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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
第二章 【三年前】
39/78

【9】『悪友』と『私』【2】

【15】




「………あの、リルディア(さま)? やはりお()()しませんか?」



(わたし)(しば)しの沈黙(ちんもく)に、ローズロッテが心配(しんぱい)そうに(うかが)いを()ててくる。そんな私は周囲(しゅうい)をぐるりと()(まわ)しながら、その光景(こうけい)呆気(あっけ)()られるばかりだ。



「………ローズ」



「は、はい?」



私がぼそりと彼女(かのじょ)愛称(あいしょう)(つぶや)くので、ローズロッテは私の反応(はんのう)を伺うべく(おそ)る恐る返事(へんじ)をする。


私はそんな彼女の(かお)をジッと見つめると両手(りょうて)のひらを()わせてパンと一回(いっかい)()()らした。その(おと)にローズロッテは(おどろ)いて一歩(いっぽ)(あと)ずさるも、私は自分(じぶん)()(にぎ)()めたまま、(あた)りをキョロキョロと見回す。


そしてーーー



「すっご~い!!(なに)これ!? やだ、(ちょう)(たの)しい!!」



それは私の冒険心(ぼうけんしん)(おお)いに(あお)った(ため)気分(きぶん)一気(いっき)(さい)浮上(ふじょう)子供(こども)のようにはしゃぎまくる。(いや、だってまだ子供だから)


彼女が私の為に用意(ようい)したというその(にわ)はとても異様(いよう)雰囲気(ふんいき)(つつ)まれていた。そしてそんな私の反応にホッとしたのかローズロッテは(むね)()(おろ)ろすかのように(ちい)さく(いき)()くと、ニコニコと笑いながら私の(うで)に自分の腕を回してくる。



「ーーはあ、よかったですわ。お気に召して頂けましたのね? 実は少しだけ不安(ふあん)でしたの。リルディア様が(きゅう)沈黙(ちんもく)なさるものですから。


でも今回は本当(ほんとう)自信作(じしんさく)ですのよ? それもリルディア様がお部屋に(こも)られていらした時から、少しずつ準備(じゅんび)をしていたのですわ。ご気分のすぐれないリルディア様に少しでも楽しんで(いただ)こうと思いまして」



それを聞いて、私はユーリウス王子のサプライズを思い出す。



「ーーねえ、それってもしかして母様(かあさま)協力(きょうりょく)してる?」



こんな()(つづ)けの庭のサプライズなどとは、もしやまた母様が?とも思ったが、どうやら(ちが)うようだ。



「母様? ああ、リルディア様のお母上(ははうえ)の事ですわね? いいえ、違いますわ。ーー(じつ)()父上(ちちうえ)提案(ていあん)でしたの。リルディア様が早くお元気(げんき)になられるようにいつもとは違うお庭での茶会(ちゃかい)をしては? と(もう)されたのですわ。ですから私の協力者は父上ですの。


我が父上も本当にリルディア様の事を心配しておりましたのよ? ですが中々(なかなか)面会(めんかい)(かな)いませんでしたので、この(たび)、リルディア様を我が屋敷(やしき)にご招待(しょうたい)しようと計画(けいかく)(いた)したのですわ。


ですから本来(ほんらい)ならば我が父上もリルディア様にご挨拶申し上げる予定(よてい)ではあったのですが、本日(ほんじつ)生憎(あいにく)仕事(しごと)留守(るす)にしておりまして本当に申し訳ありませんわ」



それを聞いてなるほど、と納得(なっとく)する。どうやら侯爵(こうしゃく)はユーリウス王子(おうじ)の今回のサプライズをどこからか聞きつけて早速(さっそく)私のご機嫌(きげん)取りに(うご)いたのだろう。


でなければ、こんな常識(じょうしき)(はず)れの奇特(きとく)格好(かっこう)や異様な庭を作る事など、大貴族である侯爵がいくら愛娘(まなむすめ)のお(ねが)いであっても許可(きょか)などするわけがない。しかもこのような大掛かりな庭を作るのだから、かなりのお(かね)と人手がかかっているのは目に見えて(あき)らかだ。



「ローズロッテ、私の為にありがとう。このお庭もすごく気に入ったわ。しかもこんなに楽しいお庭は初めてよ。貴女のお父上には今度お会いした時に(あらた)めてお(れい)申し上げるけれど、私がそのお気遣いに大変感謝(かんしゃ)していたとお父上に申し上げておいてもらえないかしら?」



