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我儘王女は目下逃亡中につき  作者: 春賀 天(はるか てん)
第一章 【青天の霹靂】
25/78

青天の霹靂

【1】




わたし名前(なまえ)

リルディア=ブランノアレーデ。


このブランノア(こく)第四(だいよん)王女(おうじょ)である。



()(くに)貪欲(どんよく)野心家(やしんか)国王(こくおう)によって諸国(しょこく)侵略(しんりゃく)()(かえ)し、(いま)世界(せかい)君臨(くんりん)する巨大(きょだい)帝国(ていこく)だった。



(わたし)(はは)はその王の愛妾(あいしょう)である。母はブランノア国の隣国(りんごく)市井(いちい)酒場(さかば)(むすめ)で、その(うつく)しい容姿(ようし)(なに)より満月(まんげつ)(よる)にだけ美しく(はかな)()(ごえ)をあげる夜光(やこう)(ちょう)のごとく、()(もの)(とりこ)にしてしまうほどの綺麗(きれい)歌声(うたごえ)()っていたので『夜光(やこう)歌姫(うたひめ)』と()ばれ、酒場では人気(にんき)の歌姫として有名(ゆうめい)だった。


ブランノアの侵略によって母の国が属国(ぞくこく)となった(おり)、ブランノアの国王に見初(みそ)められた母は、本人(ほんにん)意思(いし)などお(かま)いなしに献上(けんじょう)されるがごとく、それは強引(ごういん)にふた(まわ)以上(いじょう)(ちが)年齢(ねんれい)の国王の愛妾にされたのだという。


だから母は国王のことをずっと(きら)っていたが、それとは対照的(たいしょうてき)に国王は母の(ころ)んでもただでは()きない図太(ずぶと)(たくま)しい気性(きしょう)大変(たいへん)()()り、元々(もともと)政略(せいりゃく)結婚(けっこん)だった王妃(おうひ)には()もくれず、母を一心(いっしん)寵愛(ちょうあい)していた。


なので王城(おうじょう)での母の立場(たちば)微妙(びみょう)なもので、(もと)貴族(きぞく)でも豪商(ごうしょう)でもないただの酒場の町娘(まちむすめ)。もちろん周囲(しゅうい)の目は(つめ)たく場違(ばちが)(もの)(あつか)いだったが、国王の寵愛する愛妾という手前(てまえ)表面上(ひょうめんじょう)だけは()(つくろ)うように周囲の貴族達はへつらってきた。


母も(しろ)にあげられた(はじ)めの(うち)何度(なんど)()()そうと(こころ)みたそうだが、そこはさすがに戦略(せんりゃく)()けている国王によってことごとく(はば)まれ、国王はその母の行動(こうどう)(ばっ)するどころか(ぎゃく)(たの)しんでいるようで、母は逃げようとすればするほど相手(あいて)(よろこ)ばせてしまうことを(さと)り、それならばと、今度(こんど)は相手の嫌気(いやけ)(さそ)って()い出されようという作戦(さくせん)()って出た。


そのときから母は周囲に傍若無人(ぼうじゃくぶじん)()()い、もちろん王妃にも寵愛を()けている私が一番(いちばん)(えら)いのだという態度(たいど)(せっ)した。


さらに豪華(ごうか)なドレスや宝石(ほうせき)調度品(ちょうどひん)別荘(べっそう)、そして美形(びけい)だけを(あつ)めた自分(じぶん)()()騎士団(きしだん)などを設立(せつりつ)し、毎日(まいにち)贅沢(ぜいたく)三昧(ざんまい)生活(せいかつ)をし(つづ)国家(こっか)財産(ざいさん)()(つぶ)すように散財(さんざい)しまくったが、国王はそれを(いくさ)()豊富(ほうふ)(ざい)(おぎな)っているせいか(まった)()(かい)した様子(ようす)もなく、母の行動や態度を(すべ)黙認(もくにん)した。


こうして母の追い出される(ため)作戦(さくせん)だった悪女(あくじょ)ぶりは王には全く効果(こうか)はなく、気付いた(とき)には(ぎゃく)に自分の浪費家(ろうひか)悪妻(あくさい)評判(ひょうばん)王城(おうじょう)のみならず国内外(こくないがい)広範囲(こうはんい)()(わた)っていた。そうこうしている内に母の必死(ひっし)攻防戦(こうぼうせん)も、私を懐妊(かいにん)してしまったことで終止符(しゅうしふ)()った。


