『そこにゾイドがある日常』
ゾイドの二次小説を執筆していますが、本作は実際の玩具としてのゾイドを扱った作品なので、二次小説とは違った一般の青春小説として仕上げてみました。
ゾイドを知らなくても楽しめるように、なるべく作品世界に関することは描いていません。短い作品なので、少しでも興味があれば目を通して頂ければ幸いです。
『そこにゾイドがある日常』
序
そのおもちゃ屋が閉店すると知ったのは、まだ肌寒い1月末のころだった。
県内に支店が四つある、けっこう大きなおもちゃ屋だったはずだ。でも、トイザラスの安売りや少子化、その他いろんな理由があって、一つ、また一つと閉店して、最後に残ったこの町の店も閉じることに決まったらしい。
学校帰りにずっとゾイドの新製品発売を見てきたから、店が無くなるのはとても寂しかった。
でも、何より寂しいのは、あの娘と会えなくなってしまうこと。
あの優しい笑顔が見られなくなると思うと、僕は悲しくて悲しくてどうしようもなくなっていた。
1
ゾイドとの出会いは僕が小学校6年生になったときだ。アニメが始まった時は、ただ何となく見ていたけれど、雑誌に連載されていたフォトストーリーが楽しくてだんだん夢中になっていった。ちょっと背伸びをして、小説なんかに興味を持つ年頃だったんだと思う。
ファンブックの1巻2巻を何度も読み返し、ストーリーの面白さとゾイドの活躍するジオラマに興奮して、そして発売される新製品をたくさん買った。
「いったいいくつ集めれば気が済むの!」
たちまち僕の部屋はゾイドの箱であふれ、母親からはかなり嫌な顔をされた。
実際、自分でもいい加減にしなければダメだとわかっていたけど、それでもやっぱりやめられないもので。たぶん大小50個ぐらいは集めたと思う。
トイザラスや近所の大型ショッピングセンター、近所のプラモデル屋でも扱っていたからそこでも買ったけど、やっぱり一番買ったのは、あのおもちゃ屋だった。歩いて行くには遠いけれど、車や自転車ならすぐの距離にあって、子どもの頃からよく両親や祖父母におもちゃを買ってもらっていた。
店の広さはだいたい普通のスーパーマーケットと同じくらい。ベビー用品や子供服も扱っていて、おもちゃ屋というよりは子供用品全般を扱う店と想像して欲しい。店長のこだわりなのか、妙にプラモコーナーが充実していた。
トミーのゾイドショップに認定されていて、いろいろな限定品も扱っていた。妄想戦記シリーズや海外バージョン、驚いたのはコアボックスを店頭で売っていたことだ。予約を見送ったのを後悔していたけれど、結局目の前に現れた魅力的な標的を見過ごすことができず(そう、あのヨハン曹長のように)、なけなしの貯金をはたいてあの段ボール箱を買ってしまった。
そのあと、母親にさんざん文句を言われたのは言うまでもない。
普段の生活にゾイドが紛れ込むぐらい、大好きだった。
大好きだったけれど、人は成長するのといっしょに、得るものと失っていくものがある。
中学に進級すると、僕の身長は急に伸び始める。それに目をつけたバレー部の先輩に声をかけられ、深く考えもせずに入部した。練習は普通で、勉強もゾイド作りも普通にできた。中学時代を手短に説明するとそんな感じ。
それなりの受験勉強をして中学を卒業し、僕は代わり映えしない地元の県立高校に通うようになった。入学直後に「女子バレー部の女の子とお近づきになれるぞ」の中学時代ライバル校の悪友のささやきに乗せられ、つい中学の感覚で男子バレー部に入部したのが間違いだった。
うちの高校の男子バレー部は、毎年関東大会レベルまで勝ち進んでいる強豪で、そのぶん練習もキツく、連日ヘトヘトになって帰宅するはめになった。中学時代の練習量とは大違いで、女子バレー部員とお近づきどころか、放課後のデート(相手いないけど)の時間も取れないような日々が続く。
毎月練習試合で県内県外に行ったり、逆に練習試合を申し込まれたり。ゴールデンウィークも全部練習と試合で潰れた。
あっという間に迎えた夏のインターハイ。うちの高校は順当に県大会優勝、関東大会5位で、残念ながら全国大会出場権は逃した。引退する3年の涙を尻目に、捲土重来を誓って終了。で、これで、貴重な高校1年生の春夏を消費した。
2学期にはいっても練習は続き、気付けば季節は秋になっていた。10月半ばを過ぎれば日はとっぷりと暮れ、下校時間が早まっても帰宅は夜道の自転車となる。
