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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
第二章 【三年前】
40/78

【10】悪巧み

【16】




「えっ? まさかそれ、本気(ほんき)()っているの??」



(わたし)()()(ひら)いたままローズロッテの(かお)をジッと見つめる。そんな彼女(かのじょ)始終(しじゅう)()()いたままニッコリと微笑(ほほえ)んだ。



「ええ、勿論(もちろん)ですわ。このような(こと)冗談(じょうだん)なんかで(もう)しませんわよ? 私達(わたくしたち)もリルディア(さま)同様(どうよう)被害者(ひがいしゃ)なのですわ。ですから、リルディア様のご心情(しんじょう)(いた)いほど分かりますの」



そう言ってローズロッテは私の左手(ひだりて)()ると、そっと(にぎ)()めて何度(なんど)(うなず)く。



「『あの(かた)』こそ(まこと)性悪(しょうわる)(おんな)ですわよ。あのように(むし)(ころ)さぬような善人面(ぜんにんづら)をして、(かげ)ではこそこそと殿方(とのがた)(さそ)っては(たぶら)かしているのですわ。まるであの(ほん)の『主人公(しゅじんこう)』のように」



ローズロッテの言う(とお)(たし)かに『彼女』はあの本に()てくる『主人公』に似通(にかよ)ったところはあるが、あの主人公ほどには(ひど)くはないだろう。



「ええっと、でも本の『主人公』ほど酷くはないんじゃない? 確かにあの“善人面”というか、本で言うならその“聖女面”だけは一々、私の癇に障って苛々するけれど」



するとローズロッテは真剣な眼差しで私を見つめて首を横に振る。



「リルディア様? 本来ならば、王室でお育ちの純粋無垢な王女様にこんな事をお教えするのは大変心苦しいのですけれど、これもリルディア様の御為、これが現実であるという社会勉強にもなりますわ。


私達の貴族社会では大抵のご婦人方は皆、裏と表の顔がありますのよ? それこそ異性に関しては互いが熾烈な競争相手同士であるのです。特に素晴らしい殿方のお心を掴む為ならば相手に合わせて如何なる『聖女』にもなりますわ。


そして『あの方』も貴族のご令嬢でありながら、教鞭もとられているくらい頭の賢い方なので、殿方の心の機微はよく熟知されていらっしゃるのでしょう。ですからあの様にどなたにでも良い顔をされて優しい娘を演じているのですわ。世の殿方は大概大人しくて従順な心の優しい女性がお好きですものね」



私はその言葉に疑問を覚える。



「そういうものなの? 私のお父様は気が強くて口も悪い一筋縄ではいかない様な性格の悪い女性がお好きよ? 大人しくて従順な女は退屈でつまらないと仰っていたわ」



ローズロッテはそれを聞いて一瞬、「うっ」と言葉を詰まらせるも直ぐにコホンと一つ咳払いをする。



「リルディア様、それは国王陛下が『特別』なのですわ。“大概”と申しましたでしょう? 私が知る限りでは世の殿方はやはり“性格の悪い方”よりも“性格の良い方”を選ぶのが通りですわ。


それは私達女性側でも同じではなくて? “性格の悪い男性”より“性格の良い男性”の方が良いに決まっておりますでしょう?」



「そ、そうよね…………確かに貴女の言う通りよ。説得力あるわ」



私が肯定するように頷くと、ローズロッテもそれに満足そうに頷く。



「世の中そういうものですわ。『あの方』は世渡り上手でいらっしゃるから、常に機会を狙っていたんですのよ? “本命”を落とす為に。


それはもう、用意周到かつ念入りに着々と準備をされていらしたのですわ。そしてご自分の思惑通りに、リルディア様のご身辺にまで入り込んで」



ローズロッテの言葉を聞いている内に、また心の中に立ち上るかのように黒いモヤが生まれる。



「リルディア様は『あの方』に利用されていたのですわ。『あの方』の“本命”であるジェノーデン公に近付く為の手段として」



その言葉は私の中の“何か”を大いに刺激し、“それ”は燻るように引火した。そんな私の内心などまるで知らないローズロッテは火に油を注ぐように更に言葉を続ける。



「ジェノーデン公は本来、ブランノア国の王弟殿下であり、フォルセナ王家の血縁でもあらせられる二つの王家の正統なる血統の第三王子。いくら貴族とはいえど下流貴族である『あの方』が到底、お近付きになれる御方ではない。


それが幸運にも『あの方』の兄上がたまたま、王弟殿下のご学友で仲がよろしかったので、その経緯で王弟殿下はあの一家を懇意にされていただけだというのに、それを畏れ多くも、ご自分も王弟殿下の幼馴染みなどと周囲に触れ回り、兄上がご友人だという立場を利用して我が物顔でクラウス様のお傍に張り付いていたのですわ。


そうやってクラウス様のお心を掴もうと優しい娘を演じていらっしゃったのでしょうけれど、所詮、『あの方』のご身分ではクラウス様の妃の座は望めない。


それでも愛妾くらいであれば『あの方』でも望めるのかもしれませんが、あのクラウス様のご性分では正妃以外に愛妾を持つなどとは、まず考えられませんもの。


そこで『あの方』はリルディア様に目を付けられたのですわ。リルディア様は特に国王陛下から溺愛されておられて、叔父上である王弟殿下のクラウス様にも唯一可愛がられている王女様ですもの。ですからリルディア様さえ懐柔してしまえば、たとえ身分違いであろうとクラウス様の妃の座は約束されたようなもの。


