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ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第二章 シュラハト・フェスタ編
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十三話 無様な敗北

 繰り出した右腕の手甲が、ヒュッと空を切る。

 続けざまに今度は左腕を振るうも、しかしまたしても対象はそこにない。


「……くそっ!」


 口から零れ、虚しく空間に響く悪態。

 当たらない。いくら攻撃を繰り返せども、当たらない。

 その事実は、堅一の心に乱れを生じさせ、またペースの崩れも招く。


 ――それも、そうなのだが。


「…………」


 飄々と身を躱す恭介――その目が。堅一の心に、更なる漣を立たせていた。


 戦闘序盤の、無邪気にして好戦的だった恭介の瞳。それが今ではまるで、無価値な物、期待外れの物を見るかのような冷めた眼差しに変わり。そしてそれは、相対する堅一へと真っ直ぐに向けられている。


 とはいえ、堅一とて何も馬鹿正直に手甲を振り回しているだけではない。

 攻撃する、とみせかけてのフェイントによるタイミングのずらし。上方、背面といった恭介の死角に回り込んでの打撃。 


 攻撃パターンを変化させて迫るも、無駄。堅一の全ての攻撃において、ふらりふらりと恭介は避け続ける。その身を捉えるどころか、掠ることさえ堅一にはできないでいた。

 じりじりと、無意味に時を刻む時間。身体強化の呪いを長く発動している反動で、堅一の体力バーだけがみるみるうちに削られていく。


 その残りが、およそ50%に差し掛かった時。


『堅一さん、一度体力の回復を――体勢を立て直しましょう!』


 脳裏に響く、姫華の声。明らかな焦りを含んだその声色。彼女が何に危機感を抱いているかは、明白。

 つまり、彼女は判断したのだ。このままではマズイと、一度退いて立て直すべきだと。


『堅一さん!』

『…………』


 しかし堅一は、その声に応えることなく、また振り返ることすらせず。

 恭介にむかって拳を振り上げる。


 胸中にあるのは、一つの意思。

 せめて、一撃。苛立ちを煽るあの目――恭介に一撃をいれずして退くなどできない、という自尊心。


「堅一さん!?」


 そんな堅一の様子に、思わず驚いてだろうか。契約者同士のみ通ずる会話ではなく、姫華の口からついて出た甲高い声が、バトルフィールドに響き渡る。

 姫華の声が耳に入ったためか、恭介が目を細めて堅一を見やった。


 しかし堅一は、再度姫華の呼びかけを無視する。勢いのまま、ただただ攻め立てる。


「……随分、つまらなくなったもんだな」


 姫華を振り返ることなく拳を振るい、恭介に避けられる。

 それを、幾度繰り返したことだろうか。

 これで何十回目、と攻撃を空振りした堅一に向け、唐突に恭介が吐き捨てた。 


「……何?」

「なんだ、まさか自覚してねぇとか言うんじゃねぇだろうな?」


 眉根を寄せる堅一に、口元を吊り上げた恭介が言い放つ。

 からかいとは違い、その表情に浮かぶは皮肉げな笑み。


このルール(一騎打ち)をお前が得意ではない(・・・・・・)のは知ってるが、断言できる。確かに、比較対象が同年代ならば、別段そこまで弱くはないのかもしれん。が――昔と比べりゃ、弱くなった。それも格段にな」

