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ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第一章 パートナー契約編
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六話 仮契約

 夕暮れの公園に佇む黒い影は、ただひたすらに謎であり、気味悪いものであった。

 その上、その内容。


 天能は、この世に生まれ落ちた時より、その人の身に宿る能力――いわば秘めたる才能である。

 しかしそれを奪う術など、堅一は聞いたことがない。


 相手のハッタリ。そう捉えるのは簡単だ。

 実際、これを言ったのがそこらへんにいそうな普通の人間であったなら。堅一は立ち止まらず、また耳も貸さずこの場をすぐさま立ち去っていただろう。


「…………」


 だが、相手は明らかに普通ではない――そもそも人間ですらない、謎の黒い影。

 加え、設備もなしに突如出現した、バトルフィールドのようなもの。


 その事実が、堅一の足を踏み止まらせていた。


「……さア」


 促すように、ただ一言だけ。それから影は、微動だにしない。


 ……どうする?


 見も知らぬ現象に、無視するのを許さない相手の言葉。

 一概にハッタリ、嘘であると断言することはできない。

 確かに天能を奪う術などは聞いたことがないが、だから大丈夫だろうと何の根拠もなく嘘と決めつけられるほど、堅一は楽観的な人間ではないからだ。


 そんな時。


『――んで、彼らは口を揃えて言うんだ。天能がおかしいって』


 ふと、そんな言葉が頭の中で再生された。

 はて、いつ何処で聞いたのだろうと思い、それがつい先ほどの毅の言葉であったのを思い出す。


 続き、嫌でも堅一の脳裏をよぎったのは、今の今までそれほど関心を持っていなかったあの噂。


 ――未契約者限定の襲撃事件。


「…………」


 連鎖的に、次々と思い返される、その情報。

 その最中、堅一は気づく。あれは、まさにこの不可解な状況なのではないか、と。

 そう考えれば、繋がる点がいくつかあった。


 なにより、今まさに襲撃を受けているという事実。更に、堅一は未契約者であり、姫華も聞いた限りは未契約者。そして、事件の被害者が退学したという情報。


 もちろん、弐条学園には一般の高校同様、高校生が学ぶべき通常の授業もある。――しかし、同時にシュラハトに関する育成機関でもあるのだ。

 シュラハトが出来ない生徒には、もはや資格も意味もない。


 つまり敗北して天能を奪われた被害者は。望んで退学したのではなく、退学せざるをえなかったということになる。

 そもそも天能は、未だ全てを解き明かされていない謎多き力。なくなるという可能性も、決してゼロではないといえる。


 ただ、堅一はその噂を信じているわけではない。

 だが、妙に嫌な予感がした。


 万に、一つ。もしもその噂が本当で、この黒い影の言うことも本当なのだとしたら。


「戦うしかないってことか……」


 勝てば、何もされずに解放。

 相手の言葉を鵜呑みにするわけではないが、現状では勝つのが最善。

 そんなことを考えていた堅一に、遠慮がちな声がかけられた。


「あ、あの――」


 共に巻き込まれた、市之宮姫華である。

 黒い影を警戒しつつ、堅一が振り返ると、


「――私は、一年のジェネラル、市之宮姫華といいます。……貴方は?」


 悠長にも姫華は、自己紹介と共に堅一の名を訊ねてきた。


 しかしよくよく考えれば。制服を着用していることから同じ学園の者だと判別できるとはいえ、それでも姫華からすれば堅一は見知らぬ生徒である。名前ぐらいは、という心情も分からなくはない。


