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ベター・パートナー!  作者: 鷲野高山
第一章 パートナー契約編
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十五話 禁止と禁句

「始まったか」


 闘技場、観覧席。

 姫華の隣に座る舞が、闘技場のフィールドを見下して愉しそうに呟いた。

 姫華も表情を引き締め、眼下で行われる訓練を見守る。


 二人のフィールド内にそれぞれ目標(ターゲット)であるドールが配置され、動き出した黒星堅一と轟朱門。しかし、二人の取った行動は異なっていた。

 訓練開始となり、堅一が地を蹴った、その直後。堅一の足が着いていた地面から噴き上がる炎。

 その正体は、轟朱門の妨害であり、彼の天能である「火」だ。

 弐条学園に入学後、轟に幾度となく契約を持ち掛けられた姫華であるから、それを知っていた。


 轟の妨害を躱した堅一は、飛び出した勢いのままに、最も近いドールへと距離を詰めていく。

 妨害が失敗した形になった轟も、堅一より一歩遅れてドールの撃破へと動き出した。


「初手は、黒星君に軍配が上がったようだな」


 ハラハラとそれを見ていた姫華は、舞の言葉にひとまずホッと胸を撫で下ろす。


 堅一は躱すことができたが、しかしかなりギリギリであった。恐らくあと一秒でも動くのが遅れていれば、轟の妨害は成功していただろう。


「でもさー、舞。何で態々、あの黒星って奴の訓練を見に来たの?」


 両手で頬杖を突いた雨音が、眼下の訓練を半目で眺めがら、さもつまらなさそうに口を開く。


「言っただろう? 彼の実力に興味があったと」

「……でも、あくまで退けただけで倒したわけじゃないんでしょ? それに、一年同士の戦いだし、そこまで注目することないと思うけど」

「それはどうかな」


 恐らく、傍目には何を言っているか分からないであろう、雨音と舞の会話。

 しかし事情を知っている姫華は、それがゴーストのことを指していると、すぐに理解できた。


 ――退けただけ。

 雨音の言葉は、確かに事実である。黒星堅一は、ゴーストを退けただけで、倒しきってはいない。

 しかし実際にその場にいた姫華は、その言葉以上のものを目の当たりにしている。

 つまり――なんとか退けたのではなく、圧倒的な力で退けたのだと。もしあのまま戦闘が続行されていれば、黒星堅一は容易くゴーストを撃破していただろう。


 三人がそうしている間にも、戦況は着々と進んでいく。


 契約武装である、銀の手甲による殴打でドールに攻撃を与える堅一。

 火の天能と、契約武装であろう紅色の鞭を振るい、ドールを撃破していく轟。


 だが、その差は徐々に広がりつつあった。


 バトルフィールドに視線を向けてれば、競技中である黒星堅一と轟朱門の名が、姫華の視界に自然と浮かび上がる。その両者の名前の下には、体力を示す青色のバーと、撃破数。要するに、内部の二人同様、観覧席からでも状況が容易く認識できるわけだが。


 全部で、30というドール(目標)の数。

 その内、堅一の撃破数は、僅か3体。対して、轟の撃破数は9体と、堅一の三倍だ。


 そして、二人の体力だが。


 双方の体力を示す青いバーは、両者共に開始から変動していない。

 ――そう、削られていないのである。


「これは……」


 三人が静かに訓練を見守る中、最初に声を上げたのは、舞だった。

 訓練が開始された時の愉しげな表情はすでに無く。その眼は鋭く細められ、眼下の戦闘を睥睨している。


「ふむ。どうにもおかしいと思ったら、黒星君はもしかして天能を使っていないのか?」

「……どうして、そう思うのですか?」


 続いての舞の言葉に、姫華は低く抑えた声で問い返した。


 確かに、舞の言う通り、堅一はここまで契約武装と体術のみでやってきている。

 だが厳密に言えば、契約武装とは天能の一部。ソルジャーの中には、轟朱門の火のような特別な力を行使できず、契約武装のみしか展開できない者もいるのだ。そして、そういった者は大抵4クラスへと振り分けられるのが現状。

