青天の霹靂
【1】
私の名前は
リルディア=ブランノアレーデ。
このブランノア国の第四王女である。
我が国は貪欲で野心家な国王によって諸国侵略を繰り返し、今や世界を君臨する巨大な帝国だった。
私の母はその王の愛妾である。母はブランノア国の隣国の市井の酒場の娘で、その美しい容姿と何より満月の夜にだけ美しく儚い鳴き声をあげる夜光鳥のごとく、聞く者を虜にしてしまうほどの綺麗な歌声を持っていたので『夜光の歌姫』と呼ばれ、酒場では人気の歌姫として有名だった。
ブランノアの侵略によって母の国が属国となった折、ブランノアの国王に見初められた母は、本人の意思などお構いなしに献上されるがごとく、それは強引にふた回り以上も違う年齢の国王の愛妾にされたのだという。
だから母は国王のことをずっと嫌っていたが、それとは対照的に国王は母の転んでもただでは起きない図太く逞しい気性を大変気に入り、元々政略結婚だった王妃には目もくれず、母を一心に寵愛していた。
なので王城での母の立場は微妙なもので、元は貴族でも豪商でもないただの酒場の町娘。もちろん周囲の目は冷たく場違い者扱いだったが、国王の寵愛する愛妾という手前、表面上だけは取り繕うように周囲の貴族達はへつらってきた。
母も城にあげられた初めの内は何度も逃げ出そうと試みたそうだが、そこはさすがに戦略に長けている国王によってことごとく阻まれ、国王はその母の行動を罰するどころか逆に楽しんでいるようで、母は逃げようとすればするほど相手を喜ばせてしまうことを悟り、それならばと、今度は相手の嫌気を誘って追い出されようという作戦に打って出た。
そのときから母は周囲に傍若無人に振る舞い、もちろん王妃にも寵愛を受けている私が一番偉いのだという態度で接した。
さらに豪華なドレスや宝石、調度品、別荘、そして美形だけを集めた自分の取り巻き騎士団などを設立し、毎日贅沢三昧な生活をし続け国家財産を食い潰すように散財しまくったが、国王はそれを戦で得た豊富な財で補っているせいか全く意に介した様子もなく、母の行動や態度を全て黙認した。
こうして母の追い出される為の作戦だった悪女ぶりは王には全く効果はなく、気付いた時には逆に自分の浪費家の悪妻評判が王城のみならず国内外広範囲に知れ渡っていた。そうこうしている内に母の必死の攻防戦も、私を懐妊してしまったことで終止符を打った。
母はそこは転んでもただじゃ起きない性格だ。こうなったら自分こそが王子を産んでやろうと男の子が出来る食生活だの普段は絶対に信じていない神頼みだの色々やったらしい。
それというのも国王には王妃との間に子供が3人いるが全員女なのだ。そこに一番身分の低い愛妾が王子を産めば、その地位は王妃よりも上になり、もし国王に何かあっても自分は安泰が約束されている。それに国王は自分に盲目的に執心しているので、王妃がこの先懐妊することはまずない。もちろん国王が愛人を作る可能性はあるが、今現在の自分への異常なまでの執着ぶりからいって当面それもないだろう。
そう思っていた母だったが、いざ出産してみれば理を違えることなくその赤子は女だった。しかも今までやってきたことへの天罰だと言われても仕方がないくらいの重い難産で、一時は母子ともに命をも危ぶまれたが、なんとか一命を取り留めた。
出産した数日後、意識を取り戻した母は生まれてきた子供が女だと知ると小さく肩を落としたのち、なんとなくそうだとは思っていたらしい。
そしてあんなに男の子になるように色々と頑張ってきた行動はなんだったのか。しかも死にかけてまで出産した子供はやっぱり女。どうやらあの国王には男種がないようだ。と落胆したようだ。
そしてたとえ愛妾とはいえど、今度こそ男が生まれるかもしれないと密かに期待を寄せていた周囲もこの出産の結果で、もうこの先王子の誕生は望めないだろうと母とはまた違った意味で明らかに落胆したようだった。