それを考えれば『あの方』は本当に賢い方だわ。実際、本当にクラウス様との結婚話が持ち上がったのですもの。貴族のご令嬢達の間では『あの方』の計算勝ちだと噂されておりましたのよ? 中には、「あのくらい賢ければ、私も」ーーと、羨ましがられる方もおりましたわ。


けれど『あの方』の唯一の誤算はリルディア様を甘く見ていらした事ですわね。まだ子供であるとたかを括り、簡単に“懐柔”出来ると思われたのでしょうけれど、浅はかな方だわ。リルディア様は聡明で賢く精神年齢も大人と変わらない洞察力の大変優れた御方。『あの方』の姑息な小細工など聡明な王女様に通用するわけがありませんわ。


リルディア様の人の本性を見抜くその洞察力には、本当に感服致しましてよ? 私も是非見習いたいものですわ」



私は無言のままローズロッテの言葉に耳を傾けていたが、その内心では、次第に燃え広がり始めた怒りの炎によって手に触れていた紅茶のカップがカタカタと小刻みに振動している。



ーー私は『利用』されていた? クラウスの妻の座を手に入れる為に?


しかも私が子供だから簡単に『懐柔』出来るですって!?



…………そういえば、あの女はいつも私を子供扱いして、クラウスの前でも子供扱いをした事があった。それに私の家庭教師になってからクラウスに近付く機会が増えて、私の知らぬ間に二人が一緒にいるのを何人もの侍女達が目撃しているとも聞いた。



ーー誰にでも良い顔しか見せなくて、善人面で周囲に親切心を振り撒いて『心優しい娘』と呼ばれているあの所作はーーー


全てはクラウスを手に入れる為の用意周到な準備だったーーですって!?



私の心の中でピキビキッとヒビの入るような音がした。しかもローズロッテの言葉は容赦なく、ヒビの入った“それ”に鎚を打ち込む。



「しかもそれだけではございませんわ。『あの方』は“本命”のクラウス様の他に別の殿方の心も操って誑かしていたのです。


ーーこれはまことにお恥ずかしい話なのですが、実は我が弟もその被害者なのですわ。父上や姉である私の与り知らぬ間に弟は『あの方』に誑かされて散々気を持たせられた挙げ句、それで弟が想いを伝えた途端、手のひらを返すように弟は純真な恋心を傷つけられて、それはもう手酷く振られたのですよ?


その“振り言葉”もまるで真綿で首を絞めるがの如く、このような言葉でーーー



『貴方のようなご立派な御方が私のような者に好意を持って頂けるのは大変光栄です。ですが私には長い間お慕いしている御方がいるので貴方のお気持ちにお応えする事は出来ません。


その御方は私には遠い存在の御方なので私のこの想いは届かないかもしれませんが、それでも私はその御方を愛しているのです。


それに貴方ほどの御方ならば、私のような家柄も低く何の取り柄もないただの平凡な娘よりも、もっと他に家柄のつり合う美しく素晴らしい女性が沢山いらっしゃいますわ。ですからその御方とお幸せにおなり下さい。


私は貴方の良き『ご友人』であるだけでそれ以上は何も望みません。貴方のお気持ちにお応え出来ぬ事を

どうかお許し下さい』



ーーですわよ!? これってどう思われます!? しかも散々貢がせ、その気があるような態度を取って置きながらーーの言葉ですわよ?


その気がおありでないのならはじめから優しくするな!ですわ! 可哀想な我が弟はショックのあまり女性不審に陥ってしまい、今は母上と共に傷心旅行中ですの。


『あの方』は一見、大人しそうな優しい笑顔で笑いながら男心を弄ぶ真にたちの悪い本物の『悪女』ですわよ!」



そんなローズロッテの『彼女』の再現会話に私の頭の中の糸がブチブチと数本切れたのは言うまでもない。私はガタンと勢いで席を立つと、沸き上がる怒りから思わずテーブルを叩く。



「…………どう思うも何もーー怒りで言葉が出てこないわ! それにローズ、気付いて? あの本の主人公は『あの女』よ。間違いないわ。言い回しがまるっきり同じだもの。


ーーふっ、何が「遠い存在」?「愛している」ですって? まるで悲劇の主人公気取りね。笑わせるわ! 隙あらば、私に隠れてクラウスに近付いていた女の言葉とも思えないわね。


しかも何? 何の取り柄もない平凡な自分よりも、もっと美しい女と幸せになれ? 一体、何様のつもり? それに振った直後に相手の心情もお構い無しで『友人』を主張して取り敢えずキープして置こうとでも? なんて女なの!! ーーローズ、貴女の言う通りよ。あの女は男を誑かす最低の『悪女』だわ!」



するとローズロッテも私の怒りに賛同する様に席を立つ。



「ええ、仰る通りですわ! しかも被害を受けたのは我が弟だけではなく、ロシェット伯爵令嬢のご婚約者やオーメ男爵令嬢の兄上も我が弟と同じような被害にあっておりますのよ。それで私達は憤慨していたのですわ。しかも世の殿方は、まだ『あの方』の本性も知らずにあの表の顔に騙され続けているのです。


ですから私達はこの度、被害者同盟を結びましたの。もうこれ以上『あの方』の思い通りになどさせては置けませんもの!