少し遠回りすれば、あのおもちゃ屋は帰り道の途中だし、その気になればいつでも立ち寄ることはできたけど、入学以来ずっと行ってなかった。部活が厳しいこともあるし、なにより学校の勉強がある。
数学と英語が苦手と言うのが致命的で、特に数学は定期テストで赤点ギリギリということも多かった。当然ゾイドに関わっている余裕も無く、それまでに買ったゾイドもほったらかしで、コアボックスの段ボールも埃をかぶっていた。
11月の初め、朝飯を抜いて、弁当を1限目に早弁した。部活を終えて帰宅の途中、僕は激しい空腹に襲われた。
いつもだったら昼休みに学校を抜け出し、コンビニに買い食いに出かけるのに、運悪く先生の立哨指導があって校門をくぐることができなかったこともある。午後の授業を空腹のまま居眠りもできずに過ごし、そしてハードな練習。
腹の虫がグーグー鳴いて、帰宅後の夕食まで我慢できなかった。少し遠回りして牛丼屋に飛び込み、値下げ期間中の並盛り二杯を注文したいらげた。満たされた胃袋といっしょに家路につく途中に、あのおもちゃ屋の前を通りかかったんだ。
おもちゃ屋は、窓にあざやかな色合いのポスターを輝かせ、変わらない姿で営業していた。懐かしさと疲れと気まぐれとが混じって、僕はそのおもちゃ屋に吸い込まれた。
「いらっしゃいませ」
入口に店員さんがいたみたいだけれど、その時はほとんど気にしなかった。
とても懐かしい感じがした。レジの後ろにさりげなく飾られたブレードライガーや、店員さんが作ったらしいガラスケースの中のウルトラザウルス、それにレオゲーター。時が止まっていたように、中学の頃と同じだった。
店には独特の香りがあった。どんな香りかと聞かれると上手く答えられないんだけれど、とにかく独特なんだ。もしかするとプラモデル用の塗料の匂いかもしれないし、塩化ビニール製の幼児用遊具の匂いかもしれない。僕は少しだけ甘酸っぱい気持ちになって、さっそく店の中を見始めたんだ。
2
店のレイアウトは変更されていて、ゾイドはプラモデルコーナーの隣の棚に移されていた。
「『ゾイドフューザーズ』?」
店頭には新しいパッケージのゾイド達がずらりと並んでいた。
新しいアニメシリーズが始まっていたことすら知らなかった。そのころの僕は、家で新聞も読まず、本屋での立ち読みもできず、テレビだって夕食を食べながら家族と見るドラマとニュースくらい。申し訳程度の定期試験勉強。それほど世間から遠く離れていた。
15分ほど物色をして、僕が手にしたのは青いアロザウラーだった。治安局バージョンと書いてあるそれは、値引きされて980円(税込)。安い牛丼を食って浮かした弁当代が余っていた。
アロザウラーは前々から欲しいと思っていたけど、前に一度再版されていた時に買い逃していた。
僕は治安局アロザウラーを抱えてレジに並んだ。
「お待たせしました」
軽く会釈をする店員を見る。ちょっと驚いた。
レジには、僕と同じくらいの年齢の女性――いや、少女――が、立っていた。
高校生くらいだから、アルバイトだろうか。でも、どちらかといえばプラモデルに力を入れているこのおもちゃ屋に、こんな若い女の子――少女?――が働いているのは意外だった。短く髪を束ね、白の薄手のセーターに水色のエプロンをかけて接客している。
陽だまりの様な笑顔。〝営業スマイル〟と言ってしまえばそれまでだけど、秋の夕闇の中、レジに立つ彼女の姿は魅力的だった。たくし上げた袖からのぞく白い二の腕が、ほどよく丸みを帯びた頬と同じようにふわふわに見える。そして、思春期男子であればどうしても目が行ってしまうその胸元は、エプロンで強調されて結構大きかった。
女の子の店員だからといって、恥ずかしくてうつむいてしまうほど僕はシャイではない。ごくごく自然を装って、アロザウラーをレジに置いた。
「980円になります」
僕はお釣りを受け取り、店を後にする。自動ドアの向こう側、しばらくぼんやりと彼女の姿をちら見していた。そのままでは怪しまれるので、近くにあった自販機で買った缶ジュースを片手に、自転車にまたがって。
なんか、素敵だな。
それ以来僕は、週に一度必ずあのおもちゃ屋に通うようになっていた。
