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第8話:卓上の神②

 「はぁ……はぁ……根回しって、そう言うことかよ……」


 遅れてやって来たユーキが、息を切れさせながらそう呟く。


俺は自分の家に戻ってきていた。

「お願い、父さん……!」

ユーキにキークのことは伝えてある。行くあてが無い以上、今現在一番交流のある俺の所で面倒を見るのが道理だと思うんだが……キークは俺の頼みなら大抵聞くとは言え、先に話を通しておくべきだった……と、一人反省する。

 後でシスターを納得させなきゃならないとなると面倒だ。


「……まぁ他に身寄りがないのなら仕方ないだろう、幸い食料の貯蓄も充分すぎる程にある。……どういう経緯で仲良くなったかは知らないが、息子と仲良くしてやってくれ────君、名前は?」


「あ、えと……ユーキです」


「珍しい名前だな、ふむ……家で預かる以上ご両親には挨拶しておきたいんだが……」


「あ、父さん……そこら辺はちょっと……その、コイツにも事情があって……」


「────それは父さんには言えないことか?」


「うん……」


「……そうか、エルスがそう言うのならそれなりの理由があるんだろう。……となるととりあえず当面のやるべきことは…………シスターの説得か。そういう事情があるとは知らず、そんな子は知らないと言ったら相当ご立腹の様子だったからな。私から一言言っておくしかないだろう──二人とも、ついてきなさい」


 おっしゃ、キークが説得するならなんとかなるだろ。


 上手くいった、とばかりにウインクをユーキに送る。そんなわけで俺とユーキは、キークに連れられ改めて教会へと出向いたのだった。






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 「……」

 ボケッと口を開けながら放心状態に陥っているジズを、軽く叩いて現実世界へと引き戻す。


「大丈夫かよ」


「ナンダヨ……オワッタノ……?」


「礼拝ならとっくに終わったよ、ほら、早く歩かないとセルファちゃんに置いてかれちゃうよ。エルス」


「エ……? アレ……、……なんでセルファも?」


 ようやく我に返った様子の英雄殿を引っ張って運ぶ俺。ったく、なんで俺がこんなこと……。


「ほら、自分で歩けるならちゃんと歩け!」

ほとんど突き飛ばす勢いで離れさせ、先を歩かせる。


「え? な、何が何やらさっぱりなんだけど……」


「……お前、キークさんがシスターの説得し終わってから、昼間やらなかったからって俺と二人で礼拝をやらされたのは覚えてるか?」


 このシスターの説得というのが酷かった……、こじつけたという感じの納得のさせ方というか……お粗末な理由付けというか、無理があるだろって言う説明でキークさんが半ば強引にシスターを納得させ、その際に貯まったやりきれなさ+フラストレーションを俺達を礼拝させることで発散した、そんな感じだった。


「礼拝……あぁ……なんとなく覚えるよ……」


「あの後、俺の歓迎会も含めてセルファちゃんの家────村長さんの家で夕食会を開くことになったんだよ。と言ってもお邪魔するのはキークさんとシスターと俺達くらいだけど。……昨日ちょうどシチューを作ったところだったから、丁度良いし挨拶に来なさいって」


「あ……ああ、なるほど……」


「にしてもシチューなんてあるんだな、この世界にも。流石だな、文明度合いにしても凄いけど、食料関係も思ったよりずっと充実してそうだ。舌が肥えてるだけに期待してなかったんだけど……超楽しみ!」


「急に元気だな……お前」


「お前のテンションが礼拝のせいで下がってるだけじゃね?」


「もー、二人とも遅い! 早くいこうよ! セルファお腹すいた!」


「あー、はいはい……ったく、これだからガキのお守りは……」


「お前もガキだろ、エルス」


「うっせ! ……お邪魔しまーす」


 村の中でも一際大きな家に入る俺達。

──ここが村長の家か、相当ご立派なようで。現代にあったとしてもノスタルジックスタイルのノリで充分許容範囲に収められそう。……そのくらい立派だ。


「お邪魔します……おぉっ!」


 内装も凄い。

魔法で光っていると思われる光の塊のようなものが空中に浮いていて、部屋の中を照らしている。

魔法を原理としたような、見たことの無い小物も多いが……地球でも馴染みの深い生活用品もゴロゴロある。


 奥に見えているキッチン類なんてまさにそうだ。


「いやぁ、キーク君の子ども好きも相当なもんだな……っと、セルファ、おかえり。エルス君もいらっしゃい。……で、そっちの子がさっき言ってた────」


「……あ、ユーキです。これからお世話になります、よろしくお願いします!」


「おほぉ……こりゃ中々礼儀のなってる子だ。いやいやよろしく、私がこの村の村長をやっとるエドウィンという者だ。何かあったら力になるが……とりあえずはまぁ石像の修復だなぁ、ガッハッハッハ!」