ーーそこで私達は『あの方』への報復行動を『計画』したのですわ。今こそ善人面をした厚顔無恥な『あの方』に一泡吹かせてやるのです! そうしてご自分も少し嫌な目におあいになれば、きっと改心されて今までの所業を改めますわよ。『あの方』には反省が必要ですわ! その為にも私達は正義の鉄槌を下すのです。これ以上、他の殿方への被害を出させない為にーーー」



そう力説するローズロッテは非常に残念そうな表情を浮かべて私を見つめてくる。



「ーーそこでリルディア様にも少々ご協力を仰ぎたかったのですけれど…………お話だけを聞いて頂くお約束でしたのでそれは諦めますわ。それにこうしてお話を聞いて頂いただけでも、私も少し気分が晴れてスッと致しました。ありがとうございます。


それにしても我が愚弟に女性を見る目が無かった事にも原因はありますが、結果的には我が侯爵家はあの家に恥をかかされたも同然。然らば今度はあちら側に恥をかいてもらいますわ。貴族社会の序列を甘く見られては周囲に示しが付きませんもの。


『計画』は近々決行予定ですわ。勿論、リルディア様の分もこの私がきちんと仇を取っておきますのでご安心なさって? 私の大事なご友人であるリルディア様にこんなにおやつれになられてしまうほどのご心痛を与え不安を煽った不敬な酷い『悪女』など、この私が成敗してやりますわ!」



ローズロッテは勇んで拳を握り締めていた腕を私の腕に絡めてその耳元に小声で囁く。



「リルディア様? あの『悪女』はまだクラウス様を諦めてはおりませんのよ? リルディア様にクラウス様との結婚話を阻止されて傷心のあまり、ご病気になって伏せっているとの事ですが騙されてはなりません。これもあの『悪女』の策略なのですもの。


ご自分がリルディア様のせいで病気になったのだと世間から同情を買い、リルディア様を悪者にして結婚話を潰された仕返しをされているのです。しかもそうやってご自分の病気を口実に何としてでも再び、クラウス様の気を引こうと必死なのですわ。本当にさすがは賢いだけあって頭の回る『悪女』ですわね。ご自分の念願成就の為でしたら手段は選ばず、という事ですかしら? 


そうとは知らないクラウス様はこの度の責任を感じられての事なのか、それこそあの『悪女』の思惑通りに毎日男爵家にお顔を出されているそうですのよ? ご存知でしたかしら?」



その言葉は突如として放たれた矢のようにグッサリと私の胸を貫通した。彼女は悪気があって言っているわけではない。



ただーー出来る事なら、知らないままの方がよかった。



いつもは何でも直ぐに知りたがる私らしからぬ思考が浮かぶ。そしてそれは私の中でずっと否定していた事実がはっきりと肯定された瞬間でもあった。


あの時のアニエスの言葉が頭の中に反芻する。



『ーーには、毎日会いに行かれているのですって。ああ、きっとあなたは叔父上に嫌われてしまいましたのね?』


『もう、クラウス叔父上はあなたに会いに来る事はないのではないかしら? 自分と愛する女性の幸せを壊した酷い人間になど、誰も会いたくなどないですものね?』



ーーー思い出したくない……………


そう思っているのに、アニエスのあの時の声がくっきりと耳に張り付いて離れない。



「…………やっぱり、あの話は本当だったんだ……………そう、クラウスは…………毎日彼女の所に行っているの……………」



ーー私の所には殆ど顔を出す事は無いのに…………だけど彼女の所には『毎日』……………



俯いたまま静かな低い声でぼんやりと呟く私の様子に、雰囲気の異変を感じ取ったのかローズロッテは慌てて場を取り成すように身振り手振りで口を開く。



「リ、リルディア様? 大丈夫ですわ?『あの方』とクラウス様の結婚話は完全に無くなりましたし、『あの方』はこの先クラウス様と結ばれる事は一生ありませんもの。


いずれクラウス様が他の女性とご結婚されるのを『あの方』は外からご覧になって、さぞ悔しがる事でしょう。市井の言葉で申せば「ざまぁみろ」ですわ!


それに私達、この『計画』で、あの『悪女』の隠された本性を白日の下に晒して差し上げますから、もうリルディア様がお心を痛める事も無くなりましてよ。ですからご心配なさらないで? リルディア様の不安の芽はこの私が確実に摘み取って差し上げますから、ね?」



次の瞬間ーー私が持っていた紅茶のカップの柄がバキッっと粉々に砕けて粉砕し、残ったカップだけがテーブルの上に落ちて転がる。


ーーいや、この場合、正確に表現すれば、この私によってカップは“破壊された”



「きゃあ!? リ、リルディア様っ!! お怪我は!?」



ローズロッテは慌てて私の手を心配するも、私はというと不気味なほどにこやかな笑顔で手の中の砕けた破片をテーブルの上にパラパラと落とす。



「ふふっ…………ローズ。“それ”は私がやるわ。自分の事は自分でやらないと駄目だといつも言われているのよ…………」



そんな私の豹変した様子に、ローズロッテは掛ける言葉を失ったのか口を開いたまま固まっている。私は自分の中で沸き上がる高揚感にクスクスと笑いながら、テーブルの上の壊れたカップの残骸を見つめる。



ーーあ~あ、ずっと『封印』してきたのに。お父様との“約束”をとうとう違えてしまったわね。怒られてしまうかしら?



