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ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第一章 パートナー契約編
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七話 襲撃の翌日に

 市之宮姫華から逃げ帰るようにして、公園を後にした翌日。

 いつものように登校し、しかしぎこちない動作で4クラスの教室に入った堅一は、一直線に自らの席に向かうとそのまま躊躇することなく机に突っ伏した。


「おーい、堅一。朝っぱらからどうしたよ?」


 そんな妙な様子に気づいてか、すでに教室内にいた毅が、堅一の席に寄って来る。


「……疲れた」


 のろのろと顔を起こし、堅一は気だるげな声で返答する。


「疲れただぁ? ……お前、何やったんだよ?」

「……色々あったんだよ」


 はぁ? と拍子抜けしたような毅の反応を聞きつつ、堅一は昨日のことを思い返した。

 

 昨晩までは特に問題なかったのだ。寮に戻ってから当初の目的(買い物)を思い出したものの、流石にもう外に出る気も起きず。夕食を食べてベッドに転がり、早めの就寝。


 その翌朝――つまりは、今朝。携帯のアラームに起こされて身体を起こそうとしたところ、怠さを感じたのである。

 心当たりは、やはり夕時の公園での一幕しかない。


「そう、本当に色々と……」


 憮然とした面持ちで言葉を漏らす堅一に、いよいよ毅は訝しむような顔を向けた。

 昨日は場の勢いというか、流れというかで深く考える余力もなかったが、一晩おいて考えてみればそれはやはり異質だった。


 公園に展開されたバトルフィールドに、襲撃者たる黒い影。

 市之宮姫華という人物は疑いようもなく現実に存在する人物であるが、可能性としては堅一の創り出した妄想、あるいは夢、というのも全くのゼロではない。というよりは、そうであって欲しいと堅一は思っていた。

 

 だが、堅一は確かにシュラハトの場に立たされ、そして戦い。天能をも行使した記憶が間違いなくある。


 ――呪い(・・)

 それが、黒星堅一の身に宿る天能である。


 火や雷といった、特別な力を操れるわけでもない。剣や銃などの武器を振るうわけでもない。

 名前だけ見れば、物語に登場する悪役が好んで使いそうな、どこまでいってもいいようにはとられないであろう能力。


 もっとも、本当に呪いをかけて相手を殺すだとか、そういった物騒なものではない。

 状態異常を引き起こしたりといった、あくまで補助的な効果をもたらす天能。

 ――そして、その対象とできるのは、自分もまた例外ではない。


「何があったか知らんが……お前、単純に運動不足じゃね? ほら、普段のシュラハトの授業だって、積極的にやってんの見たことないし」

「……まあ、そうかもな」


 毅のその指摘は、あながち間違いでもなく、堅一はすんなりと首肯する。

 すると、毅が好奇を隠そうともしない顔で、口を開いた。


「それで、一体何やったんだ?」

「……色々」

「いいじゃんか、別に減るもんじゃないし。ほれ、言ってみ?」

「だから色々だって」


 なんとか聞き出そうと催促する毅に対し、色々で片づける堅一。

 何度もそんな言葉が繰り返され、一向に会話は進展しない。

 そんないつまでたっても口を割らない堅一の態度にようやく諦めたのか、


「あー、分かった分かった」


 毅はつまらなそうに溜め息を吐いた。


「……ま、普段から動いてないから身体が慣れないんだろ。これを機に、もっとシュラハトの授業に積極的になったらどうだ?」


 しかしそれも一瞬のことで、あからさまに表情を変えた毅がからかうように言うが。

 その、直後。まるで合わせたかのように、チャイムが鳴り響いた。


「また、その色々とやらにあうかもしれないぜ」


 ニヤついた声で去り際にそう残し、毅は席に戻っていった。

 堅一は、その背をぼんやりと見送る。


 ――あんなことが二度も三度もあってたまるか。


 声には出さず、内心で毅の言葉に反論。それには反論だけでなく、そうあって欲しいという密かな願いも込められていた。

 はぁ、と息を漏らし、堅一は脱力して机に身体を預けた。

 


 午前の授業が終わり、昼休み。

 足早に教室を出ていく生徒や、机を合わせて弁当を広げる生徒がいる中、堅一は相も変わらず机に突っ伏したままでいた。

 

 堅一の学校での昼食は、学内で購入する弁当やパンである。自ら足を運ばなければ食事などないが――同じく昼食を学内で購入している毅に頼んだことで、その問題は解消されていた。

