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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
第二章 【三年前】
34/78

【4】嫌いな『女』

【10】




それから(わたし)部屋(へや)()じこもること数日(すうじつ)勿論(もちろん)、私の機嫌(きげん)はすこぶる(わる)かった。


部屋には(はは)以外(いがい)(だれ)入室(にゅうしつ)(ゆる)さず、(ちち)何度(なんど)も私のご機嫌を(うかが)いに()るも(かお)()さず(くち)()かずに一切(いっさい)無視(むし)した。


クラウスも何度か部屋に(おとず)れたが、(かれ)の口からアリシアの(はなし)など絶対(ぜったい)()きたくないので(ちち)同様(どうよう)無視(むし)をした。


父はそんな私のご機嫌をなんとか()るために、私の()きなモノや()(もの)など、あらゆるモノを寄越(よこ)してきたが、それすらも例外(れいがい)なく拒否(きょひ)した。


(はは)からの話でどうやらクラウスの結婚(けっこん)(はなし)白紙(はくし)になり、アリシアはというと私の家庭教師(かていきょうし)(にん)()かれ(しろ)には一切(いっさい)出入(でい)禁止(きんし)になったのだという。


これでクラウスが結婚することは無くなったというのに私の(こころ)はまだ(くろ)いモヤが(うず)()いて()れない。やはりアリシアという存在(そんざい)自体(じたい)が気に入らなかったのだ。


自分とは(なに)もかもが(ちが)うアリシア。世間(せけん)から性格(せいかく)の悪い我儘(わがまま)王女(おうじょ)と言われている自分とは違い、彼女は老若男女(ろうにゃくなんにょ)関係(かんけい)なく誰にでも親切(しんせつ)(やさ)しく、しかも努力家(どりょくか)(あたま)(かしこ)くて()()(まい)いも上品(じょうひん)理想的(りそうてき)なご令嬢(れいじょう)で性格の良いその内面(ないめん)が顔にも出ているのだろう。


彼女の笑顔(えがお)はいつも(あか)るく優しげで、顔には少しそばかすは見受けられるものの、(つよ)めのウェーブのかかった金髪(きんぱつ)(うす)空色(そらいろ)(ひとみ)(あい)らしい容姿(ようし)で誰もが彼女を綺麗(きれい)だと言う。


そんな誰からも愛されるアリシアとは違い、私は()(くに)周辺(しゅうへん)諸国(しょこく)では(かず)(すく)ない()(くろ)黒髪(くろかみ)に真っ黒な黒い(ひとみ)で、その容姿(ようし)(いろ)からいってもたとえて言うならアリシアが『(ぜん)』なら真っ黒な私は『(あく)』だろう。


だからと言って私は(べつ)金髪(きんぱつ)(あこが)れているわけではなく、(むし)(かず)(すく)ない自分の黒い色は私の自慢(じまん)するところだ。


しかもどう見ても私の方が母(ゆず)りの美貌(びぼう)絶世(ぜっせい)美女(びじょ)(しょう)されている容姿(ようし)()っているというのに、アリシアを見ていると性格はともかく容姿では自分の方が女としてはるかに(すぐ)れているはずなのに、彼女に(たい)してはいつも自分の劣等感(れっとうかん)(おぼ)えてならない。


しかも私よりもずっと長くクラウスの傍にいて、私の知らない彼を色々と知っている彼女は誰からも信頼(しんらい)されていて、私が見る(かき)りではあの気難(きむずか)しいクラウスが優しく(せっ)している貴族令嬢は彼女しか見たことがない。


だから物心(ものごころ)ついた(とき)から何となくアリシアが気に入らなかったが、クラウスの親友(しんゆう)の妹で彼が(むかし)から信頼を置いているプリンヴェル男爵家(だんしゃくけ)人間(にんげん)なので今までずっと我慢をしてきた。そんな彼女が私の家庭教師に抜擢(ばってき)された時も私は自分の気持(きも)ちとは裏腹(うらはら)に敢えて了承(りょうしょう)した。