「ああ、ごめんなさいね? 思わずカップを壊してしまったわ。これ高級品よね? お家の方に怒られてしまうかしら?」



にこやかに微笑みながら問う私の様子にローズロッテは動揺しつつも首を横に振る。



「い、いえ、だ、大丈夫ですわ。そ、そんなものいくらでもありますもの。壊れても全然構わないですわ。ええ、全く。それよりも代わりをお持ち致しましょうか? 何でしたらリルディア様がお気の済むまでいくつでも壊して頂いてもーーー」



そんな初めて見るローズロッテの動揺ぶりが思いの外楽しくてクスクスと笑っていると、ますますローズロッテの表情に焦りが見える。



「まあ? それではこの屋敷中の食器が全て無くなってしまうわよ? ーーふふっ、そんな事よりも、ねえ? ローズロッテ? 私、初めに自分が言った言葉を撤回するわ。


今更だけれど、私も貴女達の『計画』に一役買ってもいいかしら? 本来は私は他人を苛めるにしても一人でやる主義だけれど、どうやら貴女達の『計画』に乗っかった方が面白そうだから」



私のその言葉を聞くなりローズロッテは今までの動揺からパッと表情を明るくすると、私の両手をギュッと握り締める。



「ああ、勿論ですわ! リルディア様がご協力して下されば、この『計画』はより完璧なものになりますの。本当によくご決断下さいましたわ!


リルディア様がこういう事を好まないのは十分に分かってはおりましたが、実のところはどうしてもリルディア様のお力添えが欲しかったんですの。ですから本当に助かりましたわ!」



その言葉に私はフッと笑いながら、やや自嘲気味に答える。



「貴女達だけに泥を被せて私は高みの見物だなんて、そんな事は出来ないわ。事情を知ってしまった以上、既に私も共犯よ。『毒を食らわば皿まで』と言うじゃない。


貴女も知っているように私は『彼女』の様に優しい良い子の演技は出来ないの。それで性格が悪いと言われても仕方がないわ。だってそれが『私』なのだもの。私にとって『彼女』は今一番気に入らない女。この私を不快にする何より大嫌いな存在。だから自らの手で鉄槌を下す。


ーー所詮、私は“悪い魔女”ですものね。『悪役』が一番性に合っているのよ。ーーふふっ、本当。適役すぎて笑っちゃうわ」



すっかり開き直ってしまった私は母の言葉を思い出しそれを引用しながらも、まるで悪者が『悪巧み』を企みながらほくそ笑むように静かに微笑んでいると、すかさずローズロッテが私の腕に自分の腕を絡めて同じように微笑む。



「リルディア様? 最後に笑うのは魔女の方ですのよ? 主人公が笑う事などこの私がいる限り決してあり得ないと申し上げました事をお忘れにならないで? 無論、リルディア様は何もなさらないでよろしいの。ほんの少しだけご協力を頂ければ、後は働くのは私達だけで十分ですわ。


私、リルディア様には綺麗な『お人形』のままでいて頂きたいの。私の一番の“お気に入り”なのですもの。少したりとも汚したりなどしたくはないのですわ。


ですからリルディア様はいつものようにそのままでいらして? 私達にとってはあちらが『悪』。リルディア様の邪魔な存在など私がねじ伏せて差し上げますからね?」



本当に悪びれもなく満面の笑顔で微笑むローズロッテに、私は深いため息をつくと小さく肩を竦める。



「ーーローズ。貴女は私のお父様にどことなく似通った思考の持ち主だわ。ーーつくづく敵には回したくない人間ね」



するとローズロッテは私に絡めていた腕を外すと、ドレスの両裾をつまんで淑女の礼を取る。



「ふふっ、国王陛下に似ているだなんて、大変光栄至極ですわ。 ーーねえ? リルディア様? 私のリルディア様への忠誠心を示す為にも…………少しだけ、私の本心を申しますわ。


私がリルディア様の敵に回るなどと、そのような事はまずあり得ませんわ。リルディア様は私の一番の“お気に入り”であり大切な『ご友人』ですのよ? しかもリルディア様の側にいれば私も大いに“大成”できますし、良い事ずくめで正直、笑いが止まりません事よ? 無論、リルディア様にしても私が『必要』でしょう?」



ふわりと優しく微笑みながらもそんなローズロッテの口からは策略を含むような言葉が零れ出る。彼女がこのように自分の“本音”を他人に話す事など大変珍しい事だが、私はそんな彼女が“駆け引き重視”の人間だと分かっている事もあり、自分に対しての“損得勘定”発言をされても特に不快は感じない。



「…………ええ、そうね。正確に言えば、私達母娘はデコルデ侯爵家が『必要』よ。でもローズ? 私の側にいて貴女が大成するとは限らないわよ? 過大評価は時に“命取り”だわ」



そんな私の言葉にローズロッテは一瞬、驚いた顔を見せたものの直ぐにクスクスと笑い出す。



「ふふっ、リルディア様には本当に年齢詐称疑惑を持ってしまいますわ。実のところは私よりもずっと年上ではありませんの? とても御年12歳の御方のお言葉とも思えませんわ。ーーと、言うのは冗談ですけれど。今の発言は国王陛下からのご不興を買ってしまいますわね。どうかご内密のほど失言をお許し下さいませ。


それに過大評価とはご謙遜を。ーーそうですわね、リルディア様が男性であれば、我が侯爵家も考えたのかもしれませんが、リルディア様は女性であり、それも女性の中でも大変貴重価値のある『最上級の一級品』ですのよ?


