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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
第二章 【三年前】
37/78

【7】母は読書家

【13】




(わたし)(はなし)()いた(はは)は、まるで他人事(ひとごと)だと()うように口許(くちもと)()さえながら(こえ)(ころ)して(わら)う。



「ププッ、また(ひと)(まな)(こと)出来(でき)たのならよかったじゃない? あの父親(ちちおや)はあんたに無視(むし)され(つづ)けて、すっかりトラウマになってしまったみたいね。


でもあんたも(わる)いのよ? もっと(はや)くに仲直(なかなお)りしていれば、(すく)なくとも(いま)みたいにはならなかったかもしれないのに。あの父親(ちちおや)のあんたへの溺愛(できあい)ぶりはもう病気(びょうき)なのよ。あんたはその認識(にんしき)がまだまだ(あま)かったという事ね。


でもそのおかげで、あの父親は現在(げんざい)、あんたしか眼中(がんちゅう)に入ってはいないから私の(ほう)はとても(らく)が出来るし、(いくさ)()きないから()(なか)平和(へいわ)であんた(いろ)んな人達(ひとたち)から感謝されるわよ~?」



母の同情(どうじょう)すらも(かん)じられない言葉(ことば)に、私は(うら)みがましげに(にら)む。


そんな父は四六時中(しろくじちゅう)私にくっついていたので、その(ぶん)、母の方には()かない事もあってここ最近(さいきん)、母の機嫌(きげん)はすこぶる()い。



「ーー他人事だと思って…………そんな感謝されたって(うれ)しくもなんともないわよ。私、もうお父様(とうさま)喧嘩(けんか)するのは精々(せいぜい)日間(かかん)くらいまでにしておくわ」



「あら、他人事かしら? あんたが部屋(へや)(こも)っている(あいだ)、私だって(おな)じような()()っていたのよ? あの父親からの連日(れんじつ)の、あんたの様子(ようす)がどうだのこうだの。もう鬱陶(うっとう)しいったらなかったわ。


私もあんたのように部屋に籠りたくなったけれど、その原因(げんいん)に協力した事にはかわりないから()えてそこを我慢(がまん)したんだからね?」



「そ、そうなの? それは………お(つか)(さま)だったわね?」



母の言葉に()わず私の方が同情してしまう。父が病的(びょうてき)に溺愛しているのは母も同様なのだ。私が父を無視し続けた分、父は母の方に四六時中くっついていたのだろう。


私は父が大好(だいす)きなので、今の状況は疲れはしても、父と一緒(いっしょ)にいて苦痛(くつう)だと思う事など一度(いちど)たりとも感じた事はないが、なんと言っても母は父の事が大嫌(だいきら)いだ。


私も(おおやけ)()で嫌いな人間がいると、その場にいるのがすごく(いや)で、その時間が苦痛だと感じることもたまにあるから()かる。母はきっと私以上(いじょう)に疲れているに(ちが)いない。



……………とても、そんな(ふう)には見えないけど。



そんな私の同情の視線(しせん)が分かったのか、母は手首(てくび)(よこ)にヒラヒラと()って笑う。



「ああ、もしかして同情してる? (たし)かに毎日鬱陶しい事には変わらなかったけれど、私の方は今のあんたみたいに四六時中はりつかせなかったからそうでもないわ。


それに(あさ)(よる)の時間は、第一(だいいち)騎士団(きしだん)隊長(たいちょう)に“部屋から出すな”と言って見張(みは)らせておいたし、あんたの部屋に行けば、あの父親はついて来る事が出来ないからね。そこは上手(うま)()(まわ)ったわよ。それでもやっぱり毎日相手(あいて)をするのはもうゴメンだわ」



「…………母様(かあさま)。ヴァンデル隊長が()(あらそ)えないと言っていたわ。私も隊長にお父様がお仕事(しごと)()えるまで“部屋から出すな”と、お(ねが)いしたの」



母娘(おやこ)(そろ)って同じ事を言っていたとは隊長が血は争えないと言うはずだ。



それを聞いた母は一瞬(いっしゅん)ぽかんとした表情(ひょうじょう)()かべると、突如(とつじょ)として笑い出す。



「あはは、さすがは私の(むすめ)ね。あんたも同じ事を言ったんじゃ、“血は争えない”というのも(うなず)けるわ。あの隊長もさぞかし(おどろ)いたでしょうに」



「さぞかしーーか、どうかは分からないけれど、(めず)しくあの強面(こわもて)(ゆる)んで笑っている(よう)にも見えて正直(しょうじき)、私が驚いたわ。あの人、あんな顔も出来るのね」



「ふふっ、人は見かけによらないものなのよ? あんたもこれを()()れてみれば、あの強面だってその(うち)可愛(かわい)く思えてくるわよ。それに(かれ)ほど味方(みかた)にしておいて便利(べんり)な人はいないわ。あの国王(こくおう)唯一(ゆいいつ)()められる人材(じんざい)だもの」



その姿だけで人を威嚇(いかく)出来るであろう第一騎士団隊長を『便利屋』(あつか)いするとは、さすがは母様。と賞賛(しょうさん)するところだが、母の言うあの強面が可愛いなどと思える事など、私には多分無い。やはり怖いものは怖いのだ。



「あの強面を可愛いと言うのは母様だけよ。だけど便利なのは確かよね。お父様の事はヴァンデル隊長が引き受けてくれたから、(しばら)くは私もゆっくり(やす)めるもの」



「なら、よかったじゃない? それに第一騎士団隊長に(まか)せておけば大丈夫(だいじょうぶ)よ。国王を上手く(さと)して、きっとあんたから(はな)してくれるわ」



「それはどうかしら? 私、あの隊長とは全然(した)しくはないし、それに殆ど話した事もないのよ? それなのに(たの)まれもしないのに私の(ため)にそこまでしないわよ」



すると母はニッコリと笑って首を横に振る。



「あら? するわよ、勿論(もちろん)ね。あんたの為というより、自分達の為だけど。国王に仕事を放棄(ほうき)されて一番困るのは側近である彼等なのよ? 中でも特に第一騎士団隊長は多忙(たぼう)だから今、一番苦労(くろう)していると思うわ。だから今日という今日はあんた達の外出を阻止(そし)して国王を連れて行ったんでしょう?」