私の言葉にローズロッテは満面の笑みで頷く。



「ええ、リルディア様に喜んで頂けて父上もきっとお喜びになりますわ! リルディア様がお元気になられて本当によかった」



…………分からない。



私はこんなローズロッテを見ていて思う事がある。ローズロッテは何故かいつも私にだけ、こうして(ひと)(なつ)っこく腕を回してくっついてきたり、お人形のように着飾らせてみたり、他のご令嬢とは出来ないような遊びを私に誘って来たりと、このように私を自分の屋敷にもよく招待してくる。


それは私が父王(ちちおう)溺愛(できあい)されている王女で、自分の父親が懇意(こんい)にしている利用(りよう)価値(かち)のある人間だから私を『特別(とくべつ)()』しているのは()かってはいるが、そんな貴族の“利”とは別に彼女から特に(した)しみを()たれている気がする。


それは彼女の他の令嬢と私への(あつか)いが違うせいもあるが、彼女はそんな私の事を『親しい友人』だとも言っている。私にしてみれば、お(たが)い“利”で(つな)がっているだけで、ローズロッテの事は趣味(しゅみ)性格(せいかく)も合わないし、本当の『友人』とも思ってはいない。()えて言うなれば『悪友(あくゆう)』である。


事実(じじつ)、私が自分の気に入らない人間を(いじ)める時には、彼女が私側にいて一緒に参戦(さんせん)してきたり、(とき)には私の知らない(ところ)で私をよく思わない令嬢達に意地悪をしていたりと、


貴族の間ではデコルデ侯爵令嬢は第四(だいよん)王女(おうじょ)腰巾着(こしぎんちゃく)と言われているが、私はそんな彼女に苛めの依頼(いらい)をした事などは一度(いちど)も無い。全て彼女が勝手(かって)(うご)いているだけなのだが、周囲は私とローズロッテが『親友(しんゆう)』だと思っている。


けれど確かに私も貴族のご令嬢達の中で一番親しくしているのはこのローズロッテだけで、彼女を信用していないからこそ素で付き合える。そんな私達はある意味性格の良くない者同士、親友に類似(るいじ)した『類友(るいとも)』なのかもしれない。



「それにしてもこれ本当にすごいわね。まるで物語(ものがたり)に出てくる『魔女(まじょ)(もり)』みたい」



私が感嘆(かんたん)するとローズロッテは小さく拍手(はくしゅ)をする。



「さすがはリルディア様。まさにお庭の題目(だいもく)は『魔女の森』ですの。しかも不気味(ぶきみ)さと可愛(かわい)さを(かね)(そな)えてみましたわ。まるで物語のお話の中にいるみたいでしょう?」



そんな彼女が披露(ひろう)する侯爵家の庭はあり得ないほどに様相(ようそう)()わっていた。


それは迷路(めいろ)(ごと)樹木(じゅもく)()(しげ)るように設置(せっち)され、更に劇場(げきじょう)のお芝居(しばい)使(つか)うような細部(さいぶ)まで丁寧(ていねい)()がかれた情景(じょうけい)()の大きな(いた)(いく)つも綺麗(きれい)(なら)べられており、(ちか)くの噴水(ふんすい)では薄赤い水が()き出していて、そこから葡萄(ぶどう)の良い(かお)りが( ただよ)っている。


そして何とも奇怪(きっかい)なのは生い繁る草木(くさき)の中のあらゆる所に、勿論作り物ではあるが(とり)の羽が生えた黒い鹿(しか)や玉のようにまん丸に(ふく)らんだ栗鼠(りす)。長い睫毛(まつげ)がやけに印象(いんしょう)(てき)なつぶらな目の灰色(はいいろ)兎など、


到底(とうてい)現実(げんじつ)には存在(そんざい)し得ない動物達が置かれていて、更に人の(かたち)をした石膏(せっこう)(ぞう)までもが無造作(むぞうさ)(なら)べられており、コンセプトのまるで分からない光景(こうけい)だ。



「………確かにこの格好じゃないとお庭の雰囲気には合わないわね。ーーうん、納得した」



私は頷きつつもローズロッテと(とも)に庭に設置されているテーブルまで歩きながら(あた)りを観察(かんさつ)する。



「だけど貴女がこんなに想像力の(ゆた)かな発想(はっそう)を持っている人だったなんて知らなかった。貴方のサプライズは私のお父様以上よ? 侯爵令嬢の意外な一面(いちめん)を見たわ」