「……黒星堅一、ソルジャー」


 ただ、この状況でそうなるとは思わず。

 素っ気なく、半ば反射的に、聞かれた通り名前を馬鹿正直に口走ってしまう。それを誤魔化すように、堅一は慌てて咳払いすると、


「と、とにかく、アイツに勝たなきゃいけないんだろ。仮契約でいいから、してくれないか?」


 姫華に仮契約を持ちかけた。


 ――仮契約。

 それはジェネラルとソルジャーの契約の一種にして、文字通り仮の契約である。


 ソルジャーの能力を高めたり、その援護を行うなど、戦闘において様々な恩恵をもたらし、戦局を有利に進めることができるものこそジェネラルの存在であり、契約。


 仮契約はその中で最も軽い契約。お試し期間のようなものであり、お互いをよく知らないジェネラルとソルジャーなどが、互いを知るためにまずはと交わすことが多い。

 この契約の特徴の一つは、破棄が容易であることだ。契約破棄に両者の合意は不要であり、また一時的な契約であるため、ある程度の時間が経過すれば自動的に消滅する。

 もう一つの特徴として、契約の重ね掛けが可能というのがある。パートナー――つまり本当の契約であれば、ソルジャーは一人のジェネラルとしか契約できない。しかし仮契約に限り、ソルジャーは複数のジェネラルと契約することが可能なのだ。とはいっても、複数契約をしたところでそのソルジャーが有利、というわけでもない。メリットとして上げられるのは、ジェネラルとの契約相性を比較できることぐらいのものだ。


 お互いに気が合えば契約に至る場合もあるが、どちらか一方に不満があれば、仮契約を破棄。別のパートナー候補を探して仮契約、というのが、パートナー探しのおおまかな流れだ。


 学園内に限らず、最も多く交わされる初歩的な契約であり、仮契約を結んだからどうなる、というものでもない。

 そのため、学年次席の姫華であれば経験し慣れているであろう仮契約を、堅一は頼んだのだが。


「え、ええ……でも……」


 しかし、姫華の返答は歯切れが悪く、なんとなく様子もおかしい。

 堅一の言葉を聞いた瞬間、落着きないように視線を彷徨わせる姫華。

 夕陽のせいか、はたまた単なる勘違いか、先程よりもその頬は微かに赤らんでいるように見える。


「そっちだって、こんな訳の分からない奴の相手、さっさと終わらせたいだろ?」

「…………」


 煮え切らない姫華の返事に、やや語気を強めて堅一が聞くが。しかし姫華は思案するように、無言で堅一を見つめた。


 堅一としては、何をそんなに躊躇するのかが分からない。

 あくまで、もちかけているのは本当の契約ではなく、仮契約。


 確かに、たまに1クラス以外とは仮契約すらしたくない、というプライドの高い1クラスの生徒もいるが、どうにもそれとは違う様子。もしそうなら、もっと拒絶の態度が前面に押し出されているはずである。

 赤の他人でも結べる契約。仮契約というものは、その程度の軽い認識なのだ。


 ――そもそも、何故堅一がこれほど積極的なのか。


 別に、これを機に1クラスの生徒とお近づきになりたい――という下心があるわけではもちろんない。むしろその逆、余計な接点はもちたくないのが堅一の正直な思いだ。

 では、勝ち負けに拘りがある――というわけでもない。


「頼む。もしあれの言うことが本当なのだとしたら――」


 仮にもし、負けても問題がなかったとしたら。堅一は迷わずこの場から立ち去っていただろう。

 なぜなら、堅一にとって別に勝敗はどうでもよく、負けることに何ら抵抗はないからだ。


 しかし――。


「――俺は、絶対に……コイツ(天能)を失うわけにはいかないんだ」


 天能を失う。それだけは、黒星堅一が看過できない理由があった。


「……はい」


 ようやく、とでも言えばいいのか。

 姫華は、意を決したように大きく頷くと、堅一に向かっておずおずと手を差し出した。

 仮契約を結ぶには、お互いの意思と、あとは身体の一部が触れ合っていればそれでいい。


 堅一が躊躇なくその手に触れると、両者の間にピリッ、とした感覚が流れる。


『……聞こえますか?』


 堅一の脳内に直接語りかけられるように響く、姫華の声。契約したことにより、バトルフィールドの中だけであるが、ジェネラルとソルジャーの間で声を出さずとも意思疎通が可能となったのだ。

