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ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第二章 シュラハト・フェスタ編
36/67

十話 山形三兄弟

「……ア、アンタ達、なんでここに?」

「お、お二方こそ……」


 ぎこちなく訊ねる雨音に対し、これまた似たような態度で返す姫華。


「なんだ堅坊、知り合いか?」


 後ろから、恭介が呑気に言葉を投げかければ、


「……ふむ、なるほどな」


 堅一とその後ろの3人のプロの顔を見回し、舞がなにやら得心いったように頷く。


「ちょっと舞、何一人で納得してるのよ!」

「なに、単純な話だ。私達に伝手があったように、彼らにも特別招待券を手に入れられる伝手があったということさ」


 噛みつかんばかりの勢いの雨音を軽くあしらうと、舞は一歩進み出て淀みない所作で一礼した。


「はじめまして、私は弐条学園の二年生、天坂舞と申します。学年は異なりますが、黒星君とは仲良くさせてもらっています。1リーグに所属するプロの方々にお会いできて光栄です」


 舞の挨拶を聞き、「え?」と気の抜けた声を上げる雨音。

 その視線が堅一達の背後を見た直後――今度は「あっ!」と口元を押さえるが。 


「な、鳴瀬雨音です……」


 すぐに舞に小声の注意を受け、我に返ったかのようにたどたどしくも名を名乗る。


「――なになに、誰か知り合いでもいたんですかい?」


 と、それから間を置かずして。二人の奥、建物の中から、そんな軽い声と共に一人の少年が姿を現した。

 気怠さを前面に押し出したような表情に、男にしては少々長めといえる髪。弐条学園の制服に身を包んでおり、その胸には当たり前のように金の校章がある。


「丁度いい。黒星君に、市之宮君。君達も会うのは初めてだと思うが、私のもう一人のソルジャー、南雲(なぐも)(れん)だ」


 舞が、出てきた少年をそのように紹介すると、


「あ、どーも、南雲っす。……うおっ、ルアンナ選手じゃん。マジか、スッゲ」


 南雲は首筋を掻きながらボーっとしたように挨拶するが、その視線が堅一達の背後に向き、微かに瞠目する。


「なんだ、堅坊。案外、楽しそうな学園生活送ってるみたいじゃねえか」


 その一連の流れを見ていた恭介が、豪快に笑い。


「いいね、学生は。懐かしいな」


 四十川が爽やかな笑みを浮かべて堅一達を見回す。


「……ま、まさか、本当に親しげな先輩キャラもいるなんて。しかも、女の子が二人も」


 最後に、まるで恐れ慄いたかのように呟く、ルアンナ。

 幸いにも離れている舞達までは聞こえていないようだったが、辛うじてそれを聞き取れる距離にいた堅一は、溜め息を吐いてルアンナの元へ歩く。


 いい加減そういうこと言うのは止めろ、と小声でルアンナに耳打ちする堅一を横目に、恭介が口を開いた。 


「それでお前さん達、さっきは何をあんなに騒いでたんだ? 確か、追い出されただの、プロがなんだのとか聞こえたが?」


 瞬間、雨音の顔に朱が差す。

 なぜならそれは彼女の怒声であり、改めて指摘されたのだ。それも、縣恭介という初対面のプロからであるから、恥ずかしくなるのも仕方ないことだろう。


「ええ、実は1時間ほど前からこの施設を使わせてもらっていたのですが……先程三人のプロ選手の方々が入ってこられて、ここは学生が使っていい場所ではない、と追い出されてしまいまして」


 硬直した雨音の代わりに、説明する舞。


「なるほど。……ここにいるってことは、お前さん達特別招待券を持ってるんだよな? だったら使用は問題ないはずだし、入ってきたのがたかが三人だけなら他にもスペースは充分にあるはずだ。ってことは――」

