくてはならず、『奉納祭』であれば国内中の貴族達もほぼ確実に出席(しゅっせき)するので、


そんな中、貴族側の聖乙女に選出されているアリシアと接触するのに()自然(しぜん)にならない様にと、ローズロッテの提案(ていあん)本当(ほんとう)なら以前(いぜん)から(はなし)はあったものの歌う心境(しんきょう)ではないという理由からずっと(ことわ)(つづ)けていた『奉納祭』の儀式での独唱を()えて承諾(しょうだく)したのにーーだ。神殿側がご丁寧(ていねい)にも気を回してくれたおかげで『計画』が変わってきてしまうではないか!



しかし()()のないローズロッテはそれも“想定内(そうていない)”だと言い、しかもこちらからわざわざ接触せずとも私が(おおやけ)()に出て来さえすれば向こうの方から接触してくるので大丈夫(だいじょうぶ)だとも言う。



ーー本当はこの『計画』さえなければ、私は『奉納祭』に一切参加(さんか)しないつもりであったので、『儀式』自体(じたい)に全く無関心(むかんしん)であったのが、今こうして裏目(うらめ)に出ている。これもよからぬ事をこれからしようとしている私への神様(かみさま)天罰(てんばつ)であるのか?


毎年(まいとし)『奉納祭』では武器を奉納する儀式の式典(しきてん)(かた)(くる)しい作法(さほう)がある上、しかも沢山(たくさん)大衆(たいしゅう)の目に(さら)される場でもあるので、王女である私は、特にお行儀(ぎょうぎ)()静観(せいかん)していなければならず、退屈(たいくつ)この上ないので、


初めの内だけ式典に顔を出し、その(あと)は式典の後に行われる騎士(きし)(たち)奉納(ほうのう)試合(じあい)がある闘技場(とうぎじょう)の方にお祭り見物(けんぶつ)(かね)ねて(さき)()っていたので、そんな式典の『儀式』の内容(ないよう)などはさほど興味(きょうみ)が無かった事もあり、私の記憶には(ほとん)ど覚えておらず、(べつ)にそれでも問題(もんだい)は無かったはずーーだった。


ーーーが、それが今、私をこうして(なや)ませている事になろうとは…………



話によると『祝福の聖乙女』には儀式の(さい)少々(しょうしょう)舞踊(ぶよう)があるという。なので前もって選ばれた聖乙女達はその舞踊を(やく)ふた(つき)ほど()けて覚えるらしいが、私が代役に選ばれたのはふた月どころか、『奉納祭』の二日前…………


しかも本来ならば、私が正式に聖乙女の資格を()るのは三年後(さんねんご)の話で、そもそも『聖乙女』などには元より興味のない私には、そんな舞踊など教養(きょうよう)としても覚える必要(ひつよう)が無く、当然(とうぜん)()()けも全く()らないわけで、到底(とうてい)(おど)れるはずもなくーーー


その話が出た(とき)に、国賓(こくひん)なども(あつ)まる大勢(おおぜい)観衆(かんしゅう)面前(めんぜん)で、王女である私が醜態(しゅうたい)を晒す事は出来ないので、当初(とうしょ)の予定通り、アリシアを再び戻すか他の貴族の令嬢達の中から代役を立てるようにと申し立てたのだが、やはりこれも(わる)(だく)みを(たくら)んでいる私への何らかからの報復(ほうふく)なのだろうか?


