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ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第二章 シュラハト・フェスタ編
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八話 二人のジェネラル

 ルアンナ・ブラフィルドという人間は基本的にはまともである、というのは堅一と恭介による談であった。

 先程のように、状況によっては頭のネジが飛んだようになることが幾度かあるが、年がら年中、また昔からそうだったというわけではないのだそう。


「おい、ルアンナ」


 未だ自身の世界に入っているルアンナの後頭部を、その帽子の上から恭介が小突く。

 コツ、と小気味よい音と共にルアンナが振り返ったところで一歩進み出るのが、少々の緊張に顔を強張らせた姫華。

 ルアンナがああなった原因は姫華にあると言えなくもないが、それを差し引いても協力するには吝かではなかったので、恭介に言われた通りの行動をしている。


 ちなみに、この時堅一は恭介の大柄な体躯の背に隠れるように、ルアンナの視界から消えている。

 二人曰く、ここで堅一の顔を見せないのが重要なのだそうな。……さもなければ、堅一を視界に捉えたルアンナが、彼に襲いかかるらしい。もちろん、危害を加えるという意味ではなく。


「あら……あらら?」


 姫華がルアンナの前に進み出たのは、第三者の存在があった方がすぐに正気に戻るだろう、とのこと。

 果たして堅一と恭介の予想通り、姫華の顔を直視したルアンナは、冷静さを取り戻したかのように静かになった。

 手慣れている、というのも変な話だが、堅一と恭介の考えは見事当たったといえる。


「ほれ、さっさと行くぞ」

「え、ええ、そうね、ごめんなさい。……ところで、堅ちゃんは?」


 呆れたような恭介の言葉に素直に謝罪するルアンナだったが、次に出てきたのは、やはり堅一のことであった。

 彼はまだこの場にいるのだが、恭介の大きな背は完全に堅一を覆い隠しており、ルアンナからは視認できないらしい。

 だが、恭介はそれを明かさずに、大きく溜め息を吐いた。


「堅坊なら、お前に愛想尽かしてさっさと行っちまったよ。相手にしてられないってな」

「ええ!? そ、そんなぁ……」


 瞬間、まるでこの世の終わりを迎えたかのように、目に見えて落ち込むルアンナ。

 可哀想と微塵も思わないわけではないが、三人で決めていたことなので、姫華は黙って場を見守る。


「が、まあ、お前が条件を呑むなら、俺が堅坊に口利きして取り成してやらないわけでも――」

「やる、やります!」


 しかし、恭介の提案に、一転して元気にピン、と手を挙げるルアンナ。その勢いは、言葉尻に若干食い気味のほど。


 今更な話だが、姫華にはその姿が、雑誌等で凛々しくも綺麗に映っている人物と同一とはとても思えなかった。勝手な想像ではあるが、ルアンナ・ブラフィルドというプロのソルジャー選手は、クールで冷静沈着なイメージだったのだ。

 そして端的に言えば、姫華は彼女に対して憧れの気持ちを少なからず抱いていたのである。

 しかし、その本人はといえば――まあなんというか、このように筆舌に尽くし難い一面があるらしい。幻滅した、とは言わないが、少々複雑に感じてしまうのは仕方がなかった。


「まず、お前の気持ちは分からなくもないが、いかに久しぶりとはいえ行動は慎め。あんな場所であんなことされちゃ、お前や堅坊はよくとも、俺達や周囲の人間が迷惑だ」


 姫華の視界の隅で、恭介の背中をドン、と堅一が叩いたのが分かった。

 恐らくは自分も迷惑とでも言いたいであろう、無言の抗議。しかしルアンナはそれに気付く様子もなく、また恭介も露ほども意に介することなく、言葉を続ける。


「んで、スキンシップもやりすぎるな。()の場で無闇矢鱈と抱き着いたりとかそういうのは無し、せめて()移動中(・・・)は腕とか手だけにしろ。あと、暴走も禁止だ。いいな?」


 ブンブン、とルアンナが勢いよく首を縦に振った。


「絶対だからな? ……よーし、そんじゃ、ほれ」


 それを確認した恭介は鷹揚に頷くと、その体躯を横へとずらす。

 姿を現したのは、気難しげな顔でその場に佇む堅一。


 途端、パァッと顔を輝かせ、喜色露わに堅一に飛びつこうとするルアンナであったが。

 

