四話 入場前の災難?
係員に教えられた方へとしばらく歩けば、それらしき白塗りの建物が見えてきた。
やはりというべきか、一般の入場口に比べてこちらの方は人が少ない。時折、数人の通行人とすれ違う、といった程度か。
建物の入口、扉横には大きな立て看板がある。
近づいてみれば、『特別招待券お客様専用入場口』の文字が見て取れた。
「ここですね」
姫華の声に堅一は小さく頷き、二人並んで自動ドアから入る。
明るい照明に照らされ、程よく冷房の効いた建物内。数歩先には入口から見て縦に伸びるカウンターがあり、そのまま真っ直ぐ奥へと進める造りとなっている。
カウンターに座るのは、二人の女性係員。それより手前に一人、そして通路奥の方に一人と、男性警備員が立っている。
堅一達に気付き、軽く頭を下げると共に手でカウンターを指し示す警備員。それにこちらも会釈をして、堅一と姫華はカウンターへと歩を進めた。
「ようこそ、シュラハト・フェスタへ。こちらは、特別招待券をお持ちのお客様専用の入場口となっております。お間違えありませんか?」
二人に向かって一礼し、にこりとした笑みを浮かべるカウンターの女性係員。
小さく頷き、堅一が、はい、と返答する。
「三名様ですね? それでは、特別招待券のご提示をお願いします」
そして、続いての女性係員の言葉に、堅一は制服のポケットにいれた特別招待券を取り出そうとして――。
――ん?
ピタッと動きを止め、内心首を傾げた。
今更言うまでもなく、ここにいるのは堅一と姫華の二人である。
それは見れば明白。隣にいる姫華も、係員の言葉に疑問符を浮かべたような表情をしている。
「いえ、二――」
堅一は係員に訂正の声を上げようとして、直後すぐに閉口した。背後に、人の気配があるのに気付いたのだ。
「……お前、何やってんだ?」
徐に振り返り――思わず、気の抜けた声が零れ出た。
二人の後ろ、数歩ともかからない距離。一体いつからいたのか、そこに、弐条学園の生徒にして堅一のクラスメートである荒山毅が立っていたのだ。
「いやー、さっき偶々堅一が見えちゃったもんで」
よっ、と片手を上げて、説明する毅。その顔には、ニヤニヤとした笑みが貼りついている。ようやく気付いたか、と言わんばかりの表情だ。
「……だから、ついてきたと?」
「そういうこと」
こめかみを押さえて問う堅一に、毅はあっけらかんと告げる。
「えっと……黒星さん、こちらの方は?」
そのやり取りを見て、おずおずといったように口を開くのは、隣にいた姫華だ。
「どうもはじめまして、市之宮さんのことは堅一から聞いてます! 俺はコイツの親友の、荒山毅といいます!」
「ど、どうも……一年の、市之宮姫華です」
勢いのいい毅の自己紹介に、姫華はたじたじとなりつつも返答する。
「……ただのクラスメートだろ」
ふざけたような毅の紹介を端的に訂正すると、堅一はポケットの特別招待券を引っ張り出し、姫華に手渡した。
そして先に手続きしておくのを頼み、彼女の返事を待たず毅を壁際へと引っ張っていく。
「で、何が目的だ?」
「いやだなあ、堅一。目的だなんて、人聞きの悪い」
率直な堅一の物言いに、毅はニヤニヤとした笑みを絶やすことなく、コホンと咳払いをした。
「まず言っておくが、今日ここにいるのは偶々だぞ。堅一だって、いつシュラフェスに行くだの、誰と行くだの、予定をこっちに話してないだろ?」
「まあ、そうだな」
「で、だ。これまた偶然堅一達を発見し、興味本位に後をつけてみたら、なんと特別招待券専用の入口に行くじゃないか。これはもう、堅一に入場券奢ってもらうしかないと思ったわけよ。したら、それでチャラになるだろ?」
「……何がチャラになるんだ?」
当然のように言う毅に対し、堅一は数秒記憶を探るが、別段思い当る節はない。
「おいおい、忘れたなんて言わせねえぞ? 夏休み中訓練に付き合うって約束したくせに、パートナーができたから無理、なんて電話の一本だけで済ませやがって」
「……ああ、それか」
言われて、ようやく堅一は思い出す。確かに、毅の言う通りだが――ただ単に約束を反故にしたわけでなく、理由もあるわけで。
「しかも、その相手ってのが、あの市之宮姫華ときた。なにが、契約は結ばない、面倒だからな、だ。一学期に恰好つけてたくせに、結局してんじゃねぇか」
「…………」
「それを電話で告げられた俺の気持ちが分かるか? 俺は深い悲しみに包まれると同時に、あの時のお前を思い出して大爆笑の渦に――」
「あー、分かった分かった! 認めりゃいいんだろ!」
小声ながらも、心底面白おかしそうに言う毅を遮るように、堅一は応じる。
確か、特別招待券には一枚につき五名まで適用することができるという規則があったはずだ。何故そこまで詳しいかは知らないが、毅が言っているのはつまりそういうことだろう。
「まあ、流石に他の特典にまであずかろうって気はないから、そこは安心しろよ」
あくまで、先程もいったように特別招待券で入場料を奢れ、ということのようだ。
容認したものの、はぁ、と溜め息を吐き、堅一は問う。
「……それで?」
「ん?」
「いつから、後をつけてきてたんだ?」
じろり、と堅一は毅を睨むように見据える。
毅は、少し考えるような仕草をすると。
「えーっと、堅一を――というよりは、市之宮さんを見つけたのは、俺が入場券を買う列に並んでた時だな」
「……あの時か」
脳裏に思い浮かべるのは、姫華が係員に特別招待券の入場口を訊ねた時のこと。
「なんたって、二人とも学園の制服だったからな。特に、市之宮さんはかなり目立ってた」