…………確かに、第一騎士団隊長はかなり怒っていたし、自分は忙しいのに「国王の仕事まではやっていられない」と言っていた。しかも(ほか)部下(ぶか)の騎士達までが国王に「離せ」と言われてでさえ、その体を押さえながら自分達の隊長の解放(かいほう)(うった)えていた。その彼等に無理矢理引きずられていく父の姿を思い出す。



「ーーああ、そうだった。あのお父様が彼等にズルズルと引きずられていく様はーーーちょっと…………いや、かなり面白(おもしろ)かったわ。さすがは第一騎士団隊よね。他の騎士団隊では絶対に出来ない事だわ」



すると私のその言葉に母が()き出すように笑い出す。



「ププッ、あははは、本当? そんなに面白かったの? いやだ、あんたどうして私を呼ばないのよ? すごく見たかったわ~。もしその場にいれば笑い()ばしてやったのに。あ~あ、残念(ざんねん)



…………母様。それは日頃(ひごろ)のお父様への鬱憤(うっぷん)()らしなのですか?



「…………そうね、今度はそうする…………間に合えば、だけど。それはそうと母様、何を()んでいるの? 最近ずっとその(ほん)ばかりよね? そんなに夢中(むちゅう)になるほど面白いの?」



母はここ最近、ずっと同じ本を読み(ふけ)っている。母は意外(いがい)にも読書(どくしょ)()きで(ひま)さえあれば紅茶(こうちゃ)をお(とも)に本を(ひら)いている。


私は読書は嫌いではないが、本を読むくらいなら体を動かしている方が好きなので、本と呼べるものは勉学の時に開くくらいで、どちらかといえば、自分で読むより読み聞かせしてもらう方が好きだ。母はそんな私を「お()(さま)」と言うが、私はまだ子供である。



「ああ、これ? 今、市井(いちい)の間で流行(はや)っている本なんだけれど、これがまた面白いのよ。大人(おとな)限定(げんてい)規制(きせい)(ぼん)だけどあんたも読む?」



母は続きものらしいその本を一冊(いっさつ)を手に取って表紙(ひょうし)を見せる。表紙は安価(あんか)(ぬの)()りのもので、一見(いっけん)普通(ふつう)に市井に出回っている本だが(すみ)の方に規則本の(いん)押印(おういん)してある。これは内容(ないよう)が大人向けで子供が購入(こうにゅう)出来ない印であり、読んではいけない本でもある。



「母様、それって、私が読んではいけない本でしょう? それを子供に(すす)める母親ってどうなの?」



私が(あき)れた視線を(おく)ると、母は小さく肩を(すく)める。



「だって気になるんでしょう? 心配しなくても、そんなに過激(かげき)な内容じゃないわよ。まあ、深窓(しんそう)令嬢(れいじょう)には読ませられるものじゃないけれど、あんたなら大丈夫でしょ?」



…………母様、私は一応王女なのですが。王女というのは深窓の令嬢中の令嬢なのでは?と、(こころ)の中で(つぶや)いてみたが、確かに私の場合、王女とはいっても深窓の令嬢と()()るには(ほど)(とお)俗物(ぞくぶつ)的な人間なので、敢えて否定(ひてい)はするまい。



「まあ、いいわ。それでどんな内容なの? 自分で読むのは面倒(めんどう)だから母様が簡単(かんたん)解説(かいせつ)してよ」



そんなものぐさな私に母はやれやれ、と本を開いてパラパラとめくる。



「こういうのは自分で想像(そうぞう)しながら読むから面白いのに。本当にお子様は仕方(しかた)ないわね。ふふっ、でも聞いたらあんたも面白いと思うわよ? 一人の女を(めぐ)ったもうドロッドロの泥沼(どろぬま)(あらそ)いだから」



母が()き生きとした口調(くちょう)になり、私は眉間(みけん)(しわ)()せる。



「はあ? そんな内容のどこが面白いのよ? 馬鹿(ばか)くさい痴話(ちわ)喧嘩(げんか)(ばなし)なんて面白くもなんともないわ。そんなの令嬢達の(うわさ)(ばなし)だけで十分(じゅうぶん)よ。言っとくけど、私は冒険(ぼうけん)ものとかハラハラドキドキする内容じゃないと、私、本を開いたまま()るわよ?」



「まあ、聞きなさいよ。話の内容は性悪(しょうわる)双子(ふたご)魔女(まじょ)姉妹(しまい)がいて次々(つぎつぎ)(おとこ)(たち)(たぶら)かして(みつ)がせたあげく、その間に生気(せいき)()()くしてボロボロにしては(いし)()えていたの」



「なに? それ? お伽噺(とぎばなし)なの? それなのに規制がかかっているわけ?」



「まあね、ーーそれでね、その双子の魔女達は次の標的(ひょうてき)各地(かくち)圧倒(あっとう)的に勢力(せいりょく)()ばしていた(くに)国王(こくおう)に目を付けたの。その魔女達はね、それはもう(うつく)しい容姿(ようし)絶世(ぜっせい)美女(びじょ)なのだけれど、その実体(じったい)は、若い男の生気を(すす)って若さと美貌(びぼう)(たも)っている(よわい)300年以上生きている(みにく)老婆(ろうば)なのですって」



「ふうん? まあ、話の内容といえばありがちーーよね」



私はクッションに頭を乗せてソファーに横たわりながら、()()無沙汰(ぶさた)に自分の(なが)(かみ)(よび)や腕に()き付けながら(あそ)んでいた。そんな母は、本のページをゆっくりとめくりながらもどこかしら楽しそうだ。



「そして魔女達はその国に入り込むと二人(ふたり)一役(ひとやく)で、その美貌を武器(ぶき)にして国王を上手く(たら)()んで自分達の思惑(おもわく)通り国王の愛妾(あいしょう)(おさ)まったのよ」



…………ん?…………愛妾?



