三話 顔合わせ
堅一のあからさまに面倒臭そうな表情に、しかし天坂舞は気分を害した様子もなく、楽しそうに笑った。
「ははっ、君は本当に正直で気持ちがいいね、黒星君。色々な君の顔を見ることができて、本当に感慨深いよ」
そう言うと、舞は自然な動作で堅一に近づき。
互いの息遣いが耳に届く距離まで、二人は――正確には、堅一に舞が、接近する。
――君のファンの一人として、ね。
囁くように、堅一だけに聞こえるような声量と共に、舞が片目を瞑る。
そういえば、1学期。
初めて0クラスについて知らされたあの日、面と向かって堅一のファンであったと彼女が言っていたのを思い出す。あの時は別のことに気を取られていて、今の今まで忘れていたが。
確かに、以前のチームは当時そこそこに知名度はあり、応援してくれる人はいた。チーム全体としては勿論、選手個人に対しても。それは否定しないが、しかし堅一は、特別自分を応援してくれた人はいないだろうと今でも思っている。
単純明快、自分はそのような感情を向けられるような人間ではないと理解しているからだ。試合の出場頻度も割合で言えばチームメンバー内で低い方で、出場したとしてもほとんどが多対多の試合。加え、目立つことはなく堅一は常に脇役だった。
――そら、何処にファンとなる要素がある?
誰かに聞いたことはなかったが、聞く必要がないほど明瞭だ、と堅一の中で自己完結していたのだ。
ゆえに、どちらかといえば、舞のその発言を冗談寄りに堅一は捉えている。昔の堅一を知っていたのは事実なのだろうが。
そのため、彼女の言葉に対してほぼほぼ動揺することなく、むしろ胡散臭げに見る。
「とはいえ、再びこうして押しかけることとなって、申し訳ない」
そんな堅一の反応を、どう受け取ったのかは不明だが。
舞は、スッと堅一から離れると、謝罪と共に頭を下げた。
途端。
背後、ソルジャー4のクラスからは、息を呑んだような反応が多数。
堅一の背中に突き刺さる視線が、一部。
どうして黒星に、あの天坂先輩が頭を下げて――。
と、何故か堅一を批判する声も耳に届いてくる。
ああ、そういえばこの先輩は女生徒に人気のあるジェネラルだったなと。
同学年の実力者どころか、上級生にも興味を抱いていなかった堅一であったから、それすらも改めて思い出す。
「……いや、何か用件があるなら構わないですけど。もっとも、わざわざここまで来るほどなのかというのはありますが」
とは口で言いつつも、堅一は薄々その用件が何かを察していた。
つまり、十中八九0クラス関連であろう、と。
「ふむ。確かに、私が雨音と市之宮君を伴って君のクラスまで押しかける必要があるか、というのには一理ある。君と市之宮君を呼び出せば済むだろう。――しかし、流石の君でも、アレには手を焼いただろうな」
「……アレ、とは?」
舞は、堅一の言葉を肯定しつつ、だが何やら含みを持たせたような言い方をした。
僅かな逡巡の後、取り敢えず堅一が尋ねてみれば。
「私と雨音が、まず市之宮君の元に訪れた時。彼女は、身動きの取れない状態にあったのだよ。多数の生徒――ソルジャーに待ち伏せされ、囲まれてね」
そんな答えが返ってきたので、堅一は傍らの姫華を見やる。
姫華は、そんな堅一の視線に頷き。
「その、皆さんに同じことを聞かれまして。……つまり、堅一さんと――4クラスのソルジャーと契約したのは本当か、と」
困ったように、たどたどしく、口を開く。
それだけで、堅一はその後の展開を予測できた。
「本当です、と答えると……その、ですね――」
「そんな奴より、自分と契約をしろ、ってところか」
言い難そうにする姫華の言葉を先取りし、堅一が端的にまとめる。
堅一の助け舟に姫華は肯定しつつ。
「あとは、契約しなくてもいいから、4クラスのソルジャーだけはやめて、契約解除した方がよい、とも。その度にお断りをさせていただいたのですが、諦めていただくどころか……」
