第2話:寝覚めの悪い悪夢のような、現実
「あぁ……目覚め最悪ぅ……」
眠気を押しながら、虚ろな眼差しを天井へと向ける俺。
「最高の間違いでしょ、こ~んなに可愛い幼馴染みのモーニングコールだよ?」
頭上で精一杯大きく円を描きながら、その少女は恥ずかしげもなく言い切る。
こーんなって言ってる割に、まだ腕が短いから作れている円がとってもちっちゃい。なんか呆れを通り越して健気だなぁ……てか、モーニングコールなんて言葉どこで覚えた、どこで。
「……」
「ちょっ、スルーしないでよ!」
……いつもながらセルファはうるさい。
村長の娘らしく、気立てが良くて面倒見のいいお嬢ちゃん……って感じの子なんだが、中身の年齢が通算30を越えてるおっさんの俺からしてみると、同レベル扱いされてる時点でなんか腹立ってくるんだよなぁ。
……同レベルならまだいいが、なんか下に見られてるような気がする。……女ってどいつもこいつもそんな感じがするんだが……これは俺の偏見か? 王都にいた連中は皆そんな奴だったけどな。
「なんだ、エルス。また変な夢でも見たのか」
「あぁ……父さん、おはよう。まぁいつものことだから大丈夫だよ」
食卓の席につきながら、向かいに座る父に言葉を返す。
無論、俺の前世である【英雄】の父親でもなければ、【この体】の父親でもない。はっきり言えば、血の繋がりは全くない。
本人は実の父の振りをしている(と思う)が、彼はあの森で泣きじゃくっていた俺を拾ってくれた心優しい狩人なのだ。妻子は既に他界しているらしく、俺には姉さんと母さんがいたんだとかなんとか聞かされている。
最愛の家族の急死という傷心状態の中で俺を拾い育てたせいか、酷く溺愛されている節があるんだが……少しシュールな構図だよなぁ。中身とは大して年齢差ないんだが。……そんなわけでまぁ、途方にくれていた俺に良くしてくれている友人、的な脳内扱いをしつつ、息子という体を維持している。
──────あの日、何時間経っても元の体に戻らず完全にパニック状態に陥ってしまっていた俺は、夕刻が近づくと共に精神崩壊を起こしてついに泣き出してしまった────夜は魔物が出やすいのだ────。
動物に襲われるのが先か魔物に殺されるのが先か……というような危ない状況の中で、彼が見つけてくれてなければ今頃生きていたかどうかすら……。
つまるところ、彼は俺の命の恩人だと言える。その彼が望むのなら、俺は何も知らぬ息子を演じよう。
「兎肉だ、腐らんうちに調理しときたくてな……朝から重いが、冷めないうちに食べなさい」
「あ! セルファは先にもらっちゃったからね!」
「お前人んちで食うの止めろよ……はしたないだろ、レディーなら慎むことくらい覚えろよ」
「つ……つむしんでるよ! ちゃんと!」
いや言えてないから……。
「え、エルくんだって昨日セルファのおうちでシチューとか食べてたじゃん! エルくん人のこと言えないもん!」
「俺は狩人の子だ。村長の家の夕食をおこぼれ程度にもらったって恥でもなんでもないさ。何よりああいうのは一度遠慮しても尚勧められるようならありがたく頂戴するのが礼儀ってやつなんだよ」
「う、うぅ……」
……演じ切れているかどうかは怪しいが。
転生?してから早8年。年月の割にわかったことは至極少ない。
まず確認できたのは、異世界に転生したわけではないらしい、ということ。
ここウパロ村は、かつての英雄が兵士として仕えていた国、イブリース王国の北東にあるらしい。【漆黒のジズ】の、伝説的な英雄譚も「子どもに聞かせる童話のひとつ」的なノリで聞くことが出来た。……まぁその内容は俺の知ってる──つまりは実際に起きた血生臭い戦争の記録とはかけ離れていたが。
少なくともあんな美談ではなかった。
悪魔連中に殺された仲間達のことに一切触れられていない上に、悪魔の挿し絵も実際のものと比較するとなかなかに度が過ぎたし……こと英雄に関しての挿し絵は、全部が全部、前世の俺とは別人と思えるような大男のものだった。イメージとしての俺ってこんななんか……とか思う反面、まぁこれは伝記ではなく童話の範疇として描かれてるから仕方ない所なわけなんだが、……史実を知る身としては肩身が狭い。
でも何より驚いたのはその童話の最後が【英雄の失踪】で終わってることなんだよな。
なんでも俺、行方不明になってるらしい。
なんじゃそりゃ。
「英雄とその仲間達は忽然と姿を眩ましました。彼らの居場所は誰も知りません……」
なーんて終わり方をしていやがる。あまりにも適当すぎやしないか? 普通お国を挙げて捜索するとこじゃねぇの? とか思った。から、……最初は事実が暗すぎたとか(それこそあり得ないが例えば、俺が惨殺されたとか?)、そういう事態であれば子どもに聞かせる上ではぐらかす必要も出てくるので、この【行方不明落ち】は事実を書くわけにもいかなかった童話の書き手の、強引な終わらせ方かなんかだろう……と半ば勝手に結論付けんだが、大人達が話しているのを聞くと……どうにも本当に突然いなくなっちまったらしい。