何故(なぜ)か引っ掛かりを(おぼ)える。愛妾とはまるで母のようではないか。



「国王は(たちま)ち、魔女の美しさの(とりこ)になり、魔女の機嫌(きげん)(そこ)ねたものは追放(ついほう)()ぬまで投獄(とうごく)。 臣下(しんか)達はもはや誰一人として国王や魔女に(さか)らえなくなっていったの。


そんなある()、魔女は自分達の権力(けんりょく)確実(かくじつ)になった事をいいことに、国王の王妃(おうひ)三人(さんにん)王子(おうじ)邪魔(じゃま)になって(ひそ)かに暗殺(あんさつ)しようとしたのだけれど、それに逸早(いちはや)く気付いた国王の側近(そっきん)が王妃達を秘密裏(ひみつり)国外(こくがい)()がしたのよ」



…………ん、ん? 王妃と三人の王子?



「それで双子の魔女の妹の方が(のち)禍根(かこん)(のこ)さないようにと、逃亡(とうぼう)した王妃や王子達の追跡(ついせき)に出たのだけれど、その途中(とちゅう)、立ち寄ったある国でそれは美しい王子に出会ったの。


(いもうと)魔女はその美しい王子に一目(ひとめ)()れしてしまいどうしても王子が()しくなって、その国の国王夫妻(ふさい)魔法(まほう)(おど)して、まず()(はじ)めに王子の婚約者(こんやくしゃ)(いし)に変えると、自分が強引(ごういん)に王子の(きさき)(おさ)まったのよ」



…………ん、んん?…………美しい王子?



「!?」



そこまで聞いて私はガバッと()き上がる。その拍子(ひょうし)(まくら)にしていたクッションも(ゆか)(ころ)がり()ちたが、そんなものは気にしない。



「ちょ、ちょっと!なによ、その内容! それってまるっきり私達の事じゃないの!? 微妙(びみょう)に内容や配役(はいやく)は変わっているけれど、もしかしなくとも、その双子の魔女って私と母様よね? そして三人の王子って姉様(ねえさま)達の事じゃないの!?」



すると母はクスクスと笑う。



「ふっふっ、気付いた? そうなのよ。 この本、私達を題材(だいざい)にしたお話なのよ。私達が『性悪の双子の魔女』ですって、適役(てきやく)()ぎて笑っちゃうわよね」



そんな母の呑気(のんき)な様子に、私の眉間の(しわ)がさらに深くなる。



「母様! 笑い事じゃないわ! 市井でそんな本が流行っているですって!? 無礼(ぶれい)にもほどがあるわよ。すぐに(つく)った人間(にんげん)(ばっ)して本を回収(かいしゅう)させましょう?」



(いきどお)る私を母が手で制止(せいし)する。



「まあまあ。これはあくまでお話だし、配役や名前は変えてあるんだからいいじゃない。それにこれはまだ冒頭(ぼうとう)部分(ぶぶん)肝心(かんじん)の『主人公(しゅじんこう)』が出てきてはいないでしょう? ふふっ、『主人公』あってこその物語(ものがたり)ですものね。双子の魔女達はいわば『脇役(わきやく)』よ? この『主人公』が面白いのよ。思わず、()()まずにはいられないくらいにね」



「はあ? 『主人公』? どうせ主人公なんて心優しい(きよ)らかな村娘(むらむすめ)(おさな)(とき)(さら)われて行方(ゆくえ)()れずの実はどこぞの王女なんでしょう? そんなの『定番(ていばん)』じゃない」



「それがね? 主人公は確かに心優しいけれど気が強くて頑張(がんば)()という普通の容姿の娘なの。その娘は赤子(あかご)の時に神殿(しんでん)の前に()てられていて、そこの斎主(さいしゅ)(ひろ)われて、それからずっと神殿の巫女(みこ)として修行(しゅうぎょう)してきたのだけれど、ある日そこで魔女から逃れてきた王妃と王子達に出会うのよ。


するとその主人公の(やしな)(おや)が実は良い魔女の女王(じょうおう)でね。なんと主人公は本当は魔女の()を持った娘だったの。それから主人公は神殿の“(しろ)聖女(せいじょ)”として双子の悪い魔女を(たお)す為に三人の王子達と(とも)に魔女に対抗(たいこう)できる仲間(なかま)(さが)しに(たび)に出るんだけど」



「なんだ、やっぱり『定番』なんじゃない。実は“王女”が、実は“魔女”だった。に()わっただけでしょ? それのどこが面白いの?」



私が興味なさげに言うと、母は(ひと)()(ゆび)左右(さゆう)に振る。



「まあね、ここまでは定番かもしれないけれど、これは大人限定の“規制本”よ? そんな普通なわけないでしょ? この主人公は気が強い性分(しょうぶん)からか中々素直(すなお)になれなくてね。いつも王太子と三番目の王子と喧嘩ばかりしていて、二番目の王子とは彼が冷静(れいせい)沈着(ちんちゃく)な性分なので喧嘩はないけれど、そんな主人公は口ではいつも彼に言い()かされているのよ」



確かに私の(はら)(ちが)いの姉達は、激情(げきじょう)(がた)の第一王女。冷静で計算(けいさん)(だか)い第二王女。プライドの非常(ひじょう)に高い第三王女。


この本を作った作者(さくしゃ)随分(ずいぶん)的確(てきかく)調(しら)べあげているようだ。



「それでこの主人公はね、自分の魔法は「人を(すく)う魔法だから」と言って全く(たたか)うことは出来ないくせに、そのくせ、正義感(せいぎかん)(ひと)一倍(いちばい)あるみたいで、すぐ面倒事に勝手(かって)に首を突っ込んで行っては危機危機(きき)状況に(おちい)って、その(たび)に王子達に(たす)けられているんだけれど、それでも()りずに何度も同じ事を()(かえ)すのよね。それで怪我(けが)をした人達を魔法で(なお)して自分は『白い聖女様』と呼ばれて皆から感謝されているわけ」