そんな神殿側からは、私の踊りの振り付けは簡易(かんい)なものに変更(へんこう)するので大丈夫だと言い、それでも私がまだ自分は12歳の年齢で『聖乙女』の資格は元より無いのだと言えば、その回答(かいとう)には、私の外見(がいけん)精神(せいしん)年齢(ねんれい)実年齢(じつねんれい)の方が信じられないほどに大人(おとな)びているので問題は無いと、そんな何とも安直(あんちょく)な理由で妥協(だきょう)してきた。


神に仕える神殿側の人間で特にこの神女長の言う通り、規律を重んじる側がそんな適当(てきとう)頭数(あたまかず)(そろ)える為だけの辻褄(つじつま)()わせのような理由で、そのように安易(あんい)決定(けってい)してよいのかと疑問(ぎもん)には思う。それに『祝福の聖乙女』の資格は15歳以上という規定があるのに私が出ては規定違反になるだろう。


しかしこれには大神殿の(おさ)許可(きょか)(すで)におりていると言うから(おどろ)きだ。しかも(なお)(しぶ)る私に神殿側は、国王ーーつまり私の(ちち)の方にも直談判(じかだんぱん)したらしい。


その場に同席(どうせき)した(はは)(いわ)く、大神官長や神官達が私の事をそれはもうこれでもかと言うくらい賛美し()めちぎっていたのだという。それにすっかり気分(きぶん)を良くした父が私の説得(せっとく)(おう)じたらしい。父から私の聖乙女姿をどうしても見たいと懇願(こんがん)されてしまえば、私はそれに(うなず)くしかない。ーー父が私に(よわ)いように、私も(だい)()きな父のお(ねが)いには弱いのだ。



するとアニエスと神女長の様子を(しばら)傍観(ぼうかん)していた同じく貴族側の聖乙女に選抜されているデコルデ侯爵(こうしゃく)令嬢(れいじょう)、ローズロッテが口を(ひら)く。



「神女長殿(どの)? アニエス様のご要望(ようぼう)に全て応えられずとも、第三王女様にはお部屋を別にご用意(ようい)されては如何(いかが)でしょう? (わたくし)(たち)大事(だいじ)な明日に(そな)えて(はや)就寝(しゅうしん)したいのですけれど、アニエス様のこのご様子では(わたくし)(たち)()不足(ぶそく)で明日に支障(ししょう)をきたしてしまいますわ」



それを聞いたアニエスがローズロッテの方を苛ただしげに睨み付ける。



(わたくし)のせいだと(おっしゃ)りたいの!? 貴女(あなた)こそよく我慢がお出来になりますわね? 上流(じょうりゅう)貴族(きぞく)の侯爵令嬢であるのに、このような下々の者達と同等の扱いを受けていて、よく平然(へいぜん)としていられますわ。さすがは貴族内でも『変わり者』で有名(ゆうめい)なデコルデ侯爵令嬢ですわね? (わたくし)にはとても真似(まね)出来ませんわ!」



そんなアニエスにローズロッテは余裕(よゆう)()みを(かえ)す。



「ええ、(わたくし)の方は全く問題ありませんわ。()()仕事柄(しごとがら)、市井の方々とも(つね)日頃(ひごろ)から懇意(こんい)にしておりますもの。(むし)ろアニエス様だけですわよ? ご不満を仰っているのは。()の中には『(ごう)()りては郷に(したが)え』という言葉がある事をご存知(ぞんじ)?」



ローズロッテの余裕の態度にアニエスが(まく)()てるように反撃(はんげき)する。



(わたくし)正統(せいとう)な王族で、しかも高貴な血統の王女ですのよ!? そこにいる半端者(はんぱもの)の王女や貴女のような変わり者と一緒(いっしょ)になさらないで頂きたいわ!


それにこの(わたくし)が従う? 高貴な王女である(わたくし)が?? あり得ませんわ!! (ぎゃく)(わたくし)に従う事こそ格下(かくした)の者達の義務(ぎむ)であり常識(じょうしき)ですわよ」



そんなアニエスの言葉にローズロッテはあからさまな(あき)れ顔で、わざとらしく(ふか)いため(いき)()く。



「その高貴なお血筋(ちすじ)の王女様がそのような我儘を仰られては尚の事下々の者に(しめ)しが付きませんことよ? これでは妹君(いもうとぎみ)の我儘をどうこう申せませんわね。姉君(あねぎみ)が更にその上をゆかれるのですもの」



