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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
第一章 【青天の霹靂】
26/78

青天の霹靂【2】

【2】




リルディア 15(さい)



ーーそれは突然(とつぜん)のことだった。




夕食(ゆうしょく)()え、()()けたころ。自分(じぶん)部屋(へや)(くつろ)ぎながら明日(あす)凱旋式(がいせんしき)()るための新調(しんちょう)したドレスを何着(なんちゃく)(なら)べてどれにしようかと(なや)んでいた。


明日(あす)他国(たこく)(いくさ)()ている父王(ちちおう)(かえ)ってくる()だ。今回(こんかい)遠方(えんぽう)での(おお)きな戦で数ヶ月(すうかげつ)(しろ)()けている。それが数日前(すうじつまえ)当然(とうぜん)勝利(しょうり)報告(ほうこく)帰還(きかん)する(むね)(ふみ)伝書鳩(でんしょばと)から(とど)いた。


きっと今回もまた(ちち)沢山(たくさん)戦利品(せんりひん)を持ち帰ってくるに(ちが)いない。戦利品である他国の様々(さまざま)貴重品(きちょうひん)観賞(かんしょう)するのはとても(たの)しみだ。この(くに)には()(めずら)しい(もの)とか綺麗(きれい)な物とかがあって()()った物があればそれを(もら)えた。しかも父王が帰還すれば、それから数日間は国中(くにじゅう)でお(まつり)りが(ひら)かれ(にぎ)やかになる。今から楽しみで仕方がない。


そうだ、お父様(とうさま)が帰ってきたらお(しの)びで、また城下(じょうか)のお祭りに()れていって貰おう。それに約束(やくそく)していた綺麗な(みずうみ)のある場所(ばしょ)への遠乗(とおの)りも。正直(しょうじき)毎日(まいにち)毎日、花嫁(はなよめ)修行(しゅぎょう)だの貴族(きぞく)令嬢(れいじょう)(たち)との退屈(たいくつ)なパーティーだの、もう飽々(あきあき)していたところだ。お父様ならきっと(わたし)が退屈しないように色々(いろいろ)と楽しくなる(こと)(かんが)えてくれるはずだ。


そんな事を考えながらドレスを()ていた(とき)突然(とつぜん)ノックも()しに部屋の(とびら)(いきお)いよく開き、そこへ(あらわ)れた(はは)素早(すばや)室内(しつない)(はい)ると(いそ)いで扉を()め、その(あと)もしきりに扉の()こうを()にしている。そんないつもとは違う母の雰囲気(ふんいき)(くび)(かし)げた。



母様(かあさま)?」



私が怪訝(けげん)そうに声を掛けると、母はこちらに()()ってくる。



「リルディア、説明(せつめい)しているヒマはないわっ! すぐに()げるのよっ!!」



「えっ?」



ポカンとしている私の(うで)を母が()()る。



時間(じかん)がないのっ! とにかく(いま)あるだけの宝石(ほうせき)をこの(ふくろ)()れなさい。 (いそ)いで!!」



(なに)が何だか(わか)からないが、母の尋常(じんじょう)ではない(あわ)てぶりで鬼気(きき)(せま)るものさえ(かん)じる。そんな唖然(あぜん)とする私に苛立(いらだ)ちを(おぼ)えたのか、母は私の腕を(はな)鏡台(きょうだい)にあった宝石箱(ほうせきばこ)中身(なかみ)(かた)(ぱし)から(つか)んで()っていた袋に入れる。そしてまた(ふたた)び私の腕を掴むと(とびら)の方まで強引(ごういん)に引っ張っていく。



「ちょ、ちょっと、母様!?」



「しっ!」



母は(くちびる)にひと()(ゆび)()て声を出さないよう(うなが)すと再び扉の(まえ)に立ち、今度(こんど)(しず)かに扉を(すこ)しだけ()けて廊下(ろうか)様子(ようす)(うかが)っている。



「まだ、大丈夫(だいじょうぶ)なようね。さあ、()くわよっ」



母はそう言うと、周囲(しゅうい)警戒(けいかい)しながら私の腕を引いて廊下を小走(こばし)りに(はし)る。



「か、母様!? 一体(いったい)どうしたの!? なにが…………」



「しっ、(おお)きな(こえ)()さないで。 ()つかったらおしまいよ」



「お、おしまいって…………」



小声(こごえ)(はな)()けるが、今まで見たことのない母の切羽(せっぱ)つまった様子からしてただ事ではない。夜間(やかん)なので、もう(やす)んでいる使用人(しようにん)もいて(はた)いている(ひと)(かず)(すく)ないが、それでも人の気配(けはい)(かん)じると母は(ちか)くの部屋(へや)(かく)れるを()(かえ)す。そうして人目(ひとめ)()(くぐ)って屋敷(やしき)裏側(うらがわ)(つう)じる通用口(つうようぐち)までくると、周りを警戒しながら(そと)へと出た。


するとそこには一人(ひとり)騎士(きし)()っていた。



()たせたわね。状況(じょうきょう)は?」



「ああ、(しろ)(ほう)では(すで)に大騒ぎになっている。だが、まだこちらまでは()(まわ)っていない。()げるなら(いま)しかない」



「そうとなれば急ぎましょう。 リルディア、急いで!!」



なにやら母と(した)しげな感じの事情(じじょう)把握(はあく)しているらしいこの騎士には()(おぼ)えがある。


ーーというより、よく()っている。


(かれ)(ちち)である国王(こくおう)右腕(みぎうで)とも()われている(ぜん)騎士団隊(きしだんたい)随一(ずいいち)剣客(けんきゃく)であり強面(こわもて)無口(むくち)無愛想(ぶあいそう)でしかも(おんな)(ぎら)いという40(さい)()ぎても独身(どくしん)のーーー


国王(こくおう)直属(ちょくぞく)第一(だいいち)騎士団隊(きしだんたい)隊長(たいちょう)、 グレッグ=ヴァンデル。


でも彼は確か父と一緒(いっしょ)遠方(えんぽう)(いくさ)同行(どうこう)していたはず。それがどうしてここに?



「リルディア!!」



母の声にはっと(われ)(かえ)ると、この第一騎士団隊長の言う通り城の方では大勢(おおぜい)の人達の(さわ)(ごえ)()がっていて、(はな)れにある私達(わたしたち)別邸(べってい)にまで()こえてくる。


急いで母の(そば)に行くと第一騎士団隊長は私達の前に立ち、周囲に細心(さいしん)注意(ちゅうい)(はら)いながら私達を先導(せんどう)して歩き出す。そして庭師(にわし)の使使(つか)(ちい)さな小屋(こや)の前まで()ると、これに着替(きが)えるようにと麻袋(あさぶくろ)(わた)された。


その(なか)には騎士の雑用(ざつよう)()(まわ)りの世話(せわ)をする小姓(こしょう)(おも)に身に付ける作業服(さぎょうふく)一式(いっしき)…………


それを見て私は愕然(がくぜん)とする。



「なっ、まさかこれに着替えろっていうの!? この私が!?」



ーーこんな(うす)(よご)れた粗末(そまつ)衣装(いしょう)なんて!! しかも男物(おとこもの)の衣装だなんて!! ()まれてこのかた、こんなもの身につけたことなんかあるわけがない!! ましてや農民(のうみん)平民(へいみん)()るようなものを王女(おうじょ)であるこの私が!?



