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ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第三章 パートナー解消?編
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六話 新人紹介

「――やめんか、馬鹿者」


 そんな、ある意味緊迫した一触即発の空気を破り。

 ゴチン、と鈍く痛々しい音が、舞の言葉と共に響いた。


 列の先頭から最後尾(ここ)まで近づいてきていた舞が、聖の頭に容赦なく拳を振り下ろしたのである。


「うう~、舞ちゃんひどいです~」

「……お前が言うな、聖」


 蹲って頭を押さえ、涙目となって舞を見上げる聖。

 彼女とは違った意味で頭に手をやり、溜息を零す舞。


 さて、そんな一連の流れを、いつから見ていたのだろうか。


 新人一行の中での先頭にいた轟は、わざとらしく咳払いをしながら、チラチラとこちらの様子を伺っているようであった。何故か、その顔どころか首筋まで赤い。

 その後ろ、合流してから今までほぼほぼ空気に等しかった眼鏡の女生徒も、轟同様顔を赤くしている。

 で、堅一達のすぐ前を歩いていた、あのギャルは。

 普通に、引いていた。


 ……ああ、そうだな。多分それが正しいだろうさ。


 恐らく堅一もただの一外野であれば、ギャルと同じような反応をしていただろう。


 それはさておき、兎にも角にもどうやら終わったようだ。

 ふぅ、と一息ついた堅一は、しかし次の瞬間に渋面となる。思えば、あまりに馬鹿馬鹿しいことに真剣になっていたのに今更気付いたからである。


「……あ、あの、堅一さん」


 そんな彼に、すぐ真横から声。

 振り返れば、人の頭一つ分程度しか距離がないほど近くに、頬を僅かに紅く染めた姫華の顔があった。


「ん、なんだ……あ、わ、悪い」


 問いかけようとして、今の状況――即ち、堅一が姫華の身体に腕を回して抱いているような状態となっていることに気付いた。聖の飛び付きから庇うため、堅一が咄嗟に姫華の腕を引いた結果である。

 腕を回していたことを謝り、すぐに離す。いくら庇うためとはいえ、抱くような形となったのはまずかった、と堅一は姫華からの苦言を覚悟したのだが。


「い、いえっ……そ、その、ありがとうございます」

「……ん、あ、ああ」


 堅一の予想に反し、苦言どころかむしろ礼を言われてしまった。

 真逆の反応であったことに呆け、堅一の返事が曖昧となる。

 微妙な雰囲気となり、互いを見合う、堅一と姫華。


「――すまないな、黒星君に、市之宮君」


 そんな二人に、舞から声がかかった。

 互いが互いをじっと見ていたことに気付いた二人は、慌てて舞の方へ振り返る。


あれ()は、もう先に行かせた。君達新人の到着を中に知らせる者も必要だったからな、丁度いい」


 その言葉を受けて堅一が周囲を見渡すと、なるほど、確かに聖とそのパートナー達の姿はなかった。

 加えて、舞の言葉で漸く気付いたが、どうやら目的地に到着していたらしい。


 眼前には、普通の扉に比べれば少々大きめの両開きの扉。室名札には、『視聴覚室』とある。

 中にはそこそこに人がいるようで、それなりのざわめきが漏れ聞こえてきていた。


「あ、あの天坂先輩。……洞ケ瀬先輩は、その……」


 遠慮がちに、おずおずと声を上げたのは、姫華。

 だが、その言葉は要領を得ない。

 まあ、いたしかたないことだろう。堅一自身、聖のことを質問するとなれば、何と聞けばよいのか上手い言い回しが思いつかない。

 仮にも上級生。よもや直球で、頭がおかしいのか、などと聞くわけにもいくまい。


 しかし、姫華のその言葉だけで舞は理解したようで、彼女は額に手を当て、目を瞑った。


「ああ、本人()曰く気に入った者にやる、らしい。……かくいう私も、以前やられた」


 もっともすぐに黙らせたが、と付け加え、舞は腕を組む。

 列の先頭にいる舞のパートナー達も、そんな聖の行動は把握していたらしく。


「……そういえば、私もやられたわね。不気味すぎて、思わず蹴り飛ばしちゃったけど」

「俺はやられてないっすけどねー」


 やられたらしい雨音は、物騒なことを堂々と。過激とも思えるが、まああの様子を見る限り、その対応は間違っていないのかもしれない。

 それとは逆の南雲は、あっけらかんと。ただし、やられていないということは、つまりそういう(気に入られてない)ことなので、若干物寂しい感がしないでもない。


 ……気に入った者?