母はそこは転んでもただじゃ起きない性格(せいかく)だ。こうなったら自分こそが王子(おうじ)()んでやろうと(おとこ)()出来(でき)食生活(しょくせいかつ)だの普段(ふだん)絶対(ぜったい)(しん)じていない神頼(かみだの)みだの色々(いろいろ)やったらしい。


それというのも国王には王妃との(あいだ)子供(こども)が3(にん)いるが全員(ぜんいん)(おんな)なのだ。そこに一番身分(みぶん)(ひく)い愛妾が王子を産めば、その地位(ちい)は王妃よりも(うえ)になり、もし国王に何かあっても自分は安泰(あんたい)約束(やくそく)されている。それに国王は自分に盲目的(もうもくてき)執心(しゅうしん)しているので、王妃がこの先懐妊することはまずない。もちろん国王が愛人(あいじん)(つく)可能性(かのうせい)はあるが、(いま)現在(げんざい)の自分への異常(いじょう)なまでの執着(しゅうちゃく)ぶりからいって当面(とうめん)それもないだろう。


そう思っていた母だったが、いざ出産(しゅっさん)してみれば(ことわり)(たが)えることなくその赤子(あかご)は女だった。しかも今までやってきたことへの天罰(てんばつ)だと言われても仕方がないくらいの(おも)難産(なんざん)で、一時(いちじ)母子(ぼし)ともに(いのち)をも(あや)ぶまれたが、なんとか一命(いちめい)()()めた。


出産した数日後(すうじつご)意識(いしき)を取り(もど)した母は()まれてきた子供が女だと知ると(ちい)さく(かた)()としたのち、なんとなくそうだとは思っていたらしい。


そしてあんなに男の子になるように色々と頑張(がんば)ってきた行動はなんだったのか。しかも()にかけてまで出産した子供はやっぱり女。どうやらあの国王には男種(おとこだね)がないようだ。と落胆(らくたん)したようだ。


そしてたとえ愛妾とはいえど、今度(こんど)こそ男が生まれるかもしれないと(ひそ)かに期待(きたい)()せていた周囲もこの出産の結果(けっか)で、もうこの先王子の誕生(たんじょう)(のぞ)めないだろうと母とはまた違った意味(いみ)(あき)らかに落胆したようだった。


それを(さと)った母は自分の今までの悪女(あくじょ)所業(しょぎょう)や死にかけたことはとりあえず()いておいて、内心(ないしん)いい気味(きみ)だとほくそ()んでいたのだという。


自分を無理矢理(むりやり)愛妾にした自分の父親(ちちおや)(たい)して()わらない年齢(ねんれい)の野心家の国王には男の跡継(あとつ)ぎがいない。しかもこのブランノアという国の王制(おうせい)代々(だいだい)、男の世襲制(せしゅうせい)(さだ)められている。


ーーとなると、現国王には娘しかいないので、次期(じき)国王を選出(せんしゅつ)するには王女達に婿(むこ)を取らせてその(うち)の誰かが産んだ男子(だんし)王太子(おうたいし)()えるか、もしくは自分の(はら)(ちが)いの兄弟(きょうだい)(たち)王位(おうい)を継がせるしかないのである。


どんなに国王が(いくさ)上手(じょうず)の戦略家で諸国を(ちから)支配(しはい)し国を大きくしようとも、その(あと)(まか)せる自分の実子(じっし)の世継ぎがいないのはまさに(かれ)の所業の天罰といったところか。()神論(しんろん)(しゃ)の母もこればかりは天罰を信じる気持ちになったという。


そして周囲の待望(たいぼう)から一気(いっき)絶望(ぜつぼう)の結果となった第四王女の私ではあるが、意外(いがい)にも(きら)いな男の()()期待(きたい)(はず)れの子供であったのにもかかわらず、母は育児(いくじ)放棄(ほうき)をすることもなくきちんと母親(ははおや)をやっていた。母(いわ)く、私が母親似だったからだということだ。


私の容貌(ようぼう)は母と(おな)(くろ)(かみ)と黒い(ひとみ)で、(ちなみに父である国王は白金(はっきん)(いろ)(あわ)(あお)い瞳)顔立(かおだ)ちも母によく似ている。そして極めつけに母の声質(こえしつ)まで遺伝(いでん)したらしく、母のその自慢(じまん)の綺麗な声は私に一子相伝(いっしそうでん)したらしい。


母が言うには、


「あんたがあの男にちっとも似ていなくてよかったわ。もしあんたがあの男にそっくりだったら(たと)え自分が産んだ()()だったとしても到底(とうてい)(あい)せる自信(じしん)ないもの。


