表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第一章 パートナー契約編
16/67

十六話 本気で怒らせたくない男

 そも、呪いとはなにか。


 その定義は明確にできずとも、恐らく誰しも漠然とした答えはその胸中にあることだろう。

 すなわち、怨みや祟り。物理的ではない手段により、不幸や災厄が訪れること。


 神話や伝承などにも記述がある通り、その存在は「魔法」などと共に、(いにしえ)より現代に語り継がれている。


 例えば、「アーサー王物語」における13番目の席。キリストを裏切ったイスカリオテのユダの席であるため、魔術師マーリンによって呪いをかけられた危険な座。もっともこの呪いは、円卓の騎士の一人であるランスロット卿の息子、ガラハッド卿により打ち破られたとされているが。


 そして近代にまで残るものであれば、イギリスのサースク博物館の天井に吊り下げられているという、バズビーズチェアも有名だろう。死を招く椅子とも呼ばれ、座った者を殺す。これもまた、呪いの類である。


 魔法は消え、天能という力が人々の身に宿るようになった。

 しかし呪いは、忘れられることも、また変わることもなく現代まで残り、そしてこれからも続いていくだろう。


 さて、それでは。

 それらと黒星堅一の身に宿る天能は、同種であるか?


 答えは、否だ。しかしそれと対なる答えもまた、正解となる。

 同種であるともいえ、同種ではないともいえる。

 つまりは、堅一本人でさえ不明。とにかく、これが正解だ、と明言できるものではないのだ。


 しかし、一つ。

 共通している、と明言できる点がある。


 呪いは、その怨恨の念――つまり想いが強ければ強いほど、強力であるとされる。

 そしてそれは、黒星堅一の天能である呪いも同様。


 負の感情が強ければ強いほど、その効果は発揮されるのだ――。


 ――――――――


 恐らく、観覧席にいるほとんど生徒が、その光景を理解できなかったことだろう。


 漆黒に変色した炎の壁が突如爆発したと思えば、黒星堅一のフィールドに残っていた9体のドールが、間を置かず次々と撃破されていくのだ。9体の距離はそれぞれ離れ、決して近くはないというのに。


 一体何がドールを撃破しているのか。それに意識を向け、その姿()を捉えることができたのは、ほんの一握りに違いない。残りの者は理解することを放棄し、爆発した炎を前にただただ目を瞠るのみ。


「うっ……」


 呻き声と共に、轟朱門の体躯が、突然糸が切れたようにガクリと崩れ落ちた。

 轟が感じるのは、全身から急激に力を抜かれていくような、そんな喪失感。――しかも、それだけではなかった。


「……な、んだ? ぼ、僕の……僕の天能がっ……」


 轟朱門は、自らの能力を過信し、また誇りを持っている男だ。

 格上の相手ならいざ知らず、相手は散々馬鹿にしてきた最低()クラス。

 無様に地に横たわるなど、許容できるはずがない。普段であれば。


 だが、自身がそんな状態であるのも忘れ、轟の口から震えるような声が紡ぎだされる。

 

「天能が……発動、しないっ!?」


 それは、脅え。それは、絶望。

 己に宿り、その一部でもあった特別な証。それが――露ほども感じられない。

 知らず、身体が痙攣するように震える。

 当たり前にできていたことが、できなくなる。


「な、なんだ……なんなんだ、これはっ!?」


 そんな現実に直面して、轟朱門の「誇り」に亀裂が入り、粉々に砕けていく。


 ――ウソだ。

 ――こんなの、ボクじゃない。

 ――そうだ。こんなボクは、ボクじゃない。


 こんなボクは――シラナイ。


「腕ぐらいなら、動かせるだろ」


 シン、と静まり返った闘技場に響く、無機質な足音。

 頭上から振りかけられた声に、轟は顔を上げる。

 まるで、天に救いを求めるかの如く、思わずといったように。


 その視線の先、二人の間を区切る半透明の壁の向こう側で。堅一は、チラと轟の傍らに転がるドールを見やり、無表情のまま言った。


「それ、さっさと撃破しろよ。そうすれば、お前の勝ちで訓練は終わりだ」


 ……勝ち? 一体何を言っている?

