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笑顔

床に散らばったティーカップの破片


乱雑に破り捨てられ踏まれた後もある見るに耐えない本達は机の上やキッチンなどに散乱している


一目で見て何者かに荒らされた事がわかる


無惨な内装のリビングの中、ただメイドの謝る声が反響していた




『…帰ってたのね…エマさん…』


しぐれはとても穏やかにそのメイドに話しかける

口元を釣り上げた子供らしい笑顔だ

見ている人を和ませるような、とても無邪気な笑み


『…ねぇ…エマさん…?』


『はいっ!?何でしょうかっ?!』


そのメイド、エマの声が裏返る

エマには見えていた、彼女の笑顔の裏に猛虎の様な激怒の面をかぶっていることを

しぐれが怒ることなど滅多にないのだ

普段温厚な人ほどその裏の闇は深い

エマは身をもって体感した


『…ティーカップとかお皿はわかるよ…?…きっと私達が帰ってくるまでにお夕飯、作ってくれようとしたんだよね…?』


しぐれが眉をピクリとも動かさずにただ静かにゆっくりと話しかける

あまりの恐怖にエマはただカクカクと機械の様に首を縦に振り同意の意を示した


『…でもさ…なんで私の本に手を出したの…?』


言い終わると笑顔のために細めていた目がゆっくりと開かれる

その目に光はなかった、瞳孔はどこか遠くを捉えていてまるでエマを見ようともしていなかった

エマは首を動かす事すらできなくなり、ただ言葉にもならない音を発していた


『あ…あぁ…』


『…ねぇ…なんで…?』


ゆっくりゆっくり、一歩一歩踏みしめてしぐれがエマに近づいていく

神の救いか悪魔の悪戯か、この時あのお気楽男が目覚める


『…んー…よく寝たぜぇ…あれ?エマだ、おかえぇぇぇ?!…』


お気楽男は挨拶をし終わるより先にエマの視界から消えていた

一瞬の出来事で何が起きたのかエマには理解できなかったが、どうやら彼をおぶっていたしぐれが一瞬で壁に向かって投げとばしたらしい

その証拠に崩れた壁の瓦礫、コンクリートの破片の中からしだれの右腕らしいものが飛び出している


『ひぃぃ!?』


エマは死を覚悟した



〜数時間後〜


『本当にごめんなさい!』

エマはまだ謝っているようだ

緑のロングヘアーで片側だけの三つ編みが謝るたびにぴょこぴょこと揺れている

ヘッドドレスの位置もズレていてそこかしこから寝癖と思われる跳ね毛が飛び出している


完璧な従者とは程遠い


この空き巣の様な惨状もこの従者なら納得だと誰もが思うだろう


『エマはもう謝らなくていいって!シグもいい加減機嫌なおせよな!』


不機嫌なしぐれと謝りっぱなしのエマに板挾みにあったしだれはこの場の統制をとろうと声をかけていた


うつむいていたしぐれが顔をゆっくりあげる

髪がいつもの分け目の位置になる様若干顔を傾けると片手の人差し指と中指を突き出した

俗に言うピースというやつだ


『…なーんて、ここに置いてある本の内容はもう全部覚えてるから大して怒ってない…ジョークジョーク…』


ニコッとしぐれが笑う、先ほどとは違ういたずらっ子の笑顔だった


『おい、俺はジョークでコンクリートシャワーを浴びる羽目にあったのかよ…』


ため息を吐きながらしだれは肩を落とした




ズズズ

んくっ…んくっ…んくっ…

…スー…

3人の紅茶のすする音と鳥の囀りだけがこだまする昼下がり

全員、一杯目が飲み干されるとしだれが口を開いた


『一雨きそうだな』


『…ここ最近雨続きね…』


『何処かにお出かけされるんですか?』


空のティーカップを銀のトレイに乗せながら目線だけ二人に合わせエマが言った


『しばらく留守にする』


それだけ言うとしだれはソファから体を起こし玄関に向かって歩き出す

それにしぐれとエマが並んでついていく


後ろで手を組んでご機嫌に歩を進めていたしぐれが口を開く


『…私達が死んだらこのアジトは貴女のものね、エマさん…』


『これはしぐれ様ご冗談が御上手で』


二人はクスクスと笑い合った

やれやれと呟きながらしだれが玄関の扉を開ける


『留守ぐらい守れるよな、駄メイド』


エマは両手を脚の付け根に添え腰を折る

気づくと雨が降り出していてエマの手を雨粒が伝う


雷が落ちると同時にエマは顔を上げニヤリと笑った


『仰せのままに my master』


エマの右目は蒼く輝いていた






『ねぇ、お兄さんこの子達について何か知らない?』

自分が話しかけられたと思っていなかったので体をつつかれてやっと俺に話しているのかということが理解できた

話しかけてきたのはどうやら少年の様だ

両手に一枚ずつ写真を持っている


片方は色素の薄い長髪の少女、片目が前髪で隠れていて無愛想な表情を浮かべている

もう一枚の方はとても綺麗な赤髪の少年だった


『悪いけど見覚えないなぁ…人探しかい?』


俺は小さい子供に話しかける様に目線を合わせて話しかけた

まぁ本当に子供なのだから当たり前なのだが…


『まぁそんなとこ!協力ありがと!』


ニコッと少年が笑う、本当に無邪気で澄んだ笑顔だ

俺もそんな素敵な笑顔につられて微笑む

あぁ…今日はいい日になりそうだなぁ

なんて思いながら立ち上がると少年が口端をさらに釣り上げるのが見えた


『役立たずは”死ね”』


瞬間、男が消えた。


男がいたところには黒の混じった【赤】が散りばめられていた


『よくやった、バハムート』


少年は笑顔のままその【赤】を踏みにじった







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