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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
第一章 【青天の霹靂】
29/80

回想

【5】




ヘンドリックと母様が会話をしている間、私はふと“あの時”のことを思い出して表情を曇らせていると、それに気付いたヘンドリックが私の顔を覗き込んでくる。



「王女様?」


「……ヘンドリック、母様同様、私の事も理想を砕くようで悪いのだけれど、私は貴方の言う素直で優しくて可愛らしいなんて言葉は当てはまらないわよ? 確かに両親思いという言葉だけは、私はお父様も母様も大切で大好きだから、その言葉だけは受け取っておくけれど。


私の噂は貴方も聞いているでしょう? 自分勝手で傲慢で父親の溺愛をいいことに何でも欲しい物を手に入れ、さらには他国の王太子までも彼にはすでに婚約者がいたにも関わらず、父親の権力を使ってその王太子を手に入れたという我儘な第四王女というのは全て本当の事だわ。この母様が呆れるほどに手の付けられないね」



そう言って母に視線を向けると、母は何とも言えないというような複雑な表情をしていた。



「ーーええっと、それでもこの子は今では成長して大人になって、昔に比べたら大分、いや、すごくマシにはなったのよ? 人の話も聞くようになったし他人の事も気にするようになったし我儘を言うのも半分くらいにはなったしーー」



母様、一応フォロー、ありがとう。



「もしかしたら私は生まれた時から王族で、お父様である国王に甘やかされて育った分、元市井出身の母様なんか比じゃないくらいに性格の悪い王女なのかもしれないわ。口だって悪いしーーこれは母様のせいもあるけれど。


だから私は何でも思い通りになるとずっと思って疑わなかった。だってそれが私にとっての当たり前だったから。そんな私は自分が気に入らない貴族令嬢達には散々意地悪もしてきたし、それでも気に入らない相手にはお父様にお願いして私の目に届くことのない遠くにやってもらったこともあった。だけどそれが悪い事だなんて微塵にも思っていなかった。


私にはお父様がなんでもしてくれる。私の願いならなんでも叶えてくれる。それがどういう事になるのかも知らずに何も考えずに甘えていた。


結果……私は過去に沢山の人達の人生を壊してしまったのよ。もう今ではその事を謝ることも償うことも出来ないーー


私がこんな事を考えるきっかけになったのは、ある人が教えてくれたの。その人は私に人生を壊されてしまったのに私が子供だから責任はないと全ては父の責任だと言って、私を怒ることも(そし)ることも責めることもなく、逆に私の将来を心配してくれていた。


それなのに私は謝罪するどころか、その人から逃げて、結局国を離れたその人とはそれ以来会うこともなく、私は謝る機会を失ってしまい、今現在、こうして国を追われた私にはその人とはもうこの先一生会うことは無いでしょうね」



「リルディア…」

「王女⋯⋯」

「……王女様」



私の話を聞いて皆は私から視線を外して俯いてしまう。ほんの少しの沈黙が続いた後、私は話を続けた。



「だから、私達の今までの悪行の数々に神様がとうとう怒って天罰を下されたんだわ。母様は神様なんて信じないと仰るけれど、私にはやっぱりこれは天罰だと思う。だから私達親子は周囲が全て敵に回った中を逃げなければならなくなった。


そして貴方達二人以外に誰一人として私達を助けに来てくれる人もいない。私達は世間ではどうしようもない嫌われ者なのよ。特に私はその父の血を引く性悪の我儘王女。私は憎まれこそすれ誰かに優しいだの好きだの言ってもらえる資格なんてない。


けれど、ヘンドリック。貴方がたとえ勘違いからでも、さっきの大好きだと言ってくれた言葉はちょっと嬉しかったわーーありがと……」



|最後の言葉は何というか、少し恥ずかしくなって、言葉(すぼ)みに小さくお礼を言う。そうーーこれも私が学んだ一つ。


母は最低限の礼儀作法には煩い人だ。人から物を貰ったり、何かをして貰ったり褒められたりした時は感謝の意を表すこと。逆に自分に非があって相手を傷つけたり誰が見ても悪い事をしたと少しでも感じたら素直に反省の意を表すこと。


昔の子供の私なら『どうして私がお礼を言わなければならないの? 私に贈り物をしてくるのは相手の勝手じゃない。別に私がしてくれと頼んだわけじゃないわ。欲しい物ならお父様にお願いすればいいんだし』  


ーーとか、『私が綺麗で可愛いのは一目瞭然でしょう? 本当の事を言われているのに、何故私がお礼を言わなければならないの?』ーーと言っていた。


でもまだその辺は渋々ながらもお礼は言えていたからまだ良い。けれど非とか反省という言葉は私の辞書には無く、何をしても何を言っても父から許されていた私は、


『お父様がお怒りになられないのに、私は何も悪くはないでしょう?』ーーとか、貴族の令嬢達に意地悪をしていた時も『だってあの人達が嫌いなんだもの。そもそも私に嫌われるような事をするからよ? 向こうが全て悪いんじゃない』ーーだ。


