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ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第二章 シュラハト・フェスタ編
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二十二話 戦いの鍵

かなり期間が空いてしまいましたが、もし待っていただいていた方がいらっしゃいましたら、すみません。


よろしくお願いします。

 1リーグより一つ下の2リーグ所属とはいえ、曲がりなりにも山形一臣はプロのソルジャーである。

 堅一からの予想外の一撃によって少量のダメージを負い、身体を浮かされはしたが、しかし地に倒れることはなく。後退させられつつも両手剣をフィールドに突き立て体勢を整える。

 だが、その表情は困惑と怒りを孕んでおり、先程まであった余裕は既にない。


「……何故だっ!? 何故、動けるっ!?」


 喚く。

 その視線に映るのは、自身の契約武装(両手剣)に宿る雷の力によって麻痺した哀れな獲物――ではなく。

 契約武装(銀の手甲)を構え、臨戦態勢に入った対戦相手(堅一)の姿。

 山形一臣からすると、それは有り得ない光景なのだ。あの生意気な学生には、確かにこちらの攻撃が当たっていた。

 それも、当たればかなりの高確率で麻痺を引き起こす――状態異常に特化させた、攻撃が。


 もっとも、実は全弾を避け、当った振り――演技をしていた可能性も傍目にはゼロではないのだが。しかし、山形一臣にはそれはないという確証がある。

 なぜなら、山形一臣には、自身の能力によって相手が麻痺状態であるか否かが分かる。間違うはずもない、あの時堅一は確実に麻痺状態にあったと断言できた。


 ――ならば、何故。


「……そ、そうか、結局どっちかが助けに入りやがったんだ。ジェネラル(四十川)か? それとも、ル――」


 ややあって、しかし咄嗟に口をついて出たのは。己に言い聞かせるように、また納得させるような言葉。

 たかが学生、あの状況にあって一人で抜け出せるわけはない。ならば、相手二人のどちらかが、介入したのだ。

 そう考えれば、現実味がある。油断していたとはいえ、この俺が一対一で学生如きに遅れをとるわけはないのだから。


 ただしそれは、山形一臣にとっては、の話。それも、かなりの偏見で満ちた解釈。

 彼以外からすれば、無理矢理、苦し紛れの感が否めない。


「――馬鹿ねえ」


 事実、その山形一臣の言葉は。全てを発しきる前に、ただの一言を以て切り捨てられる。

 呆れた視線を、声色を隠さずに山形一臣をみやるは、今にも彼の口から名が上がろうとしていたもう一方の存在、ルアンナ・ブラフィルド。


「一応言っておくけど、私達は何もしてないわよ。見ての通り、この場から一歩も動いてない」

「嘘を吐けっ! ならば何故、ただの学生ごときがっ――」

「そんなの、決まってるじゃない」


 顔を真っ赤にして、声を荒げる山形一臣を、またしてもルアンナは遮る。


「この子は――黒星堅一というソルジャーは、あなたが、あなた達が思っているほど弱くはないから。憶えているか分からないけど、恭介も言っていたとおり、甘くみないことね。あなたの言う、ただの学生ごときだの、足手纏いだの、そんな認識は今すぐに捨てた方が身のためよ?」

「……そう言えば、確かあの時」


 落ち着いた反応を返したのは、山形一臣ではなく。

 驚きを見せながらも静観していたソルジャー、山形三造。


「何の話だ、三造!」

「昨日のことだ、兄者。鍛錬のための施設でのことを忘れたか? ……そこに立つ――黒星堅一といったか。彼にも、我々はその時会っていただろう」

「む、むぅ……?」


 弟という予想外の方向からの指摘に、兄である一臣は流石に怒鳴り返すことなく聞き入れ、そして頭を捻る。

 確かに昨日、縣恭介やルアンナ・ブラフィルドと会ったのは覚えている。そして、事の発端となった学生も。しかし、その顔は――。

 

「……前から思っていたけど、あなた以外――三兄弟の弟の方は、まだマシみたいね」


 肩を竦め、心底呆れたように、ルアンナがやや大袈裟に首を振る。

 しかし、次の瞬間、彼女の雰囲気はガラリと変化し。


「ま、そもそも、あなた程度がこの子を見下すなんて、そんなの私が許さないんだけど」

「ぐっ……」


 スッと細められたルアンナの両眼が、山形一臣を射抜く。

 そこに込められる、確かな怒り。それを感じとり、無意識の内に山形一臣は後ずさる。


 が、直後。

 ルアンナの眼力だけで後ずさってしまったという事実。そして、観衆もいる前であからさまに虚仮にされたという事実に気付いた山形一臣は、唸るように低い声で呟いた。


「……認めん、認めんぞ」


 そうだ、なんとなく思い出してきた。

 甘く見るな、だの、足元を掬われる、だの。そんな言葉を聞いた気がする。

 その時は、何を馬鹿げた冗談を、と一笑に付したが。


 ……もし、あれが冗談ではなく、本気で言われていたというのなら。


 それはつまり、プロであるこの身が、この山形一臣()が――。


「――ふざけるなっ! そんなわけがあるかぁっ!!」


 ――沸騰する、頭。


「兄者っ!?」

「落ち着け、兄者!」


 二人の弟の制止の声も聞かず、山形一臣は両手剣を振り上げて堅一に迫る。


 この時、一臣の心にあったのは。

 すぐにでもぶっ潰して、認識を改めさせる。

 ただ、その一点に尽きた。


 ――ぶぅんっ!!


