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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
第一章 【青天の霹靂】
30/78

裏切ったのは……

【6】





荷馬車(にばしゃ)(ふたた)(はし)()した。休憩(きゅうけい)場所(ばしょ)からやや(しばら)く走ると道幅(みちはば)徐々(じょじょ)(ひろ)くなり、その(うち)(いま)までずっとガタガタ(みち)だったものが、舗装(ほそう)された道に突如(とつじょ)として()わる。


道が()くなったので荷台(にだい)()れも(ちい)さくなり(わたし)のお(しり)(いた)みも(すく)なくなった。(もちろん、“お尻”なんて言葉(ことば)(くち)には()しません。 王女(おうじょ)ですから)しかも距離(きょり)はあるものの木々(きぎ)のすき()からは(とお)くの(まち)()かりが()えてくる。



「ほら、(みな)さん、町の明かりが見えましたよ?」



ヘンドリックの(こえ)(はは)はホッとしたように(いき)をつく。



「ああ、よかったわ。出来(でき)ればもう荷台は勘弁(かんべん)して()しいわ。さすがに(わたし)もお尻が痛くって」



そういう母は(こし)(さす)っているが、私はというと、そんな母を唖然(あぜん)としながら見つめてしまう。



ーー母様(かあさま)(いま)、“お尻”って言いました? しかもごく自然(しぜん)に…………



「え~なんだ、それならエルヴィラ(さま)隊長(たいちょう)椅子(いす)になって(もら)えばよかったのに」



(いや)よ。 荷台よりも(かた)そうな椅子なんてーーそれよりも、ヘンドリック。貴方(あなた)、リルディアの(とき)には自分(じぶん)が椅子になるって()ってたのに、どうして私の時には言わないのよ?」



さすがは母様、言葉の(かえ)(かた)上手(うま)い。そしてヘンドリックは(まえ)()いたままケタケタと(わら)っている。



「それはだって、エルヴィラ様の椅子になるなんて(おそ)(おお)くて、やっぱり隊長しかいないでしょ? それに(おれ)は王女様専用(せんよう)だし」



「なんなのよ、それは。いつの間にリルディア専用になったのよ?」



「俺は(はじ)めっから王女様専用です! ーーだって、エルヴィラ様は(こわ)いから(ぎゃく)(つぷ)されそうだしさ、やっぱり椅子になるなら可愛(かわい)い王女様の方が断然(だんぜん)いいですっ!」



「………グレッグ、貴方、ちょっと御者(ぎょしゃ)やってくれないかしら? そしてヘンドリック、こちらへいらっしゃい? 貴方には私の椅子になる名誉(めいよ)(あた)えるわ。国王(こくおう)愛妾(あいしょう)の椅子になれるのよ。光栄(こうえい)でしょ? (おも)存分(ぞんぶん)(すわ)ってあげるわよ。ああ、なんだったら私をリルディアだと思えばいいわ。外見(がいけん)はそっくりなんだもの。問題(もんだい)ないわよね?」



「ええっ!! そんな名誉()らないし!問題ありですって! 俺は王女様がいいんですっーーって、ちょっと隊長??」



ヘンドリックの(とな)りではヴァンデル隊長が(かれ)()から手綱(たづな)(うば)()っている。



「ああ、町まではもうすぐだ。(あと)は俺がやるから、お(まえ)は休憩を取っていいぞ? それにもうずっと走りっぱなしで(つか)れただろう? 丁度(ちょうど)いいから(われ)らが(あるじ)奥方(おくがた)殿(どの)の椅子になる名誉を与えて貰え」



結構(けっこう)ですっ! 俺、全然(ぜんぜん)疲れてないし! ああ、ほら、隊長こそ疲れているでしょ? ここはやっぱりエルヴィラ様の椅子になれるのは第一(だいいち)騎士団(きしだん)隊長こそが相応(ふさわ)しいですって!」



「フッ、(まこと)残念(ざんねん)だが奥方殿は俺の椅子は硬くて嫌だそうだ。だからここはもうお前しかいない」



「それを言うなら俺だって(おな)じでしょっ! 同じ第一騎士団隊で(きた)えているんですよ!? (すわ)心地(ごこち)なんて悪いに()まっているでしょうが!」



「あら? それなら王女専用の椅子は却下(きゃっか)ね?そんな座り心地の悪い椅子なんて(だれ)も座りたがらないもの」



「うっ、」



ヘンドリックがそんな母の言葉に()まっている。私はやはりその光景(こうけい)をただ見つめるだけだ。私ではまだこの3(にん)会話(かいわ)(はい)っていけるだけの経験値(けいけんち)がない。