 舞の言葉の中にあったフレーズに、堅一は思わず当人でもないのに舞の顔を見やった。

 気に入られる要素が見当たらなかったからである。

 姫華はどうか知らないが、少なくとも堅一は今日初めて洞ケ瀬聖の存在を知ったレベルだ。つまりは接点などなく、気に入られるなどはほぼほぼありえない。


 極僅かでもあるすれば、第一印象がよかった、という線がなくもないが。しかし堅一自身、自分のどこに初見の相手にいい印象を与える部分があるだろうと疑問に思うほどである。

 つまりは、それは無いということは断言できた。


「――舞ちゃん」


 堅一がそんなことを考えていると、眼前の視聴覚室の扉の片側が開き、件の洞ケ瀬聖が顔だけをを覗かせた。

 その顔を見た瞬間、思わず堅一と姫華がビクリ、と反応する。


「ああ、分かった。……では、雨音」


 だが、舞に拳を貰ったのが効いているのか、或いは分別はちゃんとわきまえる人間なのか。聖はにこやかに微笑み、扉の中に戻っていった。


 聖の合図を受けて、堅一達と共に列の最後にいる舞が、列先頭の雨音に指示を出す。

 了解、と頷いた雨音が、両開きの扉に手をかけ、押し開いた。

 その後ろに南雲、それから胸の校章を見せつけるように胸を張った轟を筆頭に所謂0クラスの新人が続き。その最後に位置する堅一と姫華、そして引率役である舞が扉を通る。


 大き目の扉から予想していた通り、室内の様相は他の一般の教室とは違っていた。

 比較的高めの天井に、横三列、縦数十列と並べられて固定された横長の白い机と椅子。

 まあ、旧校舎とはいえ視聴覚室らしいので、ただの教室でないのは当然なのだろうが。


 既に中にいて着席している、0クラス所属であろう生徒達。ここにいるので全てとするならば、丁度一クラス分程度の人数か。

 そんな生徒達の興味津々の視線――中にはあまり興味なさげな生徒もいるようだが――を受けつつ、座っている彼等の間を通り、雨音に誘導されるまま、堅一達新人は教室の前方にある檀上に立った。

 先陣を切った轟が、檀上から向かって右。列の最後であった姫華と堅一は、檀上左端、という立ち位置だ。


 着席する生徒達の真正面であるため、必然的に多数の視線が遠慮なく注がれる。

 もっとも、その程度で動じる堅一ではなかったので平然として立っていたが。


 ――ゴクリ。


 傍らからそんな音が聞こえて、意外な思いと共に振り返った。

 喉を鳴らしたのが、姫華だったからである。

 1クラスでジェネラルの学年次席である姫華ならば、このような状況、慣れていると思っていたが。


 そんな視線に気付いたのか、姫華が堅一の耳に顔を寄せる。


「学園内でも有名な先輩方が多数いらっしゃいますね」


 それだけ言うと、姫華は堅一から離れた。

 なるほど、そういう理由だったか、と堅一は思いはしたものの。


「…………」


 そう言われても、だ。

 正直、堅一には姫華が誰を指してそう言っているのかがピンと来ていない。試しに見回してみて、実力がありそうだな、という生徒は何となく勘で分かるが、それだけだ。名前は勿論、それが姫華の言う有名な先輩なのかも分からない。


 なぜなら、入学当初、堅一が意識していたのはただ一人の名前だったからだ。むしろ、それがこの弐条学園に入学した理由ともいえる。


 ――かつてのパートナーであった、ジェネラルの名前。


 ただそれだけを、入学してから堅一は探した。それ以外の名前など眼中になく、頭の片隅にすら留めるつもりがなかった。そして、その名前が生徒の中に無いと知るや、すぐに学園のこと自体に興味を失った。退学しようとすら考えていたのである。


 そんな、堅一だ。

 率直に言って、有名な上級生と言われてもピンと来るわけがない。ぶっちゃければ、上級生どころか、同級生すら微妙だった。

 とはいえ、クラスで耳に届く誰かの会話や、4クラスで唯一仲がいいといえる荒山毅の愚痴だったり、お前どこから仕入れてくるんだという情報を聞いたりする機会があったといえばあったのだが。

 それはともかく、堅一的には特に興味のないことだったので、そういった学園事情に関しては、恐らく堅一は学園一無知と言えるだろう。


 そんなわけで、緊張とはかけ離れた、微妙な面持ちで堅一は立っていた――というか、立たざるをえなかったわけだが。


『それでは、今回0クラスに迎えることになった、新たな仲間を紹介しましょう』


 いつの間にやらマイクを片手に、どこか大仰な、しかし様になっている舞の紹介の挨拶を耳にして、我に返る。

 気付けば、先程まで堅一の後ろにいた舞が、檀上の右端――轟朱門の近くまで移動していた。

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