(わたくし)があの()よりも我儘ですって!?」



アニエスとローズロッテのこういう場面(ばめん)はしばしばよく見られる。しかし(はた)から見ていても、口の達者(たっしゃ)なローズロッテの方が一枚(いちまい)上手(うわて)だ。



「ええ、(わたくし)認識(にんしき)ではそう解釈(かいしゃく)致しますわ。無理(むり)難題(なんだい)主張(しゅちょう)して無理矢理(むりやり)自分の要求を()し通そうとし、周囲(しゅうい)(こま)らせる事を『我儘』というものだと認識しておりましたのですけれど、アニエス様の認識ではお違いなりますのかしら?」



「ーーぅぐっ」



ローズロッテの最もな正論(せいろん)にアニエスは返す言葉も出てこないのか、言葉に()まり(くちびる)()()めている。するとそんな二人の様子を見ていた神女長が(ちい)さく肩を()とすと、(しず)かに口を開いた。



「ーーー()かりました。アニエス様には別にお部屋をご用意致します。お世話をする者も()やし、なるべくアニエス様のご不満を解消出来るよう()(はか)らいましょう。アニエス様、それでご納得(なっとく)頂けますか?」



それを聞いたアニエスはローズロッテから視線(しせん)(はず)すと、気を取り直すように神女長に向き直る。



「ええ、それでよろしいわ。(わたくし)洗練(せんれん)された侍女達とは違い、ここの者達の気が利かない(ところ)はよく(かんが)えれば仕方(しかた)のない事ですものね。そこは我慢しましょう。あなたも初めから素直(すなお)にそう言えばよろしいのよ。(わたくし)とて多少の不便(ふべん)くらい我慢して()し上げる許容(きょよう)はありますのよ?」



「…………(もう)(わけ)ございません。ーーでは、アニエス様、私と共にいらして下さい。お部屋にご案内(あんない)致します。皆様、お騒がせ致しました。明日の大事なお役目の為にも、今宵(こよい)早目(はやめ)にお(やす)み下さい。ーーそれでは失礼(しつれい)致します」



神女長は一礼いちれいし、アニエスの方は私達を一瞥(いちべつ)した後、ふん、とそっぽを向いて神女長と共に部屋を出て行った。そして(あらし)()った後のように静まりかえった部屋で、ローズロッテの大きく吐くため息だけが聞こえる。



「ーー本当にお騒がせな御方(おかた)ですわね。“我慢”だの“許容”だの、どの口が仰るのかしら?」



ローズロッテは(とびら)の方を見つめると、今度(こんど)はこちらの方に(ある)いてくる。



「リルディア様? そろそろお休みになられないと、本当に明日に(ひび)きますわよ?」



しかし私はローズロッテに声を掛けられても、そんな彼女(かのじょ)には視線を向けずに口だけを(うご)かす。



「ーーああ、分かっているわ。でもそれどころじゃないのよ! ローズロッテ、あの(うるさ)いのを()い出してくれて(たす)かったわ。これでやっと頭に(はい)りそうよ」



私はひたすら羊皮紙を見つめながらブツブツと呟く。するとローズロッテが私の(よこ)から顔を(のぞ)かせて羊皮紙を見つめる。



「リルディア様? これは正式(せいしき)な舞踊の方ですわよね? 確かリルディア様の方は簡略(かんりゃく)したものではございませんでしたの?」



その()いに私は小さく首を振る。



「そうなのだけれど、やっぱりそういうわけにはいかないわよ。考えてもご(らん)なさいな? 聖乙女達の中で一人だけ違う踊りをしていたら不自然に()いてしまうし、毎年(まいとし)行われている儀式なだけに観衆もきっと(へん)に思うでしょ? まして王女である私が一人だけ簡略した踊りなんて()ずかしくて出来ないわよ。


