二十一話 十の一、二
今回も、ちょい長めです。
では、どうぞ。
沸き立っていたような歓声は、しかし困惑を孕んだざわめきへと変わり。観客達は戸惑いを隠すことなく互いに顔を見合わせ、或いは眉を顰めてバトルフィールドに立つ少年――堅一を見やった。
彼らにしてみれば、だ。今この場にいるのは、プロ同士の激突を観戦するため。その一点のために、このスタジアム――特設バトルフィールドへと足を運んだのである。
縣恭介が出れなくなったことは残念であったが、代役がいるならば、まあ。
仕方なくはあったものの、観客達の心の動きは、これに尽きる。そもそもこの今日の試合は全てがランダム抽選であり、特定のプロを見に来たわけではないのだから。
だが、当然その代役とは、プロのソルジャーの誰かであると思っていたのだ。むしろそれ以外に選択肢など無いはずであった。
しかし実際、その代役の正体とは――ただの学生。いや、まあシュラハトの教育機関である弐条学園の生徒ならば、ただの学生でもないのだが。
とはいったものの、観客達にとってはそれも多少の違いとしかなりえない。学生は、所詮学生。プロとは程遠い。
もっとも、観客の困惑や戸惑いは、一概に堅一が学生だから、というわけでもない。
これがもし、その年代の大会などで活躍する名の知られた学生であったならば、或いは困惑や戸惑いはまだ薄れていたかもしれない。
この場には大人のみならず、堅一と年の近い観客も多い。近い年代であるならば尚更、そのような学生は少なからず意識の対象となる。驚きこそするだろうが、このような場で純粋に代役として選ばれた立場を羨み、応援の声を上げたかもしれない。
だが――無論のこと、堅一はそうではない。少なくとも、今の彼では。
全くの無名。大会どころか、一学園内においても。
つまるところ、ほんのごく一握りを除き、観客達に共通するのは落胆であった。
それが例え、彼の少年が縣恭介の弟子だとしても紹介されても、である。まだ多少の救いと言えなくもないが、期待というのは有り得ない。
「……誰が弟子だ、誰が」
さて、そんな衆目の視線を正に今その一身に受け、バトルフィールドに出た堅一だが。当の本人は何処吹く風で、聞こえてきたアナウンスにのみボソリと呟いた。
元より、そんな視線、感情は覚悟の上。予想外でもなんでもなかった。ゆえに、それほど気にはしてはいない。
それよりも、アナウンスだ。
恭介の弟子など、甚だ不本意である。場が場でなかったら、声を大にして否定していたところだ。
「アハハ、まぁやっぱりこの反応は、避けられないかな。僕も事前に知らされてなかったら、驚いただろうし」
「あら、大丈夫よ。私と堅ちゃんのペアで、すぐにこんな雰囲気引っくり返すから」
客席の反応に苦笑する四十川。そんな彼に簡単に言ってのけ、「ね?」と堅一に笑顔で同意を求めるルアンナ。
それを見た堅一は答える代りに一つ、溜め息を吐く。
――事の起こりは、市之宮姫華が先に客席に戻り、黒星堅一が残った後の選手控室。
「で、何だ?」
姫華が扉から出ていって数秒。扉から目を離した堅一は、恭介に向けて訊ねたのだ。
すると返ってきたのは答えではなく――
「……うっ!?」
――突然呻き、腹を押さえながら倒れ込むように床に両膝を着いた、恭介の姿。
「いててっ、いててててて……」
かと思えば、棒読みのような明らかに嘘っぽい痛がり方。欠片も本当に腹痛とは見えない、下手な演技であった。
そのため、仏頂面のまま無言で恭介を見下す堅一。
ところが、恭介は下手な演技を続けながら堅一を時折チラッ、チラッ、と見上げるのだ。大の男がそれをやるものだから、はっきりいって引く。ドン引きだ。
無表情のまま堅一が視線を動かせば、四十川は苦笑し、ルアンナは可笑しそうにしながらも笑いを懸命に堪えている。
「一応、本当に一応聞くが……何やってんだ、恭介?」
無言で踵を返すかどうか迷ったものの、このままでは埒が明かないので一応を強調して問いかける堅一。
「は、腹が痛え。す、すごく、すごくだ。こ、このぶんじゃあ、試合に出るのは厳し――」
「…………」
もはや、迷う余地もなかった。その言葉の全て聞く前に、扉へと歩きはじめる堅一であったが。
「――ま、まあ、待て、最後まで聞け。頼む、俺の代わりに代役として次の試合に出てくれ」
――がしっ!
