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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
第二章 【三年前】
38/78

【8】『悪友』と『私』

【14】




「ーー失礼(しつれい)(いた)します。リルディア王女(おうじょ)(さま)本日(ほんじつ)親書(しんしょ)でごさいます」



(しろ)執事(しつじ)一人(ひとり)(わたし)()ての親書を部屋(へや)まで(とど)けにくる。


どうせまたいつもの貴族(きぞく)のお茶会(ちゃかい)夜会(やかい)招待状(しょうたいじょう)だろう。毎日(まいにち)何処(どこ)かしらの屋敷(やしき)(もよお)されている貴族達の社交場(しゃこうば)でもあり、その中身(なかみ)(ひま)()(あま)しているご婦人(ふじん)達の情報(じょうほう)収集(しゅうしゅう)()とも()える。


執事は私宛ての招待状の差出人(さしだしにん)()次々(つぎつぎ)()げていくが、私は窓辺(まどべ)椅子(いす)腰掛(こしか)(こころ)ここにあらず、ぼんやりと(そと)景色(けしき)()ながら抑揚(よくよう)のない(こえ)欠席(けっせき)()()げる。


(なに)もする気にならない。何も(かんが)えたくない。


それとも(ちち)を「部屋から()すな」と言って笑顔(えがお)見送(みおく)った(ばつ)()たったのだろうか? 気分(きぶん)はまるで(ふか)(うみ)(そこ)(しず)んでいるかのように(おも)くて仕方(しかた)がない。


だからどこの招待(しょうたい)にも(おう)じる気分でもなく、いつものように執事に返事(へんじ)整理(せいり)(まか)せると、執事は一枚(いちまい)だけ特別(とくべつ)の親書があると告げてきた。



「どこからなの?」



私が(たず)ねると、執事は一礼(いちれい)して(くろ)(ぼん)()せた一枚の親書を私の(まえ)()し出す。



「デコルデ侯爵家(こうしゃくけ)からでございます」



私は盆に乗せられた親書を()け取るとその封蝋(ふうろう)印璽(いんじ)には(たし)かに侯爵家の家紋(かもん)があり、差出人のサインには『ローズロッテ=デコルデ』とある。



「侯爵令嬢から? またいつもの招待状ではないの?」



私が(くび)(かし)げると、執事が(こと)の次第を説明(せつめい)する。



「それが、侯爵家の筆頭(ひっとう)執事が直接(ちょくせつ)城に(とど)けにいらしたのです。侯爵令嬢がリルディア王女様にどうしてもお()(とお)して(いただ)きたいとの事でして」



「ふうん。ローズロッテ(じょう)がねえ?」



私はその親書を見つめる。この親書の差出人であるローズロッテは、私よりも三歳(さんさい)年上(としうえ)の侯爵家のご令嬢(れいじょう)である。


デコルデ侯爵家は上流(じょうりゅう)貴族の中でも頂点(ちょうてん)位置(いち)する大貴族で、貴族社会(しゃかい)においては保持する財力も(しか)る事ながら、その権力(けんりょく)絶大(ぜつだい)だった。


そんな彼女の父親(ちちおや)であるデコルデ侯爵は見るからに腹黒(はらぐろ)そうな人物(じんぶつ)で、(かね)と権力の(かたまり)のような人間とも言える。なので侯爵の世間(せけん)での評判(ひょうばん)はブランノアの国王(こくおう)同様(どうよう)にあまり()くはない。


またデコルデ侯爵家はブランノアの国家(こっか)直属(ちょくぞく)筆頭(ひっとう)貴族であるせいかフォルセナ(がわ)の人間に(たい)しては(むかし)から対抗(たいこう)意識(いしき)()っており侯爵自身(じしん)(くに)政治(せいじ)中心(ちゅうしん)である枢機院(すうきいん)がフォルセナ側の人間に占領(せんりょう)されているのが気に入らず、フォルセナ王家の王妃(おうひ)側の人間を毛嫌(けぎら)いしていた。


だからなのかデコルデ侯爵は私達愛妾(あいしょう)母娘(おやこ)の方をやたらと懇意(こんい)にし私達には非常(ひじょう)愛想(あいそう)が良いが母はそんな侯爵を警戒(けいかい)していて、母(いわ)く、ああいう人間は損得(そんとく)感情(かんじょう)(てき)にも味方(みかた)にも(うご)く人間だから(けっ)して油断(ゆだん)をしては駄目(だめ)だと言う。


私としては上流(じょうりゅう)貴族の頂点(ちょうてん)にある大貴族のデコルデ侯爵がフォルセナ側の人間である王妃やその娘である王女達を嫌い、私達に味方してくれるのは、貴族の(うし)(だて)皆無(かいむ)な私達母娘にとって大変(たいへん)(こころ)(つよ)い味方であるとも思うが、


(たし)かにデコルデ侯爵の饒舌(じょうぜつ)(くち)上手(うま)さと(うそ)()()いたような笑顔(えがお)はあまり()きにはなれない。それでも(おもて)()きは私達の味方である事には()わらないので、()たり(さわ)りのない程度(ていど)に付き合ってはいる。


