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ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第三章 パートナー解消?編
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五話 洞ケ瀬聖

「うふふ~、さーっすが男の子のソルジャー、がっしりとしてますね~」

「…………」


 ペタペタペタ、と。

 洞ケ瀬聖が、歩きながら身を堅一へと寄せて、その腕を触っている。

 興味津々とした雰囲気を出しつつも、しかしふんわりとした笑みは絶やさずに。


 0クラスに所属する生徒達が待っているという場所に向かう、その道中のことである。


「…………」


 それは何の脈絡もなく、唐突で。

 あまりにも無遠慮に。あまりにも自然に。

 これがもしも、一声かけられてのことであったなら、堅一は当然許すはずもなかったのだが。

 突然横に並ばれての、いきなりのこれであった。


 仲が良いのであればまだしも――良かったとしてやっていいわけでもないが――堅一と聖は、先程が初対面。もっとも、聖は舞から堅一のことを聞いていたようなことを匂わせていたが、しかしそれだけの関係性である。


 堅一を挟んで聖の反対側を歩く姫華は勿論のこと、やられている堅一ですら彼女の急な行動で呆気にとられ、腕を振り払うどころか声を上げるのも忘れていた。


 ――何やってんの、コイツ達?


 堅一のすぐ前を歩く、先程の問題の片割れ――金髪ギャルと、そのパートナーと思しき彼は、口にこそ出していないものの。振り返ってまでこちらを見るその視線が、雄弁とそう語っている。


「……え、あ、あの……何を、なされているのでしょうか?」


 一番初めに復帰したのは、姫華だった。

 おずおずと、困惑したように。ペタペタと躊躇なく堅一の腕を触りまくる聖に、声をかける。


「うふふ~、ごめんなさいね、市之宮さん。ほら~、私のソルジャー、光ちゃんと紗羅ちゃんって、小さくて可愛らしいから~、つい、ね?」


 しかし、聖はぺたぺたと触るのを止めない。

 その上、どうにもズレた答えが返ってきた。いや、そもそも答えとして成立していない気がするが。


 果たして、何が、ね、なのだろうか。

 確かに、彼女のパートナーたるソルジャーは、両方女性である。そして二人共その年代の割には小さい部類。

 さて、そのパートナーはと言えば――。


「はわっ! はわわわわっ!! 聖先輩、だ、大胆ですぅ……」

「怠い……」


 片や、顔を真っ赤にしてわたわたとし。

 片や、ぬぼーっと興味などこれっぽっちもなくただただ気だるげ。


 援護は欠片も期待できそうにない。


 しかしながら、解せないのは。男性のソルジャーなど珍しくもなんでもなく、この弐条学園でも廊下を歩けば普通にすれ違うということ。

 更に言えば、堅一は平均的な体型だ。痩せてもいなく、太ってもいない。背はどちらかといえば高い方だが、取り立てて高身長というわけでもない。まぁ、同年代に比べれば、踏んできた場数故か、がっしりしている方といえば方なのだろうが。


 依然、にこにことして堅一の腕を触るその目に、敵意や害意の光はない。あるのは、単純な好奇か。


 ――苦手なタイプかもしれん。


 このような、積極的にべたべたと接触してくるような性格の人間を、堅一は不得手としていた。

 言うなれば、数カ月前にシュラフェスで久しぶりに再会した、誰かさん(ルアンナ)とか。久方ぶりにコンビで戦った、誰かさん(ルアンナ)とか。その異名(絡新婦)に相応しく、獲物を見るような目でこちらを見る、誰かさん(ルアンナ)とか。