その片足を、床に這いつくばった恭介が逃さん、と言わんばかりの勢いで掴む。
それを僅かに視線を下げて確認した堅一は、足に力を込めて無理矢理引きはがそうと試みるが、しかし恭介は手を離さない。
「……普通に考えてそんなの無理だと思うんだが?」
ゆえに、うんざりとした表情で仕方なく相手をする堅一。
「いや、ところがそうもねえのさ。許可は、もう上に取ってある」
しかし、額に汗を浮かべながらの、恭介の答え。
それを聞いた堅一は眉を顰め、胡乱な目で恭介を見下した。
「……何のつもりだ?」
これが突発的な考えあれば、何を馬鹿なことをと一蹴すればいいだけの話。
しかしそうではなく、前もって計画されていたということ。もっとも、それだけでもまだ問題はない。
問題は、許可がおりた、ということだ。
考えるまでもなく、その相手とはイベント運営。それも、上層部。
このイベントの主催たる存在が、プロである縣恭介の代役として一学生にすぎない黒星堅一を認めた。それも、特設バトルフィールドにおけるプロ同士の試合という、まず間違いなくれっきとしたイベントにして目玉の一部でもある、決して小さくはない舞台に。
普通に考えれば、そんなのはありえないのだ。
プロの代役として、無名の学生を。別イベントにあるプロへの挑戦ならまだしも、プログラム上はプロ同士におけるガチ試合。観客側もそんなガチ試合を望んでいるのだから、そんなことをして盛り上がるわけがない。
客の不満、つまり一部とはいえイベントの失敗は、そのまま主催への批判、損害に繋がる。間違いなくイメージダウンは避けれない。そしてそれは、企業――団体が、恐れるべきことだ。
であるから、主催側としてはそんな選択は到底許容、許可できないはずなのである。例えそれが、1リーグのプロからの提案だとしても。
「いや、なに。お前は、お前が自分で思っているほど、忘れられちゃいないってことだ。あとは、そうさな。強いて言うなら、これは俺達からの、俺達なりの祝いってとこだ――」
すっかり立ち止まり、訝る堅一。そんな堅一に、立ち上がった恭介は、意味ありげな笑みを浮かべて言ったのだ。
「――あァッ、どういうことだっ!? 代役なんざ、俺達ぁ聞いてねえぞっ!?」
と、前方からそんな怒鳴り声が聞こえてきて、堅一は顔を上げた。
見れば、山形三兄弟の長男――確かアナウンスでは山形一臣といったか――が、顔を真っ赤にして両の拳を振り上げている。
それにより一層駆り立てられたのか、ますます疑念や不安が広がる客席。
『山形一臣選手、景二選手、三造選手へのお知らせに関しましては、縣選手の不調が直前でのことでしたので、この場でとなってしまい誠に申し訳ございません。ですが先程申し上げました通り、黒星選手は学生でありながらも正式に認められた代役ですので、よろしくお願い致します』
それをフォローするように、アナウンスが発せられるが、無論のこと観客は静まらない。
山形一臣は、顔を真っ赤にしたままフンと鼻をならし、元凶とばかりに堅一を睨みつける。
次男、三男も長男より怒気こそ発してはいないが、不審な面持ちで堅一を見ていた。
恭介の体調不良が直前どころか、ピンピンしているのを知っている堅一は、しかし彼らの視線に気圧されたりはしない。
それどころか意に介さず、考え込む余裕がある。
恭介に聞いた時は未だ半信半疑であったが、警備員に制止されることもなくバトルフィールドに進み、またアナウンスの内容からようやく実感を得たのだ。
大方、なにか取り決めがあったのだろうが……しかしどうしたらこうなる。
些か、呆れというか、驚きを禁じ得ない堅一であったが。
「さあ、堅ちゃん。ちょっと物足りない相手だけど、輝かしき復帰戦よ。準備はいいわね?」
ルアンナが、すぐ傍らで妖艶な笑みを浮かべ。
「まさかこんなことになるなんて思わなかったけど、君と一緒に戦えるのが凄く楽しみだよ」
振り返れば、四十川が爽やかに、そして楽しむように笑っている。
そんな二人を見て、堅一も小さく頷く。
だが、そんな比較的明るいといえば明るい空気も、この広いスタジアムにおいてはここだけだ。
相手たる山形の長男は、明らかに小馬鹿にしたような視線を、次男、三男は困惑をしつつも値踏みするような視線をそれぞれ堅一に向けている。
