表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
第一章 【青天の霹靂】
27/78

青天の霹靂【3】

【3】





この(わたし)馬鹿(ばか)(わら)いの一件(いっけん)丁度(ちょうど)()馬車(ばしゃ)()めていたこともあって、私達(わたしたち)(すこ)しだけ休憩(きゅうけい)()(こと)となった。


(さき)ほど私が荷馬車の()心地(ごこち)(すわ)っている(ところ)(いた)いと(さすがに王女(おうじょ)人前(ひとまえ)でが“お(しり)”だなんて()えない!)言っていたのを()いてヘンドリックが、



「それなら(おれ)王女(おうじょ)(さま)椅子(いす)になりますよ。だから御者(ぎょしゃ)(ほう)隊長(たいちょう)がやって(くだ)さい。ーーさあ、王女様、遠慮(えんりょ)せずに俺の(ひざ)にどうぞ!?」



そう言って胡座(あぐら)をかいて座ると自分(じぶん)の膝をポンポンと(たた)いて私を()ぶ。



ーーすかさず、ヴァンデル隊長に(あたま)(おも)いっきり叩かれていた。ものすごく(いた)そう…………。



その様子(ようす)(あき)れたように()つめながら(はは)適当(てきとう)荷物(にもつ)(ふくろ)中身(なかみ)()して、その(なか)にまた布袋を()めて下に()いてくれた。



「あれは(ほう)っておいていいから。ーーこれを(した)に敷いて。少しはマシになるから」



「ありがとう、母様(かあさま)。 ーーでも放っておいていいの? あれ?」



見れば私の()(まえ)ではヴァンデル隊長がヘンドリックのこめかみに(こぶし)でぐりぐりと()()(まわ)しており、ヘンドリックが「痛い痛い」と(あば)れている。



………本当(ほんとう)にものすごく痛そう…………。



「いいのよ。いつものことだから。ーー(まった)く、ヘンドリックは(わる)(おとこ)じゃないのだけれど、あの冗談(じょうだん)なのか本気(ほんき)なのか()からない所はいまだに(なに)(かんが)えているのか分からないわね。ーーまあ、本気で馬鹿(ばか)なだけかもしれないけど」



(たし)かにあの(ひと)(なつ)っこい青年(せいねん)は(いや、少年(しょうねん)か?)()()けたような、それこそ(ひと)脱力(だつりょく)させるような空気(くうき)()っていて、(かれ)言動(げんどう)真面目(まじめ)な事を言っている時も冗談(じょうだん)を言っているのかな?と思う時もどちらも軽薄(けいはく)でふざけているように聞こえてしまう。けれど()(まえ)(さわ)やかな容姿(ようし)(ひと)()きのする笑顔(えがお)でそれが不快(ふかい)にならないから不思議(ふしぎ)だ。



「でも、あれ、すごく痛そうよ? ーー隊長も少し大人(おとな)げないのではないかしら? 彼まだ私くらいの(とし)でしょう?」



そうよ、まだあんなに若輩(じゃくはい)若者(わかもの)にヴァンデル隊長も何もあそこまでやらなくてもーーと、彼に同情(どうじょう)すると母が(くび)()る。



「リルディア、人は()かけにはよらないものなのよ。彼はね、あのような少年みたいな(かお)をしているけれど、あれでももう(よわい)25歳の立派(りっぱ)な大人なのよ」



「えええっ!!?」



思わず(おお)きな(こえ)を出して(おどろ)いてしまった。いや、だってどう見ても、外見(がいけん)も話し方も10(だい)の少年だ。母が(うそ)を言っているとは思わないが、本当に見た目は私と同じ年頃(としごろ)にしか見えない。驚きで()()(ひら)いてヘンドリックを見ていると、ようやく隊長から解放(かいほう)された彼が私達を見てニコニコと微笑(ほほえ)む。



「そうです。 俺、見た目すっごく(わか)いでしょ? だから(はじ)めての人にはよく()(ちが)われるんですよ。最初(さいしょ)は俺も隊長みたいに(しぶ)くて()()いた貫禄(かんろく)のある(おとこ)に見られたいと思っていたから自分(じぶん)の容姿は(きら)いだったんですけどねーーー。


でもその(うち)、歳を(かさ)ねるごとに若く見られる方が何かと(とく)をする事が(おお)いことに気がつきまして、今では俺の大事(だいじ)長所(ちょうしょ)ですよ」