「なによそれ? 主人公、馬鹿なの? 自分の力量(りきりょう)(はか)れないくせして、しかも学習(がくしゅう)能力(のうりょく)すら()いわけ? あまりにも(あさ)はか過ぎない? しかも最後(さいご)だけ美味(おい)しいとこ取り!?」



母の話を聞いている内に次第(しだい)にその主人公に苛々(いらいら)してくる。



「でしょ? 突っ込みどころ満載(まんさい)よね? それでね~何故(なぜ)か、三人の王子が(そろ)いも揃ってそんな主人公に()れちゃうのよね~」



「はあ? どこにその主人公の“惚れ要素(ようそ)”があるのよ? しかも三人同時(どうじ)?? あり()ない!!」



「ふふっ、これは『お話』よ、『お話』。そうしてこの主人公は三人の王子からあからさまに好意(こうい)()せられているのに、本当は分かっているくせして、すっとぼけるの。


「身分も何もない村娘の私なんか」とか「もっと他に綺麗な人が沢山いるのに私なんかを好きになるはずがない」ーーとかね。


王子達には気が強いのに自分の事になるとどうしてか後ろ向きで卑屈(ひくつ)なのよね。だけどそれでいて王子達が他の若い女と少しでも(した)しくすると嫉妬(しっと)して一人で機嫌が悪くなって、王子達に()()たりしたりするのよ」



「馬っ鹿じゃないの!? なに乙女(おとめ)ぶってんのよ。その女!! “気が強い”が聞いて呆れるわ。しかも“嫉妬”なんておこがましいわよ! あんた一体(いったい)、誰が好きなのよ!?」



話を聞いていると苛々が沸々(ふつふつ)と強くなり、これはあくまで本の中のお話なのに、つい突っ込みに(ねつ)が入ってしまう。そんな憤る私とは対照(たいしょう)的に母は面白そうに笑うだけだ。



「ふっふっふ、それでね? そんな主人公の()()らない態度(たいど)王太子(おうたいし)の我慢に限界(げんかい)がきて、とうとう実力(じつりょく)行使(こうし)で主人公を押し倒しちゃうのよ。


それで男女(だんじょ)関係(かんけい)を持ってしまうのだけれど、その主人公はどうも雰囲気(ふんいき)(なが)されやすくてね、次々に他の二人の王子とも()とも簡単に男女の関係を持っちゃうの。そこで王子兄弟(きょうだい)との泥沼関係が始まるのよ。


それに()えられなくなった主人公は一人で王子達から逃げるのだけれど、逃げた先々で出会った格好(かっこう)()い男達に何故かまた惚れられて、これまた簡単に(せま)られるままに体を(ゆる)しちゃうのよね。そして(かざ)()きが悪くなる(たび)に逃げるのよ。ちょっと、すごいでしょ?」



「…………母様。それ本当に『主人公』? “聖女”じゃなくて“売女(ばいた)”の間違いじゃないの? 私にはその主人公が、“性悪魔女”としか思えないわよ?


結局何? 男を誑かしているのは『主人公』でしょう? しかもそんな“惚れ要素”にすら疑問(ぎもん)しかないような身持ちの悪い尻軽(しりがる)な主人公に、どうして次々に格好良い男達が惚れるのよ? おかしいわよ。わけ分かんない!!」



「だから面白いんじゃない。ーーまあ、(よう)平凡(へいぼん)などこにでもいる女が、沢山の格好良い男達に言い寄られまくる事が主旨(しゅし)とする話みたいね。そういうのって、女なら誰しも願望(がんぼう)はあるでしょ? でも実際(じっさい)現実(げんじつ)ではそれってすっごく厄介事(やっかいごと)なのよね。あんたもこの(さき)覚悟(かくご)しておいた方がいいわよ?


ーーと、まあ、(はじ)めはあんたみたいに“馬鹿じゃないの?”とか、“あり得ない”とか言いながら突っ込んでいる内に、それが不思議(ふしぎ)段々(だんだん)クセになってくるのよね~。だからあんたも(ため)しに読んでみる? 今、続編(ぞくへん)四巻(よんかん)まで出ているのよ」



「いいえ、結構よ。…………なんかその主人公に殺意(さつい)覚えるから」



「そう? これからがもっと面白くなるのに。三巻目の後半(こうはん)から主人公と妹魔女の美しい王子を取り合う女の(たたか)いが勃発(ぼっぱつ)するのよ? どっちが()つか知りたくない?」



母が(さそ)うように意味深(いみしん)な言葉を掛ける。だが、そんなのは()まっている。物語というのは、主人公あってこその主人公の為のお話だ。脇役の悪い魔女などは主人公の引き立て役でしかなく、しかも最後には壮絶(そうぜつ)に倒されて(おわ)わるのは無論(むろん)、“お決まり”な終わり方だろう。



「興味ないわね。そんな分かりきった事を知ったところで、ますます気分が悪くなるだけだわ」



「それはどうかしら? この作者はどうもそういう常識から外れてるみたいなの。だから面白い展開(てんかい)になっているのに」



母のその言葉に少し気になった。



常識から外れている? あんな(むな)くその悪い主人公を作っておいて?



「…………それってどんな?」



私が興味を(しめ)したのを見て、母が持っていた本をパタンと()じる。



「ふふっ、気になる?」



ここでまたいつもの母の思わせぶりな言葉が出る。母は時に肝心なところで知りたいことを最後まで言わない。私に言わせれば母の悪い所だと思う。



「そんな言い方をされたら気になるに決まっているでしょう? 早く(おし)えてよ」



私が苛々気味にせっつくと、母は紅茶を一口飲んでから口を開く。



「まあ、まだ四巻目を読んでいる途中なのよね~。だから五巻目までいかないと分からない内容ではあるんだけれど。そうねえ、展開としては、これが意外や意外、なんと主人公が非常に不利(ふり)なのよ。


その主人公がね? 自分が倒そうとしている魔女がいる事も知らずに妹魔女がいる国にやって来たのだけれど、そこは格好良い男好きの惚れっぽい主人公だけあって、ま、当然だけど、そこは例外(れいがい)なく妹魔女の(おっと)になっている美しい王子に惚れてしまってね。


それでその王子の妃が性悪魔女だと知って何とかして妹魔女を倒そうと、あれこれ画策(かくさく)しているところへ例のあの王太子が主人公を()って来てしまったの。そこで主人公はその王太子に言葉(たく)みで魔女の事を話して、妹魔女を倒して貰おうとけしかけたのよ。



ーーふふっ、あんたの今、言いたい言葉が分かったわ。「悪い魔女なのは主人公も同じじゃない!」ーーでしょ? 当たり?