 知らない者から見れば、堅一がその一人であるという可能性もゼロではないのだから。

 ぼーっとしていた様子の雨音も、二人の方へと振り向く。


 私は彼の天能を詳しくは知らないが、と前置きしつつ、舞はフィールドから視線を逸らさずに話し始めた。


「動き自体は、そこまで悪くはない。むしろ良いが、飛びぬけているわけではなく、あくまで一般の域を出ていない。何かを放つこともせず、かといって相手に妨害しているわけでもない。……もっとも、彼が天能を宿していること、そしてそれが身体に作用する系統である、というのは大まかに知っているんだが」

「……は? じゃ、何? アレは素の状態で戦ってるっていうの?」


 雨音の視線が剣呑なものとなり、フィールドで動く堅一を睨みつける。


 天能を行使せずに戦っている。

 それは紛れもなく手抜きであり、訓練といえど相手に対する侮辱だ。雨音は恐らくそう考えているがゆえに、怒りを露わにしているのだろう。


 ――だが。

 舞が疑問の声を上げる前から、姫華はその事実に気がついていた。

 堅一と、一度とはいえ仮契約を交わし、全てではないが天能の詳細を聞いた姫華である。


 体力バーを消費することで発動を可能とする、という堅一の天能。それが減っていないということはつまり、一度も行使されていないということに他ならないからだ。


 しかしそれに気づいていて尚、姫華は雨音のように堅一に対して怒りの感情は向けない。


 なぜなら、黒星堅一本人を除き、恐らく姫華だけがその答えを知っているだろうから。


 つまり。

 黒星堅一は、天能を使わないのではなく――使えないのだ、と。



 ――――――――


「……っ!」


 眼前の地面から、火柱が噴き上がった。

 今まさにその場所を通過しようとしていた黒星堅一は、寸でのところでそれに気づき、すぐさま進路を変える。

 そしてしかめっ面をしたまま、ぼそりと一言。


「……本当に、人の嫌なことをする」


 開始直後こそは、相手よりも一歩先を行っていた堅一。しかしすぐに逆転され、ドールの撃破数は引き離される一方だ。

 天能を行使していないから、というのは勿論ある。だが、轟の妨害が厄介なのもまた事実。


 序盤の内は、さして問題ではなかった。

 堅一のいた地面から、噴き上がる炎。しかしそれが出現した時、堅一はすでにその場から離れており。堅一が数瞬前までいた空間を、火柱が撫でるのみという結果に終わる。


 それは、極力堅一が一箇所に留まらないようにしているからだ。訓練といえど、ダメージを受ければ痛いものは痛い。攻撃を受けないように行動するのは、当然のことである。


 だが、己の妨害が堅一に当たらないと見るや、轟は妨害のやり方を変えてきた。

 堅一に直接ダメージを与えるようにするのではなく、足止めをするような形にしてきたのである。

 つまり、堅一のいる場所ではなく、進もうとしている進路に。しかも、ただ単に出現させるのではなく、堅一が足を踏み込み、地を離れた瞬間を狙って。

 考えなしに乱発しているのではない。堅一の動きを視た上で、嫌なタイミングに妨害をしてくるのだ。

 そしてそれは成功し、堅一は時間をかけざるをえない。


 その技量は、流石1クラスに振り分けられるだけある。自分フィールドの対応と共に、相手の動きを見ての妨害。

 人によっては自分の対応だけで精一杯だったりするし、妨害を行う余裕があるとしてもてんで的外れになることも十分あり得る。

 全員が全員そうだとは言わないが、例えば前者は3、4クラスに多く、後者は2クラスに。


「ハッ、やはり力の差は歴然だねぇ!」


 堅一と隣接するバトルフィールド、紅色の鞭を振るってドールを撃破した轟が、哄笑した。

 それを苦々しく思いつつも、しかし堅一は体力を減らさないことに精一杯である。

 妨害を掻い潜り、銀の手甲でドールを撃破するが、差は縮まらない。


 そもそも、なぜ堅一が天能を使わないかというと。

 この妨害という競技、目標全撃破時のタイムもそうだが、残り体力も判定に響いてくる。終了時、ノーダメージに近ければ近いほど、評価が高いのだ。


 これは入学試験でもあった<撃滅>も同様であり、その際、堅一は天能を使わずに契約武装と体術のみで試験を突破した。結果、ノーダメージではあったが、撃破時間がかかりすぎてしまったため、最低クラスであるソルジャー4に振り分けられたのは余談である。