それを悟った母は自分の今までの悪女所業や死にかけたことはとりあえず置いておいて、内心いい気味だとほくそ笑んでいたのだという。
自分を無理矢理愛妾にした自分の父親と大して変わらない年齢の野心家の国王には男の跡継ぎがいない。しかもこのブランノアという国の王制は代々、男の世襲制と定められている。
ーーとなると、現国王には娘しかいないので、次期国王を選出するには王女達に婿を取らせてその内の誰かが産んだ男子を王太子に据えるか、もしくは自分の腹違いの兄弟達に王位を継がせるしかないのである。
どんなに国王が戦上手の戦略家で諸国を力で支配し国を大きくしようとも、その後を任せる自分の実子の世継ぎがいないのはまさに彼の所業の天罰といったところか。無神論者の母もこればかりは天罰を信じる気持ちになったという。
そして周囲の待望から一気に絶望の結果となった第四王女の私ではあるが、意外にも嫌いな男の血を引く期待外れの子供であったのにもかかわらず、母は育児放棄をすることもなくきちんと母親をやっていた。母曰く、私が母親似だったからだということだ。
私の容貌は母と同じ黒い髪と黒い瞳で、(ちなみに父である国王は白金色に淡い青い瞳)顔立ちも母によく似ている。そして極めつけに母の声質まで遺伝したらしく、母のその自慢の綺麗な声は私に一子相伝したらしい。
母が言うには、
「あんたがあの男にちっとも似ていなくてよかったわ。もしあんたがあの男にそっくりだったら例え自分が産んだ我が子だったとしても到底愛せる自信ないもの。
あんたがここまで見事に容姿も声も私に似ているのは、きっと私のお腹の中で母親の思考を感じ取って己の危機感から私にそっくりになるように形どったのよ、きっと。私も育児放棄をする母親にならずに済んでよかったわ」
母はそう言って心底ホッとしたようだった。母はやはり未だに国王が嫌いらしい。私がこの世に誕生してからすでに十数年は経つが、長年連れ添えば情も移るかと思えばそうでもないようだ。
確かに父はとても性格がいいとは言えない。趣味は侵略行為だと言っても過言ではないし、他人の嫌がることは率先してやりたがるし、人をゲームの駒のように操るのが大好きだし、自分に逆らう者には容赦なく力でねじ伏せている。だからもちろん周りからも多分身内からも多いに嫌われている。
そんな最低の骨頂ともいえる嫌われ者の父だが、私は父が大好きだ。
なんといっても父は期待外れで生まれてきた娘である私をそれはもう母同様、目に入れても痛くないというように溺愛してくれた。しかも寵愛している母にそっくりだったということもあったのか王妃の産んだ3人の娘達とは明らかにその溺愛ぶりは違っていた。
まず父は私の要求は何でも聞いてくれた。私が欲しいと言ったものは何でも買い与えてくれ、どこかに行きたいと言えばすぐに連れて行ってくれた。私がどんなに我儘を言っても怒るどころか散々甘やかし、私が嫌いだと言ったものは物だろうが人であろうがすぐに排除された。
私の腹違いの姉達は父のそんな態度に大いに腹をたてていたが、私や母の陰口は叩いても私達親子に害を及ぼすようなことは決して許さないときつく言い含められていただけに、顔を会わせた時に嫌味を言われること以外では特に問題はなかった。
父は一応、王妃や周囲への体裁として、王城の敷地内に私達親子の居住する別邸を建てて、王妃や姉王女達とは別々に生活するように分けていたが、父は戦に出向かない時はほぼ毎日、私達の別邸に入り浸りで過ごし、もちろん母はすごく嫌がったが、私は父を存分に独占できて嬉しかった。(別邸は一年後の話)
王妃の産んだ姉王女達から疎まれているのはもちろん分かっていたし、市井の愛妾の産んだお前なんか私達の妹じゃないと態度で示されたこともあったが、そんなものは父に溺愛されている自分には痛くも痒くもない。
