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ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第三章 パートナー解消?編
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九話 翻弄

「……なに、あれ」


 誰かがそれだけを呟いた。

 貶め、蔑むような響きではない。あるのは、純粋な驚き。

 その言葉少なさは、想定外のものを見たがために他ならない。


「え、あの子、本当に4クラス?」

「あの動きができるなら、もっと上のクラスに振られると思うが……」


 それを皮切りに、ポツポツと。

 戦いを観戦していた者達から、各々感想の声が上がる。

 その全ての反応が、どちらかといえば肯定的なもの。


 疑念、侮り、無関心。

 自己紹介の時にあったそれらのマイナスの感情は、既にそこにはない。


 ――2クラス、つまり久世と海銅ペアの圧勝。


 ここにいる彼らのほとんどが、同じ結末を脳裏に描いていたはずだ。

 いくら市之宮姫華がジェネラル1とはいえ、肝心のソルジャーたる黒星堅一が4クラス。

 これがまだ逆で、ソルジャーの方が1クラスなのであれば。或いは、ソルジャーの実力のみで相手を捻じ伏せて勝利するという芽はあったが。


 付け加えれば、久世と海銅は共に二年と、学年が一つ上だという点もある。

 たかが一つ、と笑う者がいればそれは愚かでしかない。この年代の一年の差というのは、それほどまでに大きい。

 つまり、如何に久世と海銅のペア――どちらかといえば久世真理愛の方だが――が女子生徒を中心に余りよく思われていないとしても、だ。応援していなかった者は多いだろうが、その勝利までは否定していなかった。


 そんな下馬評、常識的に考えれば確定した未来といっても過言ではない結末。

 それが、まだ勝敗が決定していないとはいえ、覆されたのである。

 となれば、彼らにとって眼前の光景は衝撃であり、驚きも必然といえた。


 ――とはいえ。


「なるほど~、流石は舞ちゃんのお気に入りなだけありますね~」


 全員が全員、堅一達の敗北を幻視していたわけではなく。

 舞の隣で観戦していた二年のジェネラル、洞ケ瀬聖がさほど驚きを露わにせず、のんびりと言う。

 それ以外では、フンと鼻を鳴らしつつも無言で戦いを見据えている、舞のソルジャーである鳴瀬雨音と。普段と変わらずボーっとしたように眺める、同じく彼女のソルジャー、南雲蓮。

