二話 広がりはじめる影響
クラスを間違えてしまったのかと錯覚させられるほど、教室内からの反応は如実に表れた。
扉が開かれ、そこに堅一の姿があると見るや。
出入口に近い席付近に固まっていた数人の男子のグループが気付き、声を上げたのだ。
――あっ!
と。
刹那、まるでそれを合図と示し合わせていたかのように、さざめきが広がり。それまでは確かに聞こえていたざわめきが一瞬にして止み、静まり返る教室。
かと思えば、件の男子グループ含む何人かの生徒は、堅一を見ながらヒソヒソと近い席の者と会話をし始める。中には、あからさまに堅一を指差す者もいる始末。
それ以外の生徒も全くの無反応というわけではなく、無言のままじっと堅一を見据える生徒が、多数。
仮に誤って同学年どころか他学年のクラスへ突入してしまったとしても、ここまでの反応がくることは恐らく無いであろう。
それほどまでに、教室内からその目線は集まった。まず間違いなく、クラスメートを見る目で無い。さながら、異物を見るような目。
「…………」
良い意味であるかは別として、多数の人間に見られることにはそれなりに慣れてはいる堅一ではあるが。
さしもの彼とて、真っ向からそんな視線を多数受ければ。委縮とまではいかないが、多少なりとも動揺はしてしまうわけで。
――教室、間違えてないよな?
まず浮かんだのが、それであった。夏休み明けの初日ということもあり、ゼロとは言い切れない。
既に教室の扉を開けているものの、僅かばかり逡巡。
一度、ここが本当に1年のソルジャー4のクラスかを確認しようかと、足を引き戻そうとしたところで。
視界の中に、見知った顔が映った。クラス内で唯一、そこそこ付き合いのある男子生徒――荒山毅の顔が。
彼もまた、クラス内の生徒の大半と同じように、無言で堅一に視線を注いでいた。ただし、他の大多数と異なり、その口元の右端が吊り上がっているが。
そんな見覚えのある彼の顔を認めて、やはりここは自身の所属している1年のソルジャー4の教室であると、堅一は理解した。
では入らない理由は無いと、引き戻しかけていた足を、教室の中へと踏み入れる。
全身を教室内へ入れて後ろ手に扉を閉め、自身の席へと向かう。
「…………」
まるで、一挙手一投足を見逃すまいと。堅一に追従する、視線。
自身の席に座っても尚、それが付き纏う。
ただまあ、窓際の最後尾というある意味絶好のポジションが幸いし、限定された場所からしか視線がこない。
もし自席がクラスの中央にありでもしたら、全方位から視線の集中砲火であっただろう。
もっとも、今も方角こそ限定的であれ、集中砲火であることに変わりはないのだが。
「よぉ、おはようさん、堅一ぃ!」
着席して、数秒後。未だ教室内が異様な空気で満たされる中、堅一の背中にバシッと衝撃。
椅子に座ったまま、顔を顰めて堅一がその実行犯を見上げれば。予想通り、そこには笑みを浮かべた荒山毅が、立っていた。
「……ああ。……んで、何だこの状況。知ってるか?」
毅の耳に顔を寄せ、開口一番堅一は小声で尋ねる。
一学期にも、似たようなことはあった。姫華が教室にまで押しかけて来た、あの日である。
姫華はここにいないものの、今のこの現状は、その時を彷彿させるものがあった。というか、それ関連ぐらいしかないだろうと堅一は思っているが。
すると、待ってました、と言わんばかりに破顔した毅は、携帯を取り出し、それを堅一の眼前に突き出した。
「……なんだ?」
何も言わずにそれだけを行った毅を見て、堅一は訝し気に問うと。
「見りゃ分かるさ」
口で詳しく言う気はないようで、返ってきたのはそれだけであった。
堅一は渋々と差し出された携帯を受け取り、その画面を見る。
動画投稿サイトであった。
