六話 騒がしい再会
「まあまあ……だったのか?」
首を捻りつつ、堅一がボソリと呟いた。
「撃破できたんですから、大成功だと思いますよ」
その隣を歩く姫華が、柔らかな微笑を浮かべて堅一を見る。
姫華のソルジャー体験の後、堅一が挑戦したジェネラル体験。アトラクションの設備としては、大方ソルジャー体験と似たようなものであった。
違った点は、体験する役割と、あとは味方ソルジャー役のドールがいたことぐらいか。
ジェネラル体験の目的は、味方のドールを補佐して敵のドールを倒すこと。
二つのドールに性能の違いは無いが、味方ドールにジェネラルとなるプレイヤーがつくことで、敵ドールより有利な状況を作って勝利へと導く、といった具合だ。
プレイヤーはまず、味方ドールの使用する武器、そしてジェネラルとして援護するための疑似天能の腕輪を選択し、装着する。
選べる腕輪は、動きの阻害、瞬間的な攻撃力強化、瞬間的な防御力強化の三種類。これはドールにのみ作用するものであり、プレイヤーが腕輪のスイッチを押せば選択した効果が光となって発射され、ドールに命中すれば効果を与えることができるというものだ。
敵味方どちらにも当たるようになっているため、敵を倒すには、いかにして適切なタイミングで援護を上手く当てられるか、というのが鍵となるのである。
堅一がドールに使用させたのは、自身の契約武装と同じ、手甲。腕輪は、動きの阻害を選択した。その結果は、姫華のいった通り、堅一の味方のドールが敵ドールを撃破して終了。
割合的には、援護の空回りにより味方ドールが敗北するプレイヤーと、援護が上手く機能して敵ドールを撃破するプレイヤーとで半々らしい。
ゆえに、敵ドールの撃破に成功した堅一は良い部類にあたるのだが。
「……一発、ミスったんだよなぁ」
交戦中に一度だけ、堅一の発射した光が味方ドールに当たってしまったのである。それにより、味方ドールの動きは一時的に硬直。その隙を敵ドールにつかれ、攻撃を数発もらってしまった。
もっとも、誤射はその一発のみで、他は敵ドールに命中させることができたために勝利できたわけだが。
「この後も、それに明日も、まだまだ時間はありますから。ね?」
堅一の態度が余程不服そうに見えたのだろうか、姫華が柔和な笑みを湛えたまま穏やかな口調で言う。その眼差しはまるで、微笑ましいようなものを見ているかのようで。
「……ん」
自分としてはそれほど結果にこだわっていないつもりの堅一であったが、そのように見られていたと思うと幾分か気恥ずかしくなって、姫華から視線を逸らした。
そんな堅一の様子を見ていた姫華は、ふふっ、と小さく笑い声を零す。
普段は冷静であまり感情を表に出さない堅一だが、こうした仕草も時折見せることを姫華は知っていた。ただ、その機会は非常に少なくはあるが。
「あ、きっとあの建物ですね、展示館」
次の目的地は、初心者エリアから一番近い位置にある、展示館。
過去から今に至るまでのシュラハトの数々の公式大会、試合の記録や、現在プロとして登録されているジェネラル、ソルジャーの記録など。シュラハトに関連する膨大なデータが集められ、展示されている場所。
そういった記録などを鑑賞するのが好きである姫華が、楽しみにしていた施設の一つでもある。
「……そうみたいだな」
だが、堅一はといえば、それほど乗り気ではないようだった。
表立って嫌がっているわけではない。単に興味が薄いだけかもしれないが、姫華が提案した際に、若干の渋面となって少々考えるような素振りを見せたのである。
面と向かって拒否されれば、姫華とて強引に主張を通そうとはしなかった。出来る限り、お互いの意見を尊重して行動したいと思っているのだ。
だが結局、堅一が了解の返事をし――こうして、二人で展示館へと向かっている。
展示館の周辺はやはりというべきか、アトラクション付近と比べれば閑散としていた。
