二話 最低のクラス
「えー、君達が入学してから早数か月。近々、夏休みを迎えるわけですが……」
教壇に立つ、初老の男性教師の淡々とした声が、教室内に響く。
開ききった窓の外から、ジー、とセミの鳴く音が五月蠅く聞こえる中。しん、として教師の言葉に耳を傾ける生徒達。
だが、彼らに共通するのは、教師を前に静かにしていることだけだ。
ある者には、満面の笑みや、ホッとした安堵の表情といった、余裕というものが見え隠れしている。しかし、そういった生徒はほんのごく少数。
教室にいる殆どの生徒は、焦燥の色を浮かべており。とにかくその反応は、皆一様に異なっていた。
それでも、着席する生徒達のほとんどがしっかりと教師に顔を向けている、その中で。
一人だけ、興味なさげに顔を背ける男子生徒の姿があった。
窓際、それも最後尾に座る彼は、机に頬杖をつき、夏の日差しが照る窓の外をぼんやりと眺めている。
――パッとしない少年だった。
髪の色は、黒。無造作に跳ねた毛先は癖のあるものの、それはお洒落なヘアスタイルというわけではなく、ぼさぼさとした清潔感のないそれ。
下ろされた前髪の隙間から覗くのは、漆黒の双眸。鋭い目つき、とは言えなくないものの、それ以外は取り立てて上げる点のない凡百な顔つき。
良く言っても、普通。率直に言ってしまえば、地味。加えて言うなら、どこか暗い雰囲気がなくもないが――ともかく、そんな少年だ。
「――パートナーの決まっていない生徒はもちろん、決まっている生徒も心してください」
言いつつ、壇上から教師がぐるりと教室内を見回す。
刹那、その顔が窓際の列の方を向き――そして、止まった。明らかに場違いな少年の態度が、いやでも目を引いたのだろう。
その口から紡がれるは、生徒である少年の名。
「あー、黒星。 ――黒星堅一」
窓の外を眺めていた少年――黒星堅一は、自身の名前が呼ばれたことに気がつき、視線を教壇へと向けた。
「確か、君はまだパートナーであるジェネラルを見つけていないはずだね? ……それならどうあれ、話を聞いてほしいものだが」
「……すみません」
教師の小言を頂戴し、堅一はぼそりと呟く。
すると、隣に座る女子生徒が、クスクスとした笑い声を微かに漏らした。
別に、彼女と堅一の仲がよいわけではない。単純にその女子生徒は、堅一のことを笑っているのだ。
つまり――堅一に、まだパートナーがいないという事実に。
ふと見れば、何人かの生徒が、注意された堅一を振り返り、嗤っている。
それは皆、余裕の表情にて教師の話を聞いていた生徒達。
隣の女子生徒も、振り返って嗤う者も、パートナーたるジェネラルが決まっているのだろう。
そう考えれば、堅一を小馬鹿にする視線にも、納得がいった。
「我が弐条学園では――」
話を再開する教師に視線を向け、しかし堅一はその言葉を聞き流す。
内容は、改めて言われるまでもないことだった。
弐条学園。
ジェネラルとソルジャーを育成するためのカリキュラムを取り入れた、教育機関の一つ。今なお現役でシュラハトにて活躍する、ジェネラル、ソルジャーを数多く輩出している名門校として知られている。
だが、そこに在籍している生徒の誰もがエリート、というわけではない。
特に堅一が所属しているのは、その最たる例。
――ソルジャー4。このクラスは、そう呼ばれている。
ジェネラルとソルジャーでは、シュラハトにおいての役目が異なるため、教育カリキュラムもまた違う。
そのため、ジェネラル専用クラスと、ソルジャー専用クラスで、生徒がわかれるのだが。
ジェネラルのクラス、ソルジャーのクラス共に、生徒の実力によって所属するクラスが分類される。
実力が高い生徒が所属する順に、1、2、3、そして最後に4。
つまり、堅一の所属する、ソルジャー4は、成績下位者の集められたクラスなのだ。
そして、このソルジャー4に所属する一年生の生徒に限り。二年へと進級するまでにやらなければならないことがある。
それが――パートナーとなって共に戦うべきジェネラルを見つけ、契約すること。
これをクリアしなければ、ソルジャー4の生徒は退学を余儀なくされる。
名門校ゆえか、そのあたり、こと成績下位者にはかなり厳しい。
弐条学園は、三学期制。
そして、近々夏休みに差し掛かるということは。
おおまかに見れば、夏休み含め残り二学期中にパートナーを見つけなければならないということ。
教師は、言う。
「皆さんが夏休みを楽しく過ごせるよう、諦めずパートナーを探し、そして見つけてください」
最初から最後まで、淡々とした声で。
その言葉に、焦りを浮かべた生徒達はその色を濃くする。
彼らはつまり、パートナーの見つかっていない、退学の可能性がある者。
――そして。
微塵も焦りを見せない、黒星堅一もまた、その一人なのであった。