 その証拠に、姫華は全く口を動かしていない。

 堅一は返答として軽く頷くと、影の方を向いた。


「準備ができたようですネ」


 仮契約の完了した二人を見て、影が声を発する。律儀にも、契約を終えるまで待っていてくれたようだ。

 それはさながら、ヒーローが変身するのを待つ悪役みたいで。――しかしそうなると、こちらがヒーローか。

 ……姫華は別として、自分がそれはないな。


 呑気にもそんなどうでもいいことを考えつつ、堅一は腰を低くした。


「……あの、大丈夫ですか?」


 後ろから、そんな声が聞こえた。頭の中へ伝えるそれではなく、姫華が口を動かして発声したもの。


「あー……負けるつもりは、ない」


 振り返らずに返答する堅一の顔には、緊張感がそれほどない。

 頭をガシガシと掻き、影を見据える。


「それでは、アナタタチの天能、いただくとしましょウ」


 パチン、と音が響いた。

 次いで、ぼぅ、と堅一の視界に浮かんでくるのは、同色の二本のバー。

 上部左隅に、青色のが一本。そして、反対側の右隅、同じく青でもう一本。見えている、というよりかは脳が自然と認識している状態だ。


 細長く伸びたそれは、ソルジャーの体力を可視化したものである。左隅のが自分――つまり堅一の体力であり、右隅が敵である影の体力。堅一だけでなく、ジェネラルたる姫華にも、そして影にも見える――いわばバトルフィールドを用いての正常なシステム。


「先手は、そちらに譲りまス。いつでもどうゾ」

「……それじゃ、まあ遠慮なく」


 挑発とも、舐めているともとれる影の声。それに、ぼそりと堅一が返す。


「待っ――」


 それを聞いた姫華は、思わず制止の声を上げようとした。


 最低限、戦う前に、お互いを知っておく必要がある。互いを全く知らずに戦闘に入るよりも、だいぶマシだからだ。契約したばかり、殊更それが仮契約ならば、当然の処置であり、常識である。


 それゆえ、無意識の内に姫華は、言葉と同時に堅一を止めるために彼の肩へと手を伸ばそうとして。


「……え?」


 しかしその手が、堅一の肩に届くことはなく、姫華は呆然とした声を漏らす。


 ――堅一が、消えた。

 この一瞬、確かに彼女はそう思った。


「……ぐッ!?」


 響いたのは、影が初めて漏らす、感情の込められた苦悶の声。

 つられて、姫華が目線を上げれば。姿を見失っていた堅一が、影の目と鼻の先にいた。


 堅一と影との距離は、決して近くはなかった。姫華が全力で走ったとしても、数秒はかかる位置。

 その距離を、気付けばほぼ一瞬にして、堅一は縮めていたのだ。


 吹き飛ばされる影。拳を振りぬいた体勢の堅一。

 右隅のバーが、いきなり10%ほど削れる。

 開始直後にも関わらず、大きく動いた戦闘を呆然として見ていた姫華だったが。

 堅一の両腕で鈍く光る銀色を見つけ、我に返るのにさほど時間はかからなかった。


「あ、あの人の情報を……」


 言葉を交わすことができずとも、できることはある。

 ジェネラルにとって当たり前のことを思い出し、姫華は堅一をじっと見つめ、意識を集中させた。


 ジェネラルは、契約したソルジャーの情報を読み取ることができる。ただし、今は仮契約の身。読み取ることのできる情報は、少ない。

 姫華は、堅一の両腕を食い入るように見つめた。そこに存在する銀色は恐らく、契約武装(・・・・)。契約者たるジェネラルがいる場合のみ、ソルジャーが出すことのできる武装。