そんな感嘆(かんたん)する私の隣でローズロッテがクスクスと笑う。



「ふふっ、残念(ざんねん)ですけれど、これは私の発想ではありませんの。私の愛読書(あいどくしょ)双子(ふたご)の魔女が出てくるお話に(ちな)んでいるのですわ」



それを聞いた私はその“双子の魔女”という言葉に大いに心当たりがある。



「………それって、まさか、今、市井で出回っている『規制本(きせいぼん)』じゃないわよね?」



そんな私の言葉にローズロッテの瞳が(たちま)ち、キラキラと(かがや)いた。



「まあ! リルディア様もご存知(ぞんじ)でいらしたのね? そうですわ。今、市井で大変人気(にんき)のある、あの『本』ですわ! ふふっ、でもまさかリルディア様もあの『本』の愛読者だなんて、私達は本当に気が合いますわね!」



ーーいや、愛読者違うから。そして、やっぱりか!



私は慌てて首を横に振る。



「ち、違うわ。 私は『本』自体(じたい)を読んだ事は一度も無いわ。ただ内容(ないよう)を何となく聞いていたから知っているだけよ。それにその『本』は大人しか購入(こうにゅう)出来ない規制本でしょう? 内容だってローズのような上流貴族の深窓(しんそう)ご令嬢が愛読するようなものでは無いはずよ?」



するとローズロッテは意地悪っぽい笑みを浮かべながら小首を傾げる仕草(しぐさ)をする。



「私は市井の流行(りゅうこう)にも寛大だと申し上げましたでしょう? 世の中の情報は(はば)(ひろ)知識(ちしき)を持っていて(そん)は有りませんことよ? それに私などよりも全ての上流貴族の頂点(ちょうてん)であらせられる“深窓の王女様”がお読みになっていらっしゃるのですもの。そんな些細(ささい)な事など(よろ)しいではありませんか」



「だから、読んではいないんだってば。本当に内容を少しだけ聞き(およ)んでいただけなのよ。だって無礼(ぶれい)でしょう? あの『本』は私達王家(おうけ)の人間を題材(だいざい)にしているのよ? 私と母様が“双子の性悪魔女”だなんて………否定(ひてい)出来ないだけに面白くないわ。しかも主人公(しゅじんこう)だって胸糞(むなくそ)(わる)いったらないわよ。全く何なのよアレはーーー」



母の話を思い出して、不機嫌そうな表情を浮かべる私とは対照(たいしょう)(てき)にローズロッテは声を(おさ)えながらも笑いが止まらないようだ。



「ぷ、くっーーリルディア様。本当になんてお可愛らしいのかしら? 確かに信じられないような主人公ですものね。あれではどちらが悪者なのか分かりませんもの。


でもどちらかと言うとリルディア様のーーいえ、双子の魔女の妹の展開(てんかい)が面白くなってきていますでしょう? 私、今から楽しみで仕方(しかた)ないのですわ。リルディア様ーーいえ、魔女の妹がどちらの殿方を選ばれるのか。


私と致しましては美しい王子様も良いのですけれど、強引(ごういん)積極(せっきょく)(てき)な王太子様の方をお(すす)め致しますわ。(わたくし)個人(こじん)(この)みの男性(だんせい)のタイプはそういう殿方が好みなんですの。ーーふふっ、それに略奪(りゃくだつ)(あい)なんて(あこが)れますわ。素敵(すてき)ですわよね~」



まるで(ゆめ)見る乙女(おとめ)のように、うっとりと(とお)くを見つめるローズロッテを見ながら私は小さく肩を竦める。



「………ローズ。 現実はそんなに(あま)くはないと聞くわ。物語と言うのはあくまで主人公が主役(しゅやく)でしょう? 所詮(しょせん)、魔女なんてものは主人公の存在を引き立たせる為の脇役(わきやく)にしか過ぎないのよ?


確かに私もあの展開は気になるところだけど、でもやっぱり最後には主人公がお決まりのそれ見たことか!と言わんばかりの展開になるんじゃない? しかも貴女が良いと言う王太子だって、あの第一王女のイルミナ姉様(ねえさま)参考(さんこう)にしているのよ? 私が妹魔女なら絶対()んでもイルミナ姉様は無いわ。毎日(まいにち)姉様にいたぶられて(よろこ)自虐(じぎゃく)趣味(しゅみ)なんて持ち合わせてなどいないわよ。


それに強引で積極的な男なんて面倒(めんどう)くさいだけじゃない。 それなら大人しくて(やさ)しい方が懐柔(かいじゅう)しやすいと貴族のご婦人(ふじん)達も話していたわ」