確かに彼女は他の令嬢達の家庭教師としての評判もよく賢いだけあって、その知識(ちしき)()()()いには貴族内でも定評(ていひょう)があったので、(おそ)わる(ぶん)には何も問題(もんだい)はなく、それに(かん)して拒絶(きょぜつ)する理由(りゆう)もない。


何よりも私が(たん)に彼女が気に入らないという理由だけで、クラウスがもっとも信頼している(いえ)の人間を私が拒絶をして彼を落胆(らくたん)させるのは(いや)だった。


それでもやはりアリシアが私の家庭教師になってからというもの彼女が城に出入りする事が(おお)くなり、アリシアとクラウスの接触(せっしょく)する機会(きかい)()えて、城内でよく二人で談笑(だんしょう)している姿(すがた)を見かけると何だか無性(むしょう)(はら)が立って、


その(たび)に間に入ってクラウスを父の所に()れて行ったり、そんな彼女の授業(じゅぎょう)をサボってみたり意地悪(いじわる)嫌味(いやみ)も授業のさいにしたり言ったりしてやった。


そんな私の所業(しょぎょう)当然(とうぜん)彼女はクラウスに()(ぐち)をしているものだと思っていた私だったが、彼女はそんな私の所業(しょぎょう)一切(いっさい)、クラウスや母にさえも他の誰にも言ってはおらず、それを見かねた侍女達の口から母にそれが(つた)わって怒られもしたが、そんな時にもアリシアは“自分の教え方が(いた)らないせいだ”と言って私に意地悪をされていたにも関わらず、(ぎゃく)に私を(かば)始末(しまつ)だ。


しかもそんな私に“今度は興味(きょうみ)を持ってもらえるような授業(じゅぎょう)内容(ないよう)になる様、頑張(がんば)るから”ーーと、悪意(あくい)のまるで存在(そんざい)しない顔で微笑(ほほえ)まれてしまうと、ますます自分の劣等感(れっとうかん)刺激(しげき)されて何とも形容(けいよう)しがたい気分(きぶん)になる。


今まで自分が付き合ってきた貴族令嬢の中に、こんなお伽噺(とぎばなし)に出てくるような善人(ぜんにん)(かたまり)主人公(しゅじんこう)のような人物(じんぶつ)など居たためしがない。大抵(たいてい)は自分の損得(そんとく)勘定(かんじょう)で付き合うのが貴族間の(ことわり)とも言える。


なのでそんな私達の認識(にんしき)では常識(じょうしき)(はず)れの彼女が違和感(いわかん)(きわ)まりなく、貴族の男性達からは非常(ひじょう)評判(ひょうばん)の良かった彼女も、それとは逆に令嬢達の間では私と同様(どうよう)に彼女をよく思わない者が多数(たすう)存在した。


だからそんな令嬢達からも嫌味(いやみ)を言われたり意地悪もされていただろうに、それでも彼女は笑顔を()やさず、その親切は(くず)れることはない。本当にどうやったらそんな人間が(そだ)つのか逆に彼女の両親(りょうしん)()いたい。


そんなプリンヴェル男爵夫妻(ふさい)もその人柄(ひとがら)仕事(しごと)ぶりなど世間でも評判が良く、何でも教会(きょうかい)共同(きょうどう)孤児(こじ)施設(しせつ)運営(うんえい)しているとかで、市井(いちい)(あいだ)でも(した)われているという私達側から見ても大変(めずら)しい貴族だ。


そしてその子息(しそく)でクラウスの親友(しんゆう)でもあるレスターも、クラウス同様に王立(おうりつ)中央(ちゅうおう)学習院(がくしゅういん)教鞭(きょうべん)()っていて、その授業は生徒(せいと)の間でも面白(おもしろ)いと定評(ていひょう)があり男女(だんじょ)(とも)に大変人気(にんき)のある教師なのだという。


そのレスターとも何度か面識(めんしき)はあったが、彼はクラウスとは子供の頃からの付き合いでクラウスと同い年であり、10(だい)の頃には王立中央学習院で共に勉学(べんがく)を教わっていたらしい。