私はわなわなと(こぶし)(にぎ)()め、第一騎士団隊長に()()った。



「こんなもの()れないわよ!! 無礼(ぶれい)にもほどがあるわ!! 私はこれでも第四(だいよん)王女(おうじょ)なのよ!? その私がどうしてこんな薄汚れた男物の衣装なんか身につけるのよっ!! 絶対(ぜったい)にこんなもの着るもんですかっ!!」



そんな憤慨(ふんがい)する私を見ても第一騎士団隊長は(どう)じることもなく母に話しかける。



「…………説明(せつめい)していないのか?」



すると母は少し(もう)(わけ)なさそうな表情を()かべる。



「そんな状況じゃなかったのよ。こちらも無事(ぶじ)に逃げられるかどうかの瀬戸際(せとぎわ)だったんだもの。とりあえず、貴方(あなた)はそこで待っていて?」



そう言うと母は私を引っ張って、小屋の中へと私を無理矢理(むりやり)()()める。そして(とびら)()めると、まるでひん()くように私のドレスを()がせ(はじ)める。



「ちょ、なにをするのよっ、母様!?」



「いいから、着替えなさいっ!!」



母は私の抵抗(ていこう)無視(むし)して(なお)、ドレスを脱がそうというより()がそうとする()()めない。



「い、(いや)よっ!! こんなもの着れないわっ!! どうして母様はあの(おとこ)の言う通りにするのよっ!? あの男はお父様の臣下(しんか)じゃない!! 今だってお父様と一緒にいるはずなのにどうしてここにいるの!?」



すると母は私の(かた)(つか)真剣(しんけん)な表情で私に詰め寄る。



「リルディア!! 時間(じかん)がないからよく聞きなさい!? 私達はもうここには()られないの!! ここにいたら(ころ)されてしまうわ!! 彼は私達の味方(みかた)なの。私達を(たす)ける(ため)にこうして危険(きけん)(おか)してまで助けようとしてくれているのよ!? だから大人(おとな)しく言うことを聞いてちょうだい!!」



え………、殺され………る?



「え……殺され……るって? ど、どういう事?………だって、お、お父様が…………」



「リルディア…………お父様はもういないの。国王(こくおう)は…………()んだわ。だから私達を庇護(ひご)してくれる(もの)はもうこの国には誰もいないのよ」



母の言葉に私は(みみ)(うたが)った。



父が、あの父が…………死んだ??



そんなの()()ない。だって(ちち)は誰よりも(つよ)くて、今だって一度も戦に()けたことの無い百戦錬磨の最強の覇王(はおう)()ばれていて、諸国(しょこく)からも畏怖(いふ)されている存在(そんざい)で…………



「………う、(うそ)よ、そんな………の嘘。あの、あのお父様が………死、死んだなんて有り得ない。 ………だってお父様は最強(さいきょう)で…………」



呆然(ぼうぜん)とする私を母はぎゅっと抱きしめる。



「リルディア、全て本当の事よ。いくら最強であってもお父様も(せい)ある人間(にんげん)である以上、死は(まぬが)れないわ。そしてそれは私達にも言えること。だから今は、自分が()()びる事だけを考えて」



それからは頭が()(しろ)で母の言葉を覚えていない。私はいつの間にか母に着替えさせられていて、着替え終わった母と同じように着替えた第一騎士団隊長に(ささ)えられながら無意識に歩いていた。


そうして人目(ひとめ)のつかない(ところ)で私達と同じような格好(かっこう)をして()馬車(ばしゃ)(とも)に待っていた(わか)男性(だんせい)が一人いて、私達が来るとまず母と私を第一騎士団隊長と二人で荷台(にだい)()せると若い男性が荷馬車の手綱(たづな)(にぎ)り、その隣には第一騎士団隊長が(すわ)った。


私達は荷台に()まれた他の荷物に(はさ)まれながら、荷物(はこ)びの小姓(こしょう)として乗り込み、物資(ぶっし)調達(ちょうたつ)しに行くように見せかけて、城中(しろじゅう)騒然(そうぜん)とする混乱(こんらん)(じょう)じて堂々(どうどう)正面(しょうめん)城門(じょうもん)へと向かう。そして門番(もんばん)通行証(つうこうしょう)を見せると、驚くほど簡単(かんたん)に何の問題(もんだい)もないまま城門を通過(つうか)できた。


こうして私達を乗せた荷馬車が城下(じょうか)(まち)を通過すると、()()けているにもかかわらず城内の異変(いへん)何事(なにごと)かと慌てふためく民衆(みんしゅう)がまるで昼間(ひるま)の時と類似(るいじ)したざわめきで騒然(そうぜん)としている。それを尻目(しりめ)に荷馬車は城下を抜けて街道(かいどう)に出るとただひたすらに走った。


まるで(うし)(がみ)を引かれるかのように、ゆっくりと後ろを()(かえ)った私は、だんだんと(とお)くに(はな)れて行く自分が()まれ(そだ)った(しろ)をただぼんやりと無言(むごん)で見つめていた。




*****




どのくらいの時間が()ったのだろうか? 荷馬車は(ほとん)(やす)むことなく月明(つきあ)かりだけの()(くら)(もり)(なか)林道(りんどう)(はし)っていた。母と第一騎士団隊長は時折(ときおり)、何か話をしているようだったが、それすら(あたま)に入ってはこない。


私は荷馬車にあった厚手(あつで)(ぬの)(かぶ)りながら(ちい)さくうずくまる。(よる)(つめ)たい(かぜ)が頬を(かす)めて(ふゆ)が近いことを実感(じっかん)する。私が落ち着いたのを()(はか)らってか、(はは)(ふくろ)から()(もの)(はい)った(びん)を取り出し、私に()()してきた。



「リルディア、(みず)よ。 (さむ)いだろうけど何もないよりいいわ。もう(すこ)()ったら国境(こっきょう)を出るから、そうしたら休憩(きゅうけい)も出来るからそれまで我慢(がまん)してね」



…………国境?