私の言葉に今度はローズロッテの方が小さく肩を竦める。



「リルディア様? それはそれ、これはこれ、ですわよ? (おっと)恋人(こいびと)は違いますわ。勿論、夫にするならば、大人(おとな)しい方が何より理想的ですもの。ですが恋人にするならば、積極的な方が恋愛(れんあい)刺激的(しげきてき)で面白いですわ。特に私達のような貴族社会ではそんな使い分けも当たり前ですもの。リルディア様も今は分からずともいずれ自然(しぜん)とお分かりになりますわ」



私はその言葉に首を傾げる。



「それはどうかしら? 私には夫と恋人が別だなんて考えられないわ。私は一人だけで十分(じゅうぶん)よ。人間関係も面倒くさいし、多方(たほう)(めん)に心を分けるほどの器用(きよう)さなんて持ってはいないもの」



そんな私の反応にローズロッテはふわりと優しい笑顔を向ける。



「ーーリルディア様に愛される殿方はきっと誰よりも幸福者(しあわせもの)ですわね。………本当にリルディア様はご自分に正直(しょうじき)で真っ直ぐで、貴族社会には全くそぐわない綺麗な御方。それはまるでいつまでも変わらない(けが)れさえも知らない美しい『お人形』のよう。


………私とは大違いですのね。ですが、綺麗であればあるほど一度(よご)れてしまえば忽ち真っ黒に()まってしまうのですわ。だからこそ汚してしまいたくなるーーー


………そうですわね。 例えば真っ白な(あたら)しいシーツを(どろ)で真っ黒にするとかーーー」



意味深(いみしん)な視線で、それでも優しい笑顔を向けてくるローズロッテに思わず身を引いてしまう。



「ち、ちょっと、ローズ? その笑顔、なんか(こわ)いから。 それに(もの)()いも何だか物騒(ぶっそう)に聞こえるわよ? しかも私が綺麗? 外見ではなく中身での意味なら、世間で我儘(わがまま)王女と呼ばれているのにそれは有り得ないでしょう? 私の意地悪だって貴族内からも定評(ていひょう)されているのは、貴女も一緒にやっているのだから知っているじゃないの。


ーーそれと、そのシーツの例え、私、既に実証(じっしょう)しているわ。だから貴女のその気持ちは分かるわよ? ーーそうね、あの時はすごく退屈(たいくつ)で面白くなくて、たまたま日干(ひぼ)ししてあった真っ白なシーツを見たら何だかに無性(むしょう)に汚したくなって、泥では無かったけれど墨汁(ぼくじゅう)()()いてやったのよね。(あと)でお父様から何故(なぜ)かすごく()められたわ。なんでもその似顔絵(にがおえ)独創的(どくそうてき)で面白かったのですって」




*****




そう、思い起こせばーーあの時は城から脱出(だっしゅつ)して一人で城下に行った罰で(しばら)く城の外には一切(いっさい)出してもらえず、毎日(まいにち)が退屈で面白くなかったので、仕方なく城内をぶらぶらと散策(さんさく)していた時に、


(あら)()のある庭に日干ししてあった沢山の真っ白なシーツが目に入って、それらが(かぜ)でヒラヒラしているのを見たら何となくイラッとして、部屋に墨汁と(ふで)を取りに戻ると、誰も()ない(すき)(ねら)って、その真っ白なシーツに(ちち)(はは)騎士団(きしだん)隊長(たいちょう)(たち)など、知っている限りの人物の似顔絵を描いた。


その内、洗い場の侍女(じじょ)達が戻って来たので見つからないように急いで部屋に戻ったのだが、何故だろうか? 私の仕業(しわざ)を誰にも見られてはいない(はず)なのに、()ぐに父や母に私がシーツを汚した犯人(はんにん)だと気付かれてしまい、母からは(しか)られたが、


父からは私には“絵の才能(さいのう)”があると言われ、『あんな独創的な似顔絵を描けるのはお前しかいない』と大いに誉められ、しかもその私の力作(りきさく)?のシーツの絵を城の(みな)(あつ)めて披露(ひろう)までされた。


そしてそのシーツを見た者達は皆、やはり何故か大いにウケて大笑いの(うず)が起こり、特にヴァンデル第一騎士団隊長などは自分が描かれた似顔絵を複雑(ふくざつ)な表情で見つめながら、



「………これが(おれ)か? 陛下(へいか)の絵よりも人間の形すらしていないぞ? しかも目玉(めだま)()び出しているし、そこから稲妻(いなずま)がでている………これが俺なのか?………これが俺?」



いつもの強面(こわもて)(おどろ)きを(かく)せない表情で言葉を(うしな)うヴァンデル隊長に父が大声で爆笑(ばくしょう)する。



「うははははっつ、グレッグ! この絵はお前の“特徴(とくちょう)”をよく(とら)えているではないか。お前は目も大きいし、その目で(にら)まれたら、まるで稲妻が出ている様だと周りから聞いた事があるぞ? 我が娘ながら、なんと絵心(えごころ)のある素晴(すば)らしい出来ではないか!