「…………」


 堅一の足が、完全に止まった。


「全く予測してなかったわけじゃないが、あまりに酷すぎる。その程度じゃねぇはずだろ」


 反論もできなく、無言のまま恭介を見る堅一。


「挙句、パートナーたるジェネラルの無視。今の契約者が嬢ちゃんとはいえ、そんなことする奴だったか、お前は? なんつー体たらくだ、え!?」


 詰問するように声を荒げる恭介だったが、次の瞬間には自嘲気味にフン、と鼻を鳴らした。


「いや、違うか。勝手に期待してた俺が馬鹿だったってわけだ」


 恭介が、やれやれと肩を竦めて堅一を呆れたように見る。


「未練がましく、無様にもほどがある。いいか、これからずっとそんなんだってんなら、今すぐにソルジャーなんか辞めちまえ、堅坊――いや、坊主」


 そして、言ったのだ。


「そうすりゃ、いつか戻ってくるかもしれんアイツ(・・・)に落胆されることもないだろうぜ。――まあ、戻ってくれば、の話だがな」


 図星。

 恭介の言葉は的確で、どうしようもなく図星であった。

 それは、まだいい。堅一が何を言ったところで無駄であり、そして事実だからだ。


 だが、最後の一言はどうしてもいただけない。

 堅一は未だ、アイツ――かつてのジェネラルが戻ってくるのを信じている。そしてそれは、自身だけでなくかつてのチームメイトも同様だと思っていた。


 他のジェネラルと契約し、それぞれの道を歩み始めたのは、いい。どうするかは彼等の自由であり、当然の権利だ。それを責めはしない。


 だが、恭介の言はどうだ。ぞんざいであり、まるで無関心。

 自らの信じていることがどうでもよさげに言い放たれたこと、そしてそれを言ったのがかつて同じジェネラルの元でソルジャーとして共に戦った仲間だったことは、堅一にとって許容できることではなかった。