でもそこで王太子は実は主人公が複数(ふくすう)の男達と関係を持っている事実を知る事になって、そんな主人公に嫌気(いやけ)が差して離れていくの。


しかも王太子は妹魔女に幾度(いくど)か対面している内に、なんと自分の宿敵(しゅくてき)でもあるはずの妹魔女に心を(うば)われて惚れてしまうのよね~ けれど妹魔女の夫である美しい王子も実は本気で妹魔女の事を(あい)してしまっているから、あらら、まあ大変(たいへん)!? 今度は主人公と妹魔女と王太子と美しい王子の略奪(りゃくだつ)(あい)(めぐ)った更にドロッドロの泥沼関係展開中なのよ」



うっ、なにそれ? ………ちょっと面白いんですけど。しかも続きが気になる。すっごくその展開が気になる……………


だってそれって、あのまさかの“ざまあ”展開?? だけど『主人公』なのに??



「…………母様。前言(ぜんげん)撤回(てっかい)するわ。気になる。すっごくその展開気になるわ! だから早く続きを読んで下さらない? そして私に教えてね?


でも主人公だから、やっぱり“お決まり通り”という事もあるわよね? だから母様から話を聞いた上で物語が完結(かんけつ)したら(あらた)めてその本を()して貰うわ。だって悪い展開なら読みたくないんですもの」



母はそんな私に小さく肩を(すく)める。



「あんたも“美味しいとこ取り”なのは一緒じゃないの。ーーでもまあ、いいわ。それに娘と本の内容を一緒に談義(だんぎ)するというのも、結構、(たの)しいものね。本当にあんたは自分の興味のあるものにしか反応(はんのう)しない子なんだもの。


ーーそれで? 私はまた読書に入るけれどあんたはどうするの? 私が読み終わるまで待っているつもり? 私はゆっくり読む方だから、読み終えるのはかなり(おそ)くなるわよ?」



そんな私は母の言葉に首を横に振ると、(すわ)っていたソファーから腰を上げて(みだ)れたドレスの(しわ)を伸ばす。



「さすがに退屈(たいくつ)してきたところだから、城の中を散歩(さんぽ)でもしながら話し相手でも(さが)す事にするわ。でもどうせなら城の中じゃなくて一人で城下のお(しの)びにでも行きたいところだけど、それがお父様に知れたら今度こそ城内に軟禁(なんきん)されてしまうでしょう?」



その言葉には母も真顔(まがお)で怖い表情になる。



「当たり前よ!!絶対に駄目!! 一人で行くのは、父親でなくとも私も絶対に許さないわ!! 何度も口煩(くちうるさ)く言うけれど、あんたにとって(そと)はすごく『危険(きけん)』なのよ?


父親やヴァンデル第一騎士団隊長が一緒ならともかく、それ以外は絶対に駄目よ! あんたみたいな世間知らずの娘が一人で歩いてなんていたら暴漢(ぼうかん)(おそ)われてしまうか、すぐに悪い(やつ)(さら)われていかがわしい(ところ)()()ばされてしまうわ。それでなくとも(むかし)からフラフラしてすぐにいなくなるんだから。蒼白(そうはく)になってあんたを探す者達の身にもなって頂戴(ちょうだい)!!


いいこと? 今度脱走(だっそう)なんかしたら、本当に父親じゃなくても四六時中見張りをつけて、城からは一歩(いっぽ)も出さないからね。こればっかりは、私も問答(もんどう)無用(むよう)で父親(がわ)に付くわよ?」



「わ、分かってるわよ。ちょっと言ってみただけよ。本気(ほんき)じゃないわ。心配しなくても大丈夫。城からは一歩も出ないから安心して? 私だってもう”軟禁(なんきん)“されるのは嫌だし、さすがに学習したわ」



ーーそう、私は以前、一人で城を抜け出してお忍びで城下に出掛け事がある。


城下(じょうか)の街には父と一緒によくお忍びで出掛けていたので、街中は見知っていた。だから父が戦に出向いていて城を留守にしている間、丁度(ちょうど)退屈していた時に城下の街の方に各地を巡業(じゅんぎょう)している面白い見世物見世物(みせもの)小屋(ごや)が来ている事を聞いて、いてもたってもいられず、こっそりと城を抜け出して一人で見に行ったのだ。


しかしそんな()れているはずの城下でまさかの迷子(まいご)になり、その時出会った自分よりも少し年上のとても面倒見のよい親切(しんせつ)な二人の少年(しょうねん)達のお世話(せわ)になって、そんな彼等に見世物小屋まで案内(あんない)してもらい、しかも屋台(やたい)の食べ物まで買って貰ったりして城下を満喫(まんきつ)していたところを、お忍び用の変装(へんそう)をしていたにも関わらず、街で警邏(けいら)(ちゅう)の騎士達に見つかって、直ちに城に強制(きょうせい)送還(そうかん)された。


城に戻るなり、母にはすごく怒られて長いお説教(せっきょう)を受ける事になり、その数日後、戦から戻ってきた父からはやんわりと注意(ちゅうい)を受けただけで全く怒こられこそはしなかったものの、その分、父より私への(ばつ)として、約ふた月ほど城に“軟禁”されたことがあった。


だからまた同じ事を繰り返したら今度は半年(はんとし)、いや、それ以上に“軟禁”されるに違いない。いや“軟禁”ならまだいい。きっと今度は“監禁(かんきん)”だろう。その時は勿論、母の助けはない。先ほど母の口から、父親側に付くとはっきりと言われたばかりだ。