既に一つの動画が指定されており、ワンタッチで再生できるようになっている。
が、そのタイトルとして踊る文字に、堅一は動画を再生するまでもなく察した。
――『シュラハト・フェスタ最終日、サプライズバトル!! プロVS学生!?』
見覚えというか、心当たりがありすぎる、その文字の羅列。
思わず、眉間に手をやってしまうのも仕方ないことだと言えよう。
「……そうか、そういえば」
普通に忘れていた。いや、無論あったことは覚えている。
正確に言えば、これが周囲にもたらすであろう影響についてを、すっかり忘れていたのだ。
なんといっても、プロである。
堅一からすれば、ただの元チームメイトであり、旧知の仲程度の認識だが、世間一般の学生からすればそんなものでは済まない。
文字通り、レベルが違うのである。加えて言えば、名門の中の一つである弐条学園といえど、4クラスは落第者の集まり。
そんな彼等からすれば、プロは。そしてそれと戦い、タッグ戦とはいえ勝利した堅一は――。
――正しく、異物。
堅一が中々動画を再生しないことに――するまでもなく把握したのだが――業を煮やしたのか、毅の指がすっ、と伸びてきて、画面に触れる。
『そして、数々の選手を輩出してきた名門、弐条学園の生徒にして、なんとなんと縣恭介選手の弟子! 今回、不慮の出来事によって特別に参戦し、ルアンナ選手と組んで戦う――』
途端、再生されるのは、あの時のアナウンス。
よく見れば、動画の時間は既に数十秒経過している。経過時間から見て、この場面より前にあった選手紹介の冒頭から撮られた動画なのだろう。
つまり、わざわざ毅は敢えてここまで動画時間を進めて、堅一に渡したわけだ。
『――ソルジャー、黒星堅一選手の登場です!』
しんとする教室に、高らかに響き渡る、動画の音声――堅一の名。
やめろ、と堅一は動画を停止させ、やや乱暴に毅の手に押し付ける。
「……誰だ、こんなの投稿した奴は」
「ああ、俺」
答えを求めるというよりは、咄嗟に放った一言であった。
しかし、その言葉に対する返答はすぐ近くからあり。
思いもよらぬ声に、堅一は目を見開き、声の主――荒山毅をまじまじと見つめる。
「……マジで?」
「マジ」
「…………」
確認に対して、即答。
無言となって尚も視線を外さない堅一を前に、我が意を得たりとばかりに、毅はどや顔でうんうんと頷く。
確かに、堅一はあの日の前日、シュラフェスの会場で毅と遭遇している。
当日は見ていないが、いた可能性は否定できない。何より、嘘をつく意味が特に無い。
……充分に、有り得る。
堅一の脳裏には、観客席にて面白がって撮影を行う毅の姿が、ありありと浮かんだ。
――ということは、今のこの状況は、コイツのせいもあるわけだ。
クラス全員が全員、その場にいた、或いは自分で動画を発見したということはないだろう。
が、誰か一人でもどちらかを行っていれば、クラス全体に伝播するのはそうおかしいことではない。動画という、確たる証明もあるのだから。
堅一の毅を見つめる目が、半眼になる。そんな、堅一の雰囲気を感じ取ったのか。
「つっても、観戦者の中には、弐条学園の生徒もそうだし、他の学園の生徒もいたぜ。それに、俺以外にもそれっぽい動画がチラホラ投稿されてたし。遅かれ早かれ、こうなったんじゃねーのかなぁ」
あっけらかんと、弁明。
思い切り他人事のよう――彼にとっては他人事だが――な態度に、堅一はこめかみを押さえる。
そんな時であった。
「――ね、ねえ、黒星君。やっぱりそれ、黒星君なんだよね?」
隣の席から、声。
一学期、夏休みに入る直前あたり、パートナーがいないことで堅一を嗤った女生徒である。
堅一が振り返れば、彼女と、その席に集まった数人の女生徒が、彼を見ていた。