あんたがここまで見事に容姿も声も私に似ているのは、きっと私のお(なか)の中で母親の思考(しこう)(かん)じ取って(おのれ)危機感(ききかん)から私にそっくりになるように(かたち)どったのよ、きっと。私も育児放棄をする母親にならずに()んでよかったわ」



母はそう言って心底(しんそこ)ホッとしたようだった。母はやはり(いま)だに国王が嫌いらしい。私がこの()誕生(たんじょう)してからすでに十数年(じゅうすうねん)()つが、長年(ながねん)()()えば(じょう)(うつ)るかと思えばそうでもないようだ。


(たし)かに父はとても性格がいいとは言えない。趣味(しゅみ)は侵略行為(こうい)だと言っても過言(かごん)ではないし、他人(たにん)の嫌がることは率先(そっせん)してやりたがるし、(ひと)をゲームの(こま)のように(あやつ)るのが大好(だいす)きだし、自分に(さか)らう(もの)には容赦(ようしゃ)なく力でねじ()せている。だからもちろん周りからも多分(たぶん)身内(みうち)からも(おお)いに嫌われている。


そんな最低(さいてい)骨頂(こっちょう)ともいえる嫌われ者の父だが、私は父が大好きだ。


なんといっても父は期待外れで生まれてきた(むすめ)である私をそれはもう母同様、目に入れても痛くないというように溺愛してくれた。しかも寵愛している母にそっくりだったということもあったのか王妃の産んだ3人の娘達とは明らかにその溺愛ぶりは違っていた。


まず父は私の要求(ようきゅう)は何でも聞いてくれた。私が欲しいと言ったものは何でも買い与えてくれ、どこかに行きたいと言えばすぐに連れて行ってくれた。私がどんなに我儘を言っても怒るどころか散々甘やかし、私が嫌いだと言ったものは物だろうが人であろうがすぐに排除された。


私の腹違いの姉達は父のそんな態度に大いに腹をたてていたが、私や母の陰口(かげぐち)は叩いても私達親子に(がい)(およ)ぼすようなことは(けっ)して(ゆる)さないときつく言い(ふく)められていただけに、顔を会わせた時に嫌味(いやみ)を言われること以外(いがい)では特に問題はなかった。


父は一応、王妃や周囲への体裁(ていさい)として、王城の敷地(しきち)(ない)に私達親子(おやこ)居住(きょじゅう)する別邸(べってい)()てて、王妃や姉王女達とは別々に生活(せいかつ)するように()けていたが、父は戦に出向かない時はほぼ毎日(まいにち)、私達の別邸に入り(びた)りで過ごし、もちろん母はすごく嫌がったが、私は父を存分(ぞんぶん)独占(どくせん)できて(うれ)しかった。(別邸は一年後の話)


王妃の産んだ姉王女達から(うと)まれているのはもちろん分かっていたし、市井の愛妾の産んだお(まえ)なんか私達の(いもうと)じゃないと態度で(しめ)されたこともあったが、そんなものは父に溺愛されている自分には(いた)くも(かゆ)くもない。


それに自分は母(ゆず)りの美しい容姿と(たぐ)(まれ)な『夜光の歌姫』と(たた)えられた母の声質を受け継いでいる。私が歌えばその場にいた者が何度も聞きたがるほどに「もっと歌って()しい」と懇願(こんがん)される。そんな父も私が歌うとすごく喜んで、ご褒美(ほうび)とばかりにお菓子(かし)小物(こもの)宝石(ほうせき)、ドレスなど色々()ってくれた。


そしてさらには、ある()舞踏会(ぶとうかい)招待(しょうたい)されて行った同盟国(どうめいこく)友好国(ゆうこうこく)王太子(おうたいし)凛々(りり)しい姿に一目(ひとめ)()れをして、私が父に「彼が欲しい」とねだると、彼にはすでに婚約者(こんやくしゃ)がいたのだが、しかし数日後(すうじつご)にはもう自分の婚約者になっていた。


さすがにこの婚約の一件(いっけん)に関しては周囲の臣下(しんか)のみならずいつもは(あき)れて傍観(ぼうかん)している私の母もあまりの娘の行き過ぎた我儘(わがまま)ぶりとそれに(あま)んじて(こた)える父親に苦言(くげん)(もう)(ひら)いたが、私がどうしても「彼が欲しい」と駄々(だだ)をこねたので父は母に



