【4】嫌いな『女』
【10】
それから私が部屋に閉じこもること数日、勿論、私の機嫌はすこぶる悪かった。
部屋には母以外は誰も入室を許さず、父が何度も私のご機嫌を伺いに来るも顔も出さず口も利かずに一切無視した。
クラウスも何度か部屋に訪れたが、彼の口からアリシアの話など絶対に聞きたくないので父同様に無視をした。
父はそんな私のご機嫌をなんとか取るために、私の好きなモノや食べ物など、あらゆるモノを寄越してきたが、それすらも例外なく拒否した。
母からの話でどうやらクラウスの結婚話は白紙になり、アリシアはというと私の家庭教師の任を解かれ城には一切出入り禁止になったのだという。
これでクラウスが結婚することは無くなったというのに私の心はまだ黒いモヤが渦巻いて晴れない。やはりアリシアという存在自体が気に入らなかったのだ。
自分とは何もかもが違うアリシア。世間から性格の悪い我儘王女と言われている自分とは違い、彼女は老若男女関係なく誰にでも親切で優しく、しかも努力家で頭も賢くて立ち振る舞いも上品な理想的なご令嬢で性格の良いその内面が顔にも出ているのだろう。
彼女の笑顔はいつも明るく優しげで、顔には少しそばかすは見受けられるものの、強めのウェーブのかかった金髪と薄い空色の瞳の愛らしい容姿で誰もが彼女を綺麗だと言う。
そんな誰からも愛されるアリシアとは違い、私は我が国周辺諸国では数少ない真っ黒な黒髪に真っ黒な黒い瞳で、その容姿の色からいってもたとえて言うならアリシアが『善』なら真っ黒な私は『悪』だろう。
だからと言って私は別に金髪に憧れているわけではなく、寧ろ数少ない自分の黒い色は私の自慢するところだ。
しかもどう見ても私の方が母譲りの美貌で絶世の美女と称されている容姿を持っているというのに、アリシアを見ていると性格はともかく容姿では自分の方が女としてはるかに優れているはずなのに、彼女に対してはいつも自分の劣等感を覚えてならない。
しかも私よりもずっと長くクラウスの傍にいて、私の知らない彼を色々と知っている彼女は誰からも信頼されていて、私が見る限りではあの気難しいクラウスが優しく接している貴族令嬢は彼女しか見たことがない。
だから物心ついた時から何となくアリシアが気に入らなかったが、クラウスの親友の妹で彼が昔から信頼を置いているプリンヴェル男爵家の人間なので今までずっと我慢をしてきた。そんな彼女が私の家庭教師に抜擢された時も私は自分の気持ちとは裏腹に敢えて了承した。
確かに彼女は他の令嬢達の家庭教師としての評判もよく賢いだけあって、その知識や立ち振る舞いには貴族内でも定評があったので、教わる分には何も問題はなく、それに関して拒絶する理由もない。
何よりも私が単に彼女が気に入らないという理由だけで、クラウスがもっとも信頼している家の人間を私が拒絶をして彼を落胆させるのは嫌だった。
それでもやはりアリシアが私の家庭教師になってからというもの彼女が城に出入りする事が多くなり、アリシアとクラウスの接触する機会が増えて、城内でよく二人で談笑している姿を見かけると何だか無性に腹が立って、
その度に間に入ってクラウスを父の所に連れて行ったり、そんな彼女の授業をサボってみたり意地悪や嫌味も授業のさいにしたり言ったりしてやった。
そんな私の所業を当然彼女はクラウスに告げ口をしているものだと思っていた私だったが、彼女はそんな私の所業を一切、クラウスや母にさえも他の誰にも言ってはおらず、それを見かねた侍女達の口から母にそれが伝わって怒られもしたが、そんな時にもアリシアは“自分の教え方が至らないせいだ”と言って私に意地悪をされていたにも関わらず、逆に私を庇う始末だ。
しかもそんな私に“今度は興味を持ってもらえるような授業内容になる様、頑張るから”ーーと、悪意のまるで存在しない顔で微笑まれてしまうと、ますます自分の劣等感を刺激されて何とも形容しがたい気分になる。
今まで自分が付き合ってきた貴族令嬢の中に、こんなお伽噺に出てくるような善人の塊の主人公のような人物など居たためしがない。大抵は自分の損得勘定で付き合うのが貴族間の理とも言える。