リルディア様ならば、どこの国の王妃にも愛妾にもおなりになれるし、そうなればその国の権力などはリルディア様の思いのままーーーどう考えてもリルディア様側に付いた方が役得というもの。ですが、他の貴族の皆様方は愚かにもそれが分かりませんのよ?


高貴な血統だの家柄だのに(こだわ)って貴族のプライドを矜持しておりますけれど、たとえどんなに血筋や家柄が良くとも財力が枯渇して没落してしまえば下手をすれば市井の民達よりも元は貴族であった分、尚更惨めな生活を強いられますわ。


その点、我が父上は元より商業優先のお考えの御方。ですので我が侯爵家は上流階級に位置する貴族ではありますが、我が家に“利”をもたらす美味しい物件であれば、それが市井だろうと貴族だろうと、それに伴う血筋の良し悪しなど特に拘ってはいないのですわ。


私と致しましても我が父上のそのお考えには全く同意見ですの。だからこそ我が家はどこの貴族の家よりも

大成し繁栄しておりますもの。我が父上ながらその才には娘の私でも感服してしまいますわ」



私はそんなローズロッテを真っ直ぐに見据えた。



「ーーええ、そうね。そんな貴女も“商売人気質”よね。だからなのかしら? 貴女が普通のご令嬢とどこか違うのは…………だからこそ…………油断できない」



私の真顔の言葉にローズロッテはクスクスと笑いながらも、そんなお互い腹を割った話とは裏腹に何とも呑気な態度で私の頬をまた軽く引っ張る。



「ふふっ、ほら、また難しいお顔だわ? そこは笑って下さるところですわよ? 結論から申せば、私とリルディア様はそういう『関係』でよろしいのですわ。リルディア様は私の事が“お嫌い”でしょう? でも私の方はリルディア様が“大好き”ですわ。


ですので、これからもリルディア様とは私達親子共々、末長くお付き合いさせて頂きますので、どうか仲良くして下さいませね。そして私はこれからもずっとリルディア様の『味方』ですわ」



ローズロッテはニッコリと微笑みながら再び私の腕に自分の腕を絡めてくる。私はそんな無邪気に振る舞う彼女を見つめながらも首を傾げる。



「自分を嫌っている人間を『大好き』だなんてーー貴女、相当変わっているわ? お察しだろうけれど、私にとって貴女は『友人』ではなく『悪友』の位置にいるのよ?」



「うふふっ、それは大変光栄ですわね。『悪友』と呼べる者は世間でもそうそうおりませんのよ?『親友』などという在り来たりな存在よりも特別な存在で何より優越感がありますわ」



「…………本当、変わってる」



ぽつりと呟くとローズロッテは気を悪くするでもなく「よく言われますわ」と微笑みながら私の手を引いて意味もなく、その場をクルクルと回った。そんな彼女を見て今更ながらに思う。


ーー本当に何を考えているのかよく分からない人だわーーー




*****




「ーーそうか、リルディア王女が来ていたのか。直接お会いしたかったのだが、間の悪い事だ。お前もどうせなら夕食でもお誘いして引き留めておいてくれれば良いものを」



夕刻、出先から戻って来た父に本日の出来事を報告する。



「初めはそのつもりでしたわ。ですから私もあの手この手でリルディア様をお引き留めしておりましたのよ? ですがリルディア様が仰るには国王陛下は最近神経質におなりなので、早くお帰りにならないと、ご自分が城から出して貰えなくなると仰るので諦めましたの。それにリルディア様が外出を禁じられては、父上にしてもお困りでしょう?」



「ーーああ、そうだな。陛下もこの度の『一件』では、精神面が特に不安定であったから、尚更、リルディア王女に対して神経質になっているのだろうな。本当にあの王女の影響力は国内外問わず末恐ろしい事よ」



そう言う父はいつもの事ではあるものの、私の方には全く視線を向けずに書斎の机の上に溜まっている書類に目を通し続けたまま口を開く。



「ーーそれで、首尾の方はどうなんだ?」



そんな父の問いに私はクスッと小声で笑う。



「ふふっ、勿論、抜かりは有りませんわ。リルディア様は私達のサプライズに大層ご満足されて、父上のお気遣いにも大変感謝していると申されていましたのよ?」



それを聞いた父はやはり書類から視線は外さないものの、その口許は笑っている。



「ククッ、あの我儘王女からそのような感謝の言葉を頂けるとは大変光栄な事だな。それに王女も随分と我等に打ち解けたものだ。


これも全てはお前のおかげだ、ローズ。目先にしか“利”を見ない他の貴族共はフォルセナ側ばかりを推してはいるが、この国で一番“懐柔”すべきはあの第四王女だというのに。その第四王女が市井の血を引いているというだけで、貴族のプライドから敬遠するとは愚かな事よ。だから奴等には商才が乏しいというのだ。目の前にある最も価値ある『宝箱』を見逃しているのだからな。


