一話 二学期、開始
三章、スタートです。
よろしくお願いします。
それは、雷鳴轟く夜のことであった。
背の高い木々が乱立する、深い森。目的無くば、人など凡そ立ち入らないであろう、山奥の――その更に、奥。
まるで世間の目から隠れるように、隠すように。それは、そこにあった。
ここが都会であったならば。若しくはそれなりに人口のある町ならば、まだその光景に違和感は抱かないだろう。
しかし、小さな村、或いは集落――人間が住むそこらですら異物として映るだろうというのに、殊このような大自然の中においては、それはもはや場違いでしかない。
――コンクリートの建造物であった。
これが木造の建物であるなら、まだ多少なりとも風情があったであろうというのに、よりにもよってコンクリートである。
が、ともあれ、そのような不満を抱く人は――もといその光景を見る人は、いない。
何もない――と思われている――山奥深くである。昼間ですら人が寄り付かなく、夜ならば尚更。いたとして野生の動物であるが、如何せんこの豪雨だ。
地を叩く大きな雨粒が絶え間なく降り注ぐ中うろうろしているわけもなく、鳴き声一つすらしない。
ただただ、闇深い夜を、時折凄まじい稲光が切り裂き。その無骨な建物を、夜闇に浮かび上がらせていた。
さて、そんな建物内部に。
ぼんやりと仄かな明かりが灯る、一室がある。
その光源――パソコンのディスプレイの隅に、こんな文字が躍っていた。
――異常存在体専門撃滅組織『アミュレット』
パソコンの前には、マウスを握って座る男が、一人。
「……特別顧問認可申請だと?」
画面を見ている男の口から、疑問の声が零れる。
だが、ここにはその男以外の人影はない。故にその声に答えるものはなく、男もそれを承知していて、画面を睨みながらマウスを操作していく。
「場所は……弐条か」
……確かに、学園という括りにおいては名門ではあるが、しかし。
男は、暫し考えるように、手を止める。
が、それはほんの短い間のことで。
「何か奴らの興味を引くようなことがあったとすれば――最近の記録か」
カチ、カチ、と再び淡々と響きはじめるクリックの音。
――異常存在体の発見及びその詳細の記録
やがてそう画面に表示されたのを確認し、男はその項目を選んだ。
続け、画面の検索ボックスにカーソルを合わせ、キーボードを叩く。
――弐条学園
打ち込み、検索の文字をクリックする。
すると、ズラリ、と表示される検索結果の一覧。
男は、そこからここ最近の記録を順番に目を通し――。
「……ランクNの雑魚ばかり、か」
拍子抜けした、と言わんばかりの息を吐き、マウスから手を放す。
もしや、高ランクの大物のゴーストでも確認されたのかと思ったが。しかし記録にあったのは、低ランクの個体の報告ばかり。
奴らが――あの女のチームが、特別顧問認可申請を出してまで弐条学園に赴こうとする理由には到底なりえない。
――では、もしや撃破者の方か?
一瞬その考えが脳裏を過ったものの、しかしすぐに男は頭を振った。
低ランクとはいえ、ゴーストに完勝したならば、なるほど優秀であろう。しかし優秀であろうと、所詮は学園の生徒。いずれ頭角を現す可能性は否定しないが、現時点でアレが興味を持つとは思えない。
少しでも苦戦、或いは辛勝程度の力量なら、尚のこと。
いや、そもそも――。
「奴らが――特にあの魔女が、特別顧問……正規でないとはいえ、教師になるだと? それを受理するなど、上は一体何を考えている? 精神をやられる生徒が出ても知らんぞ」
上もそうだが、根本はそこではなく。
「一体何を考えている――ジェネラル、『陰翳の魔女』め」
――よもや、気まぐれで教師気分を味わいたくなったわけでもなかろうに。
男は苛つくように舌打ちすると、席を立った。
ややあって、扉の開閉する音。それを最後に、その部屋からの物音は途絶えた。
もはや響くのは、部屋の外、豪雨が窓を叩く音のみ。
完全に無人となり、彼が去った後には、電源が点いたままのパソコンが一台。
その時、より一層の激しい雷が降り注ぎ、炸裂する。
『■発見記録
・ゴーストランク
ランク:N
・発見者
ソルジャー:黒星堅一
ジェネラル:市之宮姫華
・戦闘結果
勝敗:撃破(辛勝)』
残された、ディスプレイに踊る、その文字を。
稲光が、ただただ激しく照らした。
――――――――
夏休み明け、二学期の初日となる空模様は、清々しいほどの快晴であった。
窓の外から差し込む陽光。それを見て堅一は思わず、んっ、と目を細める。
