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ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第二章 シュラハト・フェスタ編
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三話 シュラハト・フェスタ

「うわぁ、凄い人ですね……」


 姫華が、前方を見ながらパチパチと目を瞬き、感嘆の声を上げる。


「……そうだな」


 その隣に立つ堅一は、面倒臭そうな口振りを隠すことなく同意した。

 二人の周囲には、とにかく見渡す限りの人、人。

 もっとも、それだけならまだいい。問題なのは、十中八九、彼らの目的地が堅一達と同じであろうということだ。

 皆一様に同じ方向を目指して歩く人々。彼らがこの場を去っても、背後、駅の改札からは新たにこの場に到着した人々が続々と吐き出されている。その人々が向かうもまた、同じ方向。

 夏というのも相まって、見ているだけで暑くなってくる光景が、この場には広がっていた。


「では、行きましょうか」


 現実を直視し、堅一は少しばかり後悔するが、もう遅い。

 暑さなどどこ吹く風といったようにウキウキとした様子の姫華に促され、歩き出す。


 急遽、シュラフェスへ行くことが決定したあの夜。

 迅速に予定を立てる必要を迫られた二人は、その場にてすぐさま相談を行った。

 シュラフェスの開催期間は、およそ一週間。話し合いの結果、一泊二日程度がちょうどよいと判断した二人は、開催終了の前日、及び開催最終日に行くことを決めた。

 内容を絞れば一日でも全く問題ないのだが、二人の手には宿泊付きの特別招待券がある。折角なら、ゆっくりとイベントを楽しもう、といった心算だった。


 シュラフェス行きが決定したからといって、何か特別なことをやる必要もない。時に学園で訓練、時に一日休みをとったりなど、日常は変わることなく。


 そして、今。二人は、シュラフェスの会場の最寄駅――開催場所のすぐ目の前といっても差し支えない所にいる。ここまで来るのに、学園寮の最寄駅から電車で一時間ほど。今更、「やっぱ止めよう」などと言えるわけがない。

 なにせ、数日前のあの夜、招待券があるからシュラフェスに行くかと提案したのは他ならぬ堅一自身なのである。


 それに、と堅一は眉間に皺を寄せた。


『その可愛い彼女とデートでもしに来なよ、楽しみに待ってるぜ。』


 それは、特別招待券とは別に封筒に入っていた紙切れに書かれていた一文。姫華に封筒の中身を見せる前、事前に確認した堅一が発見し、即座に破り捨てたものだ。

 堅一にとって市之宮姫華という女子生徒はパートナーのジェネラルであり、それ以外のなにものでもない。ましてや、彼女などと。

 姫華はパートナーと告げたと言っていたので、勘違いという線はない。

 ならば、これは堅一をからかう意味合いのそれだ。


 シュラフェスには、パートナーのいるジェネラル、ソルジャー専用のアトラクションなどもあるため、パートナーで来場することになんら不思議はなく、むしろそういう人間は多い。それは堅一達も例外ではなく、実際にこうして二人で来ているため、パートナーと来るというのはそれほど想像に難くないのだ。

 ゆえに、ただ「パートナー」と記せばよいものを、「可愛い彼女」やら「デート」などと態々するなど、意図がゼロであるわけがない。そして、堅一の知る縣恭介という男は、人をからかうのを好み、嬉々としてやる性格である。

 堅一としてもシュラフェスへの興味が全くないわけでもなく――行くのならば直接会って一言ぐらい言ってやらないと気が済まなかった。


 ふぅ、と息を吐き、少しでも暑さを紛らそうと制服の胸元をパタパタとさせる。

 同時に、堅一はそれとなく周囲を見やった。

 家族連れや同じ年の頃の少年少女、大人などに紛れ、ちょくちょく散見でき、目を引くものがある。それは、堅一や姫華と同じ服装――つまり、弐条学園の生徒だ。


 シュラハトの教育機関である弐条学園に在籍している以上、生徒の中でシュラフェスに関心が無い者などほとんどいないとしても過言ではない。

 つまり、シュラフェスというイベントは、彼らの興味を当たり前のように惹きつける催しであるわけだ。

 実際、少し先の方を歩く男子生徒の六人組や右前方の女子生徒四人組の集団、堅一達の近くを歩く男女の二人組など、この場だけでこの数の生徒がいる。すでに会場に到着している者、これからやって来る者を考えると、それなりに集まることだろう。


 もし、学園での知り合いに出会おうものなら。ソルジャー4の堅一がジェネラル1の姫華と共にいることを訝しまれるのは容易に想定できる。


 というのは、以前、訓練のために学園へ二人でいった際、主に姫華の顔を知る者に幾度か絡まれたことがあったからだ。

 まず、彼らは姫華の隣に堅一がいるのを不思議に思う。胸の校章(1クラス)、そして姫華の顔に対し、横に立つのが校章もなく無名の堅一という、まさに異色の組み合わせ。好奇の視線のまま去る者もいたが、何人かは姫華に声をかけてくる。

 そして、学年次席にしてジェネラル1である市之宮姫華が、ソルジャー4(最低クラス)の堅一と契約――つまりパートナーとなったという事実を知るのだ。別段隠す必要もなく、どのみち夏休みが終わればそれは周囲に知られることとなる。要は、先か後かというだけの時間の問題。