――まあ、分からなくもないが。
それどころか、それはそうもなるよな、と我が事でありながらも、どこか他人事のように堅一は考える。
既にパートナーの存在するジェネラル、若しくはソルジャーに契約を申し込む、というのは別に禁止されても制限されてもいない。
であれば、実力のあるジェネラルやソルジャーには常日頃契約の申し込みが殺到しているかといえば、そうでもないのだ。
横槍――つまりは相手にパートナーがいるのを承知で契約を持ち掛けるというのは、余程自分に自信があるか、相手にそれほど執着しているか、ただの馬鹿だけ。
無論、ジェネラルが複数契約のためにソルジャーを募集していた場合はその限りではないが。
ともかく一部例外があるが、実力者は大抵、実力者同士でくっつくものである。
ゆえに、相手のパートナーと比べて自身がそれ以下だと認めている場合は、申込を行っても無駄であることを理解していて。或いは、そこまで拘りが無いのなら、別の契約相手を探すものである。
要は、パートナーとして釣り合いがとれているのだ。そして周囲がそれを認め、よほどの執着がない限り諦めたり、遠慮している。
ところが、今回の場合――つまり、堅一と姫華の場合はその例外にあたるのだ。
片や、回復という希少で強力な天能を持ち、成績優秀、容姿端麗な高嶺の花、1クラスのジェネラル、市之宮姫華。
片や、地味で目立たず、大多数から見れば落ちこぼれの一人でしかない、4クラスのソルジャー、黒星堅一。
堅一を詳しく知らぬ者に訊ねれば、十人が十人、相応しくないと断言するであろう。
シュラフェスでのイベント戦、及びその動画で堅一の異質さを知っている者は知っているが、学園全体に広まっているかといえば、そうでもなく。
また、知っていたとしても、それが件の市之宮姫華のパートナーのソルジャーだと繋がるかは別問題。
――1クラスのジェネラル、市之宮姫華が、4クラスのソルジャーをパートナーとした。
つまりはこの噂だけが、一人歩きしている状態となっていたのだ。
「市之宮君を囲んでいた中には、1クラスは当然として、それ以外――つまり、校章を着けていない生徒も何人もいた。市之宮君の友人と思われる女生徒が何人か、彼女を庇うようにはしていたが……中々、気分の悪くなる状況だったよ。私と雨音が無理矢理割り込んで、彼女を強引に連れ出してなんとか事なきを得たが――」
舞が腕を組み、眉を顰めて告げる。
「君を貶めるわけではないが、4クラスのソルジャーと契約していると聞いて、2クラス、或いは3クラスの生徒も、もしかすると自分でもと一縷の希望を抱いたのかもしれないな」
ああ、それは確かに。舞達でなく、堅一であったら手を焼いただろう。
それどころか、火に油を注ぐ結果となったはずだ。
なにせ1学期、姫華が堅一と契約したという噂――その時はまだパートナーではなかった――だけで、激昂されて教室に乗り込まれたわけである。
彼――1クラスのソルジャー、轟朱門だったからと言えばそれまでだが、あのような輩が他にもいないとは思えない。
「それは……ありがとうございます」
「ふふっ、君からその言葉を聞けるとは。一苦労した甲斐があったというものだね」
その光景を想像して、うんざりする堅一は、素直に舞に感謝を述べる。
それを聞いた舞は、愁眉を開き、髪をかき上げた。
「さて、ここでの話はこの辺りにしておこう。時間も迫っているからな」
「……時間?」
踵を返し、教室を出ようとする舞の背中に、堅一は訝し気に問いかける。
舞は、顔だけを堅一に振り返ると、落ち着きの中に弾むような声色を加えて、言った。
「なに、着いてからのお楽しみさ」
またしても以前と同じように、天坂舞のソルジャー、鳴瀬雨音は廊下で待っていた。
ただしあの時と異なり、久しぶりね、と声をかけてくる。