「お(まえ)だって自分(ごの)みの男達を(あつ)めて私設(しせつ)騎士団(きしだん)(つく)ったことがあったが、私は何も言わなかっただろう? それなのにどうして娘には自分が好きな男を「欲しい」と言われて駄目(だめ)だと言えるんだ?」



ーーと、やんわりと言われて母はそれ以上何も言えなくなってしまった。


母は確かにあの時は、国王に追い出されたいが為の作戦の一環で騎士団とは聞こえはいいが、とどのつまり自分好みの男達を(かこ)ってハーレムを作ったのだ。結局、その作戦も王には全く効果はなく、王の子供を懐妊したことでその私設騎士団は解散(かいさん)させてしまったそうだが。




*****




「お父様大好きーーー!! リルは世界でいっちばーんお父様が大好き!!」



確信犯(かくしんはん)で父に()きついてその(ほほ)にキスをする。そうすることによって父親が益々(ますます)喜んで自分へと甘くなっていくのを分かっているのだ。



「はっはっは、父様もお前と母様が一番だ!! だがお前の一番は婚約者のユーリウス王子だろう?」



「もちろん、ユーリウス王子も一番だけどお父様も一番だもん」



「そうかそうか、リルディアは本当に欲張(よくば)りだな」



そう言って抱きついている娘の(あたま)を父は他所(よそ)では絶対(ぜったい)に見せない破顔(はがん)した表情(ひょうじょう)を浮かべて(やさ)しく()でる。



「それをいうならお父様もでしょ。リルも母様も一番ってさっき(おっしゃ)ったじゃない」



「はっはっは、そうだったな。流石(さすが)は私の娘だけある。一番が一つだけだなんて決まっていないものな。両方あっても一番は一番だ」



そんな父と娘のやり取りを(だま)って見つめていた母は娘の将来(しょうらい)を今更ながらに不安(ふあん)(おぼ)えた。


転んでもただでは起きない性分と世を(わた)(ある)処世術(しょせいじゅつ)なるものを()っている自分が言うのもなんだが、この自分とそっくりな我が娘は生まれた時から何の苦労(くろう)も知らず、あげくには父親に散々(さんざん)甘やかされて(そだ)ってきた。


だから今では何でも自分の思い通りになるのが()たり(まえ)だと思っている。事実(じじつ)、何でも娘の要求を(かな)えてやる馬鹿な父親のせいだがーーー



(とし)(かさ)ねるごとにその娘の我儘がどんどん増長(ぞうちょう)されてきて、もはや母親である自分の手には()えなくなってきている。私達親子が王妃やその娘達よりも国王からの寵愛を独占していることを分かっている我が娘は、もう身分も何も関係なく王妃や姉王女達を見下しているし、国王以外の貴族達にも高慢(こうまん)な態度で接しているのが見て分かる。


確かにこの国の最高(さいこう)権力者(けんりょくしゃ)である国王の庇護(ひご)にある私達親子に逆らえるものなど国王以外にありはしない。その国王でさえも私達の言いなりなのだ。


娘は(おさな)い子供の()であるにもかかわらず、その事実をよく理解(りかい)しているので、父親のご機嫌(きげん)さえ取っていれば(おそ)れるものなど何もないと分かっている。そしてその我儘はとうとう国内(こくない)だけではなく他国(たこく)の王太子の方にまで()()している。


それでなくとも国内外で評判(ひょうばん)最悪(さいあく)悪女(あくじょ)名高(なだか)い愛妾が母親なのに、その母親以上に第四王女の悪い(うわさ)が各諸国にまで周知(しゅうち)されるのも時間(じかん)の問題だ。


それにはさすがに放任(ほうにん)主義(しゅぎ)とはいえど娘の将来が心配になり、他の誰からも注意(ちゅうい)などされない娘に注意を(うなが)すのは親としての自分の役目(やくめ)として(くち)(うるさ)く苦言するのだが、


そうすると娘はすぐに父親を味方(みかた)につけて、そんな父親も母親の今までの所業を例えに出して娘の行動を正当化(せいとうか)させるので、そうなると、とても()められたものではない行動を取ってきた自分だけにもう、それ以上何も言う事が出来なかった。



ーー母は心配だった。まだ世間を何も知らない幼い娘は(あた)えられた快適(かいてき)温室(おんしつ)の中で温々(ぬくぬく)と当たり前のように大事(だいじ)に育てられている。


しかし、この世には当たり前など存在(そんざい)しない。それが戦乱(せんらん)の世なら尚更だ。今、私達親子が安穏(あんのん)と何不自由なく()らしていけるのは、絶大(ぜつだい)(ちから)を持った庇護者(ひごしゃ)がいるからだ。でも、もしその庇護者がいなくなってしまったら私達の生活は一変(いっぺん)して周り全てが(てき)になる。