ーーそれにしても、お前の人心を操る才は本当に大したものだ。特に第四王女に関しては取り扱いが危険かつ困難な非常に難しい相手であるのに、それをお前は意とも簡単に王女の『親友』の座を手に入れるなどと、我が娘ながら賞賛に値する。この私でさえも頭が下がるぞ?」



私はそんな父の言葉を否定する。



「父上?それは少し違いますわよ?」



そこで初めて父がこちらに視線を向ける。



「違う?」



「ええ、私はリルディア様の『ご親友』ではありませんの。敢えて言うなら『悪友』なのですって。ーーうふふ、とっても素敵な響きでしょう?『親友』などという言葉よりもずっと親近感が持てますわ。私、それを聞いた時はもう嬉しくて、リルディア様が可愛くて可愛くて仕方がありませんの」



そう言いながらクスクスと可笑しそうに笑う私を見て、父は眉間に皺を寄せ珍妙なものでも見るような表情でこちらを見ている。



「ーーまあ、『親友』も『悪友』も自分にとっての身近の存在としては大した違いはないだろうが『悪友』と言われて喜ぶお前のその感覚が分からん。お前がリルディア王女を格別に気に入っているのは、端から見ていても分かるのだがなーーー」



私は父から確認し終えた書類を受け取ると、いつものように書類の分類の整理を手伝いながら互いに言葉を交わす。



「ええ、リルディア様は私の一番の“お気に入り”でしてよ? それに外見は勿論の事、その中身も大変、魅力的な御方ですの。あの御方は無垢な子供の純粋さと、それでいて大人顔負けの結構、鋭い洞察力を兼ね備えてお持ちですのよ? 12歳の子供だと思って甘く見ようものなら忽ち、喰われてしまうのは自分達の方ですわ。


しかも父上ーー私、本日、身を持って体感したのですけれど、リルディア様は“本気”で怒らせると、大変怖い御方ですわよ? そうとは知らず、私、『計画』の為に、リルディア様を散々煽ってしまったのですけれど、あのリルディア様のお怒りになられた状態は私でも身震い致しましたわ。その身に纏う殺気もただならない上、あの御方は一度開き直ると手が付けられないという感じを受けました。


それでも今日はまだ幾分感情を制御されていたようで、カップが一つ壊れた程度で大事には至らなかったのですが、リルディア様が“本気”でお怒りになれば何をなされるのか全く想像もつかないですわ。


無論、リルディア様を溺愛されている国王陛下も黙ってはおられないでしょうし、リルディア様のご意志一つで国が動くというのも道理ですわね。下手をすれば容易く戦にもなりますわよ」



そんな私の言葉を聞いて父は苦笑いを浮かべる。



「ーーだから言っただろう? リルディア王女は取り扱いが非常に難しく危険なのだと。王女は外見では全く陛下には似てはいないものの、その中身は陛下の気性をそのまま受け継いでおられる。


言うなればリルディア王女は陛下本人だと思って差し支えない。ひと度“本気”で怒らせれば常識も道理も関係なく自分の感情のままに全て一掃される。しかもリルディア王女の場合は必ずあの父王が動くのでそれが『二人』になるというわけだ。


それでもまだ陛下の愛妾で王女の母親でもあるエルヴィラが二人の抑え役になってはいるが、あの二人を完全に抑えられるかといえば難しいところだな。


だからお前もくれぐれもリルディア王女の扱いには気を付けるのだぞ? 取り扱いを一歩間違えば、我等にも多大な被害が及ぶからな」



ーー我が国の国王の事は父が昔からもっとも神経を遣い唯一、警戒している相手である。そんな国王の分身であるという第四王女の身近にいる自分も父同様に気を付けなければと、それを踏まえた上で頷く。



「ええ、肝に命じて今後は気を付けますわ。ーーですが父上、吉報がありますわ。散々煽った甲斐はありましてよ? 結果は上々。リルディア様はご承諾されましたわよ? ですから今度の『奉納祭』ではリルディア様が『祝福の聖乙女』達の代表として儀式で歌われますわ」



するとそれを聞いた父は手に持っていた書類を直ぐに置いて、私の隣に移動してくる。



「それは本当か!? でかした!! ローズ!! さすがは我が娘だ! この度の『一件』で気分を害した第四王女が『奉納祭』には一切、参加しないと言われた時にはどうなる事かと案じていたが、よくあの頑なな王女を説得出来たものだ。しかも王女は昔とは違って、今では滅多に人前で歌う事は無いからな。これはかなり希少だぞ?