こうなったら私はやるわよ! 第四(だいよん)王女の底意地(そこいじ)を示してやるわ! ………とは言ってみても、正直(しょうじき)苦手(にがて)なのよね。()(むず)しい文面(ぶんめん)を頭で覚えるのは。しかもこの説明(せつめい)の分かりづらさったらないわ! 誰が()いたものなのか知らないけれど、もっと簡単(かんたん)に書けないものなのかしら? 文面が堅苦しい上に、やたら説明が(こま)かいから無駄(むだ)(なが)くて、この文字(もじ)を見ているだけでも苛々する!」



そう言って私が必死(ひっし)で羊皮紙と奮闘(ふんとう)している(となり)で、ローズロッテがクスクスと笑っている。



「ふふっ、リルディア様は本当に意外(いがい)にも真面目(まじめ)でいらっしゃいますわよね。普段(ふだん)のお姿からは、とても想像(そうぞう)出来ません事よ?」



「ローズロッテ、茶化(ちゃか)さないでよ。 ーーそう言う事だから(ほう)っておいて一人にしてくれる? 今はこれに集中したいの」



私は言うなり羊皮紙に意識(いしき)を集中しようとすると、すかさずローズロッテにそれを取り上げられてしまう。



「ちょっと! ローズロッテ?」



私がローズロッテに視線を向けると、彼女はひと()(ゆび)()りながら肩を(すく)める。




「いけませんわ。寝不足はお(はだ)大敵(たいてき)ですわよ? 明日はリルディア様が祭りの主役(しゅやく)同然(どうぜん)ですのに、()(した)(くま)が出来て(ねむ)たそうなお顔を、大衆の面前にお晒しになりますの? しかも明日はご婚約者(こんやくしゃ)であられるセルリアの王太子(おいたいし)(さま)もおいでになるのでしょう? それでは尚更(なおさら)万全(ばんぜん)()して早くお休みになられませんと」



そんなローズロッテの言葉に私は首を横に振って、羊皮紙を取り返すべく手を()ばす。



「ーー同じ事よ。たとえ寝不足を回避(かいひ)したところで、明日の儀式で王女である私が不出来なものを見せたとあっては、(もの)(わら)いの話で後々(のちのち)まで(かた)(つが)がれるじゃないの。それこそ()名誉(めいよ)(きわ)まりないわ!


それにたった一晩(ひとばん)くらい眠らなくても大丈夫よ。 ()(くま)ならお化粧(けしょう)でいくらでも(かく)せるし、眠気(ねむけ)なんて強力(きょうりょく)(にが)野菜汁(やさいじる)でも()めば一気(いっき)に目も覚めるというものよ。


それにユーリウス王子の事も心配(しんぱい)してはいないわ。 あの御方は私が『(ぶた)王女(おうじょ)』になっても全く(かま)わないと言ってのけた、大海原(おおうなばら)(ごと)度量(どりょう)(ひろ)い心の(うつわ)()(ぬし)よ? だからたとえ私の(くま)の出来た顔を見たところで、心配はされるかもしれないけれど他に関してはさほど問題はないわね。


()にも(かく)にも私は一国(いっこく)の王女よ? そんな私が自分を(おとし)める失態(しったい)なんて絶対(ぜったい)に出来ないのよ」



私の決意(けつい)を込めた言葉を聞いたローズロッテは(すこ)しだけ目を見開いたように私を見つめていたが、その表情が突如として(ゆる)むと、にやりと微笑(ほほえ)む。



「ーーうふふっ、リルディア様? その『豚王女』とはどういったお話ですの? (わたくし)初耳(はつみみ)でしてよ?」



そんなローズロッテの反応(はんのう)に私は内心(ないしん)、「しまった」と(した)()ちした。しかし、もう(おそ)い。



「リルディア様ったら本当にお(ひと)(わる)いですわ~? そのような(たの)しそうなお話を(かく)していらしたなんて。リルディア様はこ婚約者のユーリウス王子様との恋愛(れんあい)(ばなし)中々(なかなか)(おし)えては下さらないのですもの。ずっと気になっておりましたのよ?」



