八話 4への認識
約4年ぶりの投稿となりますが。。
連載再開しようと思います。活動報告も更新してみようかな。
よろしくお願いします。
「それでは、ルールの復唱をしよう」
旧校舎、地下。
小分けに区切られた教室とは異なり、複数の部屋を一まとめにしたような、広々とした空間。
その中心部分付近に、堅一と姫華は立っていた。
「競技形式は、一騎討ち。時間制限は無しで、降参または戦闘不能と判断された方の負けという非常にシンプルなルールだ」
近くでは舞が淡々と、しかしよく通る声で場を取り仕切り。
中央から大きく離れた壁際には、床に座り込んだり、姿勢よく立ったり、或いは壁に身をもたげる数多の人影。
各々自由な態度でこちらを眺める彼等は、先程新人紹介の場にもいた0クラスの生徒達だ。
「それと、ここにはバトルフィールドを展開する設備はなくてね。代わりに、天井や地面は特別製でそうそう壊れはしない。仮にあちらの観戦者達に攻撃が流れようとも、彼等は実力者だ。上手く対処するだろうから、気にせず全力を出すといい。……双方、何か質問は?」
そして、堅一達の対面には。
ニヤニヤと余裕、というより見下した笑みを浮かべる対戦相手。ジェネラルの久世真理愛と、そのソルジャーである海銅優斗の二人がいる。
「ありません」
「オッケーオッケー、問題なしっ!」
舞からの問いかけに、きりりと表情を引き締めた姫華が答えれば。
まともに聞いていたのか定かではない軽い調子で、久世が適当に応じた。
「よし。それではジェネラルとそのソルジャーは所定の位置に。準備が完了次第、スリーカウントの合図で試合開始だ」
そう言って舞は離れていこうとし。刹那、堅一の方へと顔だけを振り返り、片目を閉じて微笑んだ。
しかしそれも一瞬のことで、彼女は何事もなかったかのように、壁際の観戦者の一団の方へ歩いていく。
「優斗。1年、しかも4クラスのソルジャーなんてさっさと潰して、ウチらの実力を見せつけてやるし」
「そうだな。まぁ、実力差があり過ぎて、本気を出すまでもないと思うが」
残された四人の片方のペアである、久世と海銅。
彼らはベタベタと互いに身体をくっつかせながら笑い合う。
勝利を微塵も疑っていない様子。こちらを一瞥することすらなく、眼中にないといった感じだ。
「堅一さん」
姫華が堅一に近づき、その名を呼んだ。
それ以上の言葉は紡がれない。だが、彼女は堅一の顔を、その目をじっと見ている。
任せる、と言外にその瞳が告げていた。
けれども、そこに不安の色は一片も見つからず。
とはいえ、あくまでも姫華は言葉にしていない。だから確証というのは持てない。
だが、堅一はそう思った。だからこそ。
「大丈夫だ」
こちらも、ただ一言。安心させるように、小さく笑いかける。
以前までは、抵抗があった。大っぴらに、己の天能を行使すること。それを多数の人前で明かすことにも。
少なくとも夏休み中、シュラフェスに行く前までの堅一であったなら、迷いがあったかもしれない。
だが、誓った。
かつての仲間達の内の二人――縣恭介とルアンナ・ブラフィルドの前で。
そして今のジェネラル、市之宮姫華の前で。
強くなると。過去を追い越すと。
確かに、誓った。
それになにより――貶められ、馬鹿にされて嗤われたのを何もせず見過ごす程、黒星堅一にとってパートナーは軽い存在では断じてない。
堅一の返答を聞いた姫華は、柳眉を明るくさせて一つ頷くと。そっと堅一の耳元に顔を近づけて。
「バトルフィールドが無い、ということは体力バーによる可視化はありません。とはいえ、ジェネラルである私はある程度把握できますが……いつでも頼ってくださいね」
耳打ちして、後方へと下がっていく。
……なるほど、そういうことか。
うっかりしていたが、その通りだ。体力バーとは、バトルフィールドの機能の一部として、体力を可視化したもの。つまり姫華の言った通り、バトルフィールドが無ければ体力バーは表示されない。