そんな彼は両親と同じく茶色(ちゃいろ)()じりの赤毛(あかげ)(かみ)(うす)い茶色の(ひとみ)をしている。


彼は生徒から人気があるだけあってその人柄は確かに気さくで話しやすく貴族であるのに(うえ)から目線(めせん)の気取った感じもなく、それどころか庶民的(しょみんてき)なくだけた性格(せいかく)で、また大変行動力(こうどうりょく)のある好青年(こうせいねん)だ。


しかも『(ちょう)』がつくほどの(いもうと)思いであり、シスコンとも()べるほど妹のアリシアを大事(だいじ)にしていて、私のアリシアへの所業はまだ知られていないのか、(いま)だ私には抗議(こうぎ)をしに来たことはないが、


聞くところによると他の貴族令嬢達がアリシアに意地悪をしているのを知ると、そんな妹を彼女達から庇うと同時に、自分の両親に相談(そうだん)する間もなく、いち(はや)当事者(とうじしゃ)の令嬢やその両親に抗議をしてしまうくらい大変な妹思いの兄上(あにうえ)なのだそうだ。


だから今回アリシアが私の機嫌(きげん)(そこ)ねて家庭(かてい)教師(きょうし)解任(かいにん)され、しかも王城(おうじょう)出禁(できん)になったと知れば、彼女の兄はこの王女(おうじょ)である私にも抗議をしてくるのだろうか?


あの重度(じゅうど)のシスコンの兄のことだ。多分(たぶん)、何か言ってくるかもしれないが、その時はきっとクラウスが()めるだろう。私への抗議はそれは(すなわ)ち父である国王(こくおう)への抗議となりうるのだから。



そんなこんなで私は一人で自分の内にある(くろ)いモヤモヤを()(あま)しながら何よりも今は大好(だいす)きな父に裏切(うらぎ)られた感が(つよ)くて、その抗議とばかりに徹底(てってい)して父に反発(はんぱつ)していると、私への物でご機嫌を取る作戦(さくせん)通用(つうよう)せず、クラウスでさえも受け入れない私に父はどうやら次の作戦を思い付いたようだ。


その日、私に昼食(ちゅうしょく)(はこ)んできた母が私の様子(ようす)(うかが)うように口を開いた。



「リルディア、まだ(おこ)っているの? あれからもう14()はたつのよ? あの父親に関しては(まった)同情(どうじょう)なんてしないけれど、あんたが父親を拒絶(きょぜつ)しているせいで国王の機嫌がここの所ずっと(わる)くて、臣下(しんか)はおろか城中の使用人(しようにん)(たち)がその()()たりにあって()(どく)な目にあっているのよ?


クラウスの結婚話も無くなったことだし、アリシアだってあんたからは(とお)ざけられたのだから、そろそろ機嫌を(なお)して(みな)平穏(へいおん)の為にもあの父親の機嫌を取ってくれると()(がた)いわ。


あんたは部屋に()じこもっているから知らないでしょうけれど、今、城中が国王の機嫌がこれ以上悪くなるのかと異様(いよう)緊張感(きんちょうかん)(ただよ)っているし、貴族達すら恐れて極力城には(ちか)()っては来ないのよ?


あんたの気持ちはもう十分(じゅうぶん)に伝わったことだし、あの父親も二度(にど)とあんたを無視(むし)して事を進めるようなことはしないわよ。だからいい加減、許してあげてもいいんじゃない?」



しかしそんな母の言葉に私は(くび)(よこ)()る。



駄目(だめ)よ! まだ私の中の苛々(いらいら)はそう簡単(かんたん)には(おさ)まらないわ! だってお父様は私に隠し事をして裏切っていたのよ?とても許せないわよ!」



「でもそれを言うなら私も同じでしょ? 私もあんたに言えずに黙っていたことだし、しかも最初(さいしょ)はクラウスの結婚も容認(ようにん)していたのだもの。やっぱり私のことも許せない?」



「母様はいいのよ。母様は許すわ。元々(もともと)母様は第三者(だいさんしゃ)的な考え方のそういう人だし、クラウスの事を私に言えなかったというのも私の気持ちを考えての事だったのは分かるから。それに母様は最終(さいしゅう)的には何があっても私側(わたしがわ)の人間でしょ?