とりあえず『ゾイドフューザーズ』は録画した。それをBGM代わりにして、数学の問題を夜遅くまで解いたりした。僕が知っているゾイドのストーリーとはかなり違っていて、前の『スラッシュゼロ』とのつながりもない。それでもゾイドが動くのは楽しいし、最終回にかけての盛り上がりはなかなかだった。
ゾイドはやっぱり好きだった。でもそれと同じくらい、あのおもちゃ屋が好きになっていた。
ゾイドが目的なのか、あの娘が目的なのか、多分その両方だろう。立ち寄るたび大型小型のゾイドを買ってきたものだから、部屋はまた、組み上げを待つゾイドの箱が積み上げられるようになっていった。
「また始まったの。もう卒業したと思っていたのに」
それは僕も同じ気持ちだった。
立ち寄った時いつも、彼女は店にいてくれた。
「ありがとうございました」
そしてとても素敵な声であいさつしてくれる。僕だけのためじゃないってわかっているけれど、嬉しかった。
彼女は、レジに立っていない時は品出しをしていて、何度かゾイドの棚を整理で隣に並んだこともある。屈んで整理をする彼女を見ながら「女の子って意外に小さいんだな」なんて思った記憶が。
ゾイドの箱って、規格が統一されていそうに見えて、意外とサイズはバラバラなんだ。うまく並べようと思っても、なかなか上手に積めないことが多い。
でも彼女は、そんなバラバラなサイズのゾイドの箱を隙間もなく見事に積み上げていた。
働く姿は素敵だった。レジの後ろのブレードライガーは、むき出しだったのにいつも彼女がほこりをはらっていたからきれいなままだった。ウルトラザウルスが飾られたガラスケースも、よく彼女が拭いていた。
気持ち、って、仕種に表れるにちがいない。
ある時は、レジを済ませ、母親と一緒に店を出て行く幼稚園生くらいの女の子に、微笑みながら手を振っていた。女の子は、いわゆる魔女っ娘アニメの変身セットを買ってもらったらしいけれど、彼女はその女の子の喜ぶ様子を見て、本当に嬉しそうに手を振っていたんだ。きっと優しい娘なんだろう。
彼女を見ていると、ついこっちまで優しい気持ちになってしまう。
その日、僕がいつものようにゾイドの新製品を物色していた。「限定のブラキオトータス、4000円は高いよなあ」などと、箱を持ち上げて悩んでいた時だ。
今さらだけど、僕の身長は高い。バレーをやるくらいだから、ゾイドが陳列されている棚の向こう側なんて普通に見渡すことができる。そこで、大きな三輪車の入った箱に手を伸ばしているお母さんと3歳くらいの男の子の姿が目に入った。
子どもの身長で届かないのは当たり前だけど、お母さんが手を伸ばしてもギリギリで、下手をすれば箱が落ちてきてしまいそうだ。まわりを見渡しても脚立は見当たらないし、今日に限ってレジにお客さんが3人並んでいて彼女も対応ができない。
見かねた僕はブラキオトータス(4000円は高いよ)を無造作に置き去り、手を伸ばしているお母さんの側に早足で近づいた。
「これ、取るんですよね」
お母さんはちょっと驚いていたけれど、すぐに「ありがとうございます」と言ってうなずく。普段からバレー部でしごかれているから、ひと抱えある三輪車の箱を持つことなんて平気だ。
僕は背伸びもしないで箱を取ると、それをそのまま抱えてレジまで持って行ってあげた。
「おにいちゃん、ありがとう」
3歳くらいの男の子は、お母さんに促されてお礼を言ってくれた。
僕も男の子に微笑みを返した。
「ありがとうございます」
接客中の彼女は、申し訳なさそうに声をかけてくれた。
僕は内心、やった、と思った。初めてつかんだ、彼女と会話するきっかけだったんだから。結局、レジからお母さんの停めている車まで、運んであげちゃった。
それから店に戻ると、まだレジを打ち続けている彼女がもう一度あいさつしてくれた。
「申し訳ありません。お客様に、お手伝いしてもらってしまって」
「いいんですよ、当たり前のことをしただけです」
使ってみたかったんだこのセリフ。
で、ゾイドコーナーに戻って無造作に置いてしまったブラキオトータスを棚に返した(4000円は高いよ)。ちょっと欲しかった(4000円は高いって)。未練がましいったらありゃしない(4000円は高い)。
3
ところで彼女は、なんでこんな店でバイトしているんだろうと前から思っていた。
時給はそんなに高くないし、いつ来ても働いているのも不思議だ。でもそんな疑問はすぐ解けた。