おお、そうだ! この絵をこの大広間(おおひろま)(かざ)ってはどうだろう? その辺のつまらない絵画(かいが)よりもずっと面白くて素晴らしいだろう?」



それを聞いたヴァンデル隊長はげんなりとした様子で口を開く。



「………それだけはやめてくれ。貴方には面白いかもしれんが、俺は『これ』を見る度に確実に戦意(せんい)喪失(そうしつ)する…………」



「なんだ?これは我が娘の傑作(けっさく)なのだぞ? 失礼(しつれい)なヤツだな、ははははっ」



大笑いの父とは正反対(せいはんたい)(ひたい)()さえて、その大きな()を丸めてガックリと肩を落とすヴァンデル隊長の姿がその時は、やけに印象(いんしょう)(のこ)った。


あのヴァンデル隊長の似顔絵は描いている内に次第(しだい)に面白くなっきて、その場のノリと(いきお)いで描いたのだが、あの時のヴァンデル隊長の様子を思い出すと、せめて人形ひとがたに描くべきだったと今更ではあるが思ってしまう。


ーー結局(けっきょく)、その私の傑作?の絵を大広間に飾るという父の案は、ヴァンデル隊長は勿論、母や周囲からの(もう)反対にあったので無論(むろん)却下(きゃっか)されたのだがーーー




*****




私の話を聞いていたローズロッテは自分の腕を私の腕に回し、私の肩に顔を隠す様にしながら自分の肩を(ふる)わせて声を押し殺して笑っている。



「ぷっ、ぷぷっ、リルディア様ったら、本当に楽しい御方ですわね。私も今度是非(ぜひ)、リルディア様に私の似顔絵を描いて頂きたいですわ。ああ、私の父上の似顔絵もお願い致しますわ。そしてリルディア様の傑作を是非とも拝見(はいけん)させて下さいませ。


それにしても、まさか『例え』で申し上げました事が、すでに実証されていらっしゃっただなんて驚きましたわ。さすがはリルディア様ですわね。


ーーねえ? リルディア様? 私、本当にリルディアが大好きですのよ? ですからリルディア様はこれからも私の一番の美しい『お人形』でいて下さいね? 私、自分のお気に入りのお人形はとても大事にしておりますのよ?


先ほどは綺麗なものほど汚したくなると申しましたが、それが自分のものであればお話は『別』でしてよ。自分のものであれば逆に決して汚れない様、常に綺麗な状態にしておきたいのですわ」



彼女の言葉に私は、ああ、と納得する。彼女の趣味は人形やぬいぐるみ集めで特に自分のお気に入りの人形は自分以外の誰にも()れさせず、更に自分とお揃いのドレスをあつらえて着せ、常に自分の(そば)に置いて、まるで生きている人間を相手(あいて)にするかのように人形に話し掛けたりと、とても大事にしている。


だから彼女が私を『お人形』と比喩(ひゆ)するのは、私も彼女の今現在のお気に入りの『お人形』のようなものなのだろう。その感覚(かんかく)は私にはよく分からないのだけれど。



「ふふっ、リルディア様は現実はそんなに甘くはないと仰いましたが、私はそうは思いませんわ。主人公が必ず最後(さいご)には笑うだなんて何処のどなたがお決めになりましたの? 魔女が笑っても良いではありませんか。


私は断然(だんぜん)、妹魔女の方を応援(おうえん)致しますわ。そして主人公がその邪魔(じゃま)をするならば、その“原因(げんいん)(もと)”を(つぶ)してしまえば良いだけの事。


もし私がその物語に出てくるならば、大切なご友人である妹魔女の為にいくらでも(はたら)きますわよ? ですから私がいる限り、決して主人公が笑う事はございませんわ。そんなものいくらでもねじ()せてご(らん)に入れますわよ」