だけどお父様は違うわ! お父様は何があっても絶対に最初から最後(さいご)まで私の味方(みかた)でなければならないの! お父様はいつだって私と母様のことを一番(いちばん)だと(おっしゃ)るわ。勿論(もちろん)、私だってお父様が一番大好きなのはずっと変わらない。だからこそお父様は私の嫌がる事や隠し事なんて絶対にしてはいけないのよ!


それなのにお父様は私を裏切って私の大嫌いなアリシアをクラウスと結婚させようとしたのよ!? しかもそれを私に隠してたのよ? お父様はたとえ何があっても私の一番の味方だと信じていたのに(ひど)い裏切り行為(こうい)だわ!


しかも(しん)じられない事に(むすめ)の私の前でアリシアを良い娘だと()めたのよ!? お父様は私が一番なのだから母様は良いとしても私以外の女を褒めるなんて言語(ごんご)道断(どうだん)よっ!! 浮気者(うわきもの)だわ!! 私の怒りが治まらないのは全てお父様のせいよ!!当然でしょ!?


それに他の皆も同罪(どうざい)よ! たとえお父様の命令(めいれい)であっても私に隠していたのだから、お父様の八つ当たりくらい(あま)んじて受けていればいいのよ! 浮気者のお父様のご機嫌なんて私の知った事じゃないわっ!!」



思い出したかのように眉間(みけん)(しわ)を寄せて苛々し不貞腐(ふてくさ)れながら、ふいっと横を向く娘に母は言葉には出さないが思わず(てん)(あお)ぎたくなった。


やはりこの父親にしてこの娘だ。元の本質(ほんしつ)が同じだけに対処(たいしょ)のしようがない。父親も自分の娘に対して盲目(もうもく)的な執着(しゅうちゃく)を見せているが、そんな娘もまた父親に対して盲目的な独占欲(どくせんよく)を見せている。


そしてどうやら娘のここ何日(なんにち)も機嫌が悪いのが(つづ)いているのは、勿論クラウスの結婚話の事もあるが、何より絶対的に信じていた父親に裏切られたという気持ちの方が原因(げんいん)のようだ。だからいくら娘のお気に入りであるクラウスが宥めに来たところでその機嫌が直るわけがない。


あの父親は娘が(とつ)いでも()(ばな)すつもりはないとは言ってはいたが、そんな娘の方もこのままでいけば、きっと嫁いだとしてもすぐに父親の元に戻ってくるに違いない。今の娘にとっての何よりも一番は父親その人だからた。


それもまだ今は子供(こども)だから仕方(しかた)がないとは思うが、この先大人(おとな)になっても娘が父親にべったりでいつまでも(はな)れずに甘えていたらどうしよう? ーーと、娘の将来(しょうらい)不安(ふあん)にもなってくる。


ここはやはり娘には他にも目を向けて貰わなければーーと、丁度(ちょうど)良いタイミングを見計(みはか)らいながら当初(とうしょ)目的(もくてき)の話を切り出すことにする。



「それはそうとリルディア? 今日はあんたに特別(とくべつ)なお客様(きゃくさま)が来ているのよ?」



「え? お客様??」



突然話が変わって私にお客様だという母に、そっぽを向いていた顔を思わず母の方に向ける。すると母は意味深(いみしん)にニッコリと微笑んでいる。



「ふふっ、誰だと思う?」



「な、なによ? 母様、随分(ずいぶん)勿体(もったい)ぶるわね? どうせまたお父様の()(がね)なんでしょう? 無駄(むだ)よ。誰が来ようと私の機嫌は直らないんだから」



私は(ふたた)び、ふんっ、と(うで)()んで今度は(からだ)(うし)ろに向けた。しかし母はまだ笑っているようだ。



「あら? せっかくあんたの王子(おうじ)(さま)がわざわざあんたに()いに来ているのにそんなことを言っていいの?」



その言葉に私は後ろに向けていた体を戻すと首を(かし)げる。



「は? 王子様?」



「そうよ。 あんたの婚約者(こんやくしゃ)のセルリアのユーリウス王太子(おうたいし)(さま)



意外(いがい)人物(じんぶつ)(めい)に思わず口がポカンと()いてしまう。



「ユーリウス王子とは数ヵ月(すうかげつ)(まえ)ぶりかしらね? あんたが()せっている事を聞いて、ご自身(じしん)もお(いそが)しい()でいらっしゃるのにあんたを心配(しんぱい)してわざわざお見舞(みま)いに来てくださったのよ。よかったわね」



ユ、ユーリウス王子!? 本当に!?



