十話 0クラス
「ふーん、コイツがその、黒星って奴? ……なんか、冴えないわね」
廊下に出た堅一にかかった第一声が、それだった。
いきなりの物言いに面食らい、堅一が声の方を見やれば。
その先には、これまた見覚えのない茶髪の女子生徒が一人、じろりと睨みつけるように堅一を見据えていた。
「あまり失礼なことを言うな、雨音」
そんな彼女に向けて、舞が注意を促す。
雨音、と呼ばれた彼女は「はいはい」と素直に返事をすると、一歩進み出た。
「アタシは、二年の鳴瀬雨音。舞のソルジャーの一人よ」
堅一に向けて自己紹介はしたものの、胡乱な目で堅一を見続る雨音。
その視線が、一瞬だけ胸元に下げられたのを、堅一は見逃さなかった。
あからさまな嘲りの視線ではない。かといって、憐憫の目というわけでもない。もっとも、表情から読み取れる限りであり、心ではそう思っているのかもしれないが。
対して、雨音の胸には当たり前のように校章がある。
しかし堅一は特に気にも留めず、雨音に己の名を名乗った。
「それでは、行こうか」
舞の一声により、一行は歩き出す。
先頭は、上級生の二人。その少し後ろを、一年である市之宮姫華が続く。
そして堅一はというと、三人よりも十歩ほど離れた距離を維持して、気だるげに歩いていた。
彼女達の姿は、やはりというべきか、とても目立った。
三人の、1クラスの女子生徒。特に目を惹くのは、女子にしては背が高めである天坂舞だが、それだけではなく、どうやら彼女は名の知られた生徒であるらしい。
とにかく、興奮した面持ちの女子生徒によく話しかけられている。そして舞は、それを手慣れたようにやんわりと躱している。
教室での嬉しい悲鳴? からも想像できる通り、どうやら女子生徒に人気のようだった。
それに加えて、横に並ぶ雨音も、舞ほどではないが声をかけられており、更には学年次席である市之宮姫華の存在。目立たないわけがなかった。
廊下にいた誰もが、その三人に目を奪われ――その数歩後方を歩く堅一などは当然眼中にも入らない。
舞は、堅一が着いてきているかを確認するためか、何度かさりげなく振り返り。姫華も同様に、時折チラチラと後方の堅一を見る。
特に問題らしい問題も起きる様子はなく、それはそれで堅一は少し安堵した。
廊下を抜け、階段を下り、そして校舎を出る。
どうやら目的の場所は学園の奥にあるらしく、帰宅する生徒の流れに逆らい、門とは逆の方向に進んでいく。いくつかの建物を通り過ぎ、そうして堅一の前に姿を現したのは。
普段利用するコンクリートのとは違う、木造の校舎だった。
「……旧校舎?」
学園の最奥、背後を小さな森に面した場所。そこに、それは建っている。
新しい校舎を建築した際、他の旧校舎は取り壊されたが、比較的新しいものだったのと立地の関係で、ここだけは残されたのだとか。
一般生徒の立ち入りは禁止されており、現校舎などの建物群からは少し距離が離れている。そして門からも遠いため周囲に他の生徒の姿はなく、現在この場にいるのは堅一達四人ぐらいのものだ。
そしてあろうことか、三人はその旧校舎へと向かっていくではないか。
「…………」
――果たして、このまま着いて行っていいものか。
流石に堅一は立ち止まり、悩んだ。
今ならば、三人は前しか見ていなく、逃げることもできる。しかし、そうしたところで意味はなく、むしろ余計に悪化する可能性が高い。
などと思考している内に、舞が後ろを振り返ってしまった。そして立ち止まっている堅一を見て、手招きをする。
溜め息をグッと堪え、堅一は歩みを再開した。先程と同じように、三人から十歩ほどの距離まで詰める。
しかし、それを見てもなお、舞は手招きを続けた。
残りの二人も、堅一を振り返って見ている。
今度こそ溜め息を吐き出し、堅一は仕方なく三人に近づいた。
「アンタね、とろとろしてないでさっさと着いてきなさいよ」
開口一番、雨音が呆れたように声を上げる。
そんな雨音を、舞がたしなめる。
「まあ、そう言うな。向かう先にあるのが旧校舎なら、躊躇もするだろう」
「……あそこは立ち入り禁止なんじゃ」
「確かに、普通の生徒ならばな」
堅一の疑問に対し、舞は意味ありげに含み笑いをすると、歩いていく。
すると、今まで口を開かなかった姫華が、堅一に話しかけた。
「あの、黒星さん。私も入るのは初めてですから」
「あ、ああ、そうなのか……」
恐らくは姫華なりに気を遣ったのだろうが、果たしてそういう問題なのかと、堅一は引き気味に言葉を返した。
「……私と舞がいるから、別に問題ないわ。ほら、さっさと行くわよ」
二人のやり取りを側で聞いていた雨音が、さも面倒くさそうに呟く。
堅一は、改めて目的地であろう旧校舎を見やった。それ単体で見れば、木造とはいえそこまでくたびれたものではない。しかしやはりコンクリートの現校舎と比べれば、見劣りしてしまう。
