4 シスコン兄上の覚悟。(シルバス視点)
季節はもう夏に近いある日のこと。
俺、シルバス・フジサキは実家へと一時帰省していた。
妹のユウが、俺の通っているセントラル学園に転入すると父上から手紙が来たのだ。
当然可愛い妹を案内するために俺は戻ってきた。
久しぶりに会うとユウは母上似の黒髪を肩口で短く刈りそろえていた。一ヶ月前に会った時は髪は腰まであったはずだ。
どうしたのだろう?
ユウが部屋にいない間に俺は両親に聞いてみた。すると母上は顔をうつむかせ、父上は眉間にシワを寄せた。
母「ユウは一週間前に誘拐されたのよ」
母上はポツリと言った。
父「犯人が拐うのは誰でも良かったと言ってたそうだ」
父上も苦しそうに言った。
そして髪はその時に脅迫として切り落とされたのだと。
またあの体質のせいか。
俺はそう感じた。
ずいぶんと昔から――初めて俺が養子として来た時からユウは異常だった。
その時、俺は六歳でユウは三歳だった。
その頃のユウの不幸体質は今以上に酷かった。
道を歩けば、ヤギに連れてかれ、川に流され、石につまずいた。
椅子に座ると、背もたれが壊れ、坂道を歩いてるとリンゴが転がってきた。
何もしなくても誘拐され、国境沿いにいる筈の珍しいモンスターに追いかけられ、壁にぶつかっていた。
そんなことが度々あったが、大抵はかすり傷や大したことのない怪我で済んでいたので、あまり深く考えなかったが。
もしかするとそんな怪我で済んでいなかったかもしれない。最悪の場合死んでいたこともあったかもしれない。紙一重で死と隣り合わせだったかもしれない、と考えると恐ろしい。
ユウはいつもどこか気の抜ける顔で笑っていたから平気だろうと心のどこかで思っていた。
平気じゃないんだ、もしかしたらという恐ろしい考えを本物にしないように。
――ユウは俺が守らなきゃ。
兄としても家族としても、守ってやりたい、いつの間にかそう思ったのを覚えている。
シ「それで……シスコンか」
過保護すぎたのかシスコンと呼ばれていた。
しょうがないとは思う、ユウは目を離すとすぐにトラブルを呼び寄せていたから、過保護がちょうどいいくらいだろう。
誰かに言われた訳ではないが言い訳をする。
とりあえず、ユウが学園に来ても同じように守ってやらなきゃな。
そう思ってから僅か一日後。
あまり嬉しくないが実行に移せることができた。
ユウは生徒会室前で弓矢に射たれそうになったのだ。
何故だ?
時間的にも場所的にも、偶然弓矢が飛んで来る可能性はないとも言えないが、不可解だ。
偶然飛んで来たであろう弓矢が何故真っ直ぐにユウに向かっていた?
不幸体質はここまで理不尽だったか?
悶々と考えに沈んでしまいそうだったが、剣をしまってユウを見ると背筋に悪寒が走った。
弓矢はユウの目の前に突き刺さっていた。
シ「おい! ユウ大丈夫か!」
俺が急いで駆け寄っても、ユウはただ真っ青な顔で弓矢を見つめていた。
また怖い気持ちをユウに植え付けさせたのだろうか。
ユウは少し震えていた。
そんな様子を見て、ユウはその内この理不尽な不幸体質に殺されてしまうのだろうかと、そんな嫌な考えが頭をかすめた。
俺はしゃがみこむとユウを抱えあげた
ユ「は? って……えぇ!?」
シ「顔が真っ青だ、とりあえず保健室へ行こう、な?」
恐怖を和らげようと笑顔を向ける。
いや、本当に恐怖を和らげたかったのは俺なのかもしれないな。
触れるって、反応してくれるって、ちゃんと存在してるって、確認したかったのかもしれない。
ユ「いや、え? は?」
ユウは恐怖からか本調子ではなさそうだ。
ユ「いや、その……や、やめ」
シ「大丈夫だよ、ユウ、お前は軽いから」
ユウがそんな事を言いたい訳じゃないのは知っているが言っておく。
大丈夫、ちゃんと食べてるのか心配になるほど軽い。
ユ「ち、違います、自分で歩けますから下ろしてください」
ユウは俺の体を押し退けようとする。
その手がまだ小さく震えていて、まだ安心できていないのだなと理解した。
シ「分かった分かった」
早く安心出来るように、俺はそのままユウを、可愛い妹を保健室まで連れていくことにした。
――妹は俺が守る。
決意を更に固めて、俺はまた一歩足を踏み出した。