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ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第三章 パートナー解消?編
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四話 0クラスの新人

 堅一と、轟の視線が交差する。

 ただ、それだけで。


「……んなっ――なな、なっ!?」


 声を震わせつつも、弾かれたように轟朱門が立ち上がった。

 ガタンッ、と、彼の座っている椅子が大きな音を立て、勢いよく後ろに倒れる。


「――何故、君がここにいるんだっ!?」


 絶叫と悲鳴が入り混じったかのような、声だった。

 顔面は蒼白。目は大きく見開かれ、まるで有り得ないものを見るかのよう。

 腕はブルブルと激しく揺れつつも、その手の指先は眼前の人物に向けられている。


 その指を向けられた当人――堅一は、その様変わり用に二、三度眼を瞬かせつつも。


「何故、も何も……多分、お前と同じ理由だと思うが」


 冷静に、そしてシンプルに返答した。


 だが、いきなりの展開に、周囲は唖然。特に、既に轟と共に室内にいた生徒達は、目を白黒させて堅一と轟の顔を交互に見ている。

 ここまで共に来た雨音と姫華も、彼等ほどではないが、驚きで固まっており。

 唯一、舞だけが何かを察したように、静かに事の成り行きを見守っていた。


 ――やらかしたとはいえ……久しぶりだな、この反応は。

 そんな中、堅一は一人、1学期の失態を改めて悔いると共に、懐かしさを胸に抱いていた。


 逆であるならばいざ知らず、黒星堅一(4クラス)に対して轟朱門(1クラス)がなぜこんなにも過剰とも言える反応をするのか。

 その原因たる現場――闘技場での一幕を見ていたのは、学園の中でもほんの一部の生徒のみであり。更に言えば、詳細を明確に知っているのは、この弐条学園において、当人達以外にはいない。

 だから、その理由が公になったとすれば、誰もが疑問を抱くだろう。


 つまり轟は、恐れているのだ。黒星堅一のことを。


 己の天能が意のままに操れるどころか、まるですっぽり抜かれてしまったように行使できなくなった、あの喪失感を。絶望を、忘れたくても忘れられない。

 あの時、堅一が去ってから僅か後に、己の天能が元のように行使できるようになったとはいえ。再び、あの感覚を味合わされるのではないかと。


 だが、今の堅一にそんなつもりはない。というか、正確に言えばあの時ですらそんなつもりはなく、やってしまってから後悔したものである。

 言うなれば――そう、タイミングが悪かったのだ。


 轟が、堅一に対して鍛錬という名の甚振り(いたぶり)を強制した、あのタイミングで。

 もし、姫華が堅一に契約を持ち掛けていなければ。もし、舞と堅一が言葉を交わしていなければ。もし、轟が愚弄したのが堅一だけであったなら。

 そのどれか一つでも違っていたら、恐らく轟は引き金を引くことはなかったろう。

 だが実際、轟は堅一を怒らせ、その呪いを受けた。


 堅一の持つ呪いの一つ――天能封じの呪い。

 その呪いを受けた者は、契約武装を除き、一時的に天能を封じられる。


 それがそういうものである、と理解していたのなら。或いは、轟はここまで堅一に過剰に反応することはなかっただろう。堅一に対する意識、認識が変わったとしても、だ。

 しかし彼は知らなかった。というより、未だに知らない。あの時、何が起こったのかを。


 突然、自身の天能が使用不可となったのだ。そんな経験は、今までに無い。理由も、分からない。

 ただ、一つ分かるのは――堅一(相手)が何かをした、ということのみ。


 故に、認識が変わる。

 見下して当然、歯牙にも掛けない格下の落ちこぼれから――理解不能な未知の恐怖へと。


 その目は、堅一にとって懐かしく、そして見慣れたものであった。

 昔にも、あったからだ。

 知り合いからは距離を置かれ、見知らぬ人からは虐げられ、しかしその理由が分からなかった、あの頃。

 感情を制御することができず、喜怒哀楽のまま――といってもほとんどが怒りと悲しみであったが――に過ごしていた、今よりずっと子供の頃。パートナーを持つという経験をしていなかった時。


