五話 アトラクション、初心者エリア
瞼の向こうで、スーッと眩しさが薄れていくのを感じ取る。
そろそろ大丈夫か、と堅一がゆっくりと目を開ければ。そこには、先程と似たようで全く異なる空間が広がっていた。
「「「ようこそ、シュラハト・フェスタへ!!」」」
視線の先、深く頭を下げて声を揃える係員達。堅一達の正面に一直線に道が作られ、その左右に彼らがズラリと並んでいる、といった形だ。
その様はさながら、主の帰宅を館前で待ち受ける執事、メイドのよう。
数が増えているというのもそうだが、上げられたその顔の中に、先刻堅一達を案内してきた女性係員の姿はない。無事、会場に到着したようだった。
「……すっげぇ、流石、特別招待券だなっ」
そして、このどことなく行き過ぎのような待遇に、毅がひそひそと、それでいて興奮したように堅一の耳元で囁く。
緊張もなにもない、いつも通りの毅の態度に呆れとも感心ともとれる感情を抱き、堅一はチラと姫華を見やった。
普通の人間なら、眼前の光景を前にして、驚き、あるいは気後れの様子を少しでも見せることだろう。だが姫華は、なんら不思議のない自然体でそこに立っていた。豪胆なのか、それともどこぞのお嬢様であるという噂が真だとしたら、単にこういった状況に慣れているのかもしれない。
堅一の寮の隣部屋に引っ越す前は、あれほど高そうな寮で生活していたのだから信憑性はそれなりに高いが――堅一は未だそこまで姫華のことを知らない。逆もまた然り、だ。
どうも、と彼らに向け軽く会釈をして、装置から下りる。
もっとも堅一とて、二人と同様に言うほど萎縮しているわけでもなく、歩調を乱すことなくそのまま真っ直ぐ歩いていく。
列から抜けて堅一達を案内する係員に続いて、装置のあった部屋を出る。
そうして建物内を道なりに進み、外へと繋がる扉を抜ければ。
雲間より顔を覗かせる夏の太陽の下に広がる、ガヤガヤとした楽しげな喧騒。
眼前には様々なアトラクションの設備が並び、大人子供と隔たることなく列を作っている。
その1つに向かうであろう男児達が、はしゃぎながら駆け、堅一達の前を通っていった。
「パンフレットは、こちらにございます。それではどうぞ、シュラハト・フェスタをお楽しみください」
傍らの台の上には、整頓されて置かれた各種のパンフレット。
食事処の紹介、イベントの紹介など複数ある中、一先ず堅一は園内アトラクションの紹介パンフレットを手に取る。
それに続いてパンフレットを手にした毅が、言った。
「よし、サンキューな、堅一!」
「ん? ……あ、ああ」
「市之宮さんも、さっきはいきなりお邪魔しちゃってすいませんでした!」
「あ、えっと……は、はい」
言うだけ言うと、それじゃ、と手を上げた毅は二人に背を向けて歩き去って行こうとする。
「なんだ、一緒に回らないのか?」
てっきり着いてくるものだと思っていた堅一は、至極当然のように疑問の声を上げるが。
それを聞いた毅は歩みを止め、振り向いたかと思えば。しばし堅一の顔を凝視し、やがて大袈裟に溜め息を吐いた。
「……あのな、それぐらい俺は空気読むぜ?」
そして堅一を引っ張って姫華から少し遠ざけ、小声で話しかけてくる。
「いや、別に一緒に回っても特に問題ないと思うが……」
「アホか。お前と市之宮さんは、パートナーである前に、男と女だろ? それなら、こっちは無粋以外の何者でもないっての。……まあ、だったらこっちから近づくなって話だが、そこは勘弁な」
「は?」
「大体、お前達の間に何があったかは知らねえけどよ。ジェネラルとソルジャーだからってパートナーになれるもんじゃないだろ、普通」
「……つまり、何が言いたい?」
堅一の問いに、毅はニッと笑みを浮かべると、
「つまり、少なくともあちらさんはお前を憎からず思ってるってことだよ。そうじゃなかったらお前と二人でここまで来ねえし、そもそも嫌いなら契約なんて結ばないだろ。……分かったなら楽しんでこい、デートを、よっ!」
そう言って、堅一の肩をドン、と押した。
突然のそれによろけ、堅一は姫華の元まで後退する。
「それじゃ、ソイツはお返ししますね、市之宮さん!」
それを見届けた毅は、そう言って、今度こそ走り去っていった。
「…………」
その姿を、憮然とした面持ちで堅一は見送る。その胸中に燻るのは、もやもやとした感覚。
――なんだって、同じようなことを言うのか。
堅一に、このシュラフェスの特別招待券を渡した人物のことである。
デートだなんだ、封筒に入っていたメッセージにも、そんなようなことが書かれていたが――。
「……まあ、いいや」
まともに受け止めるのも馬鹿らしくなり、思考を放棄する。