客席も、そう。ほんのごく一握りを除き、堅一という一つの異物が入り込んだバトルフィールドを見はしながらも、その感情はこれから始まる試合に対するワクワクとは程遠い。
『それでは、バトルフィールドの壁を展開します!!』
それでも会場を盛り上げようとするアナウンスだが、この場の空気から見るとどこか空回り感が否めない。
無論そんなことには関係なく、アナウンス通り青白い閃光がフィールドの地面外周を迸り、中の六人を覆う大きな半透明の壁が現れる。
完全に納得はしていないものの、イベント側からであれば従わざるをえないといったところだろうか。
堅一達はもちろんのこと、山形三兄弟も試合の開始のために位置を調整する。
ジェネラルたる四十川、そして相手のジェネラル山形景二がソルジャーから離れ、それぞれバトルフィールドの端に陣取って遠い位置から互いを見やり。
ソルジャーも、動きやすいように各々が少し距離をとって敵味方二人二人の横並びに。
四十川から見て、右前方にルアンナが立ち、その正面に相手の三男、山形三造が。
そして左前方にいる堅一の前には、相手の長男、山形一臣が立つ。
客席から見下せば、ソルジャーの位置関係は少々形の崩れた四角形。
これにて、戦いの舞台は整った。
後は、試合開始の合図を待つのみ。
『皆様、お待たせいた致しました! それではこれより、2リーグ所属、山形景二選手、一臣選手、三造選手、対――』
アナウンスが響き渡ると同時に、大型ヴィジョンの画面に山形三兄弟の名と、ソルジャー二人の体力バーが。
『1リーグ所属、四十川優選手、ルアンナ・ブラフィルド選手、縣恭介選手の代役黒星堅一選手による、タッグ戦――』
続くように、堅一達の名が表示され、堅一とルアンナの名の横に体力バーが表示される。
溜めるような、数瞬の間。
刹那、アナウンスが大きく息を吸い込み。
『――試合、開始ィッ!!』
高々と、試合開始の宣言がなされた。
試合開始となっても、すぐに動きがある試合と、そうでない試合がある。単純に、仕掛けるか、まず様子見に徹するか、だ。どちらか一方、或いは両者が仕掛ければ動きがあるが、両者が様子見を選択すれば、すぐに動くということはない。
この試合の場合は、前者。
試合開始の合図の直後、即座に動いたのは、山形三兄弟であった。
「――代役だかなんだか知らねえが、すぐにぶっ潰すっ!」
吠えたのは、山形三兄弟の長兄、山形一臣。彼は、とことん苛立っていた。
そもそも、昨日から気に入らなかったのだ。学生なんぞと共に遊んでいるような縣恭介達が、自身より上のリーグに所属する選手であること、そして学生達の件で彼らに言いくるめられたこと。
そんな彼らが、本日の対戦相手となった。願ってもない、相手が1リーグ所属だからどうした、と意気込んでいた。
ところが、ところがだ。
直前になって、縣恭介がダウン。それ自体は、まあいい気味だったのだが。
学生が代役として認められたのが、山形一臣の無駄に大きいプライドに傷をつけた。
つまりそれは、代役でも山形三兄弟の相手として務まる、と判断されたからに他ならないからだ。しかも、対戦相手である自分達に一報もなく、決まったという。
見も知らぬ学生が、学生如きが、だ。
……正確には、昨日の特別招待券エリアの施設で恭介達と共に堅一にも遭遇しているのだが、一臣は眼中になかった。
なにはともあれ、それは山形一臣にとってとてつもなく屈辱であったのだ。
「行くぞぉ、弟達よっ!!」
契約武装を発現し、山形一臣はすぐさま横へとそれを振りかぶる。
その手にあるのは、剣身を黄色に彩られた巨大な剣。ツヴァイハンダーと呼ばれる、両手剣だ。
「三造、兄者、合わせるぞ!」
一臣の勢いに続き、ジェネラルの景二が右手を前方に翳した。
直後、今まで無風に等しかったバトルフィールド上に吹き始める、微かな風の流れ。
「おうっ、兄者!」
もう一方のソルジャー、山形三造が発現するは、すっぽりその身を隠してしまうほどに大きな円盾だった。
武装とは、戦闘のための装備。ゆえに、三造のように盾などの防具が契約武装となるソルジャーも、多くはないがいる。
そんな、防具を契約武装とする山形三造は、ルアンナ、堅一からの攻撃がきても防げるように前方に円盾を構え、片膝をつくと。円盾を持たない右の拳を、地面に向けて叩きつけた。
――ザバァッ!!