 愚鈍になった頭が、ゆっくりと動き始める。

 そうしてようやく轟は、思い出す。今が訓練中であることを。

 そして、気づく。堅一の体力が、半分まではいかなくとも、大幅に削れていることに。


 堅一に言われるがまま、轟はのろのろとした動作で紅色の鞭を振るい。

 そうして、最後の目標は消失した。


 訓練が終了し、解除されるバトルフィールド。

 闘技場のフィールドには、地に転がったままの轟と、それを立って見下す堅一の姿が残る。


「あ、あ……」


 縋るように、虚空に伸ばされる轟の手。

 黒い靄(・・・)が僅かに纏わり付いたそれを見た堅一は、小さく眉根を寄せると、


「別に、時間が経てば元通り使えるようになるさ。ご自慢の天能が、な」


 そう言って、轟に背中を向けて歩き出した。

 それを聞いた轟朱門の手が、トサッと力を失くして床に落ちる。まるで安堵したかのように。


「ああ、そうだ」


 闘技場の出口に向かっていた堅一が、ふと立ち止まった。

 それは、何でもないことを告げるような声色。


 にも関わらず、ビクリ、と轟の身体が震える。

 しかし背を向けている堅一はそれに気づかず――もっとも気づいても無視しただろうが――言った。


「訓練を持ち掛けてくるだけなら、まあいい。だが、次にアイツを愚弄するような発言をしたら――」


 ――俺はお前を、一生恨んで(・・・)やる。


 そうして今度こそ、黒星堅一は闘技場から出ていった。


 ――――――――


 堅一が去り、異様な沈黙に包まれた闘技場。


「なによ、あれ……」


 鳴瀬雨音の呆然としたような呟きが、小さく響いた。


 轟朱門の勝利に終った、訓練。だが、それが終了しても尚、席を立とうとする者はいない。

 呆然と呟きを漏らした雨音のように、皆が皆、轟朱門が倒れ伏しているフィールドを見下している。

 そしてそれは、市之宮姫華も例外ではない。

  

「……なるほど。本気で(・・・)怒らせたくない男(・・・・・・・・)、か」


 唐突に、そして何やら神妙な面持ちで、天坂舞が二、三度頷いた。


「……舞? なに、それ?」


 それを聞き咎めた雨音が、舞に振り返る。姫華も同様に、舞を見た。

 二人の視線を受け、ああ、と舞が表情を和らげる。


「いや、なに。昔聞いた彼の――そう、渾名のようなものだ。……彼が、シュラハトで戦っていた時の、ね」

「……え? 黒星さん、パートナーがいるんですか?」


 姫華が目を見開き、驚きを露わにして舞に尋ねる。 

 すると舞は、苦笑と共に返答した。


「ああいや、()は契約していないはずだよ。あくまで()の話さ」


 それを聞き、舞の脳裏に浮かぶものがあった。


 ――どうせ俺達はベストパートナーにはなれない。


 黒星堅一が、姫華に告げた言葉である。


「……あのさ、舞。もしかして、あの黒星って奴と知り合いだったの?」

「ああ。ただ、知り合いといっても、私からの一方的な、がつくが」


 会話を交わす二人を横目に、姫華は考える。


 少し、不満だった。

 組む前から、どうして断定されねければいけないのか。どうして否定されなければならないのか。


 だが、かつてパートナーがいたなら。

 舞の口ぶりからなんとなく感じる、正体不明の違和感。

 なにより、訓練中に豹変したような、堅一の声。


 それは、つまり――。

 ――既にベストパートナーと成り得る存在を知っているから?


「天坂先輩っ!」


 気がつけば、姫華は声を上げていた。

 舞と雨音が会話を中断し、姫華を見る。


「黒星さんの……黒星さんのパートナーだったジェネラルは、どんな方だったのですか?」


 そんな姫華の質問に、舞は渋面を作った。


「それは、私の口から言っていいことではないな」

「……そう、ですよね」


 消沈したように、姫華が項垂れる。  

 それを見て、困ったように笑った舞が、姫華に囁いた。


「……気になるか?」

「……はい」

「ならば、直接本人に聞いてみるといい」


 もっとも、と眼光を鋭くさせ、舞は言い放つ。


「――先程の光景を目にして尚、その気があるのなら、だが」


 その言葉は、スッと姫華の心に入ってきた。


 先程の光景。姫華は、決して落ち着いていられたわけではない。見たこともない現象に、確かに市之宮姫華は恐れを抱き、そして身体を震わせた。


 ――理解を超える者と相対した時。人は、どんな行動を取るだろう?

 恐れるだろうか。離れるだろうか。迫害するだろうか。

 それとも――。


「はい……はい!」


 静かに、されど確かな意思を込めて。

 姫華は席を立ち、急ぎ建物の外を目指す。


 ――そもそも、だ。

 どうして市之宮姫華は、黒星堅一にこれほど関わろうとするのだろうか。


 契約を断られた時、呪いという天能を告げられた時、ベストパートナーになれないとあしらわれた時、そして理解不能な力を見せられた時。

 離れる理由は、それこそいくつもあった。


 確かに、姫華は少し変わった――というより、古い考えを持っている。


 仮契約を始めて結んだ相手と、パートナーになりたい。


 だが、それは絶対ではなく、強制でもない。言ってしまえば、諦めて別のパートナーを探すのが賢明だ。


 しかしなぜ、黒星堅一という男子生徒がここまで気になるのか。


 姫華自身、それは分かっていなかったのだが。

 今日ここに来て、ようやく姫華は理解した。


 黒星堅一は強い。ゴーストを容易に退け、判定負けといえど1クラスに充分に――いや、それ以上に対抗できる実力を持っている。


 それでも、彼女には。

 闘技場から去りゆく堅一の姿が――どうしようもなく不安定で、今にも壊れてしまいそうに見えたのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