ーーフッ、お前は本当に女にしておくには惜しいくらい大変優秀な人材だな」



そんは父は顔に満面の笑みを浮かべて喜びながら私の肩を抱いて自分の方へと引き寄せる。



「ふふっ、たとえ家督を継げない女ではあっても、その影でお役には立ちましてよ? ーー今回の私達の『計画』は思った以上に順調でしたわね? 父上が国王陛下にジェノーデン公の婚姻話を持ちかけた事で、面白いくらいに事態が我等に有利な展開に転んでおりますもの。


本当にプリンヴェルのアリシア嬢には、感謝しきれませんわよ。ご自分の意図は無いにしろ、リルディア様のご心情をこれでもかというくらい散々と害して頂いたのですから。


ーーふふっ、あの令嬢がお慕いしているクラウス様の妻になれる幸せな夢から、いっきに奈落の底へと突き落とされる気分はどれほどなのかしら? 聖人君子様の今のご心境を是非お伺いしてみたいものですわね」



持っている書類で口許を隠しながら私が小さく笑っていると、父がそんな私を目を細めて見つめる。



「ーー本当にお前は特に嫌っている人間には全く容赦のないヤツだな。しかも女だけに考える事が陰湿で本当に性格の悪いヤツだ」



「まあ! 酷い仰り様。父上の娘ですもの。性格が悪いのは親譲りですわ。しかも貴族社会に身を置いている以上、お綺麗なままではたちどころに猛獣達に喰われてしまうと、そう教育なさったのは他ならぬ父上ですわよ?」



わざとらしく頬を膨らませて拗ねる素振りを見せると、そんな父は笑いながら私の頭を撫でる。



「フフフッ、その通りだ。野性動物達と同じく人間社会も然り『弱肉強食』弱いものが強いものに喰われるは自然淘汰でもある。だからこそ、我がデコルデ家が代々繁栄し続けているのだ。


そしてお前は我がデコルデ家の意思を唯一継ぐ者。お前があのプリンヴェルの令嬢の様ならまさに次代でデコルデ家が衰退してしまうわ。


ーーけれどこれでリルディア王女を我等側に引き入れやすくはなったな。あのジェノーデン公やプリンヴェルの者達に、まだ世間知らずの無垢な王女に自分達の都合の良いように色々と洗脳されては大いに困るからな」



「ーーうふふ、ご心配には及びませんわ。私は強者の方ですもの。それにリルディア様には私が付いておりますのよ? そんな事にはなり得ませんわ。しかもリルディア様は我等と同類で、正義感を振りかざして善を唱えるような偽善者は何より嫌悪しておりますの。


ジェノーデン公はともかくとしてもプリンヴェルの令嬢などはリルディア様にしてみれば最も嫌悪する存在。リルディア様もご自分でも仰られてはおりますけれど、中々に良いご性分をお持ちですのよ? 父上も国王陛下の事をよくご存知でしょうからそれはお分かりになりますでしょう?


それに我がデコルデ家にはセルリアの王家が付いておりますもの。いざとなればセルリアが我等の盾になって下さいますわ」



すると父はニヤリと口角を上げて不敵に微笑む。



「ククッーー全ては我が手の内で転がっているとは、さすがにあの聡明な陛下でさえもお分かりにはなりますまい。


ーー元より、リルディア王女とセルリアの王太子を引き合わせたのも、誰も知り得ぬ私とセルリアの国王の

内々の計略だったのだからな。しかもあれだけの麗しい王太子だ。リルディア王女とて惚れないわけがない。


ーーとはいっても、王女はまだ幼い子供ゆえに少々心配でもあったのだが、そこは幼くても『女』だな。女の面食いは老若関係なく言わずと知れた事で我が心配も杞憂ではあったのだがな」



そう言いながら如何にも人相の悪い笑みを浮かべている父を見て、私は小さく息をつく。



「本当に我が父上の腹黒さも相当ですわね。私の性格の悪さなど可愛いものですわよ。ーーですが、これでますます“仕事”がやりやすくなりましたわね?


…………まあ、今回我が弟に関しては、皮肉にもあの令嬢に振られた事をこちらの好都合で利用させて貰い、しかも少々不名誉な恥を晒すことにはなりましたがーーー」



すると父は大きなため息と共に呆れたような表情を浮かべて首を横に振る。



「オーランドの事は気にせずともよい。本当に我が愚息にも困ったものだ。アレは我が一族の本家嫡男でありながら気弱な上に思慮が浅く判断力にも欠けていて、しかも馬鹿が付くほど出来が悪い。


ーーまあ、母親が必要以上に甘やかし過ぎたせいもあるが、だからと言って遊びならともかく、あんな何の“利”にもならん価値のない小娘に本気で入れあげた挙げ句、しかも振られた上での傷心旅行などと呆れて物も言えん。あの馬鹿息子は我が侯爵家一族の面汚しをするつもりか? 少しは優秀な姉を見習って人心術や商才を身につけろというのだ。


はあ…………本当に、どうしてお前が“男”ではないのだろうな? オーランドしかいないとはいえ、アレに家督を継がせるのは不安要素があり過ぎて、今から考えるだけでも頭が痛いぞ…………」



そう言って侯爵家の行く末を悲嘆する父を慰める為に私はその背中を労るようにそっと(さす)る。



「父上、それでしたらもう一人、息子をお作りになられては如何? 母上もギリギリではありますが、頑張ればもう一人くらい産めますわよ。もしくはいっその事“外”でお作りになるとか。私は腹違いの弟妹が出来ても一向に構いませんのよ?」