ユーリウス王子とは、私が父に(たの)んで権力(けんりょく)にものを言わせて無理矢理(むりやり)婚約者にしたセルリアの王太子だ。


そんなユーリウス王子とは婚約はしたものの、お(たが)他国者(たこくもの)同士(どうし)なのでそう頻繁(ひんぱん)に会うことはなく、私達が顔を会わせるのは(ねん)数回(すうかい)(くに)の特別行事(ぎょうじ)の時くらいだった。


しかもユーリウス王子は現在(げんざい)19歳で昨年(さくねん)から本格的(ほんかくてき)時期(じき)国王としての学術(がくじゅつ)武術(ぶじゅつ)外交術(がいこうじゅつ)など様々(さまざま)勉学(べんがく)(はじ)めているので、騎士(きし)(たち)との領地(りょうち)の見回りや時には国王代理(だいり)として他国への訪問(ほうもん)などもあり多忙(たぼう)日々(ひび)()ごしていると聞く。なので時折(ときおり)時節(じせつ)がらに親書(しんしょ)挨拶(あいさつ)がてら(おく)ることはあるが、今年(ことし)はそんな王子と顔を会わせたのは数ヵ月前の一度きりだった。


そんなこともあって私はというと、現在はクラウスの事で頭が一杯(いっぱい)だったこともあり、たまにしか会わない自分の婚約者の存在を薄情(はくじょう)にもすっかり(わす)れてしまっていた。



ーーああ、そうだった。私には『婚約者』がいたのだった。



「よくないわよ。ユーリウス王子を呼んだのはお父様の差し金なんでしょう? 多忙な時期にある世継(よつ)ぎの王子が私のご機嫌伺いなんかで貴重(きちょう)な時間を()余裕(よゆう)なんて無い(はず)よ。直ぐに自分の国に(かえ)ってもらってよ。


本当にお父様ったらいくら何でも他国の人間にまで個人(こじん)的な事で迷惑(めいわく)を掛けないで欲しいわ。これじゃますます私が我儘(わがまま)を言って多忙な王子に対して都合(つごう)も考えずに呼びつけたのだと周りから思われてしまうじゃない」



母はそれを聞いて娘が“他国の人間にまで迷惑をかけるな”と言ってはいるが、昨年その王子を見初(みそ)めて、王子にはその時既に婚約者がいたのに父親の権力を公然(こうぜん)使(つか)って王子を強引(ごういん)に自分の婚約者にした事はセルリアの国やその王子にとって迷惑この上ない事ではないのか?と思う。


それに昨年(さくねん)まではユーリウス王子、王子と(さわ)いではしゃいでいたはずの娘が、今ではすっかり興味(きょうみ)(うす)れたような反応(はんのう)を見せている。たった一年でここまで反応が変わるとは、やはり娘の流行(はや)(やまい)風邪(かぜ)のような(あこが)(ねつ)()めてしまったのだろうか?


しかも娘が今、執着しているのは、よりにもよって娘の父親の異母弟(いぼてい)叔父(おじ)にあたるクラウスである。それも昨年(さくねん)までの娘がユーリウス王子に対して取っていた態度(たいど)とは少し反応が違うような感じもする。



ーー母としては勿論、娘の気持ちが一番大事なのではあるが、()()の将来の平穏無事な(しあわ)せを考えると、()えて(いばら)(みち)()き進まずとも確実(かくじつ)舗装(ほそう)された道であるユーリウス王子の方向(ほうこう)に向かって欲しいと考えてはいるのだが、