それに自分は母譲りの美しい容姿と類い稀な『夜光の歌姫』と讃えられた母の声質を受け継いでいる。私が歌えばその場にいた者が何度も聞きたがるほどに「もっと歌って欲しい」と懇願される。そんな父も私が歌うとすごく喜んで、ご褒美とばかりにお菓子や小物、宝石、ドレスなど色々買ってくれた。
そしてさらには、ある日の舞踏会に招待されて行った同盟国で友好国の王太子の凛々しい姿に一目惚れをして、私が父に「彼が欲しい」とねだると、彼にはすでに婚約者がいたのだが、しかし数日後にはもう自分の婚約者になっていた。
さすがにこの婚約の一件に関しては周囲の臣下のみならずいつもは呆れて傍観している私の母もあまりの娘の行き過ぎた我儘ぶりとそれに甘んじて応える父親に苦言を申し開いたが、私がどうしても「彼が欲しい」と駄々をこねたので父は母に
「お前だって自分好みの男達を集めて私設騎士団を作ったことがあったが、私は何も言わなかっただろう? それなのにどうして娘には自分が好きな男を「欲しい」と言われて駄目だと言えるんだ?」
ーーと、やんわりと言われて母はそれ以上何も言えなくなってしまった。
母は確かにあの時は、国王に追い出されたいが為の作戦の一環で騎士団とは聞こえはいいが、とどのつまり自分好みの男達を囲ってハーレムを作ったのだ。結局、その作戦も王には全く効果はなく、王の子供を懐妊したことでその私設騎士団は解散させてしまったそうだが。
*****
「お父様大好きーーー!! リルは世界でいっちばーんお父様が大好き!!」
確信犯で父に抱きついてその頬にキスをする。そうすることによって父親が益々喜んで自分へと甘くなっていくのを分かっているのだ。
「はっはっは、父様もお前と母様が一番だ!! だがお前の一番は婚約者のユーリウス王子だろう?」
「もちろん、ユーリウス王子も一番だけどお父様も一番だもん」
「そうかそうか、リルディアは本当に欲張りだな」
そう言って抱きついている娘の頭を父は他所では絶対に見せない破顔した表情を浮かべて優しく撫でる。
「それをいうならお父様もでしょ。リルも母様も一番ってさっき仰ったじゃない」
「はっはっは、そうだったな。流石は私の娘だけある。一番が一つだけだなんて決まっていないものな。両方あっても一番は一番だ」
そんな父と娘のやり取りを黙って見つめていた母は娘の将来を今更ながらに不安を覚えた。
転んでもただでは起きない性分と世を渡り歩く処世術なるものを持っている自分が言うのもなんだが、この自分とそっくりな我が娘は生まれた時から何の苦労も知らず、あげくには父親に散々甘やかされて育ってきた。
だから今では何でも自分の思い通りになるのが当たり前だと思っている。事実、何でも娘の要求を叶えてやる馬鹿な父親のせいだがーーー
歳を重ねるごとにその娘の我儘がどんどん増長されてきて、もはや母親である自分の手には負えなくなってきている。私達親子が王妃やその娘達よりも国王からの寵愛を独占していることを分かっている我が娘は、もう身分も何も関係なく王妃や姉王女達を見下しているし、国王以外の貴族達にも高慢な態度で接しているのが見て分かる。
確かにこの国の最高権力者である国王の庇護にある私達親子に逆らえるものなど国王以外にありはしない。その国王でさえも私達の言いなりなのだ。
娘は幼い子供の身であるにもかかわらず、その事実をよく理解しているので、父親のご機嫌さえ取っていれば恐れるものなど何もないと分かっている。そしてその我儘はとうとう国内だけではなく他国の王太子の方にまで飛び火している。
それでなくとも国内外で評判の最悪な悪女と名高い愛妾が母親なのに、その母親以上に第四王女の悪い噂が各諸国にまで周知されるのも時間の問題だ。
それにはさすがに放任主義とはいえど娘の将来が心配になり、他の誰からも注意などされない娘に注意を促すのは親としての自分の役目として口煩く苦言するのだが、