カラカラと笑う毅を前に、堅一は自身の着用する制服を眉を顰めて見下す。
学園に所属する生徒は、シュラフェスに制服で来なくてはならない――などという規則は、勿論ない。それでも、ほとんどの生徒が制服で来場するのは、まあ一口に言えば分かりやすいからだろう。見栄、とはまた違うだろうが、自分はシュラハトの教育機関の生徒です、というのをアピールしているのだ。
堅一は特にこだわりなく、どちらかといえば私服で行こうと考えていたのだが。不思議と制服を推す姫華に説得させられた形で、制服に身を包んで来た次第である。
それにしても、一般の入場口で発見した、ということはつまり。それ以降、毅は堅一達の後をつけてきたことになる。
ここまでの道中、何の気なしに後ろや左右を振り返った記憶が堅一にはある。
それに加え、後ろに接近される今の今まで堅一は毅の存在に気付かなかった。
と、いうことは。
「――お前、使ったか?」
「あー……やっぱ、バレるか」
たはは、と悪びれた様子もなく笑う毅を見て、堅一は二度目の溜め息を吐いた。
――気配操作。
それが、荒山毅の持つ天能であることを堅一は知っている。
効果内容は、自身の放つ気配を大にも小にも自在に操作することができる、というもの。
気配というものは、大きくすれば、無意識に衆目を集めたり、気にされやすくなったり――要は、そこに存在していると察知されやすくなる。
逆に小さくすれば、側にいても気づかれ難かったりなど、言うなれば影が薄くなる。
毅のこれは、何らかのアクションをとることなく、それを操作することができるというものだ。
とはいったものの、これを持たない普通の人間でも気配というものはある程度操ることができるわけで。例えば、大声を上げたり、目立つ動作をすれば認知されやすいし、場所によってはだが、静かに黙って片隅にひっそりしていれば認知され難い。
ゆえに、この気配操作という天能に対する評価は微妙だ。
シュラハトにおいて気配を小さくしても、完全に消し切れるわけでもなく。最初から視界に入っていれば気配を小さくしたところでほとんど意味を為さない。相手にとっては全く対応不可能ではなく、大きくすれば尚の事だ。まあ、相手の反応を少しでも鈍らせることができれば僥倖、といったところだろう。
そんな点もあり、毅はソルジャー4にいるわけだが――今回は、堅一がしてやられたわけだ。
完全に意識外であった上に気配を小さくされれば、それは大抵の人間では気付かないだろう。
以前の、シュラハトに対して意気軒昂だった頃の堅一であれば潜んでいた毅の僅かな気配に気付けたかもしれないが、今の堅一では気付くことができなかったということだ。
「ほら、もういいだろ? 市之宮さんが待ってるぞ」
毅の声でカウンターの方を見やれば、手続きが終わったのか姫華が堅一達の方を見ていた。
上手くあしらわれた気がしつつも、堅一は毅と共にカウンターに向かい、係員に質問する。
「すみません、一人増やすことは可能ですか?」
「はい、可能です。ただ、黒星様は二名様でご予約を承ったため、宿泊施設のお部屋のご用意が――」
「ああ、入場だけ三人で、他は二人で大丈夫なので」
堅一と姫華は事前に電話で宿泊の予約をしているので、飛び入りの毅の部屋がないのは当たり前だ。
本人も入場だけでいいと言っているので、それでいい。
「かしこまりました。宿泊施設へのご案内等は、一通りお連れのお客様にご説明致しました。不明な点がございましたら、お近くの係員にお聞きください。それでは、いってらっしゃいませ」
女性係員が、頭を下げた。
もう一人の女性係員がカウンターから出て、こちらです、と堅一達を先導する。
その後ろを歩きながら、毅が口を開く。
「にしても、よく特別招待券なんて持ってたな?」
「……ちょっとな」
「ふーん、まあ詳しくは聞かないけど」
そうして、毅は堅一と姫華の顔を交互に窺う。
それを胡乱に見ていた堅一だったが――続いての毅の言葉に思い切りつんのめることとなった。
「で、宿泊とはまた、贅沢だな。――もしかして、同室だったり?」
「……っ!」
かぁっ、と姫華の顔が真っ赤に染めあがる。
「……アホか。別々に決まってんだろ」
体勢を立て直し、堅一は毅の頭を軽く叩いた。
先導する係員の女性が微笑ましそうに見ているのがまた、居心地悪い。
「次に妙なこと言ったら、入場取り消させてもらうからな」
「へいへい」
適当な毅の返事だが、堅一はもう何も言わず、歩を進める。
その後は会話する間もなく、目的の部屋に辿り着いた。
眼前にあるのは、少しでっぱった青い円形の床。
今更であるが、シュラフェスの会場というのは、より正確にいえばここではない。
実際の会場は、ここから遠く離れた広大な土地にあるのだ。
しかし、ここも会場を呼ばれる所以は。そこに行くための方法が、この場にあるということ。
眼前の青い床は、空間に干渉する類の天能を持つ人々によって造られた転送装置であり。これを起動させることにより、この上に立つ人間を会場に転送することを可能としている。
シュラフェスは毎年、期間限定で全国各地で行われるのだが、それは会場が移動しているのではなく、この装置が移動している、というのが実態なのだ。
「それでは皆様、この装置の上にどうぞ」
係員に指示され、三人同時に装置の上に立つ。
刹那、ぼんやりと淡く輝きを放ち始める青い床。
その輝きが徐々に増していき、堅一は眩しさから反射的に目を閉じた。
「行ってらっしゃいませ。ごゆるりと、シュラハト・フェスタをお楽しみください」