「それじゃあ、私は行くわ。母様、お邪魔したわね。もしかしたら、また来るかも?だけど取り敢えず行ってきます」



「はい、行ってらっしゃい。あんたの事は信用(しんよう)してはいるけれど、本当に一人で行くのは駄目だからね? どうしても行きたいのなら父親かヴァンデル隊長と行きなさい。ーーいいわね?」



再び母から(ねん)()しされて、私はそれに応えるようにヒラヒラと手を振ると母の部屋を後にした。




*****




母の部屋を後にしてから行く先も決まってはいなかったので、取り敢えず城の長い廊下(ろうか)(ある)く。特に行きたい所は無いが、ふと(まど)(そと)を見ると城の西側(にしがわ)裏手(うらて)の方に現在(げんざい)建設(けんせつ)(ちゅう)建物(たてもの)が目に入る。もう殆ど外観(がいかん)は出来ていて貴族(きぞく)屋敷(やしき)規模(きぼ)の建物だ。


その建物は私達母娘(おやこ)がこれから()別邸(べってい)であり、やはり王妃(おうひ)(がわ)の勢力が強い城内では、私達が肩身(かたみ)(せま)い思いをしない様に、王妃達と居住(きょじゅう)()を別々にするのだと聞いてはいるが、その実の所は王妃の実家(じっか)であるフォルセナ側に配慮(はいりょ)した形であるようだ。


そんな複雑(ふくざつ)な事情ではあるが、私達が別邸(べってい)(うつ)ることは母も私も全くもって不満(ふまん)はなく、むしろ大歓迎(だいかんげい)である。


いくら国王が周囲の人間に私達母娘に危害(きがい)(くわ)える事は『何人たりとも絶対に許さない!』と周知(しゅうち)させてはいるものの、それでもやはり態度や言葉の攻撃(こうげき)までは(ふせ)げない。


だから同じ城にいれば、そんな人間達と嫌でも顔を会わせてしまうが、私達母娘専用(せんよう)の屋敷が出来れば、そこには私達しかいないので嫌な顔を見る必要(ひつよう)最小限(さいしょうげん)で無くなるし、何をしていようが他人の視線に(さら)される事も無くなる。


私は窓辺(まどべ)で建設中の別邸を見つめながら、ふと、そこまで(あし)(はこ)ぼうと思い付いた。本当は建設中の間は危険なので近寄ってはいけないと言われてはいるが、もう外観(がいかん)は殆ど出来上がっている。少しくらいなら近付いて見ても危ないという事は無いだろう。


そう思い立って早速(さっそく)、城の西側に続く出入り門に向かって歩いていた時、その進行(しんこう)方向(ほうこう)に見えた前方(ぜんぽう)にいる人物(じんぶつ)の姿を確認するなり、思わず「ゲッ」と淑女(しゅくじょ)らしからぬ言葉が飛び出してしまう。



…………これだから同じ城にいると、こんな(ふう)に顔を会わせる事になるから嫌なのだ。



「…………チッ、帰ってきてたのか」



これまた淑女らしからぬ(した)()ちが飛び出したものの、だからといって引き返すのも敵前(てきぜん)逃亡(とうぼう)意味(いみ)するのでそれも出来ない。だが、向こうも私の顔など見たくもないだろうから、いつものように私の存在(そんざい)無視(むし)して立ち()るだろう。


ーーそう思っていたのに、どうしてか今日に限って彼女は自分の侍女(じじょ)を後ろに引き連れて(おのれ)の方から私の方へと歩いて来る。



どうして!? こっちに来る?



彼女は綺麗(きれい)()い上げた(たて)()きの金色(きんいろ)の髪を()らし、羽扇(うせん)優雅(ゆうが)(あお)ぎながらこちらに歩いて来ると、私の数歩前で立ち止まった。


そしていつもなら眉間(みけん)(しわ)を寄せて嫌なものでも見るような表情をするはずなのに、何故(なぜ)か今日に限っては不自然なほど上機嫌に微笑んでいる。



「あら? ごきげんよう。どうやらご機嫌が直ったというのは本当のようですわね? よろしかったこと。これで城中が平和(へいわ)になりますわ~ ーーねえ?あなた達もそう思いますわよねえ?」



彼女は自分の後方(こうほう)の侍女達に声を掛けると、彼女達は大袈裟(おおげさ)なほど大きく首を縦に振る。



「ええ、本当によかったですわ」



「私達、恐ろしくて(ふる)えておりましたもの」



「ですから私達は王妃様や王女様に同行させて頂いて本当に(しあわ)(もの)でしたわね。城に残った者達からどれほどうらやましがられた事か」



私への嫌味(いやみ)ともとれる言葉を口々に(かた)る、この三人の侍女は彼女専用の侍女達なので当然、私の事をよく思ってはいない。だからさすがに直接(ちょくせつ)ではないにしろ、自分達の(あるじ)が嫌っている私に対して間接的に意地悪な態度を見せるものの、それは自分達の主が一緒にいる時だけでそうでない時は私の姿を見るなり、そそくさといつも物陰(ものかげ)(かく)れてしまうので、彼女達の意地悪(いじわる)などたいして気にはしていない。



「…………ごきげんよう、アニエス姉様(ねえさま)。お帰りになっていたのには気付かなかったわ。それに姉様の方からお声を掛けて下さるなんて、珍しい事もあるものね? 私に何か御用(ごよう)かしら?」



そんな目前にいる彼女こそ私の腹違いの4歳年上の姉で、この国の第三王女アニエスだ。


ここ最近、父と私の親子喧嘩で城内の雰囲気が悪くなった事もあり、自分達がそのとばっちりを受けないように王妃が自分の娘達を連れてフォルセナに里帰(さとがえ)りしていたそうだが、一連(いちれん)騒動(そうどう)が治まった事を聞いたのか、どうやら王妃達親子は国に戻って来ていたらしい。


それにしてもこちらは色々と疲れているのに、どうしていつものように無視してくれないのだろうか? これがいつもの万全(ばんぜん)の状態の私ならば嫌味には嫌味で返すところだが、彼女の相手をするには今の私の気分ではますます疲れてしまう。だからここは私が大人になって、彼女の嫌味を適当(てきとう)に聞き流してさっさと立ち去ろう。