とにかく、いつまでもここで時間を消費していてもしょうがない。
どうするか相談しようと堅一は姫華へと振り返る。
「それじゃ、どこ行くか決めるか」
「はい、そうですねっ!」
楽しみで仕方ない、といったような元気な姫華の声を後目に、堅一はパンフレットを広げた。
まずは、現在地の確認。園内マップの横にある文字列から特別招待券入口の文字を探し、符号された番号を程なくして見つける。
マップによると、どうやらこの周辺は初心者用のアトラクションがあるエリアのようだ。
パンフレットから顔を上げ、一番近くにあるアトラクションへ目を向ける。
広い舞台のような設備の上に、周りを囲う薄い半透明の壁。その向こうで、小学校高学年ぐらいの男児が剣と思しき物を手に立っているのが見えた。
パンフレットの説明によると、あれはソルジャーを体験できるアトラクションとのこと。天能を持たない者、また上手く扱えない者や扱うには幼すぎる者が訓練用ドールと<一騎打ち>を行い、ソルジャーとしての戦闘を体験できる、とある。
戦闘といっても安全は保障され、使用されるドールは戦闘能力がほとんど無い特別製らしい。武器は、貸し出しされるのだそうだ。
と、そこまで堅一が把握したところで。
「……なあ、なんで自分のを見ないんだ?」
背後から、自身の手にあるパンフレットを覗き込むようにしている姫華の様子に気付いた。
「えっと、堅一さんが取られていたので、私はこちらだけで大丈夫かな、と」
見れば、姫華の手にあるのは堅一が取らなかったパンフレット。食事処にショップ、イベント、そしてシュラフェスに参加予定のプロが載ったものなど、様々だ。
姫華の言っていることは、確かに理にかなっている。共に行動するのだから、一つあれば問題はない。
「まあ、それは……」
納得しつつも、しかし堅一は毅の残した言葉のせいで変に意識をしてしまう。これでは本当に、仲のよい異性――つまり、デートっぽいではないか、と。
「んんっ、それでどうする? 一番近いのは、見ての通り初心者用のアトラクションだ。そこにあるソルジャー体験、向こうにはジェネラル体験ってのがある」
すぐさま咳払いで余計な考えを吹き飛ばし、提案する。
だが、あくまでこれは初心者用のアトラクション。幾度も経験してきた二人にとって、それぞれが同じ役割でやるのはまるで面白みがなく。今更、得る物はほとんどないだろう。
しかし――。
「お互い交代して経験してみるってのは、ありだな」
役割の交代。姫華がソルジャー体験、堅一がジェネラル体験をするというのなら、やる価値は見出せる。
もっとも、大した訓練にはならないが――アトラクションの一つとして楽しむのはありだし、それぞれが異なる位置となることで少しは分かることもあるだろう。
「いいですね!」
この堅一の提案に、姫華が瞳を輝かせて賛成した。
そうと決まれば、と二人は早速アトラクションの列へと向かう。
中々に列は並んでおり、数十分は待つであろう人の数。初心者向けとあって小学生ほどの子供が多いが、ちらほらと堅一達ほどの年だったり、大の大人も交じっているようだ。
ただ、アトラクションの設備は一つだけでなく複数あるので、回転数はそれなりに速そうに見受けられるが――どの道、堅一達には大した影響にはならない。
「すみません、これって付き添いも中に入れますか?」
「はい、お近くで見学していただくことが可能ですよ」
ソルジャー体験のアトラクション付近にいる係員に、付き添いの可否を訪ねる。
返事を聞いたところで、次に見せるのは特別招待券。利用するのは、それの特典である各アトラクションの優遇措置だ。
堅一の手中の特別招待券を確認すると、かしこまりました、と係員が二人をアトラクションの反対側へと案内した。
そこにあった関係者以外立ち入り禁止のドアを開き、内部へと入っていく。
アトラクションを待つ人が並んでいる中、横入りするようで狡い気もするが、これは特別招待券の特典、いわば正当な権利である。多少の引け目は感じるものの、利用しない手はなかった。
「その階段を昇りましたら、上にいる係員へと招待券のご提示お願いします。それでは、アトラクションをお楽しみください」
言われた通り、階段を昇る。上がった先にあったのは、先程遠目に見た、薄い半透明の壁の中だった。
少々広めのスペース。大きめのモニターが宙吊りにされており、壁隅には剣や槍など様々な武器が木のラックに立てかけられている。中央付近にはそこそこ大きいフィールドが描かれ、その中にあるのは直立不動の姿勢をとった一体のドール。
周囲、半透明の壁に遮られた向こう側にも同じような空間があり、そこでは既に、アトラクションの利用者が武器を手にドールと戦っていた。