「――おい」


 低く、威圧感の伴った、恭介の声。

 腕を広げ、今にも堅一に抱き着こうとしていたルアンナが、そのままの体勢で硬直する。

 自分が対象でないと分かっていても、そこに込められた怒気に、姫華の身体がブルリと震えた。


「破ったら、口きかないから」


 続けて堅一が、自身の目前に迫るルアンナに向けて言い放つ。

 それがトドメとなり、ルアンナはがっくりと項垂れた。



 なんとか問題も解決して、移動を開始した四人。目的の場所に行くため会場内を歩いたのだが、やはりというべきかこの一行は目立った。

 図としては、ルアンナと堅一が並んで歩き、恭介と姫華がその後ろというなんでもないもの。


 だがまあ、その主な原因は、ルアンナの存在があったからだろう。

 陽光にキラキラと輝くブロンド。スタイルを強調した際どい格好に、スラリと伸びる褐色の四肢。

 女性からは羨望の視線、男性からは劣情や興味などの視線をこれでもかといわんばかりに浴びていたのだが、当の本人はどこ吹く風で、隣の堅一に話しかけまくっていた。

 この時、ルアンナと堅一の二人の間に肉体的な接触はなく、ただ横に並んで歩いていただけ。抱き着きは勿論、腕を組むのや手を繋ぐのも、堅一が難色を示したことによりしていない。それでもやはりルアンナの美貌は、衆目を集めるのに充分な理由となっていた。


 そして、その横に立ってルアンナに話しかけられていた堅一も自然と、嫉妬を含む多くの注目を集め。すぐ後ろにいた恭介の巨体も目を引く要因となり。姫華もまた、充分に美少女と呼べる類の容姿である。


 美女、巨躯の男――気付いた者は、プロが二人に、学生が二人という構成。

 そんな、ある種異色とも言えるこの組み合わせであったから、目立ったのは必然だったのかもしれない。


 だがまあ、特に騒ぎになるようなことも起きず――実際は恭介がギラリと目を光らせていたのだが――四人は、目的地へ辿り着いた。

 その場所とは、シュラフェスに参加しているプロ、及びその関係者のみが入場可能とされているエリア。

 プロである二人は勿論、堅一と姫華の二人も特別招待券を警備員に提示することで、中に入ることが可能であった。


 多くの人でごった返していたアトラクションのあるエリアなどと違い、入場制限のあるここは人の行き来がかなり少ない。事実、エリア入場時にいた警備員を除けば、一行はまだ誰ともすれ違っていなかった。

 木や植え込みなど緑豊かで、落ち着いた雰囲気。まるで、どこぞのリゾート地のような、そんな場所。

 ちなみに、今晩堅一と姫華が宿泊するのは、このエリア内にある宿泊施設である。


「なんか、テニスコートとかありそうな場所だな」

「あるよー。後でやる、堅ちゃん?」

「……あるのか」


 前方で、堅一とルアンナがそんな会話をしているのが聞こえた。

 案外、堅一も似たような想像をしたのかもしれない。そう考えて、姫華はクスと笑う。



「――あそこが、俺達の控室。つまり、自由に使っていい部屋だ」


 そこからしばし歩いたところでふと、恭介が前方を指さした。

 宿泊部屋とは別に開催側より貸し出されている部屋。それに向かっているらしい。

 もっとも――。


「……部屋ってよりか、もはや小さな家だな」


 ――そこにあったのは、コテージのようなレンガ調の建物だった。

 堅一がぼそりと呟いた通り、それほど大きくはない。が、控室というにはいささか語弊があり、宿泊施設といっても充分に通用するであろう場所だ。


 周囲にも、似たような建物がいくつか並んでいる。恐らくは、他のプロ選手の控室なのだろう。


「俺達が堅坊達を見つけられなかった場合、行き違いになっても困るから四十川(あいかわ)にはここで待ってもらってたんだ。……ああ、一応嬢ちゃんに言っとくと、四十川ってのは俺とルアンナが契約してるジェネラルな」

「はい、四十川プロですよね。知ってます」


 (アインス)リーグに所属するジェネラル、四十川プロ。

 恭介とルアンナを知っていた姫華であるから、当然そのジェネラルである四十川プロの名も知っていた。


「堅坊は確か、会ったことないんだったよな?」

「直接的には、な。……ただまあ、前にどこかの誰かさんに散々話を聞かされたことはあるが」

「それって私のことよね!? 嬉しい、堅ちゃん、覚えててくれたのね!」


 恭介の確認に、堅一が淡々と返す。

 それに嬉々として反応したのは、ルアンナであった。

 姫華がルアンナに会ってまだ数時間と経っていないわけだが、もはやその姿に呆気にとられることはない。それを容易く認識させるルアンナもルアンナだが……慣れとは恐ろしいものである。