そうすると娘はすぐに父親を味方につけて、そんな父親も母親の今までの所業を例えに出して娘の行動を正当化させるので、そうなると、とても褒められたものではない行動を取ってきた自分だけにもう、それ以上何も言う事が出来なかった。
ーー母は心配だった。まだ世間を何も知らない幼い娘は与えられた快適な温室の中で温々と当たり前のように大事に育てられている。
しかし、この世には当たり前など存在しない。それが戦乱の世なら尚更だ。今、私達親子が安穏と何不自由なく暮らしていけるのは、絶大な力を持った庇護者がいるからだ。でも、もしその庇護者がいなくなってしまったら私達の生活は一変して周り全てが敵になる。
それでなくとも今までの悪行で名高い国王のさらに悪名高い愛妾親子の事など誰一人として助けてくれる者はいやしないだろう。もう1つ付け加えて言うなら、自分の酒場の実家の父母達でさえも、きっと自分達に飛び火する前に一足先に国外へ逃亡するに決まっている。
ーー娘は現在11歳。
彼女が嫁ぐことになる16歳までーーあと5年。
このまま何事もなくその日を迎えることが出来ますようにと、無神論者であるにもかかわらず母は心の中で祈らずにはいられなかった。
*****
私は母がそんな心配をしていることなどは露知らず、というか「心配何それ?」という感じだったのだ。
母は時折、私の周りへの態度や行動について注意をしてくるようになった。でもそんな注意をしてくるのは母だけで、父は勿論、他の周りの人間達は誰も何も言わない。(ーーただ一人を除いて………)
だから母の注意などは煩い戯れ言で、私が正しいのだといつも思っていた。しかし母はーーー
「リルディア、私達は確かに国王から特に溺愛されてはいるけれど、だからといって何でも好き勝手な態度を取っていいとは言えないのよ? 大人の社会には色々と決まり事があるの。それが上流階級で王族なら尚更、自重しなくてはいけないわ。
あんたは確かにあの国王の血を引く娘だけれど、所詮は市井の町娘であるという私という妾腹から生まれた子供。いくら国王が第四王女としてあんたを認知しているとしても、正式な妻である王妃やその娘である王女達とは身分が違うのよ? そしてそれは他の貴族達にも言えること。
だからいくら嫌いだったとしても、我慢して表面上だけでも体裁を整えなさい? いいこと? 特に大勢の人の目のある所で彼等を見下すような態度や言動は決して取ったり口に出したりしては駄目よ?」
ーーとは言ってはくるが母がどうしてそんな事を言うのか全く分からない。
「えーーだって母様、身分って仰るけれど、お父様は私が誰にどんな態度を取っても何を言っても怒ったりはなされないわ。それにお父様は王妃様や姉様達なんかよりも私達の方を愛していらっしゃるのよ。
それならもう母様が王妃になった方が良いのではなくて? お父様だってきっとそうされたいと思っていらっしゃるわ。そうすればもう誰も私達の事を悪くは言えないでしょう?」
娘のまるで分かっていない言動に母は呆れたように深いため息をつく。
「あんたが分かっていないのは仕方がないけれど、市井出身の娘が王妃になんかになれるわけがないでしょう? それに王家なんてものはね、個人の好きだから愛しているからっていう感情だけで簡単に婚姻出来るものではないのよ? 殆どは政略結婚が一般的なの。だからいくら国王が私達を溺愛しようと、王妃が代わることはまず有り得ないのよ」
「えーーだけど、お父様は私がセルリアの王太子を「欲しい」と言ったらすぐに婚約者にして下さったわよ?」
「それはあんたの父親の力だからでしょう? セルリアはこの国の友好国ではあるけれど、その力の差はブランノアの方が上。実質上、実権を握っているのはブランノアなの。だからその国王の言葉にはセルリアは逆らえないのよ。なので、あんたとの婚約は向こうにとっては政略結婚ってことね」
「でも、それなら母様の言葉で言ったら私は王妃になってもいいの?」