瞬間、噴き上がったのは。敵味方と隔てるよう、フィールド中央を横に広がる、水による壁。
更に、まるでそれに命を与えるように。
ビュウッ、とフィールドを強く吹き抜ける、風。
堅一とルアンナにとっては向かい風、三兄弟には追い風となる形の風が吹き、水の壁に動きを与える。
三男、山形三造の天能により作り出された水の壁、そして次男、山形景二の天能により生み出された風の流れ。
次男と三男の力が合わさり、堅一とルアンナを飲み込まんと、壁をなすほどに膨大な量の水が牙を剥く。
――そして、そこに。
「うらああぁぁぁっっ!!」
最初に動き出し、巨大な両手剣を振りかぶっていた長兄、山形一臣による一閃が、放たれる。
ただし、距離にすれば一臣は最初の立ち位置から一歩も動いておらず。いくら巨大な両手剣といえど、その刀身が直接堅一やルアンナに届くことはない。
――が、真に放たれるたるは。
バチバチッ、と見るからに激しく帯電する、金色の閃光。
それは、武装特化型である山形一臣の契約武装、両手剣が宿す、雷の力。
最も遅く放たれたそれは、しかしまさに雷と呼ぶに相応しい速さを以て、堅一達の頭上に覆い被らんとする水の壁に着弾。すると、まるで吸収されたかのように、水の壁全域にバチバチッと雷が迸る。
「単純な連携だが、躱せるものなら躱してみろ!」
三男、三造が吼え、拳を再度地面に叩きつけ。
「これが、我等三兄弟のコンビネーションだっ!」
次男、景二が翳していた右手を振り下ろす。
瞬間、雷の吸収された水の壁が堅一達に迫りくると同時に四散、範囲を広げて降り注ぐ。重力の働きだけでなく、山形景二の風によって加速される。
雷を帯びた膨大な水は分裂、いくつもの大きな塊となってさながら爆撃のようにバトルフィールドの地面を叩き。着弾によって発生した煙が、堅一とルアンナの姿を覆い隠した。
水の天能を持つソルジャー、山形三造。風の天能によってサポートするジェネラル、山形景二。そして、雷の宿る契約武装を扱うソルジャー、山形一臣。
戦闘開始直後の、雷・風・水の三兄弟の連携による広範囲攻撃。
ざわついていた客席はいつの間にか静まり返っており。誰もが固唾を呑んで、もうもうと煙の立ち昇るバトルフィールドを見下している。
そんな、煙に覆われたバトルフィールド上。
「……躱しきれなかったか」
堅一は、苦い顔をして片膝を突いていた。
三兄弟の連携による、雷を帯びた複数の水弾による攻撃。
回避を試みた堅一であったが、完全には躱しきれず、ダメージを負ってしまったのだ。
……しかし、この程度の威力なら。
大仰な見た目の攻撃に反し、体力バーの減少はおよそ10%ほど。数発の直撃と掠りでこのダメージ。思ったより全然残っている。
さっさと立ち上がって、次に備えなければ。
そう思い、立ち上がろうとした堅一だが。
「……っ!」
目を見開き、己の足を凝視する。依然片膝を突いたままで、立ち上がることのない自身の両足。
身体が、思うように動かせなかった。
「――痺れて、動けんだろう?」
そんな状態の堅一の前に現れるのは、山形一臣。
「威力が低いのは、仕方がねえ。俺のあれは、どちらかといえば威力よりも状態異常を優先した一撃。その上四散しちまえば、プロ相手は当然として、学生だろうとダメージはそう見込めない」
だが、と山形一臣はニヤリとして片膝を突いた堅一を見やる。
「直撃は勿論、少しでも掠りさえすりゃ、高確率で相手に麻痺を引き起こす。受けた数が多けりゃ、痺れる時間も長くなる」
そうして山形一臣は、今度は薄笑いを浮かべて堅一から視線を外した。