そこでようやく、天坂舞の去り際の合図の意味が分かった。
激励の意図も含んではいるのだろう。だが、真に彼女が伝えたかったこととは。
――体力バーは見えないから、気にせず天能を使うといい。
恐らくこういうことだ。
シュラハト・フェスタでの鳴瀬雨音との対決の折、舞が堅一の天能の発動条件――つまり体力の消費に気付いたかもしれない、というのは姫華から後日聞いていた。
そして堅一に有利、とまではいかないがこの環境とルールをセッティングしたのは舞である。となるとほぼ確定と見ていいだろう。
思考に耽りつつ、姫華の姿を見送った堅一が振り返れば。相手もようやく離れ、ジェネラルである久世真理愛がまるでスキップするような軽い足取りで位置についた。
「それでは、カウントを開始する」
――3。
両者の準備が整ったのを見て取って、舞がその声を響かせる。
1フロア全てをぶち抜いたわけではないが、それでもシュラハトを行うには充分な広さ。競技が一騎討ちであるなら、尚更。室内という制限は、あるとして天井の高さくらいのものか。
――2。
両足を軽く開き、腰を落とす。
相手のソルジャー、海銅優斗はしかしカウントが進んでも構えることはせず。その上戦闘態勢をとった堅一を前にして欠伸を一つ。
――1。
「……試合、開始っ!!」
ラストカウントの宣言と共に、両者のソルジャーの手元が光る。
堅一の手に現れたのは、契約武装である銀の手甲。
僅かに遅れて海銅の右手に握られたのは、一振りの剣。その刀身は長すぎず短すぎず、片手で振るえる程度の物だ。
だが。
最初に動いたのは、堅一でも、ましてや海銅でもなかった。
「へへん、ウチに楯突いたこと、後悔させてやるしっ!」
自信満々にニッと歯を見せたのは、相手のジェネラル、久世真理愛。
彼女は、堅一と姫華に対してビシッと指を突き付けると。
「ウチの虜になりなっ! くらえ、ガチ惚れレーザー!!」
そのまま掌を堅一に向け、妙なかけ声と共に桃色の光線を放ってきた。
目で追うのがやっとというわけではないが、その速度は遅くはなくそれなりのもの。
桃色の光は海銅のすぐ脇を通り抜け、堅一へと迫る。
「…………」
そのあまりにも直線的な攻撃、加えて珍妙なネーミングで放たれた天能に堅一は眉を顰めるも。
身体強化の呪いを発動するまでもなく、半身をずらして最小限の動作だけで回避する。
目標を失った光線は、堅一が避けてもなおある程度は進んだが、やがて自然消滅。
……なんだ?
戦闘中の隙を狙ったり、或いは身動きのとれない状態で撃ったのならまだ分からなくはない。
何がしかの目的――例えば光線に気を取られた間にソルジャーである海銅が動くというのでも理解できるが、しかしそうでもない。
念のため警戒する堅一であったが、直後、その答えは光線を撃った当の本人から語られた。
「はぁっ!? 4クラス程度が避けるなんて、生意気だしっ!!」
要するに、何も考えていない。
ダンダン、とその場で地団駄を踏む久世は、どうやらあれで本気で当たると思っていたようだった。
……いや、流石に無理があるだろう。
いくら、格付けが最下位である4クラスだとしても、だ。
自身に限らず、他のソルジャー4の人間でもほぼほぼ当たることはないのではなかろうか、と堅一は思う。
戦闘開始直後という、まだ余裕のある状況。相手のソルジャーは一歩も動いておらず、行動を阻害する要素もない。
機先を制する、というか不意打ちとして成立する可能性なら零ではないのかもしれないが。
「ふっ、少しは楽しめそうか?」
光線を躱した堅一を見て、剣を肩に担ぐようにして持った海銅が余裕綽々として言った。
それは回避したという事実からか、或いはその回避の仕方を見てのことか。
……4クラスってだけで、そこまでなのか?