立ち入り禁止とはなっているが、そもそも旧校舎の入口は施錠されており。もちろん、窓などの侵入口たりえる箇所も木の板などで塞がれているため、一般生徒には入ることすらできないわけだが。
しかし上級生二人は、躊躇なく旧校舎に近づいていくと、鍵のかかった入口ではなく、裏手へと回った。
堅一と姫華も、それに続いて裏に回ってはみたものの。何か特別なものがあるわけでもなく、ただただ濃色の木壁が続いているだけ。
「ここが、旧校舎への入口だ」
舞が手で示したのは、その何の変哲もない壁の一部だった。強いて言うならば、木目のような縦に一直線に走る線が、他の箇所よりもはっきりと見えることぐらいか。
「ここ……ですか?」
堅一の隣に立つ姫華が、不思議そうに呟く。声にこそ出さなかったが、堅一も眉を顰めて眼前の壁を見た。
「そう。表の施錠された扉は、フェイク。ここが、旧校舎の本当の入口なのだよ」
そんな二人の反応に、舞は満足したような笑みを浮かべると、徐に右手をその木目へと押し付けた。
何をしているのか、とは思いつつも、堅一と姫華は無言のままそれを見守る。
そうして、待つこと数秒。
沈黙を破ったのは、壁から発せられた、ピー、という無機質な機械音だった。
すると、どうだ。舞が手を押し当てていた木目がボウッ、と仄かな光を放ち、ゆっくりと左右に開いていくではないか。
「……生体認証?」
時代を感じさせる建物に、現代科学のシステム。その何とも言えないミスマッチさに、思わず堅一は顔を引きつらせた。
やがて割れ目が止まると、人一人が通れるほどにポッカリと口を開いた入口が、姿を見せる。
「さあ、それでは、黒星君に市之宮君。客人である君達から、お先にどうぞ」
一番その割れ目に近いのは、舞であったが。彼女は、何やら大仰な仕草と共に、堅一と姫華を呼んだ。
「「…………」」
どちらからともなく、咄嗟に顔を見合わせる堅一と姫華。
ややあって、最初に動いたのは堅一の方だった。
普段のような足取りで、しかし慎重に近づき。とりあえず外から、内部を覗いてみる。
きちんと清掃はされているのか、蜘蛛の巣はおろか、目立った埃もない廊下。蛍光灯は灯され、まるで今も使われているかのような生活感がある。
堅一が、壁に手をかけ、ゆっくりと旧校舎に足を踏み入れれば。
途端、何とも形容し難い独特な木の匂いが、鼻を突いた。
堅一の後に続いて姫華も中へと入ってくる。すると彼女は、きょろきょろと周囲を見回して、ほぅ、と息を吐いた。
「綺麗な校舎ですね……」
「そうだろう? 私も、ここは気に入っているんだ」
自慢するかのような声と共に、舞も内部に姿を見せる。
最後に雨音が入口を潜り、そうして全員が旧校舎内へ入ると。
静かに入口が閉じていき、やがて元あったように、ただの壁へと戻った。
「さ、こっちだ」
再び、上級生の二人が先頭に立つ。
歩くこと、数秒。案内されたのは、会議室のような造りとなった部屋だった。
中央に『コ』の形の大きいテーブルが鎮座し、それを囲うようにいくつか椅子が配置されている。
「まあ、適当に座って――いや、黒星君。やっぱり君はここに座るように」
舞はその上座に着席すると、二人に席を勧めた。しかし、堅一が『コ』の字の先端――つまりは舞から一番離れた椅子に着席しようとしたのを見咎め、上座に最も近い席に座るよう言葉を言い換える。
命令に近いそれと、雨音からの睨むような視線。
渋々、といったように堅一が指定された席に座ると、その対面に姫華が着席した。
雨音は、舞の背後に、まるで従者のように立ったまま控える。
「さて、それでは、ここまでご足労いただいた理由を説明させてもらおう」
「……ようやくですか」
「それは、失礼した。しかし何分――他者の耳がある所では話せないことだったのでね」
その瞳に真剣な色を湛え、厳かな口調で舞は言い放つ。
場の空気が、緊張に包まれる。
舞の言葉を聞いた堅一は、やはり碌なことではなかったと臍を噛んだ。
だが、それは今更な話。一体何が始まるのか、と身構える。
「が、その前にだ。市之宮姫華君。そして、黒星堅一君。まずはこの旧校舎へ来た君達に、こう言わせてもらおう」
しかし、そんな空気から一転。
不意に相好を崩した舞は、姫華、そして堅一の顔をじっくりと見回し、言った。
「――ようこそ。弐条学園、0クラスへ」
お気に入り登録してくださっている方、読んでくださっている方、どうもありがとうございます。
大したことではないですが、少し補足? です。
各クラス(アインスやフィーア)などは、ドイツ語での数字の読み方となっております。
ちなみに、「シュラハト」もドイツ語で、会戦の意です。
本当は、戦士、指揮官もドイツ語で統一しようかと思ったのですが、これに関しては頻出するため、どっちがどっちか分かりやすいようにソルジャー、ジェネラルにしました。日常でも度々? 耳にすると思いますので。
今後も楽しんでいただけたら幸いです。
よろしくお願いします。