それだけではない。
クラス全体が、固唾を飲んで、聞き漏らすまいと耳を傾けているようであった。
「……まあ」
渋々と、首肯する。
人違いとするには、その名前は特徴的であり。また動画も鮮明で、堅一の顔がばっちり映っている。
別人だと言い張ったところで、納得されはしないだろう。
堅一が早々に諦め、肯定したとみるや。
「私、その動画見たよ! それで、縣プロの弟子って、本当!?」
「私も私も!! あのルアンナ選手とも、凄く仲がいいんでしょ!?」
彼女の問いかけを皮切りに、堰を切ったように続々と興奮の声が堅一に降る。
ああそういえばそんな設定だったな、とか、やっぱそう認識されたか、とか。
色々と堅一が思い出す中。
「黒星君、強かったんだね! やっぱり、プロに鍛えられてるから?」
「1クラスの市之宮さんとパートナーになれたのも、もしかしてそれが理由!?」
「いいなー!! ね、ね、今度ルアンナプロを紹介してくれない!?」
怒涛の質問攻め。中には、今初めて会話? した女生徒もいる。
もっとも、彼女達の誰一人として、堅一とは親しくない。そもそも、このクラスで堅一と親しいのは、毅ぐらいのものである。
だというのに、こうグイグイこられると、堅一としても思わず閉口してしまうわけで。
それを見兼ねてか、或いは多少なりとも悪いという思いはあったのか。
「おいおい、お前らそう一遍に――」
毅が間に入り、とりなそうとするが。
「なによ、荒山は関係無いでしょ?」
「ん、いや、まあ……」
ある意味正論を繰り出され、一蹴される。
動画を投稿したのは彼であるため、強ち全く関係無いというわけではなかったが、兎に角その一言で毅は口を噤んだ。
そんな、複数の女子に一斉に詰め寄られる堅一の状況をどう見てとったのか。
「……俺達と同じ、4クラスに振り分けられる程度の天能だろうに、いい気になりやがって」
「どうせあの戦いだって、味方が1リーグのプロだったからの結果だろ」
「そりゃ、プロ直々に教わってるんなら、誰だってそうなるよ」
――陰口。
とはいえ、その程度の陰口、堅一にとってはなんともない。他の人ならいざしらず、彼にとってはむしろ全然生易しい方である。
……まぁ、分からなくもないが。
耳に届いた陰口に、しかしこれっぽっちも乱されることなく、堅一は思案する。
確かに、ソルジャー4クラスというのは、落第者の集まりである。
しかし、だからこそ2クラス、3クラス――ひいては1クラスよりも、ある意味成績に関しては敏感で、他人を蹴落とそうとする傾向にあるのだ。
――4クラスの生徒は進級までにパートナーを見つけなければ強制退学処分となる。
それが、弐条学園の決まり。
救済措置としては、昇級能力試験にて4クラスより上に所属するだけの実力を見せつけることがあるが、一年でそう飛躍的に伸びるはずもない。
となれば、必然的に発生するのが、パートナー候補――ジェネラルの争奪戦である。
だが、4クラスは最下位クラスであり。3クラスですら微妙なのに、2、1クラスのジェネラルが――極稀に市之宮姫華のような存在はいるが――4クラスのソルジャーに見向きをするはずがない。上級生のジェネラルなど、以ての外だ。
故に、候補となり得るのは1年のジェネラル4だが、彼等に限ったことでなく、ジェネラルはソルジャーよりもその数が少ない。単純に、ジェネラル4はソルジャー4よりもその生徒数が少ないのだ。つまり、よしんばジェネラル4の生徒全員がソルジャー4の生徒とパートナーになったとしても、必ずあぶれる者が出てくることとなる。
堅一は、元々退学するつもりであったため例外中の例外だが。
既にパートナーが決まっている生徒は別として、是が非でもパートナーを見つけなければならない彼等は、それは必死にもなるだろう。同じクラスの生徒を蹴落としてまで。