ある日、彼女が僕の母親と同じくらいの年齢の店員と並んで品出しをしていた。二人はよく似ていて、一目で親子だとわかった。どうやら、この店のオーナーの娘さんだったらしい。いまにしてみれば人件費削減のために、店で働かされていたのだろう。でも、「働かされていた」というのは言い方が悪い。彼女は店頭に出るのが嬉しそうだった。子どもと接する時はもちろん、孫にプレゼントを買って帰るらしいお爺さんや、紙おむつを抱えてレジを通過するお母さん、そして何度もゾイドを持って並んだ僕にも、陽だまりの様な笑顔を見せてくれた。
それをみるたび、僕も優しい気持ちになって行くような気がしていた。
「いつもありがとうございます」
次の春。アニメでは『ゾイドジェネシス』の放映が始まっていて、再販されたカノンフォートを買った時だ。彼女の方から声をかけてくれた。そのひとことだけで嬉しかった。
僕のことを覚えてくれた。
その時から半日強の約13時間、僕は天にも昇る気持ちだった。
天にも昇る気持ちに、水を差したのは例の悪友だ。
「お前なあ、大の高校生、それも汗臭いバレー部のウィンドブレーカーを着た図体のでかい野郎が、毎度毎度おもちゃを買いに来ていれば、そりゃまあ覚えられるさ。相手は店員だぜ、客に愛敬を振りまくのはあたりまえだろう。
いいか、女はその気がなくても笑顔になれるんだ。それを勘違いして、恥をかいたやつが何人いるか、忘れるなよ」
こいつ(フラれた)経験があるな、とわかった。それだけに言葉に重みがあった。
確かに悪友の言う通りだ。
僕はうぬぼれていた自分の目を覚まされた気分だった。
そうさ、こんな自分なんか、あの爽やかな笑顔の彼女に吊り合うはずなんてない。
もしかすると、いい年をして未だにゾイドなんか買い続けている高校生を、心の中でせせら笑っているかもしれないじゃないか。
そう思うと、急に悲しくなってきて、昨日あった彼女との会話の喜びも、あっというまに消え去っていった。
偶然その日から、またインターハイに向けての猛練習が始まり、それから僕は1ケ月、またあのおもちゃ屋に行けなくなっていった。
男子バレー部の活動でも、大きな変化があった。本年度での廃部が決定してしまったのだ。
僕の通っている高校でも、募集人数の減少は毎年で、来年度にはまた1年生の募集を1クラス減らすことに決まった。だからそのため、幾つかある部活も統合削減されることになった。
ガイロス帝国に併合されるゼネバス帝国兵士の気持ちって、こんなのだろうな、なんてぼんやり考えてしまったっけ。
うちの男子バレー部が毎年県大会に出場できたのは、実は他校の男子バレー部が次々と廃部になっていて、簡単に中央まで勝ち上がれたからでもある。顧問の先生は廃部に反対してくれたそうだが、職員会議と校長先生の決定は絶対で、生徒会も押し切られる形で、廃部が決定してしまった。
2年生になっていた自分は、今年の夏が最後のバレー部での活動になり、3年に進級すると、自動的に退部することになったんだ。
最初はいいかげんな気持ちで始めた部活だったけど、なくなってしまうとなるとやっぱり悲しい。だから僕は、残り少ないバレー部のために今までにも増して練習し、あわよくば結果を残して部活存続をアピールできるように勝ち進もうと決める。
そうなればもう、ゾイドなんかにかかわっている暇もない。アニメも見なくなり、ゾイドを眺めることもなくなり、僕は部活と学校の授業と定期試験と、そして進学を考えた上での予備校と塾に通うようになっていた。
あのおもちゃ屋には行きたかったさ。でも、インハイが終わるまでって割り切ってがんばった。寂しかったけど、がんばった。
そしてインターハイの開始。
夏の真っ盛り、バレーボールの試合は暗幕カーテンを閉め切って行う。風も通らない熱気の中、僕らは汗だくになって試合をし、順当に地区大会を勝ち抜いていく。
決勝で負けてしまったが、県大会出場枠は順当に確保した。夢中になって全力を出してしまっては身体に響くから、決勝戦は正直手を抜いた。優勝は譲ったが、充分過ぎる余裕を持っていた。
県大会前々日。僕は女の子たちと一緒にカラオケに行った。悔しいけど、悪友の言った通り、女子バレー部の女の子たちだったりする。