それでなくとも今までの悪行(あくぎょう)で名高い国王のさらに悪名高い愛妾親子の事など誰一人として助けてくれる者はいやしないだろう。もう1つ()(くわ)えて言うなら、自分の酒場の実家(じっか)父母(ふぼ)達でさえも、きっと自分達に飛び火する前に一足(ひとあし)(さき)に国外へ逃亡(とうぼう)するに決まっている。



ーー娘は現在11歳。


彼女が嫁ぐことになる16歳までーーあと5年。



このまま何事(なにごと)もなくその日を(むか)えることが出来ますようにと、無神論者であるにもかかわらず母は(こころ)(なか)(いの)らずにはいられなかった。



*****



私は母がそんな心配をしていることなどは(つゆ)知らず、というか「心配何それ?」という感じだったのだ。


母は時折(ときおり)、私の周りへの態度や行動について注意をしてくるようになった。でもそんな注意をしてくるのは母だけで、父は勿論、他の周りの人間達は誰も何も言わない。(ーーただ一人を(のぞ)いて………)


だから母の注意などは(うるさ)()(ごと)で、私が(ただ)しいのだといつも思っていた。しかし母はーーー



「リルディア、私達は確かに国王から特に溺愛されてはいるけれど、だからといって何でも好き勝手な態度を取っていいとは言えないのよ? 大人(おとな)社会(しゃかい)には色々と決まり事があるの。それが上流(じょうりゅう)階級(かいきゅう)王族(おうぞく)なら尚更、自重(じちょう)しなくてはいけないわ。


あんたは確かにあの国王の血を引く娘だけれど、所詮(しょせん)は市井の町娘であるという私という妾腹(しょうふく)から生まれた子供。いくら国王が第四王女としてあんたを認知(にんち)しているとしても、正式(せいしき)(つま)である王妃やその娘である王女達とは身分が違うのよ? そしてそれは他の貴族達にも言えること。


だからいくら嫌いだったとしても、我慢して表面上だけでも体裁(ていさい)(ととの)えなさい? いいこと? 特に大勢(おおぜい)の人の目のある所で彼等を見下(みくだ)すような態度や言動(げんどう)は決して取ったり口に出したりしては駄目よ?」



ーーとは言ってはくるが母がどうしてそんな事を言うのか全く分からない。



「えーーだって母様、身分って仰るけれど、お父様は私が誰にどんな態度を取っても何を言っても怒ったりはなされないわ。それにお父様は王妃様や姉様達なんかよりも私達の方を愛していらっしゃるのよ。


それならもう母様が王妃になった方が良いのではなくて? お父様だってきっとそうされたいと思っていらっしゃるわ。そうすればもう誰も私達の事を悪くは言えないでしょう?」



娘のまるで分かっていない言動に母は呆れたように深いため息をつく。



「あんたが分かっていないのは仕方がないけれど、市井出身の娘が王妃になんかになれるわけがないでしょう? それに王家なんてものはね、個人の好きだから愛しているからっていう感情だけで簡単(かんたん)婚姻(こんいん)出来るものではないのよ? (ほとん)どは政略(せいりゃく)結婚(けっこん)一般的(いっぱんてき)なの。だからいくら国王が私達を溺愛しようと、王妃が(かわ)わることはまず有り得ないのよ」



「えーーだけど、お父様は私がセルリアの王太子を「欲しい」と言ったらすぐに婚約者にして下さったわよ?」



「それはあんたの父親の力だからでしょう? セルリアはこの国の友好国ではあるけれど、その力の差はブランノアの方が上。実質(じっしつ)(じょう)実権(じっけん)(にぎ)っているのはブランノアなの。だからその国王の言葉にはセルリアは逆らえないのよ。なので、あんたとの婚約は向こうにとっては政略結婚ってことね」



「でも、それなら母様の言葉で言ったら私は王妃になってもいいの?」



「………まぁ、一応許容(きょよう)範囲(はんい)(ない)ということなんでしょうね。あんたの半分(はんぶん)はブランノアの王族の血が(なが)れているわけだし、それに国王からも正式に第四王女として認知されている。


だけど本来(ほんらい)なら王太子以外の王子なら別としても、王太子という世継ぎの王子にあんたのように母親が市井出身の中途半端(ちゅうとはんぱ)な王女が婚約するとか世間(せけん)一般(いっぱん)では有り得ないのだけれど。そこは国というかあんたの父親の権力(けんりょく)()せる(わざ)ね」