舞もそうだが、雨音と会うのはシュラフェス以来。まだ口調は若干固いものの、前ほどの敵意は感じなかった。どことなく好戦的ではあったが。
「あの戦いを見て、雨音も色々と君に思うところがあったようだ」
そう堅一に耳打ちする舞を横に、堅一も、どうも、と雨音に短く返す。
名目上、上級生二人は姫華と堅一を迎えに来たからか。
自然と、舞と雨音が並んで歩き、そのすぐ後ろを堅一と姫華が並んで歩くという構図となる。
姫華と舞、そして雨音が雑談を交わしているのを聞き流しつつ、堅一は一人、歩きながら思考に耽っていた。
姫華とパートナーであるにあたって、今後生じるであろう問題についてである。
先程、姫華を援けた舞に感謝はしたものの、その助力は一時的なものであって、根本的な解決とはなっていない。
当然、彼等は納得していないだろうし、明日にでも同じことが起きるだろう。
であれば、どうするべきか。期待結果としては、姫華、或いは堅一に契約関連で絡もうとする意思を起こさせなくするのが望ましい。
となると、本人にその気を無くさせるか、諦めさせることが必要になる。
ただしこれは、姫華がどうこう出来る問題ではない。最終的な意思決定権は彼女にあるが、いくら姫華が拒否したところで、彼等は聞く耳を持たないだろう。それであっさり引き下がるのなら、こうして考える必要がない。
――問題なのは、俺か。
姫華にいくら言っても駄目だと気付いた彼等は、直に詰め寄る標的を変えるだろう。
つまり、堅一にお鉢が回ってくるのだ。
そもそも、姫華が1クラスのソルジャーと契約していたとしたら、こんな事態にはなっていない。
問題は、堅一がソルジャー4に所属していること。その程度の実力しかないと思われていることにある。
――手っ取り早いのは、昇級能力試験を受けて結果を出すことだが。
所属クラスをソルジャー1、2あたりにまで上げれば、そこそこ沈静化はするであろう。
ただし、これには大きな問題があり、確実ではない。
「……運、か」
試験競技によっては、元通りソルジャー4と判定されることになりかねないからだ。
入学試験のように、残存体力やタイムが評価要素に加わるのなら、それが十分にありうる。昇級能力試験は、完全な個人試験。例え契約するパートナーがいても、共に試験に臨むことはできない。つまり、姫華の回復を受けることができない。
――とはいえ、1学期のあれは参考にならないしな。
堅一にはその気がなかったが、1学期に絡んできた轟はあの闘技場での出来事以降、勝手に距離を置いた。あの時は結果的にそうなったが、あれは偶然なのもあり、そもそも一人一人と対峙するには数が多すぎる。
「堅一さん、どうされました?」
と、そんな風に堅一が頭を捻っていると。
彼の様子に気付いた姫華が、声をかけてくる。
「……ああ、今後どうすればいいかを考えてた。まさかこれから毎日、自分と契約しろ、なんて取り囲まれたくはないだろ?」
「そ、そうですね。堅一さんと契約解除しろ、とも言われたくないです……」
堅一が、素直に考え事をしていたことを告げれば。
その時の光景を思い出してか、少し引き攣った顔で姫華が答える。
「アンタが昇級能力試験受ければいいんじゃないの? もっと上に行けるんでしょ、アンタ」
と、その会話を聞いていた雨音が、口を挟んだ。
その提案はやはり、堅一も一番に考えた通り、所属クラスを上にあげること。
「まあ、それはそうですけど。他に手はないか、と」
「……よく分からないわね。それが、一番簡単で単純じゃない? 別に、4クラスに拘りがあるわけじゃないんでしょ?」
堅一の返答に、しかし雨音は眉を八の字にして更に問う。
その隣で、舞も口元に手を当て、堅一を見た。
「ふむ、私も雨音と同意見だ。所属クラスという、目に見える形で現れるのが、一番シンプルで効果的だろう」
そう言うも、しかし舞はふと思い出したように、虚空を見上げる。