うらやましいと思う人もいるかもしれないけど、女の子たちということは、どの女の子たちとも友達止まりであったということ。
一緒に騒ぐのは楽しい、でもそれで終わり。ごくごく浅い人間関係のまま、僕は生ぬるい青春のページを無駄にめくっていった。
県大会の結果。
地区大会準優勝のツケが、シード校との対戦カードとなって現れた。
レッドホーンにやられるゴジュラスみたいに、格下と思っていた相手に敗退。
愕然とした。
力みすぎたのかもしれない。油断したのかもしれない。でも現実を突きつけられた。これが実力だったのかと。
泣くほどではなかったけれど、心の中に大きな穴があいたような気持ちだった。
秋には新人戦が、そして年明けに春の高校バレー予選もあるけれど、廃部が決定しているのに「新人」という言葉は虚しいだけだ。
試合に負けたその夜。僕はボンヤリと、コアボックスの段ボールの上に乗った薄汚れたバッシュを眺めていた。
部活が終わったからといって、暇になるわけではない。前々から悩んでいた英数の学習の遅れを取り戻すため、僕は勉強を始める。部活で鍛えたから、体力には自信があった。だから結構長時間、集中して学習ができるようになっていた。
その成果もあったのか、優秀とはいえないものの、平均点より少し高い成績がとれるようになる。
季節は秋になっていた。高校二年の二学期になると、今度は本格的に進路について考えなければならない。うちの高校では、今度はインターンシップという職場体験の行事が入った。
そして一度離れると、あのおもちゃ屋に行かなくても平気になってしまっていた。
4
新人戦は、廃部が決定しているからとても本気になれなかった。市内で開催された地区大会では優勝したものの、またも県大会での初戦敗退。実質的に公式戦はこれで終了した。同時進行でインターンシップの計画をさせられ、面倒くさい資料を読まされていた。
僕は進学志望だから職場体験なんて興味はなかった。でもうちの高校の必修単位になっていたので、しぶしぶ参加しなければならない。やっぱり楽な仕事がいいな、将来の仕事なんて、大学生になってから考えればいいや、と、適当な気持ちで体験先リストを捜していた。
僕はリストに見慣れた店の名前を見つけた。
販売系の受け入れ先に、例の牛丼屋と、そしてあのおもちゃ屋があったんだ。
彼女とお近づきになれるかもしれない。僕は迷わずあのおもちゃ屋を第一希望に、そして牛丼屋を第二希望に書いた(第三希望まで書いたはずだけど、全然思い出せない。結構適当に選んだわけだ)。
でもここの結果も、第一希望は通らなかった。そんなわけで牛丼屋決定。あのおもちゃ屋にインターンシップに行ったのは、就職希望の女子だった。
仕方ない、僕の希望動機なんて不純なものなんだから。でもやっぱり悔しかった。ここでも彼女との会話を弾ませる機会を失ったんだから。
それからの学生生活は、特に言うこともない。
ゾイドは組んでいたけど、途中で投げやりになった物も多い。あの時買ったアロザウラーは、最近ゼンマイの調子がおかしくて、スムーズに歩かなくなっていた。
「お前は僕と同じか」
二三度頭を叩くと、アロザウラー治安局版は動き出すのだった。
秋を過ぎると冬なんてすぐだ。高校生活の消化試合のような部活を早く引き上げ、自分の部屋で寝転んでいると、小学生のころ組み上げたほこりをかぶったデススティンガーが目に入った。久しぶりに動かそうと、ゾイドコントローラーを探し出して接続した。だって電池ボックスに単三電池入れるためには、いちいちドライバーでネジを開けなければならないからだ。
コネクターを接続してスイッチを入れたが、動かない。コントローラーを開けて、しまった、と思った。長らくほったらかしで、単二電池が液漏れを起こしかけていた。幸い、金具は腐食していなかったけれど、電池は完全にダメになっていた。
「電池、買って来るか」
その日は何も無い日だった。午後1時をまわって、手持無沙汰で家族も誰もいない。
動かないデススティンガーが、何か物悲しかった。僕は無性に電池が欲しくなって、ついでに腹も減ったから外へ出て食事をしようと自転車にまたがった。
牛丼屋には行きづらい。なにせ職業体験をしたばかりだったし。だから近所のマクドナルドで100円バーガーとポテトを食って、本屋で立ち読み。そして久しぶりにおもちゃ屋に行くことにした。
彼女は元気かな。また会えるかな。