「ーーええっと、いや、恋愛話なんて、そんな色気(いろけ)のあるものじゃないのよ? まして『豚王女』ですもの。だから(こい)バナ()きなローズには残念(ざんねん)ながら全くもって興味(きょうみ)()くような楽しい話では無いから気にする事ないわ」



恋愛話に(うるさ)いローズロッテにそんな誤魔化(ごまか)しめいた言葉など通用(つうよう)しないとは分かってはいても、つい口に出てしまう。


ーーーいや、どうにかして誤魔化されてくれないだろうか? それでなくともユーリウス王子(おうじ)の事は私の心境が微妙(びみょう)なだけに何気(なにげ)のない世間話ではあっても何となく()れては()しくない話題(わだい)だ。


しかしそんな(ねが)いも(むな)しくローズロッテは真正面(ましょうめん)から私の顔を(のぞ)き込み「絶対に()がしませんわ?」という

分かりやすい視線を(おく)りながらクスクスと笑う。



「いいえ? リルディア様。(わたくし)、すごく興味がありましてよ? そのユーリウス王子様が『豚王女』でも構わないと仰られたという、そこのところの経緯いきさつ是非(ぜひ)とも(くわ)しくお聞かせ願いたいですわ?


ーーああ、そうですわ! 折角(せっかく)同室(どうしつ)なのですもの。そこの貴女達も第四王女様の恋愛話をお聞きしたくはなくて?」



何を思ったのか突然(とつぜん)ローズロッテは部屋の(すみ)で小さく固まっている市井の聖乙女達3人に声を掛ける。そんな彼女達は、まさか私達の方から声を掛けられるとは思ってもみなかったのだろう。 (あわ)てふためきながら、3人はお(たが)い顔を()()わせて戸惑(とまど)う表情を浮かべている。


しかし上流貴族の侯爵令嬢であるローズロッテの言葉を無視するわけにもいかず、その中の一人が()(けっ)したように口を開いた。



「あ、あの、ですが、(わたし)(たち)は市井の者です。 こうしてお部屋をご一緒させて(いただ)いているのも(おそ)(おお)いのに、まして高貴な御方方のお話を聞かせて頂くなどと、私達のような者には(ぶん)不相応(ふそうおう)ではありませんか?」



それを聞いてローズロッテは、そんな彼女達にこちらに来るように()(まね)きをしながらニコニコと愛想(あいそう)よく笑顔(えがお)で答える。



「ふふっ、貴女方、お(わす)れですの? わたくし(たち)、祝福の聖乙女は奉納祭の間は貴族も市井も関係なく立場は“同等”ですのよ? 無論(むろん)、それは王女様であっても

例外(れいがい)なくーーですわ。 ですからそのように恐縮(きょうしゅく)なさらなくてもよろしいのよ?」



「で、ですが、あの、アニエス王女様が………」



するとローズロッテは扉の方を見つめながら大きく肩を竦めて(あき)れたようにため息をつく。



「あの御方は、ああいうご気性(きしょう)なので仕方がないのですわ。本当に困った第三王女様ですわね。(もの)(わか)からぬ幼子(おさなご)ではありませんのに、集団行動(しゅうだんこうどう)(ない)の規則も守れぬようでは、逆にご自身(じしん)品格(ひんかく)を問われてしまうというもの。けれど、こちらの第四王女様は違いますわよ? ーーね? リルディア様はこの方々がご一緒でも構わないですわよね?」



ローズロッテは私の背後(はいご)から両肩に手を()えて話し掛けてくる。私はその(すき)にすかさずローズロッテの手から羊皮紙を()き取ると今度は取られまいと、それをしっかり両手で(にぎ)って再びそれを食い入る様に目を通したまま口だけを動かす。



「ええ、構わないわよ? ここは王城ではないし寧ろ私は客人(きゃくじん)ですもの。それに規則は守らなければ秩序(ちつじょ)(みだ)れるものなのでしょう? 私もそれくらいは教わっているわよ?