 それを受けて、単純に驚く者もあれば詳しく話を聞こうとする者、怒りの声を上げる者など、彼らの反応は様々。

 姫華が直接に相手に対応したことで最終的に彼らは引き下がるのだが、特に怒りの声を上げた者などは、納得できないと言わんばかりに去り際に堅一を睨んでいくのだ。


 だがまあ、そもそも学園に知り合いがそう多くない堅一である。現在も、周囲に特別見知った顔はない。問題があるとすれば、学年次席のジェネラルゆえ、姫華の名と顔がそこそこ――特に一年生の生徒に知られているということだろうか。

 

 などと堅一がそんなことを考えていると、やがて見えてくる物があった。

 まず視界に入ったのは、数か所に分かれた人の列。彼らの並ぶ先には、入場に必要なチケット売り場があったり、更に奥、会場に繋がるゲートが続いている。


「私達も、ここに並べばいいんでしょうか?」


 隣を歩く姫華が、ふと足を止めて首を傾げる。


「いや、確か俺達は別の入場口からだったはず……」


 事前に調べておいた情報、特別招待券は別入場というのを思い出し、堅一は周囲を見回してみる。

 姫華もきょろきょろとあちこちに視線を彷徨わせるが、それらしき物は見当たらない。


「係の方に聞いてみましょうか」


 姫華の声に堅一は頷き、今度は係りの人間を探す。

 と、丁度視線の先に。シュラフェスの係員衣装であろう衣服を纏い、入場列を誘導する男性の姿が目に入った。


「では、私が聞いてきますね!」


 小走りに係員へと駆け寄っていく姫華。

 二人して行く必要もないので、堅一はその後ろから歩いて近寄る。


 回転はそれなりに速いが、それでもそこそこの長蛇の列。

 ともなれば静かであるはずもなく、辺りはざわざわとした人々の声で満ちている。

 よほどの大声でなければ、人一人の声などさしたる注目を引くことなく。呆気なくざわめきの中に消え去る――はずだった。


 だが、良くも悪くも彼女の声はよく通った。否、通り過ぎた。


「すみません、特別招待券の入口はどこでしょうか?」


 少し離れた堅一の耳にまで届く、姫華の透き通るような声。

 姫華が声をかけたのは当然、係員にのみ。しかし、その声に反応したのは一人だけではなかった。

 両隣、つまり姫華と係員を挟む位置にある二列。彼女の声を聞き取ったであろう並んでいた数十人程が一斉に反応し、姫華へと顔を向けたのである。


 だが、注目を集めてしまった姫華に恐らくその自覚はない。堅一とて、距離が少し離れていたから気付いたにすぎないのだ。

 そのまま二言三言係員と言葉を交わし、小さく頭を下げた姫華が小走りに駆け戻ってくる。すなわち、堅一の元へと。

 つられ、姫華を追う視線が、堅一を捉える。

 彼らが堅一達を見て頭の中で何を思っているかは知る由もないが、大小違いはあれど共通するのは羨みの念だろう。

 なにせ、あまり数が出回らなく、伝手がなければ入手困難な特別招待券である。

 半額やら何割引きとか、そういった類の物とは訳が違うのだ。


「ここから少し離れているみたいですね」


 そんな、背後から注がれる複数の視線に気付いているのかいないのか。あっちです、と向かう方向を指差し、小さく微笑む姫華。

 気付いていてこれならそれはそれで大物だが、ないならないで性質が悪いといえなくもない。

 まあ、気付いていない可能性の方が高いが――。

 堅一は内心溜め息を吐くと、姫華の腕を掴み、指し示された方へ早足で歩き出す。


「ど、どうしたんですかっ?」


 突然の行動に姫華が驚きの声を上げるが、まずはこの場から離れる方が先決だった。

 どのような理由であれ、視線に晒されたいなどという願望を堅一は持っていない。

 注目を浴びることで優越感を感じる人間もいるだろうが、堅一にそんな趣味はないのだ。


「……特別招待券を持っていることは、ここであまり大っぴらに言わない方がいいと思うんだが」


 先程の場所から、というよりも向けられていた視線からある程度離れたところで、堅一は姫華の腕を放し、振り返った。


 欲しくとも易々とは手に入らず、一般の入場客よりも優遇される入場券。それが、特別招待券である。

 人によっては垂涎もののそれを手にしているとペラペラと喋れば、いらない刺激を誘う。

 まあ、知られようが面倒事に繋がることはそうそう無いと思いたいが――堅一と姫華は制服を着用した学生だ。大人でもいれば話も違ってくるだろうが、学生の二人組ではまず軽く見られ、全く問題ないとは断言できない。

 

 中に入れば必然的に周囲に知られてしまうだろうが、入るまでは知られないに越したことはない。そう、堅一は思っていた。


「……すみません、私の声、そんなに大きかったですか?」

「いや、大きかったというか――」


 顔を曇らせる姫華を前に、堅一は言い淀み、困ったように頭を掻く。

 実際には、声量というより声質の問題だ。

 特別大きくなくとも、彼女の声はよく通る。姫華としては恐らく普段通りであったろうし、堅一もそこまで責めているわけではない。

 付け加えていうのであれば、彼女は人目を引く容姿――つまり率直にいえば整った顔立ちもしているわけで。


「――まあ、あれだ。口にする時は、注意した方がいいとは思う」


 とはいえ、直接指摘するわけにもいくまい。

 嫌味とも捉えられかねないし、とそれっぽく続けた堅一に、姫華は納得の表情で頷いた。

次回更新は今のところ未定です。

更新は続ける予定ですので、よろしくお願いします。

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