あの青いエプロンと笑顔を思い描きながら、僕はペダルを踏み込んだ。
ジェネシスも終わり、ゾイドの商品展開もあっちこっちしていたみたいな時期だった。
「いらっ……いらっしゃいませ」
いた。前と同じように、陽だまりのような笑顔で。
不思議と、彼女の笑顔が前よりもっと素敵に見える。僕がなにもせずに過ごしている間、彼女は着実に社会経験を積み重ねていたんだろうな、と思うと、なんだか情けなくなっていた。
ゾイドの棚は縮小されていた。それに陳列されている商品の数も減っているような気がした。
これも少子高齢化社会の影響なんだろうな、と<現代社会>の授業で先生が語っていた用語を思い出していた。
「これからどうなっちゃうんだろうな」
ネオブロックス、と書かれた、なんだか不思議なゾイドを手に取り、そして僕はそのまま棚に戻していた。
もう興味は湧かなかった。ぼくはもう、卒業してしまったんだなあと、実感していた。
手ぶらでレジの前を通り過ぎる僕を見て、気のせいか、彼女は寂しそうだった。
「ありがとうございます」
何も買わないのに、挨拶されるのは何か気恥ずかしい。僕は少しうつむきながら、レジ前を後にしていた。
レジを過ぎてから思い出した。
「あ、電池」
恥ずかしかったけれど、せっかく彼女とあえるチャンスだから、僕は迷わず店へ戻ったんだ。
もう一度入った店のレジで、彼女は少し驚いたようだった。あまり長くいるのも変なので、レジに並んだ単二電池を手に取ると、すぐに会計に並んだ。
「最近はゾイド、減っちゃいましたね」
最初僕は自分の耳を疑った。彼女から先に話しかけてきたんだから。とても嬉しかった。やっぱり僕を覚えていてくれたこと。でも、よっぽど僕をゾイドマニアと思っていたのかと考えると複雑だ。
「部活が忙しくて。それに作ってる暇も置き場所もないし」
「そうですか」
バーコードを読み込み、会計を済ますと会話は終わる。
「ありがとうございました」
またいつものように彼女はあいさつをした。ただ、向こうは意識していないかもしれないし、ただの営業トークかもしれないけど、それでもやっぱり嬉しかった。
欲しいゾイドが売り場から姿を消し、僕はもうあのおもちゃ屋に行く機会を失っていた。
秋風がやがて木枯らしになり、積らない雪が何度かちらついた間、僕はもう、あのおもちゃ屋に足を運ぼうとはしなくなっていた。
5
そのおもちゃ屋が閉店すると知ったのは、まだ肌寒い1月末のころだった。
心の底から、しまった、と思った。
もう、彼女と会えないじゃないか。
とにかく時間を見つけて、あのおもちゃ屋に行くようにしようと決めた。
閉店準備をする店がこれほど寂しいとは思わなかった。
行くたびに棚の商品が減っていき、次第に赤札の値引き商品が増えていく。最初2割引だった商品が、やがて4割引、5割引となって、終いには9割引の捨て値になっていく。
空っぽになった床にはついたてが立てられ、商品整理用の段ボールが積まれていく。
僕は売れ残っていたらしいジェネシス仕様の緑のモルガを3つ買い、販促用の特典の残りらしい金色のパイルバンカー(ハヤテライガー用だったとか)を買った。
あの女の子は商品の片づけに忙しそうだった。よくゾイドの箱を見事に陳列するように、整理用の段ボールに隙間なく売れ残った商品を詰め込んでいた。けれど、僕が安売り品を持ってレジに向かうと、売り場から小走りで戻ってくれたんだ。
「お店、閉まっちゃうんですね」
「はい。いままでありがとうございました」
僕から自然に出た言葉。失っていく何かに気付いて、思わず出た言葉だった。
ビニール袋にモルガとパイルバンカーを入れる彼女の姿を眺めながら考えてしまった。
僕らはいつまでおもちゃと付き合えるんだろう。
大人になればなるほど、他に費やす時間が増えて行く。
無邪気にゾイドの活躍を妄想しながら過ごせた日常はもう戻らない。
ゾイドからスポーツへ、そして異性へと、関心は移って行く。
子ども時代は消え去って、記憶の底に埃にまみれて埋もれて行くんだ、僕の部屋のゾイド達の様に。
ああ、僕も成長してしまったんだな。
「あの、どうかされましたか」
彼女が困った顔をして僕を見ていた。
「す、すいません」
僕はあわててレジを後にした。
それから閉店するまで、何度もおもちゃ屋に行った。
幾つも細々としたものを買った。