しかしすぐにそれから視線を逸らし、学園の制服に着替えはじめた。
「今日から、二学期……」
着替えを完了し、そうは言ってみたものの。
――昨日まで夏休みだったというのに、制服に腕を通すのが久しぶりという気がしない。
その事実に、思わず堅一は苦笑する。
然もありなん。実際、夏休み中といえど中々の頻度で、学園の制服を着ていたのである。
先日のイベント――シュラフェスに行った時もそうであったし、なにより鍛錬のために学園へ向かうにも制服を着用していたのだ。
そう考えれば、制服を身に着けることと、二学期が開始するということが、イコールにならないのも当たり前で。
言葉に出してみても尚、あまり二学期が始まるということに実感が湧かない堅一であった。
と、そんな割りとどうでもいいことに内心頭を捻らせていると。
――ピン、ポーン。
ドアホンが鳴らされ、堅一の部屋に来客があることを告げる。
しかし、堅一は慌てて玄関に向かうことなく。むしろ確認するように、ゆっくり部屋を見回すと。
学生鞄を手にして、玄関を出た。
扉を閉め、鍵を回す。
そうして、こちらを見ている彼女に声をかけ。
「おはよう、姫華」
「おはようございます、堅一さん」
「そんじゃ、行くか」
「はいっ!」
二人揃って、歩き出すのだった。
「――しかし、まるで二学期が始まった感じがしないな」
学園の制服を身に纏い、学園までの道のりを歩き――そして隣には同じく学園の制服姿の姫華の姿がある。
夏休み中に鍛錬のため学園へ向かう時と、全く同じ光景。
それ故に、堅一は寮の部屋で抱いた思いを、口に出した。
「ええ、確かに。……ふふっ、実は私も、今朝に同じことを考えていました」
「やっぱりか」
顔をほころばせて同意する姫華に、堅一は頷き。手に持った鞄を、引っかけるように肩まで持ち上げる。
「でも流石に、学園まで行けば、実感すると思いますよ。クラスの皆に会いますし、それに、その……堅一さんと私は、クラスが違いますし……」
「まあ、それもそうだな。昨日までと違って、今日からは別行動が多くなるか」
あっけらかんとする堅一に対し、姫華は少し顔を俯かせて残念そうな表情を見せる。
彼女の言った通り、パートナーがいるからといって、学園での在籍クラスが変わるわけではない。パートナーと同じクラスになるわけではない。
姫華は、今まで通り成績優秀者の集まる最高クラス――ジェネラル1のまま。
堅一も、今まで通り成績不良者が群れる最低クラス――ソルジャー4のまま。
とはいえ、別にクラス間での接触が禁止されているわけでもないので、授業中以外であるなら会おうと思えば会えるのだが。
「……あ、そ、そうだ、堅一さん。今日も、お弁当を作ってきましたが――今日からはお昼休みに、クラスに伺っても大丈夫でしょうか?」
そんな、自身の中の思いを無理矢理押しのけるかのように。
姫華は話題を転換し、お昼ごはんについて提案する。
姫華が、堅一に弁当を作ってくる。それは、夏休みの後半では学園での鍛錬の度に行われたことであり。その発端は、夏休み中の鍛錬であった。
基本的に、学園は夏休み中でも通常の登校日のように施設を開放しており、その時間内であれば利用できるようになっていた。利用時間も個人の自由で、朝だけ、昼からという使い方もできれば、朝から夕方まで、といった風にも使えることができたのだ。
が、そういった場合、各自で対応が必要なのが昼ごはんである。
確かに学園は解放しているが、学食は営業しておらず、利用者はそれを当てにすることはできなかったのだ。
そうなると、自前で準備するか、外食をするか――食べないという選択肢もあるが除外――の二択である。
当初は、外食はお金がかかるから自前で用意しないかと堅一が提案し、姫華もそれに同意した。
だが、姫華が自作の弁当を用意してくるのに対し。堅一は菓子パン、総菜パン、おにぎり――などといったものばかりである。これが時々ならまだしも、毎日であった。
思えば、とここで、姫華は以前部屋を訪れた際、堅一が晩御飯と称してカップ麺を啜っていたのを思い出す。
見かねた姫華は、堅一の分も弁当を作る、と彼にもちかけた。最初は、迷惑も手間もかかるからいい、と断った堅一であったが。逆に、その言い分に火のついた姫華の異様な迫力を前に、手がかからないものでいいから、と白旗を揚げたわけである。
――と、堅一は思っているが。
実はそれは、姫華の建前で。
本当のところ、彼女にはとある人物からのとある助言があったのだ。
