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ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第一章 パートナー契約編
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二十二話 取り戻したもの

 バンッ!! と思わず堅一は、両手を机に力強く叩きつけていた。

 身体の芯から、熱がせり上がってくる。机に置いた両腕がわなわなと震えた。

 腑抜けている、と言われた事に対してではない。もとより己が腑抜けていることなど、誰に言われるでもなく自覚しているのだから。


「そんなことはないっ! アイツは……アイツは、絶対にまた戻ってくる!!」


 勢いよく椅子から立ち上がり、昂った感情のままに舞を睨みつける。普段は感情をあまり表に出さない堅一であるが、かつてのパートナーの話題となれば、別だった。

 しかしそんな視線を受けた舞はといえば。


「それを信じているなら、君はなぜ上を目指そうとしない?」


 動じた様子は微塵もなく、逆にゆったりとした口調で言う。

 それがまた、冷静さを欠いた堅一の心に小さくはない波を立てた。


「そんなの、俺一人じゃ何も意味が無い!」

「どうしてそう思う?」

「アイツと組まないのなら、俺はソルジャーなんかやってない。アイツがジェネラルだったから、俺はソルジャーになったんだ。俺一人だけが上を目指したって仕方がない」


 吐き捨てるように、堅一は言った。

 だがどういうわけか、舞は眦を和らげ、僅かに頬を緩めた。

 まるで微笑ましいものを見るかのような、そんな笑みだ。


「その一途さは、私としては非常に好感がもてるがね。手あたり次第に契約を申し込むソルジャーは、例えその能力が高くとも見ていて気持ちがいいものでもない」

「なら、もう口を――」


 出さないでくれ。

 そう続けようとした堅一だが、しかしそれを言うことは叶わなかった。


「だがまあ、状況にもよる。もし仮に、私が自身と契約していたソルジャーに伝えることなく、何らかの理由で姿を消したとしよう」


 唐突に、舞がそんなことを言い始めたのだ。

 なにを、と堅一が声を上げる間もなく舞は言葉を続ける。


「そのソルジャーが――まあ、君も知っている雨音にしておこうか。私が再び姿を現した時、雨音が大人しく待っているだけだとしたら……私はきっと彼女に失望するだろう」


 緩めた表情を引き締め、舞はきっぱりと断言した。

 それに気圧され、ぐっ、と思わず堅一は押し黙る。


「確かに、嬉しい気持ちが全くないわけじゃない。だがそれでも、失望のウエイトが大きいだろう。なぜなら彼女は、私と別れた時から何も成長していないからだ」

「…………」

「しかし恐らく雨音ならば、それでも努力を怠らずにひたすら己を鍛えるだろう。雨音も中々に強かだから、私以外のジェネラルと契約を交わすことも充分に有り得る」

「それでも俺には、アイツとの約束が……」


 納得がいかない、といったように首を振る堅一だが、それを見た舞はフフン、と得意気に鼻をならした。


「なに、別に裏切れと言っているわけじゃない。人間、一人だけで鍛えるにはどうしても限界がある。言い方は悪いが、利用するんだ。恐らく、それを合意の上で契約するジェネラルは必ずいる。雨音だけでなく、双方にとって良い経験となるからな」

「……もし、そのジェネラルとの仲が進展して、そのままずっと契約を結んで戻ってこなかったら?」


 口に出してしまった後で、我ながら意地の悪い問いだ、と堅一は思った。

 しかし舞は目尻を吊り上げることなく、それどころか快活な声を上げて笑ったのだ。


「もしそうなったら、私は手を打って雨音を祝福しよう。それが、私達の運命であったのだと。――だが、雨音ならば戻ってきてくれると、そして成長した姿を見せてくれると、私はそう信じている」


 その自信に満ちた表情から窺えるのは、紛うことなき信頼だった。

 不安などこれっぽちもない、絶対の自信。

 だが、それはあくまで現実のことではなく、舞の想像の話でしかない。堅一は、そう思い込もうとして。


「君は、どうだ? かつてのパートナーが戻ってきた時、胸を張って成長した姿を見せられるか?」


 舞からそんな質問を受けた堅一は、愕然とすることになる。

 答えが、出なかったのだ。確かに、身長や体格といった年月の経過による変化はある。が、それは誰にだってあることであり――そもそもそんな話ではなく、もっと個人の能力的な面だ。


 天能の使い方は、上達したか? 体捌きは? 立ち回りは? 経験は? 人間的にはどうだ?