だから一応(いちおう)、デコルデ侯爵の娘であるローズロッテとも、(ほか)の貴族のご令嬢達と(くら)べて格別(かくべつ)懇意(こんい)にはしているものの、彼女(かのじょ)も私同様にお世辞(せじ)にも性格(せいかく)が良いとは言えなく、侯爵である父親と同じく損得勘定で動くところは一緒でズル賢い上に平気(へいき)で嘘をつく。


私はそんな彼女の事を正直(しょうじき)、あまり好きではないし、友人(ゆうじん)とも()びたくはないが、それでもデコルデ侯爵との付き合いもある上、しかも彼女は敵側にいると非常に面倒(めんどう)くさい人物なので、()()えずそこは侯爵同様にその娘とも(とお)からず(ちか)からず一線(いっせん)()いて付き合ってはいる。


そんなデコルデ侯爵家からのお茶会(ちゃかい)夜会(やかい)招待状(しょうたいじょう)もよく(おく)られてくるので、(つき)に1、2()くらいは(かお)()すようにはしていたが、しかし今回(こんかい)のような国の許可(きょか)()けて運営(うんえい)している配達(はいたつ)業者(ぎょうしゃ)使(つか)わずに(いえ)(もの)直接(ちょくせつ)、親書を(とど)けに来るなどと侯爵家では(はじ)めての事だ。


ーーと、なれば、これは普通(ふつう)のお茶会や夜会の招待状ではないだろう。それも、あの性格のよろしくない(自分も他人(ひと)の事は言えないが)侯爵令嬢からの親書だ。



……………何となく、この(ふう)()けたくない。


開けたら開けたらで(ろく)な事がないような気がする。



私が(しばら)くその親書を「う~ん」と(うな)りながら封も()らずに見つめていると、執事が見かねて声を掛けてくる。



「リルディア王女様。もし、お(こま)りの(よう)でしたら、私共執事側の方で中身(なかみ)確認(かくにん)した上で対処(たいしょ)(いた)しましょうか?」



ーーと、話す()が王家の執事達は大変優秀(ゆうしゅう)で、王族達に届いた親書や(おく)(もの)などは自分達が差出人(さしだしにん)やその家紋(かもん)をしっかりと確認した上で危険(きけん)が無いと判断(はんだん)したものだけを各自(かくじ)に届けに来るのだが、


貴族達からの沢山(たくさん)の招待状などは送られた本人(ほんにん)がいちいち内容(ないよう)を確認するのも大変なので、そんな本人の()わりに執事達が内容を確認して返信(へんしん)(とう)代行(だいこう)処理(しょり)(おこな)う。だから本来(ほんらい)であれば彼等に(まか)せるところではあるのだが、私は(くび)(よこ)()る。



「いいえ、大丈夫(だいじょうぶ)よ。他の家ならともかく、これはデコルデ侯爵家のものですもの。自分で対処するわ。ーーもう、行っていいわよ。ご苦労(くろう)(さま)



私の言葉を受けて執事は「(かしこ)まりました」と返事(へんじ)(かえ)して一礼(いちれい)し、部屋(へや)退出(たいしゅつ)する。私はその姿(すがた)を確認した(あと)、ペーパーナイフを取りに立ち、(ふたた)窓辺(まどべ)椅子(いす)(こし)()けて親書の上部分にナイフを入れて封を開ける。そして中身の手紙(てがみ)一枚(いちまい)を取り出すとそれを開いて()(とお)した。



「……………」



やや暫くして手紙を()()えた私は(なが)いため息をつきながら、再びぼんやりと何の変化(へんか)も見られない(そと)景色(けしき)を見つめると(ちい)さく(つぶや)いた。



「はあ…………どうしようかな」




******




「まあ! ようこそおいで(くだ)さいました。お()ちしておりましたわ、リルディア(さま)。その()、お(からだ)のお加減(かげん)如何(いかが)ですの? しばらくお()いしない()随分(ずいぶん)とおやつれになられて、ああ、何という事でしょう。お可哀想(かわいそう)に」



そう言って、緑色(みどりいろ)(ひとみ)で私に同情(どうじょう)の視線を向ける彼女こそ、少し茶色を()くした栗色(くりいろ)(かみ)左右(さゆう)()けて縦巻(たてま)きにし、その両方(りょうほう)(しろ)(おお)きなレースのリボンを(むす)(さら)にはリボンとフリルを豪華(ごうか)にあしらった白と薄桃色(うすももいろ)花柄(はながら)のドレスを(まと)っている見た目以上(いじょう)にその存在感(そんざいかん)半端(はんぱ)無い


ブランノアの大貴族であるデコルデ侯爵家のご令嬢。ローズロッテ=デコルデ(じょう)である。


そんな彼女の趣向(しゅこう)はフリルやリボン花柄などの(とく)に可愛いものが大好きで、いつもレースやリボンでヒラヒラ、フリフリに(かざ)り立てた格好(かっこう)をしていて、確かに見た目はお人形(にんぎょう)のように可愛らしい()で立ちなのだが、(まった)く私の趣味(しゅみ)ではないので、その格好のどこが良いのか私には分からない。