「――嫌がらせ、ね。くだらない」


 堅一を隣に伴ったルアンナが、眉を顰めながら口を挟む。


「そういうことだろうな、ったく……んで、お前さん達は、どうする? 俺達はこれから使うから、一緒に入るか?」

「いえ、どちらにしろ、後数分程で出ようと思っていましたから。それが少し早まっただけですので、大丈夫です。お気遣い感謝します」


 恭介の誘いに、謝辞を述べつつも舞が断ろうとする。

 しかし、それに異を唱える声があった。


「何言ってんの、舞! 私達は、間違ったことしてないのよ!? それなのに――」

「おーい、落ち着けって」

「アンタは黙ってなさいよ、南雲!」


 硬直から復活した、鳴瀬雨音である。

 南雲が緊張感のない声で呼びかけるも、無駄。


「しかしな、雨音。我々はどの道この後――」

「大会予選があるからこそ、最後までが重要なんじゃない!」


 察するに、どうやら彼女達はイベントの大会にエントリーしたようだ。

 それを聞いた恭介が、感心したような声と共にチラと堅一を見る。


「ほお、お前さん達は大会に出るんだな。――こっちのとは違って」

「……なんだ、その言い方は?」

「いんや、別に」


 咎めるような堅一の声を意にも介さず、恭介は扉へと歩みを進めた。


「なら、明日の本選に出た場合、ここを使うかもしれんってことだ。どいつだか知らんが、このイベントに来てるプロは大抵知ってる。今の内に言っといてやるから、時間があるならついてきな」


 そうして恭介は不敵に笑い、建物の中に入っていく。

 ルアンナに引っ張られる形で堅一がそれに続き、場には四十川プロと姫華、そして舞達三人が残された。


「穏便に済ませたいのなら、僕から言っておくけど……どうする?」


 四十川が優しい声色で問いかけると、舞達は顔を見合わせ、


「……私は行くわよ、舞」


 ズンズンとした力強い足取りで、まず雨音が扉を潜った。


「ありゃー、行っちゃいましたね……」

「ふむ、ならば我々も行くしかないだろう」


 南雲と舞が揃って苦笑を浮かべる。


「では、そういうことですので」

「アハハ、了解」


 次いで舞が四十川に向けて頭を下げ、結局この場にいた全員が建物の中へと入った。


 ソファーや観葉植物などの設置されたエントランスホールを抜け、程なくして先に中へ入っていた恭介、ルアンナ、堅一に追いつく。


「おう、来たか」


 先に入りはしたものの、運動スペースに繋がる大扉の前で待っていたようだ。

 恭介が、近づいてくる舞達の姿を見て満足気に笑みを漏らし、扉の取っ手に手をかける。


「そんじゃ、入るとしますか――」


 ギィ、と低音の軋みを放ちながら開かれる両の扉。

 その先に広がっていた光景は――。


 ――体を動かすでもなく、だらだらと床に座り込んでいる三人の男の姿だった。


 それを目の当たりにして、ギリッ、と雨音が歯を強く噛みしめる。


「ありゃあ……山形三兄弟か」


 呟きつつ、真っ直ぐに男達の元へと向かって行く恭介。


「……山形三兄弟?」

「あら、堅ちゃん、イベントに来るプロの載ったパンフレットは見てないの?」

「ん、ああ、その内目を通そうとは思ってたが……」


 その後に続きながら堅一が小さく疑問の声を漏らすと、すぐ隣にいたルアンナが反応する。


「見ての通り彼らは男三人のチームなんだけど、それぞれが血縁関係にあるの。確か、次男がジェネラルで、それと契約しているのがソルジャーである長男と三男、だったかしら?」

「なるほど、それで」

「そう。だから、山形三兄弟。2リーグ所属で、実力的には多分――中の上くらいね」

「……言われてみれば、確かに聞いたような気がしないでもないな」 


 兄弟のみで構成されたプロチーム、というのは珍しい。同じチームに兄弟や姉妹がいることは時々あるが、山形三兄弟の場合はチームの全員がそういった繋がりだ。

 ただまあ、だからといってそれほど圧倒的な利点があるわけでもなく、大した知名度にもなりえない。


 もっとも、これが美男美女の兄弟姉妹とか、美女姉妹など、あとは実力が高いチームであれば、充分に目立つ要素となるのだが。彼らの場合は――まあ言ってしまえば大した美形でもなく、年は20代前半、或いは半ばといったところ。また実力も2リーグの中から上と、そこまで優れているわけでもない。