 ポンポン、と脳裏に浮かぶが、そのいずれもが、否。

 黒星堅一は、数年前から何一つ変わっていない。いや、変わらないどころか実力は劣化し、衰えている。現実に悲観し、努力もせず、無為に日々を過ごしている。


 言われるまで、何も気づかなかった。そもそも、こうした話をする相手も、そして機会も。堅一は久しぶりだったのだから。その程度の人間なのだ、自分は。

 そんな自分を見て、アイツはどう思うだろう。

 笑って迎えるだろうか、呆れるだろうか、落胆するだろうか、それとも――。


 そんなうじうじとした思考を強制的にストップさせたのは、キーン、という耳鳴りだった。


「んっ……なん、だ?」


 直後に突然の頭痛を覚え、堅一は頭を押さえる。

 ズキズキとするような、痛み。ザザッ、と頭の中をノイズが走った。

 堅一は頭を押さえつつ、微かによろめく。その拍子に、先程まで座っていた椅子に足が当たり、小さく動いた。


「どうした、大丈夫――」


 様子のおかしくなった堅一に、舞が少々慌てたように席を立つが。

 直後、プルルッ、と携帯電話の音が鳴り響く。その発生元は堅一ではなく、舞だ。


「……大丈夫です」


 未だ頭を押さえながらも、痛みの引いてきた堅一がそう返せば。

 堅一を横目に見つつ、もしもし、と舞が電話に出た。


「なんだ、今のは……」


 ようやく頭から手を離し、堅一は椅子に座り込んだ。

 身体全体が脈打つような感覚。じわりと、額から脂汗が滲んでくる。

 背もたれに体重を預け、両目を閉じ、大きく深呼吸。


「……ぐっ!?」


 再度、ズキンと走る痛み。同時に、ピリッとした感覚が身体に流れる。

 だが、二回目にして、堅一はこの現象が全く知らないものではないのに気付いた。


「――少々、マズイことになった」


 いきなり横からそんな声が聞こえ、堅一はハッとしてそちらを向いた。

 通話は終わったのか、携帯電話を耳から離した舞が近くにきて、座っている堅一を見下している。言葉通り、その眉は顰められていた。


「件のゴーストが発見された」


 言葉だけを聞けば、それはむしろ喜ばしい報告なのだろう。

 しかし、その前に発せられた言葉と、何より舞の表情がそれを否定している。


「市之宮君と一緒に、な」

「……一緒?」


 含みのある言い方。もちろん、そのままの意味であるわけがない。一緒というのは、つまり――。


「ああ、彼女は襲撃を受けている」


 言葉を濁すことなく、舞が言い放った。

 微かに瞠目しつつも、どことなく予想していた堅一は、やはりか、とその事実を受け止める。


「一応、市之宮君にも人目のない所は避けるよう伝えていたのだが……」


 顎に手をやって厳しい表情で呟く舞に、堅一はふと気になって訊ねた。


「場所は?」

「公園の一角だ。南見中央公園の」


 まさか、と考えていたとおりの場所であったことに、堅一は少しばかり顔を伏せた。


 もし、姫華が昨日と同じように堅一を待っていて、そこでゴーストと遭遇したのだとしたら。

 自分のせいだ――とは思わなかった。

 行かないと宣言したのもそうだが、昨晩は傘による無言の意思表示をしたつもりでもあった。つまり、行ったが顔は見せないと。


 ならば堅一に非はなく、勝手に姫華が待っているだけ。それ以外の何物でもなく、謂わば彼女の自業自得。もはや堅一には関係のない。……その、はずなのだ。


「現場には既にバトルフィールドが展開され、中で市之宮君とゴーストが相対している」

「……そういえば、そのバトルフィールドはどうやって?」

「ああ、どうやらゴーストは独自にバトルフィールドを展開できるようだ。そしてそれは、君も知っているバトルフィールドに限りなく近い」


 舞は小さく息を吐くと、頭を振った。


 一度展開されれば外からの介入は難しく、消失するのは戦いの勝敗が決した時か、もしくは発生させている装置の解除するか。力による突破は不可能ではないが、それには高位の実力者を何十人と必要とし、それでも成功が確実とはいえない。

 それが、堅一の知るバトルフィールドである。


「となれば、現状において我々ができることは一つ。バトルフィールドが消失した後に、ゴーストを撃破する。ただ、それだけだ」

「……すると、彼女は――」

「ああ、少しの間は抵抗できたとしても、まず間違いなく天能を奪われるだろうな。ソルジャーならまだしも、ジェネラルである彼女が一人でゴーストを退るのは十中八九無理だ。そしてバトルフィールドに介入できない我々は、その様を外から見守ることしかできない」