それにまだ(おさな)子供(こども)ならその姿も()りだとは分かるのだが、私よりも3つも年上(としうえ)の彼女がそういう格好をしていると、実年齢(じつねんれい)よりもかなり子供っぽく見えてしまう。


そんな彼女は私が来ると、いつも私を()せかえ人形のように自分と同じ格好のレースやリボンの飾りのついたフリフリのドレスを着せて(あそ)んでいるのだが、


ーー(かな)しいかな。()(がお)の私にはそういう可愛らしい格好はまるで似合わない。だから私的には自分のそんな姿はすごく不自然(ふしぜん)違和感(いわかん)しか(かん)じないのに、


乙女(おとめ)世界(せかい)住人(じゅうにん)である彼女は「可愛い~」「似合う~」などと言って、あろうことか、そんな姿の私にレースのリボンをつけたクマのぬいぐるみまで持たせて、ガーデンパーティに()れて行くのだ。


(おも)うに私の異母姉である三女(さんじょ)のアニエスも彼女と同じ趣味趣向をしているので、二人は(とし)も近く同じ趣向同士、きっと友人になればすごく気が合いそうなのだが、


そこは父親がフォルセナ側の人間を(きら)っているせいもあるのか、彼女もまた自分と同じ趣向のアニエスに対抗意識を()やし、(つね)にその姿を()り合っており、


そんな(とき)、ローズロッテは(かなら)ず私に「私の方がアニエス様よりもずっと素敵(すてき)で可愛いですわよね?」と、同意(どうい)を求めてくるが、私にしてみればどっちもどっちで、そんなゴテゴテに色々飾りを付けまくった彼女達の格好を見ている方が目が(いた)い。




******




「ごきげんようローズロッテ嬢。お(まね)きに(あずか)突然(とつぜん)(きゅう)訪問(ほうもん)で大変失礼(しつれい)かとは思いましたが、お話を(うかが)いにこうして(まい)った次第(しだい)ですの。


しかも私の体のお気遣(きづか)い痛み入りますわ。ですがこの通り見た目ほど大した事はありませんのよ? (まわ)りが大袈裟(おおげさ)なだけですわ。ああ、これは手土産(てみやげ)菓子(かし)ですの。お茶のお(とも)にどうぞお()し上がり下さいな」



そんな私は出迎(でむか)えに(あらわ)れたローズロッテに手土産に持ってきた菓子入りの(はこ)(わた)す。ちなみに菓子箱は彼女の趣向に合わせて薄桃色の花柄の箱に(こま)かい細工(さいく)のレースのリボンを掛けた、更には小さな小花(こばな)(たば)の飾りを(そえ)えてある、きっと彼女の乙女心を(くすぐ)る超可愛いものだ。(あん)(じょう)、それを見たローズロッテの瞳がキラキラと(かがや)いた。



「まあ~! なんて可愛いの! すごく(うれ)しいですわ! (わたくし)の方からお(さそ)いしてこうして王女様が我が屋敷(やしき)にお()し下さるだけでも大変光栄(こうえい)ですのに、このような素敵な(おく)り物をお持ち下さるなんて、


リルディア様は本当に私の事を気遣って下さって、お(うつく)しい上に大変お(やさ)しい私の(もっと)も大切なご友人ですわ! これは遠慮(えんりょ)なく(いただ)きますわね。ありがとうございます」



そんな上機嫌で(よろこ)ぶローズロッテを笑顔で見つめながらも私の内心(ないしん)では、


(饒舌なのはさすが父親(ゆず)りね。私が気遣いなんてするわけが無いでしょう? まさか貴族の屋敷(やしき)にお呼ばれして手ぶらで訪問(ほうもん)するような不作法(ぶさほう)教育(きょういく)なんて()けてはいないわよ。手土産だって相手の趣向に合わせるのは常識(じょうしき)じゃない)


ーーなどと意地悪(いじわる)にも思っていた。



ーーまあ、何はさておき、取り敢えず外面的(がいめんてき)挨拶(あいさつ)()んだのでいつもの()(もど)る。ローズロッテもそんな私を知っているので彼女に対して気取った遠慮などしない。



「ーーそれで? 私に相談(そうだん)したい事があるのですって?」



私は長居(ながい)をするつもりは更々(さらさら)無いので、さっさと手紙の内容にあった用件(ようけん)を聞くとローズロッテは満面(まんめん)の笑顔でニッコリと微笑(ほほえ)む。



「ええ、そうですの。でもそれは(おんな)同士(どうし)秘密(ひみつ)の相談でしてよ? ですから今日は(さいわ)いお天気(てんき)も良いので、お(にわ)の方でお茶でも(いただ)きながらお話しましょう? ーーふふっ、本日は特に(たの)しい趣向もご用意(ようい)しておりますのよ?」