それに私の母様(かあさま)は市井の出身(しゅっしん)だから、アニエス姉様のように市井と同等だからといって不快(ふかい)を覚えるような抵抗感(ていこうかん)はないわね。(さいわ)い母様の教育(きょういく)方針(ほうしん)で自分の身の回りの事も困らない程度(ていど)には出来るし。


だから貴女達も私の事は王女だからといって、気を(つか)わなくても良いのよ? ローズロッテの言う通りここでは同等なのだし、そんな角にいる事はないわ。各自(かくじ)自由(じゆう)()ごしたらいいのよ。それにあの一人で騒いでいた傍迷惑な“煩い人”はこのローズロッテ嬢が追い出してくれた事だし。


私にしてみれば、あの“煩い人”が一緒にいる方が苛々するし我慢ならないところだったわ。あんなに一人で騒ぐくらいなら『祝福の聖乙女』なんてやめればいいのに。それこそ私の方が『聖乙女』なんて、お父様のご希望(きぼう)でもなければ(そく)辞退(じたい)するところよ。


だって信じられる? たった二日間でこれを覚えるだなんて!! 私はどちらかといえば実践(じっせん)で記憶するタイプなのよ? それなのに、こんなに頭を使う事になるなんて、過去(かこ)にも無いわ! …………はあ、こんな事になるのなら毎年の奉納祭の儀式にきちんと出席していればよかった。そうすれば見知っている分、少しは(らく)だったかもしれないのにーーー」



私はそんな自業自得(じごうじとく)愚痴(ぐち)(こぼ)しながらも羊皮紙を見つめていると、市井の3人の少女達が私達の方に近付いてくる。



「…………あ、あの、リルディア王女様。私達でよければご協力(きょうりょく)致しましょうか?」



恐る恐る掛けられる声に私は見つめていた羊皮紙から顔を上げる。



「え?」



すると先ほど3人の代表で口火を切った少女が口を開く。



「『剣の聖乙女』のご担当のアニエス王女様はいらっしゃいませんが、今、この部屋にはそれ以外の『祝福の聖乙女』が全て(そろ)っています。そして私はリルディア王女様と同じ『矛の聖乙女』の担当なのです。


舞踊での聖乙女達は同じ武器の担当同士、基本(きほん)左右(さゆう)対称(たいしょう)の同じ踊りなので、ご僭越(せんえつ)ながら私がリルディア王女様にお教えする事が出来ますし、実際にやってみて覚えられた方が分かりやすいのでは?とーーー」



それにはローズロッテが賛同(さんどう)の声を上げる。



「まあ! それは名案(めいあん)ですわ! リルディア様、是非(ぜひ)そう致しましょう? 実際に踊って覚えられた方が、そんな羊皮紙よりもリルディア様にはずっと効率的(こうりつてき)でよろしいですわよ。それにリルディア様は物覚えがお早いですから皆で練習すれば一晩(ひとばん)かけずとも直ぐに覚えられますとも!」



「ーー物覚えが早いかどうかは疑問(ぎもん)だから、さて()きーーそれは私だけの都合の良い話でしょ? ローズはまだ良いとしても、貴女達3人はここ二日間しか面識(めんしき)のない私とは何の関わりのない人達だわ? それなのに私に付き合って貴女達まで寝不足で明日に支障をきたしては困るでしょう?


しかも本来であれば、私が妥協(だきょう)して私に用意されている簡易な舞踊を踊れば良いだけの話を、敢えてそれをしないのは私の勝手(かって)ですもの。だから私の事は構わないで貴女達は先に休んでいいわ。


ーーーという事だから、ローズは勿論、私に付き合ってくれるでしょう? 貴女とは私的にも付き合いが長いのだし、今更遠慮(えんりょ)なんてしないわよ?」



そう言ってローズロッテの方にニッコリと微笑(ほほえ)んでやると、彼女は小さく肩を竦める。



「リルディア様はお人がよろしいですわね。ええ、勿論、分かっておりましてよ。私も始めからそのつもりでしたもの。リルディア様のお気が()むまでお付き合い致しますわ。それに先ほどのお話も詳しくお聞かせ頂かなくてはなりませんし。(よる)は長いですわね?ーーーフフフッ」