 一般的な認知度としては、誰かに言われて、ああ、と思い出す者もいるだろう、というぐらいか。


「おい、山形三兄弟よぉ」


 堅一がぼんやりと思い出している間に、恭介が山形三兄弟へ話しかける。


「ん? ……ああ、これはこれは、1リーグ所属の縣選手じゃないか。なにか?」


 堅一達から見て一番手前、こちらに背を向けていた一人が反応し、振り返った。

 他の二人は既に気づいていたようで、恭介と、その他遅れて入ってきた堅一達の方とで交互に視線を彷徨わせている。


「率直に聞くが――お前さん達、あそこにいる学生がここを使ってたのに追い出したそうじゃねぇか?」


 恭介の指摘に、ようやく男が堅一達の方を見た。


「……確かに、邪魔だとは言ったな。で、それに何か問題が?」

「このエリアにいるってことは、特別招待券を持ってるってことだろ。だったら、使う権利はあるんじゃねぇのか?」


 恭介の言葉に、男はフンと鼻をならすと、小馬鹿にするような口調で言う。


「使えたとしても、だ。誰もいない時ならまだしも、たかだか学生ごときが俺達のようなプロと並んで鍛錬するなど、おこがましいにもほどがある。なあ、弟達よ!」


 男が、他の二人へと問いかける。


「……お、おう、兄者」

「……いや、兄者よ。それは別に……」


 しかし、彼らの返答は曖昧で覚束ない。

 どうやら、舞達を追い出したのは三兄弟全員の総意というわけではなさそうだ。


「ふむ、学生ごとき、ねぇ……」


 そんな彼らを前に、恭介は顎に手をやりつつ半身振り返った。

 そして、ちょいちょいっと、手招きをする。

 それに応じて進み出たのは、ルアンナだった。――その手に、堅一の腕をしっかりと掴んで。


「学生だからって、その全員を甘くみないほうがいいぜ? 足元掬われてからじゃ、遅いってもんだ」


 飄々とした恭介の言葉を聞きながら、ルアンナの突然の行動に抵抗することを忘れ、されるがままに恭介に近づいていく堅一。


「まさか、俺が学生ごときに負けるとでも?」

「さあな。ただ――」


 少しばかり語気を荒げる男に対し、恭介はのらりくらりと返答すると、


「――コイツなら、あるいはそうなるかもしれん。勝ち負け云々を抜きにして、とにかく厄介だぜ、コイツは」


 ルアンナに引っ張られてきた堅一の肩をバシン、と叩いた。


「……なんでそこで俺を引き合いに出す?」


 叩かれた肩を擦りつつ、恭介を半目で睨みつける堅一。

 そんな堅一をチラとだけ見てすぐさま鼻で笑うと、男はその隣のルアンナへと視線を移動させた。


「ハンッ、冗談でももっとマシなもん用意しとくんだな。……それより、そんな学生連中と一緒にいないで、俺達と鍛錬でもしないか、ルアンナ選手?」


 堅一などまるで眼中になく、好色そうな視線でニタニタとルアンナを見つめる男。

 対しルアンナは不快感を露わにした顔となると、何を思ったのか、隣にいた堅一を背後から掻き抱いた。


「残念ながら、私は既に売約済なの。あなた達が三人束になったとしても、堅ちゃんの方が何倍、何十倍も魅力的なんだから」

「……おい、そんな誤解を招くようなこと――」


 背後から密着されたことに続き、その物言いに堅一は堪らず注意の声を上げようとするが。


「ハァ!? そんなどこにでもいそうなガキの方が、俺より魅力的だと!? ふざけやがって!」

「あら、私は正直に言ってるだけよ?」

「なんだと!?」


 訂正する間もなく、始まった言い合い。

 男が額に青筋を浮かべ、ルアンナは臆することなく淡々とした態度で返す。


「…………」


 堅一はルアンナの拘束から強引に抜け出すと、じろりと恭介を見た。

 こうなったのも、全てこの男(恭介)が相手を焚き付けた結果である。

 責任を取れ、という心の声を込めて堅一が睨めば、それを理解したのか恭介はガシガシと頭を掻き、言い合いを続けるルアンナ達の仲裁に入る。

 今まで傍観していた四十川プロも、苦笑を浮かべ堅一とすれ違うようにしてそれに向かっていった。