「……教会で会ったときと随分態度が違うじゃないの……フンッ、どーせまたエルス君の入れ知恵でしょー……全く、なんなのよこの手の掛かる子達は……」

卓に突っ伏しながらシスターが言葉を吐き出す。


「し、シスター、そう子どもの前で毒づかずに……」


「キークさんもキークさんよ! アタシのさぁ……気を知っててさぁ……そんな態度……いくら奥さんが大事だからってもう9年よ9年!」


 昼間と印象が随分違うのはお互い様だろ……。酒癖悪いな、このシスター。なだめに掛かっているキークさんも哀れだ。


「はーい、下らない大人の会話に子どもは混ざらない。あなた達はこっちに座ってなさい、もうすぐ夕食の仕度が出来るから」

入り口付近で固まっている俺達に、優しげな美人のおばさんが声を掛ける。セルファのお母さんか。


「あっ、セルファお手伝いする!」


 可愛らしく駆けていくセルファちゃんを見つめて目の保養をしつつ、部屋を見渡して……ふと気付く。


「キークさん、シスター、セルファちゃん、村長、セルファちゃんのお母さん……と、あれ? ジズ、お前の母親とかは?」


 不機嫌そうな顔をして、声のトーンを下げながらジズは口を開いた。


「……ここではその名前で呼ぶなよ……さっきも話したろ、キークは育ての親で、俺は拾い子。キークの奥さんだとか娘さんだとかは魔物に殺されたんだって」


「ありゃ、そうだったっけか。……なんかスマンな」


「別に俺は良いけど、キークの前ではそれ禁句に近いから止めとけよ」


 そりゃそんなデリカシーの無いことは言わんけど……。


「どれ……俺も手伝おうかな」

そう言いながら立ち上がる俺。キッチンの方へ行こうとすると、盆を持って食器を運んでいたお母さんが声を掛けてくる。


「あらあら、ユーキちゃんは座ってて良いのよ。お客さんなんだから」


「ちゃ、ちゃんって……いや、というか本当、座ってるのも肩身が狭いので……。良かったら何かしら手伝わせてください」


「あらまぁ……でも本当、もう全部済むところだからやることも多くないし、座ってて良いわ。ありがとう」


「そ、そうですか……」

仕方なく子ども用の客席に座り直す俺。


「……手伝おうだなんて随分物好きだな。面倒臭いこと進んでやるなんてさ」


「……そういうお前はなんなんだよジズ、待つのは嫌いなんじゃなかったのか?」


「単純に効率の問題だよ。さして広くない通路を三人も四人も往き来するよりは、勝手の知った二人がテキパキ動いた方が作業は早く済むに決まってる」


「あー、はいはい」

 なんかだんだんコイツの思考回路が解ってきたぞ。屁理屈並べるとことかが和也に似てるからか。……って、どうでもいいな。


「はーい、夕食の仕度が出来ましたよ、ほらお父さん。いつまでも飲んでないで音頭を取ってくださいな」


「ガッハッハッハッ! ……うん? あぁ、ああ。ホンじゃそれ、乾杯!」

村長の掛け声で各々グラスを掲げ、またも大人達は飲み始める。


「……乾杯」

俺も俺で、席に配られたコップ──中身は水だ──を掲げて口へと運ぶ。


「ユーキちゃんはシチューははじめて? 物珍しい味だと思うけど、口に合わなかったら────」

馴れない空気に居ることを気遣ってくれたのか、セルファちゃんのお母さんが話し掛けてくる。──いいおばさんだなぁ。


「あ、いえ。何度か食べたことが……」

何度か食べた、どころではないけど。

漂ってくる香ばしい香りに胃が負けそうだ、それでは早速……!


「い、いただきまーす!」


 隣に座るジズは既にガッつき始めている。俺も負けじとパンもサラダもシチューも掻き込んで……。


 カランッ──カラーン─────。


唐突に口へと運ぶその手を止め、俺の手からは金属製のスプーンが床へと転げ落ちる。


 大量のシチューを口の中に頬張ったまま、俺が夕食に手をつけ開口一番に言い放った言葉は──────。


「マッズい」






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 「お、おい……ユーキ……」

さっきのコイツの一言のせいで周りがシーンとなっちまってる。

シスターとセルファは単に何が起こったのかわかってないだけみたいだが、おばさんとかこめかみの辺りが相当ヤバい。これは絶対に触れちゃいけないところに触れているッ────!


