九話 予期せぬ遭遇
「それにしても、聞いてたイメージとちょっと違うね、黒星君は」
お昼時ということもあり、そのままの流れで三人のプロと昼食を共にすることとなった堅一と姫華。
控室――という名の建物から同エリア内にある宿泊施設へと移動し、その食堂にて料理をあらかた食べ終えた頃、唐突にそう言ったのは堅一の正面に着席していた四十川だった。
自身を真っ直ぐ興味深げに見据える瞳と、その言葉の内容に、堅一は片眉を吊り上げる。
「……聞いていたイメージとは?」
「うーん、気を悪くさせてしまったら申し訳ないんだけど。二人――特にルアンナが、君のことをまるで我が事のように、凄く誇らしげにしててね」
「当たり前よ、堅ちゃんは凄いんだから!」
ここで二人の会話に介入してきたのは、堅一の左斜め前に着席したルアンナだ。
「……ルアンナ、食事中なんだから程々にな」
それを恭介が、溜め息と共にたしなめる。
席の形としては、壁際右端の席から、堅一、姫華と続き、テーブルを挟んだ対面壁際から四十川、恭介、ルアンナと三人が着席。
ちなみに、席決めの際に一悶着――主にルアンナが――あったのだが。恭介が迅速に堅一の席を壁際と決めて左隣に姫華を座らせ。その対面に四十川を置いたことで、ルアンナが堅一と隣り合わないよう阻止。
実質堅一から一番遠い席となったことに当然抗議の声を上げたルアンナだったが、堅一が恭介の指示通りすぐ座ったことで不本意ながらも従わざるを得なかった、という経緯がある。
「こんな風に、ルアンナが人をべた褒めするのなんて珍しいからね。どんな子なのかなって想像させてもらってたんだけど――」
「拍子抜けだった、と」
「いやいや、そういうわけじゃないんだ……ただ、なんか思ってたより普通の子っぽくて。もうちょっと、自己主張の強そうな子かな、ぐらいには思っててさ」
堅一の率直な言葉に苦笑して否定しつつも、四十川は興味深げな瞳を隠さない。
一体彼に何を吹き込んだのか、と堅一がじろりと対面の恭介とルアンナを見れば。
「ワハハ、まあ確かに、堅坊はそんな雰囲気じゃないわな」
「何言ってるの、恭介? 堅ちゃんは、こんなに格好いいじゃない」
そこには、ルアンナを諌めていたのはどこへやら、追従するように大きく笑う恭介と。その隣で不満そうに声を上げるルアンナの姿があった。
「あのなぁ……」
四十川の言葉には特に反応を見せなかった堅一だが、二人の様子にこめかみを押さえる。
自分自身、己がそこまで凄い人間だと思っていないので、四十川の言葉に思うところはない。むしろ、そうだろうなと認めている。
だが、勘違いさせるようなことを言った二人に好き放題言われると、少々ムカついてくる気持ちはあるわけで。
「そ、そうですよ、堅一さんは格好いいと思います!」
「…………」
そんな堅一だったが、なぜだかルアンナに賛同するような姫華の声を聞き、押し黙る。
「なんだ、モテモテじゃねぇか、堅坊?」
それを見た恭介が、ヒュウッ、茶化すように口笛を鳴らし、
「……むぅ、やはり強敵ね」
ルアンナがその整った柳眉を曲げて、姫華を見る。
「アハハ、でも僕は、変に癖のある子より君みたいな子の方が好ましいとは思うかな、うん」
脱線しかけた流れに面白そうに笑いつつも、四十川が話を戻した。
それに、と彼は静かな口調で言葉を続ける。
「どんなソルジャーなのか、どんな天能を使うのか。――そういったシュラハトの実力は、見た目だけで計れるものでもないしね」
微笑を湛えた、穏やかな表情。
しかして、こちらを探るようなその瞳に、堅一は僅かに視線を逸らす。
「おう、ところで堅坊よ。お前さん達、午後の予定はどうなってる? 大会の受付は、もうしたんだろ?」
幸か不幸か――あるいは、彼なりの助け舟だったのかもしれない。堅一が四十川の顔から視線を逸らした丁度その時、恭介が今後の予定について訊ねてきた。