「…………彼、ヘンドリックは(むかし)から外見が()わらないの。10代の(とき)からあの姿(すがた)なのよ。変わるのはせいぜい髪型(かみがた)くらいかしらね?」



「髪型くらいって…………俺だってちゃんとそれなりに成長(せいちょう)してますよ。身長(しんちょう)だってあの頃よりずっと(たか)くなったでしょ?」



ヘンドリックは自分の頭の(うえ)()をひらひらと振る。それを見た母はどこか(うら)みがましげに(つぶや)く。



「男のくせに。ずっと何の手も入れずに若さを(たも)てるなんてずるいのよ。男のくせにーーー」



「エルヴィラ様、それ、男女(だんじょ)差別(さべつ)(てき)発言(はつげん)ですよぉ~。だけどエルヴィラ様だって十分(じゅうぶん)にお若いじゃないですか。とてもこんなに大きな子供(こども)がいるようには見えませんよ」



すると、すかさず母は(そば)にあったものをヘンドリックへ()けて()()ける。ちなみに()たっても(たい)して痛くないような(かる)(もの)だったが、ヘンドリックは大袈裟(おおげさ)に「痛っ! 」とか言っている。



失礼(しつれい)ね! 十分じゃなく私はまだ若いのよ。子供だって()もうと思えば、まだ産めるんだからね」



確かに母は17歳で私を産んでいて現在(げんざい)は32歳。まだ現役(げんえき)で子供は産める歳だ。ーーしかし、母はああ言ってはいるが、私に弟妹(ていまい)(つく)()は全くなかったらしい。自分は子供はあまり()きではないのだという。


しかも私が出来た時は(だい)(きら)いな男の子供なので、とてもじゃないが(あい)せる自信(じしん)は全く()(むし)ろ、さっさと自分のお(なか)から出して解放(かいほう)されたいと思っていたと言っていた。(いま)にして思えば、その子供の私に(たい)して(ひど)()(ぐさ)だとは思うが、私が弟妹を()しがったので、それを(あきら)めさせる(ため)に言ったのだと思う。


私のお(ねが)いならなんでも聞いてくれるはずの(ちち)も私を産む時に母が生死(せいし)(さかい)彷徨(さまよ)った事もあって、もう二度(にど)最愛(さいあい)(つま)(うしな)喪失感(そうしつかん)(あじ)わいたくないと言い、私にも「母を失うのは(いや)だろう?」と言って諦めさせたのだ。


そうして全てが母の思惑(おもわく)(どお)りになり(ひと)つだけ(ちが)ったのは、母は()まれてきた私の事を愛せる自信がないと言っていたのにきちんと愛情(あいじょう)をもって育ててくれた事だ。確かに放任(ほうにん)主義(しゅぎ)ではあったけれども。



「だからそういう意味(いみ)の十分って意味でーーって、ーー痛っ、いっっ! エルヴィラ様っ!、ちょっ、本当、痛いって!!」



母は無言(むごん)今度(こんど)は当たれば痛そうな重いものを(つぎ)から次に投げつけている。



「ーーなんかムカつく。 あんたの顔見てると、なんかムカついてきた」



「ムカつくとかって、()つ当たりですっ。それにエルヴィラ様、第四(だいよん)王女様のお母上(ははうえ)使(つか)言葉(ことば)じゃないですよ~~王女様の教育(きょういく)(てき)にもよろしくないで……って、痛っ、や、やめて下さいよ。そんなものでも当たったら痛いって!!」



「か、母様!?」



まるで子供のように(もの)()げ付けている母親に唖然(あぜん)とする。



「うるさい!! いいのよ! これが私の()なことぐらい(むすめ)にはとっくに分かっているから! 八つ当たりでもなんでもいいでしょ。こんな状況(じょうきょう)になって私だってストレスが(たま)まっているんだから!!」



「うっ、それなら俺だけじゃなくて隊長にも当たって下さいよ~うぅ、隊長~(たす)けて下さいぃ」



助けを(もと)懇願(こんがん)する部下(ぶか)に隊長は明後日(あさって)の方を向いている。



「………それは王族(おうぞく)守護(しゅご)する騎士(きし)であるお(まえ)役目(やくめ)だ。存分(ぞんぶん)に“(まと)”になって()()げろ」



「隊長、それちょっと意味が違います! ふ、不公平(ふこうへい)だ!!」



(さき)ほどから私の(なか)の今までのヴァンデル騎士団(きしだん)隊長(たいちょう)とは大分印象(いんしょう)変化(へんか)しつつある。私の認識(にんしき)ではヴァンデル第一(だいいち)騎士団隊長は、無口(むくち)無愛想(ぶあいそう)堅物(かたぶつ)でしかもその強面(こわもて)(こわ)くて子供の頃から(けっ)して(ちか)()りたくなかった相手(あいて)だった。だから今までも騎士団隊宿舎(しゅくしゃ)には一度(いちど)も顔を出したことはない。