「おいって、座れほら……な、とりあえず。楽しい食事の場なんだから……」


「いやエルス、この不味さじゃ楽しい食事も糞もないよ……」


「た、頼むからそれ以上おばさんの前でその言葉を……」


「ふっしぎだよなぁ、にしても。なんでこんなにパンもサラダも美味いのに、シチューだけこんな生臭くて不味くて……まるで料理なんてしたことのない素人が作ったみたいな、悲惨な物体になってるんだ?」


「あ、あのな、シチューってのは牛乳とかの乳製品と野菜、肉がバランスよく入った栄養食で、元からそんな美味しいものじゃないんだ。その昔王様が──」


 ガタッ─────っと、そのまま席から離れると、キッチンへと向かって歩き出すユーキ。


「あっ、おい。流石に作った人の前でそれはないだろ、大体こんな美味いじゃねぇか!」


「それは素材が良いからだよ! 使ってる材料自体が良いものだから、かろうじて美味しいと感じるの! 素材の味ってこうやって生かすんだな! 初めて知ったよ!」


そう言いながらコイツは勝手にキッチンを荒らし始める。


「バカやめ────もがっ」


 手で俺の口を押さえつけながら、ユーキは得意気に言う。


「良いから黙ってみとけよ、あんな牛乳鍋みたいなのじゃなく、本場の味ってのを教えてやっから」


「……ユーキ……お前、何するつもりだよ……」


「────へぇ、一応ガスコンロなんだ。で、ここが元栓で──あれ? 火が付かねぇぞ? あ、なるほど電気が通ってないから魔法で付けんのか……ホイッと、これでよし」


パジッ────っという小さな閃光と共にコンロに火がつく。……コイツ、雷を使いこなせてる……?


「おぉっ! フライパンどこだと思ったら銅製かよ! 熱伝導良いから欲しかったんだよなぁ……。おっし、えーっと、小麦粉はどこだ……?」


「お前人の家を勝手に荒らすとか……」


「おい和……じゃなかった、エルス! 突っ立ってないでそこにいるなら手伝え! こっちは勝手がわからないまま手探りでやってんだから。牛乳はどこだ? 小麦粉はコレ?」


 ふと後ろを見ると、皆ユーキの寄行を半ば放心状態で見つめている。……色々と想定外なんだろう、俺も頭が追い付いてない。


「ってかなんで俺が手伝わないといけないんだよ……」


「待つのは嫌いなんだろ?」


「ちっ……ったく、ほら! 牛乳はこっちの樽!」


「あー、あと鍋とバターも出しといてくれ 」


「鍋? ええっと、こっちだったか、ホレ。あとバターはそこの目の前にあるカップの中だ」


 成り行きで手伝ってしまっているが、正直視線がキツい……。いつ正気を取り戻すかわからない以上さっさとコイツの寄行を終わらせないと……!


「……何してるんだ……?」


「何って、牛乳を温めながらバターを炒めてる」


「……あのさ、乳製品って香辛料並みに貴重品なんだぞ? こんな勿体無い使い方……てか一体何のために……?」


「ホワイトソース作るんだよ。常温のまま牛乳入れたんじゃ、小麦粉と混ぜたときにダマになりやすいからあっためてんの」


「ホワイト……何?」


「あぁ、それからアレだ、もっとおっきい鍋と野菜類出して洗っといて」


「お、おう……って、俺水魔法使えないんだけど。おいセルファ! お前ちょっとこっち来て手伝ってくれ!」


「……え、え、セルファも!?」


 牛乳を温めていた鍋に小麦粉を入れ、しばらくかき混ぜてからバターを炒めていたフライパンにそれを投入する。

木ベラで軽く混ぜながら火加減の調節をし……あっという間にフライパン上の白い何かがトロみをおび始め、程よいところでユーキは火を消す。


「おし、ひとまずソースはこれでいいかな。えーと、ジャガイモ人参玉ねぎ……これはブロッコリーっぽいけどどこか違うな、まぁいいや」


 包丁を片手に、次々と野菜を適当なサイズに切っていく。


「鍋」


「こしょう」


「塩」


「水いれて」


「コンソメ──ない? 鶏ガラとかそういうのも? じゃあ何かしら香辛料でそういうの……あ、これ使えんじゃん」


「ホワイトソース───さっきの奴だよ、フライパンごと寄越せ」


 ────いつしか家はコイツの声と調理音しかしなくなっていた。

最初こそユーキの奇行に呆気を取られていた大人達だったが、今では誰もがユーキのその手際の良さと漂ってくる筆舌し難い良い香りに、自然と口を閉じて────ただひたすら待っていたのだ。