「ようこそ、ソルジャー体験のアトラクションへ。特別招待券のお客様ですね?」
立っていた係員へ、特別招待券を見せる。
見渡した感じ、どうやら区切られたスペースのそれぞれにつき、一人の係員がついているようだった。
「はい、ご提示ありがとうございます。二名様のご利用でよろしいですか?」
「いえ、俺は見学で……」
言いつつ、堅一が一歩下がり、姫華へ視線をやれば。
彼女が一歩進み出て、お願いします、と係員へ告げた。
「では、こちらから武器をお選びください。こちらは全て本物に似せたレプリカとなっており、触れても怪我をしない造りになっておりますのでどうぞご安心ください」
係員の説明に、へぇ、と感嘆し、堅一は武器の置かれたラックへと近づいた。
陳列されたレプリカを見て悩んでいる姫華を横目に見つつ、徐に一振りの長刀へと手を伸ばす。
右手で柄を持ち、左手でそっと刃の部分に触れてみれば。そこに金属類の冷たさはなく、代わりにあったのは柔らかく、弾力の低いゴムのような感触だった。それに、大した重さもなく、子供でも苦も無く悠々と振り回せるであろう代物だ。
疑っていたわけではないが、これならよほどの強い力を加えない限り、そうそう怪我をすることはないだろう。
「これに……しようかな」
少々の時間をかけて姫華が選んだ武器は、手甲だった。
黒と赤の入り混じったデザインで、指先まですっぽりと腕半分ほどを覆う形状。勿論、色やデザインは異なるが、堅一の契約武装である銀の手甲と似たようなものだ。
「では、行ってきますね!」
「あ、ああ……慣れないんだから、あまり無理するなよ」
ただのアトラクションに挑むにしては充分すぎる気合いを込める姫華にむしろ危うさを感じ、堅一はそれとなく注意する。
それに対し、頑張ります、と返した姫華は、果たして分かっているのかいないのか。
まあ大丈夫だろう、と堅一が長刀をラックに戻し、振り返れば。
係員に誘導された姫華が、フィールドに入って手甲を構えているのが見えた。
それでは始めます、と係員が設置された機械を操作し、宙吊りにされたモニターにカウントダウンが映し出される。同時に、今まで直立不動をしていたドールが、ゆっくりと動き出し構えを取った。
スタートの文字がモニターに浮かび上がり、動き出す両者。それぞれが眼前の相手に向かい、すぐさま距離が縮まる。
開始した姫華とドールの戦闘。それを見ての、堅一の第一の感想は。
「殴り合い……だな」
無手であるドールの拳が振るわれ、それを受ける姫華が振るうもまた、拳。正確には、姫華は両腕に手甲を着けて、という一文がつくが。
元より派手なぶつかり合いを期待していたわけでもなく、また望むべくでもないが――ともかく堅一は、喧嘩の応援ぐらいの気持ちで戦況を見守ることにした。
仕方ないともいえるが、お互いの動作は殴打、防御、移動、と単調。
モニターには時間とお互いの体力が表示され、今のところは姫華が押しているようだ。まあ、あくまでも初心者用なので、それほど難易度は高くないと思うが。
と、そんな軽い気持ちで観戦していた堅一だったが、ふとある事に気付いた。……いや、気付いてしまったと言うべきか。
ジェネラルという役割上、普段は後方でそれほど動かない姫華しか見ていない堅一であるから、運動している彼女を見る機会はそれほど多くない。
せいぜいが、持久力を高めるためのジョギングであったりとか、その程度。
しかし、今こうして、それなりに激しい運動をしている彼女を見ると――。
「やぁっ!」
――姫華が大きい動きを見せる度、強調、あるいは激しく自己主張される部位がある。
制服に身を包み、弐条学園の金の校章が着けられ、そして押し上げられた、その場所。
つまり、揺れているのだ。彼女の、豊かな胸元のあたりが。
「…………」
咄嗟に、目を逸らす。
邪な視線を向けているわけではないのだが、どうしてかそうしてしまった。
そして一度気付いてしまったら、先程のように軽い気持ちで見ることなどできない。
取り敢えず堅一は、体力の表示されているモニターに目をやり。結局それは、ドールの体力バーがなくなるまで続いた。
勝利した姫華が、僅かに息を乱しつつも笑みを浮かべて堅一のところに戻ってくる。
「んんっ! え、えーと……大丈夫だったか?」
「ドールの攻撃は、少し固めのスポンジが当たった、ぐらいでしたね。ソルジャーの立場も経験できましたし、いい運動にもなりました」
「そ、そうか……」
動揺を隠し切れない堅一と、それに気付いた様子のない姫華。
「……それじゃ、次は俺のジェネラル体験だな」
ソルジャー体験を終えた二人は、堅一が挑戦するジェネラル体験へと、歩を進めた。




