七話 それぞれの価値観
『まずは、一人目。1年生、ソルジャー1所属、轟朱門君』
舞の紹介を受け、轟がどこか芝居がかったような身振りと共に、頭を下げる。
パチパチパチ、と鳴り響く歓迎の拍手。
その光景を見ながら、堅一は来るであろう状況を考え、なんともいえない気分となる。
……クラスまで言うのか。
つまり、堅一の所属するクラス――ソルジャー4だということが、この場で公表されるわけだ。
『続いて、二人目。同じく1年生、ジェネラル3所属、塩野谷帆霞さん』
眼鏡をかけたおさげ髪の女生徒が、縮こまりながらも舞の紹介に合わせて小さく頭を下げる。
轟とギャルのいざこざもあり、またどちらかといえば地味目の大人し気な外見、性格もあってかここまでほぼほぼ空気な彼女であったが、一応新人の集合場所であったあの部屋からいた女生徒である。
パチパチ、と再び鳴り響く歓迎の拍手であったが。
その音は、轟の時よりも明らかに小さかった。
堅一が檀上から見渡してみれば、拍手をしているのは一部の生徒のみ。
檀上にいる、舞とそのパートナー。檀上ではないが、その付近に立って控えている、聖とそのパートナー。後は、着席している生徒の中の数人といったところ。
残りはと言えば、拍手の振りすらせず、微動だにしていない。どころか、冷ややかな視線を塩野谷に向けている者もいれば、塩野谷を見てすらいない者もいる。
轟の時はほぼ全員が拍手をしていたというのに、この差である。
では、その差は何か。そう考えた時、すぐさま答えは浮かび上がる。
轟は、1クラス。対して、塩野谷は3クラス。
つまり、この0クラスという括りでも、それは変わらずに纏わりつく。
その光景に、事実に、彼女――塩野谷も気が付いたのか、より一層、檀上の彼女の身体が縮こまっている。
……3クラスでこれなら、自分の時はどうなることやら。
あと数分もしない内に訪れるであろうその時を考え、堅一は軽く脱力した。
『轟君と塩野谷さんは、共にゴーストに遭遇し、これを撃退しました。しかし、パートナー契約はせず、お互いフリーで0クラスへの加入となります』
二人の紹介を終え、舞の軽い補足が入る。
それを受け、轟があからさまに、フン、と鼻を鳴らした。その内心は、3クラスのジェネラルと契約するわけがない、といったところか。
『それでは、次。残りの四名はそれぞれ契約を行っているため、パートナーとして紹介を行います』
どうやら、轟と塩野谷はパートナーがいないため、一人ずつの紹介という方式だったらしい。
……悪い、姫華。
来たる光景を想像して、堅一は内心で姫華に頭を下げる。
一人毎の紹介であったなら、1クラスである姫華はまず間違いなく、轟同様、歓迎の拍手を以て受け入れられただろう。
だが、堅一とセットでの紹介となると――。
『2年生、ジェネラル2所属、久世真理愛さん。そのパートナー、2年生、ソルジャー2所属、海銅優斗君』
堅一が複雑な胸中のまま、一組前――金髪ギャルとそのパートナーの紹介が終わる。
見せつけるように、或いは自分のものだと主張するかのように、海銅――自身のソルジャーの腕に抱き着くギャル。もとい、久世。
どうやら、二人共一学年上であったらしい。
パチパチ、と再びの拍手。
二人共2クラスなので、それなりの歓迎かと思いきや、そうでもなかった。3クラスの塩野谷の時とどっこいどっこいといったところ。