私の(となり)(わる)びれもなくニコニコと微笑むローズロッテに、私は(あき)れた表情で小さくため息をつく。



「………つくづく、貴女だけは(てき)(まわ)したくはないわね。………きっとその妹魔女も良い『友人』を持って喜んでいるわよ。ーーいえ、この場合、似た者同志『類友』もしくは『悪友(あくゆう)』と呼ぶべきなのかしら?」



するとローズロッテは口角(こうかく)を上げてニヤリと笑う。



「まあ! 素敵!『悪友』だなんて、すごく親密(しんみつ)な感じで大変良いですわ~。ーーそこで早速ですが、その『悪友』からご相談(そうだん)があるのです。それこそ親書(しんしょ)の“本題(ほんだい)”ですわ」



「………ローズ。 貴女のその笑顔はまるで“悪巧(わるだく)み”でも(たくら)んでいるような顔よ?」



私が怪訝(けげん)そうに見つめるも、そんなローズロッテはどこか楽しそうだ。



「ふふっ、勿論そうとも言えなくもないですわ。なんと申しましても私達は『悪友』なのですもの。では、あちらのテーブルに参りましょう? 大事なお話は後ほどゆっくりと。まずはお茶とお菓子を楽しんで頂きたいですわ。こちらの方も我が家の料理長(りょうりちょう)が腕によりをかけた、特別(とくべつ)なお菓子(かし)をご用意しておりますのよ?」



「はあ…………本当はお話だけ聞いたらお(いとま)するつもりだったのにーーこれはいつも以上に長くなりそうだわ」



そんな私は深いため息をつきながら、ローズロッテに誘導(ゆうどう)されるままにテーブルのある方に向かった。




*****




私達がテーブルにつくと、直ぐに私達と同じような格好をした様々(さまざま)な動物の耳や尻尾をつけている若い侍女達が給仕(きゅうじ)に入る。私はその光景を(なが)めながら口を開いた。



「ーーそれにしても徹底(てってい)しているわね。侍女達にまで私達と同じ格好をさせているだなんて。こんな(ふう)に皆が同じ格好をしていると見慣(みな)れてしまって、自分の姿が()ずかしいと思わなくなるわ。これって一種(いっしゅ)集団(しゅうだん)心理(しんり)というものなのかしら?」



私が(せわ)しなく動き回る侍女達を見つめていると、ローズロッテも私の視線の(さき)の光景に視線を向ける。



「クスッ、慣れとはそういうものですわ。ですが本当はもっと違う演出(えんしゅつ)を考えておりましたのに、それが実行(じっこう)出来なかった事だけが(まこと)に残念でなりませんわ」



そう言いながら、本当に残念そうに落胆(らくたん)のため息をつくローズロッテに私は首を(かし)げる。



「演出?」



「ええ、本来であれば、私が計画しておりましたのは、このような侍女達ではなく私の()りすぐりの見目(みめ)の良い若い執事達に耳や尻尾をつけて、リルディア様を接待(せったい)させる予定(よてい)でしたのよ? その方がずっと楽しいでしょう?


ですがそれは父上から『厳禁(げんきん)』されてしまいましたの。なんでも国王(こくおう)陛下の『厳命(げんめい)』でリルディア様には極力(きょくりょく)『若い男を(ちか)()けさせるな』と言うお(たっ)しとの事でしたわ。ですから残念な事にリルディア様とご一緒に異性(いせい)とのお遊びが出来ませんの。


リルディア様のお父君(ちちぎみ)は、あの様にお見えになられても実のところすごく(きび)しい御方ですのね? 私の父上などはその(へん)寛大(かんだい)で『遊びであれば(かま)わない』と異性との遊びも社会勉強(べんきょう)の一つとして容認(ようにん)して下さっておりますのに」



そう言いながら再び残念そうにため息をこぼすローズロッテだったが、私はといえば苦笑(にがわら)いを浮かべるだけだ。


異性との遊びが社会勉強とは()たしてそれは深窓のご令嬢のお父上の言葉で良いのだろうか? だからこそローズロッテが“(こい)(おお)(おんな)”と()ばれている所以(ゆえん)では?? とは思ったが、それこそ(かく)家庭(かてい)(ない)のルールである事なので、自分の主観(しゅかん)は敢えて口には出すまい。


そして私は侯爵家の料理長が腕をふるったと言う、これまた豪快(ごうかい)特大(とくだい)のホールケーキの中のキャンディを(さが)すゲームや何の(あじ)かを()てる(なぞ)()き菓子など、思いの(ほか)、楽しい時間(じかん)堪能(たんのう)しローズロッテからこの庭の制作(せいさく)秘話(ひわ)などを(なが)らく聞いていたが、