だけど今実際(じっさい)にこうして一緒(いっしょ)行動(こうどう)して観察(かんさつ)していると、真面目は真面目だが堅物というほどでもなく冗談すら言っている気さくな(めん)もあって結構(けっこう)面白(おもしろ)人物(じんぶつ)だ。


今まで自分達の周りにいたのは、(こび)()ってへつらう貴族(きぞく)(たち)(かげ)嫌味(いやみ)を言ったり嫌悪(けんお)視線(しせん)を向けて敵意(てきい)()()しにしてくる、そういった人間(にんげん)ばかりだった。


だからヴァンデル隊長やヘンドリックのような、こういった人達は新鮮(しんせん)だ。あの(ひと)一倍(いちばい)警戒心(けいかいしん)(つよ)かった母が彼等(かれら)を気に入るのも(うなず)ける。私は今ではもう、ヴァンデル隊長のことは怖いとは全然(ぜんぜん)思わない。(むし)ろ母と面白い会話(かいわ)をしている彼等を見るのはとても(たの)しい。



「リルディア、この男、こんなお馬鹿(ばか)に見えるけれど本当はすごく頭が良いの。子供(こども)の時から頭脳明晰(ずのうめいせき)であの王立(おうりつ)中央(ちゅうおう)学習院(がくしゅういん)をわずか6(さい)で入ってあっという()様々(さまざま)学科(がっか)修得(しゅうとく)して8歳で首席(しゅせき)卒業(そつぎょう)したという『神童(しんどう)』と()ばれていた(おとこ)なの。


本当なら今頃(いまごろ)は、国家(こっか)機密(きみつ)枢機枢機院(すうきいん)枢機卿(すうききょう)として政治(せいじ)(たずさ)わった仕事(しごと)をしていてもおかしくないのに、この男、貴族のぼんぼんだから、ふらふらと諸国(しょこく)(あそ)(ある)いて突然ふと戻って来たかと思えば何故(なぜ)か『枢機院』ではなく『騎士団』に入隊(にゅうたい)したのよ。


ーーまあ、いくら『神童』と呼ばれた天才(てんさい)でもこんなちゃらんぽらんなのに国の政治を(うご)かされても(こま)るから結果的(けっかてき)には良かったけどーーー」



「ちゃ、ちゃらんぽらん………(ひど)い言われようだ。俺はただふらふらと遊びに出たわけじゃないですって。だって学習院を卒業してしまったら、(ほか)にやることが無くなってしまったんですよ? まさか8歳で枢機院には入れないでしょうし、いくらなんでも子供に政治は(まか)せられないでしょう? それに同年代(どうねんだい)(まわ)りの子供達とも話が合わないから一緒に遊ぶ事もできないし。


そこで俺は、もて(あま)した時間(じかん)(そと)世界(せかい)見物(けんぶつ)(ひろ)めて、いずれはお(くに)(ため)になれればとーーー」



「あら、そうなの? じゃあ、私が聞いていた貴方(あなた)諸外国(しょがいこく)での数々(かずかず)馬鹿(ばか)息子(むすこ)所業(しょぎょう)(はなし)は、ただの噂話(うわさばなし)だったのね?


だけど(へん)ね? バラージェ伯爵(はくしゃく)夫妻(ふさい)親子(おやこ)(えん)()りたいけれど一人(ひとり)息子(むすこ)だからそれも出来(でき)ないって。だけど()ずかしいから、もういっそ、このまま(かえ)って来なくてもいい。と言って(なげ)いていたのを聞いた覚えがあるのだけど?」



あ、そうか、バラージェって、あの貴族のバラージェ伯爵(はくしゃく)()のことか。どうりで聞き覚えがあったんだ。何度(なんど)か城で夫妻にはあったことはあるけど、そういえばヘンドリックとは一度も面識(めんしき)はない。そのころは諸外国を放浪(ほうろう)していたということなのね。