そこはお互い他国に住まう者同士であり二人の面会(めんかい)回数(かいすう)が少ないという事もあって、娘の王子に対しての意識がどうしても希薄(きはく)になってしまうのだろう。しかもあの父親の性分(しょうぶん)を受け継いでいるだけに多感(たかん)な年頃ということも(あい)まって興味が薄れると心変わりも早いのかもしれない。


セルリア王家(おうけ)やユーリウス王子には、こちらの都合で度々(たびたび)振り回しておいて本当に申し訳ないとは思うのだが、この分でいくと娘が16歳になる前に婚約(こんやく)解消(かいしょう)になる可能性(かのうせい)もある。


それならば、なるべく早い段階(だんかい)で婚約を解消してあげた方が王子の為になる。セルリア側からは婚約を解消することは権力の立場(たちば)(じょう)出来ないが、こちらから解消を申し出れば王子は()れて自由(じゆう)の身になれるのだ。


なので今度それとなく娘に提案(ていあん)してみようと思うのだが、今はそのユーリウス王子に娘のご機嫌を取ってもらうしかない。何と言ってもクラウスでさえも娘は受け付けないのだ。


娘の父親からの突然の傍迷惑(はためいわく)(すけ)()依頼(いらい)にも、ユーリウス王子は(こころよ)快諾(かいだく)し、多忙な身であるのにこうしてわざわざ娘に会いに来てくれている。


そんなユーリウス王子は他人に対しての気遣いなど非常に礼儀(れいぎ)(ただ)しい上に女性(じょせい)にも大変(やさ)しく親切(しんせつ)で話の聞き上手(じょうず)(おだ)やかで物腰(ものごし)(やわ)らかい男性(だんせい)だ。


しかも容姿端麗(ようしたんれい)(ぎん)の髪と同じく薄い灰色(グレー)(ひとみ)をしていて、男性にしては珍しいまるで女性のようなきめの(こま)かい(うつく)しい(しろ)(はだ)など多分(たぶん)女装(じょそう)をしても絶世(ぜっせい)美女(びじょ)になるような中性(ちゅうせい)的な美しさがある。なので世間からは、セルリアの王太子が“この世で一番美しい王子”だと(しょう)されているらしい。


確かに世間からそう(うわさ)される通りユーリウス王子の(うるわ)しさは年を(かさ)ねるごとに成長(せいちょう)して、それこそ世の女性達が(おも)()がれてやまない憧れの存在でもあるのだが、しかし我が娘には自分も“この世で一番美しい王女”と称されているだけに外見(がいけん)の美しさには免疫(めんえき)があり、特に容姿に対しての特別視(とくべつし)はしていない。


それにユーリウス王子とは直ぐに()()けたらしく、まだ(ゆび)()りで(かぞ)えられるくらいしか会ってはいないというのに、(おおやけ)()以外ではまるで(あに)(いもうと)のように大変(なか)も良いようだ。だから娘にとって兄のようなユーリウス王子ならば、きっと上手く娘の機嫌を取ってくれるに違いない。


他国の王子を利用(りよう)する事には大いに気が引けるが、これも全てはこの国の平穏な日々を取り戻す為だ。ユーリウス王子の人柄の良さに感謝(かんしゃ)(とも)敬服(けいふく)する。



「本当にそうよねーーでもね、リルディア? その多忙なユーリウス王子がご自身の貴重な時間を割いてまであんたを心配して、わざわざ遠い所をこうしてお見舞いに来てくださったのよ? そんな心優しい王子様に対してあんたは薄情にも顔すらも見せずに、さっさと()(かえ)してしまうつもりなの? それはあまりにも可哀想(かわいそう)ではないかしら?


たとえそれが父親の差し金であったとしても、彼はきっと自分の意思(いし)で伏せっているというあんたをすごく心配して自分の責務(せきむ)を後回しにしてまで訪問(ほうもん)して下さったのだと思うわ?