マジで? え、なにやってたの俺達。 英雄のパーティだぞ? 戦場で敵なしの最強4人組だぞ? 俺が例え動きを封じられてたとしても、当時風前の灯火に近かった帝国の連中に俺以外の3人をどうにか出来たとは思えないんだがなぁ……。
って、何度も思った。
これについては情報がこの童話以外にないために今もわかっていない。
事実がわからないんだから本当に死んだかどうかも怪しいわけで。極々薄い可能性だとしても、相手の魔法かなんかの影響で今こうなってるっていう線も消えてないんだから、【転生?】ってクエスチョンマークがつくわけだ。
で、次にわかったのは、「転生しているにしても時期がおかしい」ということ。
俺が失踪したっていう年と、ほとんどタイムラグがないまま俺が生まれている。
────転生っていう概念は存在自体が証明されてる。最初に提唱したのが……確か何百年か前の聖職関係者だったか? 輪廻転生について綴られた論文擬き、なんて物まで王都に献上したって言うんだから、相当熱心な信仰者だったんだろう。当時は異端扱いされたらしいが、彼が提唱した説が過去の史実と照らし合わせるとまんざら間違ってもいなさそうだったわけで。
そのうち前世の記憶を持ったまま生まれてくるような奴も出て来はじめて、今となっては世間一般でも知られる定説として認知されてる。それが転生っていう世界の理だ。
その理の1つに、「質の高い魂は質の高い体にしか宿らない」ってのがあるらしい。らしいっていうのは、俺自身は輪廻転生だとかの専門的な知識はほとんどないわけで。一般的な知識量しか持ち合わせていないんだが、……あれ……なんでこんな理の1つを知ってんだっけ? ……心当たりは1つしかないな、恐らくはアイツが前に聞かせてくれたんだろう。……まぁともかく、英雄パーティの一人にそういうのに詳しい奴がいたわけだ。
で、そいつの話によると「質の高い体」っていうのは何十年、何百年に一体って割合でしか存在してないわけで。
「質の高い魂」っていうのも数は少ないはずだからまぁ需要と供給が釣り合ってるとも言えるんだが、……自分で言うのもなんだが、俺の魂は相当質の高い部類に入るはずだ。
それなのにこんなタイムラグもほとんどないまま転生なんて出来るもんなのか? って話。
事実、この体には前世の俺ほどの魔法適性はない。というか並以下、はっきり言えば適性は皆無だ。
この年で初等魔法すらロクすっぽ使えない。かといって他に優れる何かがあるわけでもない。どう考えても俺の魂とこの体が釣り合っていないのだ。
これが、「本当に転生したの?」って思う二つ目の根拠。
これなら敵の術中にはまったまま何年も抜け出せないって方がしっくり来る気もする。が、現実問題そんな長時間魔法が継続するわけがなくて。
相手にしてみてもサクッと殺しちまった方が手っ取り早いし、俺を出汁に交渉を持ちかけてるわけでもないんだから、俺をそんな中途半端な状態で生かしておいてもメリットなんてないだろう。
……となるとやっぱ転生か? っても思うわけで……。
これについても結局の所は、わからずじまい。
八年間も掛けてこれしかわかってないのは、俺が今置かれている立場や、俺自身の能力不足が原因だったりする。
本当なら今すぐにでも王都へ行って、英雄だった頃のツテを使って国王様、もしくは四大将(俺が抜けたから今は三大将になってるかもしれないが)が一人【豪将ギルフファルド・トーレス】の元へ直接交渉、国を挙げて真実解明なり俺本体含め行方不明の4人の捜索・解放なりに尽くしてもらいたい所だ。
……もらいたい所なんだが、ここウパロ村から王都まで子どもの足で行くってなると、軽く数ヶ月は掛かる。その長い道のりを果たして俺一人で耐えられるのかだとか、道中の危険(魔物だとか盗賊だとか)への対処能力がまだ俺には十分備わっていないだとか、育て親であるキークの心情を鑑みるに俺の上京を快諾するとは思えないだとか……。────何より村の掟に『14歳以下のみでの外泊行為を禁ず』っていう魔物対策の踏襲的なものがあったりで。
そんなわけで、現段階で王都へ行く術は無いに等しい。
今出来ることと言えば、この残念な魔法適性をひたすら磨くか、剣の稽古……それもお遊び程度の演舞剣の……をするかくらいしかなくて。
結果、フラストレーション溜まりまくりの精神衛生上非常によろしくない生活に身を投じているわけだ。
だからまぁ、セルファに八つ当たりすることも仕方がない、と。
