出会い
暑い夏の終わり、僕は徳島の田舎町に父の転勤が理由で引っ越してきた。
高校二年生の夏といったら友達とも打ち解けて一夏の計画を立てたりする季節だ。
しかし、僕は引越しが特に嫌ではなかった。父の自衛官という職業柄のために転勤はそう珍しいことでもなく、これが5、6回目の引越しとなると慣れてくるものだ。母は「小学校の頃はあんなに嫌がってたのにねえ」とよく口にするが正直高校生にもなると父の仕事のことも理解できてくるし、寧ろ自分のために働いてくれているのだと思うと責める方が間違っているのは言われなくてもわかる。
幸い僕は人と関わりを持つことをあまり好まないタイプなので前の地でできた友達とも特に別れが辛いとは思わなかった。他人から見たら薄情だと言われても仕方ないが、それが僕という人間なのだ。
だから僕は衝撃を受けたのだ、「何が?」とは今から話すのだが、彼女は僕とは正反対の人間だった。
引越し作業も慣れたもので夏休みも残り3日というところで大体が片付いた。僕のほとんど初めての田舎への胸の高鳴りを見抜いたのか、父が「これをやるから探検でもしてこい」とこの辺りの地図を僕にくれた。『探検』という歳でもないのだが、この地に来て未だ外を体験していないものだから僕は地図を片手に家を飛び出した。
今迄何度も引越しはしたけどどれも都会で、夏はジメジメしていた、空には星が見えないし、一歩外に出ると動く鉄の塊から排気されるガスだの何だので臭いし、都会の喧騒にはどこか嫌気がさしていた。でもそれは時代とともに発展してきた証拠だと割り切っていたし、普段あまり気にはしなかった。だからだろうか、この土地の風、空気、空、静けさ、全てが僕の『今まで』を塗り替えるような新鮮さを放っていた。
声が響く。家から数km離れた川沿いを歩いていると、上流から滝が水面を打つ音に紛れて歌声のようなものが聴こえて来た。僕は気になってそろそろ帰らないといけない時間だったけど上流へ向けて歩を進めた。
自然にできた石の階段を声の正体を突き詰めんと息を巻いて上った先には一人の女性が喉を震わせていた。
川の真ん中にポツンと頭を出した岩に腰掛けて歌うその女性は美しくも儚いガラス細工のように見えた。彼女に気を取られた僕は、水飛沫で濡れた石の上で足を滑らせ川に落ちてしまい、それに気付いた彼女は小急ぎで木々の奥へと逃げるように行ってしまった。
服を汚した挙句帰りも遅くなった僕は、声の震えた母にこっぴどく怒られた後、夏休みが終わるまでの残りの2日間、外出を禁じられた。遊びざかりなこの歳の子供を家に閉じ込めるなんて酷い話だ。と思いつつも悪いのは自分だからなんとも言えないと甘んじて受けることにした。