差し出されるままに水の入った瓶を受け取り、母の顔を見上げる。



「…………国境? 出る?」



「そうよ。 私達がいない事が知れるのも時間の問題。もしかしたらもう()()が掛けられているかもしれないわ。だから(いそ)いで今晩(こんばん)(じゅう)に国境を出るの。国を出ても(まわ)りは属国(ぞくこく)ばかりだから安心(あんしん)は出来ないけれど、さすがにこんな夜更(よふ)けに他国(たこく)領地(りょうち)にまで追っ手を掛けてはこないはずよ」



母はそう言って私を気遣うように背中(せなか)を何度も(さす)る。



「それを飲んだらあんたは少し(ねむ)りなさい? 心配しなくても大丈夫よ。私達には国王の右腕(みぎうで)とも(しょう)された(くに)一番(いちばん)剣客(けんきゃく)でもある第一騎士団隊長のグレッグがついているし、何も怖いことなんてない。彼が私達を守ってくれるわ」



私は母の言葉を聞きながら、荷馬車の御者(ぎょしゃ)の隣に(すわ)っている第一騎士団隊長を見つめる。



どうして国王直属の第一騎士団隊長である彼がここにいるんだろう? 彼が守るべき主は国王であり、もしくは王妃(おうひ)やその(あね)王女(おうじょ)達ではないだろうか? しかも第一騎士団隊長は他の騎士団隊(すべ)ての統率(とうそつ)(やく)として重鎮(じゅうちん)立場(たちば)にあるはずなのに。



「………ヴァンデル第一騎士団隊長、どうして国王の(そば)にいるはずの貴方(あなた)がここにいるの? 一体(いったい)何が()こっているの? 母様の話は本当なの? 本当に父は()くなったというの? 父の一番の側近(そっきん)である貴方なら全てを知っているのよね?」



「リルディア、今はその話は(あと)にして、もう少し落ち着いてから………」



「母様、私は知りたいのよ! こんな突然、お父様が死んだとか、わけも分からないのに逃げるとか、殺されるとか。私にも分かるように説明してよ! じゃないと頭がおかしくなりそうよ!!」



いくら大丈夫だとか守ってくれるとか言ったって、なぜこんな事になっているのか分からなければ、頭は混乱(こんらん)したままで不安に()(つぶ)されそうになる。すると今まで(もく)していた第一騎士団隊長が静かに口を開いた。



「ーーエルヴィラ、彼女も、もう物事(ものごと)理解(りかい)出来ない子供じゃない。…………リルディア王女、俺から説明しよう」



第一騎士団隊長の言葉に母はそれ以上何も言わなかった。ただ一つ気になったことは、母は愛妾(あいしょう)とはいえど彼にとっては(あるじ)(つま)だ。


彼が敬語(けいご)を使わないのは元々からで、国王である父に(たい)してもそうだったから()れてはいるが、普段(ふだん)なら母のことは「奥方(おくがた)殿」と呼んでいるはずなのに、今は名前(なまえ)()びで、その母までが(かれ)の事を名前で呼んでいる。母は今まで国王の臣下(しんか)貴族(きぞく)(たち)の事は(せい)役職(やくしょく)で呼んでいたのに。


それに先程からの母の態度(たいど)といい、随分(ずいぶん)(した)しげなのも気になる。そもそも彼は(おんな)(ぎら)いのはずではなかったのか?



「…………国王が亡くなったのは本当だ。数日前(すうじつまえ)のことだ………だから俺は一足(ひとあし)(はや)く国へ戻って来た。貴女達親子(おやこ)に知らせる(ため)に」



「ど、どうして? だって(ふみ)には戦に勝利しょうりしたって、だから帰還(きかん)すると書いてあったのに!?」



「確かに戦には勝利した。だがそれは初めから仕組しくまれていた計画(けいかく)だった。国王はあの通り戦の(たび)にその武力(ぶりょく)でもって他国(たこく)をねじ()せて(したが)わせてきたが、その傍若無人な侵略(しんりゃく)行為(こうい)に属国とされた各諸国の同盟国(どうめいこく)一念(いちねん)発起(ほっき)し立ち上がった。


だから彼等(かれら)はこの度の戦の中でその戦の相手国と(ひそ)かに手を(むす)び、計画的に敗戦(はいせん)を仕組んで、国王が勝利の余韻(よいん)(ひた)っているその(すき)(ねら)って今まで一緒に(たたか)ってきたはずの属国で構成(こうせい)された連合軍(れんごうぐん)が敗戦したと思われていたその国と(とも)一気(いっき)反旗(はんき)(ひるがえ)した。


それにはいくら最強と恐れられた国王であっても孤立(こりつ)してしまえばひと()まりもない。ーーあっという()だった」



彼は(しず)かに(かた)り肩を落とす。私は(たま)らずに(かぶ)っていた(ぬの)を第一騎士団隊長に向かって()げつけると、怒りの感情の(うご)かされるままに(まく)()てた。



「どうして!! どうして!!? 貴方がついていながらお父様を守れなかったの!!? 貴方はお父様の右腕と呼ばれるほどの側近で国一番の剣客じゃないのっ!! しかも国王直属の第一騎士団隊長なのでしょう!!? その国王の直属の騎士である貴方達が国王を守るのは最優先(さいゆうせん)事項(じこう)じゃないっ!! それともまさか貴方までお父様を(うら)()ってーーー」



「リルディアっ! 違う!! 彼はそういう人じゃないわっ!! 彼は、彼だけは国王の忠実(ちゅうじつ)な臣下だったのよ。あんただって本当は分かるでしょう? 国王は今までに沢山(たくさん)悪行(あくぎょう)数々(かずかず)色々(いろいろ)な国やそこに()まう人達(ひとたち)におこなって散々(さんざん)(くる)しめてきた。


あんたには(あま)くて(やさ)しい父親(ちちおや)だったかもしれないけれど、(そと)では侵略行為を()(かえ)して人々を苦しめるだけの最悪(さいあく)暴君(ぼうくん)なのよ? そんな国王が(うち)にも外にも(てき)(おお)くて当然(とうぜん)でしょう!? それなのにあんなどうしようもない国王でも彼だけは傍で守ろうとしてくれてたのよっ!!」



「いや違う。俺は第一騎士団隊長でありながら国王を守りきれなかったばかりか、自分の怠慢(たいまん)から守るべき(あるじ)(うしな)ったのだ。それなのに俺は今もこうしておめおめと()(はじ)(さら)している。


しかもそのせいで大切(たいせつ)家族(かぞく)である父親を失った王女には本当に(もう)(わけ)なかったと(おも)っている。だから俺を(うら)んでくれて(かま)わない。だが今だけは亡き主が大切にしていた貴女達親子を俺に守らせて欲しい」



第一騎士団隊長はそう言うと私達親子に向かって荷台に頭を押しつける様に頭を下げる。



それを見て私はーーああ、と今までひたすらに考えないようにして心の奥底(おくそこ)仕舞(しま)ってきた気持ちを尚更、認識せざるを得なかった。だってそれを考えてしまったら、それは大好きなお父様を否定(ひてい)してしまうことになるからーーー


けれど、もうその大好きだったお父様はいない…………



母の言う通りだ。父の数々の悪行はよく知っている。戦好きでその絶大(ぜつだい)武力(ぶりょく)行使(こうし)で他国への侵略行為を繰り返し、財産(ざいさん)(うば)い力でねじ()せ、そこにはどれだけ沢山の人々の()や涙が(なが)され続け(みな)(くる)しんできたのだろう。