ローズロッテの笑顔が何故か怖い。上手(うま)く話が()れたと思ったが、やはり彼女を誤魔化すのは無理なようだ。そんな私が(あきら)めとも言える深いため息をこぼしていると、市井の彼女達がおずおずと遠慮がちに口を開く。



「お話に()って入るようで申し訳ありません。ですが、私達にもお気遣いは無用(むよう)です。ですから是非、王女様にご協力させて下さい」



「そうですよ。王女様。踊りなどは実際にやってみた方が覚えやすいですよ? それに明日(あす)はここにいる皆で踊るのですし、予行(よこう)練習も()ねて皆で練習しましょう?」



「王女様、どうかご一緒に練習させて下さい。そして明日は私達皆で、素晴(すば)らしい儀式に致しましょう? 私、王女様の歌を聞けるのもすごく楽しみにしているんです!」



そんな市井の3人の少女達をローズロッテは微笑みながら、私の(そば)まで連れてくる。



「リルディア様。この方達は(こころ)(やさ)しくご親切(しんせつ)な大変良い方達ですわ。ですからここは彼女達のご厚意(こうい)に甘えさせて頂きましょう? 明日の儀式では私達は運命(うんめい)共同体(きょうどうたい)なのですもの。それこそ一人の失態は、皆の失態に(つな)がるというもの。それはリルディア様も(のぞ)むところではありませんでしょう?」



ローズロッテはそう言って(ひと)()きのするような笑顔を彼女達に向けるので、昨日(さくじつ)から私達と同室(どうしつ)という事もあり、ずっと緊張(きんちょう)(おも)()ちだった彼女達の表情からは緊張の(こわ)()りが(ほぐ)れて、その顔にも笑顔が浮かぶ。


ーーーしかし、私は知っている。これは『策士(さくし)』であるローズロッテの思惑(おもわく)なのだと。(さっ)するに市井の彼女達に私達の印象(いんしょう)気位(きぐらい)非常(ひじょう)に高い王女のアニエスと比較(ひかく)させて私達の心象(しんしょう)を良く思わせ、差しずめ明日の儀式の為に彼女達を()(なづ)けておいて、いざという時の手駒(てごま)にでもするつもりなのだろう。


その効果(こうか)なのか、こうして彼女達は()ずから私への協力を申し出ている。さすがは人心(じんしん)(じゅつ)()けている侯爵令嬢である。他人の心の裏側(うらがわ)を考え、知らない人間を(とお)ざけようとする私には出来ない芸当(げいとう)だ。しかしそんなローズロッテのおかげもあって、この彼女達の申し出は私にとって“(てん)(たす)け”でもある。


ーーーこの時ばかりは『悪友(あくゆう)』に感謝(かんしゃ)である。



「…………本当に良いの? 貴女達まで寝不足になって、明日の儀式に影響(えいきょ)しても私は責任持てなくてよ?」



私がぽそりと(つぶや)くと、さすがは聖乙女に選ばれるだけあって、本当に優しい娘達なのだろう。彼女達はそんな私に満面の笑顔で微笑んだ。



「はい! 大丈夫です! 私達は市井育ちなので、これでも色々(いろいろ)(たくま)しいのですよ?」



「ええ、寝不足なんて私達には(たい)した影響にもなりませんわ!」



「そうです! それに第四王女様と

ご一緒出来るなんて、こんな機会(きかい)滅多(めった)にありませんもの! しかもこの世で一番美しいと(しょう)されている王女様のご尊顔(そんがん)をこんな間近で見られた上に、こうしてお話まで出来るなんて、私、聖乙女に選ばれて本当によかった!!」