なのでそんな私達の認識では常識外れの彼女が違和感極まりなく、貴族の男性達からは非常に評判の良かった彼女も、それとは逆に令嬢達の間では私と同様に彼女をよく思わない者が多数存在した。
だからそんな令嬢達からも嫌味を言われたり意地悪もされていただろうに、それでも彼女は笑顔を絶やさず、その親切は崩れることはない。本当にどうやったらそんな人間が育つのか逆に彼女の両親に問いたい。
そんなプリンヴェル男爵夫妻もその人柄や仕事ぶりなど世間でも評判が良く、何でも教会と共同で孤児施設も運営しているとかで、市井の間でも慕われているという私達側から見ても大変珍しい貴族だ。
そしてその子息でクラウスの親友でもあるレスターも、クラウス同様に王立中央学習院で教鞭を執っていて、その授業は生徒の間でも面白いと定評があり男女共に大変人気のある教師なのだという。
そのレスターとも何度か面識はあったが、彼はクラウスとは子供の頃からの付き合いでクラウスと同い年であり、10代の頃には王立中央学習院で共に勉学を教わっていたらしい。
そんな彼は両親と同じく茶色混じりの赤毛の髪と薄い茶色の瞳をしている。
彼は生徒から人気があるだけあってその人柄は確かに気さくで話しやすく貴族であるのに上から目線の気取った感じもなく、それどころか庶民的なくだけた性格で、また大変行動力のある好青年だ。
しかも『超』がつくほどの妹思いであり、シスコンとも呼べるほど妹のアリシアを大事にしていて、私のアリシアへの所業はまだ知られていないのか、未だ私には抗議をしに来たことはないが、
聞くところによると他の貴族令嬢達がアリシアに意地悪をしているのを知ると、そんな妹を彼女達から庇うと同時に、自分の両親に相談する間もなく、いち早く当事者の令嬢やその両親に抗議をしてしまうくらい大変な妹思いの兄上なのだそうだ。
だから今回アリシアが私の機嫌を損ねて家庭教師を解任され、しかも王城を出禁になったと知れば、彼女の兄はこの王女である私にも抗議をしてくるのだろうか?
あの重度のシスコンの兄のことだ。多分、何か言ってくるかもしれないが、その時はきっとクラウスが止めるだろう。私への抗議はそれは即ち父である国王への抗議となりうるのだから。
そんなこんなで私は一人で自分の内にある黒いモヤモヤを持て余しながら何よりも今は大好きな父に裏切られた感が強くて、その抗議とばかりに徹底して父に反発していると、私への物でご機嫌を取る作戦も通用せず、クラウスでさえも受け入れない私に父はどうやら次の作戦を思い付いたようだ。
その日、私に昼食を運んできた母が私の様子を伺うように口を開いた。
「リルディア、まだ怒っているの? あれからもう14日はたつのよ? あの父親に関しては全く同情なんてしないけれど、あんたが父親を拒絶しているせいで国王の機嫌がここの所ずっと悪くて、臣下はおろか城中の使用人達がその八つ当たりにあって気の毒な目にあっているのよ?
クラウスの結婚話も無くなったことだし、アリシアだってあんたからは遠ざけられたのだから、そろそろ機嫌を直して皆の平穏の為にもあの父親の機嫌を取ってくれると有り難いわ。
あんたは部屋に閉じこもっているから知らないでしょうけれど、今、城中が国王の機嫌がこれ以上悪くなるのかと異様な緊張感が漂っているし、貴族達すら恐れて極力城には近寄っては来ないのよ?
あんたの気持ちはもう十分に伝わったことだし、あの父親も二度とあんたを無視して事を進めるようなことはしないわよ。だからいい加減、許してあげてもいいんじゃない?」
しかしそんな母の言葉に私は首を横に振る。
「駄目よ! まだ私の中の苛々はそう簡単には治まらないわ! だってお父様は私に隠し事をして裏切っていたのよ?とても許せないわよ!」
「でもそれを言うなら私も同じでしょ? 私もあんたに言えずに黙っていたことだし、しかも最初はクラウスの結婚も容認していたのだもの。やっぱり私のことも許せない?」
「母様はいいのよ。母様は許すわ。元々母様は第三者的な考え方のそういう人だし、クラウスの事を私に言えなかったというのも私の気持ちを考えての事だったのは分かるから。それに母様は最終的には何があっても私側の人間でしょ?