 風が唸り、両手剣が堅一に襲いかかる。

 大の大人であり、何より2リーグのプロである一臣。その身体から繰り出される攻撃は、決して馬鹿に出来るものではない。


 ――だが、所詮は腕力だけに頼った、馬鹿正直な攻撃。


「チッ、ちょこまかとぉっ!」


 完全に頭に血が上った一臣の攻撃は、フィールドの地面を叩き、粉砕するものの、堅一には当たらず。


「…………」


 そんな一臣とは真逆に、堅一はその一撃一撃を焦り一つなく躱していた。

 頭は、常に冷静に。油断なく相手の動きを注視して、その太刀筋を見切る。


 元来、堅一の戦闘タイプというのは、待ちの姿勢――回避に専念しての、隙を見た一撃離脱だ。

 なぜなら、天能たる呪いは、体力の消費が絶対条件。殴り合い、力と力をぶつけ合う戦い方では、体力の消費が大きくなる可能性が大。

 ゆえに、待ちとなって素の状態で回避、極力体力を節約し、局所局所で天能(呪い)を行使する。これが、あらゆる戦況に柔軟に対応でき、勝率のよいパターンとなる。長引き、持久戦に持ち込まれても、然り。

 体力が少なければ少ないほど、天能を行使できる回数は減るのだから。


 無論、相手によって戦闘スタイルは変わる。明らかな格下であれば、強引に身体強化で押し切ればよいし、また明らかな格上相手であれば、避けるためだけに身体強化を使わざるをえなくなるだろう。

 それに加え、パートナーからの回復を加味して、堅一はその相手に対する戦闘スタイルを決めるのだ。

 

「くそったれ! 当たりさえすりゃ、こんなガキ……!」


 この戦闘に関しては、パートナーからの回復はない。四十川は、回復の天能を持っていない。

 そして一臣の言う通り、当たるには不味い威力の攻撃。例え身体強化の呪いを行使しても、不可能ではないが今の堅一ではまともに受け止めるのは少々厳しいものがある。


 そしてそれは、昨日に戦った恭介に関してもそうだ。あの時恭介の攻撃を真正面から受け止められたのは、あくまで恭介が手加減をしていたから。単純な腕力的の点もそうだが、それはやはり学生とプロ。隔たりは当然の如く、そもそも互角ではない。

 もし恭介が全力できていたとしたら、現段階の堅一ではいくら身体強化を行使しようが速攻潰されて終わるだけ。一臣に関しても、ある程度打ち合えはできるだろうが、身体強化は必須で体力を無駄にするだけ。


 ゆえに、回避。

 最小限の動きで、躱す。躱し続けることを、可能としている。


 衰えているとはいえ、元々堅一には、経験があった。

 一臣は勿論、恭介以上の強敵と戦ってきた過去が。

 それにより磨かれた、戦いのセンス。そして、攻撃を見切る力。


 一時期シュラハトから離れ、ひっそりと身体の奥底に沈んでしまっていた、それが。

 手加減されたていたとはいえ、恭介との戦闘により、刺激された。

 頭、身体。堅一の、全てが。


 そして――。


「こん、のっ……!」


 山形一臣が、僅かに疲労の色を見せる。

 冷静さを失い、がむしゃらに攻撃を繰り返していた彼だ。その訪れは、必然とも言えた。

 それにより生じた、微かな隙。


 見逃さず、身体強化をかけ。

 ――踏み込む。


「んなっ……!?」


 その堅一の行動は、一臣にとって予想外のものであった。

 逃げ続けていた相手が、気付けば懐に入り込んでいる。

 振り抜いた剣を慌てて引き戻そうとするも、遅い。


「兄者っ!」


 彼の弟の叫びと共に、顎に衝撃。次いで、浮遊感。

 声を上げる間もなく、気付けば、山形一臣の身体は宙を舞っていた。先程よりも高く、視界いっぱいにバトルフィールドの天井と、その向こうには空と太陽。


 ――だが、それだけでは終わらず。


 一つ、一臣は目を瞬いた。そして、目を細める。

 異物。空、そしてバトルフィールドの天井。それに加え、一枚の壁のようなものが、そこにはあった。

 あれは何か、と一臣の頭が答えに辿り着く、その前に。


「――別に、こっちのジェネラル(四十川)は、俺を援護する気がなかったわけじゃない」


 聞こえてきた、声。

 同時に、一臣は悟る。

 あれは、相手のジェネラル、四十川の天能。

 そして、目を剥く。目を見開いた、その先に。


 ――空に踊る、堅一の姿。

 太陽と一臣の間に存在し、見下していた。

 