「契約武装は、銀の手甲……」


 読み取った情報を、姫華は噛みしめるように復唱した。


「……油断しましタ」


 開始早々、堅一の一撃で吹っ飛ばされた影。

 しかし、戦闘がそれで終わるはずもなく。影は俊敏な動きで体勢を立て直すと、自身の周囲に多数の黒い弾を浮かせ、堅一めがけて連射した。


 対する堅一は、それを避けようとはせず。逆にどっしりと腰を下げると、手甲の装着された両腕をクロスさせる。

 飛来する黒弾を、手甲をもってして受け、あるいはいなす。グッと踏み込まれた足は一歩も動くことなく、黒弾は堅一の護りを崩せない。


 傍から見れば、堅一は防戦一方。しかし堅一の体力を示す左隅のバーは、少し削れただけでその後はほとんど動かず。


 完全な膠着状態。影が攻め、堅一は守る。

 いつまでも続くとさえ錯覚させられるような光景だが。先に変化を見せたのは影だった。


 突如、ブワッと大きく舞い上がるのは、広場に敷き詰められた公園の砂。

 それは、影が堅一ではなく、その手前の地面に向けて放ったことによって起きた事象だ。


 着弾によって発生した砂埃は、瞬く間に堅一を包んでいく。

 声を上げることもなく、また動くこともなく。堅一の全身は砂埃に覆い隠され、やがてそのシルエットだけが浮かび上がった。

 それを見届けるや否や、獣の如き跳躍で、一っ跳びにて堅一に飛びかかる影。


「……っ!」


 砂埃から離れた位置にいる姫華だからこそ、一連の流れをなんとか見ることができた。

 しかし、今なおもうもうと立ち昇る砂埃は堅一の視覚を封じ、影の動きを捉えることを確実に阻害している。

 一方、影は詳細に堅一の姿を捉えることはできないものの、その輪郭は容易く見て取ることができる状態。その上、すでに動き出してもいる。

 その優劣は、明白。


 本来ジェネラルとは、こういった場面に力を発揮するものだ。後方に控え、フィールドを全体的に見通して状況を把握。そして、優勢、劣勢に関わらず、ソルジャーへの天能による援護や的確な指示。

 

 ――が、影はもうすぐそこまで堅一に迫っていた。

 

 その上、護りのために体勢を低くした堅一では、すでに動き出している影を相手に後手とならざるをえない。


『正面、きますっ!』


 相手が堅一の元に出現する位置と、タイミング。

 姫華には、堅一に向けてそれを伝えるので精一杯だった。


 果たして姫華の予想通り、声とほぼ同タイミングで砂埃の中を突っ切り、踊り出る影。

 しかし、直接視認していない相手を、声のみをたよりに迎撃するのは難しい。

 