うん、しゃーないしゃーない。だって鬱憤晴らしは必要だもん。え? 大人気ない? 何言ってんだよ、俺子どもだよ。大人気なんてあるわけねーだろ。
っと、最後は完全に言い訳になっちまった。……なんか精神年齢も下がってんじゃねぇか? 転生の影響? 赤ん坊だった頃は無性に泣きたくなったしな。脳の発達具合でそういうのって決まったりするのかもしれない。
……のくせして、通算33歳っていう大人のプライドは持ち合わせてるんだから質悪ぃーな、俺。
「ごちそうさま」
そこまでの量はなかったので軽く平らげて食器を洗面台──ただし洗える人がいないので食器は山積みになっているが──へと片付ける。
「あ! そういえば今日は礼拝に行く日だよ!」
「げぇ……もう一週間も経ってたのか……。シスターと会いたくないなぁ……」
「ダメだよ! シスターさんにエルくんは必ず引っ張ってくるようにって言われてるもん」
「や、そりゃ後が煩いから行くけどさ! ……うーん……はぁ」
信仰心なんて前世の時から欠片も持ち合わせてない俺からしてみると、何十分も手を合わせて膝まづいてるなんて全く理解出来ないんだよな。何が悲しくてあんなことやらなきゃならないんだか。
「じゃあおじさん、エルくんもらっていきますね! お肉ごちそうさまでした!」
「エルスもセルファちゃんも気を付けて行ってきなさい、私は私用を済ませてくる」
「……いってきます」
あー、足が重い。……英雄の頃と比べれば物理的には軽いくらいなんだが、これからまたあの退屈極まりない時間にぶつかると思うと……はぁ。俺が待つのが嫌いだって話は以前したかもしれないが、正直この礼拝っていうのはもう俺の精神を崩壊させるためにあるんじゃないかって思えるくらい暇で暇で仕方がない。
……ほんと、教会についてのルールさえなければ良い村なんだけどなぁ……。
なにせ魔法適性のバランスが凄く良い村なんだ、ここは。
火欠けや水欠けがないのは勿論、ほぼ全適性を村人達で補えている。
欠けがない時点で生活面の利便性にも長けた良い村だし、住んでる人達も皆優しい。……恐らくはバレているであろう拾い子の俺にも、分け隔てなく接してくれてる。
小規模だが牧場があったり、香辛料を仕入れてる行商人が近くの大道を通ったりで、食料関係も(さすがに王都と比べると見劣りはするが)バラエティーに富んでるし……。シチューなんてのが作れるのもそういう恩恵があってこそだ。
こんな国外れの村で食べれるような料理じゃないんだけどな、普通。
英雄だった俺が、もし隠居して暮らすっていうのならこういう村が良い。
そう思えるほど、本当にウパロ村は良い村なんだ。
…………礼拝制度さえなければ。
子どもも大人も一週間に一度は強制的に礼拝しに行かないといけないとか、掟を定めた初代村長は何考えてるんだろう。……欲を言えば外泊禁止令も撤回してもらいたいんだが、まぁ魔物の脅威に晒されるのはこんな国境付近の村じゃ当たり前だろうし、仕方ないとは思うからこれについてはもう諦めている。
でも礼拝だけは……勘弁してくんないかなぁ……。
「はぁー……」
大きく溜め息をつきながら、セルファに引き摺られるようにして村の中心にある教会へと辿り着く。
「そんな顔しないの! シスターさんだって毎回毎回そんな顔で入ってこられたら悲しがるよ?」
────あの頑固なシスターが、ガキの一人や二人が礼拝を渋った程度で悲しがるとは思えんがな。
ガチャ──ギィイ──────
古びた作りの正面扉を開けて教会の中へと入る……が。
「あれっ? シスターさんも誰もいないね」
口煩いシスターも、寡黙で滅多に人前に姿を現さない神父もいない。
内陣の上の主祭壇には聖典が乱雑に開かれたままになっている。……聖職者にあるまじき行為だな、パッと見、何かが起きて咄嗟にほっ放り出しちまったようにも見えるが……なんかあったのかな?
俺もセルファも状況が飲み込めず、ふと沈黙が流れる────。
「……?」
誰かの、言い合いをしているような声が聞こえてくる。何を言っているのかまでは聞き取れないが、言い合っているそのうちの一人は間違いなくシスターの声だ。
首をかしげながらお互いの顔を見合う俺達。
「裏手の庭の方かな? いこ、エルくん」
恐る恐る(……というほど慎重ではないが)奥へと進み、内陣の左手にある裏庭へと続く扉を開ける────
「────全くこの子は……! 転生だとかの冗談はいいから! はやく! あなたがどこの子で、なんでこんなことをしたのか言いなさい!」
「だあぁっ! だぁらさ、わざとじゃないっつってんじゃん! あぁもう! このおばさん面倒臭い! 俺のチーレム計画を邪魔すんじゃねえええええぇぇぇぇッ!」
────そこにはシスターと、壊れた主神像と、そして。
自らを転生者だと言い張る子どもが立っていた。