「………(わか)い時は色々とあるんです。まあ、『若気(わかげ)(いた)り』と言うやつでーーあ、でもお(いえ)騒動(そうどう)になるような事はきちんと()けてましたから大丈夫ですよ。その(へん)はいくら俺でもちゃんとしてますんで………」



「ーーまあ、そうね………私も人の事をとやかく言えた立場じゃなかったわね。なにせ私はこの国の財政(ざいせい)()()らした最悪(さいあく)(おんな)だし。そのせいでこんな事になっているんだから自業自得(じごうじとく)なのよね。


それなのに、何の関係(かんけい)のない貴方達まで巻き()()んでしまって貴方達にも貴方達のご家族(かぞく)にも本当に悪いことをしてしまっているわ。(あやま)って()むことじゃないのは分かっているけれど、本当にごめんなさいーーー」



突然(とつぜん)(うつむ)いて(かた)()として(ちから)なく謝る母にヘンドリックは(あわて)て出す。



「エ、エルヴィラ様、何を言っているんですか!? (もと)はと言えば国王が全て悪いのであって、エルヴィラ様だって被害者(ひがいしゃ)でしょ? 財政を食い荒らしたとか言われていますけど今だって国はこの通り、どこの国よりも財源豊かで栄えているし国王の妃が多少贅沢をするくらいなんだって言うんです? 第一、そんなもの何処の国にでもある話ですって!」



「いや、多少どころの話じゃ………」



ヘンドリックの言葉に母が否定をしようとするが、彼はそれを遮って首を大きく振る。



「いいんです! そんなことは! エルヴィラ様はその美しい外見に似合わず口は悪くて性格(せいかく)もあまり良しとは言えなくて、ご自分にかかってくる者対しては容赦(ようしゃ)がなくて、なんと言ってもあの国王に対してだって何度も脱走(だっそう)(こころ)みようとしたというその(たくま)しい根性(こんじょう)!! まさに脱帽(だつぼう)もの、尊敬(そんけい)(あたい)します!!」



「………グレッグ、私、今の会話の中ではまるで尊敬されているようには、聞こえなかったのだけど………」



頭の(みず)沸騰(ふっとう)したかのごとく一人、熱弁(ねつべん)()るうヘンドリック。そして、それとは対照的(たいしょうてき)(かれ)冷静(れいせい)に見つめる母と隊長とそして私………。



ーー確かに、私の(みみ)にも尊敬されているようには聞こえなかったが………



「………いや、あれはあれなりに本気で尊敬している。あいつが貴女に陶酔(とうすい)しているのは、それが“要因(よういん)”だったからな」



「………(いや)だわ、そんな尊敬のされ(かた)



「ーー諦めろ。 ………もう(おそ)い」



母達の会話もヘンドリックの耳には届いていないらしく彼はさらに熱弁を(つづ)ける。



「ーーそれに俺、知っているんですよ? エルヴィラ様は本当は(やさ)しくて思いやりがあって(よわ)いものに対してとても慈悲(じひ)(ぶか)い方なんだって」



「え?」



思いもよらない言葉に母がきょとんとする。



「エルヴィラ様は(ひそ)かに戦争(せんそう)孤児(こじ)施設(しせつ)や戦争で()くなった兵士(へいし)達のご家族に援助(えんじょ)しているんですよね? (ほか)にも生活(せいかつ)困窮(こんきゅう)(おちい)った民達にも同じように救済していると聞きました。しかもご自分のお名前(なまえ)()せてこっそりとーーー」



え?   母様が??



するとそれを聞いた母が慌ててヴァンデル隊長を(にら)む。



「グレッグ!! 貴方!?」



「違う!! 俺は誰にも一言(ひとこと)も話してはいない!!」



どうやら、その事を知っていたのはヴァンデル隊長だけだったようだ。隊長は大きく左右(さゆう)否定(ひてい)の首を振る。するとその様子(ようす)を見てヘンドリックはちっ、ちっ、とひと()(ゆび)を顔の前で振る。



「エルヴィラ様、(ちが)いますよ~。口の(かた)い隊長がそんな口止めされている事を簡単(かんたん)に人に話すわけがないじゃないですか。これは俺の情報(じょうほう)(もう)から知ったことです。あ、ちなみに第一騎士団隊の同僚(どうりょう)達は皆、“この事”知っていますから。俺、(おし)えちゃったんでーーー」



