十二話 焦燥
この作品を読んでいただき、ありがとうございます。
堅一の天能(能力)が出るのが久しぶりなので、簡略に記載します。前書きの内容はこれだけなので、不要な方は始まるまですぐですが、飛ばして大丈夫です。
黒星堅一
契約武装:銀の手甲
天能:呪い(第一章時点及び現時点)
・身体強化の呪い
・天能封じの呪い
発動条件:自身(堅一)の体力バーを消費しての発動
(詳しくは一章二十四話等で)
以上です。では、どうぞ。
「おら、どうしたぁ!? 随分逃げ腰だな、堅坊っ!」
それは、まさに暴風と形容するに相応しい猛攻であった。
一閃されるたびに空気が震え、唸りを上げる槌。一つのみで終わることなく、二つ、三つと休むことなく幾度も幾度も吹き荒れる。
「……ちっ!」
目前に迫るそれをバックステップで躱しつつ、堅一は思わず舌打ちした。
率直に言えば、回避することができないわけではない。
恭介の繰り出す槌は確かに速い。速い、が――どちらかといえば恭介は、速度ではなく力を主眼とするタイプのソルジャーだ。
スピードと手数の多さで攻めるのではなく、独立した重い一手一手。
その一撃一撃の威力はかなりのものだが、見切り不可のほどのスピードではない。
だが、堅一が躱せども躱せども、攻撃する隙を中々与えてくれないのだ。
一つが過ぎ去り、攻撃に転じようとしてもほとんど間をおくことなく次がくる。
傍からは適当にぶん回しているだけにも見える恭介だが、実際、その軌道は次の動きを予測したかのように、堅一の行動を封じていた。
そして。
そういった状況も続けば、回避するだけの堅一より攻撃を繰り出す側の恭介の方が疲れが早く出てくるというものだろう。
なにせ、明らかに重そうな槌を、休む間もなく何度も何度も続けざまに振り回しているのだ。
しかし、恭介に疲れの様子は見受けられない。むしろそれどころか、槌が振り回される度に、その速さとキレが鋭くなっているかのような印象を、堅一は抱いていた。
「……お互い、よく知ってるわけだ」
呟きが漏れる。
久方ぶりとはいえ、その間柄は旧知の仲といえる堅一と恭介。
素の状態の堅一が、傍から見れば速度、威力共に申し分ない恭介の一撃一撃を躱すことができるのは、直感――所謂、第六感というやつだ。
身体が、頭が覚えている。なんとなくではあるが、恭介の攻撃の軌道が脳裏に浮かぶ。
ゆえに、喰らうことなく連続で回避することができている。
そしてそれは堅一だけではない。
自分の攻撃に対し堅一がどう動いてくるか、それを恭介も感じ取っているはずだ。
早くも戦況は膠着状態。
このまま回避に専念して恭介の疲労を待つという選択肢もあるが、あのがっしりとした巨躯は、決してみせかけではない。疲れを待つだけ無駄だろう。
ならば、と恭介から少し距離をとった堅一は、自身に身体強化の呪いをかけた。
戦闘が始まって発動したのは、これで二度目。一度目は、最初の接触時に少しばかりであったから、実質これからが本番といえなくもない。
「ようやくやる気になったか!」
そしてその堅一の行動を見て、何をやっているのか分からない恭介ではない。
天能を行使する堅一に、吼え声を上げながら距離を詰める。口元を吊り上げ、ギラリと光る恭介の両眼。
「らぁっ!!」
突進。からの、槌の振り下ろし。
疲れを微塵も感じさせないそれは、今まで以上の重圧を伴って堅一に覆いかぶさるように迫る。
先程の流れであれば、堅一が躱し、恭介が即座に二撃目を振りかぶる、といった構図になるはずであった。
だが、今回は。
ガァン、と鈍い衝突音。
火花を散らす、茶の槌と銀の手甲。
押し切られることなく、両腕をクロスさせた堅一が恭介の一撃を受け止める。
普通であれば、そんな芸当は不可能。大きく、速い槌を両腕で受け止めようものなら、受け切るどころか無事では済まない。いかに手甲を装着していたとしても、その衝撃は殺せない。
だが、身体強化の状態である堅一は、苦悶の表情も声も上げず、危なげなく受け切った。