そして私達、一応(いちおう)逃亡(とうぼう)(ちゅう)なのよね? と自分に()いかけてみる。すっかり(なご)んでしまったこの雰囲気(ふんいき)に今まで()こっていることがまるで(ゆめ)物語(ものがたり)のようだ。



ーーもしかしたら、目が()めたら今、ここで起こっていることが(すべ)て夢で現実(げんじつ)の私は自分の部屋(へや)でドレスを(えら)んでいる途中(とちゅう)(ねむ)ってしまっただけなのかもしれない。


ーーだからもう一度(いちど)目が覚めれば、すごく悪い夢を見ていただけで、きっとお父様(とうさま)沢山(たくさん)のお土産(みやげ)()って『今、(かえ)ったぞ、リルディア!!』と言って、いつものように私を()()げて抱きしめてくれるのよ。



ーーきっとそう、だからこれは夢なんだ。今、こうしている私こそが夢なんだーーー



私は目を(つむ)って(ひざ)(かか)える。そして(つぎ)に目を()ければ私はこの悪い夢から目覚(めざ)める。そんな小さな(のぞ)みも母の声によって()()された。



「リルディア?」



私の様子(ようす)気付(きづ)いて母が私の(かた)()する。私は(しず)かに目を開くと、やはり現実はこちらの方だったのだと(あらた)めて(さい)認識(にんしき)するだけだった。



()かってはいたけれど、もしかしたら……に(すが)ってみただけだ。



「ああ、大丈夫(だいじょうぶ)。ちょっと眠くなっただけだから」



私がそう言うと母の表情(ひょうじょう)(むね)()()ろすのが分かる。



「そう。 ………無理(むり)もないわ。疲れているでしょう? でもあともう少しで町に()くわ。そうしたらすぐにベッドで眠れるわよ。ああ、それとも今眠る? 着いたら起こしてあげるから」



私は小さく(くび)()る。



「ううん、もう少し頑張(がんば)るわ。町の明かりが見えたから、ちょっと()()けただけなの。心配(しんぱい)しないで」



「そう、でも無理をしては駄目(だめ)よ?」



母はそう言うと私の(からだ)()()せて、自分の体にもたれ()けさせた。今までは(ちち)がいたから母には一度も(あま)えたことなどなかったが今はもう私には母しかいない。母もそれを分かっているから、こうして甘えさせてくれる。


私は素直(すなお)に母の体にもたれると、母はそんな私の(あたま)(やさ)しく()でてくれた。そして私は母の体にもたれつつ目の前のヴァンデル隊長の(うし)姿(すがた)を見つめる。


この人はあの父がただ一人(ひとり)絶好的(ぜったいてき)信頼(しんらい)していた唯一(ゆいいつ)無二(むに)側近(そっきん)で第一騎士団隊長。そして全ての騎士団の頂点(ちょうてん)()つ人だ。そんな彼がここにいるという事は国王がいない王城(おうじょう)は今、どうなっているのだろうか? 


こうしている(あいだ)にも他国(たこく)侵略(しんりゃく)されてしまうのではないだろうか? ヘンドリック以外(いがい)の第一騎士団隊の部下(ぶか)(たち)は? 王妃(おうひ)(さま)(あね)王女達は? 私達と同様(どうよう)危険(きけん)ではないの?


彼は非常(ひじょう)真面目(まじめ)責任感(せきにんかん)のある人物(じんぶつ)だ。それなのに全ての責務(せきむ)(ほう)ってまで私達を()がすことを優先(ゆうせん)したの?


私はそんな彼の後ろ姿に疑問(ぎもん)(とう)じた。



「ヴァンデル隊長、今ブランノアはーー(くに)はどうなっているの? 他国から侵略されているのではないの?」



するとヴァンデル隊長は私の方を振り返ってくれる。



「いや、国は大丈夫だ。侵略もされてはいないから心配はいらない」



ーー侵略されていない? だってお父様が裏切られて殺されたのに? ーー国王がいなくなった今、他国が()()るには絶好(ぜっこう)機会(きかい)ではないの?