売れ残りのゾイドも買った。
彼女にも会えた。
でも、心は満たされなかった。
いよいよ閉店の日。
彼女はいなかった。
だって、もう赤札のついた商品は残り少なく、店員を何人も使うほどではなかったからだろう。
ゾイドも無かった。
僕にとってのゾイドがある日常も、終わったと感じていた。
翌日、清掃業者がダンプカーの荷台だけみたいなものを持ってきて、中に残っていたおもちゃ屋の残り香を全て無造作に放り込んでいた。鮮やかで楽しげなパッケージ達が、無残に晒されているのは無性に悲しかった。
店が取り壊されることはなかった。建物は改装されて、マンガ喫茶になった。でも、僕には用がない店だ。
春の訪れとともにバレー部は廃部になった。僕は受験モードに突入するため、新しい部活に入部することもなかった。
まだ高校3年生に進級するというのに、いろいろな物から卒業してしまったような気分になっていた。
6
僕は家から二駅離れた、地方の県庁所在地の駅前で人を待っていた。
表町商店街はシャッター通りと化しているが、取り敢えず駅ビルだけは賑わいが残っている。
春休み、部活の練習も無くなってヒマしている悪友といっしょに、駅ビルに接続しているシネコンに行く約束をした。そのシネコンは複合娯楽施設で、映画館のほかにゲーセンやカラオケ、飲食店やパチンコ屋まで入っている。
「ごめん、待ったか」
「待ったよ3分も。なんで同じ電車で来たはずなのに遅れるんだ」
遅れた理由は見ればわかる。片手に持ち帰り用の牛丼をぶら下げていた。
映画を見る予定を立てていた。ハリウッドの話題作で、今さらここでタイトルを言う必要がないくらい有名な映画だ。
券売機で30分後の上映回のチケットを買い、ポップコーンの香りが漂うホールを、悪友が牛丼を食べ終わるまでの間、映画グッズなんかをだらだらと眺めた。あいつが牛丼の器の底に残った米粒を掻き込みながら言った。
「男同士で映画なんて、悲しいな」
それは僕のセリフだ、と思っていると、悪友が突然黙り込んだ。
携帯電話の着信音。表示された発信者を見て表情がみるみる喜びに変わっていく。
「あ、もしもし。……ちゃん? そう、俺も今ヒマだったんだよ。
え! ……駅で映画を? 行く行く、大丈夫、偶然俺も近くの書店で参考書を選んでいたんだ」
ウソをつけ。お前が参考書を選んでいるところなんて、この2年間一度も見た事ないぞ。
悪友は購入したチケットを僕に押し付け、両手を合わせる。
わかったよこの展開。
「悪い、俺ここで別れるわ。別の映画を見る。
お前だけで楽しんでくれ。そのチケット、やるわ」
エラそうに言うけど念のため。その日は映画1000円の日だ。
実にウキウキとして去っていく悪友を眺め、僕は時計を見た。
まだ上映まで23分もあるじゃないか。どうするんだよ、これ。
パンフの立ち読みも白けたし、入れ替えまでまだ間がある。
僕はシネコン隣にあるゲーセンにいって、クレーンゲームなんかをぶらぶらと眺めることとした。
春休み、午前の早い時間だからそれほど人は多くない。
「あれ? ソードウルフにムラサメライガー」
思わず声に出していた。だって、クレーンゲームの函体の中に、ゾイドのフィギュア(厳密にはフィギュアじゃないけど)が積まれていたんだ。
パッケージには〝タイトー〟てあって、トミー製のものではない。
アニメも終わっていたし、ちょっと時期外れ。でも、地方のゲーセンだから、時期外れのプライズ商品も入荷してしまうんだろうな、などと考える。
クレーンゲームのアクリルの向こう側、僕は僕と同じようにゾイドを眺める制服姿の女の子を目にする。
ゾイドを見るなんて、珍しい女の子だな。
伏し目がちにムラサメライガーを見つめるその子を見て、また驚いた。
視線が合う。
「あっ……」
「あ、どうも……」
あの女の子だった。制服は駅の近くの、伝統校のいまどき珍しいセーラー服。先に気付いてくれたのは、彼女の方だった。
本当に、本当にごく自然に、僕たちは会話を交わしていた。アクリルの壁に顔を寄せ、彼女が告げた。
「ゾイド、まだこんな所に残っていたんですね」
「もう僕も買えなくなっちゃいました」
会話が弾む。彼女もきっと、あのおもちゃ屋が懐かしいんだ。
「お店がなくなって、もう会えないと思っていました」
え、なに。今なんて言ったの?