「な、なんですって!?」



「えーー? だって口止めされていたのは隊長で俺じゃないし、それにこんな良い話を(だま)ってなんかいられませんって。エルヴィラ様の本当の姿をもっと周りに知ってもらいたいし、いい機会(きかい)かとーーー」



母は言葉を(うしな)い、ただ唖然(あぜん)としている。確かに母の性格からして、自分が慈善(じぜん)事業(じぎょう)をしている事を周りに言いふらすなんて絶対(ぜったい)にしない人だ。しかも(ぎゃく)(おお)っぴらに浪費家(ろうひか)悪妻(あくさい)ぶりを世間(せけん)公開(こうかい)するくらい評判(ひょうばん)最悪(さいあく)悪女(あくじょ)が、そのような生活(せいかつ)(こま)っている人達に援助するなどとは誰が思うだろうか? 実際、娘である私さえ驚いている。まさか母がそんな他人の為に慈善をする人だったとは思ってもみなかった。



「………母様、そんな事をしていたの? ーーだって、母様は自分の事は自分で主義(しゅぎ)で、そんな他人のことなんて………だから母様が慈善事業をやっていたなんて初耳(はつみみ)。母様、実はすごく良い人だったりする?」



私は信じられなくて母の顔をじっと見つめると、母は(ばつ)の悪そうな、なんとも言えない表情で私から目を()らす。



「べ、(べつ)に、そんな大層(たいそう)な話じゃないわ。私がいくら贅沢(ぜいたく)をしてもあの国王には(こた)えないから、それなら逆にその(ざい)国民(こくみん)(かえ)してやろうと思っただけよ。そうすれば、もっと沢山お金を使う事になって、うまくいけば私も国王から解放(かいほう)されると思ったから。


だからこれはあくまで自分の為よ。決して純粋(じゅんすい)に他人を救済しようとか、そんな善良(ぜんりょう)目的(もくてき)からじゃないわ。グレッグが知っているのは私の事情(じじょう)を知っていて信用(しんよう)のできる協力者(きょうりょくしゃ)必要(ひつよう)だったからよ。………でも、こんな事になるのならヘンドリックにも協力させておけばよかった」



その言葉を聞いて母には悪いが少しホッとする。



ーーやはり、母は母だった。私がよく知っている(たと)(ころ)んだとしてもただでは()きない母が無償(むしょう)で他人に何かをするなどと、()()ない話だ。


ヘンドリックが先ほど言っていた(とお)り、母は口も悪く性格もお世辞(せじ)にも良いとは言えない自分主義の人だから娘の私が知らない間に性格が変わってしまったのかと内心(ないしん)不安(ふあん)になってしまった。


善良になった母なんて想像(そうぞう)もつかないし何より気持ち悪くて仕方(しかた)がない。ーー自分の母親に対して(ひど)()(ぐさ)だけれども………



「ーーいやいや、今更(いまさら)(かく)さなくてもいいんですよ? 何も()ずかしがらずとも人には意外な一面(いちめん)っていうものがあるでしょう? ほら、俺が良い例ですって!


いいじゃないですか。これで世間がエルヴィラ様の事を浪費家だと思われていたものが、実は困窮に(くる)しんでいる国民を救済する為に国の財産を国民の為に使っていたのが知られれば、今までの悪い評判なんて一気(いっき)()()んじゃいますよ!」



嬉々(きき)揚々(ようよう)として話しているヘンドリックだったが、残念なことに彼にはまだまだ母の人となりを知るには付き合いが(あさ)いようだ。


彼の理想を()(くだ)くようで悪いが母という人は先ほど貴方も言っていたではないか。そんなに性格はよろしくないと。そしてそれは付き合いの長いヴァンデル隊長も分かっているらしく、母と私と隊長とで三人(さんにん)三様(さんよう)複雑(ふくざつ)面持(おもも)ちで顔を()()わせる。



「………ヘンドリック、理想を打ち砕くようで悪いのだけれど母様は先ほどご自分でも仰っていた通り、他人の為に無償で救済するような人じゃないわ。さっきの母様の言葉が全て真実(しんじつ)よ。母様は昔からご自分主義なの。それは娘である私に対してもそうなの。だから善良という意味での優しさとか思いやりとかとは、ほど(とお)い所にいる人なのよ………」