大会というのは、このシュラフェスで行われるイベントのことだろう。確か、シュラハト経験者であれば誰でもエントリー可能というもので、イベント期間中最後の大会の本選が明日――つまりシュラフェスの最終日に予定され、前日である今日がエントリー受付及び予選、といった日程だったか。
さて、どうにもその口振りからすると、恭介は堅一達が大会に出場するものと考えているようだが。
「いや、俺と姫華はパートナーになってまだ日が浅いからな。シュラハトのイベントとはいえ、大会に出場する気はない。それよりも、鍛錬が先だな」
これは堅一だけでなく、姫華の意見でもある。
なにせ、二人が契約を結んでから――そもそも知り合ってから、ようやく一月経ったかどうかというレベルなのだ。その上、二人がやってきたのは未だドールを用いての訓練のみで、対人戦はまだ。――もっとも、ゴーストと戦ったには戦ったが、対人と考えていいかは甚だ疑問ではある。
大会にエントリーするのもいい経験になりそうだが、初の対人戦で無様を晒すよりは、模擬試合なりなんなりを経験して力と連携を強化してからの方がいいという判断だった。
「……ふむ」
「えぇー! 堅ちゃん、大会出場しないの!?」
それを堅一の口から聞いて考え込むような仕草を見せる恭介とは対照的に、バッと椅子から立ち上がったルアンナが驚きの声を食堂内に響かせる。
当たり前だが、いかに関係者エリアにある宿泊施設の食堂といえど、多くはないがちらほらと人がいるわけで。
騒がしくなった堅一達のテーブルに、何事かと集まる視線。
「……出なかったら、何か不都合なことでもあるのか?」
「大有りよ! 久々に堅ちゃんの勇姿が見れると思って、ずっとワクワクしてたのに!」
その脳裏には、既に堅一が大会で優勝する姿でも映っているのか。大仰な身振り、手振りでルアンナが捲し立てる。
「昨日だって、優勝者にトロフィーを渡す役を私がやるってことをなんとかイベント側にかけあって――それで、元々その役割だったプロの人が知り合いだったのもあって、譲ってもらったんだよ!?」
「……ああ、それで昨日はあんなに機嫌がよさそうだったんだね」
納得した、と言わんばかりにうんうん、と頷く四十川。
「そのために、今日と明日になるべく自由時間を作ろうと、開催日から頑張って試合や指導のスケジュールをたくさんいれて!」
「……ああ、やっぱりあの仕事のスケジュールはお前の仕業か。薄々おかしいとは思ってたんだよなぁ」
今度は恭介が、諦観したような表情で呟く。
……イベントにプロとして呼ばれた以上、仕事や契約云々など決まりがあるのだろう。
「これならただ、堅ちゃんと一緒にいられる時間が増えただけじゃない! ……あら、別にそれはそれで問題ないかも?」
「……で、結局何が言いたいんだ?」
――コイツ、以前より磨きをかけておかしくなってるんじゃないか。
いきなり声のトーンがいつもの調子に戻ったルアンナに、堅一は心の声を視線に込めて溜め息を吐いた。
だがまあ、エントリーしなくてよかったと心底思う。
ルアンナの容姿はかなりハイレベルで、目立つ。その点だけは、堅一も認めている。
自由時間があると言っていたから、もし大会に出ていれば応援にくるつもりだったのだろう。それが本選なら、まだ納得はできる。しかし、予選であったらその姿がどれだけ浮くことか。なおかつ負けでもしたら、応援を受けていた堅一はいったいどれだけ恥ずかしかったことか。
「えっと、じゃあ……食べ終わったから、そっちにいっていい?」
「……あー、午後の予定だが、まだ特に決めてない」
盛大な前置き、思考の末がそんな結果に落ち着いたルアンナを完全に無視して、堅一は恭介の問いに答える。
今度は「堅ちゃんに無視されたー!」などと騒ぎはじめるが、それも無視。
「強いて言うなら、経験者エリアのアトラクションで適当に鍛錬か。……あ、後はさっきの続きで展示館の見学、だな」