 もっとも、理由としては天能無し――つまり契約武装しか出せないと判断された可能性もあるとは堅一は思っていたりする。

 加えて言うならば、入学試験も今も、単純に天能(呪い)を使うほどやる気がないというのもあるのだが。


 難易度の高くない訓練であるため、性格が悪くとも1クラスである轟ならば、ほぼ間違いなくノーダメージでクリアしてくる。負けが確定している、と堅一がしたのはこのためだ。

 ならば、と堅一が掲げたのは。


 ――とにかくダメージを受けないこと。その一点のみ。


 実際に危なくなれば天能を使うのも止む無しだが、素の状態でも、現状なんとか凌げてはいる。


 堅一の前方から、飛び蹴りで突っ込んでくる一体のドール。

 半身をずらすことで回避し、すれ違いざまに一打を叩きこみ、撃破する。


「し、しかし流石にキツイな……」


 動き回るにつれ、荒くなる呼吸。

 片や、妨害を受けることなく、ドールのみを相手にすればいい轟。片や、ドールを相手取り、更に妨害をも受けなければならない堅一。


 難度もそうだが、運動量も必然的に堅一の方が大きくならざるをえない。


 余計なことを考えずに、ただひたすら堅一は身体を動かす。

 轟の妨害を躱し、ドールを撃破。

 もはや作業化したといえる行動を、淡々と繰り返していた堅一だったが。


「……あっちはまだ終わらないのか?」


 ふと、気になって堅一は轟の方を見やった。

 轟がノーダメージで全目標を撃破していれば、どう足掻こうが堅一の負けになるため、その時点で訓練は強制終了される。


 だというのに、終わらない。とっくに終わっていても不思議ではないというのに。


「あの野郎……」


 そして目に映った光景を認識して、堅一は呆れたような声を出した。

 堅一の残り目標は、9体。そして轟は――残りたったの1体。


 手こずっているのではない。……いや、まだそれならましで、堅一も許せた。

 しかし轟は、最後の目標を撃破しようとしているわけでもなく。二人の間を仕切る壁の近くによって、ニタニタとした笑みを浮かべて堅一の方を見ていたのだ。小馬鹿にするように、嘲るように、堅一が必死になって動くのをいたぶるように。

 彼の側には、四肢をもがれたドールが一体。あれが最後の一体だというのは、明白だ。


 それを見た堅一は、少し。ほんの、少しだ。 

 ――怒りの感情が、鎌首をもたげた。


 恐らくこれが、平時であれば。

 轟朱門という男が、例え人を苛つかせる天才であろうと、堅一は怒ることはなかった。


 なぜなら堅一は、普段から禁止しているからだ。

 怒りを。憎しみを。恨みを。その他、負の感情と呼ばれる感情を。


 姫華にだって、そうだ。

 教室で契約を申し込まれても、妙な噂に悩まされても、そしてそのせいでこんな事態になっていても。

 憎しみを向けてはいない。面倒くさいとは思っているが、怒りを持っていない。それこそ、微塵も。


 今まで1クラスから投げられた悪口雑言にしても、彼らに対して怒りはない。蔑みの視線を向けられても、憎みはしない。訓練開始前の轟の態度にも、然り。気にせず、聞き流している。


 なぜなら、そういう感情(・・・・・・)を禁止にしているから。


 走りながらも、堅一は頭をブンブンと振り、轟の姿を思考の隅に追いやる。

 怒りを吹き飛ばすように、自身を落ち着かせるように。

 