それを聞いた娘の表情がパッと明るくなる。



「ああ、良かった。じゃあ私が王妃になっても問題ないのね! 本当に王妃になれなかったらどうしようと心配しちゃた」



「ーーまぁ、例え王妃になれなかったとしても、あんたの望みであれば、あの父親はどんな手段(しゅだん)を使ってでもユーリウス王子と結婚させてくれるでしょうね」



娘はどっちにしても自分の望みは叶うと知って浮かれたようにはしゃぎながら声を高揚(こうよう)させて喜んでいる。その姿を母はじっと見つめながら、おもむろにその両肩(りょうかた)(つか)む。



「ーーいいこと? リルディア。これはあんたの為に言うんだからね。今回のユーリウス王子との婚約の話は悪い事は言わないからやめておきなさい」



母がそう言うと、娘はまた分からないといった複雑(ふくざつ)な表情になる。



「え、絶対に嫌よ。どうして?」



「あんたはまだ分かっていないからよ。どうせ、ユーリウス王子のことは外見(がいけん)格好(かっこう)いいとか(かお)が綺麗とか、そういう理由(りゆう)で好きになったとか言っているんでしょう?」



その言葉に私は思わずドキッとした。ーーいや確かにそう言われてしまえばそうなのだが、でももっと複雑すぎる理由がある。


それは舞踏会で会った彼の婚約者が王子様や貴族の子息(しそく)達の前では淑女(しゅくじょ)らしくしとやかに振る舞っていたが、(かげ)で他の令嬢達と一緒になって私を子供(あつか)いし小馬鹿(こばか)にして笑っているのを目撃(もくげき)した。(ぞく)にいう異性(いせい)の前でだけ良い娘を(えん)じるという女の“(うら)(さが)”だ。


だからあの格好良くて素敵(すてき)な王子様が、あんな女に(だま)されているのが許せない! 侯爵(こうしゃく)令嬢(れいじょう)だかなんだか知らないけれど、私はこれでも強豪国(きょうごうこく)の王女で、あんな年増(としま)(おんな)(16歳 ※注:自分より5歳も年上だから)なんかよりも(なん)十倍(じゅうばい)、いやそれ以上に綺麗で可愛(かわい)い。


だからお父様にお願いして、あの女から王子様を(うば)ってやる。ふふっ、自分が馬鹿にしていた子供に婚約者を奪われる屈辱(くつじょく)を思い知らせてやるんだから!



「た、確かにユーリウス王子は格好良いけれどそれだけじゃないのよ

? すごくお優しくて親切(しんせつ)でいらっしゃるの。それにお(はなし)もお上手(じょうず)で本当に素敵な方なのよ? 母様もお話されてみればきっとお分かりになるわ」



しかし母は呆れたように首を振る。



「ーーリルディア、大人の社会にはね“社交辞令(しゃこうじれい)”というものがあるのよ。確かにセルリアの王太子は見目(みめ)(うるわ)しい王子だけれど、賓客(ひんきゃく)である他国の王女や貴族の令嬢に対して親切で優しい応対(おうたい)なんて貴族の令息(れいそく)としては当たり前の事なの。


しかも王子は18歳の立派(りっぱ)な大人の男性(だんせい)よ? そんな大人の男性があんたのようなたかだか11歳の子供なんて、本気で相手をするわけがないじゃないの。そしてあんたはその大人の魅力(みりょく)にのぼせ上がっているようだけれど、それは一種(いっしゅ)風邪(かぜ)引きのようなもので、あんたは外見だけで(あこが)れて好きだの何だの(さわ)いでいるだけよ」



「ち、違うわ! 私は本当にユーリウス王子が好きなの! 一目惚れとかよく聞くでしょう? それなの!! それに年齢のことを言うなら、お父様だって母様とはすごくお歳が(はな)れていらっしゃるじゃない。それに比べればユーリウス王子と私はたった7つしか離れていないのよ? 何もおかしなことじゃないでしょう?」



「おかしいに決まっているでしょう!? あんたはまだ11歳!! 確かに精神的に大人びている所もあるけれど、まだまだ世間常識では子供なの! お互いに大人なら確かに7つくらいの年の差なんて大したことじゃないけれど、片方(かたほう)が子供ならば話は別よ。子供に興味(きょうみ)がある男なんて幼児(ようじ)趣味(しゅみ)変態的(へんたいてき)性癖(せいへき)()(ぬし)だけよ!