だから今こうして父が周りから裏切られ、孤立してしまったのは当然といえば当然なのだ。皆、父に散々苦しめられてきた人達ばかりなのだから。そして父が亡くなったのも全ては父の自業自得(じごうじとく)。今まで自分がおこなってきたものが自分に返ってきただけのことーーー


それなのに母の言う通り、この第一騎士団隊長だけが本当に父の事を守ろうとしてくれたのだろう。きっとこの人だって父の悪行を決して良しとは思ってはいないはずだ。だけどそれでも父の右腕として昔から今の今までずっと父の傍で守ってきてくれていたんだ。



「ヴァンデル第一騎士団隊長、頭を上げて下さい。貴方を恨むのはお(かど)(ちが)いです。ーーさっきは(ひど)い事を言ってしまって本当にごめんなさい。そして最後まで父を守ってくれて今もこうして私達を守ってくれてありがとうございます。こんな事になってしまった今、私達には貴方しか(たよ)れる方がおりません。私達親子をどうかよろしくお願いします」



「リルディア!!」



私は今の気持ちを王女として自分達を守ってくれる相手に対して(れい)()くことのないよう、きちんと感謝の()()べた。


(ーーそう言えば、初めてだな。誰かに対して、こんな(ふう)謝罪(しゃざい)したり感謝したりするのは………)


そして私も頭を下げると、そんな私の(となり)で、どんな時にだっていつでも気丈(きじょう)()()(なみだ)一つ見せたことのない母が、なんということだろうか。今にも()()しそうになりながら私をぎゅっと力強く()きしめる。



ーーなんだかつられて私まで泣きそうになるから困る。



ふと前を見ると、そんな私を頭を上げた第一騎士団隊長がその強面(こわもて)(くず)れるくらいに(おどろ)いたような表情で見ていたが、突然(とつぜん)姿勢(しせい)(ただ)(ひざ)をついて正式(せいしき)な騎士の礼をとる。



「リルディア王女。勿体(もったい)無いお言葉です。貴女は何も酷いことなど言ってはおりません。全ては俺…………いえ、私の(ちから)不足(ぶそく)から(まね)いたこと。それなのに、そんな私を(しん)じてくれて感謝を申し上げたいのはこちらの方です。本当にありがとうございます。


貴女方の御身(おんみ)はこのグレッグ=ヴァンデル。今は亡き主にかけて、一命(いちめい)(とう)じてでも(かなら)ずや守り()くことをここに(ちか)います。ですからご安心下さい」



…………()いた口が()まらない。め、(めずら)しいものを見てしまった、と言うか、聞いてしまった。いつも気丈な母の泣きそうな声も全くもって珍しいが、それよりなにより問題(もんだい)なのはこの第一騎士団隊長が敬語(けいご)を使って話しているという事実(じじつ)だ。しかも15(さい)小娘(こむすめ)相手(あいて)に!!



この人、敬語使えたんだ…………



私の記憶(きおく)にある(かぎ)り彼がきちんとした敬語を使って話している所など過去(かこ)見たことがない。国王の前ですら友人(ゆうじん)に話すかのように話しているくらいだ。(事実、彼は父の唯一(ゆいいつ)の友人とも()べる存在(そんざい)なのだけれど)


いや、そんなことよりもだ。一体、どうしてしまったの?? ヴァンデル第一騎士団隊長??



思わず母につられて泣きそうになっていたのもいつの()にかどこかに引っ込んだ。今はこの珍事(ちんじ)呆気(あっけ)にとられて大きく目を見開き彼を見つめたまま、ただただポカンとするばかりだ。そんな私を知ってか知らずか母は私を抱きしめたまま、まるで小さな子供(こども)にでもするように頭をしきりに()で撫でしている。



「ああ、ずっと子供だと思っていたのに、いつの間にか成長(せいちょう)して大人(おとな)になっていたのね。今までは手の付けられない我儘(わがまま)で自分のことしか考えられない自己(じこ)中心(ちゅうしん)で実際父親がいなければ何も出来ない他力(たりき)本願(ほんがん)で、さらには自分一番の自意識(じいしき)過剰(かじょう)な本当に困った子だったのに。


しかもセルリアの王子(おうじ)()しいと言い出した時は、もう本当に親子の(えん)()ってやろうかしら? ーーと思ったくらい、あんたの将来(しょうらい)を心配したものよ。だけど、そんなあんたがまさか他人(たにん)に対して感謝の意を(あらわ)したり他人の気持ちを考えて自分の言動(げんどう)()(みと)め謝罪ができるようにまでなっていたなんて。


親が心配せずとも子供ってきちんと周りから悪い所だけじゃなくて良い所も吸収(きゅうしゅう)して成長しているのね。親としてこんなに(うれ)しいことはないわ」



ーーなんだか()められているような感じはしないでもないけれど。あの母がすでに(はん)()状態(じょうたい)で私の頭を何度(なんど)も何度も撫でて感動している所を見ると、よほど私の将来を心配していたのだと(さい)認識(にんしき)する。


たとえ(きら)いな(おとこ)()を引いてはいても、やはりそれは自分が()にかけながらも、お(なか)(いた)めて()んだ()()。セルリアの王子の一件(いっけん)ではそんなことを考えていたのかとは思ったが、現在(げんざい)もこうして親子の縁は切らずに私を()れて一緒に逃亡(とうぼう)(はか)っているので、母は私に対する母親の愛情(あいじょう)はきちんとあるのだと実感(じっかん)する。


まあ、それはさておき…………



「あの、二人ともどうしてしまったの? なんかおかしいわよ?」



戸惑(とまど)いながら言うと母は涙を(ぬの)(ぬぐ)いながら「何が? 」と首を(かし)げる。



「だって、珍しいと言うか、あり得ない? でしょう? いつも気丈で、しかも(ころ)んだってタダでは()きない図太(ずぶと)くて(たくま)しい神経(しんけい)()(ぬし)の母様が泣く所もそうだけど、


あの強面で無口(むくち)無愛想(ぶあいそう)でしかも(おんな)(ぎら)いだと言う堅物(かたぶつ)の国王にすらも敬語なんて使わないことで有名(ゆうめい)なヴァンデル第一騎士団隊長が、こんな15歳の小娘に敬語を使っているのよ? 何か悪いものでも()べたのか、お父様のことがショックで頭が少しおかしくなっているとしか思えない。


ねぇ、二人ともほんとに大丈夫? お医者(いしゃ)(さま)に見てもらったほうが()いのではなくて?」



私としては本気で二人を心配しているつもりなのに、二人は顔を見合わせ、先ほどの私と同じようにポカンとしている。そしてその隊長の隣では()馬車(ばしゃ)手綱(たづな)(にぎ)っている御者(ぎょしゃ)の彼が何故(なぜ)か笑いを(こら)えるかのようにその体を(ふる)わせていた。