「駄目だな……」


 どうにも、感情が揺らいでいる。 

 昨日、ベッドに寝転んで思い悩んだことが、堅一の脳裏に呼び起される。


 この学園に来た理由。契約を持ち掛けられたという事実。

 そしてなにより、パートナーであったアイツ(・・・)のこと。


 それもこれも、あの二人のせいだ、と堅一は苦笑を浮かべた。

 しかしやはり、そこに怒りはない。


 そんな時だった。


「ハハッ、やっぱり4クラスだね! これだけ僕が手を抜いて、そして最後には待ってあげているというのに、まだ9体も残っているなんて!」


 轟の嘲笑と共に、堅一の眼前に立ちふさがる炎の壁。

 それに特に耳を傾けず、半ば反射的に堅一の身体は回避行動に移る。

 ――だが。

 

「君みたいなクズと契約するジェネラルは本当に可哀想だ。……いや違う、同罪だね。君みたいなクズと契約するジェネラルなんて、君同様、クズに決まっている!」


 休まず動かされていた、堅一の足。それが、ピタリと止まった。

 瞬間、右、左、そして後方という残りの三方向から炎の壁が噴き上がり、堅一を囲う壁となる。


「ちょこちょこ逃げ回っていたようだが、これでもう動けないだろう。ああでも、その逃げ足だけは、認めてあげないとね」


 思い通りになり、満足気に言う轟だが。

 しかし声をかけている相手である堅一は、炎の壁に囲まれたことを気にするわけでもなく、中心で顔を深く俯かせていた。

 その右腕は、何かを堪えているかのように震えており。右手首を、左手がグッと力を込めて握りしめている。


 ――もし、そんな状態の黒星堅一が、轟朱門から見えていたとしたら。

 轟は訝しげに思い、様子見に徹していたかもしれない。それを、言わなかったかもしれない。


 だが、そうなることはなかった。なぜなら、轟朱門の造り出した炎の壁が、他ならぬ黒星堅一の姿を隠していたのだから。


「ねえ、教えてくれよ。君が今まで契約を結んできたジェネラルは――」


 それは、引き金(トリガー)。押さえ込めていた感情を誘発する、唯一にして最大の禁句。

 それに気づくことなく、愚か者(轟朱門)は言葉を続けた。 


「――どれだけクズだったんだい?」


 堅一の右腕の震えが、止まった。だらり、下げられた右腕。それを押さえていた左腕もまた、力無く下げられる。

 

「いや、君程度のソルジャーに、パートナーなんていなかったか」


 すぐさま小馬鹿にしたように嗤う轟だが、しかしそんな言葉は黒星堅一の耳には入らない。


「……お前が」


 小さく、堅一が呟いた。

 それは、抑揚のない声。感情のまるでない、掠れたような声。


 それに気づくことなく、愚か者はただただ嗤い続ける。


「……お前程度がァッ」


 低く、重い声。

 ふらり、と堅一の面が上がる。それはさながら――幽鬼のよう。


「ん? 何か言ったかい?」


 姿が見えたわけではない。しかし何かを感じ取ったのか、ようやく轟が嗤うのを止めて堅一の方を見た。


 ――だが、もう遅い。


 堅一の体力バーが、ガッ、と大きく削れた。

 しかし、それに不信の声を上げる者はいない。なぜなら、観客の目は堅一に向けられているから。

 闘技場を満たす、ビリビリとした異様な空気。

 その中心は、轟朱門に手も足も出なかったはずの、黒星堅一。


 堅一を囲う炎の壁が、朱から漆黒へと染められていく。


 ――ただでさえ、アイツ(・・・)のことで過敏になっていた。 

 己の、かつてのパートナー。

 

 自分が馬鹿にされるのは、別にいい。そんなもの、黒星堅一は昔から嫌というほど耐えてきた。

 それは偏に、アイツがいたから。アイツとの記憶が、黒星堅一の中にあったから。


 ――だから、俺は。

 

 堅一は、吼える。


 アイツを馬鹿にする奴を――ユルサナイ。


 感情の箍が外れたように。その咆哮に、怒りを込めて。


「アイツを――馬鹿にするんじゃねぇっ!!」


 漆黒へと完全に変色した炎の壁が、轟音を立てて爆ぜた。

どうも、この作品をお読み頂きありがとうございます。


この戦闘はそこまで引っ張らず、次回かなり早々と決着します。

それでは、次話「本気で怒らせたくない男(仮)」


よろしくお願いします。

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