僕はムラサメライガーを見つめたまま、視線を戻せずにいた。ポケットを探り、チケットが二枚あるのを確かめる。
心臓が高鳴る。一世一代の賭けだ。
「あの、お時間ありますか」
ハモった。
目の前には、頬を少し赤らめた彼女と、ぎごちなくチケットを差し出す僕の左手がある。
彼女も少し驚いたようだ。
悪友との経緯を簡単に話すと、彼女はあの陽だまりの様な笑顔で微笑み、うなずいてくれた。
映画を見終わった後、二人はまるで何年も前からの友人が再会したみたいに、堰を切った様に話をした。
おもちゃ屋は不況で閉店したのではなく、廃業したということ。もう地域社会での役割を終えたと、御両親は考えたんだそうだ。
彼女は自分から進んで働いていた。バイト代も欲しいけれど、それ以上に将来接客業に就きたいと考えていたから(彼女の制服は、古くからある商業高校のものだ)。お客さんの気持ちになって働く、だからどの客がどんな商品を選ぶか、積極的に覚えようと常に努力していたんだ。
それとここからが大事。彼女がずっと前から僕のこと、気にかけていてくれていたんだっていうこと。
「だって汗の臭いがついたバレー部のウィンドブレーカーを着た大柄の高校生が、いつもゾイドを買いに来ていたら、覚えてしまいますよ」
屈託もなく笑う彼女を見て、悪友のかつての言葉を思い出す。
お前の言う通りだったよ。でも、それがよかったんだ。
「あなたは店内でいつも、お年寄りや小さな子どもの邪魔にならないようにさり気なく注意をしてくれていました。優しいひとなんだなあ、ってずっと思っていました」
そんなつもりは正直なかった。でも、きっと、高校生でおもちゃ屋に通っている、という後ろめたさが、謙虚な仕草となって現れていたのかもしれない。それにあの時、棚からおもちゃを取ってあげたのは事実だし。
「またお会いできればと、ずっと思っていました。私は英玲奈と言います。あの、お名前を、教えて頂けませんか」
少し控えめに、彼女は切り出した。夢みたいだった。この僕が、こんなシチュエーションに出くわすなんて。
それからはもう、幸せのジェットコースターに乗ったようだった。お互いに連絡先を交わし、次に会う約束をして、また遊びに行く予定まで立てていた。僕はまた、天にも昇る気分で、振り向いて手を振る彼女の姿を見つめていた。
僕らはその日から付き合いはじめた。
結
「ゾイドオリジナル、もう終わりかよ」
更新されたタカラトミーのサイトを見ながら僕は呟く。
引っ越したばかりのアパートは、梱包を解かれないままの段ボールが山積みとなっていた。業者の都合で、引っ越しの当日しかインターネットの接続ができないというので、まずは買ったばかりのパソコンをセットアップして、そのまま見入ってしまっていたのだ。
僕は高校を卒業し、東京の工業系の大学に合格、入学する。
そこでバレー部に入部し4年間熱心に活動をした。その大学のバレー部は、OBにⅤリーグ(現在のチャレンジリーグとプレミアリーグ)の選手を何人も排出していて、旧実業団系の企業にも多くの人脈があることまで調べてあったからだ。
もう僕は、人生の目標を決めていた。就職氷河期と言われる頃、必ず就職を勝ち取ると同時にバレーもやる。そして新しい生活の準備をするんだと。
しかし、スポーツと仕事を両立できる職場なんて簡単に見つかるものではなかった。大学を卒業した後、1年間はいわゆるフリーターをしながら、社会人のバレー練習に夜と土日に参加し、なんとかで食いつないだ。
翌年、バレーの練習で一緒になった人脈を辿り、何度か厳しい就職試験を潜り抜け、最後は遂に正社員待遇で、バレーも出来る会社に運良く就職を決めることができた。
僕はその夜、彼女に連絡を取った。
仕事上ネットの整備は必須だった。だから真っ先にパソコンを接続し、結果この始末。僕には整理整頓という行動に向いていないらしい。
何もかも新しい環境。
でも、変わらない物もある。
段ボールの山の中、彼女は梱包を解いて荷物の整理をし始めていた。
たくさんのゾイドの箱を見つめ、慣れた手つきで隙間なく、アパートの棚に見事に積み上げて行く。
「ホント、幾つ持って来れば気が済むのかしら」
ゾイドは全部持ち込んできた。だって、僕たちを繋いでくれた絆なのだから。
春の陽射しに舞う埃が、まるで花びらのようなピンク色に光って舞っていた。
今日からここで、僕たちの新しい生活が始まる。
そこにゾイドがある日常と共に。
予定調和といってしまえばそれまでですが、淡くてハッピーエンドな作品を仕上げたくて、習作のつもりで描いてみました。
『RESTORY』http://www.geocities.jp/dda_226/には、管理者DDA様の御好意のもと、この他ゾイドの二次小説を掲載していただいております。
ゾイドはこちらでは二次作品を扱っていないので、もし興味がありましたらこちらにも目を通してみてください。
長編『ゼネバスの娘』や短編『惑星大異変』など、サイトでは大変好評を得た作品も掲載していただいております。
機会ございましたら、こちらでもお付き合いの程、宜しくお願いします。