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第3話:閉幕

 俺は俺自身のことを不死身か何かだと思っていた。


────いや、これはちょっと違うか。いつか死ぬにしたって明日ではないだろう、明後日ではないだろう、みたいに……俺の周りを取り囲む空間には「死」というものに全く現実味がなかったんだ。

まるで空虚な────現実にあるわけがないゲームの内容や、実現するあてのない大きすぎる夢のように……稀薄で曖昧だった。






「───だぁらさ、今の世の中、皆鬱憤が溜まってんのよ」

 俺は声を張る。


「ふーん」


「鬼畜プレイとかがR-18の同人誌で人気なのも、チートでハーレムで爽快な物語が皆好きなのも、転落人生から掛け上がる主人公に憧れんのも、一攫千金を狙って宝くじ買うのもぜ~んぶ、鬱憤晴らしがしたいからなんだって!」

握り拳を何度も上下に振りながら、語りに語る。


「そうかもなぁー」


「だぁらさ!」


「うぉうっ……急に顔近づけんなよ」


「時代は今、ヘビメタを求めてんだよっ!」

 身を乗り出していつになく饒舌に、相棒に熱弁を続ける────俺。


「……」


「こう……がむしゃらにさぁ? シャウトでハートのビートなところをぶちかませばさぁ? 皆俺達に夢中になんだってば!」


「お前さ、この前までは《時代は愛と平和を求めてるんだ~》とか言ってなかったけ」


「ラヴアンドピースなんて古い古い! もう愛のある曲も、歌の最後に結局ガンバレ~とかしか言えないような曲も、ああいうのは時代遅れなのよ。求められてない! その手の需要と供給はもう間に合ってんのよ。今世界は、鬱憤晴らしの力強い熱い曲を求めているッ!」


「わ、わかったからお前もうちょっと声のトーン下げろよ……周りの客に迷惑だろ」


 今、俺達がいるのは都心の某喫茶店。……まぁ若干熱くなりすぎたか、反省……。

「で、少しは考えてくれる気になったのかよ」


「何を?」


「何をじゃねぇよ! バンドの方針だよ!」


「佑樹お前さ……俺達二人組だぞ? たった二人でヘビメタやんの?」


向かいの席に座った相棒に、ズバリ痛いところを突かれる───くっ。


「……だ、だからってここで時代に取り残されてちゃ、俺達いつまでたってもデビュー出来ないぜ?」


「いつもいつもお前の言うことは極端すぎんだよ、頭冷やせ……。俺はこのまま、ツインボーカルスタイルのバラード系で攻めたい。今さら方針変更なんてごめんだ」


「ご、ごめんって……そりゃねぇよ和也! せめて曲調や歌詞だけでも手直すべきだって!」


 俺の言葉を無視し、こいつは椅子の背凭れに掛けてあったショルダーバッグを手に取る。


「あっ、おい」


「会計は俺が払っとくから、お前は少し新曲の歌詞でも暗記してろ。ほら、昨日俺が渡したやつ。やっと感覚が掴めてきた気がすんだ……次のオーデ、絶対受かろうぜ」


「…………な……なに一人で話終わったみたいな空気にしてんだよ……なぁ!」


 ガシッ────と、立ち去ろうとする和也の腕を掴む。


しばしの沈黙が流れ────────。


「…………ふー……」

 少しの間を開けて、大きな溜め息を吐きながら再び椅子に座る和也。……呆れた顔をしながらも、こちらを見つめる真剣な眼差し。紛れもなく本気の眼だった。


ショルダーバッグを背凭れに掛け直し、コップに入っていた水を一気に飲み干した後────和也はその口を開いた。


「お前さ、本気でプロ目指してんの?」


「め、目指し……てるよ……!」

……当たり前だ……!


「……お前の持論が暴走しがちなのは分かってるつもりだ。極論過ぎてる気はするけど、満更的外れな意見でもないと思えてたから俺もそこにホイホイ乗っかてたよ、()()()()。そういう意味じゃ俺も甘かった。……でもな、夢を追いかけて努力するっていうのと、夢に身を委ねてそれに溺れてくのとじゃ、全然違う。お前は自分の意見や信念はあっても、その意見や信念と心中出来るだけの覚悟がねぇんだよ」


「そ……そんなことねぇよ! 覚悟くらいある!」


「足りてないんだよ。実際、そういう芯になる部分がないから言ってることがコロコロ変わるんだろ」


「た、確かにコロコロ変わってるのは否めねぇけど……、それにしたって俺なりに頑張って……」


「いいや。お前は何かに直向(ひたむ)きに打ち込むなんてこと、出来ちゃいなかった。頑張ってた? お前なりにじゃなく、それなりにだろ。それなりにしか頑張れてないから今の俺達があるんだよ。俺達もう二十歳になんだぞ? なんでここまで来てまた変えるんだよ。デビューできない? だからってこのままお前に流され続けてたら、俺もお前も何も出来ないまま野垂れ死ぬぞ」


