十一話 襲撃者の正体
「0クラス?」「0クラスですか?」
舞の口から放たれた意外な言葉に、堅一と姫華の声が重なった。
どうやら、事情を知らされていなかったのは、堅一だけではなかったらしい。
そして、そんな両者の反応を期待していたのか。我が意を得たりとばかりに、舞がニヤリとして頷いた。
「そう。君達の知っている通り、弐条学園には4、3、2、1という4つのクラス――いや、ソルジャーとジェネラルで別々というのも加えれば、計8つのクラスがあるわけだが。実は一つ、一般生徒には知られていない特別なクラスがある」
「それが、0クラス……」
「そういうことだ。しかし秘匿しているだけあって、このクラスはまあ――普通のクラスではない」
堅一の呟きに、舞が大きく首肯する。
そして、と堅一と姫華を交互に見て言った。
「ここからは、君達をこの場に連れてきた理由も関わってくるわけだが――どうだ、心当たりがあるんじゃないか?」
「…………」
堅一は、押し黙る。
全く心当たりがないから、ではもちろん無い。むしろその逆、心当たりがあったからだ。
「昨日の夕方のこと……でしょうか?」
おずおずと声を上げたのは、姫華。
この二人に関連することで、しかもこのタイミング。それは、昨日にあったあの襲撃に関すること以外に考えられない。
そんな堅一の予想通り、舞は首を縦に振った。
「そうだ。実は、あの場にいたのは君達だけではない。私も――いや、正確には私の契約するソルジャーも、途中から見ていたのだよ」
君達が戦っているところをね、と舞は最後に付け加える。
それを聞いて、堅一はチラと舞の横に佇む雨音を見やった。
その視線に気づいたのか、ヒラヒラと手を振って舞が否定する。
「いや、雨音ではない。私が契約する別のソルジャー、とだけ言わせてもらおうか」
「……では、先輩方はあれの正体を知ってるんですかね?」
興味がある、というわけではない。なんというか――そう、諦めだ。
もうどうにでもなれ、と言わんばかりに、堅一は投げ槍気味に尋ねた。
しかしそんな堅一の態度を気にすることもなく、ああ、と舞が短く肯定した。
「――ゴースト。あの黒い影は、そう呼ばれている」
そうして返ってきたのは、そんな答えだった。
「……幽霊、ですか?」
思いもよらぬ返答ゆえか、パチパチと目を瞬く姫華。
堅一も、胡散臭いものを見るかのように、舞へと視線を向けた。
「いや、あくまでもそういった呼称であるというだけで、勿論本物の霊体などではないよ」
そんな二人の視線を受け、舞は苦笑交じりに訂正しつつ、続ける。
「相対した君達も分かるだろうが、奴らは少し特殊な存在でね。どうにも、特定の条件を満たした人間しか姿を捉えるができないんだ」
「俺は別に、特別な事をやったつもりはないんだけど……」
「いや、そういうことではない。はっきりいえば、運の問題だ」
「……つまり、俺達の運が悪かった?」
「まあ、そういうことになる。もっとも、運の良し悪しは、君達自身の判断に委ねるがね」
――幸運な訳があるか!
堅一は思わず怒鳴りたくなるのを堪え、こめかみを押さえた。
その間に、今度は姫華が舞に質問する。
「その条件とは、なんですか?」
「確実ではない。が、推測でいいなら、簡潔に話そう」
お願いします、と姫華が頷いた。
それでは、と舞が一つ一つ指を立てて説明する。
「まずは、ある程度年が若いこと。そして、その場にいるソルジャーが未契約であること。さらに、契約者となり得る存在が付近にいて、かつ人目の少ない場所。そして、これが一番重要だが――以上を満たした状況で、ゴーストに発見されること、だ」
それを聞いた堅一は、昨夕の状況を脳裏に浮かべた。
むっ、と眉間に皺が寄る。
「……確かに、合致してるな」
年は言うまでもなく、堅一も姫華も充分に若い年齢。ソルジャーである堅一は未契約であったし、契約者となり得る存在――つまり堅一には姫華が、姫華には堅一が付近にいた。そして、人目も少ない。
偶然が重なったその状況で、ゴーストに発見された。
……なるほど、確かに運である。
「もっとも、まだあるかもしれないし、それらの推測が間違っているかもしれない。まあ確実なのは、天能を宿していることくらいか。……とにかく、そうして奴らの姿を見ることができた人間は、それ以降も見れるようになるわけだ」
「……では、0クラスというのは、ゴーストが見える生徒の集まるクラス、ということですか?」
話を聞き、思案するように俯かせていた姫華が、顔を上げた。
舞はその質問にふふっ、と笑みを零すと、
「まあ、それも正解ではある。が、正確に言えば少し違うな。……黒星君は、どうだ?」
ゆったりとした口調で、堅一に問いかけた。
その顔には、不敵な笑みが浮かべられている。敢えて、堅一に言わせようとしているのだろう。
「……ゴーストに対応するためのクラス」
考えること、数秒。
苦々しげな口調で、堅一は己の考えを口に出した。
わざわざ集められるということは、つまり何かしらの目的がある、ということだ。