 大人達は遠巻きに見るか、陰口を叩くかこそしたものの、直接手は出してこなかった。

 だが、子供達は違う。誰に言われたのか、或いは単純に大人達すらそういう態度であるからか。

 堅一がそういうものだと、何をしても許されるのだろうと。

 時に一人、時に数人、数十人で。堅一を害しようとした。その手は時に、堅一の妹にまで及んだ。


 悔しくて、悲しくて――やがては怒りに支配され、目の前が真っ暗になって。

 気付けば、相手は怯えた目で堅一を見ていた。

 そんなことが何度もあり。しかし初めてのパートナーを持ってからは、感情を制御するということを覚えてからは、そんなこともなくなって。


 だから、やってしまったと。

 そうしないように努めていたのに、意識を失うほどではないものの怒りに支配されてしまったと。

 あの時、堅一は思ったのだ。


「お、同じ……僕と、同じ……」


 顔を引き攣らせつつも、しかし堅一の言葉はしっかり耳に届いたようで。


「な、なるほど。つまり、君もゴーストを……い、いや、勿論分かっていたさ!」


 今、堅一がここに来たのは、自身が目的ではない。あの日と同じような目に合わせるために、来たのではない。

 それを、理解してか。轟は一瞬安堵の表情を浮かべ、しかしすぐに声を張り上げた。

 もっとも、堅一にその気は無いため、轟のそれは杞憂、或いは被害妄想でしかないのだが、それはさておき。


「つまり……あ、あれだ。君もゴーストを撃破していたのか、ということに驚いたんだっ! 分かっていたとも、うん!」


 それが虚勢であるのは、誰の目にも明らか。

 本人も、それが苦しいのを理解しているのか。或いは、隠し通せていると思っているのか、大仰に、何度も何度も頷いている。

 ただ、轟の反応が余程異常であったからか、ほとんどの者は未だ目を丸くしており。


「…………」


 当事者たる堅一も、反応に困ったように首筋を掻くだけ。

 そんな中、それは聞こえた。


「……プッ!」


 笑いを堪え切れず、といったように吹き出す、声。


「――プフッ、アハハハハッ!! いやいや、あんな大げさにビビっといて、それはないっしょ!! ヤバい、マジウケるんですけどっ!!」


 部屋中の視線が集中した先は、壁際に立つ金髪の女生徒だった。

 夏休みでこんがり焼いたのか、或いは元々なのか、日焼けしたような浅黒い肌。加え、その言葉遣いは、所謂ギャルっぽい。

 そんな彼女が、腹を抱えて大爆笑していたのだ。


「……な、何がおかしいというんだいっ!? こ、このソルジャー1たるこの僕が、ビ、ビビるなど――」

「アハハッ、アハハハハハッ!!」


 当然かはさておき、それに対して轟が反論するが、しかし大爆笑するギャルは意に介さず笑い続ける。

 余程ツボに入ったのか、はたまた何にでも笑い転げる性質なのか定かではないが、その目尻には涙すら光って見える。

 彼女からすれば純粋に可笑しいのかもしれないが、他者から見ればそれは煽っているとしか思えない。


「アハッ、アハハッ!! ……あー、可笑しいっ! ね、優斗もそう思うでしょ!?」

「え? あ、ああ……そ、そうだな、真理愛」


 しまいに彼女は、隣に立つ男子生徒へとしなだれかかり、その腕に抱き着いた。

 抱き着かれた男子生徒――優斗と呼ばれた彼は、しかし曖昧に肯定する。彼の視線は、轟の顔と、その胸に輝く校章を行き来していた。


 優斗、真理愛とお互いの名を呼び合う彼、彼女の胸には校章が無い。各学年のトップクラスである、1クラスを象徴する校章が。言葉に力が無く、曖昧な返答であったのは、恐らくそれが理由だろう。

 だが、それでも肯定したのは。親密さが明白である彼女にいい格好をしたかっただからだろうか。


 さて、男子生徒のほうは、引き気味の愛想笑いであるのだが。問題のギャル生徒の方が、相も変わらず大爆笑が治まる気配がない。


 堅一からすれば、別段大爆笑されようがどうでもいいのだが、しかし轟は違う。

 明らかにプライドが高そうな彼がそれを目の前でやられて、平静でいられるわけがない。


「……このっ!」


 轟の頬に朱が差す。ブルブルと、その全身が震えていた。先程の堅一への恐れとは異なり、自身が笑われているという怒りからだろう。


 醜態を晒したとはいえ、仮にも轟は1クラスのソルジャー。彼の持つ火という天能は、よく知られるものであり、だからこそソルジャーの力量によって強さが明確になる。1クラスであるということは、中々強力な部類であることは疑いようのないことだろう。


 緊迫した空気が広がり、荒事に発展するかと思われた、その時。


「――はい、双方そこまで。一度落ち着き、後で好きに話し合うといい。……ああ、なんならシュラハトで決着をつけても構わない。これから同じ立場となる以上、禍根は残さないに越したことはないだろう」


 パンパン、と舞が手を打ち鳴らし、両者の間に割って入った。


「だが、今は時間の関係もある。悪いが、進めさせてもらうよ……では皆、着席してくれ。移動する前に、軽く説明しておこうか」


 有無を言わさない口調。舞の切れ長の目が、二人を射抜く。

 その眼光には、さしもの轟も押し黙り、口を噤む。彼にとって舞が、1クラスの上級生ということもあったのかもしれない。

 轟は、自身が倒した椅子を元に戻すと、勢いよく腰掛け、元のようにふんぞり返った。しかしやはり堅一を気にしているのか、顔こそ明後日の方向を向きつつも、視線だけをチラチラと寄越している。