 全ての生徒の顔は見ていないが、確実に指が折れるのはこのくらいか。


「当然だとも」


 聖の言葉を受けて。

 まるで自分のことのように。天坂舞は微笑んだ。




 ズザザッ、と堅一の蹴りを受けた海銅の体躯が浮き上がったのちに倒れ、地面を滑っていく。

 着地を失敗することもなく、タン、と滞空していた堅一の足が床に着いた。

 ふぅ、と軽く息を吐き、整える。


 相手に食らわせたのは、これで二撃。

 対して堅一は、まだ一度も攻撃を受けていない。

 だが、体力は少し減少している。海銅に背後を取られたあの時、空中へと跳び上がる際に、身体強化の呪いを発動したためだ。


 とはいえ、減少は微量。体力バーは可視化されていないが、他ならぬ自身のこと。どれくらいかは感覚で把握していた。


「ちょっ、ちょっと優斗、大丈夫!?」

「……あ、ああ。ちっ、4クラス風情が」


 動揺を露わに、相手ジェネラルの久世が、倒れた海銅に声をかけている。

 すると海銅は二、三度咳込んだ後、のそりと上体を起こし。その口元を拭いながら、堅一を睨んだ。


「あ、あんなの偶然に決まってるしっ! 優斗、ウチらのホントの実力、見せてやろうじゃん!」


 一連の動きを見て尚も偶然と言い切るのは、散々馬鹿にした手前、認めたくない故だろうか。それとも本気で偶然だと考えているのか。

 それは定かではないが、久世は発破をかけるように自身のパートナーに呼びかけると。


「ウチの愛が、パートナーを強くするっ! 届け、ゾッコンビーム(・・・・・・・)!!」


 戦闘開始直後のように、彼女の手から桃色の光線が発射された。

 だが、今度はその目標は堅一ではなく、海銅。


「…………」


 もはや、そのかけ声とネーミングには突っ込むまい。

 無視だ無視、と堅一は余計なことを考えないよう、頭の中から無理矢理にでも除外する。

 一見すれば、先程見たのと同じ光線。だが、害があるのを味方に撃つわけはない。

 果たしてどんな天能の効果だ、と堅一が注視する中、桃色の光が海銅に到達する。


「うおぉぉぉおっ! 真理愛ァァッッーー!! 愛してるぞーーっ!!」


 海銅の全身を包むように明滅する、桃色のオーラ。そして海銅は、パートナーであるジェネラルの久世の名を絶叫。その上、情熱的に愛の言葉まで告げる始末。


「……おいおい」


 余計なことを考えないようにしたはずなのに、思わず突っ込んでしまった。

 実物を見たことがあるわけではないが。なんというかまるで危ない薬を接種したような人間、とでも言えばいいのだろうか。

 取り敢えず言えるのは、何が起きているのかが全く分からない。よもや、愛を叫ぶだけの効果というわけでもあるまいに。

 チラ、と何の気なしに後ろを振り返ってみる。もしかすると姫華なら知ってるかもしれない、と考えての行動だ。


 ……見なかったことにしよう。


 だが、堅一は即座に顔を戻した。

 端的に言えば、彼女は顔を真っ赤にさせていた。

 より詳しく言えば、口元を手で覆って恥ずかしがるように。それでいて、目はまじまじと愛を告げる海銅を凝視するように。その瞳に気恥ずかしさと同時に憧れがあったのは、きっと気のせいだと思いたい。


「うおぉぉおおっ! 脚力強化ッ!」


 ぶんぶん、と頭を振る堅一。そこに、一頻り愛を叫び終わった海銅が、天能を発動させて突進してくる。その速度は先程とほぼ変わらない。つまり、桃色のオーラの効果はまだ出ていない。

 そこまでであれば、状況は数瞬前と同じであったが。


「腕力強化ッ!!」


 海銅の剣の届く間合いに堅一が入った。その途端、彼は別の部分強化の天能を発動。

 踏み込む勢いのまま、真正面から両断されるように剣が振り下ろされる。

 どうやら腕力強化というのはブラフでは無いらしく、その剣速は間違いなく上がっている。いや、速度だけではなく。


「……くっ」


 両腕をクロスさせ、受け止める。だが、気を抜けば一瞬で持っていかれそうだった。

 パワーも上がっており、さっきのように一本では不可。それどころか腕を二本ともを使って、なんとか防いだといったところ。

 じりじりとではあるが、押し込まれている。

 素の状態であれば、堅一の筋力といったパワーは別段同学年の中で飛びぬけているわけではない。体格としても、平均的な部類に入る。よって、一学年上の男子、それも強化の天能を使われていれば、守勢に回らざるを得ない。


 退くか、力押しか。

 ギャリギャリ、と手甲が嫌な音を発しているため、判断は一瞬。

 堅一は身体強化の呪いを発動し、力を解放して一気に押し返した。


 ――キィンッ!!