「………まぁ、一応許容範囲内ということなんでしょうね。あんたの半分はブランノアの王族の血が流れているわけだし、それに国王からも正式に第四王女として認知されている。
だけど本来なら王太子以外の王子なら別としても、王太子という世継ぎの王子にあんたのように母親が市井出身の中途半端な王女が婚約するとか世間一般では有り得ないのだけれど。そこは国というかあんたの父親の権力の成せる業ね」
それを聞いた娘の表情がパッと明るくなる。
「ああ、良かった。じゃあ私が王妃になっても問題ないのね! 本当に王妃になれなかったらどうしようと心配しちゃた」
「ーーまぁ、例え王妃になれなかったとしても、あんたの望みであれば、あの父親はどんな手段を使ってでもユーリウス王子と結婚させてくれるでしょうね」
娘はどっちにしても自分の望みは叶うと知って浮かれたようにはしゃぎながら声を高揚させて喜んでいる。その姿を母はじっと見つめながら、おもむろにその両肩を掴む。
「ーーいいこと? リルディア。これはあんたの為に言うんだからね。今回のユーリウス王子との婚約の話は悪い事は言わないからやめておきなさい」
母がそう言うと、娘はまた分からないといった複雑な表情になる。
「え、絶対に嫌よ。どうして?」
「あんたはまだ分かっていないからよ。どうせ、ユーリウス王子のことは外見が格好いいとか顔が綺麗とか、そういう理由で好きになったとか言っているんでしょう?」
その言葉に私は思わずドキッとした。ーーいや確かにそう言われてしまえばそうなのだが、でももっと複雑すぎる理由がある。
それは舞踏会で会った彼の婚約者が王子様や貴族の子息達の前では淑女らしくしとやかに振る舞っていたが、陰で他の令嬢達と一緒になって私を子供扱いし小馬鹿にして笑っているのを目撃した。俗にいう異性の前でだけ良い娘を演じるという女の“裏の性”だ。
だからあの格好良くて素敵な王子様が、あんな女に騙されているのが許せない! 侯爵令嬢だかなんだか知らないけれど、私はこれでも強豪国の王女で、あんな年増女(16歳 ※注:自分より5歳も年上だから)なんかよりも何十倍、いやそれ以上に綺麗で可愛い。
だからお父様にお願いして、あの女から王子様を奪ってやる。ふふっ、自分が馬鹿にしていた子供に婚約者を奪われる屈辱を思い知らせてやるんだから!
「た、確かにユーリウス王子は格好良いけれどそれだけじゃないのよ
? すごくお優しくて親切でいらっしゃるの。それにお話もお上手で本当に素敵な方なのよ? 母様もお話されてみればきっとお分かりになるわ」
しかし母は呆れたように首を振る。
「ーーリルディア、大人の社会にはね“社交辞令”というものがあるのよ。確かにセルリアの王太子は見目麗しい王子だけれど、賓客である他国の王女や貴族の令嬢に対して親切で優しい応対なんて貴族の令息としては当たり前の事なの。
しかも王子は18歳の立派な大人の男性よ? そんな大人の男性があんたのようなたかだか11歳の子供なんて、本気で相手をするわけがないじゃないの。そしてあんたはその大人の魅力にのぼせ上がっているようだけれど、それは一種の風邪引きのようなもので、あんたは外見だけで憧れて好きだの何だの騒いでいるだけよ」
「ち、違うわ! 私は本当にユーリウス王子が好きなの! 一目惚れとかよく聞くでしょう? それなの!! それに年齢のことを言うなら、お父様だって母様とはすごくお歳が離れていらっしゃるじゃない。それに比べればユーリウス王子と私はたった7つしか離れていないのよ? 何もおかしなことじゃないでしょう?」
「おかしいに決まっているでしょう!? あんたはまだ11歳!! 確かに精神的に大人びている所もあるけれど、まだまだ世間常識では子供なの! お互いに大人なら確かに7つくらいの年の差なんて大したことじゃないけれど、片方が子供ならば話は別よ。子供に興味がある男なんて幼児趣味の変態的な性癖の持ち主だけよ!