しかも父からは、『王女であるお前は誰にも頭を下げる必要はない』ーーと決定打な言葉を貰っていただけに、生まれながらにして王女である私がどうして下々の者に頭を下げなければならないのよ。という概念があったこともあって、あの当時は記憶にある限り謝ることなど一切した事がない。


それを考えれば今の私はあの当時に比べれば本当に信じられないくらいに成長したのだと言える。今ではありがとうも、ごめんなさいもなんの抵抗もなく言葉に出来るし、ただ時々、使う場面によっては照れくさくなったり恥ずかしくなったりする事もあるが……



「………」



私の話が終ると、また暫くの沈黙。重い話になって皆が気まずい思いをしている。きっとなんと声を掛けていいのか、誰が口火を切るのか間を計っているのかもしれない。


ーーこんな時にする話ではなかった。話の流れの必要性から、つい私の過去の我儘所業の昔話をしてしまった。でもこれで私がどういう王女なのか分かってもらえたと思う。


母と同様に変に美化されて間違った認識を持たれても困るし、どうせ幻滅されて嫌われるなら早く分かってもらえた方が私の心に受ける傷は浅い。



「……エルヴィラ様」


「な、なによ?」



この沈黙を最初に破ったのはヘンドリックで、それも何故か母に話し掛けた。母は何の脈略も無しに突然自分に声が掛かったので、少し声が上擦っている。



「……王女様を抱きしめてもいいでしょうか?」


「「はあっ!?」」



再び母と隊長の声が同じタイミングで重なった。やっぱり息が合っている。ーーじゃなかった。そんなことよりも今はヘンドリックの発言の方が問題だ。



私を抱きしめてもいいかって?? 何故に??



「……可愛い。王女様がすっごく可愛い。しかも素直で|健気で保護欲、滅茶苦茶(くすぐ)るんですけどーーああ、抱きしめたい!!ギュってしたい!! ううっ、この可愛いさはヤバいですよ。俺、今すぐ抱きしめてお慰めしたい!!」



そう言ってヘンドリックの手が私に伸びる前に、母が私を彼から引き離すようにして後ろへと引っ張り、がっしりと私の|体を抱き抱えてガードをする。そしてその前をヴァンデル隊長が壁になり彼がそれ以上、私に近付かないように阻止している。



「ちょ、冗談じゃないわっ!! 勝手に私の娘に触らないで頂戴!!」


「ええっ!? 勝手にじゃないですよ? だからお伺い立てたでしょう? 抱きしめてもいいですか? って」


「駄目、絶対に駄目よっ!! 貴方に触れられたら娘の体が穢れるわ!!」


「あ、俺、綺麗好きだから大丈夫です。体は毎日洗ってますよ?」


「そういう問題じゃないっ!! まだ嫁入り前の大事な娘を“隠れ狼”の貴方に触れられたら、触れられただけで妊娠するわっ!!」



か、母様! に、妊娠って……



「……ホントに酷い言い草だな。隠れ狼って、俺、そこまで|信用ないかなぁ? これでもお家騒動になるようなことは気をつけてるって言ってるのに……

昔と違って今は綺麗なものですよ? 以前みたいに“手当たり次第”ってことはないし、しかも俺、そういうの卒業しましたから。


ーーでも、そうだな、触っただけで妊娠するなら、俺もうすでに王女様を触っているから、そうなると俺の子供を妊娠させてしまったってことになるな。あ、でも安心して下さい。俺、ちゃんと責任取りますからーーって痛っっ!!」



……あれ? 何だか彼の雰囲気が……変わった? それに話し方も……爽やか少年からいきなり大人の青年に変わったような………?



「いい加減にしろっ!!ここは騎士団隊の宿舎じゃないんだぞ!? 王女の前でそんな不埒な会話を聞かせるな!!」



ヴァンデル隊長はヘンドリックの頭をガツンと叩き、あの強面の怖い顔でギリッと睨みながら彼の耳を引っ張る。



……その顔です……やっぱり強面怖い。



「痛っ!! ちょ、隊長、引っ張っ、んないでっ!!」


「ふん、とうとう正体を現したわね!? この“隠れ狼”!! その内、尻尾を出すと思っていたのよ。なにせ私の娘は美人ですごく可愛いから」


「そ、それ、って、痛っ! ご自分の事を自慢しているのと、同じって、っつ、い、たたっ、親バカーー」


「うるさいっ! さあ、グレッグ? このエロ狼な不埒者にはもっとお仕置きが必要よ? ガッツリと指導をして、その天才頭から煩悩を全部抜き取っておやりなさいな」


「ちょ、ちょっと、ホントにこの人、口が悪いなっ!それに隊長!!そもそも最初にその不埒な会話を振ってきたのはエルヴィラ様なんですよっ!母親のクセに妊娠とか言って、そっちの方に問題があるでしょ!どう考えても!!」