内心そう考えつつも私が愛想(あいそ)笑いを浮かべていると、アニエスはわざとらしく驚く仕草(しぐさ)をする。



「まあ、珍しいだなんて。用事(ようじ)がなければ話しかけてはいけませんの? あなたの半分(はんぶん)は血統の悪い、どこの(うま)(ほね)とも知れない血を引いてはいても、もう半分はこの国の王家の血を引く“一応”王家の一員(いちいん)(みと)められた私の“(いもうと)”なのですもの」



相変わらず口から出る言葉にはいちいち(とげ)がある。なにが“妹”だ。そんなことこれっぽっちも思っていないくせに。


それに普段であれば私とは口を聞くのも(けが)らわしいと思っている血統至上(しじょう)主義(しゅぎ)上流(じょうりゅう)意識(いしき)(かたまり)のようなプライドの高い彼女が、自分の方から私に近付いて話しかけてくる事など、あり得ないから珍しいと言ったのだ。しかもその上機嫌が薄気味(うきみ)(わる)いこと、この(うえ)ないーーー


「あなたがまだお部屋に()(こも)っているのではと丁度(ちょうど)見舞(みまい)いに行くところでしたのよ? それもあなたときましたら私達がこうして帰国(きこく)いたしましたのにあなたの母親(ははおや)はともかくとしても、私達の“妹”であるあなたが挨拶(あいさつ)にも来ないだなんて、まことに非常識ですものね?


ですからてっきりあのまま病気(びょうき)にでもなってしまったのかと心配して“姉”である(わたくし)(みずか)ら、あなたのお見舞いに足を運んだというのに、それが出会った途端(とたん)、私達の帰国にも「気付かなかった」とか、話しかけたら「珍しい、何か用?」だなんて。なんとも薄情(はくじょう)な“妹”だこと」



そんな(あるじ)の言葉に三人の侍女達がまたこぞって声をあげる。



「ああ、アニエス様は本当にお(やさ)しいですわ」



正統(せいとう)なお血筋(ちすじ)であられるアニエス(さま)(おん)(みずか)ら、わざわざお見舞いに出向かれるなんて、本当にお(うつく)しい上になんてお(こころ)のお優しいお方なのでしょう」



「そうですわ。それなのに、そんなお優しいアニエス様のお心をお分かり下さらないだなんて、アニエス様、お可哀想(かわいそう)に…………」



三人の侍女達はそう言って口々にアニエスに同情しているが、それを見ている私の視線はいつも以上に(ひや)ややかだ。



ーーなにが優しい、可哀想なんだ。今までだって王妃や姉達が何処(どこ)外出(がいしゅつ)して帰国しようが、そんな姉達に私が挨拶に出向いた事など一度も無いし、そもそも私達母娘の顔など見たくもない彼女達は普段から私達の存在をはなから無きものとして無視している。それなのにこれみよがしに“妹”と言う言葉を使い、私の“心配”などと、どの口が言うのだろう。私はそんな彼女にニッコリと微笑んだ。



「ああ、それは大変(たいへん)失礼(しつれい)しましたわ。けれど、随分(ずいぶん)と“お(しず)かな”お帰りでしたので全く気付きませんでしたの。ですから今度はお父様の時のように、帰国された事が直ぐにでも分かるようにして下されば、その時は是非(ぜひ)ともお出迎えさせて(いただ)きますわ。ええーー勿論、花束(はなだば)を持って」



ーーそう、父が戦から戻って来る時などは、いつも凱旋(がいせん)パレードで(れつ)()して街中を上げての大騒(おおさわ)ぎで帰国するので、そんな父が城下に入れば直ぐに帰国が分かるようになっている。しかもその(さい)、父はあちらこちらから花束を貰ってくるので、それを例に()まえて少し嫌味を(ふく)めて言葉にする。やはり言われっぱなしというのも面白くない。


…………大人になるのは(むずか)しい。



するとそんな私の言葉に反応してアニエスの表情がにわかに変わり、眉間に深い皺が寄るも、またすぐに笑顔になる。



何なんだ? 一体?



「まあ、その様子であれば、こちらの心配など全く無用(むよう)でしたわね。それはそうと今回の事でセルリアのユーリウス王子が呼びつけられたのですってね? 王子もお忙しいのに本当にお()(どく)だこと。


ーーああ、そうそう、お気の毒と言えば、クラウス叔父(おじ)(うえ)も大変お気の毒ですわ。やっと父上(ちちうえ)から“(あい)する女性(じょせい)”との婚姻(こんいん)を許されたというのに、あなたに邪魔(じゃま)をされて破談(はだん)にされてしまったのですもの。


でもおかしいですわよね? あなたには婚約者がいますのに、叔父上の婚姻には反対なさるだなんて。お気の毒に、クラウス叔父上は(ひど)傷心(しょうしん)されていらしたわ。 そのご様子を見ていてお可哀想になるくらいーーー」



その言葉を聞いて私の頭に一気(いっき)に血が(のぼ)る。



「は? 愛する女性ですって!? 何を言っているのよ! あの女はただの幼馴染(おさななじ)みで親友(しんゆう)の妹ってだけだわ! それに私は身分(みぶん)(ちが)いを(ただ)しただけよ! だってそうでしょう? クラウスにアリシア程度の女が相応(ふさわ)しいわけないじゃない!」



私がそう一気に(まく)し立てると、アニエスはさも可笑(おか)しそうに声を上げて笑う。



「あはは、“それ”をあなたが言いますの? 笑えますわね。あなたの方こそ、セルリアの王太子とはつり合いが取れてはいないでしょうに。少なくともあの男爵(だんしゃく)令嬢(れいじょう)の方がどこかの“中途半端(ちゅうとはんぱ)”な王女よりも、(あき)らかに血筋の正しい貴族ですのにね。


アリシア嬢もお気の毒だこと。我儘(わがまま)な“(だれ)か”のせいで、その“誰か”とは違い本当にお体を(こわ)して、ご病気になられてしまわれたのですって。


ーーああ、それで、クラウス叔父上が毎日のように男爵家に通われているそうですわよ? それはもう甲斐甲斐(かいがい)しくーーー」



え?……………クラウス………が?