と、女子達の問いには応じず、堅一が半ば思考の中に逃避しているような状況となっていると。
教室前方の扉が開かれ、教師が姿を見せた。
ほぼ同時に鳴り響く、始業の鐘の音。
流石に教師が教壇に立ったからか。
堅一に向く視線は未だあるものの、全員が自席に着席する。流石に、教師に目をつけられてまで堅一と会話する勇気は、4クラスたる彼等には無かったようで。
一先ずは有耶無耶のうちに終わったことに、解放された気分になる堅一であった。
とはいえ、問題は終わったわけもなく、先延ばしになっただけ。しかも、堅一にとっては非常に頭の痛いことに、影響の範囲は4クラスに止まらないことが明白となった。
始業式が行われるため、講堂へ移動する時。始業式の最中。始業式が終わり、クラスへと戻る時。
同じクラスは今更として、他のクラスからも、ひしひしと視線を感じたのである。
今朝と異なり、姫華と一緒ではないというのに。
――それは、興味。それは、感心。
中には、疑いのようなものもあったが、しかし。
恨み、憎み、蔑み、不気味。
そういったマイナスの視線には慣れっこだが、どうもこの手の視線には慣れない。なんというか、ムズムズするのだ。戦闘中など、他に意識を向けざるをえない場合を別として。
そんな居心地の悪い思いを少しでも軽減しようと、らしくもなく、舞台上で挨拶を行っている学園長を注視し、意識を向ける。
――見られていた気がした。
いや、堅一の思い過ごしであろうが、何となく彼と目があった気がしたのだ。
「…………」
どうにも、動画のこともあり、思ったより意識しすぎているようだった。
終始、そんなむず痒い気分にさせられていたからか。気付けば始業式は終わり、本日の学園の予定はそのほとんどを消化していた。
うっかりしていたが――始業式を終えた今うっかりもくそも無いが――今日は二学期初日、始業式の日である。学園に拘束されるのは、午前中のみ。昼頃には帰宅が可能となる。
つまり、何をうっかりしていたかというと。
――今日からはお昼休みに、クラスに伺っても大丈夫でしょうか?
今日に限って言えば、お昼休みは存在しない。もはやそれは、放課後なのだ。
色々としっかりとしていると思っていたが、存外彼女も抜けているところはあるのだな。
と、姫華の発言を思い出し、今日のこの後について考えていると。
「それでは皆さん、また明日」
本日の予定が終わり、解散となる。
刹那、ギロリ、と言わんばかりに眼光鋭く堅一を見る視線が複数。隣の女子生徒含め、今朝の続きで話しかけてくる気満々のようであった。
この瞬間、教室で姫華を待つという選択肢は堅一の中で無くなった。
予め荷物を纏めていた堅一は、教師が歩き始めると共に、席を立つ。
「あ、黒星君――」
かかる声を無視して、身体強化の呪いを発動。
教師よりも先に、出入口の扉の前に辿り着く。
見せびらかすつもりはないが、どうせ動画で晒されているので、秘する必要も無い。
そして4クラスの生徒ならば、身体強化を発動した堅一の動きは見切れない。
関わる気は無いという意思を見せた。
これで手を引いてくれればいいが、と希望的観測を抱きつつ、堅一は扉に手を伸ばす。
――ガラッ。
しかし、その手が取手に達するよりも早く、扉が開かれた。
「…………」
なんか前にもこんなことがあったような、と既視感を感じ、目線を上げる。
ドンピシャだ。扉の向こうにあったのはあの時と同じ、しかし今では見慣れた、市之宮姫華の姿。
そして、その傍らには――。
「やあ、黒星君」
こちらも今ではそこそこ見慣れた二年のジェネラル、天坂舞。
既視感どころか、あの時と同じ状況に。
またか、と堅一は嘆息した。