パッと見て分かるのが、女子の半数以上が拍手をしていないようだということ。彼女達の久世達を見る表情から察するに、あまり好まれていないようだ。まあ、好まれそうな態度、人柄でなさそうなのはなんとなく見てて思うが。
しかし、それに気付いているのか、いないのか。檀上の久世は動じる様子もなく。ひとしきり海銅の腕に抱き着いていたが、暫くしてから解放した。
――さて、来たか。
舞が堅一達の傍に歩いてくるのを横目に確認し、堅一はそっと姫華を見た。
すると、姫華もこちらを見ていて。堅一と視線が合うと、僅かに微笑んだ。まるで、問題無いとでも伝えるかのように。
……まあ、理解しているんだろうな。
無言ではあったものの、そんな姫華の表情を見て、堅一はますます申し訳なく思う。
轟のようにフリーか、或いは1クラスのソルジャーと組んでいれば、まともな歓迎を受けれたであろうに。
『それでは、最後の一組です』
マイクを持った舞が、堅一と姫華の隣に立つ。
一拍の間を置き、彼女はチラと堅一達に視線をやると、口を開いた。
『1年生、ジェネラル1所属、市之宮姫華さん』
姫華が1クラスであることは、彼女の胸にある校章から、明白。
その横の堅一には校章がないが、それでも姫華が契約しているからにはソルジャー2あたりだろう、とでも想像しているのだろう。
故に、姫華の紹介を聞くとほぼ同時に。眼前の生徒達のほぼ全員の手が、手を叩こうと持ち上がり。
『そのパートナー、1年生、ソルジャー4所属――』
続いた、その単語に。
『――黒星堅一君』
まるで、示し合わせたかのように。
ほとんどの手が動きを止めた。
――パラ、パラ、パラ。
結果、起きたのは疎らな拍手。
だがそれも少し経つと、一つ、また一つと手が止まっていく。
空気を察したのか、或いは拍手をするつもりだったからいきなり止められなかっただけなのか。
未だ拍手をしている者はといえば。
誰の時も、3クラスの塩野谷の時もちゃんと拍手を行っていた、舞達と、聖達。後は、着席している中の、両手で十分に数えられる程の生徒。
それ以外は。
単純に驚いている者。聞き間違いかと舞を見る者。訝るように首を捻る者。笑いを堪えるように肩を震わせる者。完全に見下した視線を投げる者。
まあ予想していた通り、歓迎とは程遠い。
やがては、疎らだった拍手も止み、なんとも微妙な空気が漂う。
『――それでは、全員の紹介が終わったところで……』
進行役である舞は堅一のことを知っていたため、別段大きな反応も無く、進めようと声を上げるが。
その言葉は言い切られることなく、止められた。
「……プッ!」
笑いを堪え切れず、といったように吹き出された、声によって。
ついさっきも聞いたな、とその声の主に心当たりがある堅一が、横を向けば。
「――プフッ、ククッ……アハハハハッ!! ソ、ソルジャー4っ!? マジでソルジャー4なの、アンタ!?」
そこには、まるで先程、轟を笑った時の繰り返しかのように、腹を抱えて大爆笑するギャル――久世真理愛の姿があった。
ただ、今回は彼女のパートナーである海銅優斗も、つられるように笑いを全面に押し出していることが先程とは異なるが。
「……まあ、そうだな」
質問から一拍遅れ、そう、特に言葉を濁すことなく堅一が肯定すれば。
「アハハハハッ!! ソルジャー4!! まさかの、ソルジャー、4っ!! や、やめて、ウ、ウケすぎて、お腹が苦しいっ!!」
ヒィヒィ、といっそ清々しいほどの笑いっぷり。
だが、それもしばらくして落ち着いたのか。