 その料理が出来上がるのを。






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 「はい、勝手にあったもの使わせてもらっちゃいましたけど、とりあえず出来上がりです。コンソメがなかったからよくわかんない香辛料で代用したのと、香辛料とかが貴重だってのは聞いてたから自然と薄味になっちゃったと思うけど────上手くは出来たはずです。冷めないうちに召し上がれ」


 得意気に話すユーキと、卓に並べられたシチューが入った器。────食欲を掻き立てる、空きっ腹に良くない香りが、鼻から侵入してくる。


「……」

 しかしそんな状況でシーンとしたまま、誰も器に手を付けようとはしなかった。それはおばさんの心境を考えての配慮だったのか、それともとりあえず他の誰かに毒味をしてもらおうという魂胆だったのか……それは解らないが、そんなところだったと思う。


「────あぁもう……いただきますッ!」


 我慢の限界! 俺から先に貰うッ!


「…………ッ!?」


「どうだよ」


「……!」

無言のままスプーンを何度も口へ運び、最終的には器ごと口をつけてがぶ飲みするように傾けて口へ流し込む。


「そうそう、カルチャーショックって受けた瞬間は何言っていいかわっかんねぇよな。いただきまーす、……うん、ウマッ! あー、でも若干イモ固いな、この品種だともうちっと小さく切った方が良さげか」


「い、いただきます」


「いただきます」


 俺とユーキが手をつけたからか、次々に食べ始める大人達。あんだけ飲んでいたのにすっかり酔いは冷めているようだ。……なのに放心状態から立ち直ったかと思ったら、またも無言で食べ続ける。……いや、人のこと言えないんだけど。


「いやぁ……ウマすぎた」

率直な感想を述べる俺。


「フフン、……だろ?」


 あれだけ殺気立っていたおばさんですら、夢中で器を空にしようと奮闘しているのだ。シスターや村長、キークも皆、今まで生きていて食べたことのないほど美味しい料理に言葉を失っている。

 そりゃそうだ、王都にだって────貴族の食事にだって、こんな料理はない。


 ────ここまで一切話題の上がっていないセルファはというと、水魔法を使ったせいで疲れて寝てしまっていた。……こいつだけはユーキが作ってる最中も黙々と一人で食べてたからな、お腹も一杯だったところに魔法の使用で体力消費と、快眠要素が揃ってしまったんだろう。……ということは明日の朝までコレはお預けか、可哀想に。


「……さぁて、美味いもんも食えたしそろそろ俺は眠いぞエルス! キークさんが食べ終わり次第おいとまするとしようぜ!」


 キークもこの調子で食べ続けたらあと30秒と持たない勢いでガッついている。


「……ふぅ……」

村長が一足先に食べ終わり、満腹大満足といった様子で締まりのない顔を天井へと向ける。


「あぁ……その、ユーキちゃん」


「はい?」


「その…………君は他にも、料理の心得があったりするのかね?」


「……まぁ大抵の物なら出来ますよ。でもここにある食材じゃ範囲が絞られるかなぁ……流石に」


「ああ、いや。贅沢は言わん。頼むからまた作ってはくれな……おっと、いや、良かったら妻に作り方を教えてやってくれんか」


「あぁ、そのくらい全然良いですよ!」


 隣から発せられる殺気を感じ取ったのか、そう言い直す村長。……オブラートに包んでいるわけでもなし、言ってることは「ユーキの料理は美味い、妻の料理は不味い」ってのと変わらんと思うのだけど。




 帰り際、キークが俺に「ユーキはもしかして、貴族の隠し子だったりするのか?」と(冗談半分だとは思うが)聞いてきた。────貴族の料理も食べたことのある俺からしてみれば、この料理を食べてそう感じるのもわかる気がするので……正直なんと答えればいいか解らず、一人苦笑してしまった。






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 いやぁ、一人暮らしで養われた家事スキルがこんなところで役立つとは思わなかったな。……とは言えキッチンにあった物を勝手に使っちゃったわけだし(使いすぎちゃったレベルだし)そこ咎められたらかなーりアウトだったんだけど、まぁ結果オーライかな。美味しければ誰も文句は言わんだろ。