だけどお父様は違うわ! お父様は何があっても絶対に最初から最後まで私の味方でなければならないの! お父様はいつだって私と母様のことを一番だと仰るわ。勿論、私だってお父様が一番大好きなのはずっと変わらない。だからこそお父様は私の嫌がる事や隠し事なんて絶対にしてはいけないのよ!
それなのにお父様は私を裏切って私の大嫌いなアリシアをクラウスと結婚させようとしたのよ!? しかもそれを私に隠してたのよ? お父様はたとえ何があっても私の一番の味方だと信じていたのに酷い裏切り行為だわ!
しかも信じられない事に娘の私の前でアリシアを良い娘だと褒めたのよ!? お父様は私が一番なのだから母様は良いとしても私以外の女を褒めるなんて言語道断よっ!! 浮気者だわ!! 私の怒りが治まらないのは全てお父様のせいよ!!当然でしょ!?
それに他の皆も同罪よ! たとえお父様の命令であっても私に隠していたのだから、お父様の八つ当たりくらい甘んじて受けていればいいのよ! 浮気者のお父様のご機嫌なんて私の知った事じゃないわっ!!」
思い出したかのように眉間に皺を寄せて苛々し不貞腐れながら、ふいっと横を向く娘に母は言葉には出さないが思わず天を仰ぎたくなった。
やはりこの父親にしてこの娘だ。元の本質が同じだけに対処のしようがない。父親も自分の娘に対して盲目的な執着を見せているが、そんな娘もまた父親に対して盲目的な独占欲を見せている。
そしてどうやら娘のここ何日も機嫌が悪いのが続いているのは、勿論クラウスの結婚話の事もあるが、何より絶対的に信じていた父親に裏切られたという気持ちの方が原因のようだ。だからいくら娘のお気に入りであるクラウスが宥めに来たところでその機嫌が直るわけがない。
あの父親は娘が嫁いでも手放すつもりはないとは言ってはいたが、そんな娘の方もこのままでいけば、きっと嫁いだとしてもすぐに父親の元に戻ってくるに違いない。今の娘にとっての何よりも一番は父親その人だからた。
それもまだ今は子供だから仕方がないとは思うが、この先大人になっても娘が父親にべったりでいつまでも離れずに甘えていたらどうしよう? ーーと、娘の将来が不安にもなってくる。
ここはやはり娘には他にも目を向けて貰わなければーーと、丁度良いタイミングを見計らいながら当初の目的の話を切り出すことにする。
「それはそうとリルディア? 今日はあんたに特別なお客様が来ているのよ?」
「え? お客様??」
突然話が変わって私にお客様だという母に、そっぽを向いていた顔を思わず母の方に向ける。すると母は意味深にニッコリと微笑んでいる。
「ふふっ、誰だと思う?」
「な、なによ? 母様、随分勿体ぶるわね? どうせまたお父様の差し金なんでしょう? 無駄よ。誰が来ようと私の機嫌は直らないんだから」
私は再び、ふんっ、と腕を組んで今度は体を後ろに向けた。しかし母はまだ笑っているようだ。
「あら? せっかくあんたの王子様がわざわざあんたに会いに来ているのにそんなことを言っていいの?」
その言葉に私は後ろに向けていた体を戻すと首を傾げる。
「は? 王子様?」
「そうよ。 あんたの婚約者のセルリアのユーリウス王太子様」
意外な人物名に思わず口がポカンと空いてしまう。
「ユーリウス王子とは数ヵ月前ぶりかしらね? あんたが伏せっている事を聞いて、ご自身もお忙しい身でいらっしゃるのにあんたを心配してわざわざお見舞いに来てくださったのよ。よかったわね」
ユ、ユーリウス王子!? 本当に!?