それに国王と私は親子ほどに歳は離れてはいるけれど、一応、大人同士だから成立しているの。私的には親子ほどに歳の離れた男なんて、今は不本意にもこんな事になってしまったけれど、全くもってすごく嫌だわ」
それでもやっぱりいくら大人だとしてもふた回りも違うって、はっきり言って犯罪じゃない!? ーーなどと母はブツブツと独り言を呟いている。
そんな母は父によって無理矢理、しかも強引に愛妾にされた身の上だ。敗戦国の女性にはよくある事だというが、母は私が生まれても尚、未だに父の事を嫌っているのはよく分かる。確かにそんな身の上ならば、それも仕方ないのだろうとは思うが、私自身は自分を溺愛してくれる父親が大好きなので、母の気持ちも分かるだけに心中複雑だ。
しかし父はそんな母をすごく大事にしている。勿論、王妃である正妻への気遣いはきちんとしてはいるけれど、それはあくまで義務的で、国王の愛情は全て愛妾である母に注がれていた。だから例え一方通行な父の想いではあっても、母は娘の目から見ても幸せな方だと思う。
だからその母の娘で母によく似ている容姿もあって、父に溺愛されている身の上でこんなことを言うのもなんだが、政略結婚で父から愛されなかった王妃と、実の父親なのにもかかわらず義務的にしか相手にされていない3人の王女達が少しだけ気の毒に思った。だから尚更彼女達が父の愛情を独占している母と私を許せないのはよくわかる。
しかも母は身分の低い酒場の娘ではあったが、その美しい容姿と『夜光の歌姫』という二つ名を持つ美しい歌声を持っているまさに絶世の美女だ。当時はきっと母に恋焦がれる男は数えきれないくらいにいたことだろう。それこそ一国の国王である父が堪らず見初めてしまうほどに。
そして残念ながら王妃の方はその容姿の方は決して醜くはないが、美女というにはあまりにも平凡な容姿だった。
王妃のイレーナは元は隣国のフォルセナの第二王女である。王妃は背が高く細身なこともあって肉付きが悪く手足が長いので身体はまるで棒のように貧相に見えてしまう。
そんな彼女が唯一自慢できるとしたら、少しクセっ毛のある豊かで見事な金色の髪とフォルセナの国民の一部だけに現れる深く真っ青な美しい紺碧色の瞳だろう。ここまで深い青色の瞳は滅多にはいない。
また3人の王女達も王妃しかり、平凡よりは整っていると言える容姿だが、やはり愛妾親子の容姿ほどには遠く及ばない。
第一王女イルミナは王妃譲りで背が高く顔は国王である父親譲りのパーツのはっきりした顔をしている。そして父親と同じ金白色の髪と母親と同じく深い紺碧色の瞳をしていて、何よりその大きい青い瞳から繰り出される鋭い眼力は父親譲りの顔と合わさって瞳の色が濃い分、その迫力は父親のものと比べても半端ではない。鋭く睨まれれば、たちまち竦んで固まってしまうくらいだとも言われている。
ちなみに父親である国王は決して美男子ではない。しかし顔に収まる全てのパーツが大きくて、目鼻立ちなどはっきりしとした野性味溢れた顔をしている。
とにかく好戦的な性格もあって、若い頃から日常的に身体は鍛え上げていたので、元々大柄な体躯の上にさらに筋肉隆々であったので、いかにも屈強な男の容姿だった。
第一王女はそんな父親によく似た顔もさることながら気性も激しく男勝りで、周囲はどうして彼女が王子ではないのかと未だ悔やまれているそうだ。
そして次は第二王女ミレニアだが彼女の背の高さは普通だったが、顔はどちらかと言うと王妃に似ていて、