チラリと姫華を横目で見て、堅一は言う。
「ふむ、それもいいが――」
すると、先程から何かを考えるようにしていた恭介は面を上げ、ニヤリと笑った。
「――ならその前に、久しぶりに俺と一戦やるか、堅坊。無論、本当の試合のつもりで」
ルアンナがピタリと騒ぐのを止め、静かに恭介を見る。
「時間はいいのか?」
「さっきも言ってたように、どっかのどいつが前半にスケジュールを詰め込みすぎたせいで、今日は一日フリーなんだ。まあ、流石に最終日の明日は、ちょいとばかり仕事があるが」
「何処でやる?」
「このエリアには、プロ選手用の調整、鍛錬施設がいくつかある。特別招待券を持ってる堅坊達も使えるはずだ」
恭介の提案に、堅一は数瞬考え込むと、
「ということだが、それでもいいか?」
隣の姫華に確認をとる。
もちろんです、と堅一の目を見て姫華が頷いた。
「ルアンナと四十川はどうする? 別に俺に付き合わなくてもいいが」
テーブルを挟んだ反対側で、同じように恭介がルアンナと四十川に問うが。
「行くに決まってるわ」
「もちろん、同行するよ。彼が戦うというのに、みすみす見逃す理由はないさ」
即答。
そうと決まれば、と五人は食堂を出て、施設へと向かった。
建物の外は相も変わらず静かで、人の姿もまたまばら。
それは変わらないというのに、一行の様子は先刻と変わっていた。
どことなく、ピリピリとした雰囲気。このエリアの空気に同調するかのように、道中喋る者はない。
あのルアンナでさえ、その唇は微動だにせず、堅一の背を後ろからじっと見つめている。
正式な試合でないとはいえ、これから戦うのだ。このくらいの緊張感は当然か、と堅一は思った。
結局、特に誰も言葉を発することなく、施設へ辿り着く。
午前中に堅一達が経験したアトラクションとは違い、そこは完全な屋内。緑豊かな周囲の景観を損なわないような、白塗りの建物だった。
しかし、一行が扉に近づいたところで。
「――なんなの、アイツら! 場所はまだあったのに、ここは学生なんかが使っていい場所じゃない、なんて私達を追い出して! あんなのがプロなの!?」
静寂を突き破るような怒声。
「な、なんだぁ? ……この中からか?」
目を丸くして、素っ頓狂な声を恭介が上げる。
その言葉通り、怒声は今まさに堅一達が入ろうとしていた施設の扉、そのすぐ側から発せられているようだった。
「まあまあ、落ち着け」
「そうっすよー、そんな大声だしちゃ、中まで聞こえちゃいますって」
次いで、怒声の主を宥めるような、二人の声。
劈くような女性の声に、落ち着いた女性の声、軽そうな男性の声。
「この声、どこかで――」
姫華が、不思議そうに首を傾げれば。
聞いたことがある、と堅一も思った。
最後の、男の声は分からない。ただ、前二人の女性の声に、聞き覚えがあったのだ。
どことなく嫌な予感を胸に、堅一の眼前で扉が開いていく。
外側から、誰かが開いているのではない。内側から、開かれているのだ。
そうして、完全に開け放たれた、扉の先には――。
「そんなこと言ったって、舞は――え?」
「どうした、雨音――む?」
弐条学園の制服に身を包んだ、二人の女子生徒。双方共に、胸には金の校章を付けている。
片やこちらに気付くと、強気な表情を驚きに変え。それにつられてこちらを見た残り一方の表情が、冷静なものから興味深げなそれへと変わる。
「あ……」
唇から零れ出るように、姫華が声を上げた。
期せずして、堅一の目が鋭くなる。
そこにあった姿は紛れもなく、一学期に堅一と姫華が関わった弐条学園の二年生。
鳴瀬雨音と、天坂舞であった。
一応解説しておきますと、二年生の二人は1章にも出てきた人物です。
もう一人の男の声については、次話で。
そして、大会にはまだ出ません。ですが、2章ではちょっとした舞台を用意してますので、お楽しみに。
では、また次回にて。よろしくお願いします。