 剣が弾かれ、反動で大きく仰け反る海銅。その隙を晒した土手っ腹に、堅一は強化したままで右腕を叩き込む。

 うっ、と息を詰まらせ、海銅が一瞬動きを止めた。


 ――が、しかし。


「……真理愛ァァッッーー!!」


 崩れ落ちるどころか、まるで堅一の攻撃が無かったかのように。

 パートナー(久世)の名を叫び、すぐさま戦闘に復帰した海銅は。ギロリ、と己の腹に拳を叩き込んだ態勢の堅一を見やったではないか。


「……っ!?」


 ここで初めて、この戦闘で堅一が動揺を見せた。

 確かに身体強化によるダメージを与えたはずで、手応えもあった。にも関わらず海銅は、あろうことか剣で即座に反撃してきたのである。

 慌ててその場を跳び退る堅一であったが、しかしその切っ先を完全に避けきる事はできず。

 後ろに飛んだことで軽減はしたものの、ダメージを負う。


「アハハ、その顔が見たかったんだしっ! どーよ、ウチらの愛、思い知ったかっ!!」


 攻撃を受けて顔を顰めた堅一の様子を、久世が満足気に歯を見せて笑った。

 恐らく、それが桃色のオーラの効果。

 海銅の絶叫、も関わっているのかは分からないが。ダメージの軽減か、ノックバックの無効化か。その他いくつか考えられるが、ダメージに対する何らかの効果を付与することはほぼ確定だろう。


 とそんなことを考えていた堅一の前で、フシュッと霧散するように、海銅が纏っていた桃色のオーラが消える。


「どうやら、そっちも強化系の天能みたいだな? いや、4クラスのお前は能力無しで、ジェネラルの方の天能か?」


 正気に戻った、というか叫ぶのを止めた海銅が、堅一と姫華を見てニヤリと告げた。

 無論、それに馬鹿正直に答える堅一ではない。

 勘違いしているならそれで結構。一応、姫華は学年次席として名は知られているはずだが、今までの二人の態度を見るに、どうせ一学年下の生徒などリサーチしていないのだろう。


「よぉーし、優斗! 次はアレ(・・)、行くよっ!!」

「いいぜ、真理愛。一気に決着をつけてやるぜっ!」


 反撃が成功し、勢いづいたのか。

 調子を取り戻したかのように、久世と海銅が声を上げる。


 どうやら何か仕掛けてくる雰囲気。

 だが、あの珍妙な天能は、ハッキリではないもののほとんど種は割れた。しかしあれだけでは、戦いの趨勢を決するには至らない。

 体力的に見れば、まだ劣勢ではない。むしろこちらに分がある。それは相手も分かっている、はず。

 となると、まだ何かあるのか。目を細めて、堅一は動かず待ち受ける。


 だが、向こうの動きは。

 再び、剣を振り上げての単調な突撃。これで都合、三度目だ。


 ……今度こそ、ブラフか?


 堅一がそう思った、刹那。


「――ゾッコンビーム(・・・・・・・)!」


 久世から放たれる、桃色の光線。珍妙なネーミングは変わらずだが、今回は前口上は無い。


 ……ええい、ゾッコンはどっちだ!?