いかにも平凡だった。ただ、父方の血統なのか、母親の体型とは似ても似つかない骨太大柄な体つきで見た目にも太目に見えてしまう身体だが、その肉肉しい感じがなんとも妖艶な雰囲気を醸し出している。たぶん異性にはかなり魅力的な身体に映ることだろう。
髪の色は母親と同じ少しクセのある金色で、瞳の色は父親と同じ淡い青い色である。彼女は姉妹の真ん中であるせいか、処世術はかなり長けている。
激情型の一番上の気性の荒い姉ともプライドの異常に高い三番目の妹にも上手く合わせて付き合うことができる。そんな彼女は姉妹の中でも一番冷静で計算高く自分の本音は殆ど面には表さない。
そして最後は第三王女のアニエス。この王女は王妃の産んだ3人の娘の内の末子だった為、その我儘は言うまでもない。母親譲りの金色の髪と瞳の色は父親の淡い青を少しだけ濃くした感じの色をしており、背が高く細身な身体は母親と同じだが、その母とは違い、肉付きのバランスが良くて、決して貧相には見えず二人の姉達よりも容姿は整っている。
顔も父方の祖母の方に似たようで、はっきりとした目鼻立ちをしているが、それでも父親のような濃い顔立ちではなく実年齢よりも少し幼く見える童顔の可愛らしい顔立ちをしている。
そんな彼女は自分が上の姉達よりも容姿が良いことを自覚しているせいもあって、その性格は自信家で上流階級意識が特に強い為、プライドが非常に高く高飛車な所がある。そして何より王女である自分よりも格下の者が優れているのは我慢がならない性分だった。
ここまで三人三様、王女達の性格が歪んでいるのも父親である国王のせいだとは思うが、父の愛情が私達親子に向いているのは父の気持ちであって私達のせいではない。まして母は無理矢理愛妾にされた身で国王のことは大嫌いだ。
王妃や姉王女達には一般的感想から言えば気の毒にとは思うが、彼女達はその分私達に嫌味で返してくるので、心理的には同情しない。
「母様、私は今は子供でもすぐに大人になるわ。そうして16歳になった時には、きっと誰もが感嘆するくらいユーリウス王子に相応しいセルリアの美しく輝かしい王太子妃として迎えられるのよ。
そうしたら母様もセルリアで暮らすといいわ。お父様には私からお願いしてあげる。それに母様だってユーリウス王子が義理の息子になるのよ? とても素晴らしいことでしょう?」
「っ……それはそうだけど ………はぁ、もういいわ。あんたが大人になるまでにユーリウス王子に愛想を尽かされないよう願うわね」
「それは大丈夫よ。私にはお父様がいるもの」
にっこりと微笑む私の顔を見て、母は諦めとも言える表情で長いため息をついた。
母だってあんなに綺麗で素敵なユーリウス王子が義理の息子になるのだ。満更ではないはず。しかも私がセルリアの王太子妃となって自分もセルリアで暮らせるとなれば、父を嫌っている母にとってもうこれ以上反対など出来ないだろう。
もし、それでも誰かが私の邪魔をしようとしても、私には最強の味方のお父様がいる。
お父様は私の願いを何でも叶えてくれる。お父様がいる限り私には怖いものなんか何一つない。私が嫌なものはお父様が全て排除してくれる。だから私は大丈夫。お父様がいる限り。
ーーーだから、まさかこんなことが起こるだなんて、 夢にも思わなかった…………
ーーーまさか、自分の信じていたものがこんなに呆気なく崩れてしまうとは…………
【1ー終】