いつも以上にキラキラと(かがや)く視線を私に向けて微笑む彼女に私は思いっきり身を引く。



「ーー楽しい趣向? …………それってまたいつもの着せかえ人形ごっこじゃないの? 他人(たにん)趣味(しゅみ)をどうこう言うつもりは無いけれど、何度(なんど)も言っているでしょう? 私には白や薄桃色のリボンやフリルのドレスなんて似合わないのよ。それに私の趣味じゃないし。だからそれは同じ趣向の人達と楽しまれては如何(いかが)? 私はもうご遠慮したいわ」



しかし彼女はそんな私の嫌々そうな反応(はんのう)にも一向(いっこう)(どう)じない。



「あら? 似合わないだなんて、そんな事はありません事よ? リルディア様は素晴(すば)らしく容姿(ようし)端麗(たんれい)でいらして、周囲(しゅうい)からも『(つき)女神(めがみ)』の化身(けしん)とさえ呼ばれていらっしゃるくらい大変お(うつく)しいのですもの。


本当に何を着せてもお似合いでリルディア様ほど着せがえのあるお方は滅多( めった)におりませんわ。ですから私はいつもリルディア様はもっと沢山(たくさん)着飾(きかざ)ればよろしいのにと常々(つねづね)思っておりますのよ?


それなのにリルディア様はとても(ひか)えめでいらして、そのお美しさを敢えてお(かく)しになるなんて、まさに万人(ばんにん)の目に()れない様に(よる)(とばり)()りる(ころ)にしか、そのお姿(すがた)をお見せにならないと言う『月の女神』様そのものですわ。


まあ、それも神秘的(しんぴてき)で良いのですけれど、だからこそ勿体(もったい)()いですわよ。リルディア様は実在(じつざい)するお方なのですもの。ですからもっとその(たぐ)(まれ)な美しい美貌(びぼう)(ひろ)()に知らしめるべきですわ。なんと申しましてもリルディア様は我が国ブランノアが(ほこ)希少(きしょう)な『至宝(しほう)』なのですから」



ローズロッテは()ずかしげもなく次々(つぎつぎ)と私への美辞麗句(びじれいく)をスラスラと口にするが、そんな彼女の父親である侯爵(こうしゃく)からも私達母娘は同じような事を顔を会わせる(たび)に言われているので、さすがは饒舌な侯爵父娘である。


()められて(わる)()はしないものの、ここまであからさまだと、かえって胡散(うさん)(くさ)さしか感じられない。何かあるのでは?と、警戒(けいかい)してしまうのは母の(おし)えの影響(えいきょう)もある。



貴女(あなた)の趣向はともかく、それは誉め言葉として受け取っておくわ。でも本当にお人形ごっこは勘弁(かんべん)してよ。今日はとてもそんな気分(きぶん)じゃないの」



私がうんざりした様に言葉を(はな)つと、ローズロッテは私の(うで)に自分の腕を(から)めてくる。



「まあ、何かお(なや)みですの? それなら尚更気分(きぶん)転換(てんかん)必要(ひつよう)でしてよ? ーーふふっ、本日はいつものとは大分(だいぶ)(ちが)いますの。それもリルディア様専用(せんよう)特注(とくちゅう)(つく)らせましたのよ?


今回のお誘いの主旨(しゅし)には、ご相談は勿論なのですけれど、実は“それ”も入っておりましたの。“それ”が出来上がって来てからは、私、早くリルディア様にお()しになって頂きたくて、ご来訪(らいほう)下さるのをずっと楽しみにお待ちしておりましたのよ? ですから、早く(まい)りましょう? 私、もう待ちきれませんわ!」



そう言うなりローズロッテは片手(かたて)(おく)(ひか)えていた侍女達に合図(あいず)をすると、侍女達が一斉(いっせい)に私達の周りに(あつ)まり皆で私の(からだ)別室(べっしつ)に引きずって行く。



「ちょ、ちょっと!? 何??」



突然の事に私が(あわ)てふためいても、ローズロッテは上機嫌の笑顔で「出来上がってからのお楽しみですわ」と、強引(ごういん)に私の腕を引っ張って行く。私はその行動(こうどう)既視感(きしかん)を覚えてならなかった。



そう、あれは、(わす)れもしないーー父が第一(だいいち)騎士団隊(きしだんたい)隊長(たいちょう)とその部下(ぶか)の騎士達に引きずられて連行(れんこう)されていったあの光景(こうけい)だーーー


ーーやはり、これは(ばつ)()たったのか?『人の不幸(ふこう)を笑う者は自分にも不幸が(かえ)ってくる』と聞いた事がある。まさに今、それを肯定(こうてい)するかのように同じ事が私の身に起きている。


ーーああ、きっとまた私は、彼女の趣向に合わせてリボンやフリルのついたレースだらけの乙女チックなフリフリの姿にされる事だろう。



私は彼女達に引きずられながらもーー今度からはお茶会でも夜会でもこちらから誘って彼女に城に来て貰うことにしよう。


当然ながら招待をする方が接待(せったい)(やく)になるので少々面倒(めんどう)ではあるが、少なくとも着せかえ人形にされる事だけは()けられるーーーと、(こころ)(ちか)っていた。