「ええ、本当に王女様って(うわさ)以上にすごくお綺麗(きれい)だわ!! 私、町に帰ったら、王女様とご一緒出来た事を皆に自慢(じまん)するわ!!」



「王女様は私達とは違い、たった2日間しか舞踊を覚える時間が無かったのに、それでも私達と同じ踊りをこんなにも一生懸命(いっしょうけんめい)覚えようと努力(どりょく)なさっていて、しかも市井の私達にまでお気遣い下さる大変お優しい御方なのよ? それに第四王女様がこんなに話しやすくて気さくな御方だなんて正直(しょうじき)(おどろ)きました!」



「第四王女様!! 私達は王女様の味方です!! 王女様の補佐(ほさ)(やく)は私達にお(まか)せ下さい!」



「ええ、王女様に恥をかかせる事など、私達、絶対に神様(かみさま)(ちか)ってさせませんからご安心下さい!!」



「王女様!! 明日は皆で力を合わせて頑張りましょうね!!」



…………本当に『効果』は絶大(ぜつだい)だ。これが本当に先ほどまで部屋の角で小さく縮こまっていた人達なのだろうか? しかも信じられない事に彼女達は私を敬愛(けいあい)するようなキラキラとした眼差(まなざ)しで、大袈裟(おおげさ)では?と思う(ほど)使命感(しめいかん)溢れる(いきお)いで力説(りきせつ)され、私の方がそんな彼女達の勢いに押されて面食らってしまう。


そして市井の3人の少女達は(みょう)に高い高揚感(こうようかん)で「私達が王女様をお守りするのよ!」ーーとか言って、円陣(えんじん)()んで(かた)結束(けっそく)までしているではないか。


ーーー私は別に彼女達に気を遣ったわけではなく私に付き合わせて彼女達までが寝不足が(たた)って儀式に失態をすれば、私の失態云々(うんぬん)関わらず後々(のちのち)恥ずかしい事になるから、そういう言い方をしたに過ぎない。


ーーだって、そうだろう。今回の儀式で王女が2人も舞台(ぶたい)に立つだけでも大変(めず)しいのに、もしそんな事になれば、それこそ奉納祭がある度に語り継がれる『失態伝説(でんせつ)』になるではないか。しかも人々の記憶に(のこ)るのは市井の彼女達ではなく王女の私の名前(なまえ)である。


私はそんな彼女達の光景(こいけい)唖然(あぜん)として見ていると、私の右腕(みぎうで)にローズロッテがするりと自分の腕を回してきた。



「ふふっ、よかったですわね? 大変心強い味方が出来ましたし、これで明日はリルディア様もご安心出来ましてよ? それにもし万が一、儀式で何か()都合(つごう)が起こっても、その時は彼女達が自分のお体を張ってでもリルディア様を守って下さいますわ。勿論、この(わたくし)もですけれどね?」



私と同じくして市井の彼女達を見つめながら、しかしこちらは楽しそうにクスクスと笑うローズロッテに私は目を(ほそ)めると、隣のローズロッテにしか聞こえないように極めて小さな声で(ささや)く。



「…………仕組(しく)んだわね? この『策士』め。本当に貴女だけは(てき)に回らないで欲しいわ。………出来る事ならーーだけど」



「ふふっ、リルディア様のその聡明(そうめい)さには当然(とうぜん)の事ながら感服(かんぷく)致します。私はそんなリルディア様が大好きですわ? そして私の一番の『お気に入り』でしてよ? 手放(てばな)したりなど致しませんわ。ーー絶対に」



そう言う彼女の腕が私の右腕にその意思(いし)を示すようにギュッと力が込められる。そして意味深(いみしん)に微笑む彼女を見て、思わず背中(せなか)がゾワリと(ふる)えた。



…………何となく、執着(しゅうちゃく)される(がわ)気持(きも)ちが分かったような気がする。ーーそして、そんな私は今、本当に心の(そこ)から思う事があるーーー


ーーー彼女が『(おんな)』でよかった。ーーと。






【17ー終】










































































































































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