「……いや、そういえば、あの時ルアンナさんが言っていたな。黒星君は、試験によって相性があると。ゆえに、試験の評価は当てにならない、と」
「あ、そういえばそうだったわね。……アタシはいまいちそれがよく分かってないけど」
「…………」
あのポンコツ、いつの間にそんなこと言っていたのか。
舞の口から出た名前に、堅一は思わず額を押さえる。
「ふむ、要するに4クラスでありながら、実力を――黒星君の価値を示せばいいわけだ」
「まあ、そうなりますかね……取り敢えず、考えてはみますが」
「うむ、私の方でも考えてみよう。困ったら、遠慮なく相談してほしい」
実際に頼るかどうかは別として。
姫華を援けられたこともあり、ここまでなら堅一にとって舞はそこそこ頼りになる先輩であったのだが。
「――一応、後でルアンナさんにも相談しておこうか」
何気なく独り言ちたと思われるその呟きを、堅一の耳が拾う。
「待った。……ルアンナ、さん? 相談?」
先程から、舞がルアンナのことを気さくに呼んでいるのに気付く。
よもや、同名の別人ということはあるまいに。
「ああ、あの時、実はルアンナさんとは意気投合してね。偶に連絡をとっているんだ」
「…………」
「後、彼女と共に、とある会も発足してね」
……あのポンコツと意気投合? 会を発足?
考えてもいいことはないと即断。これ以上突っ込むと自爆する未来しか見えない。
雨音が呆れたように舞を見ているのがいい証拠だった。
と、そんなやりとりをしている内に、目的地であろう建物が視界に入ってくる。
堅一の予想していた通り、旧校舎が、そこにはあった。
「さて、到着だ」
別の不安要素が出てきたものの、一先ず思考を打ち切り、切り替える。
さて、何が始まるやら。
あの時と同じように、しかしあの時よりは足取りは前向きに、舞に促されて旧校舎の中に入る。
「君達には、これから0クラスに所属するにあたり、顔合わせをしてもらう。部活で言う、新入部員の紹介のようなものかな」
先導され、辿り着いたのは入口から程近い一室。
だが、それほど中に人がいる気配がしない。いたとして数人程度だろう。
そういえば0クラスの規模を聞いていなかったが、大した規模ではないのだろうかと、堅一がふと舞を見れば。
「ああ、ここにいるのは、君達と同じように新しく0クラスへ所属する生徒達さ。まずは、同期となる彼等と顔を合わせた方がいいだろう」
そんな堅一の視線の意味を汲み取って、舞が答えた。
「既に君達以外は集まっている。何、緊張することはない。彼等も、君達と同じ立場だからね」
――さて、それではご対面といこうか。
と、舞が部屋の扉を押し開け、雨音と共に入っていく。
「顔合わせですか。少し緊張しますね、堅一さん」
「そうか?」
どうやら、姫華も何をするか知らされていなかったらしい。
緊張すると言いつつも、悠然と微笑んでいる姫華。堅一も、別段意識はしておらず。
互いに短く言葉を交わし、二人も彼女達の後に続いて室内に入った。
室内にいたのは、数人の男女。入室する堅一達に向くその顔に、しかし一つも見覚えは無く。
――ただし。
「ようやく、来たようだね。全く、この僕を待たせる、な、んて……」
椅子に踏ん反り返って座る、一人の男子生徒。
最初こそ威勢のよかったものの、徐々に尻すぼみとなり。顔を青くしていくその生徒には、大いに見覚えがあり。
「……お前は」
1学期に堅一に絡んできた、1クラスのソルジャー。轟朱門が、そこにはいた。
活動報告に記載しましたが、一章、二章をちょこちょこ改稿してます。それほど大きな改稿はしてませんが、一点設定変更してます。
姫華の天能
改稿前:回復、妨害弾、の二つ
改稿後:回復のみ
その他表現を追加したりしてます。
ストーリーに変更はないです。
気になった方は活動報告を覗いていただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。