******




ーーそして()一時間(いちじかん)()ぎた頃、私達は華麗(かれい)?なる変貌(へんぼう)()げていた。


庭に向かう廊下(ろうか)を私達二人は(ある)いている。すれ違う使用人(しようにん)達が「よくお似合いです」などと、笑顔で声を掛けてくる。


そして私の(となり)では、この屋敷のご令嬢(れいじょう)であるローズロッテ嬢が出し()しみのない満面の笑顔で皆の声に(こた)えながら鼻歌(はなうた)さえ口ずさんでいる。


そんな私はというと、あれから部屋を(あと)にしてからというもの暫く無言(むごん)で歩いていたが、ようやく思考(しこう)()()いてきたので私はずっと考えていた疑問(ぎもん)をこの計画(けいかく)発案者(はつあんしゃ)である隣の彼女に()うてみた。



「……………ねえ、ローズ……………聞いていい?」



「~♪ んん? なんですの?」



「……………(はね)()えているわ?」



「ええ、そうですわね?」



「……………それに何故(なぜ)か、(ねこ)(みみ)?と…………尻尾(しっぽ)が付いているのだけれど?」



「ふふっ、リルディア様、すごくお似合いですわ。リルディア様の雰囲気(ふんいき)にピッタリで(つく)らせた甲斐(かい)がありましたわ~。お気に()して?」



「……………どうかしら? 私…………羽が生えた猫なんて、生まれてこのかた見たことがないもの……………」



私は歩きながら、まじまじと自分の姿を凝視(ぎょうし)する。



「それにこれって…………喪服(もふく)?…………にしては、やけに派手(はで)じゃない? しかも…………(あし)、出ているんだけれど…………」



私はそんな自分の姿に驚愕(きょうがく)を覚え、先ほどからしばし言葉を(うしな)っていたがやっと理性(りせい)が戻って来たようだ。


そんな驚愕を覚える私の格好とは、いつも私が彼女に着替えさせられていた格好といえば、彼女と同じ様な白や薄桃色や空色などの(あわ)色彩(しきさい)で花柄のサテン()やレースのリボンの沢山ついたフリフリいっぱいのドレスである。


しかし今日はそんないつもの感じとは全く違って、二人とも上から下まで全身真っ黒なドレスで、リボンもレースもフリルすらも同じく真っ黒で、唯一、飾りの花だけが、(あか)(あお)紫色(むらさきいろ)と色彩がある。


そこまではまだいいが、何といってもそのドレス(たけ)問題(もんだい)だった。ドレスの丈がやけに(みじか)い。問題のドレスの丈は膝上(ひざうえ)くらいまでしか無く、だから当然(とうぜん)足は(まる)()えで(ふち)にレースとリボンのついた黒くて長い靴下(くつした)着用(ちゃくよう)してはいるものの、それでも足下(あしもと)がスースーするからなんとも落ち着かない。


そして(きわ)めつけに私の頭とお(しり)には黒い猫耳と長い尻尾が、ローズロッテの方には黒く長い(うさぎ)の耳と大きな丸い尻尾が付いている。しかもこれも何とも異様(いよう)な事にそんな私達の背中(せなか)にはキラキラと(ひか)る大きな黒い(ちょう)の羽が付いていた。ローズロッテは私の反応(はんのう)にクスクスと笑っている。



「これって喪服?だなんて、そんなわけがありませんわ。いつものドレスではリルディア様はお気に召されない様ですから少し趣向を変えてみましたの。ですからドレスの色をリルディア様の髪や瞳の色と同じく『黒』にしたらどうか?と思ったのですわ。


確かに黒いドレスは一般的には喪に(ふく)す時くらいにしか着用致しませんけれど、例外(れいがい)にも(うらな)()女性(じょせい)などはよく黒いドレスを着用しておりますでしょう? それに今、市井(いちい)(わか)(むすめ)(たち)(あいだ)ではドレス丈の短い衣服(いふく)流行(はや)っているのですって。


他の貴族のご婦人(ふじん)やご令嬢達は下品(げひん)破廉恥(はれんち)だと(おっしゃ)るでしょうけれど、(わたくし)、流行に関しては市井社会(しゃかい)にも寛大(かんだい)な考えを持っていますのよ?


ーーふふっ、これはここだけの内緒話(ないしょばなし)ですけれど。こうして足を見せるのは、恋敵(こいがたき)(おお)意中(いちゅう)殿方(とのがた)(こころ)射止(いと)める最強(さいきょう)の女の武器(ぶき)になるのですって。侍女達がこっそりと教えてくれましたわ。


実はそれも、もう実証(じっしょう)()みですの。(わたくし)、それで素敵(すてき)な殿方達と現在(げんざい)、お付き合いしておりますのよ? まだ(よめ)()り前なのですもの。今の内に沢山の素敵な殿方達と自由(じゆう)恋愛(れんあい)を楽しみたいのですわ」



そういうローズロッテはまだ15(さい)であるにもかかわらず恋多き女であり、彼女には沢山の男の取り()き達がいる。勿論、彼女には親の決めた婚約者(こんやくしゃ)がいるのだが、まだ結婚(けっこん)してはいないので独身(どくしん)である内に沢山男(あそ)びをしたいと言うのだから(おそ)れ入る。