ギリギリ、と拮抗する両者の契約武装。
「ハハッ、いいぜ、そうこなくっちゃな、堅坊!」
ニヤリ、と凄絶な笑みを浮かべる恭介。
槌が、手甲を押し切らんと更に圧力を増す。
すうっ、と堅一が小さく息を吸った。
そして徐に、槌を受け止め、クロスさせていた両腕から、右腕だけを離す。
残って槌を受け止めるは、左腕一本。しかし、槌の勢いを殺した今なら、一本でも支えられると堅一は確信していた。
「はっ!」
息を吐き出しながら、グッと力を込め、左腕を払うように渾身の力で押し返す。
それは、一瞬での出来事。
うおっ!? と持っていた槌共々手を跳ね上げられ、驚きの声を上げる恭介。
のけぞり、完全に無防備となったその懐に、堅一は入り込む。
槌を引き戻す時間は与えない。左腕一本で押し返したのは、フリーである右腕を以て速攻をかけるためであるが故。
腹部に一撃。
だが、恭介もただではやられない。咄嗟の機転、或いはプロソルジャーとしての本能的なものか。瞬間的に後方へ跳び退り、堅一の攻撃の威力を軽減させていたのだ。
充分な手応えを感じず、堅一は眉を顰める。
そんな堅一を前にし、両足を地に着けた恭介は、その手にあった槌を床に置いた。
「ふぅ、今のはそこそこ効いたぜ?」
「……嘘つけ」
少しでも苦しむどころか、むしろカラカラと笑いながらそうのたまう恭介に、堅一は思わず悪態を吐く。
「嘘じゃねぇさ」
だが、恭介はそれをさらりと流すと、自身の腰元に吊り下げていた茶瓢箪を手にし――グイッとその中身を呷った。
――ゴクリ、ゴクリ。
その数、二度。恭介の喉が、音を鳴らす。
「よぅし、こっからこっちも天能を使うとしよう。……そんじゃ、第二ラウンドだ。行くぜ?」
茶瓢箪を腰に戻し、口元を片手で拭う恭介。
眦鋭く、堅一がその様を見据える。
「…………」
そんな二人の様子を、堅一の背後から姫華は黙って見つめていた。
恭介の体力バーは、今しがたの堅一の打撃で少しばかり減少している。
対し堅一は、未だ攻撃こそ喰らっていないが、天能による反動で、ダメージとなっている。
両者に、それほど大差は無い。共に、10%も失ってはいないといった具合。
そのため、姫華の体力回復の天能を使う必要は、まだないと彼女は判断している。
なにせ回復の天能――それに限らず大抵のジェネラルの天能も同じであるが――は連発できず、一度使えば再度使用可能となるまで少しばかり時を要するのだ。
堅一の体力が減少しているとはいえ、戦いには流れというものがある。立て直す目的ならばまだしも、減ったからと一々回復をするのは賢いとはいえない。
だが、いずれ必ず使う時は来る。
縣恭介の天能の発動条件は、アルコールの経口摂取。腰元の茶瓢箪から酒を飲むという行為をしなければならないものの、謂わばほとんどノーリスク。
対し、堅一のそれは行使するだけで徐々に体力バーを削っていく。そこに相手――今ならば恭介の攻撃を喰らえば、それにプラスする形で体力バーが削られる。
ゴーストの時とは違い、長い時間身体強化を発動するのなら、効果を持続させる分だけダメージ。
堅一が姫華に合図するか、あるいは姫華から声をかけるかは分からないが、必然的に使う機会は訪れる。
しかし、今はその時ではないのだ。
ならば残るは、ジェネラルのもう一方の役割である、ソルジャーへの指示。
とはいえ、これも難しい。
なにせ、どんな指示を出せばよいかが分からない。的確な指示が頭に浮かばない。
そもそも、だ。堅一は、縣恭介を姫華よりも詳しく知っている節がある。実際に過去に相対したこともあるとのこと。
ならば、姫華が余計な口を挟むのは愚策ではないか。そう思えて仕方がならないのだ。
――だから、今は。
姫華は、見ていることしかできない。何もできないことに歯噛みし、耐えるしかない。
幾度も幾度もぶつかり合う、銀の手甲と茶の槌。激しい火花を散らし、両者一歩も譲らない。そこに、姫華の介入する隙は、意味は、ない。
「……っ」