「…………血は(あらそ)えないな。つくづく二人は親子なのだと実感する」



「…………だから言ったじゃない。この子は本当に私似なのよ」



何が血は争えないの? それに私が母似なのは誰から見ても外見(がいけん)からして一目(いちもく)瞭然(りょうぜん)だというのに。



母が(あき)れたようにため息をつく。



「グレッグ、貴方が似合わない事をするからこの子が戸惑っているじゃないの。私も貴方の敬語なんて聞いてて気持ち悪いから()に戻ってよね」



「ーー気持ちが悪いとは何だ。俺は自国(じこく)の王女に敬意を表しただけだ。 …………が、貴女の時と同様(どうよう)、その(むすめ)にまで病人(びょうにん)(あつか)いされては困るからな。元に戻させてもらう。


ーーだが、人の事は言えんだろう? 貴女が泣く所など想像(そうぞう)もつかなかったぞ? 誰かを泣かせているのはよく見るがな」



失礼(しつれい)な。私だってこう見えても一応(いちおう)母親なのよ? 心配していた我が子の成長が見られて、つい感動してしまったのよ。それに泣かせていたとは人聞きの悪い。あれは私に()ってかかってきた女達がちょっと図星(ずぼし)をついたら勝手(かって)に泣き出してるだけじゃない」



「外見に似合わず貴女の口の悪さには普段言われ()れていない貴族の令嬢(れいじょう)(たち)にとっては(どく)にしかならん。少しは自分の印象(いんしょう)というものを気にしたらどうだ? 一応王家(おうけ)一員(いちいん)なんだ。王家の淑女(しゅくじょ)としてだな、一方的(いっぽうてき)に言われて我慢しろとは言わないが、せめて言葉を(えら)んで(もの)(もう)したらどうだといつも言っているだろう?


それなのに貴女ときたらその(へん)が全然無頓着(むとんちゃく)で、だから見てみろ、そんな貴女を見て(そだ)った王女が口の悪さまで貴女に似てきてしまっているじゃないか。母親なら少しは子供の教育(きょういく)(じょう)自重(じちょう)しろ!」



「子供を持ったことない男に教育をどうこうと言って欲しくはないわね。第一(だいいち)、私は元は市井(いちい)酒場(さかば)の娘よ? そんな貴族の習慣(しゅうかん)なんて知らないし、自分が淑女だなんてこれっぽっちも思ってないわ。()(この)んで王族になったわけでもないしね。


それにもう今更(いまさら)じゃない? 私はあの悪行(たか)い国王を(たぶら)かして国の(ざい)()(つぶ)(つづ)けた今や国内外(こくないがい)()(わた)るほどの悪妻(あくさい)(とお)っているのよ? でもそれは自分のしてきたことだから否定(ひてい)するつもりはないし、その批判(ひはん)(あま)んじて()けるけれど。だからこそ今更印象なんて気にする意味(いみ)が無いわよ。


それにリルディアの性格(せいかく)は元々私の血統(けっとう)なの。だから多少(たしょう)口が悪くなっても仕方(しかた)ないわ。この子は私と違って生まれた時から王女としての淑女教育を受けてきているのに、父親に散々甘やかされてきた事もあるけれど、それでも結局(けっきょく)は外見もしかり、私によく似ているでしょう?


できれば悪名(あくみょう)(とどろ)かすところまで真似(まね)して欲しくはなかったけれど。それはあの父親の責任(せきにん)の方が重大(じゅうだい)で、私一人のせいでは決してないわよ?」



いつの間にか私に(かん)しての喧嘩(けんか)と言えなくもない言い争いが二人の間で(はじ)まっている。私としてはこの状況にすら驚いているのだがーーー


………二人はいつからこんな喧嘩をするほどまでに(なか)が良く?………なったんだろう? 二人が王城(おうじょう)で顔を合わせた時にだって、こんなに親密(しんみつ)に言い争う事など絶対(ぜったい)にないし、彼は母のことは決して名前(なまえ)などではなく臣下(しんか)らしく「奥方(おくがた)殿(どの)」と言っていた。


しかも彼は無愛想でいくら女性(じょせい)が話し掛けても適当(てきとう)相槌(あいづち)()つだけで、あとは機嫌(きげん)の悪そうな強面でだんまりだ。なので周囲からいつしか女嫌いと言われて、外見は決して悪くはないのに(むし)(きた)えられている筋肉(きんにく)(たくま)しく、いかにも(たよ)りがいのある大きな体格(たいかく)をしていて、


()じりけの無い茶色(ちゃいろ)髪色(かみいろ)緑色(みどりいろ)がかった茶色い(ひとみ)精悍(せいかん)(ととの)った男らしい顔付きで、本来(ほんらい)なら女性が(だま)ってはいないような人なのだが。何せその表情はいつも不機嫌(ふきげん)で、心臓(しんぞう)の悪い人なら(にら)み付けるだけでその心臓が()まってしまうような強面なので、女性達からは敬遠(けいえん)されてしまっている。(これが母のような気性(きしょう)の女性であれば、そんなものは関係(かんけい)ないのだろうけれど)


しかも本人(ほんにん)(かしこ)まって()()った女性も、お(しゃべ)りで(くち)(うるさ)い女性も嫌いだと言っているようなので女嫌いと言われてしまっても仕方がない。


ちなみにに私も小さい(ころ)から、どっちかというと彼が苦手(にがて)だった。なので彼と同じ場所(ばしょ)にいる時にはできるだけ距離(きょり)を取り、視線を合わせないよう()けていた。(だって子供心にも、あの強面がすごく怖かったから)


しかも口数(くちかず)が少なく仕事(しごと)以外(いがい)の関係のない会話は極力(きょくりょく)することがないので、とにかく今、私の目の前でその彼が母とこんな風にそれもお(たが)個人(こじん)(てき)なことで言い争っているのが驚きでしかない。


まさか二人は、父の一番の臣下とその父の最愛(さいあい)(つま)でありながらも、お互いに(あい)()ってしまった決して(ゆる)されることのない関係………とか? いや…………でも………どう見ても二人のやり取りを聞いている限りでは、そんな感じは微塵(みじん)もしない。


だってこのように相手に気を遣うでもなく(ぎゃく)に相手の欠点(けってん)とかを平気(へいき)で言い合うなんて、とてもじゃないが、どう考えても恋人(こいびと)同士(どうし)の会話とは思えない。しかも彼は口煩い女性は嫌いだとも言うではないか。それなら母のような自分でも口が悪いと指摘(してき)している口煩い女性など到底(とうてい)、彼の好みではないはずだ。


ーーいや、でも母にはそれを()()きゼロにするだけの美貌(びぼう)(たぐ)(まれ)(うつく)しい歌声(うたごえ)がある。あの父ですら(とりこ)にしたその美貌だ。中身(なかみ)はともかくとしても、うっかり(こころ)(うば)われてしまうこともあるかもしれない。