ユーリウス王子とは、私が父に頼んで権力にものを言わせて無理矢理婚約者にしたセルリアの王太子だ。
そんなユーリウス王子とは婚約はしたものの、お互い他国者同士なのでそう頻繁に会うことはなく、私達が顔を会わせるのは年に数回の国の特別行事の時くらいだった。
しかもユーリウス王子は現在19歳で昨年から本格的に時期国王としての学術、武術、外交術など様々な勉学を始めているので、騎士達との領地の見回りや時には国王代理として他国への訪問などもあり多忙な日々を過ごしていると聞く。なので時折、時節がらに親書を挨拶がてら送ることはあるが、今年はそんな王子と顔を会わせたのは数ヵ月前の一度きりだった。
そんなこともあって私はというと、現在はクラウスの事で頭が一杯だったこともあり、たまにしか会わない自分の婚約者の存在を薄情にもすっかり忘れてしまっていた。
ーーああ、そうだった。私には『婚約者』がいたのだった。
「よくないわよ。ユーリウス王子を呼んだのはお父様の差し金なんでしょう? 多忙な時期にある世継ぎの王子が私のご機嫌伺いなんかで貴重な時間を割く余裕なんて無い筈よ。直ぐに自分の国に帰ってもらってよ。
本当にお父様ったらいくら何でも他国の人間にまで個人的な事で迷惑を掛けないで欲しいわ。これじゃますます私が我儘を言って多忙な王子に対して都合も考えずに呼びつけたのだと周りから思われてしまうじゃない」
母はそれを聞いて娘が“他国の人間にまで迷惑をかけるな”と言ってはいるが、昨年その王子を見初めて、王子にはその時既に婚約者がいたのに父親の権力を公然と使って王子を強引に自分の婚約者にした事はセルリアの国やその王子にとって迷惑この上ない事ではないのか?と思う。
それに昨年まではユーリウス王子、王子と騒いではしゃいでいたはずの娘が、今ではすっかり興味が薄れたような反応を見せている。たった一年でここまで反応が変わるとは、やはり娘の流行り病の風邪のような憧れ熱が冷めてしまったのだろうか?
しかも娘が今、執着しているのは、よりにもよって娘の父親の異母弟で叔父にあたるクラウスである。それも昨年までの娘がユーリウス王子に対して取っていた態度とは少し反応が違うような感じもする。
ーー母としては勿論、娘の気持ちが一番大事なのではあるが、我が子の将来の平穏無事な幸せを考えると、敢えて棘の道に突き進まずとも確実に舗装された道であるユーリウス王子の方向に向かって欲しいと考えてはいるのだが、
そこはお互い他国に住まう者同士であり二人の面会回数が少ないという事もあって、娘の王子に対しての意識がどうしても希薄になってしまうのだろう。しかもあの父親の性分を受け継いでいるだけに多感な年頃ということも相まって興味が薄れると心変わりも早いのかもしれない。
セルリア王家やユーリウス王子には、こちらの都合で度々振り回しておいて本当に申し訳ないとは思うのだが、この分でいくと娘が16歳になる前に婚約解消になる可能性もある。
それならば、なるべく早い段階で婚約を解消してあげた方が王子の為になる。セルリア側からは婚約を解消することは権力の立場上出来ないが、こちらから解消を申し出れば王子は晴れて自由の身になれるのだ。
なので今度それとなく娘に提案してみようと思うのだが、今はそのユーリウス王子に娘のご機嫌を取ってもらうしかない。何と言ってもクラウスでさえも娘は受け付けないのだ。
娘の父親からの突然の傍迷惑な助っ人の依頼にも、ユーリウス王子は快く快諾し、多忙な身であるのにこうしてわざわざ娘に会いに来てくれている。
そんなユーリウス王子は他人に対しての気遣いなど非常に礼儀正しい上に女性にも大変優しく親切で話の聞き上手な穏やかで物腰の柔らかい男性だ。
しかも容姿端麗で銀の髪と同じく薄い灰色の瞳をしていて、男性にしては珍しいまるで女性のようなきめの細かい美しい白い肌など多分、女装をしても絶世の美女になるような中性的な美しさがある。なので世間からは、セルリアの王太子が“この世で一番美しい王子”だと称されているらしい。
確かに世間からそう噂される通りユーリウス王子の麗しさは年を重ねるごとに成長して、それこそ世の女性達が想い焦がれてやまない憧れの存在でもあるのだが、しかし我が娘には自分も“この世で一番美しい王女”と称されているだけに外見の美しさには免疫があり、特に容姿に対しての特別視はしていない。
それにユーリウス王子とは直ぐに打ち解けたらしく、まだ指折りで数えられるくらいしか会ってはいないというのに、公の場以外ではまるで兄と妹のように大変仲も良いようだ。だから娘にとって兄のようなユーリウス王子ならば、きっと上手く娘の機嫌を取ってくれるに違いない。
他国の王子を利用する事には大いに気が引けるが、これも全てはこの国の平穏な日々を取り戻す為だ。ユーリウス王子の人柄の良さに感謝と共に敬服する。
「本当にそうよねーーでもね、リルディア? その多忙なユーリウス王子がご自身の貴重な時間を割いてまであんたを心配して、わざわざ遠い所をこうしてお見舞いに来てくださったのよ? そんな心優しい王子様に対してあんたは薄情にも顔すらも見せずに、さっさと追い返してしまうつもりなの? それはあまりにも可哀想ではないかしら?