そんなユーリウス王子が本当に優しい人であるという事はあんたが一番よく知っているのではなくて? せめてあんたの元気な顔だけでも見せて差し上げたら、きっと安心して帰国(きこく)なされるわよ」



母の言葉があまりにも核心(かくしん)()いていて、私は自分の怒りや苛々で今まで失念(しつねん)していた多分、自分の心にあるとは思うなけなしの良心(りょうしん)にプスプスと(なが)(はり)何本(なんぼん)も突き()さる。



確かに母の言う通りだ。ユーリウス王子は本当に優しい人なので、私の父に頼まれたから義務(ぎむ)的に私に会いに来たという訳ではないという事は分かっている。そして父がどんな内容(ないよう)(かれ)に親書を送ったのかは分からないが、彼は本当に私を心配して自身の忙しい最中(さなか)であるにも関わらず、私のお見舞いに来てくれたに違いない。


それなのに私の方は遠くの国からこうして私を心配をして会いに来てくれた婚約者を、自分の不機嫌や何となく王子を()けたいと思う自分本位(ほんい)な気持ちを理由(りゆう)に顔すらも見せずにさっさと国へ帰そうとするのは、確かに薄情かつ酷い行為だと私も思う。


これがどうでもいい相手なら気にもならないが、相手はユーリウス王子なのだ。私は(けっ)して彼を(きら)いな訳ではなく、(むし)ろ兄のような存在でもあるユーリウス王子のことは勿論好きで(した)ってもいる。やはり私は彼に会って(しか)るべきだろう。



「ーー分かったわ。確かに私を心配してわざわざお見舞いに来てくださったユーリウス王子に対して、それを会わずに追い返すような真似(まね)は、そんな薄情な非礼(ひれい)あってはならないわよね。ーー母様。私、ユーリウス王子と面会するわ」



私がそう言うと、母は安心したのかホッとした表情を浮かべた。



「ああ、よかった! それじゃあ、昼食が終わった後でお(にわ)の方にお呼びするわね。今日はお天気(てんき)もいいからその方が良いでしょう?」



「ええ、それでいいわ。だけどお父様とはまだ会いたくないからお父様が来ないようにしてくれる?」



「分かったわ。 しっかり(おど)しておくから安心なさい? さあ、そうと決まれば早く昼食を()ませてしまいましょうか。支度(したく)もある事だしあまりお待たせするのも申し訳ないわ」



私は頷いて母と手早く昼食を済ませることにした。




*****




しかしユーリウス王子と面会することにはしたものの、自分の心境(しんきょう)がよく分からないから複雑(ふくざつ)だ。勿論、ユーリウス王子のことは嫌いじゃない。そして綺麗(きれい)で親切で優しい彼の事を好きだという気持ちも本物(ほんもの)だ。


そんな年に数回しか会うことのない王子が、私の為にこうして会いに来てくれたのに。本来(ほんらい)ならすごく(うれ)しいはずなのに。何故(なぜ)だろう? 私の今の心境といったら彼に会うことが(ゆう)うつで仕方がない。それに何だか少し(こわ)いような感じもする。


彼は本当に優しい人で雰囲気(ふんいき)も穏やかで物腰も柔らかくて、まさに女性の憧れる理想の王子様が具現化(ぐげんか)されたような、外見も中身も綺麗な完璧(かんぺき)な王子様である。


我が国の第一(だいいち)騎士団(きしだん)隊長(たいちょう)のように外見からして恐怖(きょうふ)(おぼ)えてしまうような、そんな印象(いんしょう)などどこにも微塵(みじん)にも有りはしない。


それでも怖いと思ってしまうのは、自分の気持ちの方に原因があるとは漠然(ばくぜん)とではあるが分かっているのに、その正体(しょうたい)は、はっきりとは(かたち)をとってはいない。しかも王子が自分の『婚約者』だということも、私の中では絵空事(えそらごと)のようで『ある』けど『無い』?みたいな認識でしかない。


自ら望んでユーリウス王子を王子の元婚約者である良い子ぶりっ子のあの侯爵(こうしゃく)令嬢(れいじょう)から(うば)って自分のモノにしたというのに。それなのに何故、そんな(ふう)に感じるのか自分で自分が分からなくなる。



ーー自分で自分が分からないなんて


一体どうなっているの? 私は??





【10ー終】





















































































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