 無意識にこめかみを押さえながら、堅一は渋々記憶を掘り返した。

 一発目は、敵である堅一に向かって撃たれた。そして二発目は、味方である海銅に。

 つまり、対象によって効果の違う天能だと考えられる。


 もっとマシな名前だったら、労せずすんなり判断できる自信がある堅一だったが、そのふざけた名称が邪魔をする。


「最初のは、確か……ガチ惚れ、だったか? となると、ゾッコンは――」


 嫌々ながら、口に出して情報を整理。記憶から、今放たれているものは味方に向けての天能であると判断する。

 実際それは、堅一に向かって走り寄る海銅の背後にくっつくように迫っており。堅一視点からすると、まるで海銅に桃色の後光が差しているよう。


 すっと、攻撃に備えて腰を落とし、手甲を構える。

 桃色のオーラの正体はなんとなく把握できた。となれば、攻撃は軽いものに留め、ヒットアンドアウェイの動きが無難だろう。

 相手はそこそこのダメージは受けているはず。ならば、じりじり削っていけばよいと判断して。 


 しかし、その時。

 ニィッ、と久世が嗤った。


「――違います、堅一さんっ!」


 その表情に、何かを察したのか。ハッとした姫華が一拍遅れて警告を発するが、遅かった。

 とはいえ、堅一もその珍妙なネーミングに翻弄されなければ、或いは。気付くことができたかもしれない。


「優斗っ!!」


 ――脚力強化。


 久世の呼びかけに答えるように、脚力強化をかけた海銅が、その場から横に跳んだ。

 それは、海銅と堅一が接敵する直前のできごと。

 海銅が進路を急激に変更しても、桃色の光線は彼を追いかけることなくそのまま直進。

 つまり、射線上にいるのは、堅一ただ一人。


「……っ!」


 ドギツく発光する桃色の光が、堅一を包み込んだ。




「あっちゃあ……彼、久世のアレを食らっちゃったかぁ」


 観戦していた一人の女生徒が、額に手を当てて残念そうに声を漏らす。


「大健闘だけど、ここまでかな。でも、黒星君だっけ? あの子もよく頑張ったよ」


 それとはまた別の女生徒が、同意するように続いた。

 まるで、堅一の敗北が確定したかのような雰囲気。だが、それに異を唱える声は無く。

 けれども、堅一を認めるように、讃えるように頷く者がちらほらと。


 もっとも、全員が全員そうというわけでもなく。

 つまらなそうに、関心が薄そうに戦闘を見やるのも、まだ一定数いるが。


「気に入らないけど、アレがあるから久世は男のソルジャーに対しては勝率高いからね。それに、何組の男女のパートナーが、アレで仲違いしてパートナーを解消したか。しかも、自分も男のパートナーを取っ替え引っ替え。本当、あの性格じゃないのと、学業の成績がよければジェネラル1になれるかもしれないのに」


 締め括るように、その根拠を、理由を、誰かが愚痴るように口にする。

 彼、または彼女らのその脳裏には、この後の展開のビジョンが明確にできているようで。

 終いには、戦いを終えた堅一に何て声をかけようか、なんて相談を始める始末。

 それは、4クラスというだけで露骨な反応をしてしまった罪の意識からか。


 とにかく、事が終わったような雰囲気が、そこかしこに広がっていた。

 そんな、中で。


「……まだだ」


 だが、たった一人。

 この場にいる他の誰とも異なる反応をする生徒がいる。


 皮肉なことではある。

 何故なら、彼はこの学園で一番に、黒星堅一という存在を侮ったのだから。4クラスという括りの中ではなく、明確な個として認識した上で。

 しかして彼はその報いを受け、心に当面消えぬ楔を打ち付けられた。


 けれども。

 恐れをその身に抱きながら尚、しかしその目は決して堅一から逸らさず。

 1年、ソルジャー1所属の轟朱門は。微かに、しかし確かにそう言って。


 つまり、この場において。

 彼の者の脅威をその身で直接味わった、彼だけが。

 彼だけが、正確に現状を把握している。彼だけが。


 ……本当に?


 ――そうさ、まだだとも。


 否、正確には二人。

 神妙で、それでいて複雑そうな表情の轟朱門を横目に、天坂舞は内心で肯定する。


 そう、その程度なわけがない。

 シュラハト・フェスタにてプロに交じって堅一が渡り合ったのを知っている。

 だから舞と共に観戦していた雨音も蓮も、周囲との反応は大きく異なる。


 ――キミは、恐らく覚えて……いや、知らなかっただろうけどね。


 しかし舞に限っては、更にもう一つ。


 ――あの日、あの時。


 天坂舞は、黒星堅一に助けられた(・・・・・)。そして魅せられた(・・・・・)

 以来、彼女は――天坂舞は、ずっと。

 ソルジャー、黒星堅一の、ファンなのだから。

投稿ペースはそれほど早くはありませんが、またちょこちょこ投稿していこうと思います。

お気に入り、感想、評価等もいただけると嬉しいです。

読んでいただきありがとうございました。よろしくお願いします。

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