「……一理ある」



そう言うとヴァンデル隊長は先ほどから引っ張っていたヘンドリックの耳から手を離すと、今度は眉間に皺を寄せたままの表情で母に向き直った。



「ーーエルヴィラ、貴女もそのなんだ。母親なのだから、そのような不適切な言葉は淑女教育を受けている王女の教育上、使うのは良いことではないと思う。それにいくら我々が相手でも、一応、異性の前で女性がそういう会話をするのは世間的にも好ましいものではないから慎んだ方がいい」



至極真面目な顔でそれでも言葉を選んでヴァンデル隊長は母に諭すが、母はそんな隊長をキッと睨む。



「どうせ私は母親らしくないし慎みだってないわよ。だけどその程度の知識くらいリルディアだって知っているから別に問題ないわ。


それに貴方は不適切と言うけれど、市井出の娘である私から言わせてもらえばあの貴族|子女の淑女教育も良し悪しだと思うわよ? 確かに知性や品格を育てるのは良いことだけれど、でも大部分が男にとって都合のいい女を作る教育じゃないの。


男の貴方達が知っているかは分からないけれど、淑女教育では子供は神様がお与えになると言って、どうやったら出来るかまでは教えていないのよ? 


全く冗談じゃないわよ。そんな知識もなくて、もし男に襲われでもしたら泣くのは女じゃない。だから私はリルディアには自分の身を守れるように、きちんと本当の知識を教えているの。この子は将来確実に男で苦労するのは目に見えているもの」



母の言葉にヴァンデル隊長は思うところもあったらしく、グッと言葉に詰まる。



思い返してみればーーあれは14歳の頃、私は淑女教育で異性に関しての教育を受けた。


家族以外の異性とは挨拶やダンスをする時以外は体への接触は絶対にしてはならない。もしそれを破れば、触れたところから腐っていって病気になるのだそうだ……怖いな、それ。


そして結婚した時は、全て夫の言う通りに従うのが良い妻の務めだと教わり、さらには子供も神様がその良い妻だけにお与えになるものだから、神様の代弁者である夫に全て任せていれば大丈夫だとのことだ。


その時の私は何が何だかさっぱり理解できなかったが、年長の|女教師は、「今は分からずとも御結婚なされば分かりますよ」と言って、ホホホ、と笑うばかりだ。


そこで私がその事を母に報告すると母が激怒した。そしてそれは嘘だと言って、母は私に本当の知識を教え込んだ。特に私の場合は自分の身を守る為に必要なのだと言って。


おかげで私は間違った認識を持たずに澄んだがーー確かに今思えば、淑女教育には良し悪しだ。



だけど、やはり母様ーーいくら知識があれど、異性の前では言葉にするのは慎んで頂きたいです。私、まだ嫁入り前なので……



さすがに私も居たたまれないので俯いていると、やはりヘンドリックが空気を読んで機転を利かす。



「エルヴィラ様はやはり良いお母上ですよ!淑女教育がどんなものかは、俺も詳しくは知りませんが、貴族のご婦人方を見ていても、あの男の顔色ばかりを伺っている所はちょっとなーとか思いますし、やはり間違った知識は本人の為にも良くはないですしね。


いや~俺も本当にそれで若い頃は苦労したもんな~王女様は淑女教育も市井教育もどちらも受けられて幸せだな~ 


ーーって、隊長、そろそろ行かないと不味くないですか? こんなに呑気にしていたら、頼んでいた宿屋のご亭主が待ちくたびれてません?」



「あ、ああ、そうだな。全く元はと言えばお前がーー」



ヴァンデル隊長がヘンドリックを睨むが、彼は全く気にしていない。



「まあまあ、あ、御者は俺やりますんで、ほら、エルヴィラ様も行きますよ?」


「え?  ええ、そうね?」


「王女様、もうちょっとの辛抱ですからね~あと少し走ればすぐに国境の町ですよ。あ、それでもやっぱり辛いなら遠慮なく言って下さいね? 俺、本当に王女様の椅子にーー」



再びヘンドリックの頭に隊長の鉄槌がーー

 


……やっぱり、痛そう。何だか見ている自分も痛い? 気がする?



それで私も思わず自分の頭を触っているとヘンドリックと視線が合った。すると彼はやはり爽やかな人好きのする笑顔で私にニコッと微笑む。


ああ、やっぱり彼は空気を読むのが上手い人だ。こんなに軽薄にも見えるのに周りにさりげなく気を遣う。


さっきの会話にしたって私の様子に気付いて話題を変えてくれたに違いない。道化師みたいな人だけど本当に優しい人。


ーーでも、さっきのヘンドリックのちらりと見えた大人の顔には驚いた。彼には色々と驚かされるばかりだ。


ーー彼の本当の素はどっちなのだろう?





【5ー終】









































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