 このままではいずれ天能を奪われると、そう舞は断言した。

 それは、ソルジャーやジェネラルにとってどうしようもなく残酷な台詞――そのはずなのだが。


 どういうわけか、舞の口調はそれほど哀しみに満ちていなかった。では、市之宮姫華を案じていないかといえば、そうでもないだろう。舞は、確かに姫華が0クラスに加入することを喜んでいたのだから。


「我々に、彼女を救う手はない。……我々にはないが――」


 繰り返し呟いた舞は、強い光を瞳に宿し、よく通る声で言った。


「――君なら、彼女を救うことができる。彼女と仮契約を交わし、彼女と唯一の繋がりを持つ、君なら」

「……俺、が?」


 堅一は、呆然として呟いた。


 ――自分が、誰かを救う?

 そんなこと考えたこともなかった。むしろ黒星堅一は、常に救われてきた側の人間だった。


「…………」


 では、そこから変わることができるのならば。それは果たして、成長への一歩といえるのだろうか。

 ――分からなかった。

 何が正しくて、何が間違いなのか。何をすればいいのか。


「俺は、どうしたら……」


 苦悶の呟きが、無意識の内に堅一の口から零れた。


「それは、これから見つけていくんだ」


 穏やかな、声だった。

 顔を上げれば、微笑を湛えた舞が堅一を見下していた。


「誰でもない、他ならぬ君自身が。もとより学園とは、そういう場所なのだから」


 堅一の脳裏をよぎるのは、ここに来るまでにすれ違った生徒達。夏休みだというのに、自ら進んで学園に足を運んでいた、彼らのその顔。

 焦燥があった。疲労があった。充足感に満ちた顔があった。

 それこそまさに、昔の己が浮かべていたものではなかったか。


 ――そして。

 先程から感じていた、身体の違和感。微かに、仮契約の時の名残が残っているのだろう。いずれ切れるものだからと堅一が放置していた、繋がりが。つまり、姫華と堅一の仮契約は完全には切れていないのだ。

 一般的に共鳴現象と呼ばれるそれは、契約している片方が危機に陥った時、残りの片方に異変を知らせる現象である。

 しかしそれは――相性の悪い者同士の契約では、決して感じることはない。


「……っ!」


 それはどちらかといえば、理性ではなく本能的なものだった。

 拳をギュッと握りしめ、堅一は力強く立った。あまりの勢いに、座っていた椅子が大きく揺れた。

 舞の笑みが、深まる。


「さあ、行くのなら急いだ方がいい。()のゴーストが市之宮君の天能をすぐに奪わないのは、君の存在があるからだ。いい気はしないだろうが、ゴーストにとっては君も充分に魅力的な餌なのだろう。しかしいつまでも君が来ないとなれば――ゴーストは彼女の天能を本気で奪いにいくはずだ」


 ゴーストは、姫華を囮として堅一を釣り出そうとしている。

 タイムリミットは、ゴーストの気分次第。気が短ければ、堅一が公園に辿り着くまでにゴーストは姫華を処理するだろう。


 止めるなら、今の内だ。走り出してしまえば最後、もう足を止めることはできない。止まれそうもない。


 それならば。

 俺は……俺は――。


「彼女なら、君を受け入れることだろう。――もっとも、私でも構わないが?」


 舞がおどけたように言った、直後。

 一陣の風が、彼女の頬を撫でた。クーラーこそあるものの、窓もない室内だというのに。


 バタンッ!!


 一拍遅れて、まるで蹴り開けられたかのように、ドアが開閉された大きな音が室内に響き渡る。

 人影が一つとなった部屋。舞は一人、風が撫でた頬に手を当て、意味無く天井を仰ぐ。


「ねえ、あの黒星って奴、凄い勢いで飛び出して行ったけど、どうしたの?」


 しばらくして、舞のいる部屋に入ってきたのは雨音だった。

 彼女は、訝しげな表情で天井を見上げる舞に訊ねる。


「ん? ……ああ、どうやら私は振られてしまったようだ」


 意図をはかりかねる返答。

 はあ? と疑問顔になる雨音を横目に、舞は苦笑を浮かべた。

 しかしすぐさま、その表情は面白がるような笑みへと変わる。


「だが、相対するのも面白い。今の私が、瞳の輝きを取り戻した君に何処まで通用するか。――楽しみにしているよ、黒星堅一君」

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