眉間(みけん)(しわ)()せながら一人(ひとり)悶々(もんもん)と二人の関係を思案(しあん)しつつ、目の前の二人のやり取りを見つめていると、御者の彼が間に入って声を掛ける。



「お二人とも、そこまでにしては如何(いかが)です? 王女様の前ですよ。お可哀想(かわいそう)に、一人()いてきぼりでお(さび)しそうではないですか」



その言葉に二人の視線が同時に私に向けられ、なんとも言えない気まずいような気がして(あわ)てて首を振る。



「あ、いや、その、なんと言うか…………その驚いていただけで、寂しいなんて事は………」



すると二人はお互い一瞬(いっしゅん)だけ顔を見合わせると、なんとも(ばつ)の悪そうな表情で私に向き直る。



「ーーすまない。 決して(ほう)っておくつもりでは…………」



「ご、ごめんね。 リルディア。どうもこの男と話していると、つい…………」



そんな二人の様子に御者の彼は今度は笑いを(こら)えずに声をあげて笑っている。そして私の方にも話し掛けてきた。



「王女様、この二人は顔を合わせればいつもこうなんですよ? だから心配しなくても大丈夫です。ほら、喧嘩するほど仲が良いと言うでしょう? ああ、でも仲が良いとは言っても(ぞく)にいう“禁断(きんだん)関係(かんけい)”の恋人同士ではありませんから安心(あんしん)して下さい。まあ、今現在は………ですけどね?ーーー」



「なっ!!」



「ヘンドリック!! お前は安心して下さいと言っておきながら、逆に不安を(あお)るような事を言うな!! それは王女に対して不敬(ふけい)にもほどがあるぞ!!」



御者の彼の言葉に母が一瞬言葉に()まり、第一騎士団隊長は彼の言葉に(いか)り出す。しかしヘンドリックと呼ばれた御者の彼は、それも慣れているのか(まった)く意に(かい)した様子もなくニコニコとしている。



「不敬だなんて、あはは、隊長がそれを言いますか? でも、王女様だって気になっていたはずですよ? 隊長は不安を煽るなとおっしゃいますが、お二人のその様子を見ていれば逆に不安にもなるでしょう? 普段は俺達の騎士(きし)(しゃ)(ない)でしか絶対に見せないお二人のやり取りを王女様はご(ぞん)じないはずですからね?」



そう言うとヘンドリックは私に向けて(ひと)(なつ)っこい微笑みでニッコリと笑う。それを見て私はさっきまで一人悶々と考えていた事を見透(みす)かされたような感じがして思わずドキッとしてしまった。


どうやら彼はその会話の中から分かるように、ヴァンデル第一騎士団隊長が率いる騎士団所属(しょぞく)部下(ぶか)のようだ。見たところ彼はまだ10代後半(こうはん)くらいという感じだ。


(あか)るい栗色(くりいろ)の髪は(みじ)くツンツンと立っていて、(うす)緑色(みどりいろ)の瞳はまるで(はる)新緑(しんりょく)を思わせるような綺麗(きれい)な色だ。そんな彼はどちらかというと大人の男性というよりも、まだやんちゃな少年(しょうねん)という方がしっくりくるような、笑顔の似合う(さわ)やかな青年(せいねん)だった。


こんなに見るからに年若(としわか)い彼が私達の逃亡の為に隊長と(とも)手助(てだす)けをしてくれる。きっと彼は若いながらもヴァンデル第一騎士団隊長からはよほど信頼(しんらい)(あつ)人物(じんぶつ)なのだろう。



「王女様、ご挨拶(あいさつ)(おく)れて申し訳ありません。俺は第一騎士団隊所属のヘンドリック=バラージェと言います。この度は隊長のお(とも)で奥方様と王女様の護衛(ごえい)(たまわ)りました。


俺も隊長同様、お二人の事を騎士(きし)(だましい)にかけてお守りしますので隊長ほど自信(じしん)満々(まんまん)とは行きませんが、まあ、小舟(こぶね)()ったつもりで安心して下さい」



…………バラージェ? どこかで聞き覚えがあったような………?



「ヘンドリック、それなら貴方の舟には尚更乗りたくはないわね。あちこち(あな)()いていそうだから、乗った途端(とたん)沈没(ちんぼつ)しそうで怖いわ」



相変(あいか)わらず酷い人だなぁ、エルヴィラ様は。そんな事はないですって。でももしそうなってもその時は俺自身が舟になって、この体を()ってでもお二人を背負(せお)って(およ)いで見せますから大丈夫ですって!」



「絶対に嫌よ。それならリルディアはグレッグに(まか)せて私は自分で泳ぐわ」



「えー? 大丈夫なのに。だけどエルヴィラ様なら、本当にご自身で泳ぎそうですよね?」



「泳ぎそうじゃなくて、泳ぐわよ。これでも泳ぎは得意(とくい)なの」



そ、そうなのか………知らなかった。まさか母様が泳げるなんて………初耳(はつみみ)だ。でも、さっきのヴァンデル第一騎士団隊長の時もそうだったが、母はなんだかこのヘンドリックともとても(した)しげな感じだ。こうした母の人間関係を初めて知り、それは娘である私が知らない事ばかりで当然だが唖然(あぜん)としてしまう。



「おい、そこまでにしておけ。お前がさっき俺達に言った言葉を今、そのまま返してやる」



「ああ、王女様、申し訳ありません。自分で言っておきながら、王女様にはお寂しい思いをさせてしまいました。お(わび)びに退屈(たいくつ)しのぎに隊長と共に(うた)いますから、どうか許して下さい」



「…………どうしてそこで俺が出てくる。しかもお前、『夜光(やこう)歌姫(うたひめ)』相手にいい度胸(どきょう)だな。ーーそうだな、歌うならお前一人で歌え。俺はそんな(だい)それた度胸はないからな。お前の勇姿(ゆうし)は隊長である俺が見届けて後で皆に報告(ほうこく)しておいてやる」



「え、そんなぁ、俺だってそんな度胸ないですよ。でも隊長なら度胸がないなんて謙遜(けんそん)でしょ。だから俺、隊長と一緒なら(はじ)(しの)んで歌っても大丈夫かなーって」



「恥と()かっているなら初めから言葉に出すな! 全くお前と話していると第一騎士団隊の品位(ひんい)(うたが)われる」



「本当にそうよねぇ。この緊張感(きんちょうかん)のなさ。どうしてこんなのが騎士団隊に入隊(にゅうたい)出来たのか。しかも中でも優秀(ゆうしゅう)人材(じんざい)だけが入れるはずの第一騎士団隊になんて、いまだに疑問(ぎもん)だわね」



「お二人は本当に俺に対して(つめ)たいです。ーーねっ、王女様もそう思いますよね? 俺、いつも騎士団でこの最強(さいきょう)毒舌(どくぜつ)を持った二人に(いじ)められているんですよ? お二人とも俺よりも年長(ねんちょう)(しゃ)のくせに酷いですよね。だから俺の繊細(せんさい)な心臓がもうボロボロなんですよぅ…………」