「な、なーんだ、プフッ! ……さ、さっきそこの1クラスが滅茶苦茶ビビってたけど……」
未だに所々笑いを漏らしているものの、久世がまともに堅一を見る。
「アンタ、4クラスなんだ。っていうことは、ただの雑魚じゃん」
正しく、路傍の石ころ、或いは打ち捨てられたゴミを見るような目で。
しかしすぐにその視線は、堅一のすぐ側にいる姫華に向かう。
「そっちもさ、なんで4クラスのゴミとなんか契約してんの? 1クラスなんでしょ。それにその容姿なら、男なんて選り取り見取りじゃん」
明らかに失礼な言い草ではあるが、しかし的外れというわけはない。言葉はあれだが、むしろ正論にあたるほどだ。
しかしながら、当然の如くこの発言に姫華は怒りを覚える。
故に、彼女にしては珍しく、ムッとして言い放つ。
「堅一さんは、ゴミじゃありません」
「ゴミでしょ、4クラスなんてどう考えたって。いくら顔がよかったとしても、論外論外。それにソイツ、取り立てて顔がいいってわけでもないし、何か地味だし。……それとも何、弱みでも握られて脅されてんの?」
「そんなわけありませんっ! 私から、契約を持ち掛けたんですっ!!」
「はあ? マジで言ってんの? ありえなーい」
久世の物言いに、語気が強くなっていく姫華。
対して久世は、最初はけらけらと笑っていたが、徐々にムキになっていく。
ヒートアップしていく、言い争い。
とはいえ、その火種を蒔いたのは、確実に堅一の存在だ。
流石に止めるべきか、と堅一が彼女達の間に入ろうとしたところで。
スッ、と横合いから手が伸びてきた。
制止された形となった堅一は、当然その伸びてきた先を辿る。
舞が、堅一を見て、首を横に振っていた。
「大体、何、その態度? こっちは親切心で言ってやってんの。……それとも何、ソイツに拘る理由でもあんの?」
「余計なお世話ですっ! それに、理由ならありますっ!」
「へーえ、あるんだ? なら、聞かせてもらおうじゃん。1クラスが、4クラスのゴミなんかとパートナーになってるわけっていうのをっ!」
……姫華が堅一に契約を持ち掛けた理由。
1学期の、あの日。堅一も、姫華に投げかけた問だ。
それに、彼女は――市之宮姫華という少女は、答えた。
堅一の目を真っすぐと見据え、澄んだ瞳で、答えたのだ。
「――堅一さんが、私の初めての仮契約の相手だったからです!」
恥じらいも何も一切ない、堂々とした姫華の宣言が、教室中に響き渡った。
それを聞いた久世は、今までの勢いはどこへやら、ポカンと口を開く。
――最初は、ただの夢見がちな少女だと思った。
姫華には告げていないが、確かにあの時堅一はそう思った。
――初めての仮契約の相手と、パートナーになりたい。
どこの物語だと。憧れが過ぎると。
至極真面目に言い切った彼女を、そう思っていた。
だが、本気だと知った。本気で、彼女は自分とパートナーになりたいのだと。
それに、堅一とて、それは他人事ではなかったのだ、と気付いたのは後のこと。
昔、初めて差し出された手を、掴んだ。
疑って、でも心のどこかで、他者を求めていた自分がいて。
手を掴み、恐る恐るの仮契約。
やがては、そのままパートナーへ。
……なんだ、他人事じゃないじゃないか。
気付いた時、そう笑った。憧れていたわけではなかったが、結果的にそうなった。今でこそ姫華とパートナーになったが、それまでは、アイツ以外とパートナーなんて、有り得なかった。
……そら、だったら、何で俺が姫華を馬鹿にできる?