 勿論、堅一は全く動けないわけではなく、そうだとしたらそもそも学校になど来てはいない。疲れがあるだけで、身体を動かすのが億劫なだけだ。

 それを知っている毅であるから、


「甘えんなっての」


 そう言って堅一の分も買うのを拒んでいたものの。なんだかんだ、二人分の昼食を買いに行ってくれている。

 昼食のお金だけを渡し、物は毅に任せているため、何が姿を見せるか不明。


 ――パンや、おにぎり。あるいは、弁当か。


 毅がどんな物を買ってきてくれるか、と想像するのは存外楽しいもので。あれか、それともこれか、などと突っ伏しながら堅一がまだ見ぬ昼食に思いを馳せていると。


「……ん?」


 しばらくして、なにやら教室の様子がおかしいことに気づいた。

 それは、机に顔を伏せていても分かるほどの変化。


 ――静寂。

 わいわい、と先程までは確かに騒がしかった教室が、水を打ったかのように、しん、としていたのである。


 かと思いきや、ポツポツと、しかし徐々にざわざわとした声が広がりはじめたではないか。


「なんで、アイツが?」「どんな関係なんだろ……」


 しかし、そのざわめきを聞くだけでは全く原因が不明で、堅一は内心首を傾げる。


 そうして、状況を確かめるため、堅一が顔を上げようとすると。

 ふと、目の前に人が立った気配を感じた。

 毅が戻ってきたのか。案外早かったな、と思いつつ、のんびりとした動きで堅一が目線を上げていく。


 ――まず目に飛び込んできたのは、金色。

 硬直し、錯覚かと目を瞬かせて凝視するも。それは間違いなく1クラスのみに貸与される学園の校章で。

 よくよく見れば、それが着けられているのは。男性ではありえない、制服を押し上げる胸の膨らみ。

 垂らされた艶やかな紺色の長髪が、窓から入ってくる風に揺れている。


 それを、まじまじとゆうに数秒間見つめた後。


 堅一は、ようやく眼前に立つ人物の顔を見た。

 そこには――。


「こんにちは、黒星さん」


 この教室にいるはずのない人物。

 学年次席であり、昨日が堅一が仮契約を交わした市之宮姫華が、その美貌に柔らかな笑みを浮かべて立っていた。


「……こ、こんにちは?」


 予想していたのとは違う人物の姿に、動揺しながらも、なんとか挨拶を返す。

 堅一のそんな姿に、姫華は笑みを深めると、


「昨日は、お世話になりました」


 言葉と共に優雅に一礼した。

 それだけで、どよっ、と沸き立つ教室。見れば教室内にいる生徒の全てが、堅一と姫華に視線を集中させている。なんといっても、1クラスの、それも学年次席のジェネラル。そんな存在がソルジャー4という最低のクラスにいるのだから、目立たないわけがなかった。


「あ、ああ……どうも」


 やはりそのことか、と内心溜め息を吐きつつ、同時にガッカリしている自分に堅一は気づく。

 