鑑賞するだけの場になってしまうため、いかにシュラハトに関する展示といえど、そういうのを好まない人にとっては敬遠する対象となるのだろう。
「ここの見学が終わったら、お昼ご飯にしましょうか?」
「そうだな」
軽い会話を交わし、展示館に入る。
この施設は一般入場も特別招待券も関係なく、入退場自由。空調が効き、ゆったりとしてそれほど混み合っていない館内を、二人は進む。
入って右手にあるのは、壁にかけられた展示データを見ながら歩く通路。壁を間に挟んで入口と出口の表記があるから、一周して戻ってくるのだろう。
左の方にズラリと並んでいるのは、いくつかの書架に、読書用のソファーや机。近づいてチラと確認してみれば、年度別のプロ選手登録図鑑だったり、大会の特集や選手へのインタビューが掲載された過去から最近までの雑誌等、やはりシュラハトに関する書物ばかり。更には、試合内容を収めた映像記録、なんていう物もある。
書架の奥には、高い壁によって区切られたスペースがあった。そのそれぞれにテレビが設置されており、使用されているテレビの前には流れる試合映像を食い入るように見る人がいる。各々が見たい映像を選び、快適に視聴できる仕組みとなっているようだった。
「……凄い」
その数々の種類のデータに、姫華は思わず感嘆の声を漏らした。
次いで、迷う。映像か、書物か。それだけでなく、右の展示も気になる。
自然と、右へ左へと忙しなく彷徨う視線。
「取り敢えず、右の展示を見てからでいいんじゃないか? 別に、どれか一つしか見れないってわけでもないし」
そんな姫華の様子を見かねたのか、堅一が苦笑と共に言った。
同意し、右の展示通路へと歩を進める。
通路に展示されていた内容は、主にシュラハトの大会の結果であった。
だが、一口に大会とはいったものの、壁一面ズラリとほぼ隙間なく埋め尽くされたデータの数々が、決して小規模の展示でないことを物語っている。
それもそのはず、全国、地方大会をはじめとして、その他にもシュラハトの公式大会というものは中々に多く、一つや二つどころの話ではないのだ。
その上、それらが年々開催されてきたこと。個人戦、チーム戦といった様々な競技種目の制限。プロ以外にも参加資格あり等という特殊な括りの大会の存在。そういったものを加味すれば、膨大なデータは寧ろ当然といえた。
大会の詳細文、戦績、優勝者のデータ。
それらの記述が一番最初、つまり日本での第一回目という最も古い大会の記録から始まり、徐々に年数が進んでいく。
近づいて熱心に文を読む姫華に対し、堅一は少し離れてただ遠目からぼんやりと眺めるだけ。
そんな二人であるから、歩く速度も異なり、堅一だけがどんどん先へと進んでいってしまう。
姫華が、ようやくその状態に気付いたのは。二人の距離がだいぶ開き、堅一が通路の先を曲がって姫華の視界から姿を消そうとしていた所であった。
じっくりと見すぎたな、と姫華は反省する。
堅一が早すぎるのではなく、姫華が遅すぎるのだ。展示館に入って、既に数十分。このままのペースで姫華が見学していたら、かなりの時間を要するのは想像に難くない。
一つ一つの展示の前でピタリと止めていた足は、その留まる時間を短く。全てをじっくり読み込むのではなく、幾分かは流し読みで次の展示に。
「……あら?」
ペースを速めた姫華であったが、程なくして堅一の姿を視界に捉えた。
しかし、いくら速くなったからといって、そうすぐに追いつけるものではなかったはずなのである。なにせ、姫華が進んでいれば堅一もまた、進んでいるのだから。
もっともそれは――普通に考えれば、の話であった。
その場所は、半分ほどの折り返し地点。ついさっき、姫華が気付いた時に堅一が曲がっていた所の、すぐ先。
そこに、彼は未だ立っていた。
姫華を待っていた、という様子ではない。展示にさほどの興味を示さず、少し離れたところから眺めるにすぎなかっただけの堅一が、とある一つの展示の前でじっと足を止めていたのだ。
――何を見ているのだろう?