それに国王と私は親子(おやこ)ほどに歳は離れてはいるけれど、一応、大人同士だから成立(せいりつ)しているの。私的(わたしてき)には親子ほどに歳の離れた男なんて、今は不本意(ふほんい)にもこんな事になってしまったけれど、全くもってすごく嫌だわ」



それでもやっぱりいくら大人だとしてもふた回りも違うって、はっきり言って犯罪(はんざい)じゃない!? ーーなどと母はブツブツと(ひと)(ごと)を呟いている。


そんな母は父によって無理矢理、しかも強引に愛妾にされた身の上だ。敗戦(はいせん)(こく)の女性にはよくある事だというが、母は私が生まれても尚、未だに父の事を嫌っているのはよく分かる。確かにそんな身の上ならば、それも仕方ないのだろうとは思うが、私自身は自分を溺愛してくれる父親が大好きなので、母の気持ちも分かるだけに心中(しんちゅう)複雑だ。


しかし父はそんな母をすごく大事にしている。勿論、王妃である正妻(せいさい)への気遣(きづか)いはきちんとしてはいるけれど、それはあくまで義務的(ぎむてき)で、国王の愛情(あいじょう)は全て愛妾である母に(そそ)がれていた。だから例え一方通行(いっぽうつうこう)な父の(おも)いではあっても、母は娘の目から見ても(しあわ)せな方だと思う。


だからその母の娘で母によく似ている容姿もあって、父に溺愛されている身の上でこんなことを言うのもなんだが、政略結婚で父から愛されなかった王妃と、実の父親なのにもかかわらず義務的にしか相手にされていない3人の王女達が少しだけ()(どく)に思った。だから尚更彼女達が父の愛情を独占している母と私を許せないのはよくわかる。


しかも母は身分の(ひく)い酒場の娘ではあったが、その美しい容姿と『夜光の歌姫』という(ふた)()を持つ美しい歌声(うたごえ)を持っているまさに絶世(ぜっせい)美女(びじょ)だ。当時(とうじ)はきっと母に(こい)()がれる男は(かぞ)えきれないくらいにいたことだろう。それこそ一国の国王である父が(たま)らず見初めてしまうほどに。


そして残念(ざんねん)ながら王妃の方はその容姿の方は決して(みに)くはないが、美女というにはあまりにも平凡(へいぼん)な容姿だった。


王妃のイレーナは(もと)隣国(りんごく)のフォルセナの第二(だいに)王女(おうじょ)である。王妃は()(たか)細身(ほそみ)なこともあって(にく)()きが悪く手足(てあし)(なが)いので身体(からだ)はまるで(ぼう)のように貧相(ひんそう)に見えてしまう。


そんな彼女が唯一(ゆいいつ)自慢(じまん)できるとしたら、(すこ)しクセっ()のある(ゆた)かで見事(みごと)金色(きんいろ)の髪とフォルセナの国民(こくみん)一部(いちぶ)だけに(あらわ)れる深く()(さお)な美しい紺碧(こんぺき)(いろ)の瞳だろう。ここまで深い青色(あおいろ)の瞳は滅多(めった)にはいない。


また3人の王女達も王妃しかり、平凡よりは(ととの)っていると言える容姿だが、やはり愛妾親子の容姿ほどには(とお)く及ばない。



第一王女イルミナは王妃譲りで背が高く顔は国王である父親譲りのパーツのはっきりした顔をしている。そして父親と同じ金白色の髪と母親と同じく深い紺碧色の瞳をしていて、何よりその大きい青い瞳から繰り出される(するど)眼力(がんりき)は父親譲りの顔と合わさって瞳の色が()(ぶん)、その迫力(はくりょく)は父親のものと比べても半端(はんぱ)ではない。鋭く(にら)まれれば、たちまち(すく)んで(かた)まってしまうくらいだとも言われている。


ちなみに父親である国王は決して美男子(びなんし)ではない。しかし顔に(おさ)まる全てのパーツが大きくて、目鼻(めはな)()ちなどはっきりしとした野性味(やせいみ)(あふ)れた顔をしている。


とにかく好戦的(こうせんてき)性格(せいかく)もあって、(わか)(ころ)から日常的(にちじょうてき)に身体は(きた)え上げていたので、元々大柄(おおがら)体躯(たいく)の上にさらに筋肉(きんにく)隆々(りゅうりゅう)であったので、いかにも屈強(くっきょう)な男の容姿だった。