ふと(そら)を見ると、かなりの長い時間が過ぎていたようで、日が(かたむ)きはじめて空も夕陽(ゆうひ)(いろ)にほんのりと染まってきている。このままだと私は“本題”を聞く前に城に戻らなくてはならない。そこで私は会話のタイミングを見計(みはか)らって話を()()ませる。



「ーーところで、ローズ? そろそろ“本題”に入らない? このままだと完全(かんぜん)に日が落ちてしまうわ。さすがにそろそろ城に(かえ)らないと皆に心配を掛けてしまうし、特にお父様は最近(さいきん)神経質(しんけいしつ)になられていらっしゃるから、こういう事には(うるさ)いのよ。あまり心配をかけてしまうと本当に城から出して(もら)えなくなるわ」



私が帰る時間を気にしながら口を開くと、ようやくローズロッテも私の話に耳を傾ける。



「まあ、もうそんな時間ですのね? リルディア様とご一緒だと本当に楽しくて、つい時間を(わす)れてしまいますわ。それでしたら是非夕食(ゆうしょく)もご一緒に、と、お(さそ)いするところでしたのですけれど、さすがに国王陛下にご心配をお掛けするわけには参りませんわね。リルディア様が外出(がいしゅつ)禁止(きんし)になられては私も(こま)りますもの」



ローズロッテはそう言うなり、周りの侍女達に指示(しじ)を出して人払(ひとばら)いをすると、ここは私達二人だけの空間(くうかん)になった。そんなローズロッテは周囲の状況(じょうきょう)を確認をすると、一息(ひといき)つくように紅茶(こうちゃ)を口に(はこ)ぶ。



「ねえ、まさか本当に“悪巧み”なの? 先に言っておくけれど、私はそういう事には一切、協力しないわよ? 私は意地悪をするにしても自分一人で実行する主義(しゅぎ)なの。誰かの手を()りるとか集団でつるんでとかそれは私の性分(しょうぶん)ではないわ」



人払いとか、やはり(ろく)な話ではないなーーと、(さと)った私は、ここは先手(せんて)必勝(ひっしょう)とばかりに敢えて先に(くぎ)()しておく。しかしローズロッテの方はお構い無しといった表情だ。



「ええ、それは重々(じゅうじゅう)承知(しょうち)しておりますわ。リルディア様は()がった事がお嫌いですもの。ですからこれはあくまで私個人のご相談ですわ。


その内容には少々リルディア様も(かか)わっておいでになるものですから、どうしてもお話を聞いて頂きたくて不躾(ぶしつけ)にもこうしてご足労(そくろう)をおかけしてしまいましたの。本当に私の我儘の為に誠に申し訳ございません」



(うそ)本心(ほんしん)か、(さだ)かではないが、彼女が本当に申し訳なさそうな表情をするので、私はそんな彼女を(うたが)っている自分に対して困惑(こんわく)してしまい慌てて首を横に振る。



「それはいいのよ。貴女が(あやま)必要(ひつよう)なんてないわ。貴女の所に訪問する、しないは私の自由(じゆう)だし、しかも貴女の(いえ)都合(つごう)も構わずにいきなり不躾に押し掛けたのは私の方なのだから私の事は全く気にしなくても大丈夫(だいじょうぶ)よ。


それに私もこうして十分過ぎるほど、楽しませて頂いたし、今日は本当にここへ来てよかったわ。私でよければ相談くらいなら受けても構わないのだけど、それに(たい)して何かを(のぞ)むのは期待(きたい)しないで? 私は理由(りゆう)もなく他人に優しく手を差し伸べるほど、お(ひと)()しではないの」



()(ふた)もない言い方だが、私も母と同様に誰彼問わず、無償(むしょう)(ぜん)(ほどこ)すような善人(ぜんにん)ではない。しかしそれを聞いてもローズロッテは全く気にする様子もなくニッコリと微笑んで頷く。



「ええ、それで構いませんわ。ふふっ、リルディア様は他の方達とは違い本当にハッキリとした物言いをされるので、聞いていて気持ちが良いですわ。もし私が『男性』でありましたなら忽ち、リルディア様の魅力(みりょく)(とりこ)になってしまいそう」