 件のギャル生徒も、睨むように舞を見たものの。しかし渋々といったように口をとがらせ、指示に従った。


 場が治まったのを見てか、他の立っていた生徒も指示通りに着席していく。

 未だ入口扉付近にいた堅一と姫華も、空席に座った。


 そうして、部屋の中央に大きく四角形に配置されたテーブルの席に全員が着席したところで。

 舞が全員の顔をぐるり、と見回し、口を開く。


「まず、急な呼び出しにも関わらず来てくれて感謝する。迎えの関係で初対面の生徒もいるため、改めて名乗ろう。私は、二年のジェネラル、天坂舞。一応、0クラスでは二年の取り纏めのような役をしている。こっちは、パートナーの鳴瀬雨音に、南雲蓮。どちらも私と同じ二年生だ」


 舞が名乗り、隣に座る雨音が軽く頭を下げる。

 その更に隣に座る南雲が、ども、と短く手を挙げた。

 彼が舞達と別行動というのは分かっていたが、既にここで待機していたようだ。


「――うふふ、では、私達も自己紹介をしないといけませんね~」


 と、ここで、堅一の耳に聞きなれない、おっとりとした声が上がる。

 舞達のすぐ側に着席する、女生徒だ。彼女は、主に堅一と姫華の方を向きつつ、その特徴のある声で告げる。


「同じく0クラスで、舞ちゃん達の補佐をしてます、二年のジェネラル、洞ケ瀬(どうがせ)(ひじり)です~。で、こちらが私のパートナーの(かば)(ひかり)ちゃんに、樫村(かしむら)紗羅(さら)ちゃん。光ちゃんは二年生で、紗羅ちゃんは一年生なんですよ~」


 その口調と同じように、ふんわりとした栗色の髪を持った彼女は、舞と同様に自身と、そのソルジャーを紹介する。


 ……小さい。


 一見して極めて失礼なことを心に思いつつ、堅一は彼女達を観察する。

 ジェネラルである洞ケ瀬聖は別として、そのソルジャーである二人の女生徒は、明らかに平均以下の身長であり、似たような背格好をしていた。見る人によっては、両者共小学生でも通用するかもしれない。

 彼女達が同学年と言われればあっさり納得でき、むしろ一学年異なると言われた方が違和感がある。


 ただ、見た目は似たような姿であっても、その性格は対象的で。

 ぐでーっとして心底怠そうに頭を小さく動かしたのが、恐らく二年の蒲光。目に力が感じられず、その所作一つとってもやる気が感じられない少女。

 「よろしくお願いしますっ!」と元気よく声を上げたのが、一年の樫村紗羅。こちらは、元気溌剌としていて、むしろやる気しか感じられない少女。


 ……学年違いのパートナーとは、珍しいな。


 全くいないわけではない。しかし機会的な点や、親しみやすさ的な点もあり、学園でのパートナーは、同学年で契約されることが多い。


 ……それに、一人だけ1クラスじゃないのか。


 ジェネラルの洞ケ瀬聖と、一年のソルジャーである樫村紗羅の胸には校章があるのに対し。二年のソルジャー、蒲光にはそれがなかった。


「もう、光先輩っ! こういう時くらいしっかりしましょうよー!」

「……無理、面倒」


 だが、険悪さはまるでない。

 後輩でありながらも、クラスという点で先輩より優秀である樫村紗羅は、しかし1クラスではない蒲光を見下した様子もなく、むしろ慕っているように見える。


 そんな二人の様子を見ていた堅一であったが。


「うふふ、舞ちゃんから貴方達のことを聞いて、ずうっと、会いたいって思ってたんですよ~?」


 洞ケ瀬がにこにことした笑みで堅一達を見ているのに気付き、意識を彼女に向ける。


「今日だって、舞ちゃんは珍しくご機嫌で――」

「んんっ、余計なことを言うな、聖」


 だが、何かを言おうとした洞ケ瀬を、舞が即座に止めた。

 そうして、舞はこちらに向き直り。


「さて、この2学期から、君達には0クラスに所属してもらうわけだが――集まってもらったのは、他でもない。既に0クラスに所属している生徒との顔合わせ、もとい君達新人生徒の紹介だ」


 ようやく、その目的を告げる。


「その前に、一度君達同士で互いに軽く紹介しあってもよかったのだが……まあ、色々あってね。既に、君達の先輩――つまり0クラスに所属する生徒が、別室に集まっている。どの道そこで行うのだから、今はいいだろう」


 色々あって、のところで、舞がチラと轟と真理愛――あのギャルを見た。

 確かに、懸命な判断か。一旦治まったとはいえ、あの空気は舞が無理矢理終わらせたにすぎない。

 和気藹々と自己紹介が終わるとは思えなかった。


「――では、行こうか。皆、私達に着いてきてくれ。聖、君達は最後尾だ」

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