 影の殴打は、堅一を確実に射程範囲に捉え、今にも突き刺さろうとしている。

 攻撃をもろに喰らったために、吹き飛ばされる堅一。そんな光景を、姫華は幻視した。


 ――しかし、動いたのは。


『それだけ分かれば、充分だ』


 堅一の体力を示す左隅のバーではなく――影のものである右隅のバー。


「……え?」


 砂埃が晴れ、良好となった姫華の視界に飛び込んできた光景は。

 圧倒的優位に立っていたはずの影が、グン、と不自然に浮いているところだった。


 よく見れば、影の殴打は堅一に届いていない。代わりに、カウンター気味に繰り出された堅一の拳が、影を突き上げていた。


 抵抗できぬまま、人の腕力で吹っ飛ばされたと思えぬ高さまで打ちあがる影。

 僅かに停滞していた砂埃を切り裂き、それを追撃するように跳躍する堅一もまた、人間の脚力ではとても飛べぬほどに高く。


 姫華は、その光景に目を奪われながらも、肝心な情報を読み取っていないのを思い出した。

 それは、契約武装よりも先に知っておかねばならなかった、大切な情報。

 ソルジャーとしての価値を示す、人知を超え、謎に包まれた神秘の力を。


「天能は――」


 序盤に見せた高速移動。今もなお宙に滞空しているほどの脚力に、影を上空に吹き飛ばした腕力。

 そのどれもが、生身の人間が為せるものではなく、また並の一学生の動きでもなかった。

 ならば彼の身に宿るのは、身体強化、もしくはそれに準ずる系統。それも、なかなかに効果の高い。


 人間離れした堅一の身体能力から、姫華はそうではないかと推測する。


 だがしかし、情報を読み取った姫華は、そこに予想外の文字を見た。


「――(のろ)、い?」


 ドゴッ! とフィールドに響く、鈍く重い音。

 思考を止め、現実に意識を戻した姫華の目の前には、影が力なく大地に横たわっている。響いた音は、空中で堅一に叩き落とされた影が、地面に激突した際に発したものだ。

 影より一拍遅れ、タッ、と危なげなく着地する堅一。


「凄い……」


 まさに、圧倒的。

 堅一の天能らしき物騒な文字(呪い)は無意識に頭から離れ、姫華は自身でも気づかぬ内に呟きを漏らしていた。


「クッ……」


 ふらつきながらも、よろよろと立ち上がる影。

 右隅のバーは、まだ半分――いや、もう半分ほどしか残っていない。

 それに対し、堅一はほとんどノーダメージに近い――そのはずだった。


「あら?」


 姫華は内心首を傾げ、左隅のバーを注視した。

 少しは削られていたものの、ほとんどノーダメージ。それが、姫華の認識であった。しかし、最後に見たときより、青色(堅一)の体力バーが削られているような――。

 もっとも、ほんの僅かにであったため、勘違いかもしれない。姫華は体力バーから意識を外した。


「予想外でス。まさか、急造の仮契約でこれほどとハ」


 影は、堅一に向かってくる様子はなく、その場に突っ立っていた。

 内容とは裏腹に、感情の乏しい声。

 まるで驚いたような口ぶりだが、しかし顔を構成するパーツもないため、その表情も伺い知ることができない。

 

「止むを得ませン……今回はこちらの負けを認めまス」


 影の降参宣言。と同時に、周囲の景色に変化が現れた。


 パッ、と視界から消え去る、二本の体力バー。それに続くように、徐々にその色を失くし、霧散していくバトルフィールドが二人の目に映り込んでくる。

 地面に奔る線と、四方を覆う壁。ゆっくりと時間をかけ、やがてそれらが完全に消滅すると。


 時を待っていたかのように、そこらから聞こえはじめる虫の鳴く声。

 まるで何事もなかったかのように、夏の夕暮れの公園は元の姿を取り戻していた。


「あ……」

 

 姫華の声。しかし彼女が見つめる先には、もう何も無い。

 バトルフィールドに意識を逸らしていたその隙に、音もなく影は消え去っていた。


 終わったのだ、と現状をいち早く理解した堅一は、姫華に声をかけることなく、静かな足取りで踵を返す。


 その心に思うのは、二つ。


 一つは、つい少々熱くなってしまったこと。

 負ければ天能を失う。そんな言葉を聞いて、らしくないことをしてしまった。

 あの言葉が真実だったのか、それとも嘘だったのかは、もはや知る術はない。ただ、もう二度と関わりたくないのは確かだ。

 そして、もう一つは。


 ――やはり1クラスと関わると碌なことがない。


 歩きつつ、堅一はそっと溜め息を吐く。

 もっとも、市之宮姫華も巻き込まれた側なのだろうが。しかしそれは変えようのない事実であった。


「……帰るか」 


 また何かあったらたまったものではない。

 堅一と姫華の間で交わされた仮契約も、放っておけば直に切れる。言ってしまえば、その程度のものなのだ、仮契約とは。

 今もなお、影の消失した場所から視線を外さない姫華から充分に距離を取ると――堅一は砂利道を駆けた。


「あ、待って――」


 背後から姫華の呼び止める声が聞こえたが、堅一は構うことなく走り、その場を後にした。


 公園からの帰り道は、何の問題もなく。走りっぱなしのために額に浮き出た汗を拭いつつ、堅一は寮に戻る。 

 買い物のために外出していた、という本来の目的を堅一が思い出したのは、それからすぐのことだった。

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