娘である私がヘンドリックの言葉を訂正(ていせい)させてもらうと、彼は少しだけ表情を(くも)らせる。



「えっ~と? ………でも、戦争で親を失った子供達や生活に困窮している民達を救済しているんでしょ? 普通の貴族なら例え財力(ざいりょく)があったとしても、そんな事は考えもしないよ。例外(れいがい)がないとは言い切れないけれど一人一人に援助だなんて(かず)(おお)すぎて()りがないからね。しかも国王は好戦的(こうせんてき)だから(いくさ)なんて日常(にちじょう)茶飯事(さはんじ)だし。


でもそれで言うなら、これが自分主義の人間なら自分の為にお(かね)は使うんじゃない? もっといっぱい贅沢するとか有力(ゆうりょく)貴族(きぞく)を自分の味方(みかた)にする為に賄賂(わいろ)をばら()くとか。でも、それをしないで()えて(よわ)(もの)に味方するのは、やっぱり優しさとか思いやりがあるからじゃーーー」



「はぁ………違うわよ、ヘンドリック。私は別に恥ずかしいから隠してたとか謙遜(けんそん)してとかじゃなくて、本当に自分の為に動いていただけなのよ」



母は(ふか)いため息と同時(どうじ)に長い髪を指にクルクルと(から)めて(いじ)りながら(こた)える。これは少し罪悪感(ざいあくかん)があると出る母のクセだ。私がこれを知ったのはつい数年前からだ。



ーーというのも、それまで私は罪悪感というものの存在すら知らなかったから…………



「貴方が私のことを本当は良い人とか、そういう(ふう)に見ていてくれたのは(うれ)しいのだけれどーーごめんなさいね、私はそんなに出来た人間じゃない。


自分の事は“自分で責任を取る”というのが私の主義なの。だから自分の娘に対してもそうしてきたわ。そんな私にとってよく知りもしない見ず知らずの(あか)の他人の事なんて正直どうなろうと関係ないのよ。私の人生(じんせい)に関わってこない限りは気にもならないわ。


先ほども言ったけれど、全てはあの国王に対しての対抗(たいこう)意識(いしき)からよ。あの人は私が何をしようと全く動じないの。それは貴方達も分かっているでしょう?


私がこの国に()れて来られた時からどれだけあの男から()げだそうとしてもすぐに(つか)まってしまうし、どんなに罵倒(ばとう)しようが物を投げつけようが逆に面白(おもしろ)がられてしまうから、本当に寝首(ねくび)をかいて(ころ)してやろうかとも思ったわ。でもそれすらもあの男の計算(けいさん)ずくだったのよ? わざと目の付く所に短剣(たんけん)()いてね。


実際(じっさい)武術(ぶじゅつ)訓練(くんれん)など()けたことのない(おんな)の私が、あの筋肉(きんにく)隆々(りゅうりゅう)大男(おおおとこ)に、あんな短剣1つ持ったくらいで(かな)うわけがないのよ。だからそれでもいつかあの男を殺してやろうと思って、優秀(ゆうしゅう)人材(じんざい)(そろ)っている第一騎士団隊に毎日(まいにち)(かよ)ったの。武術訓練を受ければ女の私でもどうにかなると思ってね」



母の話からようやく納得(なっとく)した。どうして母が第一騎士団のヴァンデル隊長やその部下(ぶか)のヘンドリックとこんなに(した)しいのか。しかし母の口から娘の私にとって(おどろ)くべき衝撃的(しょうげきてき)とも言える発言(はつげん)が…………


まさか、母が父に対して殺意(さつい)まで持っていたとは知らなかった。ーーでもそれは私が生まれる前の話だろう。母は私が出来てからは母(いわ)く、なんか色々(いろいろ)(あきら)めたと言っていたし、いくら(だい)(きら)いで殺してやりたいと思っていた男でも、それが子供の父親ならば産まれてくる子供から父親を(うば)うような真似(まね)はいくら母とて出来るわけがない。


しかも、当初(とうしょ)生まれてくることを期待(きたい)されていた王子ではなかったのに、娘だったのにもかかわらず母同様に私を溺愛(できあい)している父親なら尚更(なおさら)だ。



「だけど、いくら毎日通っても、この無愛想で無口な堅物隊長は私に武術を教えてはくれないのよ。どんなにしつこく(たの)んでも、その(たび)に「(あぶ)ないから」とか「我々(われわれ)が貴女を(まも)るから必要(ひつよう)ない」とか言ってね。しかも護身術(ごしんじゅつ)すらも駄目(だめ)だと言うのよ? 今時(いまどき)、どこの貴族の令嬢(れいじょう)だって護身術くらい自衛(じえい)の為に(なら)っているというのに」



