洋館
あんなにしつこく降り続いた雨が、不意に弱まったかと思うと昼過ぎに止んだ。
殺風景な部屋に、暖かな雨上がりの陽光がさしこむ。
この部屋の主、岩木とまは、陽光に誘われるようにして白いカーテンと窓を開けた。
「行ってみようかな、久しぶりに」
そう呟く彼の表情は柔らかく、普段の仏頂面と比べて幼げであった。
不意に吹き込んできた、雨と陽の匂いを含んだ風が、少年の前髪を揺らした。途端に、彼の雰囲気が硬質なものに変わる。前髪で隠した蒼い瞳を、誰よりも憎んでいるのは、彼自身なのだった。
「くそ………」
そう、低く吐き捨てて、少年は部屋のドアを開け、雨上がりの世界へと踏み出した。
少年の住むアパートは、丘と呼ぶにはささやかな、ほんのすこうし、高い所に建っていた。なだらかな下り坂を下りきり、北へ向かえば、かなりの距離を隔てた先に、小さな私鉄の駅がある。しかし坂を下った少年は、人通りどころか建物すらもあまりない、南へ向かって迷わず歩を進めた。
ぼんやりと、考え事をするでもなく、酷い親戚連中を憎んでみるでもなく、ただ歩いていた。
どれほど歩いただろうか、少年は、古びた洋館の前に立っていた。それほど大きくはないが、荘厳な門が館を守っている。荒れ放題と言うわけでもない庭から考えると、それほど遠くない昔には、人が住んでいたのだろう。
そんなことを思いながら洋館の窓を見上げた少年の口が、ぽかっとあいた。
何と、はめ殺しだと思っていた窓が、少し開いていたのだ。それだけでなく、間違いなく人の気配がした。
少年のお気に入りの場所は、この美しい洋館の横の、小道の先にあった。森とも呼べそうなほど緑溢れるその場所は、少年の隠れ家のようなところだった。
いつもの切り株に背を預け、彼は目を閉じる。雨上がりの空気と、せせらぎの音が心地よい。いつもなら、このまま眠ってしまうこともしばしばなのだか、さすがに洋館の住人が気になってしまう。なにしろ、この付近に人が居るなど考えたこともなかったのだ。
それでも、やはり睡魔は彼を襲う。彼は夜にほとんど眠らない。いや、正確には眠れないのだ。
遠のく意識の中、微かな気配と、鈴の音を聴いた気がした。