純粋に気になった姫華は、そこにあるまでの展示を飛ばして堅一の側に近寄った。
「気になるものがありましたか?」
その声で、ようやく姫華が接近していたのに気付いたのだろう。
ハッとしたように隣に立った姫華を見た堅一は、なんでもない、と早口に零して展示の前から離れていく。
余計なことをしたかな、と申し訳なく思いつつも、堅一が何を真剣に見ていたのかがどうしても気になり、姫華は眼前の展示へと視線をやる。
堅一がじっと見ていた展示、それは数年前の大会の記録であった。
天能を持っていれば誰でも参加可能というチーム戦。参加資格がオープンでありながらもプロも数多く参戦していた大会。
この時はまだ弐条学園へ入学する前であった姫華だが、既にシュラハトに興味があり、この大会の試合をいくつか家族で観戦に行ったのを覚えている。
「あ……」
そんな過去の記憶をなぞり、当時のことが記されたものを前にしたからだろう。
降って湧いた天啓の如く、姫華の脳裏を刺激するものがあった。
――そうだ、あの時何かがあったような。
漠然として、朧げな記憶。大変で――それでいて、大事な何かが。
目を瞑り、しばし記憶の再生に専念。……だが、思い出せない。
遂には、そもそも本当にあったのか、という思いがもたげてくる始末。もしかすると、ただの思い過ごしかもしれない。
もやもやとした気持ちを心に抱えつつも、姫華は目の前の展示へと視線を戻す。
だが、そのせいでどうにも展示の内容が頭に入ってこない。視線を向けているのに、頭の中は霞がかったよう。見ているのに、ろくに見えていない。
そんな状態であったが、やがてある文字の羅列が、ようやく明瞭な形となって頭に入ってきた。
縣恭介。優勝チームの一員の欄に、その名が記されている。
単純に、目立った、というのはあるかもしれない。
一文字の苗字というのもそうだし、縣というあまり見ない漢字というのもそう。
だが、それよりも。姫華がその名をごく最近耳にしているのが、やはり一番の理由だっただろう。
学園で姫華が会い、堅一に特別招待券を渡すよう頼んだ人物にして、プロのソルジャー。
名前は以前から聞いたことがあり、知っていた。
だが、学園で遭遇したあの時は――サングラスもかけていたし、何よりそんな人が学園にいると普通思わない。
そんな人が堅一とどんな関係かは知らないが、姫華は踏み出せず、聞くに聞くことができないでいるのが現状だ。
少しは展示内容に集中できたことにより、視野が広がった。
刹那、もう一つ、目に止まった箇所がある。
縣恭介と同じく、優勝チームのメンバーに名を連ねる人物。
漢字ではなく、カタカナで表記された――。
「――堅ちゃんっ!」
突如、粛々とした空間に響き渡る音に、姫華はビクリと身を竦ませた。それは、明らかな喜色を伴った女性の声。誰かが勢いよく駆けるような足音も聞こえる。
思わず反応し、振り返った姫華の目に飛び込んできたのは。
これでもかといわんばかりに密着し、背後から帽子をかぶった女性に抱きしめられている堅一の姿。
「……よお、この前ぶりだな、嬢ちゃん」
唖然としてその光景を見つめる姫華。その耳に、新たな声が入ってくる。
そちらに、視線をずらせば。いつの間にかすぐ近くに一人の男性――学園で会話し、今しがた脳裏に思い浮かべていた――縣恭介その人が立っていた。
「まあ、色々聞きたいこともあるだろうが……ともかく、アレをどうにかしないとな。周りの視線が痛い」
状況についていけない姫華に声をかけつつ、呆れたようにチラと視線をやる恭介。
その先には、堅一に覆いかぶさるように抱き着きながら、キャーキャーと楽しげに騒ぐ女性。
それがあまりにも衝撃的すぎて、姫華がほんの数刻前まで感じていたもやもや、その他諸々はすっかり吹き飛んでしまっていた。