 つーか、あんな肉と野菜を牛乳で煮詰めただけのような物を、俺はシチューとは呼びたくなかった。


 ちなみに俺は今(二人一緒に寝ることになったので)コイツの部屋にいる訳だが、……これが中々に広い。こりゃ良い暮らししてるわ。


「にっしても思ったより魔法だけで生活するのって不便なんだなー、水道ないのキツいだろアレ。ガスコンロにゃ驚いたけどアレは何を燃やしてんだ?」


「ガスコンロ?」


「ほら、キッチンにあった火をつける道具。発火させるときだけ魔法は使うけど、その後はずっと燃え続けてたじゃん」


「あ? ────ああ、アレは火魔法補助の道具で特に名前は無いんだけどな。生ゴミを放置してると出る引火性の高い空気が元なんだけど、地下のゴミ捨て場の空気を隣の蔵で取って、無臭になった奴をボンベに入れて使ってる」


 ……なんでボンベはあるのにガスの存在はないんだよ。天然ガスなんて、ボンベ作るよか地面掘るだけだし比較的簡単に手に入ると思うんだけどな。


「……まぁいいや。近くに川とかないの? 水路引きゃあ良いのに」


「ハハッ、魔法があるのに川の近くで生活するとか、そんなこと考える人は居ないよ。……まぁ川近くに村があるにこしたことは無いんだけど、元からこの国にゃそんな大きな水源もないし、不衛生だからな。魔法の方が安心ってわけだ」


「……今一解ってないんだけど、それって困ったりしないのか? だってほら、村全員が水魔法使えなかったりしたら死活問題じゃん」


「水欠け村のことだな、そりゃ」


「水欠け村……?」


「明日話すよ、今日はもう疲れた……眠い。風呂入って寝るわ」


「風呂! 入れんのかマジか! 流石は魔法文明! ……でもあれ? お前水魔法使えないじゃん。誰が水張るんだよ」


「キーク」


「あ、なるほど……って、キークさん水魔法使えたんか」


「正確に言うとアイツは……あいや、明日で良いや」


 心底面倒臭そうな顔でそう言いながら自室を出てリビングへ歩き出すジズ。椅子の上でうたた寝しているキークさんに声を掛ける。


「父さん……? 寝てるところ悪いんだけど、お風呂に入りたいから水だけでも張ってもらえない?」


「──────ん? ……あぁ、ああ。わかった……」


 軽く伸びをしながらリビング隣──ここが浴室だった──の扉を開け、ブツブツと呟きながら魔素が集まって行く。


 次の瞬間火の手と共に水柱が上がり、あっという間に熱湯風呂が完成した。────流石にそのままでは熱すぎるので、追加の魔法で水を加える。


「私はもう寝るとする、……おやすみエルス、ユーキ」


「おやすみ」


「おやすみなさい」


 キークはジズの部屋の真正面にある自分の寝室に入って行き、俺とジズが残された。

……今のは複合魔法って奴か? 同時発動は初めて見たけどすげえな。迫力が違う。というより、キークさんがこれだけの手練れだとは知らなかった。


「さて……と、どっち先に入る?」


「あぁ……いや、ユーキから入って良いよ。俺ぬるめが好きだし」


「おう、じゃあ先に貰うわ」


「体洗うのはこの灰で、王都産の王様お墨付きシャンプーがこれ。ちなみにシャンプーは香辛料の倍近い値段で行商人が売り付けてたけど、魔物に襲われてるとこをキークが助けたおかげで大量に貰えたから遠慮なく使ってくれて良いよ」


「おおっ!」

 キークさんマジ神だな!

 こういうアメニティってかなり大事なんだよなぁ、この国の王様の趣向品だかなんだか知らんが、なかなか良いセンスしてるんじゃないか? 現代人の俺から見て見劣りしないってのは中々に……。


「じゃあ、俺は部屋に戻ってるわ」


「あぁ────おう」


 風呂っていう習慣自体、地球でも日本特有の文化だって言えたし、こんな異世界で期待なんてしてなかったんだけどこりゃ今後の暮らしに希望が持てそうだな。レッツチーレムライフ! 沢山の女の子達と一緒にお風呂に入ることを最終目標にいっちょやったりますか!


 ……などと、神様から貰った服を脱ぎ捨てながらチーレム計画に想いを馳せる俺。


「──────んんっ?」


 あれ?






 ────一瞬にして自分の顔が青ざめたのが解った。






 ない?






 ダダダダダダダダダダッ────。


「ジズウウウウウウウウウウウゥッ!!」


 バタンッ─────と、乱雑に扉を開け放つやいなや、ベッドに座っていたジズへ全裸のままダイブする。そしてそのまま馬乗りで……いや、決して故意では無かった、錯乱していたというか完璧にパニクってどうかしていたのだ、とにかく誰かに話して落ち着きたかった。


「ない!! 俺の───大事なものがッ! ほら見ろッ!!」


「……うわっバカ見せんなッ!!」


 ────転生初日。


俺は自分が女になってることに気が付いた。

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