単純に見えるだけの生徒を集めたところで、特に意味はないだろう。
ゆえに、見えた上でどう、ということになる。
「そう、対応。より具体的に言えば――撃滅だ」
「撃滅、ですか?」
舞が言い直した言葉に、姫華が不思議そうに首を傾げた。
「奴らは天能を宿す人間を襲い、そしてその人間の天能を奪う。……君達は見事に撃退したが、誰もがそうできるとは限らない。実際、戦いに負け、天能を奪われた人間は何人もいるからね」
――ただし、その場合はアナタタチの天能をいただきまス。
堅一の脳裏を、昨夕のゴーストの言葉がよぎった。
「ゴーストは、人の身に宿る天能を糧とし、徐々に力を増していく。それに対応するために組織されたのが、0クラス、というわけだ」
そう締めくくると、舞は静かに椅子から立ち上がった。
「さあ、まだ部外者である君達に話せるのは、今のところここまで。だが、ゴーストに遭遇し、そして退けた君達にはこの0クラスに所属する権利が与えられる。……が、なにも強制ではない。入るか入らないか、最終的に決めるのは、君達自身だ」
その怜悧な眼差しが、未だ着席したままの堅一と姫華を見下す。
ピン、と張り詰める空気。しかしそれは、舞の放つ雰囲気だけが原因ではないだろう。
天能を持つ人間を襲う存在、ゴースト。そしてそれに対抗する組織、0クラス。
気の弱い人間ならば、その事実を知り、入ると即答してしまうのではないか。あるいは、無駄に正義感を持つ人間や、特別なクラスという単語に惹かれる人間は。
「……私は、入ります」
沈黙を破り、最初に響いたのは。大きくはなく、しかし力強い意志を感じさせる声だった。
声の主である姫華は、顔を逸らすことなく、舞を真っ直ぐに見据えている。その真摯な態度からは、決して興味本位ではないことが窺えた。
「そう言ってくれると、私としても嬉しいよ」
姫華の決意に、舞は朗らかな笑みを見せて返答した。その声色は柔らかく、決して社交辞令などではないのが分かる。
「黒星君は、どうだね?」
その柔らかい口調のまま、舞は堅一に尋ねた。
同時に、堅一に集中する、三者三様の視線。
何を考えているか読めない舞の視線。その背後からは、雨音の鋭い視線が飛び。そして対面の姫華は、どこかそわそわしたような面持ちを堅一に向けている。
それを受けて、堅一はゆっくりと口を開く。
――答えなど、とうに決まっていた。
「……俺は、入りません」
えっ、と姫華が微かに呟きを漏らすのが、耳に届いた。
眦が吊り上げられ、より一層鋭くなる雨音の視線。
「そうか」
舞はといえば、表情を変えることなく、ただその一言だけを発した。
そして、徐に姫華を振り返り、告げる。
「市之宮君、今日はもう帰宅して大丈夫だ。詳しいことは後日、また連絡する。時間をとらせてすまなかったね」
「え? あ、は、はい……」
その唐突な言葉に、姫華は戸惑いながらも、ぎこちなく席を立った。
次いで、舞は背後に佇む雨音を見ずに、声だけをかける。
「雨音は、彼女を出口まで送って、そのまま外で待っていてくれ」
「分かったけど……舞は?」
指示を聞いた雨音は、しかし怪訝そうな顔で問い返す。
それに対し、舞はその視線を堅一に固定させて、言った。
「私は、彼と少し話がある」
「……俺はこれ以上話すことはありませんが」
席を立とうとしていた堅一は、眉根を寄せ、憮然とした面持ちを隠さずに返す。
強制ではなく、選ぶのは自分自身。舞は先程、確かにそう言った。
――それを、覆すのか。
そういった批判の意思を込めての反論だった。
「ああ、いや、今までとは別の話だよ」
そんな堅一の内心に気づいたのかは分からない。が、ともかく舞は、苦笑しながら言葉を加えた。
そういうことなら、と渋々ながら堅一はその場に留まる。
そんな二人を、じっと――特に堅一を睨むように――見ていた雨音だったが。
はぁ、と溜め息を漏らすと、
「アンタ、舞に変なことしたらただじゃおかないから」
堅一に向けて犬歯を剥きだしにして言い放ち、姫華を連れて室外へと出ていった。
扉が閉まり、室内に残されたのは、堅一と舞の二人。
「うちのソルジャーがすまないね。悪い奴ではないんだが……」
「別に、あの程度なら慣れてますから。それで、話とは?」
軽く頭を下げ、困ったように笑う舞だったが、堅一の催促に、コホンと一つ咳払いをする。
「んん、その、つまりだ。――私は、以前から君と話がしてみたかったのだよ」
「……以前から?」
それは、昨日よりも前――つまり、堅一がゴーストに関係するよりも前、ということか。
でなければ、以前から、というのはおかしい。
「そう。君が――あの黒星堅一が、この弐条学園に入学した時。――いや、それよりも、もっと前か」
その意味ありげな含みを持たせた物言いに、堅一は舞の顔に視線を合わせた。
瞬間、その眼はスッと細められることとなる。
なぜなら、その先では。
ある種凄絶な笑みを湛えた舞が、堅一を見ていたのだから。
「君が、とあるジェネラルと契約し、活躍していた頃から、ね」