「………………クラウスが? 毎日アリシアの所に? ……………そんな事はないわ。だってクラウスは薬学(やくがく)研究(けんきゅう)の大きな集会(しゅうかい)があるから、それで(いそが)しいって。だから城には中々来られないって……………」



私の中の先ほどまでの(いきお)いもどこかに()え去り、どこからともなく心臓(しんぞう)の音だけが大きく聞こえてくる。そんな私にアニエスの容赦(ようしゃ)のない言葉が()(そそ)ぐ。



「ふふっ、それは大人の建前(たてまえ)ですわよ。考えなくとも分かりますでしょう? “愛する女性”が病気になってしまいましたのよ? クラウス叔父上にしてみれば、とても平常(へいじょう)ではいられませんことよ?


それにその事は貴族の間でも(うわさ)になるくらい有名(ゆうめい)ですのに、あなたはご存知(ぞんじ)ありませんの? ああ、それともまた箝口令(かんこうれい)でもしかれているのかしら? あなたは二人を破談にした当本人ですもの。


それともユーリウス王子の来訪(らいほう)に浮かれていて、耳に入らなかったのかしら? しかもクラウス叔父上があなたのお見舞いに来ても追い返したのですってね?


自分の婚約者は迎え入れるのに、叔父上の方には酷い仕打ちをした上にしかも会わずに追い返すだなんて

本当に信じられませんわ。なんて非情(ひじょう)(めい)なのかしら?」



アニエスの言葉がグサグサと自分に突き刺さる。



ーー私のもう1つの(なや)み。それはクラウスの事だ。


決してクラウスを追い返したくて追い返したわけじゃない。ーーただ、彼の顔を見るのが怖かった。彼のその口からアリシアの名前が出るのが怖かった。


そして…………何よりも嫌われてしまう事が怖かった。


だからクラウスを()けた。そうやっている内に今まで自分がどうやって彼に接していたのかも分からなくなって、会う事が出来なくなっていた。だから彼が忙しくなって城には中々来れないという事を聞いて、どこか安心さえしていた。


でもその間、クラウスは毎日アリシアの所に会いに行っていた? 私じゃなくて、彼女の所に?



ーーズキズキと胸が痛い。怒りというよりも(かな)しいような気持ちが()き上がってくる。



…………どうして、こんなに胸が苦しいの? 

…………どうして、こんなに悲しくなるの?

…………どうして、アリシアなの?

…………どうして、私の所じゃないの?



もはやアニエス達がそこにいる存在すらも頭には無くーーどうして?という疑問(ぎもん)(けい)の言葉だけが頭の中に反芻(はんすう)する。



…………分からない…………分からない。



自然に涙が込み上げてくるのを(うつむ)いてグッと(こら)えていると頭の上からアニエスの()(ほこ)ったような笑い声が聞こえた。そしてトドメとばかりに彼女の言葉の凶器(きょうき)(やり)が再び私に(おそ)いかかってくる。



「ふふっ、もうクラウス叔父上はあなたに会いに来る事はないのではないかしら? 自分と愛する女性との幸せを壊した酷い人間になど、誰も会いたくなどないですものね。


事実、もうずっとクラウス叔父上は、城の方にはお顔を出してはいらっしゃらない様ですし。ですがアリシア嬢には毎日会いに行かれているのですって。


ーーああ、きっと、あなたは叔父上に嫌われてしまいましたのね? 無理もありませんわ。(にく)まれて当然の事をしたのですもの。でもあなたにはユーリウス王子がいらっしゃるから、叔父上の事など関係のない事でしたわね?


まあ、そのユーリウス王子にまで嫌われてしまわない様、精々(せいぜい)努力(どりょく)なさる事ですわ。あなたの隠された本性(ほんしょう)などは、いずれに露見(ろけん)しましてよ?


そしてその内にアリシア嬢のようなご令嬢に王子を取られてしまうかもしれませんわね。ですがそれも自業自得(じごうじとく)ですわ。人の心まではあなたの我儘でもさすがにどうにも出来ません事よ?」



アニエスは(たか)らかに笑うと、彼女の侍女達もクスクスと一緒に笑っている。



「ああ、そういえばこれはお見舞いですわ。フォルセナの特産物(とくさんぶつ)でしてよ。心配せずとも毒など入ってはいないから、安心して母娘でお上がりなさいな」



アニエスは侍女に指示(しじ)すると、侍女の一人が私の前に出てきて持っていたバスケットに(かぶ)せてある(ぬの)を開くと、そこには果物(くだもの)がギッシリと()まっていた。しかし私の目にはその光景(こうけい)視界(しかい)に入ってはいるものの、意識(いしき)の方はそこには向いてはいない。


差し出されたバスケットを受け取らずに立ち()くしている私の様子を見て、アニエスは満足そうにクスクスと笑いながら「後でお部屋に届けておきますわね」と彼女から言われたような気もするが(さだ)かではない。既に私の頭の中では違う意識で占領(せんりょう)されていたからだ。


アニエスの言葉が頭の中に(ひび)く。



…………クラウスに……嫌われた?


ーーアリシアには毎日会いに行くのに私の方に会いに来ないのはーー私が嫌いだから?


ーークラウスが私を憎んでいる? クラウスとアリシアの幸せを私が壊したから?



その時、アニエスが口角(こうかく)を上げてニヤリと意味深に笑っていたことにも気付く余裕(よゆう)もなく、上機嫌で去って行くアニエスと侍女達の後ろ姿を茫然(ぼうぜん)としたまま見送った。そして頭の中では、ずっと否定否定(ひてい)していた言葉が反芻(はんすう)し続ける。



……………嫌い?………嫌われた? ……………もう、私の顔なんて見たくもない? ……………会いたくない?



ーー私よりも、アリシアの方を選ぶの?






【13ー終】






















































































































































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