 不意を突かれたものの、しかし堅一はこの状況を全く予想していなかったわけではない。


 私服であったならまだしも、昨日堅一が身に纏っていたのは学園の男子制服。その上、顔も見られており――極めつけは、咄嗟に口走ってしまった名前。

 これだけ揃っていて、探す気があるならば特定などそう困難ではなく。ゆえに、堅一にその気がなくとも、姫華が接触してくる可能性がゼロではなかったのだ。


 ――もっとも、それは昨日の出来事が現実であればの場合であり。

 こうして姫華が堅一の元を訪ねたということは一抹の願い(夢であってほしい)が消え去ったことに他ならないのを示していた。


「……あー、それで用件は? 証人かなにかか?」


 不思議な出来事に遭遇したとして。その後における行動は、二択に制限される。

 好奇心を刺激されてそれを追及するか、早々と記憶の奥底に封じ込め――つまり見て見ぬふりをして普段通りの日常を送るか。


 堅一は、後者だ。昨日の件は口外する気もなく、関わらないつもりでいた。深追いなどしようものなら、更に巻き込まれる可能性が目に見えているし、何より面倒くさいからだ。

 しかし、姫華は前者らしい。こうしてわざわざ4クラスにまで乗り込んできたのだから、ただの挨拶だけで終わるはずがないだろう。


「ええ。……それ()、あります」

「……も?」


 一番考えられるのは、同じ場に居合わせた人間としての証言。

 果たしてその考え通り、姫華は肯定しつつも――しかし、返ってきたのは妙な響きを含んだ言葉だった。

 疑問を浮かべた堅一は、怪訝な顔で姫華を見る。


 その視線を受けた姫華は、すぅ、と深呼吸をした。


「黒星堅一さん」


 凛とした声が、教室に響き渡る。

 二人を遠巻きに眺めていた生徒達の話し声が、ピタリと止んだ。誰もが興味深げに二人を注視し、続く言葉を聞き逃すまい、と耳を傾ける。

 そんな中で。姫華の両の瞳は、堅一の姿のみを映し。桜色の唇が、言葉を紡いだ。


「――私と、契約を結んでいただけませんか?」


 再びの沈黙が、場を支配した。


 聞こえるのは、教室扉を隔ててすぐ向こうの廊下から漏れてくる喧騒に、窓の外より入ってくる虫の鳴き声ぐらいのもの。それは、姫華が言葉を発する前より変わらない。

 変わったことがあるならば、それは――。


 ――絶句。


 堅一は、間の抜けた面を晒し、姫華を見上げ。

 それは、4クラスのクラスメート達も同様で。放心したように渦中の二人を凝視している。声を出す者は、何者もない。


 唯一正常なのは、この雰囲気の元凶たる姫華ぐらいのものか。

 ――いや、よくよくみれば、唖然とする堅一を見下すその顔は。近づかなければ分からぬ程度にだが、微かに赤らんでいる。


「……え?」


 やがて、誰かが小さく漏らした、その呟きは。教室の隅から隅まで、余すところなく伝播していく。

 それはまるで、水面に広がる波紋のように。聞き、そして見ていた者達の脳裏に浸透する。

 ――直後。


 地鳴り、と違えんばかりの大絶叫が、教室を揺らした。


「なんで!?」だの「嘘だろ!?」と誰もが驚愕や困惑の表情を貼りつけ、立ち上がり。

 それにより、ガタガタッと椅子の動かされる音も唸りの中に追加される。

 彼らにしてみれば、それほどに明らかな異常事態だった。


 1クラスに対する暗黙の了解があるとはいえ、それでもトップクラスであり、その胸に校章を光らせる彼らは、やはり下位クラスの羨れの対象である。

 しかし、トップに次ぐ2クラスならばまだしも、ここは最低の4クラス。1クラスとの契約などゼロにも等しく――それこそ垂涎ものであるが、叶うことはほとんどない夢。


 仮にこれが逆で、最低(堅一)最高(姫華)に契約を申し込んだのなら。何を無謀な、と誰もが鼻で笑うだろう。拒否、という末路が目に見えているからだ。

 だが実際は――最高から最低への申込み。


 現場を見ていない者ならば、その誰もがありえないと一蹴し、まともに取り合わないのは想像に難くない。それほどに、非現実的。

 ここにいる者にとっては、それこそ常識を覆されたといっても過言ではない出来事だったのである。


「…………」


 当然それは堅一も同様であった。驚きを通り越し、もはや意味が分からない。

 冗談であるならば、なるほど最低クラスをからかうだけの性質の悪い冗談だと捉えられるのだが。しかし、姫華はとてもふざけている様子には見えない。その瞳の奥に潜む光は、堅一の答えを待つように、ただ真っ直ぐに向かっている。


「ダメ……でしょうか?」


 目を微かに潤ませ、まるで懇願するかのように、胸の前で手を組む姫華。

 これが全て演技だとするならば、とんだ食わせ物だ。

 ようやく我に返った堅一は、二、三度咳払いをして口を開く。


「あー、その前に一応聞いておくけど……話をする相手、間違えてないよな?」

「はい」


 即答。

 まあそうだろうな、と思いつつ、理由を尋ねる。


「何で俺なんだ? そっちは1クラスなんだから、4クラスの俺なんかより――」


 それは、姫華を除いたこの場にいる誰もが知りたいであろう、疑問。


 ――1クラスにとっては、箸にも棒にもかからないはずの存在であろう4クラスのソルジャーを、なぜ。

 ようやく落ち着いてきた4クラスの生徒達が、その先を聞き逃すまいと、ずい、と身を乗り出す。


「……わ、私の初めての方だからです」


 蚊の鳴くような、小さな声だった。


「……は?」

「ですから、私の初めての方だからです」


 全く予想していなかった内容に、思わず堅一はポカンと口を開けた。

 それを、聞き取れなかったと解釈したのか、姫華が同じ言葉を繰り返す。


「……い、いや、何を言って――」


 困惑。次いで、意味が分からない、といった堅一の声。

 それに対し、信じられないと言わんばかりの面持ちで、姫華が顔を寄せた。


「忘れてしまったのですかっ? あ、あれほど、その――」


 最初こそ勢いのあったものの、段々と尻すぼみになる言葉。やがて姫華は、顔を俯かせてなにやら言い淀む。


 だが、それも一瞬のことで。姫華は、バッ、と顔を上げて堅一を若干睨むように直視する。

 恥ずかしさゆえか、真っ赤に染め上がったその顔。そんな、姫華の口から。


「――私に迫ったではありませんかっ!」


 本日二度目の爆弾発言が、放たれた。

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