「ですがリルディア様は本当に人間(にんげん)ですの? リルディア様はそのおみ足まですごく綺麗(きれい)(かたち)をしていらっしゃるのね? 私、そのような美脚(びきゃく)拝見(はいけん)したのは(はじ)めてですわ。


ーーそうですわね。リルディア様は殿方の前でそのお美しいおみ足を出されることは万策(ばんさく)とは言えませんわね。それにリルディア様なら何をなさらずとも、どのような殿方でも(たちま)ち心を(うば)われてしまいますもの。しかも下手(へた)(はだ)などを見せてはリルディア様の身がかえって危険(きけん)(さら)されますわ。


それにリルディア様にはセルリアの(うるわ)しいユーリウス王太子(おうたいし)(さま)がいらっしゃいますもの。あのように完璧(かんぺき)で美しい殿方がご婚約者であれば他の殿方など眼中(がんちゅう)にも入らないですわよね。


ーーああ、そういえば、そのユーリウス王太子様が先日(せんじつ)、リルディア様の(もと)にご訪問されたと(うかが)いましたわ? うふふっ、どうでしたの? その後、何か進展(しんてん)がありまして?」



ローズロッテは(きゅう)に立ち止まったかと思うと、キラキラと言うよりギラギラとした期待(きたい)()ちた瞳で私の返答(へんとう)を待っている。彼女は恋多き女だけあって、こういった恋愛話がとても大好きなのだ。



「ええっと、期待に沿()えなくて申し訳ないけれど、ユーリウス王子とはただ普通に面会(めんかい)してご挨拶(あいさつ)しただけよ?」



彼女はご令嬢達の噂話(うわさばなし)情報源(じょうほうげん)でもあるので、その(あた)り何かと面倒な事もあり当たり(さわ)りのない説明(せつめい)をすると、彼女は非常に残念(ざんねん)そうな表情(ひょうじょう)()かべる。



「まあ、なんて勿体ない! リルディア様はもっと男女(だんじょ)()()きをなさるべきですわ。それでなくともユーリウス王太子様とはあまりお会いすることが出来ないのですもの。万が一にも王太子様が他の女性に目を向けられない様、リルディア様に釘付(くぎづ)けになさらなくては。


ですが…………そうですわね。ユーリウス王太子様は性格(せいかく)がお(やさ)しすぎて、恋愛事には少し奥手(おくて)でいらっしゃるのかもしれませんわね。


リルディア様! やはりここはリルディア様から積極的(せっきょくてき)に行かれては如何如何(いかが)かしら? リルディア様が本気(ほんき)をお出しになられて(あい)のお言葉でも一言(ひとこと)(ささや)かれれば、それだけでもう王太子様のお心はリルディア様一筋(ひとすじ)ですわ! たとえこうしてお(たが)(はな)れていても、ユーリウス王太子様はリルディア様だけに釘付けですわよ?」



「……………ローズ? 私は母様(かあさま)からもよく(わす)れられるから()れてはいるのだけれど、私はまだ12歳で子供(こども)領域(りょういき)から出てはいないの。だからそういう大人(おとな)の駆け引きはもう少し歳を(かさ)ねてから考えるわ。今はそういった事はよく分からないのよ。言われてもピンとこないの」



私の言葉を聞いて再び彼女は残念(ざんねん)そうな表情を浮かべる。



「ああ、そうでしたわ。リルディア様はまだ御歳12歳でいらしたのですわよね。リルディア様は外見もお話になるお言葉も全てが大変大人っぽくていらっしゃるから分かってはいてもつい忘れてしまいますわ。


ですがリルディア様? 男女の恋愛に年齢など関係(かんけい)ありません事よ? リルディア様は精神的には(すで)に大人でいらっしゃいますもの。もっと積極的に行かれても問題ないですわよ。


ーー決めましたわ。(わたくし)僭越(せんえつ)ながら、リルディア様とユーリウス王太子様のご恋愛を全面的(ぜんめんてき)にご協力(きょうりょく)申し差し上げますわ! 私に出来る事があれば何なりと仰って下さいませね? 父上のお仕事(しごと)上、セルリアには顔も広くてよ? セルリアの未来(みらい)王妃(おうひ)(さま)御為(おんため)にその友人(ゆうじん)代表(だいひょう)として私、頑張(がんば)りますわ!」



そん彼女の言葉の内々に損得(そんとく)勘定(かんじょう)があるのが分かる。きっと彼女はその言葉通りに未来の『セルリアの王妃』である私の為に私がお(ねが)いすればきっと何でもやってくれるに違いない。なんといっても“友人代表”である。


ーーだから彼女とは本当の『友人』にはなれない。いくら(おもて)()きは(した)しくしてはいても、貴族社会の人間達は自分達の()の為に寄って来たり()って行ったりする

からだ。


そんな彼女の父であるデコルデ侯爵は、(はば)(ひろ)(しょ)外国(がいこく)との商売(しょうばい)も手広くやっているので、確かにその人脈(じんみゃく)は広いだろう。ーー(ただ)し、(かなら)ずしも綺麗な商売ばかりとは(かぎ)らないがーーー