「どういうこと? 国王がいない今、諸国(しょこく)が攻め入るには絶好の機会ではないの? それに王妃様や姉様(ねえさま)達は? 私達と同じくお父様がいなくなって危険ではないの? 本来(ほんらい)ならば貴方が(まも)らなければならないのは私達ではなく王妃様方の方ではなくて?」



ヴァンデル隊長は少し(かんが)えるような表情をしていたが、やはり私の問いには(こた)えてくれる様だった。



「諸国が攻め入ってくることはまず無いだろう。一応は(ねん)のために第一騎士団隊の部下達には警戒(けいかい)させてはいるが。………リルディア王女、国王への裏切りは属国(ぞくこく)だけじゃない。我が国も同じだ。国の政治(せいじ)中心(ちゅうしん)である枢機院(すうきいん)(ひそ)かに諸国と結託(けったく)していた。だから国王は自分の国からも裏切られていたんだ」



「自分………の国から?」



ヴァンデル隊長は静かに(うなず)く。



「国王をよく思っていなかったのは(そと)だけではなかったということだ。ーーまあ、ああいう性分(しょうぶん)だったからな。そしてその枢機院の上層部(じょうそうぶ)(ほとん)どフォルセナ(がわ)の息が掛かっている。


これがどういう(こと)か分かるか? (さき)ほどは侵略されてはいないとは言ったが、ブランノアは内部(ないぶ)から侵略されたといっていい。つまりはフォルセナ王家(おうけ)()()られたわけだ」



「フォルセナが!!? だってフォルセナは我が国の代々(だいだい)王妃様がその王族で、ブランノアとは(とく)(つな)がりの(つよ)い国だわ。まさかその王妃様が裏切ったというの? それも自分の(おっと)を?」



「ああ、そうだ。もともと政略(せいりゃく)結婚(けっこん)で自分の事を全く()()きもせずに(ほか)(おんな)盲目的(もうもくてき)溺愛(できあい)している夫だ。そんな夫を裏切ることなどわけもない。だから王妃側が実権(じっけん)(にぎ)った今、貴女達親子が一番(いちばん)危険(きけん)(さら)されている。王妃がなにより一番に殺したいのは貴女達だからな」



それを聞いて思わず母と無言(むごん)で顔を見合わせる。………殺される動機(どうき)()()ぎて笑えない。これはますます(つか)まるわけにはいかない。国民(こくみん)(きら)われている私達親子とそれとは逆に国民から同情(どうじょう)()けている王妃。どちらが有利(ゆうり)なのかはもう考えなくとも分かる。


王妃が私達に何をしようとも国民は誰も私達を(かば)ってくれるわけがない。しかも私は姉王女達にも非常に嫌われている。捕まればどんな仕打(しう)ちをされるのか、わかったものではない。特に(よわ)い者をいたぶる事が趣味(しゅみ)の第一王女からは()()きにされるが必至(ひっし)



私は思わずそれを想像(そうぞう)しそうになって(あわ)てて首を振る。



「でも、それじゃあブランノアは誰が王位(おうい)()ぐの? イルミナ姉様は夫に逃げられて子供(こども)もいないしミレニア姉様は夫に先立たれて(むすめ)しかいないしアニエス姉様はまだ独身(どくしん)だし、そうするとフォルセナの王子(おうじ)が王位を継ぐの?」



その問いにはヴァンデル隊長も(きゅう)に口が重くなり、母様やヘンドリックまでがその表情を(くも)らせる。そして三人で顔を見合わせては私の顔を見つめる。



なに?



私が首を(かし)げていると、ヴァンデル隊長が何故(なぜ)か母に声を掛ける。



「エルヴィラ………これは(はな)してもいいのか?」



すると母は私を見つめ、(みじか)いため息を(こぼ)した。



「ええ、いずれ分かることだわ」



ーーえ?



ヴァンデル隊長も私を見つめながら、その重い口を開く。



「リルディア王女、ブランノアで王位を継げるのは今現在一人しかいない。………現国王の王弟(おうてい)殿下(でんか)である、クラウス=ジェノーデン(こう)だ…………」



「!?」



私はその名前(なまえ)一瞬(いっしゅん)(みみ)(うたが)った。



ーークラウス?? クラウスが……国王??