ローズロッテはそう言って上目(うわめ)(づか)いで悪戯(いたずら)な視線を向けてくるので、私はそれを呆れたように目を(ほそ)め彼女の額を(かる)小突(こづ)く。



「ーーローズ。私にその手の趣味は無くってよ? “手当たり次第”は『男』だけにして頂戴(ちょうだい)。私は貴女が『女』でよかったわ。貴女が『男』だったらなんて、とても怖くて想像なんて出来ないわよ」



「う~ん、そうですわね。もし私が『男性』であれば当然、リルディア様をどんな手段(しゅだん)を使ってでも手に入れて、誰の目も触れさせず屋敷の中にずっと()()めておきますわ。そうでもしないと毎日心配でおちおち屋敷も()けられませんもの。そして私だけが毎日、そのお美しいお姿を()でますのよ。ふふっ、なんて素敵なのかしら?」



うっとりと微笑むローズロッテに思わず本能的(ほんのうてき)(のが)れようと(からだ)()く。



前言(ぜんげん)撤回(てっかい)………『女』でも怖いわ」



するとローズロッテは小さく(した)を出すとクスクスと笑い出す。



「クスクス、冗談(じょうだん)ですわ。そんなお顔をなさらないで? それにリルディア様を(しぱ)れる(もの)なんて、そう簡単(かんたん)にいらっしゃるわけがありませんでしょう?


世の殿方の間ではリルディア様は美しい女性の頂点に立つ大変(うるわ)しい御方ですが、(ひそ)かにこの世でもっとも“難攻不落(なんこうふらく)”の女性とも言われていますのよ? ご存知(ぞんじ)?」



「…………知らない」



難攻不落? 何それ? 初耳(はつみみ)だ…………



私が複雑な表情をしているとローズロッテはそんな私の両頬(りょうほほ)躊躇(ちゅうちょ)なく軽く引っ張る。



「ほら、リルディア様。そこは笑うところですわよ? リルディア様は本当に(ちまた)の“話題(わだい)中心(ちゅうしん)”でいらっしゃいますのよ? リルディア様にお近づきになりたい殿方は、おそらくリルディア様がご想像すらつかないほど、自国(じこく)どころか(かく)諸国(しょこく)にも沢山おりますわ。


ですがリルディア様にはお父君であらせられる世界(せかい)最強(さいきょう)の国王陛下という“最大(さいだい)(かべ)”がおありなので、セルリアの王太子様のようにリルディア様からお望みにならない限り、どなたもお側に近寄る事すら出来ないのです。


ですからリルディア様のお相手がユーリウス王太子様で本当によかったのですわ。何と申しましてもお二人はこの世で一番美しいと(しょう)されている者同士の()()(どころ)のない()()わせですもの。本当にお似合いのお二人で(うらや)ましい限りですわ」



そんなローズロッテにユーリウス王子とお似合いだと言われて、何故かチクリと(むね)が小さく(いた)んだ。



「………本当にそうかしら。お似合いだなんて………私は…………」



「リルディア様?」



ぼそりと(つぷ)きながら表情を(くも)らせる私に、ローズロッテは首を傾げて(のぞ)き込んでくる。私はそんな彼女の顔を見てハッと我に(かえ)ると慌てて首を横に振る。



「ああ、何でもないわ。それよりもまた“本題”から(はな)れているわよ? これではいつまで()っても帰れやしない。早くお話を(はじ)めましょう?」



私の言葉にローズロッテも「ああ、そうでしたわ」と態度(たいど)一転(いってん)させる。どうやら私の先ほどの曇った表情はさほど彼女の気には止まらなかったようで、内心ホッと息をつく。



…………周囲からユーリウス王子とお似合いだと言われる事が最近(さいきん)心苦しい。


以前(いぜん)の私ならば、お似合いと言われれば「そうでしょう?」と自慢(じまん)するところではあるのにーーー


今の私は…………ユーリウス王子には相応(ふさわ)しくない。


私は彼をただ自分の我儘な独占欲(どくせんよく)で縛っているのだと薄々(うすうす)思い始めているそんな理不尽(りふじん)婚約(こんやく)を私から()いられているユーリウス王子はそれでも私との関係(かんけい)をとても大切(たいせつ)にしてくれている。


彼は本当に(やさ)しい人だから尚更、私の為に(きず)()けたくはない。だから本当は彼を自由(じゆう)にするべきだとーーそう思うのに。


私、このままでいいの?


そんな心の葛藤(かっとう)がふとした言葉で時々起こるから、こうして意識(いしき)もなく胸がチクリと痛む。


それは誰にも言えないけれどーーー





【15ー終】

























































































































































































































































































































































































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