「んで――そっちのジェネラルは、あっちだけを守ったな」
視線の先には、無防備に立つルアンナ。そんな彼女を守るように、厚いガラスのような透明な壁が、数枚展開されている。
ルアンナの天能――ではない。ジェネラル、四十川の天能によって発現された、防壁だ。
それを見て、四十川に裏切られた、とは堅一は思わなかった。
なぜなら、彼らとは試合前にあることを取り決めていたからだ。ならば今は、四十川が堅一を援護することはない。
「ハハッ、まあ、そりゃそうだ。学生で足手纏いのテメエなんかを守るより、あっちを守ったほうがいいに決まってる」
ゆえに、可笑しそうに笑い声を上げる山形一臣を前に、堅一は表情を変えることはなかった。
だが、そんなのを知っているのは、当事者のみ。
「……やっぱり、プロ相手に挑むなんて、無謀だったのよ」
バトルフィールドの煙がなくなり、そんな山形一臣と堅一のやり取りを見た、客席。
鳴瀬雨音が、ポツリと呟いた。
彼女だけでなく、会場全体にも同じような雰囲気が漂っており。首を振って席を立とうとする者もちらほら。
学生である堅一は戦力どころか、足枷。いるだけで味方――ルアンナの障害となりかねない。むしろ、ルアンナ一人の方がまだ勝率が上がるのでは。
そう四十川が判断したのなら、堅一を守らなかったのは頷ける。それに、味方であるはずのルアンナも堅一を助けようと動かないのも、そのためだ。観客のほとんどは、そう解釈した。
そんな時だ。
「――確かに、あれは弱い。いや、弱くなったというべきか」
雨音の言葉に返すような、恭介の唐突な声。
振り返る姫華達であったが、しかし恭介は言葉を続けず内心考える。
……昔の堅坊なら、余裕で躱せたし、そもそも苦戦する相手じゃねえ。例え、戦闘パターンどころか、三兄弟の天能を知らなかったとしても、だ。
堅一が山形三兄弟の天能を知ったのは、試合の直前、控室である。それも詳しくではなく、恭介が簡潔に教えた程度。
もっとも、山形三兄弟はプロ選手であるから、知りようがなかったわけではない。実際、シュラフェスのパンフレットにも招かれたプロの内の三人として情報が記載されているのだ。
しかし、今――いや、つい先日までの堅一はシュラハトのプロ選手であろうと興味を失ってしまったがゆえ、ろくにリサーチしていなかったらしい。それが、ちょっとしたいざこざのあったプロだとしても、ほとんど興味を抱いていなかったという。
それを知った時、堅坊らしい、と恭介は笑ったが。
「あ、あの、縣選手……?」
黙り込んだ恭介に、おずおずと声をかける姫華。
「ん? ああ、すまんな。ま、何が言いたいかっていうと、だ」
すっかり思考がずれてしまい、且つ無視する形になっていたのに気付き、苦笑する恭介。
「――あれしきで終わると思ってんなら、そりゃあ嬢ちゃん達、堅坊を見くびりすぎだぜ?」
そして不敵な笑みを浮かべ、恭介はバトルフィールドを見下した。
「さて、ムカつくテメエには、このオレが直接手をくだしてやろう。さっきとは違う、威力を優先した攻撃だ」
ひとしきり笑った山形一臣は、片膝を突いた堅一を前に、両手剣を構える。
ルアンナと四十川に、堅一を助けようという動きはない。相手のもう一方のソルジャー、山形三造は、盾を構えてルアンナを警戒している。
「おっと、学生だからって、手加減は期待するなよ?」
そんな周囲の状態にあって、怯えるでもなく、表情の薄い堅一を見て、なにを思ったのか。
山形一臣は嘲笑し、両手剣を振り上げる。
――バチバチィッ!!