()()えた頑丈(がんじょう)な心臓の間違いでしょ?」

「毛が生えた頑丈な心臓の間違いだろ?」



おお、なんと二人の言葉がぴったりと(そろ)った。



どうしてだろう? こんな状況なのに、なんだかすごく(たの)しい。お父様が亡くなったと聞かされたばかりで、さっきまではすごく悲しくていまだにとても信じられなくて、しかも追っ手に(つか)まれば殺されるかもしれないーーみたいな事になっていて。


私がこの()(せい)を受けて15年。上質(じょうしつ)絹布(きぬふ)(つく)られた特注(とくちゅう)高級(こうきゅう)ドレスしか身に付けたことない私が、今はこんな(うす)(よご)れた粗末(そまつ)男物(おとこもの)衣装(いしょう)を着て、貴族用の立派(りっぱ)馬車(ばしゃ)にしか乗ったことのない私が今はこんな(ふる)ぼけた荷馬車の()()隙間(すきま)(ほこり)っぽくて(つち)(くさ)い薄汚れた厚手(あつで)の布一枚にくるまって(よる)の冷たい(かぜ)(しの)いでいる。


しかも林道(りんどう)舗装(ほそう)もされていないガタガタ(みち)(はし)っているので、長時間荷台(にだい)に乗り続けているせいか、さっきからお(しり)(いた)くて仕方がない。これでは目的地(もくてきち)に着いたとしてもきっと一人では歩けないだろうーーー


そんな最悪の状態なのにーーそれなのに、そんな状況も何故か楽しいと思ってしまっている自分がいる。


大好きなお父様が亡くなって生まれ育った国を()われて王女という立場も(うしな)って、さらには(いのち)(ねら)われて、そんな周りは(てき)だらけで、それなのに、不謹慎(ふきんしん)だと思っているのに(かな)しい気持ちは本物(ほんもの)なのにーーー



…………………



それもこれも!! 全部(ぜんぶ)!! 母様と第一騎士団隊隊長とその部下のまるで緊張感のない会話のやり取りのせいだ!! 第一、母様がこの二人とこんなに親しかっただなんて聞いてない!!


お父様や娘の私、そして他の人達の前では全然そんな素振(そぶ)りは一度だって見せなかったのに、どうしてよりにもよってこんな時に見せてしまうのよ! お(かげ)で私は、母様や第一騎士団隊長の意外(いがい)一面(いちめん)を見せられて、戸惑うやら唖然とするやらで色んな衝撃(しょうげき)を受けたわ!


それにあの第一騎士団隊長のもっとも信頼の厚い部下が、あんな道化師(どうけし)みたいな()わった人で、母様を(ふく)めてまるで言葉(あそ)びのような会話をしているんだもの。あれじゃ、どこまでが本気(ほんき)で、どこまでが冗談(じょうだん)なのか分からないじゃない!!


ううっ、どうしよう。ほんとになんだかどんどん笑いが込み上げて可笑(おか)しくなってきたわ。ーーいや、ダメよ。 リルディア。こんな時に笑うなんて不謹慎よ、ダメ、笑っちゃ………だ……め。



突然私が(うつむ)いてお(なか)()さえていることに気付いた母が慌てて私に話しかける。



「リルディア、どうしたの!? 具合(ぐあい)が悪いの? お腹? お腹が痛いの!?」



「………う、ぅ」



お腹をギュッと押さえ、小さく(うな)りながら体を小刻(こきざ)みに()らす私のその様子に、母の()()の引いたような(こえ)()こえた。



大変(たいへん)!!  ヘンドリック! 今すぐ馬車を止めてっ!! グレッグ!! (くすり)はある!? この辺に医者はいないのっ!!?」



母の声にヘンドリックは慌てて荷馬車を止め、ヴァンデル第一騎士団隊長が(かばん)を持って私に近づいてくる。



「王女、大丈夫か!? 今どういう状態なんだ!? 腹が痛いのか!?」



「…………ぅ」



「隊長、どうします!? この辺は林道だから医者は勿論(もちろん)(ひと)()一人いませんが、多分(たぶん)もう少し行ったら国境沿いには(まち)があるはずですよ?」



「そうだな、()()えずこのまま少し待ってろ! 王女の容態(ようだい)次第(しだい)だ!」



「グレッグ!! どうなの!? 貴方、(たし)か少しは医術(いじゅつ)(たずさ)わっていたわよね!?」



「ああ、だがそれは外傷(がいしょう)(かん)してだけだ。(ない)疾患(しっかん)までは俺にも分からん!」



「はい、俺もっ。残念(ざんねん)だけど隊長と同じく外傷医術しか分からない。ああーーこんなことなら内疾患医術(まな)んでおけばよかったな。でもあれって、すっごく、ものすごーーく(むず)しくて大変なんだよね」



「ああ、そうだな、だがお前の頭ならきっと大丈夫だ!! お前はどうしようもない馬鹿(ばか)だが、頭脳(ずのう)だけは優秀だからな。全く馬鹿と天才(てんさい)紙一重(かみひとえ)とはよく言ったもんだ」



そ、そうなんだ。それであんな道化師みたいな人が第一騎士団隊に入れたんだ。


………う、うう………っ



「隊長~~それって()めてます? それとも(けな)してます~~?」



「誉めている。 だから騎士団隊の訓練(くんれん)(すべ)(やす)んでいいから、その医術を(きわ)めてくれ! そうして騎士ではなく『軍医(ぐんい)』になれっ!」



「ええっ~~?」



………いや、それってまずいんじゃ………もし彼が医者になったら、あんな調子(ちょうし)()られても…………くっ



「ーーグレッグ、恐ろしい事を言わないでちょうだい。あれが医者になったら、きっと被検体(ひけんたい)同様、(たと)え生きている患者(かんじゃ)だろうと自分の()(きら)いで()(きざ)むわよ? きっと………」



「…………そうだな」



ひぃっ! あんな調子どころじゃなく、(じつ)(あぶ)ない人だった!!………うぅぅぅっ



「………うう、ひどい………人をなんだと思っているんですか~? 貴方達の方がよっぽど俺なんかよりもずっと怖いくせに~」



………こ、この人、達は



「…………くく、っ」



「!? リルディア!」

「王女!?」



母とヴァンデル隊長の声が再び(かさ)なった時、とうとう私の我慢(がまん)(せき)崩壊(ほうかい)し、それは一気(いっき)解放(かいほう)された。



「あーははははっ、あーはっはっはっ」



「リルディアっ!!? どうしたのっ!!」


「お、王女!?」


「王女様!?」



三人の驚いた声も顔も何もかもが可笑しい。



「あーっはははははっ、あははははっーーー」



いつまでも笑い続ける私に母達はオロオロとするばかり。それでも今まで我慢してお腹に()めていたせいか何故か笑いが止まらない。どうやら私の中で何かがぷっつんと切れたらしい。今は何を見ても何を聞いても笑える。


