その始まり。
朝日がまぶしい。
俺はうっすらと目を開けた。
うーん。無理な体勢で寝ていたせいか、体中がギシギシと悲鳴を上げる。
ちらっと隣を見てみると、俺のベットを奪った張本人がにやにやしながら眠っていた。
よだれが口の周りに付いていて汚い。汚すぎる。
俺のベットなのになぁ。拭かないで下さい。
あ。自己紹介がまだだったな。
俺はタイタニック。不本意ではあるが、このよだれの人の従者だ。
「うぅ……ん。まぁ…りあー」
……これが俺のご主人のマードック。奥さんのマリアが大好きなオッサンだ。
こんな奴が俺のご主人とか……。なんでこの人のことを主人呼びしなきゃいけないのか。たまに、いや、よく分からなくなる。
「そうだ。新聞取りに行かないと」
寝起きでフラフラするけど、これも俺の仕事の1つだし。早く持ってこよう。
足音とかでご主人が起きないようにして、そっと部屋を出る。途中、ベットからはみ出してるご主人の足を踏みそうになってひやり。
ふー。危ない、危ない。朝から地獄絵図になるところだったよ。
廊下はもう少しで冬だからかひんやりとしていた。うぅ……目が覚める……。
もう少しだけ寝ていたかったなぁ。床に足をつけるたびに氷水につけたかのような冷たさが俺を襲う。外はもっと寒くて、吐く息も白かった。空気が冷たい。吸い込むと肺が凍ってしまいそうだ。
はやく新聞とって家に入ろう。寒い寒い。
家に出入りするときの毎回苦労することが、扉の開け閉めだ。出て行く時は扉の手すりに寄りかかって何とか開けることができるが、入るときはそうも行かない。
この馬の足では、器用に前足を引っ掛けて力の限り引っ張らなければならないからだ。これはすごい体力を使う。あー二度寝したい。疲れるー!
新聞も口でくわえて運ぶから、出来る限りつばがかからないように、口の中で接するところが少なくなるように、歯で支える。
……そういえばこの方法で新聞運んでたら、偶然家の前を通った牛乳配達のおじちゃんにびっくりされたなぁ。暗かったからしょうがないとは思うけど、へこむ。思い出すと悲しくなってくる。
……?なに言ってるんだ?
あれ?言ってなかったっけ?
俺、馬だよ?
馬だからって喋ってるのはおかしい?
でも小さい時から普通に人間とは喋れてたから、そんなに変だと思ったことはなかった。ご主人も俺が喋ってることに何も違和感を抱いていないみたいだし。
まぁ、俺が馬だっていうのは、きっとそんなに大切なことじゃないと思うから、軽く受け流してほしい。なんなら忘れてしまっても構わない。
……いや。忘れられたら部屋のすみっこで泣くけどさ。
うう……。寒い。早く家に入ろう。
玄関で足を拭いていると、右の棚に飾られている写真が目に入った。
ご主人の家は一般的な大きさの家。庭なんかは都会じゃ考えられないくらいの大きさなんだけど、普通の範囲内だと思う。
まぁ、その写真って先日送られてきた親友の家の写真だったりするわけですよ。石油王とかなのかもな。こんな巨大な家建てやがって。
玄関にいるマックス君(セントバーナード:オス)がまるで豆つぶのようなんですが。
ご主人は「さすが俺の親友!」とか言ってましたけど。その写真の前にはマックス君と俺の2ショット写真が貼ってあったのに。
許すまじ。ご主人。
リビングに入った瞬間、何かが焼ける香ばしい香りが漂ってきた。
朝食の時間か……。ぐーっとお腹が鳴る。
「タイタニックさんでも腹の虫は鳴るんだな」
「仕方ないだろ。すっごいいい匂いなんだし」
朝食を作っていたのはご主人の息子のキリスト。まだ8歳だというのに非常に大人びた男の子だ。ご主人とは大違い。きっと学校ではモテモテなんだろうな。
何が言いたいって?ふふふ……。
ご主人は本当にもて……おっと口をすべらせるところだった。
「そういえばマリアは?」
いつもはマリアが朝食を作っているのに。
「母さん?昨日言わなかったっけ?実家に用事があったらしくて、今朝早く出かけたよ」
言われたっけ?
まぁ、いいや。
だから今日はキリストが作ってるんだな。
ご主人は全然そういうの出来ないから。
「それって母さんがつくったほうがいいってこと?」
いや、そうじゃなくてだな。
まぁ。比べるのも全然おかしいけど、明らかにキリストの方が美味いんだよなぁ。
マリアの方はもはや「料理?」ってレベルだから。
「さすがのキャベツの千切りだけ3食出す人と比べられたくないよ」
ご主人は「マリア、美味いよ!」と言いながら完食してしまうが。
さすがに俺でもどうかと思ったよ。あの時は馬でよかったと心から思った。干し草サイコー。
……とまぁ。ここまでは日常の風景。
馬が喋っている時点で日常も何もないとか言わない。
この瞬間、俺の人生(馬生?)は変わってしまった。
二人で顔を見合わせて、笑う。
と、その拍子に、尾根で新聞を落としてしまった。
もう。めんどくさいな。
俺は机の上に新聞を置くために口ではさもうとして、気づいた。
「……これ、なんだ?」
青い、普通の封筒。
差出人は、
「マゼランと……マリア!?」
なぜなら、ご主人の一番の一番の親友と、最愛の妻からの手紙だったのだから。