「それは喜ぶところなのか? ……というか、ルアンナ。少しは自重しろ。お前は、口を挟むだけでも話が進まなくなる」


 呆れ声を上げながらも、堅一に詰め寄るルアンナの横を通り過ぎた恭介は、ポケットから鍵を取り出して建物の扉を開いた。


「おーい、戻ったぞー」


 しかし扉を潜ることなく、入口から大声で呼びかける。数瞬の間を置かず、「はーい」と中から若い声で返答があった。

 それを聞いた姫華は、緊張に顔を引き締める。

 これから相対するのは、プロ。それも姫華と同じ、ジェネラルのプロだ。

 もっとも、恭介もルアンナもプロなのだが――彼らとの邂逅は、緊張とかそういう感情よりも先に呆然がきたといっても過言ではない。雰囲気やら心構えやら、そんなものは考える暇もなく、今に至っているのだ。


 タンタン、と足音が聞こえ、ややあって奥の方から出てきたのは。短髪で柔和な顔立ちをした、一人の男性。


「はいはい、お疲れ。そして――」


 男性は恭介に労いの言葉をかけると、側に佇む姫華の顔を見る。次いで、ルアンナに詰め寄られながらも一歩一歩遠ざかる堅一の姿に一瞬目を丸くするも、

 

「いらっしゃい。よく来たね」


 爽やかな笑みを浮かべて言った。


「ああ、全くだぜ。ルアンナの奴があれだからよ……」

「アハハ……事前に聞いてはいたけど、本当にそうなんだね。彼に対するルアンナの態度は」

「ああなるのは、ほとんどが堅坊の前くらいだからなぁ」


 二人の視線の先には、未だ一進一退の攻防? を繰り広げる堅一とルアンナの姿。

 ルアンナが一歩距離を詰めれば、堅一が一歩下がる。広い場所であるから、先程からそんな光景が延々と続けられている。


 先程恭介がルアンナに提示した条件は、公の場と移動中に限定したもの。

 今は人の目がないからか恭介は何も言わず、ルアンナもそれを理解しているのだろう。

 堅一は、恭介の言っていた負い目からなのか、ただ逃げに徹するのみ。


「さて、はじめましてだね。四十川です」

「あ……こ、こちらこそはじめまして! 私は、弐条学園1年の市之宮と申します」

「アハハ、そんなに固くならないでも大丈夫だよ。僕は気にしないから、もっと気楽に、ね?」


 四十川が姫華に視線を戻し、互いに挨拶。

 姫華の堅苦しい態度に、四十川はヒラヒラと手を振る。


「そして、あっちの子が……」

「ああ、堅坊――黒星堅一。……俺とルアンナの、昔のチームメンバーの一人だ」


 次いで、四十川は呟きながら、堅一を見て目を細める。続く形で、恭介も口を開いた。


「え?」


 それに反応し、思わずといったように口から疑問の声を漏らしたのは、姫華である。

 耳聡く聞き逃さなかった恭介が、姫華に振り返る。


「どうした、嬢ちゃん?」

「あの、堅一さんは……昔、縣さんやルアンナさんと同じチームで活動してたのですか?」


 しかし姫華が声に出した刹那、その表情が失言を悟ったようなものとなり。すぐさま、バツが悪そうな顔へと変わる。


「いや、その……まあ、そうなんだが。ただ、その……堅坊が嬢ちゃんに何も言ってないなら、それは二人の問題だからな。すまんが、俺からはこれ以上言えねぇ」


 恭介はそう言うと、わざとらしく姫華の側を離れ。じゃれつくルアンナとそれから逃げる堅一の元へと足早に向かっていった。


「…………」


 残されたのは、恭介の言葉を受けて沈黙する姫華と、それを見守っていた四十川。


「――相手から信頼を得たいと思うのなら、まずはこちらから相手を信頼しなければならない」


 徐に、四十川が口を開いた。

 弾かれたように、姫華が四十川の顔を見る。

 そこに先程までの爽やかな笑みはなく、彼は静々と目を瞑っていた。その口調もまた、淡々としたもので。


「勿論、最初から全幅の信頼をおける相手なんて、そうそういないだろう。だから、小さな積み重ね、時間が大事なんだ。それは、学生だろうと大人だろうと――もっといえばプロだろうと、違わない」


 四十川の瞳が開き、姫華を真っ直ぐに射抜いた。

 そしてその視線は次いで、堅一の――ルアンナと恭介のいる方へと向かう。


「市之宮さんは分かっているかもしれないけど……相手が自分を完全に信頼してくれないからといって、そこですぐに悲観――諦めていたら、築けるものも築けないよ。ソルジャーとかジェネラルとか、そういうのを抜きにしても、ね」

「……はい」

「偉そうなこと言ってゴメンね。さて、それじゃあ僕らもあっちに行こうか」


 姫華がか細くも返事すると、四十川は小さく笑った。 

ちなみに、サブタイトルは「縣恭介とルアンナのジェネラル、四十川プロ」と「市之宮姫華と四十川プロ」の意味とで、かけて?います。

まあ、大して重要なことではありませんが。


それでは、次回でまた。

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