話したことはそれだけでないが、その部分だけ抜粋すると。
要は――『胃袋を掴んでまえ』である。
弁当の件を切り出した時、栄養バランスが悪い、身体に悪い、と力説する姫華に堅一はたじたじとなったことだが。
その実情は、姫華が顔を真っ赤にしながらの――彼女にしては非常に珍しいことに、ノリと勢いであった。
もっとも、助言はそれだけでなく、朝、昼、晩、全てを支配してしまえ、とのことであったが。
流石にそれは恥ずかしい、と姫華は遠慮し。しつつも――現在、ジェネラルと並行して密かに料理を猛特訓中である。
さて、そんな姫華の健気な提案であったが。
「ん、あー、いつも悪いな。……でも、二学期も始まるわけだし、学食がまた開くだろ?」
これを速攻断ろうするのが、黒星堅一という人間である。
「別に、無理して俺の分を作らなく、ても……」
だが、彼が何の気なしに姫華に顔を向けると。
むーっ、と。
膨れっ面が、そこにはあった。
姫華がそれを自覚しているのかは不明だが、とにかく堅一には、そう見えた。
「…………」
堅一には、これが分からない。
学食なら弁当も手軽な値段で買えるし、なにより彼女が力説した栄養バランスもそこそことれる――つまり、夏休み中のように彼女が堅一の分の弁当を用意する必要性がないはずだ。
堅一からすれば――他人の弁当を作ることは、イコール、一人分の手間がかかる。イコール、時間がかかるので迷惑になる。イコール、不要であれば作る必要性は無い、だ。
だが、彼女が不機嫌となったのは、分かる。
いや、その理由は不明だが。
しかし、まあ。
作ってくれるというのならば。彼女が作る弁当は不味いわけでもなく、むしろ美味いわけで。
「……まあ、手間じゃなければ、頼む」
「はいっ!」
満面の笑みが、開く。
未だ不機嫌となった原因が不明だが、どうやら間違ってはいなかったようだ、と堅一は胸を撫で下ろした。
さて、堅一からしてみれば、それは単純にパートナーとのただの会話なのであるが。
周囲から見れば、その印象は違う。
二学期の初日である。登校日である。そしてここは、学園へ向かう通学路である。
つまり――視線を集めていた。
横から、或いは、後ろから。
同じ弐条学園の生徒は勿論、偶々居合わせた一般の人々の視線を。
堅一は毛ほども意識していないが、その成績や天能において姫華はちょっとした有名人である。更に言えば、その容姿においても。
そして、そんな彼女と共に歩く、男子生徒。
堅一は、こちらを見る視線には気付いていたものの、しかしそれは状況が理由だろうと考えていた。
だが、気にしなかったのは、彼女がパートナーだからだ。隠す必要も無いし、隠していたところでどの道学園にいればいずれ明白となる。
――共に歩む。試合中は勿論、平時においても。
黒星堅一にとってパートナーとは、そんな存在、認識であったから。
ただし、一般の人から見れば。或いは、未だパートナーという存在に対して理解の浅いソルジャーやジェネラルであれば。その距離、会話、どちらを見ても特別な関係にしか見えないわけで。
……もっとも、パートナーもある意味特別な関係ではあるのだが。
とはいえ、まあそんなわけで、視線を向けられようが気にも留めなかった堅一である。
――だからこそ、か。
その時は終ぞ、数多の視線の中にいくつか別の意味合いを含んだものが存在していることに気付けなかった。
彼が、その意味を。その影響を自覚するのは。この僅か後、自分のクラスであるソルジャー4に足を踏み入れた時となる。
学園に到着し、より一層向けられるようになった、視線。
常人なら気おくれしそうなそれではあるが。
よく視線を向けられる姫華は元より、堅一も特に尻込みすることなく。
「では、堅一さん。……また、後で」
「ああ」
各々のクラスへ向かうため、分かれる。
一学期振りとはいえ、何ら躊躇することはない。
堅一は特に意識せず、いつものように教室の扉を開けた。
お気に入り、評価、感想、どうもありがとうございます。
また、読んでいただけること、大変嬉しく思います。
正直、約2年ぶりの更新(投稿再開)でしたので、そういえばこんな作品あったなもういいやと、ガッツリお気に入り解除されるんだろうなと思ってました。
ですが、思っていたほどではなく、少々驚いています。
また、感想や活動報告の方にもコメントいただき、大変嬉しかったです。
今後も読んでいただけると幸いです。
それでは、三章もよろしくお願いいたします。