「まずは俺一人で、戦えることを証明すること。それまではこっちに手を出さなかっただけだ」

「……くそがぁああああっ!!」


 四十川の天能を足場として、まるで弾丸のように。

 上空から落下してきた堅一の拳が、一臣の腹に突き刺さり。そして、一臣の身体が地面に叩きつけられた。




「おうおう、初めてにしちゃなかなかどうして、息があってるじゃねえか、四十川と堅坊は」


 観客席から、フィールドを見下ろす縣恭介が、満足気に笑う。


「…………」


 が、そんな軽口を叩く余裕があるのは、恭介だけ。

 ざわつく会場。


「これは、これは……」


 唯一、舞が感嘆の響きを伴った声を上げるが、姫華を含む雨音、南雲の三人は、口を開けない。


「ま、俺から言わせりゃまだ甘いが、もう一人はルアンナが牽制してたからな。余計な横やりもなく、上手くはまったか」


 軽口に続き、そう評す恭介の横で、姫華は今しがたの光景を思い返す。


 流れるような、動きであった。

 一見すれば、防戦一方の劣勢であった堅一。

 しかし彼は確かに、山形一臣の猛攻を、捉えられることなく躱しきったのだ。

 一瞬の隙をつき、攻勢に転じ、山形一臣の顎に一撃。


 それだけに終わらず、先程はルアンナを守る盾として現れた四十川プロの天能()を、空中での足場とし、追撃。

 決して少なくないダメージを、山形一臣に負わせた。


「しかし、彼はよくああも動けましたね。山形プロの口振りからするに、麻痺状態にあったらしいですが」


 そんな姫華の耳に、舞の声が聞こえた。

 そういえば、そうだ。それを感じさせない動きを見せられてすっかり頭から抜け落ちていたが、堅一は麻痺状態に陥っていたのだ。


 だが、ああそれか、と恭介は何でもないように呟くと。


「なに、簡単な話だ。堅坊に、状態異常の類は一切効かねえのさ」


 あっさりと、そう言った。


「効かない?」

「ああいや、正確に言えば効くには効くんだが、堅坊はそれを解除する術を持っている」


 状態異常の解除。

 となると、身体強化ではなく、現時点の堅一の天能(呪い)のもう一つ、天能封じ。 


「……相手の……ううん、自身の麻痺を、封じた?」

「正解だ、嬢ちゃん」


 姫華の漏らした微かな呟き。

 それに答えるように、恭介は姫華の耳元に口を寄せて、小声で言った。


「堅坊の天能封じは、天能による状態異常も範囲に含まれる。封じられた状態異常は、堅坊の元々の天能じゃねえから、その瞬間に消滅って寸法だ」

「消滅……」

「要は、天能による状態異常は堅坊にはほとんど無意味。ああ、ちなみに、天能以外――例えば、長時間正座した後の足の痺れとかは無理だ」

「あ、足の痺れ、ですか……」


 正座の状態で立てない堅一の姿を思わず想像してしまい、姫華はおかしな気持ちになる。


「ズルいですね、内緒話とは。私も、非常に興味があるのですが」

「わはは、悪いな。パートナーの嬢ちゃんは良いとして、それ以外に勝手に喋っちまうと、俺が堅坊に怒られちまうもんでな」

「残念ですね」

「ま、お前さんが自分で見抜いたなら、あれも文句は言わんだろう。そら、試合が動くぞ」


 舞を軽くあしらい、恭介がフィールドを見下す。

 恭介の言った通り、堅一によって地面に叩きつけられた山形一臣は、既に立ち上がっていた。


「嬢ちゃん、ここから先をよく見ておきな」

「え?」

「三兄弟の弟達はさておき、これで流石にあの兄の方(山形一臣)も、堅坊を一人の敵として認識するはずだ。言っちまえば、ここからが本番。山形一臣も暴走せず、ルアンナも動く」

「は、はい……」

「俺が、ルアンナが伝えたいのは、ここからの展開だ。つまり、タッグ戦。個と個ではなく、複数の要素が絡み合う変幻自在の展開。――堅坊の真価が発揮される戦いだ」



 さて、そんな彼らが――いや、この会場中が注目する、バトルフィールド上はといえば。


「……認めたくはない。認めたくはないが……行くぞ、景二、三造! 俺達兄弟の強さを、コンビネーションの恐ろしさを、思い知らせてやる!!」

「「おう!!」


 興奮こそしているものの、突出せずに落ち着いた山形一臣が呼びかけ、彼の弟二人が勇ましく応える。


「あら、コンビネーションなら、こっちだって負けないわよ? ね、堅ちゃん?」

「…………」


 そんな三兄弟の宣言を受けてか、ルアンナが堅一の側に寄ってくるが。

 遠ざかりはしないものの、嫌な予感のする堅一は答えることなく、無言。


「そっちが兄弟のコンビネーションでくるというのなら……私達も見せてあげるわ」

「おい、向こうに乗るんじゃ――」


 やがて隣に立ったルアンナにポンコツ化の予兆を感じ取った堅一は、焦って彼女を止めようとする。

 しかし彼女は、ぐっと堅一の肩を抱いて、堂々と言い切ったのだ。


「私と堅ちゃん、二人の――愛のコンビネーションを!」

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