そんな私の提案に父は深いため息と共に首をゆっくりと横に振る。



「ーーローズよ。私はこう見えても愛妻家だ。だからといって女遊びをやめるつもりはないが、たとえ家督を継がせる為とはいえ余程の事がない限りは妻以外の女との間に子を設けるつもりはない。


ーーだが、そうだな。お前の言う通り、妻にはもう一人、頑張ってもらうか。旅行先から戻って来たら相談する事にしよう…………」



「ーーうふふ、ええ、是非そうなさいませ。私にも新たな弟妹が出来るのは楽しみですわ。


ーーですが、父上? そんなにご心配なさらずとも大丈夫ですわよ? たとえ我が弟オーランドの出来が悪くとも、この私が付いておりますもの。ですから表向きはオーランドが家督を継いで、その裏方では私が侯爵家に関わる全てを管理致しますわ。それでしたら私が女であっても問題はありませんでしょう?」



そんな私の言葉を聞いて父は目を細めると表情を緩めてフッと笑う。



「本当にお前はよく出来た自慢の娘だ。しかも私の仕事の最高のパートナーでもある。ーーフフッ、お前もリルディア王女の事は言えないぞ? とても15歳とは思えぬくらい賢いヤツだ。お前に任せていれば我がデコルデ侯爵家も安泰だな。私もそれを聞いて安心出来る」



父にギュッと抱き締められて私もニッコリと微笑む。



「お任せください。父上のご期待に添うように私、我が侯爵家の為にも尽力を尽くしますわ。ーーところで、父上はこれからどうなさるのです? 『奉納祭』まではもうひと月もありませんわよ?」



すると父は急に思い出したかのように行動に移す。



「おお! そうであった! 今回の『奉納祭』ではお前のおかげで、今までに類を見ないほどに商売が上手く成り立つぞ? 何と言ってもあの第四王女の母親の『二つ名』でもある『夜光の歌姫』の名を継ぐリルディア王女が歌うとなれば、国内外からも沢山の人間が集まってきて多額の金を落としていくからな。


ーーいや、まてよ? 王女が歌うとなれば、上手く話を持っていけば、母親も歌うかもしれんな。こうしてはいられない、直ぐに準備をさせなければーーー」



父は言うなり、早急に出掛ける支度を始める。



「父上? 戻られたばかりなのにまたお出かけになられるのですか?」



私が声を掛けると父は忙しなく動きながらも返事は返ってきた。



「ーーああ、少し店舗の方にな。あまり遅くならない内に戻るつもりではいるが、ここにあるまだ目を通していない書類の方は、お前の分かる範囲で分類して重要なものだけを纏めて置いてくれないか?」



「畏まりました。ですがせめて軽くお食事を取られてから、お出かけになられては?」



「いや、今日は外食で簡単に済ませるからいい。そんな事よりも商談の方が先だ。金の動きというものは常に流動しているものだからな。“善は急げ”に越したことはない。ーーでは、行ってくる」



「ーーはい。お気をつけて。行ってらっしゃいませ」



慌ただしく部屋を出て行く父の後ろ姿を見送った後、私は早速父から頼まれた書類の整理をおこなう為に父の書斎の机の椅子に腰掛ける。そして書類に軽く目を通しながらもその頭の中では自分の大切な『友人』の事を考えていた。しかもそうしていると、自然に小さく笑いが込み上げてきて口許に溢れてくる。



「ーー『奉納祭』が今から楽しみですわね。リルディア様のお美しい歌姫姿が目に浮かぶようですわ。そして、そのお隣に並び立つのはーーやはり、セルリアの美しい王太子様。


ふふっーーリルディア様、ごめんなさいね? ーー私、実は気付いているのですわ? 貴女がどなたを想っていらっしゃるのかを…………


ですから本当は『友人』としてでは、リルディア様のその『恋』を応援して差し上げたいのですけれど『悪友』と致しましては、応援するそのお相手はセルリアのユーリウス王太子様限定とさせて頂きますわ。


リルディア様には我が侯爵家の未来の為にもどうしても『セルリアの王妃』になって頂かなくてはなりませんもの。それにその方がリルディア様もお幸せになれますわ。


ーーですからリルディア様のその淡い『恋心』の芽は大変心苦しくはありますけれど、まだご自覚をされてはおられない内に潰させて頂きますわね?


我が国ではかろうじて親類同士の婚姻は認可されてはおりますけれど、それでもやはり…………ご自分の叔父上に想いを抱くなど不毛な恋心ですわよ? 幼い頃より傍にいるリルディア様が惹かれてしまうのも無理はないくらい大変魅力的な殿方ではありますけれど…………


察せずとも失恋確実である“不毛な恋愛”に苦しまれるくらいなら、“実りある恋愛”に喜びを見出すべきですわ。女は自ら愛するよりも愛される方が幸せになりますもの。


ーーですが、私個人の趣向と致しましては叔父と姪の“禁断の恋愛”も物語的には大いに『有り』なのですけれど。しかし実に残念な事にこちらは現実ーー夢を見て良いのは物語の中だけなのですわ。


ーー『初恋』という初めて抱く淡く切ない想いは、ほぼ確実に成就はしないものであると昔から言い伝えられておりますのよ? ご存知?………………リルディア様」






【16ー終】



































































































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