弾けるような音を発し、金色のオーラが激しく明滅する黄色の刀身。
音、発光、共に先程の一閃とは段違い。山形一臣の言った通り、手加減なしの威力重視。
それを見ても尚顔色を変えない堅一の様子に、山形一臣はつまんなそうに鼻を鳴らすと。
凄絶な笑みを浮かべ、侮蔑と、怒りを込めて、吼えた。
「呪うのなら、俺じゃなく――分をわきまえずこの舞台にのこのこ出てきた、自分を呪いやがれっ!」
堅一めがけ、一気に振り下ろされる両手剣。
溜めの長い、大振り。その姿は隙だらけだが、痺れにより動けない堅一の前にあっては隙があろうとなかろうと関係ない。
山形一臣は、間違いなくこの一撃を以て黒星堅一を潰す気だった。
「――そうだな」
両手剣であるがゆえ、高速とはいかずとも、重い一撃。
その刃が、振り下ろされた、直後。
奇しくも、その呟きは山形一臣の耳に届いた。目の前で片膝を突く、堅一の声だ。
――バカがっ!
所詮は、みっともない強がり。次の瞬間にも、このクソ生意気な学生は自身の剣で吹っ飛び、脱落するだろう。それが縣恭介ではないのが残念だが、一先ず溜飲は下がる。
その光景を幻視し、山形一臣は数秒ともない時間の中で、笑みを深くする。
――だが。
山形一臣は、知らなかった。当然だ。むしろ、知る価値すらないとさえ考えている。どうせ、大したことのないありふれたものだろう、と決めつけている。
堅一は強がっているわけでも、ましてやカッコつけてるわけでもない。
山形一臣がその言葉を選択したのは、偶然か、はたまた何の因果か。
他の者であれば、いざしらず。他ならぬ堅一の場合は、正にそう。
なぜなら、彼の者に宿る、天能は――。
「言われずとも、そのつもりだ」
剣が接触するかどうか、というその瞬間。瞳に強い光を宿した堅一が、顔を上げた。
攻撃モーションに入った2リーグ所属のプロ、山形一臣。
対するは、麻痺した上に、学生である黒星堅一。
状況だけを見れば、十中八九堅一が不利であり、負ける。そもそも、最初から期待などはしていなく、半ば予想通りともいえる、呆気ない幕切れ。
代役という名の足手纏いである学生、黒星堅一は脱落。これから繰り広げられるのは、残されたルアンナ対、二人のソルジャーという展開。
観客のほとんどが、そう思い込んでいた。
しかし、彼らの予想に反し。
「がぁっ!?」
苦悶の声を上げ、吹き飛んだのはプロである山形一臣。
その場に立つのは、銀の手甲を纏い、拳を突き上げた堅一の姿。
観客達は、そして山形景二、三造は、驚愕に顔を染めて呆然とする。
十中の八、九を覆した光景。己の目が信じられないのか、目元をこすって再度バトルフィールドを確認する者もいる始末。
だが、その十の一、二を信じて――いや、確信していた者がいた。
同じバトルフィールドに立ち、笑みを浮かべる四十川とルアンナ。
「さあ、ここからだぜ、堅坊。お前の覚悟、俺に、俺達に見せてみろ」
そして、当然といったようにバトルフィールドを見下す縣恭介は、聞こえない距離の堅一に語りかけるように、言葉を紡ぐ。
大事なのは、強いか、強くないかじゃない。確かにそれも大事だが、プロ選手に、そしてこういった場の試合において最も大事なことは、魅せられるか否か。
同じバトルフィールドに立つ選手を、そして試合を見る観客を。
ただ強いだけ、試合に勝つだけでは、真に勝利とは言えない。だが、例え負けても魅了してしまえば、観客はまた試合を見たいと望む。その者の名を、心に刻みつけるのだ。
「そして、魅せつけてやれ。お前という存在を、その力を」
はい、後書きです。
大雑把ですが改めて纏めますと、ジェネラル次男山形景二は風の天能、三男山形三造は水の天能に、円盾の契約武装。長男山形一臣は、雷を宿した武装特化型で、両手剣です。
対して堅一サイド、ジェネラル四十川は壁の天能。次話でもっと描写ありますが、ただの防壁として機能するだけではありません。ルアンナに関しては、次か次の次(あくまで予定)です。
よろしくお願いします。




