変化と灰色
黒髪の少女に出会ってから、とまは以前にも増して洋館の森へ通った。アパートの一室よりも、森の中に住んでいるようなものかもしれなかった。
よく晴れた真昼でも、森の中は葉が落とす影で明るすぎず涼しい。ちらちらと踊る木漏れ陽を瞼に感じながら、そして少女との再会をどこかで期待しながら、とまは目を閉じていた。
と、うるさい程だった鳥の鳴き声がやんで、人の気配が生じた。
「ごきげんよう。こんなに眩しい昼間に外に出たのは久しぶりだわ」
待ち望んだ、少女との再会だった。
彼女は、橙の日の光の中でさえ白く、儚げだった。
「…どうも。あまり外には出ないの?」
「ええ。私は平気だと思うのだけど、おばあ様が心配性だから」
演技かもしれないけど、と、少女の唇が動いた気がした。
「どこか悪いってこと?」
「少しね。でも思ったとおりあなたに会えたから、出てきたかいがあったわよ」
とまの心臓が、何故か切なく脈を打った。
「この前は、名前もきけなかった。君、なんて名前?」
とまは、あの時ユーナと呼んでいた女性がおばあさんか、と勝手に納得していた。
たぶん、ユーナと名乗るのだろうな、このどこか人形めいた少女には似合う名前だな、などと無邪気に思いながら返事を待っている。
「百合子よ、井口百合子」
「え?」
百合子、と名乗られて、思わず驚きの声が漏れてしまった。見ると少女は、なあに、似合わないと言いたいの?と言わんばかりの表情をしていた。
「ユーナ!!」
突然、それまでの穏やかな空気を吹き飛ばす声がした。この前の女性の声だ。
それを聞いて、少女、百合子は思いがけないほど冷たい声で呟いた。
「おばあ様」
とまが驚いて目を丸くすると、冷たい表情のまま、百合子は微笑んだ。
そのとき少女が纏っていたのは、憎悪も苦悩も全てを通り越したかのような、灰色の空気だった。その、完全に透き通った灰色の中では、かすかな希望さえ、空気を濁らせる不純物だった。
「はい、おばあ様。ユーナはここにいます。すぐに戻りますから」
とてつもなく哀しく、そして美しい灰色の空気は、百合子が自らをユーナと呼んだ瞬間、凍ったような音を立てた。