ああ、涙出てきたーーー



「ーーああ、とうとう王女様が (こわ)れてしまった!」



「「勝手に壊すな!!」」



ヘンドリックの(さけ)びにまた二人の声が重なる。ーー本当に仲が良いな。




*****




散々笑い続けた私は、ようやくお腹の中から笑いの(むし)が出て行ったらしい。ただ笑い過ぎてお腹が痛い。笑い過ぎた…………



「あーやっと止まった。笑い過ぎて死ぬかと思った」



そんな私の様子を見て母はまだ(あせ)っている様で私の顔を(のぞ)き込みながら心配げに見つめる。



「リ、リルディアだ、大丈夫なの!? お腹が痛いんじゃないの?」



「え? 痛いわよ?笑い過ぎてだけどーーー」



きょとんと首を(かし)げる私に母は私の(ひたい)に手を()てる。



(ねつ)は………ないようだけど………」



「王女、私達が分かるか?」



ヴァンデル隊長も心配げに()いかけてくる。



「え? 分かるかって…………」



問いかけられている意味が分からず、まだきょとんとしている私に母達の後ろにいたヘンドリックが説明してくれた。



「二人は、王女様が突然何かにとり()かれたみたいに馬鹿笑いし続けるから、色々あった事だし、ショックで頭がいっちゃったと思っているんですよ~? 俺も正直焦りました。ああぁ、王女様が壊れたぁぁ!!って、…………で、俺のことも分かります?」



なんだかんだ言ってもヘンドリックも心配してくれている。確かに自分でもあんな馬鹿笑い? なんて今の今まで経験(けいけん)したことがないから正直驚いている。自分でも分からないが、何故かあの瞬間(しゅんかん)気分(きぶん)高揚(こうよう)してしまって、(かぜ)草木(くさき)()が揺れても母達が私を心配して焦っているのを見るのも可笑しくて仕方がなかった。



…………確かに、私、大丈夫なのかな?…………



「…………母様と、グレッグ=ヴァンデル第一騎士団隊長と、その部下のヘンドリック=バラージェ」



「…………はぁ、どうやら大丈夫なようだな」



私の様子を見てヴァンデル隊長は脱力(だつりょく)した様に

肩を落とす。



「本当に!? リルディア、あんた本当に大丈夫なの!?」



母はまだ安心出来ないのか、困惑(こんわく)眼差(まなざ)しで心配そうに問いかけてくる。そう言えば母がこんなに狼狽(ろうばい)しながら私のことを心配する姿(すがた)は初めて見るかもしれない。


母は(むかし)から(おのれ)行動(こうどう)は己で責任(せきにん)を持てという考えがあるらしく、それは私に対してもそうだった。だから(はた)から見れば放任(ほうにん)主義(しゅぎ)ではあったものの、時々私の行動に対して心配になった時は、さすがに(だま)ってはいられずに、よく注意(ちゅうい)(うなが)してきたものだ。


でも私はそんな母の心配など、どこふく風だとばかりにそんな時はすぐに父に逃げていたので、母はいつも(あき)れとも(あきら)めとも言うような表情で私を見ているだけだった。だから今、目の前で私をこんなに心配している母を見ると、やっぱり母も人の(おや)なのだと実感する。ちょっと(うれ)しい。



「心配をかけてごめんなさい。もう本当に大丈夫だから。ーーでも、元はと言えば母様達が悪いのよ? こんな時なのに貴方(がた)三人で本気とも冗談ともとれない(へん)な会話を始めるのだもの。


しかもいつもの母様や隊長からは到底(とうてい)考えられない会話のやり取りに、あまりにも信じられなくて、やっぱりヘンドリックの言う通りショックからなのかしら? 何故か自分でも分からないけれど笑わずにはいられなかったのよ。


ああ、でも本当に信じられないわ。王女の私があんなはしたない笑い方を人前(ひとまえ)でするなんて。しかも最愛のお父様を失い故郷(こきょう)を追われて、こんな信じられない姿でよ?


あげく荷馬車の乗り心地は最悪で風は冷たいし、長い時間ガタガタ道に揺られて座っている所は痛いしで、これじゃあ立ち上がることもできない。気分はもう人生(じんせい)最悪最低(さいてい)で不安に打ちひしがれているそんな娘の前で、貴方方がまるで緊張感のない会話を展開(てんかい)するから悲しい気持ちがどこかに行ってしまって、なんだか一人で落ち込んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってしまったじゃない」



私は素直(すなお)に思っていたことを口にすると、それを聞いた三人はそれぞれに複雑(ふくざつ)そうな表情を浮かべている。



「えっと………王女様、ごめんね?」



ーーと、先にヘンドリックが私の様子を(うかが)うように(あやま)る。



「………本当に申し訳なかった、王女。もっと貴女の気持ちを考えるべきだった。確かにこんな大変な時に我等(われら)は年長者であるにもかかわらず、(まこと)に不謹慎極まりなかった。(ふか)反省(はんせい)している」



続けて眉間(みけん)(しわ)を寄せ至極(しごく)真面目(まじめ)な表情で謝るヴァンデル隊長。



「本当に大丈夫なようね。ーーごめんなさい。 本当に悪かったわ、リルディア。そうよね。 私はともかく、あんたにとっては一晩(ひとばん)世界(せかい)一変(いっぺん)して、(しあわ)せからどん(ぞこ)()(おと)とされたのだもの。しかもあんたは最愛の父親を失ったのに私は母親のくせして我が子に対して無神経だった。本当にごめんなさい」



母はどうやら私の言葉を聞いて大丈夫だと判断(はんだん)したのか心底(しんそこ)ホッとした表情を浮かべるも、すぐさま落ち込んだ様子で、まるで少女(しょうじょ)の様にしょぼんと肩を落とす。


ーーなんか可愛(かわい)いです。 母様。



「それはもういいの。今更落ち込んだ所で、何が変わるというわけではないから。お父様のことも今は考えない。後で全てが落ち着いたら、一人()(ふく)して存分(ぞんぶん)に悲しむわ。勿論、貴方方の“いない所”でね」



私は特に最後の言葉の部分(ぶぶん)強調(きょうちょう)して言うとニッコリと微笑む。



ーー私がお父様を(しの)んで悲しんでいる所に、またあの会話のやり取りをされたら悲しむどころじゃなくなる。いくら母様といえど、邪魔(じゃま)などされてなるものか!



「………王女様。その笑顔怖いです…………」

「………さすがは、貴女の娘だ」

「どういう意味よ。」



ーーどうやら、またこの仲良し三人組の会話が始まりそうですーー


ーーごめんなさい、お父様。本当は悲しんで泣きたいのに今は出来そうにありません。後で一人になったらお父様のことを偲んで悲しもうと思います。だから今は親不孝(おやふこう)をお許し下さいーーー





【2ー終】





























































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