視線の先で、堅一が槌を流れるような動作で受け流し、恭介に手甲を振るう。
当たった、と姫華は思った。
呪いの反動によって恭介に分がある両者の残存体力バーだが、この堅一の一撃によって再び差はなくなると。
しかし、姫華がそう確信した――刹那。
はっ、と思わず息を呑んだ姫華は、目を見開き、そして瞬いた。
見間違いでも、目の錯覚でもない。
唐突に縣恭介の姿がぶれたかと思うと、その巨躯に見合わない速度で、ヒラリと堅一の拳を躱していた。
「――出たわね、恭介の千鳥足」
戦闘を観戦していたルアンナが、呟いた。
「千鳥足……」
それを聞いた雨音が、バトルフィールドの中を直視しながら、反芻する。
「そ。知ってるかもしれないけど、恭介の天能は、アルコールの摂取による自身の能力の強化。あれは、それによって上昇した反射神経、そして野生の勘――本能による回避術」
視線の先で展開された光景は、堅一の手甲が到達すると思われた瞬間、突如ぶれるように身を躱した恭介の姿。
見た目フラフラとしているが、単なる酔っ払いのおぼつかない足取りとは、明らかな別物。
フラフラしているように見えて、相手の攻撃をギリギリで躱す。偶然ではなく、攻撃の軌道から逸れる。
「見た目に反し、あれは結構厄介でね。本気に近い状態となったら、本当に一瞬の内に消えたかのように錯覚させられる。例えば……そう、前に銃タイプの契約武装の相手と戦った時があるんだけどね。私は自身の契約武装で弾いたけど、恭介はその足捌きのみで躱してたわ。連射されたにも関わらず、かなり余裕で」
「銃弾を……」
「あー……確かに、見た記憶が無くもないような」
遮蔽物、或いは武器や防具などで銃撃を防ぐならまだ分かる。だが、躱したのはその身一つ。しかも、連続で、余裕で。
それを淡々と語るルアンナに、雨音と南雲は言葉を失わざるをえない。
「ただ、今の恭介は、瓢箪からお酒を一口、二口程度しか飲んでいない。まだまだ序の口――ほろ酔いレベル、といった感じだから、動きを見失うほどの速さではないわね」
そして今度は、現在の恭介の状態について言及するルアンナだったが。大したことじゃない、といった口ぶりで切り捨てる。
「いやー、今のでも充分、目で追えるかどうかで精一杯なんすけど……」
「……私も」
諦めたように笑う南雲に、悔しげに俯く雨音。改めて、プロとの差を思い知らされた、といったところだろうか。
だが、ルアンナが次に呟いた言葉に、再び顔を上げることとなった。
「――しかし、妙ね」
その視線は鋭く、そして厳しく、バトルフィールドに向かっている。
「妙、とは?」
今までルアンナの話を黙って聞いていた舞が、口を開いた。
「まだあの程度の状態の恭介になら、堅ちゃんが手こずるはずはないんだけど……」
それは、バトルフィールドの中の光景。
堅一が手甲を振るえど振るえど、その攻撃は当たらない。フラフラとした足取りの恭介が、飄々と躱し続けている。
恭介が槌を振るい、堅一が躱していた先程とは、逆の展開。攻守の逆転。
それだけみれば、聞こえはいい。
――だが、その実態は。
「黒星後輩、遊ばれてんじゃね?」
手玉にとられている。
攻撃を仕掛けている側の堅一が、守勢のはずの恭介の手の上で転がされている。
南雲の言葉に、異を唱える者はない。
堅一に否定的な雨音はもちろん、どちらかといえば堅一よりの節がある舞。更には、大幅な堅一支持を公言するルアンナでさえも。
つまり、学生三人、そしてプロであるルアンナも、客観的に見て見解が一致しているということだ。
そして、そう感じていたのは彼らだけではなかった。
集団から離れ、バトルフィールドに立つ姫華の近く――つまり、堅一のジェネラル視点から戦闘を観戦するプロのジェネラル、四十川は、真剣な面持ちのまま無言。いつもの爽やかな笑みは、その一片も窺えない。
「堅一さん……」
そしてなにより、堅一のジェネラルたる市之宮姫華。
両手を胸の前で組んだ、その顔、胸中には。
必死さと焦り――焦燥が、浮かんでいた。