「ーーええ、そうね。もし必要になったらその時は是非(ぜひ)ともお願いするかもしれないわ。でも今は色恋事よりも自分が楽しめる事がしたいの。


そんな事よりも………………ローズ。これはいくら何でもやり過ぎではないの? 確かに市井の若い女性の間で短い丈の衣服が流行っているのは私も知ってはいるけれど、聞く(ところ)によれば、それでもまだ、ごく一部(いちぶ)の人達の間だけの話だと言う事じゃないの。実際(じっさい)、このドレス丈は、さすがに私でも恥ずかしいわ。今まで足なんて出した事が無いんだもの。


ドレスの色なら『黒』でもいいわよ?『黒』は(きら)いじゃないし、いつもの白や薄桃色のレースやフリルだらけの花柄のドレスよりは、色合い的にも私に合っていると思うわ。だけど…………この猫耳と尻尾。しかもおまけにこんな大きな蝶の羽が付いているだなんて、いくら何でも冒険(ぼうけん)しすぎよ。


確かにサプライズ的な楽しい事は私も大好きだけれど、こんな姿を他人には絶対に見られたくないわ。きっと頭がおかしいと医者(いしゃ)通報(つうほう)されてしまうわよ?」



私が(あき)れながらも真顔(まがお)で言うとローズロッテはにこやかな表情で声を上げて笑い出す。



「ーークスクス、リルディア様は本当に楽しい御方(おかた)ですわね。それに意外(いがい)にも真面目(まじめ)でいらっしゃるから。そんな事を本気でご心配されるだなんて、なんて素直(すなお)でお可愛らしい御方なのかしら?


安心(あんしん)なさって? そんなにご心配されずとも、こんな格好を外の人間の前になど決して晒したりは致しませんわ。これは我が屋敷内だけのお遊びですわよ。ーーですが、そうですわよね? 確かにこんな姿で城下(じょうか)など歩いたら間違いなく通報されますわよね?ーークスクス」



実のところ、ユーリウス王子の話題(わだい)()らす為に、元の話題に戻したという思惑(おもわく)もあったのだが、これはこれで更に彼女を楽しませてしまった様で何となく(しゃく)(さわ)る。



ーー意外に真面目って、失礼(しつれい)な。



「そう言う事だからもう着替えましょうよ。いくら屋敷内だけだとしても、やっぱり恥ずかしいわ」



そう言って私が彼女の部屋に戻ろうとすると、ローズロッテは再び私の腕に自分の腕を絡ませる。



「リルディア様! そんな事を仰らないで? 折角(せっかく)、楽しい事が大好きなリルディア様に(よろこ)んで頂きたくてご用意致しましたのよ? それにお庭の方もこの衣装に合わせて特別な趣向で作らせましたの。きっとリルディア様にも気に入って頂けますわ。


勿論、()()の者達は皆、口が(かた)いのでこの屋敷で見聞きした事は一切(いっさい)口外(こうがい)など致しません。だからもう少しの間だけこのままお付き合い下さいな。普段のドレスではご用意してあるお庭の雰囲気には合わないんですの。


それにこのような格好などリルディア様以外の方とは絶対に出来ませんわ。私、リルディア様とご一緒だからこそ本当に楽しいんですの。ね? どうかお願い致しますわ」



私の腕をしっかりと(かか)えたローズロッテに懇願(こんがん)する視線を(おく)られ、しかもこれも全ては私を喜ばせる為で、私だからこそ一緒にいて楽しいと言われてしまえば、「嫌だ」とも言えない。



ーーいや、別に「嫌」とは勿論、言える。言えるのだが、………実のところ、この黒いドレスは黒いレースやフリルが沢山使われたドレスではあるが、色合いも黒色だからなのか、乙女チックな感じは無く落ち着いた感じもあって、この短すぎるドレス丈は落ち着かないものの、本当に自分によく似合っていて…………実は少し気に入っていたりする。


しかも彼女の言う通り、このような常識はずれの奇特なお茶会など、貴族の慣習(かんしゅう)などに()らわれない楽しい事が大好きな私の性格をよく分かっているからこそ出来る事であって、


そうでなければ大貴族である侯爵令嬢がこの様に非常識な喪服のようなドレスを着用したり、しかも動物(どうぶつ)の耳や尻尾、さらに昆虫(こんちゅう)の羽までつけてお茶会を行うなど絶対に出来るわけがない。


それにやり過ぎだとは思っていても、このように黒い丈の短いドレスや猫の耳や尻尾、蝶の羽など、どれも初めての経験(けいけん)でここだけのお遊びであるのなら、すごく面白(おもしろ)いかもしれない。



「ーー分かったわ。だけど本当にこの格好はこの屋敷内だけよ? 一国(いっこく)王女(おうじょ)の私がこんなおかしな格好をしていたと周囲(しゅうい)に知れたら、お父様ならきっとお気にもなされないし(ぎゃく)に面白がるとも思うけれど、他の人間には何こそ噂されるか分かったものではないわ。だから絶対に他言(たごん)無用(むよう)よ。ーーいいわね?」