第一王女はそんな父親によく似た顔もさることながら気性も(はげ)しく(おとこ)(まさ)りで、周囲はどうして彼女が王子ではないのかと未だ()やまれているそうだ。



そして次は第二王女ミレニアだが彼女の背の高さは普通だったが、顔はどちらかと言うと王妃に似ていて、

いかにも平凡だった。ただ、父方(ちちかた)血統(けっとう)なのか、母親の体型(たいけい)とは似ても似つかない骨太(ほねぶと)大柄な体つきで見た目にも太目(ふとめ)に見えてしまう身体だが、その肉肉しい感じがなんとも妖艶(ようえん)雰囲気(ふんいき)(かも)し出している。たぶん異性(いせい)にはかなり魅力的(みりょくてき)な身体に(うつ)ることだろう。


髪の色は母親と同じ少しクセのある金色で、瞳の色は父親と同じ(あわ)い青い色である。彼女は姉妹(しまい)の真ん中であるせいか、処世術(しょせいじゅつ)はかなり()けている。


激情(げきじょう)(がた)の一番上の気性の(あら)い姉ともプライドの異常(いじょう)に高い三番目(さんばんめ)の妹にも上手く合わせて付き合うことができる。そんな彼女は姉妹(しまい)の中でも一番冷静(れいせい)計算(けいさん)高く自分の本音(ほんね)は殆ど(おもて)には(あらわ)さない。



そして最後(さいご)は第三王女のアニエス。この王女は王妃の産んだ3人の娘の内の末子(まっし)だった為、その我儘は言うまでもない。母親譲りの金色の髪と瞳の色は父親の淡い青を少しだけ()くした感じの色をしており、背が高く細身な身体は母親と同じだが、その母とは違い、肉付きのバランスが良くて、決して貧相には見えず二人の姉達よりも容姿は整っている。


顔も父方の祖母(そぼ)の方に似たようで、はっきりとした目鼻立ちをしているが、それでも父親のような濃い顔立ちではなく実年齢よりも少し幼く見える童顔(どうがん)の可愛らしい顔立ちをしている。


そんな彼女は自分が上の姉達よりも容姿が良いことを自覚(じかく)しているせいもあって、その性格は自信家(じしんか)で上流階級意識(いしき)が特に強い為、プライドが非常(ひじょう)に高く高飛車(たかびしゃ)な所がある。そして何より王女である自分よりも格下(かくした)の者が(すぐ)れているのは我慢がならない性分だった。



ここまで三人三様、王女達の性格が(ゆが)んでいるのも父親である国王のせいだとは思うが、父の愛情が私達親子に向いているのは父の気持ちであって私達のせいではない。まして母は無理矢理愛妾にされた身で国王のことは大嫌いだ。


王妃や姉王女達には一般的感想(かんそう)から言えば気の毒にとは思うが、彼女達はその分私達に嫌味(いやみ)で返してくるので、心理的(しんりてき)には同情(どうじょう)しない。



「母様、私は今は子供でもすぐに大人になるわ。そうして16歳になった時には、きっと誰もが感嘆(かんたん)するくらいユーリウス王子に相応(ふさわ)しいセルリアの美しく(かがや)かしい王太子妃として(むか)えられるのよ。


そうしたら母様もセルリアで暮らすといいわ。お父様には私からお願いしてあげる。それに母様だってユーリウス王子が義理(ぎり)息子(むすこ)になるのよ? とても素晴(すば)らしいことでしょう?」



「っ……それはそうだけど ………はぁ、もういいわ。あんたが大人になるまでにユーリウス王子に愛想(あいそ)()かされないよう願うわね」



「それは大丈夫よ。私にはお父様がいるもの」



にっこりと微笑む私の顔を見て、母は(あきら)めとも言える表情で長いため息をついた。


母だってあんなに綺麗で素敵なユーリウス王子が義理の息子になるのだ。満更(まんざら)ではないはず。しかも私がセルリアの王太子妃となって自分もセルリアで暮らせるとなれば、父を嫌っている母にとってもうこれ以上反対(はんたい)など出来ないだろう。


もし、それでも誰かが私の邪魔をしようとしても、私には最強の味方のお父様がいる。


お父様は私の願いを何でも叶えてくれる。お父様がいる限り私には怖いものなんか何一つない。私が嫌なものはお父様が全て排除してくれる。だから私は大丈夫。お父様がいる限り。



ーーーだから、まさかこんなことが起こるだなんて、 (ゆめ)にも思わなかった…………


ーーーまさか、自分の信じていたものがこんなに呆気(あっけ)なく(くず)れてしまうとは…………






【1ー終】


























































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