「………クラウスが?? だってクラウスは三年前に国を出て行ったきり(もど)ってこないのよ?しかも彼は身内(みうち)同士(どうし)権力(けんりょく)(あらそ)いを嫌がって、お父様が即位(そくい)なさった時に王位(おうい)継承権(けいしょうけん)放棄(ほうき)して、臣籍(しんせき)(くだ)ってからも政治には一切(いっさい)(かか)わろうとはしなかったという人よ? それなのにそのクラウスが国王だなんて、順当(じゅんとう)でいけば第二(だいに)王子であるアーノルト叔父(おじ)(うえ)ではないの?」



私が(しん)じられないという顔をすると、母とヴァンデル隊長は再び顔を見合わせる。



「ジェノーデン公はブランノアの前国王とフォルセナの王家出身(しゅっしん)の現王妃の姉上(あねうえ)である前王妃のご子息(しそく)だ。いくら王位継承権を放棄していても現国王に後継(あとつ)ぎがいない以上、この二つの王族の正統(せいとう)()を引く第三王子であるあの方が次の国王になる。


前国王の愛妾の息子である第二王子のアーノルト=ブランノアレーデ殿下は母上が市井出身であるから、いくらブランノアの王家の血を半分引いていても血統(けっとう)を何よりも重んじる王家では(まん)(いち)、ジェノーデン公が()くなるような事があって本当(ほんとう)(あと)を継ぐ者がいなくなる様な事態(じたい)にならない(かぎ)り、あの方が国王の()()くことは出来ない。それに今はフォルセナが実権(じっけん)を握っているから尚更(なおさら)だ」



確かに私も母様から本来ならば私は王妃にはなれないのだと言われた。何故なら私の母は身分(みぶん)(ひく)い市井の出身だから。だからもう一人の私の叔父であるアーノルトも第二王子ではあるけれど、やはり母が市井出身だから王位は継げないという。


だけどクラウスは私やアーノルト叔父上とは違う。前国王である私の祖父(そふ)後妻(ごさい)として(とつ)いできたフォルセナの第一王女で現王妃の姉上でもあるアデイル様の息子(むすこ)だ。だから彼は第三王子ではあるけれど、正統な王家の血筋(ちすじ)である為、王位を継ぐことができる。だけど彼はーーー



「クラウスは王家の権力争いを本当に何より嫌がっていたわ。だから自分の王位継承権すら拒絶(きょぜつ)していた人が(みずか)ら王位に就くとは思えないわ」



「いくら本人(ほんにん)が嫌だと思っていても、それが王家に()まれた者の宿命(しゅくめい)だ。それはあの方も十分(じゅうぶん)理解(りかい)しているはずだ。ジェノーデン公は聡明(そうめい)(かしこ)くて自分にも他人にも(きび)しい方だからな」



「………それじゃあ、あのクラウスもお父様を裏切ったというの? そして……今は私達を………私を殺したいほど(にく)んでいるの?」



………クラウスが私を殺す??



………私は彼から存在(そんざい)(うと)まれるほど憎まれている??



そう考えると体の内から何かが込み上げてきて(くる)しくて、(かな)しくて(むね)()(つぶ)されそうで…………これも罪悪感(ざいあくかん)なの?



そう思うと()きそうになる自分を必死(ひっし)(こら)えていると、そんな私に気付いた母が慌てて否定(ひてい)した。



「そんなわけがないでしょ! あのクラウスがあんたや私を殺そうだなんて思うわけがないじゃない! 彼は王妃側の血族(けつぞく)でもあるけれど、常に中立(ちゅうりつ)(ただ)しい判断(はんだん)のできる人物よ? 王妃達が私達を憎んでいても仕方のないことだけれど、彼が私達を憎むなんて()()ないわ!」



それを今度(こんど)は私が否定をする。



「有り得ないはずがないわ!! 私は彼の人生(じんせい)滅茶苦茶(めちゃくちゃ)(こわ)した張本人(ちょうほんにん)なのよ!? きっと私の事をすごく憎んでいるに()まっているわ! その証拠(しょうこ)に彼はあれから一度だってブランノアに帰ってこないじゃない!! だからきっとお父様を裏切ったように今度は私を殺したいのよ………」



我慢(がまん)していた(なみだ)(あふ)れて視界(しかい)がボヤけている。自分で言った言葉に自分が(きず)()いてどうするのよ。


ーー私は馬鹿(ばか)だ。

ーー泣いたら駄目だ。


お父様が亡くなったと聞かされた時だって泣かなかったのに、どうして今、自分の言葉で泣かなくてはならないのよ? 全部自分のせいじゃないの。今更(いまさら)どうなることでもないのにーーー



そんな()()む様子の私を気遣(きづか)うようなヴァンデル隊長の落ち着いた(やわ)らかい声が掛けられた。



「リルディア王女、母上の言う通りだ。あの方が貴女達親子を殺そうなどと考える御方(おかた)ではない。それがいくら他人に厳しくともだ。あの方は常に思慮(しりょ)(ぶか)く正しい判断をなされる。今回の一件(いっけん)に関しても、何かしら事情(じじょう)があるのだろうとは思う。それにあのジェノーデン公が王女を憎むとは到底(とうてい)思えん。あの方も陛下同様にリルディア王女を大変(たいへん)可愛いがっておられた」