たとえそれが父親の差し金であったとしても、彼はきっと自分の意思で伏せっているというあんたをすごく心配して自分の責務を後回しにしてまで訪問して下さったのだと思うわ?
そんなユーリウス王子が本当に優しい人であるという事はあんたが一番よく知っているのではなくて? せめてあんたの元気な顔だけでも見せて差し上げたら、きっと安心して帰国なされるわよ」
母の言葉があまりにも核心を突いていて、私は自分の怒りや苛々で今まで失念していた多分、自分の心にあるとは思うなけなしの良心にプスプスと長い針が何本も突き刺さる。
確かに母の言う通りだ。ユーリウス王子は本当に優しい人なので、私の父に頼まれたから義務的に私に会いに来たという訳ではないという事は分かっている。そして父がどんな内容で彼に親書を送ったのかは分からないが、彼は本当に私を心配して自身の忙しい最中であるにも関わらず、私のお見舞いに来てくれたに違いない。
それなのに私の方は遠くの国からこうして私を心配をして会いに来てくれた婚約者を、自分の不機嫌や何となく王子を避けたいと思う自分本位な気持ちを理由に顔すらも見せずにさっさと国へ帰そうとするのは、確かに薄情かつ酷い行為だと私も思う。
これがどうでもいい相手なら気にもならないが、相手はユーリウス王子なのだ。私は決して彼を嫌いな訳ではなく、寧ろ兄のような存在でもあるユーリウス王子のことは勿論好きで慕ってもいる。やはり私は彼に会って然るべきだろう。
「ーー分かったわ。確かに私を心配してわざわざお見舞いに来てくださったユーリウス王子に対して、それを会わずに追い返すような真似は、そんな薄情な非礼あってはならないわよね。ーー母様。私、ユーリウス王子と面会するわ」
私がそう言うと、母は安心したのかホッとした表情を浮かべた。
「ああ、よかった! それじゃあ、昼食が終わった後でお庭の方にお呼びするわね。今日はお天気もいいからその方が良いでしょう?」
「ええ、それでいいわ。だけどお父様とはまだ会いたくないからお父様が来ないようにしてくれる?」
「分かったわ。 しっかり脅しておくから安心なさい? さあ、そうと決まれば早く昼食を済ませてしまいましょうか。支度もある事だしあまりお待たせするのも申し訳ないわ」
私は頷いて母と手早く昼食を済ませることにした。
*****
しかしユーリウス王子と面会することにはしたものの、自分の心境がよく分からないから複雑だ。勿論、ユーリウス王子のことは嫌いじゃない。そして綺麗で親切で優しい彼の事を好きだという気持ちも本物だ。
そんな年に数回しか会うことのない王子が、私の為にこうして会いに来てくれたのに。本来ならすごく嬉しいはずなのに。何故だろう? 私の今の心境といったら彼に会うことが憂うつで仕方がない。それに何だか少し怖いような感じもする。
彼は本当に優しい人で雰囲気も穏やかで物腰も柔らかくて、まさに女性の憧れる理想の王子様が具現化されたような、外見も中身も綺麗な完璧な王子様である。
我が国の第一騎士団隊長のように外見からして恐怖を覚えてしまうような、そんな印象などどこにも微塵にも有りはしない。
それでも怖いと思ってしまうのは、自分の気持ちの方に原因があるとは漠然とではあるが分かっているのに、その正体は、はっきりとは形をとってはいない。しかも王子が自分の『婚約者』だということも、私の中では絵空事のようで『ある』けど『無い』?みたいな認識でしかない。
自ら望んでユーリウス王子を王子の元婚約者である良い子ぶりっ子のあの侯爵令嬢から奪って自分のモノにしたというのに。それなのに何故、そんな風に感じるのか自分で自分が分からなくなる。
ーー自分で自分が分からないなんて
一体どうなっているの? 私は??
【10ー終】