「1リーグのプロとあんなに親密なんて……アンタ一体何者?」


 そうして、学生陣の元へ戻ってきた堅一に開口一番そう言ったのは。まるで奇々怪々にして未知の生命体を前にしたような瞳の鳴瀬雨音であった。


「……いや、何者と言われても」


 当然、それに困ったのは堅一だ。明瞭な答えなど口に出せず、眉尻を下げる。

 答えあぐねる堅一を見かねたのか、


「こらこら、雨音。彼らにもプライベートな付き合いはあるのだから、そんな質問はするものじゃないだろう」

 

 天坂舞がやんわりと雨音を諭す。


「あ、質問といえば……」


 と、ここで思い出したように声を上げたのは、姫華だ。その視線は、舞へと向かっている。


「ん、私にかな?」

「ええ、その……先輩方、(ヌル)クラスの方は大丈夫なんでしょうか?」


 0クラス。その単語を聞いて、堅一の視線も舞に向かった。

 天能を持つ人間を襲う謎の存在、ゴースト。それに対抗するための学生が所属するという、弐条学園に通う堅一と姫華をもってしても、1学期終盤の頃にようやく知った、特別なクラス。


 姫華の問いを聞いた舞は、ああ、と苦笑する。


「前にも言ったと思うが、何も0クラスに所属しているからといって四六時中旧校舎にいるわけではない。勿論、夏休みの間とはいえ、全員が全員学園から離れないよう取り組みが決められているが……今は、我々の番ではないのさ」


 それで口を閉じるかと思いきや。しかし舞は続けてこう言った。


「まあ2学期になれば、0クラスのことが段々と分かってくるだろう。君達のことも、メンバーに紹介しないといけないしね」

「……は?」


 これに思わず口を挟んだのは、堅一。

 そんな堅一を見て、舞はクスリと面白げに笑う。


「フフッ、2学期になって君達が0クラスに来るを楽しみに待っているよ」

「いや、俺は入るなんて一言も――」

「確かに、君はあの時入らないと宣言した。だが、それは君が市之宮君と契約していない時の話だ。ジェネラルである彼女が入るというのに、ソルジャーである君が入らないというのはおかしいと思わないか?」

「…………」


 舞の指摘に、ぐっ、と堅一は閉口する。

 姫華が0クラスに入るなら、それは契約した堅一も入ることが望ましいだろう。なぜなら、ジェネラルである姫華だけではゴーストに対抗できないからだ。

 いや待て、そもそも――。


「君達が契約をしていることに関しては、あの時のこと、そして今この場に共にいることから予想はできる。だがまあそれとは別に、ゴーストを撃破――つまり二度目の戦いの一部始終を見ていた者がいてね」


 なぜ契約したのを知っているのか、というのが堅一の脳裏に浮かんだ疑問。

 それを容易く見通したように舞は述べると、

 

「言っておくと、一度目の戦いを見ていたのも同人物だ。もう分かっていると思うが――そこにいる、南雲蓮だよ」


 傍らにいる南雲を手で指し示した。


「まあ、そういうことさ、黒星後輩」

「……黒星後輩?」


 その南雲はあっけらかんと、堅一をそう呼ぶ。


「ああ、これは勘なんだけど、俺じゃ後輩君には勝てない気がするんだわ。さっきのとか見てても、色々な意味で。ならせめて呼び方だけでも上になろうと思って、だから黒星後輩」

「……まあ、別にいいですけど」


 少々個性的ではあるが、変な呼び方でもないため、異は唱えない。

 が、0クラスについては別だ。話が逸れたため、堅一が声を上げようとしたところで。


「――どうやら、終わったようだね」


 舞の声。

 見れば、山形三兄弟――特にルアンナと言い合いをしていたあの男が、苛立たしげな表情を浮かべてこの場から去って行くところであった。


「……あれが、長男なんだよな?」


 今更ながら、ふと、堅一は疑問を零す。


「恐らく、そのはずだよ」


 意図せず、ポロッと口をついで出ただけの声であったが、舞がすぐさまそれに答えた。

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