母がその時の事を思いだしたのか眉間(みけん)(しわ)()せて不愉快(ふゆかい)げに(ほほ)(ふく)らませる。ーー母様、本当に可愛(かわい)いです。



「それでも、ようやく護身術を教えてくれるようになったのはリルディアを産んでからだったわよね? でも、もうその時にはあの男を殺す気も全く無くなっていたから、結局(けっきょく)目的(もくてき)が自分の護身の為になってしまったけれど」



「ーー当たり前だ。自分の(あるじ)である国王殺害(さつがい)の為の武術なんか教えられるか」



「あら? 知っていたの?」



母はそんな隊長の様子(ようす)に意外そうに視線を向ける。



「だって貴方、私があの人の暗殺(あんさつ)(くわだ)てた時、国王の一番(いちばん)側近(そっきん)である貴方が全然(ぜんぜん)反応(はんのう)すらしていなかったじゃない。だからてっきり知らないのだと思っていたわ」



それを聞いてヴァンデル隊長は深いため息をついた。



「知らないわけがないだろう? ただ“あれ”が国王の計画(けいかく)だと知っていたからだ。あの陛下を貴女に殺害出来るとは(どく)でも()らない限り無理(むり)だとは分かってはいたが、それても一応(いちおう)警戒(けいかい)だけはするように陛下にも進言(しんげん)はしていた。


けれど陛下は貴女が自分に何をしても我々には「一切(いっさい)、手を出すな」との(おお)せだ。しかも、これは自分と貴女との『ゲーム』だからと言ってな。


ーー貴女の言っていた通りだ。陛下は貴女が(つぎ)に自分に何をしてくるのかが(たの)しみで仕方なかったらしい。貴女はその陛下の思惑(おもわく)(おど)らされるように次々と仕掛(しか)けてきたが、まさか自分の評判を世間に(おとし)めてまでやるとは思わなかった。陛下は面白がっていたがな」



母はそれを聞いて苦虫(にがむし)(つぶ)したように顔を(ゆが)めるが、やはりそんな顔も美人(びじん)だ。 うん。



「ーーどうりで、国王の側近達、貴方を(ふく)め、誰一人として何も言ってこないのはおかしいとは思っていたのよ。今更だけど、私はあの男の(てのひら)(うえ)(あそ)ばれていたのだと思うと(くや)しくて仕方がないわ!


ーーくぅっ、そうよ、手っ取り早く毒殺(どくさつ)するという手もあったのに、どうしてあの当時(とうじ)、思い付かなかったのかしら? グレッグ!! 貴方もそういうことはもっと早くに教えてよね。機会を逃してしまったじゃないのっ!!」



「そんなこと、たとえ知っていたとしても貴女に教えるわけがないだろ!! 俺は国王の身を守る為の側近だぞ!? 貴女こそ陛下が面白がっていたのを分かっていたなら色々仕掛てなどこないで、陛下の興味(きょうみ)()れるまで大人(おとな)しくしていたらよかったんだ。


それでも俺は確か貴女にそれとなく進言したことがあったはずだ。あの陛下はいくら容姿(ようし)(うつく)しかろうが上品(じょうひん)でただ大人しいだけの女にはすぐに()きて興味が無くなると」



「し、仕方ないじゃない。貴族のご令嬢みたいに大人しくなんて酒場(さかば)(いえ)で生まれ(そだ)った私がそんなお上品な育ち方なんてしてないわよ! あ、だけど喧嘩(けんか)なら得意(とくい)だったわよ? そんなの酒場の家では日常茶飯事だったし。


それにいくら私が大人しくしていようにも、そうすると逆にあの国王が挑発(ちょうはつ)してくるのだもの。()られた喧嘩はつい()ってしまうのよ、我慢(がまん)できなくて!!」



母が言うなりヴァンデル隊長の口からは再び深いため息が(こぼ)れる。



ーー確かにその気持ちは分かる。ーーええ、分かりますとも。私はなんと言ってもその母の娘。ーーだけど母のそれはもう、どうしようもないのです。それはもう母の性分(しょうぶん)なので。


ーー自分に理不尽(りふじん)()って()かってくる者には本当に容赦(ようしゃ)がありません。ーーたとえそれが国王のような権力者(けんりょくしゃ)であろうとも。





【3ー終】

















































































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