 椅子に座ったまま飽くまで冷静に話をする和也の言葉には、いつになく説得力があった。

去り際に「少しは現実見ろ」と残して、アイツは喫茶店を出ていってしまった。


 一人残され「あ、勘定バックレやがったなアイツ……」とか、極々いつも通りの下らないことを考えながら俺はコーヒーを啜る。

……でも表面上はいつも通りでも、心の奥底では嫌な予感やら考えやらが渦巻いていた。


 ────俺だって薄々感付いてる。このままじゃ駄目だってこと。……でもだからって、この感受性を捨ててまで何かを目指すって言うのは……違う。

……何も出来ない、……そうかもしれない。俺だって夢ばっか見てるわけじゃないよ。でも夢しか見えないんだよ。

 なぁ和也、俺は俺が《今したい》と思った音楽がやりたいんだ。胸の中の暑い衝動を、お前と一緒に奏でたいんだよ。

お前はまた「ガキみたいだ」とか言って反対すんのかもしんねぇけど…………きっと俺は変われない。


「現実見ろよ……か。見てたつもりだったんだけどな……」


席から立ち上がり、店をあとにする────。






 俺達二人の関係が終わったのは、この半年後だった。






 思えば、あの頃から俺達の距離は離れていた気がする。

幼稚園、小学校、中学校、専門学校、バイト、部活、バンド────人生における全ての時間を、俺達は共有してきた。

和也(アイツ)との関係は、仲が良いとか悪いとか……そういうのじゃあなかった。一緒に居て当然の存在──取り繕うことなく、着飾ることなく、気兼ねることのない……素の自分を晒け出せる相手。そんな相手同士。


 かけがえのない俺の親友────の、はずだった。


 いや違うな……何もこんなまわりっくどい表現、する必要がない。今さら美談にするつもりもないんだ、俺とアイツの関係とかそういうのは全部すっ飛ばして、要約するに俺の配慮が足んなかった。それだけの話だ。

 いつも俺に合わせてくれる和也に……甘えていたんだ。アイツと気持ちが通じてるような気がしてた。


 でも実際のところ、俺はアイツをただただ振り回してただけだったのかもな。和也を労ったり、慮ったり、気にかけたり……そういうことを一切してこなかったから。

 和也なら、何をしても許してくれると思っていた。思い込んでいたんだ。例えどんなことをしても、またあの気さくな顔を苦笑いで歪めて、俺に乗ってくれるんだろう────って。


 あの時の俺には、現実はおろか────何にも見えちゃいなかったんだ。






___________________________






 「…………は?」


「だぁら、この間貰ったお前の歌詞じゃダメだったから書き直した。で、曲調もアレンジしないとダメだ。もっとアップテンポの激しい……こう……音を一つ一つ刻んでく感じのさぁ!」

両手をブンブン回して激しさを表現しながら、俺は顔を思いっきり近付けながら熱弁する。


「ヘビメタってどんな感じだったっけ? お前の作ったのを俺なりにアレンジしてみたんだけど、どうもソロだと味気なくてさー、もうちっとアクセントが強いやつ買わないと駄目だわ。俺のアコギかお前のクラシック辺りでも売って金作らねぇと……って、和也。聞いてる?」


「……けんなよ」


「あ?」


「ふざけんなよ!」

レコーディングスタジオの防音室いっぱいに、和也の声が響き渡る。


「月一の大事な大事なスタジオ借りれる日になんだんだよ! 突然!! 書き変えた!? 曲調変えろ!? 俺がお前と作りたかった曲は! こんなんじゃねえんだよ!!」

手に持っていた歌詞カードを床に叩きつけながら叫ぶ。


「……んでだよ……なんでわかってくれねぇんだよ佑樹…………」

俺の両肩に手を乗せながら辛辣とした顔を向ける。


「……」

その時の俺は絶句していた。

こんな和也は見たことがなかった。

いつも気さくで、冷静で、感情を表に出さないあの和也が、こんな風に激昂するとは思いもしなかった。



「……今日はもう……帰る……」


音楽用具一式を持って部屋から出ていく和也を、俺は止めることが出来なかった。


 この時の俺はひたすら理解できていなかったことを、覚えている。

時代が────世界がこんなにもヘヴィメタルを求めているのに、なぜ和也はわかってくれないんだろう。納得してくれないんだろう。どうしてそこまでバラードにこだわるんだろう、と。