「…………」
まるで、先程までの言い争いが嘘のように、シンと静まり返った空間。
その静寂が、どのくらい続いただろうか。
「……プフッ! ……アハハハッ!! なにそれ、本気っ!? 本気で、そんな理由で4クラスなんかとパートナーになったってのっ!?」
ポカンと呆気に取られていた久世が、ゲラゲラと笑いだす。
先程の馬鹿笑いに劣らない――いや、それ以上の馬鹿笑いだった。
「アハハハッ、バッカじゃないの? 最初の仮契約の相手って……ククッ、パートナーなんて、乗り換えてなんぼでしょ!」
「……乗り換えてなんぼ、とはどういう意味でしょうか?」
笑いによる涙が頬を伝う久世を前に、姫華が冷静に問う。
「決まってる! パートナーなんて、自分のステータスのようなもんだしっ! いい男ってのもそうだけど、契約した数だって、多ければ多いほど、ウチが魅力的だったってことじゃん!!」
……分からなくもないが、しかし。
久世の発言を聞いた堅一は、思わず目を細める。
要は、価値観の問題だ。
例えば、彼女の言い分を恋愛関係――つまり恋人で例えるとすると。
付き合った人間――恋人がいっぱいいたほど、つまりそれは自分に魅力があったから、という解釈。まあ、言ってることは間違っているとは思わない。付き合いたいと思われなければ、つまり魅力がなければ、そうはなれないからだ。
しかし、人によっては、それはただ恋人をとっかえひっかえした節操のない人間ともとれる。
「ウチなんて、この学園に入ってから、何十人と契約してるってのっ!」
「……そういう考えもあるでしょう。しかし私は、単純に契約した数が多ければよい、とは思いません」
久世の考えを全否定するつもりはない。そういう考えの人間もいるだろう。
ただ、堅一は、姫華と同意見だ。
確かに、ジェネラルやソルジャー――ひいては、天能という力は、多種多様。
組み合わせによって、全く異なる戦闘スタイル、戦術がある。違ったことを経験する意味では、それはありだろう。パートナーを変えることによって、才能が開花することもありえる。
……だが、愚直に一つを極めた形だって馬鹿にはできない。
何より。
堅一としては、久世のような人間よりも、姫華のような人間の方が――信じられる。
「ええ、胸を張って言えます。この人が――堅一さんが私のパートナーで、最初の仮契約の相手でよかった、と」
静かで、しかし力強い心の籠った姫華の言葉を聞いて。
ようやく、久世が笑いを止めた。
笑いすぎて零れた涙を拭い、そうして姫華に向けられる――冷めた視線。
「はぁっ、全く、どこかのお嬢様じゃあるまいし……ソルジャーがゴミなら、ジェネラルは頭がおかしい。あー分かった、前言撤回。お似合いよ、アンタら。凄くお似合い」
堅一が、舞を見る。
すると、彼女は一つ頷き。堅一を止めていた手を、下げた。
姫華の隣に堅一が並び、久世を見た。
「……何、その目? ソルジャー4のゴミが、ウチに楯突くわけ? それとも、頭がおかしいとはいえ、奇跡的に1クラスのジェネラルと契約できて調子に乗っちゃってる?」
やれやれ、とわざとらしく久世が、頭を振る。
そうして久世は、ハッと堅一と姫華を嘲笑い。
「ま、そうよねっ! 頭がおかしくなきゃ、誰が好き好んでアンタみたいなゴミと契約するんだっての。ああ、それか4クラスレベルのゴミ同士で仲良くするか、か!」
――頭がおかしい。
――ゴミ同士。
ピクリ、と堅一の腕が震え、拳が握られる。
久世の向こう側で、轟が顔を青くしたのが見えた。さて、何で顔を青くしたのだろうか。何かを思い出したのだろうか。何か心当たりがあるのだろうか。
まあ、そんなことはどうでもいい。
――久世は、二人を馬鹿にした。
きっと、今自分は恐らくいつも以上に無表情になったのだろうな、と。堅一は他人事のように思った。
そんな堅一の様子を、どう見たのか。
久世は、苛立ったようにチッと舌打ちをすると。次の瞬間、まるでいいことを思いついた、とでもいうようににんまりとした笑みを浮かべ、パートナーである海銅の耳に顔を寄せた。
轟の時とは打って変わり、海銅もまたこちらを見下したようにニタニタと不快な笑みを浮かべている。
相手が1クラスから4クラスに変わったわけだから当然といえば当然の反応だが、現金なものである。
何やら相談を終え、久世が轟を振り返った。
その、轟の様子がおかしいことに、若干首を傾げるも。
「まさか、アンタが散々ビビってたのが、4クラスのゴミとは思わなかったけど。……まあ、そんなゴミにアンタはあんなビビってたわけだし? それを倒したのなら、どっちが上かは明白よね」
名案、とばかりに久世が自信満々に言い放ったのだ。
「アンタ達にシュラハトを申し込むっ! 泣いて謝ったって許さない、ウチと優斗で襤褸切れにしてやるしっ!!」
堅一の背後で、舞がニヤリ、と笑った。




