不幸の手紙。
「とりあえず、キリスト。心当たりはないんだよな?」
「いやいや、それはタイタニックさんに聞きたい事だよ」
本当に心当りがないんだよね――――――?と、キリストは俺をいぶかしげに見つめる。いやぁ。息子に言ってない事とか、夫の馬にわざわざ言うわけないでしょうが。
……はぁ。一番事情を知ってそうなご主人は起きてこないし。もう、打つ手が無いのかなぁ……。
マゼランとマリアから届いた青い手紙。
一番の親友と、最愛の妻。
ご主人が、自分よりも大切だと言っていた二人だ。
その二人から届いた手紙なのに。
「嫌な予感しかしないんだよね……」
「奇遇だな。俺もだ」
二人ともケータイは持っているから、なにか伝えたいことがあるのなら、メールだか電話だかで伝えられるし。というか、マリアに関しては、ケータイを使う必要もないわけで。家族なんだし直接言えばいいことだから。
うーん。ますます分からなくなってきた。
「もしかして、二人でサプライズパーティを企画してたりして!」
たとえば?
ご主人が祝ってもらえるような事したっけ?
自営業だから昇進もないし、ご主人が警察に表彰されるような素晴らしいことをしているわけでもない。
「誕生日のパーティとか」
4ヶ月も先だし。
「あう……」
誕生日しか思いつかなかったのだろうキリストは、がっくりと首を下げた。心なしか涙ぐんでいる気がする。おいおい、まるで俺がいじめているようじゃないですか。まぁ、強く言い過ぎたかもしれないけど。
こんなところご主人に見られたら死刑確定ですよ。
ほらほらティッシュ。ふいて。
「なっ……泣いてないよ!」
泣いてるじゃないですか。どっから見ても。
まぁ、こうやって泣いてるとさ、大人っぽく見えてもやっぱり子供なんだなって思う。可愛い。可愛い。
「泣いてなんていない……可愛くもない……」
ほら。こうやって意地を張るところが可愛いんですよ。よっ。子供。
「タイタニックさんの馬臭があまりにも強すぎてむせただけだもん!」
Oh……………………………………。
「口臭とかもキツいし、歯磨き昨日ちゃんとした?」
…………………………。(ぽろぽろ)
「えっ!?ちょっ……ちょっと泣かないでよ!」
うん……。俺、馬だし……。人間からしてみれば臭いのかもな……。だから一日一時間以上は水浴びするように心がけてるんだけど……。やっぱ、たりないよね。これからは一日5時間以上は水浴びするように心がけ――――――。
「なぁーにやってんだぁ!?タイタニック!僕の可愛い息子をいじめやがって!馬刺しにするぞ!?」
ようかと思ったけど、やっぱやめた。よし。まずはやらなければいけないことがあるよね。主に濡れ衣について。そして一応は相棒であるはずの俺を食材のように扱ったことについて。
言い逃れはできないぞ?
階段をもうスピードで降りながら拳に力を込めるご主人。
俺は壁のように微動だにしない。
ご主人は拳を振り上げ、
俺は足を高く上げ、
互いを殲滅しようしようと拳と足を。
「あ。はーい。ストップ」
『…………(チッ)』
慣れた様子でご主人と俺の間に割って入ったキリストは。
「そんなことでけんかしてる場合じゃないよ。父さんも、タイタニックさんも」
普段よりも少し声を荒らげて言った。
確かに、今はそんな喧嘩してる場合じゃないな。いや、そんなって言っても、別にさっきのご主人の言葉を忘れたわけじゃない。でも、うん。ここはキリストに免じて、さっきの言葉はなかったことにしてあげよう。
命拾いしたな!ご主人!
これが大人(大馬?)の対応だよ!
「むっ……。そんなことって?息子がばっきゃろーにイジめられていることよりも大事なことなんてあるんですかぁー?」
ここにお子様がおられます。
せっかく俺の太平洋のごとく広い心で左に受け流してやったことを。なんで蒸し返しちゃうかなぁ、ご主人。まぁ、寝起きで頭が回ってないからってことにしときますよ。
ご主人を立ててあげる、俺。さすが。
「ご主人。この手紙のこと、なにか知らないか?」
床に落ちていた青い封筒を鼻指し、ご主人がわーきゃーしているのを無視して大きめの声で聞いてみる。どうやら耳に届いたようで、青い封筒を持ち上げると首を傾げた。
「いや、知らない。何これ?」
俺が聞きたいんですが。
とりあえずご主人もいるし、この封筒を開けて見ることにした。
キリストがはさみで慎重に封を開けていく。
出てきたのは。果たして。
「…………っ!」
手紙を開いたご主人は、驚きと悲しみがごちゃまぜになったような顔をした。
グシャッと手紙を丸めて投げたかと思うと、見たこともないスピードで走っていく。玄関の扉が乱暴に開けられた音がして、外を見ると裸足でご主人が飛び出していくのが見えた。
「……なにこれ」
見間違いであって欲しい。あの一瞬見えた字。紙を開く。
無機質なフォントで書かれた、”離婚届”の3文字。
「ご主人っっ…………!」
呆然とするキリストを置いて、気がついたら俺は走りだしていた。