 それだけだった。それ以外に何一つ感情を抱かなかった。


 つまりはただそれだけの話。アイツの本気を俺は消して書き直して、怒らせた。それで崩れてしまうくらい、俺達の歩いていた距離は遠かった。


 長年の付き合いだったから、そんなに早く関係が壊れたりはしなかった────が、一度崩れ始めた後はあっという間だった。


 俺になんの相談もなく、今まで一緒だったバイト先が変わった。

 呼び出しをしても、用事があると断られることが多くなった。

 他の連中と街でつるんでいるのを、何度も見た。

 スタジオが借りれる日でも、練習に来ない日が増えた。


 数ヵ月も経って気付くと、和也は他のバンドの中枢にいた。

特別な何か、決定的な何かがあったわけじゃない。

────それでも、俺達の関係は終わっていた。

 これ以上にないくらい、終わってしまっていたんだ。






 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






 残された俺にあったのは、バイトで稼いだはした金と、アイツと選んで買ったギター2本。


 俺は何も持っちゃいなかったことを思い知らされた。

足踏みしかしてなかったのに、前に進んだ気でいた。……いや違うか。進んでいないことは百も承知で、でも何かを与えられていた、得られていたような気になっていた。

 もらったお土産の箱を大事に大事に取っておいたのに、蓋を開けてみたら全部空っぽだったから──落ち込んでるんだ。


「何もないなぁ……俺って……」

無さすぎて笑えてくる。


 取り柄も、地位も、権力も、金も、何一つない。

誇りもないか。高卒レベルの知識も持ち合わせちゃいないし。

……なんの役にも立たない雑学くらいなら、かなりムラはあるものの持っている。が、……飽くまでこれは音楽のために集めた物だし、勉学で役立つかと言われると役に立つはずない、と答えられる。

専門学校に通ってる間に取得したいくつかの資格……これも役には立たないな。就職で使えそうなものなんて一つもない。


 あったのは信念? 情熱? 考え? 感受性? ────どれもどうでもいいな。


 そもそも、なんで俺って音楽始めたんだっけ……。最終的に何がしたかったんだっけ。歌なんかで何を伝えようと粋がってたんだっけ。

 ────これも今となってはどうでもいいか。


 結局のところ、俺がしたかったのは……《和也とバカやること》それくらいだったのかもしれない。

あれ? じゃあなんで俺はアイツと離れ離れになってんだ?


「──────あぁ、そうか」


 いつまでたっても進展しない毎日に辟易としてたんだ、俺は。そしてそれを全てアイツのせいにして、コロコロ自分の意見を変えて、ロクな努力もしないままアイツに見切りをつけられた。


 その結果がこの様か。


 鬱憤晴らしがしたかったのは────世の中じゃなく、俺の方だったのかな。


「それもどうでもいいかなぁ……」

河原の土手に寝そべりながら独り言を呟く。


 元から寄生気味だったが、これ以上バイトをやらずに生活するとなると親に頼らざるを得なくなる。

兄弟達が立派に育った分だけ肩身が狭い。家にいたくない。これ以上俺に金を使ってほしくない。


 そんな思考に辿り着いた時、俺の現実の中で希薄で曖昧だったはずの「死」という存在が、はっきりとその姿を現したことに気付いた。


 俺の人生は詰んでいる。

ロクに学もなく、音楽の世界に中途半端に足を踏み入れているのにこの歳になっても成果が出ず、人生の路線変更をしようにも何の取り柄もない。

まだ19だ、諦めるのは早い、だとか……大半の人は言うんだろうか。

 そりゃもちろん、二十歳くらいで俺みたいにフラフラしてるような奴が、この先立派に成長することだってあるんだろう。


 でもそういう連中もいるってだけで、俺には無理だ。

俺にはこの先に何も見えない。

あの時はあれほど鮮明に浮かんでいた、()()がドームで脚光を浴びてるような……そんな未来が、今の俺には欠片も見えないんだ。


 元から何も持っちゃいなかったのに、全てを無くした気でいる。こんな俺は、正直いらない。

 俺は死んでしまいたかった。


 ────しかし、今まで何の努力もしてこなかった……いや、しようとしても出来なかったような奴に、根性なんてあるわけがなく。俺は和也と別れ、生きる気力を無くした今でも、まだこうして生きている。


 つまり死のうとして死ねるだけの根性があったら、そもそも人生詰んでなんかいないってわけだ。笑えてくる。というか、笑うしかない。


「あー、死にてぇ……」


 夕焼け空に照らされ、朱色に輝く川を見ながら呟く。


 今日は晴天だった。雲一つない綺麗な晴天。


 こんくらい俺の気持ちも晴れたのなら、まだ生きようだとか思えるのかな? また夢に熱くなれるのかな……? 鬱憤晴らし、なんて……。今の俺が気持ちを晴らすとしたら、それこそ鬼畜プレイを現実で楽しむだとか、宝くじで一攫千金を当てて一生遊んで暮らすだとか、チートでハーレムな人生を送るだとかしかないんだがなぁ……。


 こんな馬鹿な思考を巡らせていた──────その時だった。


 赤く焼けた()()────それよりもずっと遥か上空から、()()が俺を撃ち抜いたのは。


 微かに覚えているのは、轟音のような雷鳴と、凄まじい光。


 こうして────俺、西京佑樹の一生はあっけなくその幕を降ろした。

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