「そうよ、リルディア!! クラウスはあんたを甘やかしこそはしなかったけれど、本当にいつもあんたを心配していたわ! そんな彼があんたを憎むだの殺すだの、あるはずがないじゃない! 帰ってこないのだって、きっと何か事情があるのよ。彼はこのグレッグ以上に(ちょう)がつくほど真面目な人だから!」



母の言葉にヘンドリックも(うで)()んで首を(おお)きく(たて)に振る。



「そうそう、俺なんて(じつ)はクラウス様って苦手(にがて)だったんだよね~ あの人すっごい真面目で冗談(じょうだん)(つう)じないんだもん。 逆にこっちが言葉に困っちゃったこと何回(なんかい)もありましたよ。


それならまだ隊長の方が付き合いやすいですよね~冗談も通じるし、隊長は一見(いっけん)強面(こわもて)(ちか)()りがたいけど()れてしまえばなんてことないし。


それに(くら)べてクラウス様は強面でもなんでもない普通(ふつう)の方なのに(こわ)いくらいに冷静(れいせい)で近寄りがたい雰囲気ありますよね。俺、あの人が笑っている所なんて一度も見たことがないなぁ~


ああ? でもそういえば王女様はいつもクラウス様が来ると、まるで親鳥(おやどり)()(ひな)みたいに後を追いかけていましたよね? 姿が見えない時は、城中を探し回られているところもよく見ましたよ?」



それを聞いて母様がクスクスと笑う。



「ふふっ、この子、小さい頃からクラウスがすごくお気に入りだったのよ。ーーね? リルディア?」



「なっ!?」



母様が面白(おもしろ)がるように言うので思わずグッと言葉に詰まる。 しかも溢れてきていた涙もどこかに吸収(きゅうしゅう)されて()()がった。



「ああ、おかげで陛下(へいか)がやきもちを()いて、その(たび)に俺のところに来ては愚痴(ぐち)を聞かされるから大変だった。可愛い娘を(おとうと)に取られただのなんだの、俺は(いそが)しいと言っているのにおかげで何度(なんど)仕事仕事(しごと)中断(ちゅうだん)させられたことか」



…………知らぬ事とはいえ、ごめんなさいヴァンデル隊長。だからお父様、クラウスが来る時に限って私がねだる前にやたらと外に()()したのか、しかも(かなら)遠出(とおで)だし…………



「ええっ!? それじゃあ王女様はああいうのが(この)みだったんですか!? 正直(しょうじき)、クラウス様って全然女性(じょせい)(やさ)しそうには見えないし笑わないし冗談も通じないし、しかも常に何かしら怒られそうで怖いし、あのフォルセナ特有(とくゆう)紺碧(こんぺき)(ひとみ)で睨まれたらイルミナ第一王女様同様、視線で射殺いころされてしまいますよ」



「お前な、ジェノーデン公に(たい)してなんて()(ぐさ)なんだ。それにああいうのとか言うな。不敬(ふけい)たろうが」



しかしヘンドリックは相変(あいか)わらずのマイペースだ。



「はははっ、だから隊長がそれを言いますかってーーでもそうかぁ~王女様はクラウス様のような男性(だんせい)が好みだったんですね。


そうだよなぁ、クラウス様って見た目は普通で特に美形美形(びけい)ではないけれど不思議(ふしぎ)と女性には人気(にんき)があったんだよな~ ああ、だけど独特(どくとく)の雰囲気はあったか仕草(しぐさ)とかにも(おとこ)色香(いろか)あったしなーーしかも優秀(ゆうしゅう)で仕事も出来るし、


う~んーーそうか、俺もクラウス様の様になれば、王女様に好きになってもらえるのかーーよしっ! 頑張ろう!!」



「無理ね」

「無理だな」



またまた母様と隊長の声が重なる。



ーーこれはもう以心伝心(いしんでんしん)? ーーってそんな事を言っている場合(ばあい)じゃなかった。



なんか話が(へん)方向(ほうこう)に行っている。これは(ただ)ちに否定しなくては変に誤解(ごかい)されても(こま)る。



「ちょっと待って! 好みとかそんなんじゃないわ! クラウスはお父様や(まわ)りの人達と違って私の我儘を唯一聞いてはくれない人だったから、なんとか言うことを聞かせてやろうと思って付きまとっていただけよ?