4クラスが見下されている、というのは当然知っていた。
実力が低い生徒が振り分けられる――それは例えば、武装特化型ではないただの契約武装の展開がやっとであったり。天能を行使できるにしても強力なものでなかったり。戦闘面が優れていなかったりと。
それだけの要素があることも知っていた。
が、一つ。堅一が認識していないことがある。
――つまり、ソルジャー4の生徒の平均的な実力。
とはいえ、今までそれを目にする機会が無かったわけではない。弐条学園はシュラハトの教育機関でもあるため、授業には戦闘訓練などもある。
つまりしようと思えば、いくらでも認識できる機会というのはあった。
ただそこは、唯一つの目的のために入学した堅一である。
目的が無駄になったことを悟れば、学園にいる意味はない。惰性で学園生活を送り、後は退学コース一直線。
無論、授業を本気でやるわけもなく適当に済ませていた。要は、単純に周囲に興味がなかったのだ。
加えて言えば。衰えたとはいえ、過去にプロや実力者との戦闘経験もある堅一である。
つまり何が言いたいかというと。比較の基準はかなり高く。ついでに、弐条学園の各学年、及び各クラスの実力が如何ほどのものかというのもあまり理解していない。
簡潔に言えば。
各クラスには格差があり、実力に隔たりがあり、4クラスが実力下位者のクラスという事実は知っている。
しかしどれほどの認識の下に4クラスと揶揄されているかを具体的に理解していない。
それが、今の堅一の状況だった。
「はぁぁああっ!!」
と、内心困惑していた堅一であったが。
剣を振りかぶって突っ込んできた海銅の姿が視界に映り、戦闘に意識を集中させる。
先手は、突進してきた海銅。
風を切り、上から下への袈裟斬り。白刃が振り下ろされる。
剣を振りかぶっての接敵であったから、その剣閃を推測するのは堅一からすればなんら難しいことはない。
上半身を僅かに低くし、堅一は剣先が向かう逆サイドへと一歩横にずれる。
簡単に避けられたのが予想外であったのか。海銅は僅かに目を見開くと、しかしすぐさま刀を返して水平に一閃。
――ガキィンッ!!
だが、その程度の攻撃を読めずにむざむざ受ける堅一ではない。
右腕の手甲一本でそれを受ければ、激しい金属音が響く。
剣の契約武装といえば、シュラハト・フェスタにて2リーグのプロ、山形一臣との戦いが記憶に新しい。
だが、あれは巨大な両手剣。対して海銅のものは、それよりかなり小振り。
となれば、そのパワーは勿論のこと。スピードすらも、プロである山形一臣には到底及ばず。もっとも、プロと学生というのを考えれば、おかしくもなんでもないが。
「なっ――ぐぅっ!?」
とかく、防がれる――それも容易く――とは露ほども思っていなかったのか。
海銅は自身の剣が止まった事実に驚愕するも、直後、苦悶の声を上げた体躯が衝撃により僅かに宙に浮く。
その腹部に突き刺さったのは、堅一の左腕。
一振りの剣である海銅とは異なり、堅一のそれは両腕に一つずつ。
片腕で対処できるのであれば、もう片腕はフリー。であれば、遊ばせておく理由はない。
「ちょっと、優斗! 何遊んでんのっ!!」
「……悪い、真理愛。油断しちまった。だが、もう遊びは終わりだぜ」
責めるような久世の声に、しかしバックステップで立て直した海銅は、堅一から少し距離を取り。
バツが悪そうに返事をしつつも、宣言する。
まともに直撃はしたが、堅一の素の状態だ。
まずは序盤、小手調べというのもあり、身体強化の呪いは使っていない。
体重を踏み込んだパンチでもないので、言うなればジャブ程度。戦いは始まったばかりであり、追撃はせずに一先ず様子を伺う。
「多少やるみたいだが、もう偶然が起きることはない。さて、4クラス君は、どこまで俺の動きについてこられるかな?」
大したダメージではないとしても、一撃くらったわけであるが。
海銅は変わらず余裕の表情で、ニヤニヤと堅一を見る。
さて、その自信に多少呆れながらも、何を仕掛けてくるのかと身構える堅一。
――脚力強化。
海銅が呟いたかと思えば、再び突っ込んでくる。
一直線ではあるが、中々の速度。堅一はその場から動いていないが、みるみる両者の間が詰まっていく。
……なるほど、部分強化系の天能か。
強化系の能力というのはいくつかある。
例えば、堅一の持つ身体強化の呪い。これは、足や腕といった四肢を含めて身体全身に効果が波及し、強化されるというものだ。
対して、海銅が使用した天能は部分強化。こちらは全身を強化する身体強化と異なり、文字通り一部分だけに効果が適用される。
一見、それだけを聞けば部分強化が身体強化の劣化に感じられるだろうが、別段そんなことはない。
無論個人差、強化の天能の効果の強弱はあれど、局所的な分、それを補うように効果が出やすいのが部分強化の特徴だ。
――ビュッ!!