私が(ねん)()すとローズロッテは嬉しそうに首を(たて)に振る。



「ええ、勿論ですわ! リルディア様、私の我儘(わがまま)をお聞き下さり、ありがとうございます。私、リルディア様が本当に大好きですわ! それに私もリルディア様とお(そろ)いの格好でしてよ?口外など侯爵家の威信(いしん)に掛けて絶対にあり()ません。


我が屋敷の使用人達は皆、しっかりと教育(きょういく)されておりますし、特に人を(やと)(さい)には(きび)しく厳選(げんせん)した人物(じんぶつ)だけを採用(さいよう)しておりますの。ですから我が家で採用された人間は皆、主人(しゅじん)忠実(ちゅうじつ)で口の堅い真面目な者しかおりませんので、ご安心なさって?」



それを聞いた私の頭に浮かんだ事は言うまでもない。我が城では『(かぜ)の噂』が往来(おうらい)する場所(ばしょ)だが、この侯爵家ではそれがないようだ。口が堅いと言うのは信用(しんよう)(あたい)するが、それが全員(ぜんいん)となると、いざ自分が問いただしたい時に、(だれ)からも情報(じょうほう)が聞けない事になる。


だから私的には城の『風の噂』はある程度(ていど)容認(ようにん)しようと思う。……………でなければ、私が(こま)る。



「ではリルディア様。そうと決まれば早くお庭の方に参りましょう? 私共、リルディア様がおいでになると言うので屋敷中の庭師から執事、使用人総動員(そうどういん)でお庭を早急(そうきゅう)に作らせましたのよ?」



そんなローズロッテの言葉に何だか気分は複雑(ふくざつ)になる。私が突然訪問したせいで、彼等には本来の仕事以上に余分(よぶん)に仕事をさせてしまった事になる。


だけどこれは私も予想外(よそうがい)で、本当は受け取った親書の内容が気になったので、ちょっとだけ顔を出して話を聞いたらすぐに(かえ)るつもりだったのだ。



「ーーローズロッテ。それなら本日お庭作りに関わった者達には、この後のお仕事を減免(げんめん)して(もら)えないかしら? 私の為に急遽(きゅうきょ)庭を作らせたのなら、彼等の労力(ろうりょく)に少なからず(むく)いたいわ」



私がそう言うとローズロッテは首を(かし)げて不思議(ふしぎ)そうな顔をする。



「まあ、彼等はただの使用人ですわよ? 主人の(めい)(したが)うのは彼等の仕事であり当然の事ですわ。ですからその様なお気遣いなど全く必要ありませんのに」



「ーーそれはそうだけれど、でも出来ればそうして()しいのよ。やっぱり駄目(だめ)かしら?」



私の言葉にローズロッテは小さく首を(すく)めるも(うなず)いた。



「ーー分かりましたわ。他ならぬ大切(たいせつ)なご友人である王女様のお願いですもの。我が父上(ちちうえ)も勿論、承諾(しょうだく)なさるでしょう。ですが、関わった全ての使用人に仕事を(やす)まれては他の者が困りますから、彼等には必要な仕事以外では休息(きゅうそく)(あた)えましょう。それでよろしくて?」



「ええ、そうして貰えると私も気分がいいわ」



ローズロッテはまだ不思議そうな顔をしてはいるものの「(うけたまわ)りました」と了承(りょうしょう)してくれたので取り敢えずホッとする。


確かに彼女の言う通り、使用人は主の命に従うのは仕事であり当然の事だ。しかし私は彼等の主人ではないし、これが自分が(たの)んだ我儘であるならばいざ知らず、私と関係のない他家の人間が私を喜ばせる為に余計(よけい)な労力を(つい)やさせたのだと思ったら、何となく気分がもやもやして、気付けば彼等の仕事の減免をローズロッテに申し入れていた。


別に相手が勝手(かって)にやっている事だし、その(あるじ)指示(しじ)で使用人達が(はたら)いているだけなのに、どうして客人(きゃくじん)であり、しかも王女である私が他家の使用人である彼等の事まで気にしなければならないのか?


私は気遣われて当然の立場(たちば)の人間なのだ。だから彼等が私の為に頑張るのは当然の事なのに……………




だからローズロッテが首を傾げて不思議がるのも無理はない。私自身も不思議で仕方がないのだが、でもローズロッテが彼等に我儘を言って、急遽、無理をおして用意させたのだと思ったら、次の瞬間(しゅんかん)には自分らしくもない言葉が口から出ていた。


ーー本当に何でだろ?


そうして再び私は満面な笑顔のローズロッテに腕を引っ張られながら足早に廊下を(すす)(はじ)める。



ーーーこうして、侯爵家の屋敷の廊下を二匹(にひき)?の動物だか昆虫だか全く不可解(ふかかい)なキラキラと光る黒い羽の大きな蝶が、ヒラヒラと()うように()んでいったのは言うまでもないーーー






【14ー終】



























































































































































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