しかもヴァンデル隊長、クラウスが私を可愛いがっていたというのも違うわよ? いつもしつこく付きまとっていた私を迷惑(めいわく)そうにしていたし、その度に仕事の邪魔(じゃま)だと言って追い返そうとしていたわ。それで頭にきたから私も意地(いじ)になって絶対に言うことを聞かせてやろうと思って追いかけ回してやったのよ」



すると何故かヴァンデル隊長が深いため息を零す。



「………エルヴィラ、本当に血は争えない様だぞ?俺は今の話に無性(むしょう)過去(かこ)の自分に(こころ)()たりがあるんだが、貴女にも身に覚えがあるだろう?」



母はそれには答えずに、ふん、とそっぽを向く。



「でも、あのクラウス様にそこまで邪魔(あつか)いされても、あんなに熱心(ねっしん)に付きまとえるのはすごい事ですよ。さすがはエルヴィラ様のご息女(そくじょ)。俺、ますます王女様が好きになっちゃったなぁ。


そうか、そうすると俺のライバルはクラウス様かぁ~ これは今までにない強敵(きょうてき)になっちゃうな~」



ヘンドリックは本当に人の話を聞いていたのか(まと)(はず)れな冗談を言い出すので慌てて()める。



「だから違うってば! ヘンドリック! 人の話聞いていた? しかもどうしてクラウスがライバルなのよっ! そもそもクラウスは私の叔父よ? 変な誤解しないでよ!」



しかしヘンドリックは前を向いたまま頷いている。



「う~ん、そうなると、叔父と(めい)禁断(きんだん)関係(かんけい)かぁ………クラウス様まだ(わか)いしなぁ。えっと確かクラウス様は俺より6(さい)年上(としうえ)だから現在は31歳か…………ということは王女様とは16歳差………


やっべ、全然有りじゃん。陛下とエルヴィラ様なんて23歳差だからなぁ。しかもクラウス様と陛下は異母(いぼ)兄弟(きょうだい)だし王女様の叔父といっても血縁(けつえん)(てき)には近くて遠い親戚(しんせき)みたいな(かん)じだから恋愛(れんあい)発展(はってん)する可能性(かのうせい)(おお)いにある。


いや、でも相手があの超真面目なクラウス様だからな。やっぱりここは俺の方が有利だろ? なんといっても俺の方が若いし優しいし。だからここは押しまくって、王女様に俺の魅力(みりょく)を分かってもらうしかないかーーっ痛!?」



人の話をまったく聞かずに、たぶん私をからかっている彼に私は無言(むごん)鉄槌(てっつい)(くだ)す。先ほどの母様ではないが、その(へん)()げてもよさそうなモノを彼に向かって投げつける。



「いっ、何!? 王女様っ??」



「…………」



私の方を振り返るヘンドリックにお(かま)いなしにモノを投げつけていると、(となり)にいた母が私の手に投げつけるものを(わた)してくれる。



「リルディア、よくやったわ! あの馬鹿にはこれくらいやってやらないと、すぐに調子(ちょうし)()るのよ。さあ、どんどん投げ付けておやんなさい!! 私も手伝(てつだ)うわ!!」



「うわっ、やめ、止めてくださいって!! っ、痛、痛いって!! うっわ、投げ付けるモノがだんたん大きくなってるよ!! やっ、それマジ、やべーからっ!! 二人とも止めろって!!」



すっかり()に戻っている? ヘンドリックに親子でモノを投げつける。もちろん手綱はヴァンデル隊長がいつの間にか彼の手から奪い取って握っている。



「隊長!! 二人を止めて下さいって!! 王女様までがエルヴィラ様みたいになってしまった!!」



しかしそんな部下の懇願(こんがん)もどこ()(かぜ)のように聞き流している隊長は前方(ぜんぽう)を見つめたまま、その強面に笑みを()かべる。



「フッ、馬鹿だな。 ーーみたいじゃなくて、さっきも言っただろう? 血は争えないんだよ。()(もの)同士(どうし)母娘(おやこ)だからなーーー」



「隊長ぉっつ!!」



そこにヘンドリックの悲痛(ひつう)?の(さけ)び声が上がったのは言うまでもない。



ーーフッ、この私を誰だと思っているの? 私は悪名(あくみょう)(たか)い我儘第四王女。母様同様性格悪いのよ?ーーー






【6ー終】






























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