走る勢いも加わってか、剣閃は先程よりも速く。
攻撃に関しても、変えてきた。立ち止まって振り下ろすのではなく、堅一目掛けて刀身が走り抜けていくような感じ。その場から軽く飛び退けば、一拍遅れて海銅の剣が堅一のいた場所を通り過ぎていく。
前から後ろに。斜め後ろから右に。右から左に。
絶えず動いているようで、反響する海銅の足音。その間、堅一はずっと正面を向いたまま、迫る白刃をヒラリヒラリと軽やかに躱している。
姿を捉えられないわけではない。まあ、脚力強化の天能で移動速度が上がっているため、一々顔を向けるのが億劫というのはあるが。
気配でなんとなく分かる。ついでに言えば、室内という性質かつ騒がしい観客もいないため、その足音で凡その位置は割り出せる。
「ふふんっ、なんとか避けるので精一杯って感じじゃん? やっちゃえ、優斗っ!!」
堅一のその様子に、手も足も出ないと見たか。
相手のジェネラル、久世が嬉しそうに叫ぶ。
それに釣られるように。
「ちっ、ちょこまかと鬱陶しい!!」
業を煮やしたか。或いは、攻撃を焦ったか。
長く続いていた足音が、止まった。
その場所は。
――後ろです。
同時に、姫華の落ち着いた声が脳裏に届いた気がして、堅一は振り向かぬままフッと笑った。
「吹っ飛べぇっ!!」
背後を取った、と海銅は思ったことだろう。
いや、事実取った。後ろに回り込んだそこに、堅一の背中は確かにあり。
顔すら振り向かず、己の動きについてこれていないその無防備な背に、海銅は剣を振り下ろす。
さっきまでは一撃離脱のスタイルであったから、避けられてもすぐに次の剣戟が繰り出せなかった。しかし今は違う。立ち止まり、完璧に死角に入った。
仮に躱されたとて、即座に二撃、三撃を打ち込み、追い詰められる。
とはいえ、それも過剰。この一撃は決まるだろう。
やはり、4クラス程度。
次の瞬間にはその両足が、先程己にしたように地面を離れると、海銅はそう確信して。
「……は?」
間抜けな声が漏れる。
それは、予想していた光景が訪れなかったが故。
否、離れたは離れたのだ。何故なら、海銅の目の前に堅一の姿はない。それはいい。
だが――。
目の前どころか、視線の先。吹き飛んでいく姿も、それどころか手応えすらも何もなかった。
どこにいった、と海銅の頭が考える間もなく。
「――ちょ、優斗、上! 上だってばっ!!」
自身のジェネラル――パートナーである久世真理愛が、彼の頭上を指さして何かを必死に伝えようとしている。
……上?
そんな馬鹿な、と。疑いつつも、海銅は仰ぎ見て――目を見開く。
視線の先には、空中に身を躍らせ今まさに落下してくる堅一の姿。
呆然と立ち尽くす海銅は、しかし何もすることもできず。
堅一の蹴りが、その隙だらけの体躯に叩き込まれるのだった。