 単純に対応するのが面倒なのだ。こういう手合いは、何度あしらってもしつこいから。


 とはいえ、いつまでも腕を触られているわけにもいかない。

 強引ではあるが、堅一は右腕に力を込め、聖の手を振りほどく。


 明確な拒絶。これだけされれば、例え何も言わなくとも意思は伝わるというものだろう。

 だが、しかし。


「うふふ~」

「…………」


 振りほどいたにも、関わらず。ふんわりとした笑みは欠片も陰ることなく、聖はニコニコとして再度堅一の腕をとった。

 まるで、何事もなかったかのように。


「……あの」

「はい~?」


 ここにきて漸く、堅一が声を上げるが。

 どこ吹く風といった様子の聖。


「……やめてくれません?」

「もう少しだけ~、ね?」


 間接的な拒否は意味をなさないことを理解した堅一が、今度は直接言葉にするが。

 もはやそれすらも無駄であるようだ。


 相変わらず、ね、が意味不明である。むしろ、それでごり押そうとしているのではないかとすら思えてきた。


 正直ここまでくると、堅一としてはもう面倒さの方が勝ってくるレベルである。しかし、無遠慮にベタベタと腕を触られているのも、あまり気持ちのよいものではないのも事実。

 故に、強硬手段。


「……悪い、姫華」


 堅一は左隣を歩く姫華に一声かけると、先程と同じように聖の手を振りほどく。そして、姫華が聖と堅一の間に来るよう彼女の側面に回り込み、立ち位置を移動した。


 これには、姫華も苦笑い。

 しかし、姫華としても堅一がベタベタされている現状には内心そわそわしていたので、自身が壁とされたことに怒りもせず受け入れる。


「あ~ん、黒星君はいけずですね~」


 ここで初めて、聖の笑みが陰りを帯び、伸ばされていたその腕が引っ込んだ。

 どうやら諦めたようだ。そう、当事者である堅一が、そして内心そわそわしていた姫華が胸を撫で下ろした、次の瞬間。


「――では、今度は市之宮さんですね~。紗羅ちゃんにも光ちゃんにもない、そのプロ―ポーションのよい肢体、堪能させていただきましょう~」


 瞳を光らせ、わきわきと両の手を開閉する聖。

 さらっと自身のソルジャーを引き合いに出すのは先程と同じだが、理由が若干異なっている。

 そして、その引き合いに出された彼女のパートナー達はといえば。


「はわぁ……同学年なのに、何故私と市之宮さんとでは、こうも違うのでしょうか」

「あー、面倒……」


 片や、自身の身体を見下ろしては肩を落とし。

 片や、チラっとこちらを見たものの、それだけ。


 ――いや、止めろよ。


 彼にしては珍しいことに、堅一が心の中で突っ込む。

 だが、今は期待できないことに意識を向けている場合ではない、と堅一が事の元凶を見れば。


「うふふふ~」


 さて、そうこうしている内に、聖はじりじりとにじり寄ってきていた。

 その視線は、姫華を完全にロック。にこにことした笑みといい、意味深に光る視線といい、わきわきとさせた手といい。

 同性だからまだマシと言えるものの、これが男子生徒であれば即アウトだ。


 ――見境無しか、こいつっ!?


 聖のその様子に、堅一は先程の言が冗談でないことを悟る。

 男のソルジャーがどうこう言っていたから、最終手段として男でもなくソルジャーでもない姫華を、堅一は盾としたというのに。

 よもや、理由ごとターゲットを切り替えてくるとは想定外であった。

 流石の姫華も、この事態には少々顔を引き攣らせ。本能的に聖から少しでも離れようとしているのか、グイグイと堅一と密着するような形となる。


 こうなったのも、ある意味堅一が原因といえば原因。

 同性同士のじゃれあい、と表現すれば聞こえは良いが、それだけには収まらないなんとも危険な気配がする。少なくとも、姫華を今の聖に近づけさせるとマズイ気がする、と堅一は直感的に思った。


 ……なにより、姫華も怯えてる気がするし。


 無意識なのだろうが、先程から姫華が堅一の腕をその胸に抱きかかえるようにしている。

 そしてグイグイと密着してくるものだから、思い切り当たっている。……本人は意識していないのかもしれないが。


 仕方がない、取り敢えず元に戻るか。

 そう決心した堅一が、自身が壁となるように立ち位置を入れ替えようと、姫華の腕を引こうとした、その時。


「……一体何をやっているんだ」


 呆れたような、声。

 声の出どころを見やれば、先頭を歩いていた天坂舞が、その声同様呆れた表情でこちらを見ていた。

 見れば、舞だけでなく、その後ろに続いていた面々――つまりは、最後尾の姫華と堅一及び洞ケ瀬聖とそのパートナー以外の面々が、皆一様に足を止めて堅一達を見ていた。


「あ、あ、天坂先輩っ! そ、その、洞ケ瀬先輩がっ……!?」


 天の助け、と言わんばかりに姫華が舞へ状況を説明しようとするが、その言葉は最後まで続かなかった。


 堅一が、姫華を引き寄せたからである。

 一拍遅れ、聖がつい数舜前まで姫華がいた空間に、飛び付いた。比喩でもなんでもなく、文字通りに。


 姫華は、一年の女生徒の平均からすると高身長の部類であり、それと比べると聖は彼女より若干小さい。

 恐らく、抱き着こうとしたのであろう。少なくとも、堅一の時みたく腕を触る程度の勢いではなかったというのは、確実に言える。


 が、気を抜いていなかった堅一によってそれは阻止された。

 聖の両腕が、虚しく空を切る。


「あ~ん、本当に黒星君はいけずですね~。でも、そこまでされると、逆に燃えてくるというものですよ~、ね?」


 しかし、聖も諦めていないようで。

 残念そうに言うものの、相も変わらず、手はわきわき。笑顔にこにこ、瞳キラキラとまるで獲物を狙う野生動物のよう。

シュラハト(戦闘)中でないというのに、その聖の雰囲気に堅一も思わず腰を低くして備える。


「さあさあ~、市之宮さん。観念して、そのわがままボディを、お姉さんに触らせて下さ~いっ!」


 のんびりとした口調とは裏腹に、聖が姫華に向け、煩悩剥き出しに飛び掛かった。

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