 ――道を違えたとはいえ、アイツの無事を願っているのは同じだと思っていたのに。


 堅一の目に、涙が滲む。


「……恭介ぇえええ!!」


 吶喊。

 腹の底から声を張り上げながら、恭介めがけて跳躍する堅一。


「ハッ、ようやく俺のことを名前で呼びやがったな」


 恭介は含み笑いをしつつ、腰元の瓢箪を一度、二度口にする。

 そして、正面上空から迫る堅一の手甲がその身に到達する、瞬間。ふらり、とその巨躯がぶれた。

 一拍遅れ、地面に叩きつけられる堅一の手甲。


「図星を突かれて怒ったか? それとも、俺のアイツに対する物言いにか?」

「おおおぉっ!!」


 へらへらとした恭介の問いに答えず、咆哮を上げて踊りかかる堅一。


「ほれほれ、どうした? 俺はまだ、よくいってほろ酔いレベルだぜ?」


 茶化すような恭介の言葉は、もはや耳に入らない。

 両の拳を、振るう。振るって振るって、振るう。恭介に当てることのみを考え、本能の赴くまま、ただただひたすらに大振りの殴打。


 そんな堅一の、後方で。


「どうして……」


 呆然としたように、姫華が声を震わせた。


 とても長いといえる期間ではないが、それでも契約したジェネラルとして後ろから堅一の背を見続けてきた姫華。

 しかし、彼女が知る堅一の背中は、そこにない。


 まるで、やけになったかのよう。

 動きに無駄がありすぎる。それに伴い、その行動全ての隙も大きすぎる。

 精細さを欠いている。冷静さを失っている。頭に血が上っている。


 天能の無駄撃ち、長時間の身体強化の呪いを発動しているせいで、堅一の残存体力は残り20%を切っている。

 それに気付いていないのか、或いは気付いているに関わらず退こうとしないのか。

 何れにせよ、このままでは自滅する。恭介の攻撃を喰らっても、終わる。

 ゆえに、姫華は懸命に堅一へ声をかける――のだが。


「堅一さん……」


 その声は、堅一に届くことはない。


 そして。


「――もういい、終わりにしようや」

「何っ!?」


 今まで避けるのに徹していた恭介が、槌をくるりと回し、持ち手の細い部分で堅一の胸を突いた。 

 空振りした直後で大きく隙を晒していた堅一は、唐突に仕掛けてきた恭介のそれを防ぐことも躱すこともできなく、呆気なく喰らう。


 胸に衝撃を受け、体勢を崩される堅一。

 そこに。


「オラァアアアッ!!」


 尋常ではない気迫を込めた、恭介の一撃が襲いかかった。

 槌の振り下ろし。堅一を押し潰さんと、肉薄する。

 反射的に、堅一は両腕を持ち上げた。


 激しい衝突音。交差する、槌と手甲。

 苦悶の声を漏らしながらも、なんとか堅一はそれを受け止めた。

 半端ではない重さ、衝撃が、手甲を介し腕、そこから全身へと走る。


 手甲をクロスさせ、足を踏ん張る。

 だが、拮抗は短い間だった。いや、ほとんど無かったといっても過言ではないだろう。

 力負けし、じりじりと低くなりはじめる堅一の姿勢。全力を振り絞ろうが、それは変わらない。


 ――耐え切れない。

 このままでは崩されるのを即座に判断した堅一は、押し込まれながらも右腕をなんとか動かし、その手の平を恭介へと向けた。


「封じろっ……」


 瞬間、恭介の身体に、黒い靄が纏わり付いていく。

 その現象は、身体強化以外に今の堅一が使うことのできる呪いである、天能封じの呪い。


 だが、そこは堅一を知る恭介である。

 彼には少しの動揺もなく、己の天能の効果が消失したことにただニヤリと笑うのみ。


「ほう、俺の天能の効果を消したか。ホント、厄介な能力だ」


 この状態ならば、身体強化状態である自分が押し込まれる道理はない。

 判断は一瞬。すぐさま、反撃を試み、槌を押し返そうとする堅一であったが。


「だがな――」


 槌の圧力が軽くなった、と思ったのも束の間。

 すぅっ、と恭介が大きく息を吸い込む。


「――俺の素の力を、舐めんじゃねええっ!!」


 咆哮。ビリビリと空気が震え、爆発的に槌の圧力が増す。

 三秒と、もたなかった。


「がっ……」


 恭介の槌がいよいよ堅一の手甲を力任せに押し切り、そして振りきられる。

 地面へとその身を強烈に叩きつけられた堅一。


 同時に、堅一の体力バーがゼロとなった。

 もともと少なかった、というのはもちろんある。しかし、天能封じを発動したことによる反動に加え――素の状態であれど、正真正銘、縣恭介の全身全霊の強力な一撃。


 明らかな、オーバーキル。襲いくる激痛。四肢に力を入れるどころか、意識が遠のいていく。


 だが、途切れ行く意識に反し、不思議と頭は冷静になっていた。


 負けた。この上なく、無様な負けだった。

 それを、嫌でも理解させられた。


 倒れ伏す堅一のすぐ側に立つ恭介がどんな顔をしているのか。それを見ようとして、しかし結局窺い知ることができなかった。

 顔を動かせないのだ。加え、視界も徐々に暗く染まりつつあった。


 ――そうして、朦朧とする意識が闇に沈む、寸前。 


 最後に、堅一の耳に入ったのは。

 バトルフィールド外から観戦していたルアンナ、そして、ジェネラルである姫華が悲鳴のように自身の名を呼ぶ声だった。

恭介の、ようやく名前で呼んだな、という発言はその言葉通りです。登場して数話経ってますが、堅一が恭介を名前で呼んだのはこの話が初めてとなります。無論、昔は含めません。

もう一点、堅一が一騎打ちを得意ではない、というのはまた後の話で詳しく。では何が得意かというのも後の話で詳しく。


以前の話、どこかの後書き、またいただいた感想にて試合形式について触れましたが、今までの試合形式ルールと今章の戦いについてこの後書きにて少し書きます。

まあ大したネタバレでもないので、気軽に下を読んでみてください。



一章の競技は順番に、一騎打ち(対ゴースト)、妨害(対轟)、一騎打ち(対ゴースト)

二章は今の時点で、撃滅もどき鍛錬(対ドール)、一騎打ち(対恭介)、となってます。


二章のラストバトルは、この中のどれにも該当しません。つまり一騎打ちではないということです。となれば、と候補はいくつか出ると思いますが、それはまた後の話で。

つまり、試合形式が色々あるという設定なのに、似たよう試合形式ばっかりだったので、今章ラストは、違うというのをお伝えしようと思った次第でした。


お楽しみにしていただけたら幸いです。

よろしくお願いします。

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